冒険者ギルドを後にしたハジメ達は地図というよりもガイドブックと言った方がしっくりくるような地図を片手に、宿屋へと進路を取っていた。
行き先の宿屋の名は『マサカの宿』である。
紹介文によると、料理が美味く防犯もしっかりしており、なにより風呂がある。
日本人であるハジメと忍にとっては風呂が決め手となったようだ。
その分、少し割高だが、金はさっき換金したので問題ない。
宿に着き、宿の中へと入る一行。
一階は食堂になっているらしく、複数の人間が食事を取っている。
宿に入ったハジメ達に、お約束の如く視線が集まる。
もちろん、ユエ、シア、セレナにだが…。
それらを無視してカウンターらしき場所に行くと、15歳くらいの女の子が元気よく挨拶しながら現れる。
「いらっしゃいませ~。ようこそ、『マサカの宿』へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブックを見て来たんだが、記載されてる通りでいいか?」
代表してハジメが女の子に尋ねる。
女の子はオバチャンの特製地図を見て合点がいったのか頷く。
「あぁ、"キャサリン"さんのご紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
「……………………」
女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとしたが、ハジメはどこか遠い目をしてた。
「お客様~?」
「ハッハッハッ、悪いね。親友はちょっと幻想を抱き過ぎなんだよ」
ハジメが遠い目をしてるのに、女の子が首を傾げていると忍が割って入る。
「はぁ…?」
「とりあえず、一泊で頼むよ。あとは食事と、風呂も頼めるかな?」
理由がわからず戸惑う女の子をよそに忍が手続きを引き継ぎ進める。
「わかりました。お風呂は15分100ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが…」
「ふむふむ。じゃあ…2時間で」
「え!? 2時間ですか…?」
「ほら、俺達って5人だし? ちょっとゆっくりしたくてね」
時間帯表を見ながらもっともらしい理由を並べて風呂の時間を確保する。
「え、えっと…それではお部屋はどうされますか? 2人部屋と3人部屋が空いてますが…」
「おぉ、そりゃ丁度いい。その二部屋で頼むよ」
「わかりました。ちなみに部屋割りは…言うまでもないですよね」
ちょうど男2人の女3人なのだ。
女の子はもちろん、周囲の客も当然そんな部屋割りを想像していた。
が、しかし…
「……私とハジメで2人部屋に行く。あとは好きにして」
ユエさんが爆弾を投下した。
そのお言葉に周囲の客と空気が凍てついた。
「ちょっと待ってください!? なんで私がシノブさんやセレナさんと同じ部屋なんですか!?」
「……不満?」
「不満です! 私もハジメさんと一緒の部屋がいいですぅ!」
「……シアがいると邪魔」
「邪魔ってなんですか!?」
「……ふっ」
「なんで笑ったんですか!?」
という具合に仲間をほっぽって2人で白熱するユエとシア。
「お~い、親友。早く戻ってこないと大変なことになるぞ~?」
いつものようにハブられてる忍はハジメの意識を戻そうと声を掛ける。
「だ、だったらユエさんがシノブさんとセレナさんと一緒にいてください! ハジメさんとは私が同じ部屋になりますから!」
「……ほぅ、それで?」
「そ、それで…は、ハジメさんに私の初めてを貰ってもらいます!////」
なんか変な方向に話がこじれている。
「俺とセレナが同室なのは確定なのか?」
「普通は男女別でしょ…///」
「まぁ、そうなんだけど…ことこのパーティーではなぁ…」
やれやれと肩を竦める忍と、常識的なことを言う若干頬が赤いセレナ。
すると…
ゴチン!!×2
「ひぅ!?」
「はきゅ!?」
今にも戦いそうな雰囲気だったユエとシアの脳天に拳骨が突き刺さる音がする。
ハジメだ。
やっと戻ってきたハジメが妙な言い争いしてるユエとシアに拳骨を見舞ったのだ。
「ったく、周りに迷惑だろうが…何より俺が恥ずいわ」
「……うぅ…ハジメの愛が重い…」
「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが…」
「自業自得だ、バカヤロー」
蹲る2人に冷ややかな目を向けた後…
「で、忍。どこまで話は進んだ?」
「あぁ、とりあえずは一泊の食事付き、風呂の時間は2時間確保して、残りは部屋割りってとこだな」
まるで何事もなかったように現状の手続き具合を話す。
「よくやった、流石は親友だ」
「ハッハッハッ、よせやい。照れるだろうが」
そんな風に忍と話したハジメは改めて女の子の方に向き直ると…
「騒がせて悪かったな。俺とそこに蹲ってる2人で3人部屋を使う。2人部屋の方はこっちの2人が使う」
そう言っていた。
「えっ!? もはや男女別でもない!? しかもこの様子からしてさ、3人で…? あ、でもこっちの2人も特に拒否ってないってことはもしかして!? はっ!? お風呂に2時間…もしかして、互いに見せつけ合って…!? その上で、どちらが上かを決めるのね!? そして、部屋ではあんなことやこんなこと……なんてアブノーマルな!!」
なんか物凄く酷い勘違いをなされていた。
見兼ねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥へと引きずっていき、代わりに父親らしき人が出てきて宿泊手続きをしてくれた。
部屋の鍵を渡しながら謝罪するも、その眼は微妙に生暖かった。
これ以上、誤解が深まるのを阻止したかったため、ユエとシアを肩に担いで3階へと向かうハジメ。
それを追うようにしてセレナをエスコートしながら忍も割り振られた部屋へと向かう。
それぞれ3階と2階の部屋に入ると、ハジメの方はユエとシアをベッドに放り投げて自身もベッドに倒れ込むように意識を手放す。
一方の忍とセレナは…
「結局、同室になっちまったな」
「……そうね」
お互い別々のベッドに座るとそんな風に話し出す。
「夕食まで時間もあるし、少し話すか?」
「……まぁ、いいけど」
「あ~…しかし、本当に布団が心地いい~」
座っていたベッドに横になると、忍はそんなことを言う。
「来る途中にも言ってたわね。そんなに苦しい生活だったの?」
「そりゃなぁ…だってシアさんいない状態で、あのバカップルがイチャイチャしてたんだぜ? 正直、ベッドルームなんかには行けなかった。風呂もあったが、あいつらがイチャイチャしてたりする間に入るくらいで、あんまのんびりとは出来なかったなぁ…」
「そ、そんなになのね…」
「そ。だからマジで独り身…じゃねぇが、まだ心に余裕が持てなかったからあの二ヶ月間は拷問に近かったんだよ」
心なしかそう言う忍のベッドへの沈み具合が増したように見える。
「その前は?」
「ん?」
「その、迷宮を攻略した前の話は?」
「あぁ、そういえば…親友はあまり話したがらないからな。ま、不幸自慢することもないだろうしな」
セレナが何を聞きたいのかを察し、忍はベッドの上で起き上がって胡坐を掻く。
「そもそもの話。俺と親友はこの世界の人間じゃない」
「え…?」
忍の発言にセレナは目を点にして驚く。
「ふむ…フェアベルゲンまでは届いてないのか? 魔人族とやらに対抗すべく神が召喚した異世界人。その内の2人が俺と親友だ」
「初耳」
「そうだったか…」
「他にもいるの…?」
「そうだな…愛ちゃん先生や親友のクラスメイトの大半が召喚に巻き込まれてたからな。かく言う俺も昼飯を親友と食べようとして巻き込まれた口だが…」
当時のことを思い出しながらセレナに語る。
「まぁ、あの教皇様はかなり危なそうだったからな。そして、我らが勇者様はといえば…これがまた残念過ぎる奴でな。召喚なんて誘拐と変わらないってのに、この世界の人々のために戦うなんて言っちゃってカリスマ性もあるから周囲も同調しちまってなぁ。仕方ないから戦闘訓練を受けることになったんだが…俺は親友が心配で、親友と一緒にいたんだが」
「へぇ~」
「あのヒーロー的には正しいことをやってるつもりなんだろうが…どうにも薄っぺらく感じちまう。ま、ヒーローのことはともかく…それから俺達はオルクス大迷宮…その上層部の方へ実戦訓連として赴いたのさ。そしたら、どこぞのバカが先走って罠に引っ掛かってベヒモスのいる階層に飛ばされるわ、混乱するわで大変だったよ」
「それ、大丈夫だったの?」
「いや、それが全っ然大丈夫じゃなかった。親友があの時動いてなかったらヒーロー達や騎士団も詰んでたかもな。ま、そしたら親友がベヒモスを足止めしてたからな。俺がひとっ走りして連れてこようとした時だ。援護の魔法に紛れて俺達の間に一発の火球が降り注いできた」
「え…」
「その火球のせいで橋は倒壊。俺と親友は奈落の底へと真っ逆さま。あの時、俺は犯人と思われる嗤ってた奴を見たが…親友はどうかな? 元々、親友が気に食わなかったって感じだったが、まさかあそこまで腐ってたとは…正直思わなかった」
やれやれだぜ、といった風に肩を竦めた忍に…
「それで、どうなったの?」
セレナがその続きを促した。
「ん? 俺達は…地下水に流されてオルクス大迷宮の下層部…おそらくそっちが真のオルクス大迷宮だったと思うんだが、そこに流されてな。親友の方はわからなかったが、俺は地下水の近くに陣取って十日以上は粘ったかな?」
「十日以上も!?」
「そしたら、だいぶきつくなってところで銃声…親友の武器の音がしてな。そっちに走っていったら…もう左腕も失って変心してた今の親友に出会ったのさ……あいつの身に何が起きたのかまではわからない。でも、生きてくれてたことが嬉しくてな。ま、その後に魔物の肉を喰わされるとは思わなかったが…」
その結果がこの髪やら技能なんだが、と最終的には笑い話にする忍だった。
「ま、俺の身の上なんてこんなもんさ。面白くないだろ?」
「そんなことはない!」
が、セレナは意外な反応を示す。
「そうか?」
「だって、あなたのことが少しでもわかったから…」
「覇王のことじゃなく?」
「私が知りたいのは昔の覇王じゃなくて、今の覇王だから…」
「そうかい…」
それから2人は他愛のない会話を繰り返していた。
そして、日が沈んで夕食時になってハジメ達も降りてくる匂いを感知し、忍とセレナも会話を切り上げて部屋を出て合流する。
食堂に赴くと…何故か一行がチェックインした時にいた客が全員まだそこにいた。
ハジメが頬を引き攣りそうになるのを堪え、忍は肩を竦める中、一行は大きめのテーブルに腰掛ける。
そこに宿屋の娘が「先程は失礼しました」と給仕に来たが、瞳の奥の好奇心が隠しきれていないようだった。
久々のまともな料理を食べて美味しく感じたハジメだったが、もう少し落ち着いて味わいたかったと内心で溜息を吐く。
忍はそういうのは気にしない質なのか、美味しく頂いていたが…。
食事を終えた一行は、風呂へと向かった。
事前に2時間確保し、流石にここは男女別で時間を分けて入ったのだが…
「やっぱ、風呂は命の洗濯だよな~」
「そうだな…」
と男2人でゆったりと風呂に浸かっていたまではよかった。
しかし…ユエとシアがセレナを無理矢理引っ張ってきて乱入してきたのだ。
「……なんでやねん…」
「タオルを巻いてるのがせめてもの救いか…」
という野郎共の嘆きを無視して女子達も風呂を堪能する。
忍に関しては隣から漏れる微妙な殺気を肌でひしひしと感じていたりもするが…。
「親友って何気に独占欲とか強いよな」
「あ?」
「まぁ、かく言う俺も親友がセレナの裸でも見ようものなら親友との戦争も辞さないが…」
ハジメの隣から逃げ、ユエとシアに譲りつつしれっとそんなことを言って少し離れてたセレナの隣に陣取る。
「はぁ!?/////」
まさかの言葉に赤い顔がさらに赤くなるセレナが隣に来た忍をバッと見る。
「俺はユエ一筋だ」
「はいはい。わかってますよ」
ハジメの断言に忍は適当な相槌を打っている。
そうして結局混浴になってしまった一行は風呂を出て部屋へと戻ることになった。
途中、覗き見してた宿屋の娘を女将に引き渡しもしたが…。
そして、就寝時のこと。
ハジメ達側は例によって例の如く、ユエが定位置とでも言うのかハジメのベッドに潜り込んで右腕に抱き着き、それに対抗してシアもベッドに潜り込んで左腕に抱き着くも、それが冷たい義手だったので涙したりしていた。
当のハジメはシアの凶器に内心戦慄を覚え、それを見抜かれてユエから無言の圧を喰らったりと散々だったようだが…。
そして…
「ぐぅ……すぅ……ぐぅ……すぅ……」
久方振りのまともなベッドで寝れるとあって忍は即行で寝落ちてしまい…
「……………………」
その寝顔をセレナが見てたりする。
「覇王もこういう時は無防備なのね」
くすりとした笑みを浮かべるとセレナも自分のベッドに入って寝るのだった。
………
……
…
翌日。
朝食を食べた後、ハジメはユエとシアに金と宝物庫を渡して買い出しを頼んでいた。
それと入れ替わるように忍とセレナが訪問し、セレナの首輪の改良と、とある物の製作をハジメが行った。
流石に首輪無しでのお出掛けは不安だったので、先にセレナの首輪を改良してからとなる。
改良点は神結晶の欠片を加工した水晶をもう一つ追加し、その水晶を首輪に押し込むことで既存の水晶を連動させて念話石や特定石を起動させるというものだ。
ちなみに神結晶の欠片を用いたのは魔力を溜め込む特性を活かしたからで、定期的に忍が魔力を込めないとならないようにしている。
その改良した首輪を改めて首に着けてからセレナも忍と共に出掛ける。
資金は前日換金した分から少し貰っているので問題ない。
ハジメはハジメで作る物があると部屋に残っている。
「ん~…出掛けてきたはいいが、どこに何があるのか。ガイドブックはあの2人が持ってるしな…」
「適当に時間を潰す?」
「そうだな」
そう話して2人揃って町を散策していると…
『ユエちゃん、俺と付き合ってくれ!!』
『シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!』
という野郎共の声…というか叫びが聞こえてきた。
「あぁ? また命知らずな…」
それを聞き、忍は呆れたような声を漏らす。
「どうするの?」
「あの2人に限っては大丈夫だろ。むしろ、きっと無視するな。それでも諦めないなら…」
「なら?」
「きっと無事では済むまい」
その予想は大当たりだった。
ただ、忍でも予想出来なかったのは、見せしめとしてユエが1人の男の股間をメッタメタにしたことだろう。
そうして時間を潰していると…
『セレナちゃんをくれ!!』
「「……………………」」
いつの間にか男共に囲まれてしまい、忍とセレナは揃って微妙な顔をした。
「あぁ、あの2人もこんな気分だったのかね?」
「多分ね」
そう言いながら無視しようとするも囲まれてるので逃げ場がない。
「とりあえず…セレナは俺のもんだからさっさと散れ」
「ちょっ!?///」
覇気を発動させながら忍がそう言うと、セレナが慌てたように"何を口走ってんの!?"と言いたげに忍を見る。
「こういうことはハッキリさせないとな」
そう言ってセレナの手を取って歩き出す。
覇気を受けたせいか、無意識に道を開ける男共。
そうして宿へと戻ると、先に戻っていたらしいユエとシアが部屋にいた。
「で、この状況は何よ?」
戻ってきたら大槌抱えて喜ぶシアに、肩を竦めるユエ、苦笑するハジメの図。
「ちょっとな」
「それで済まされても困るが…まぁ、何となくはわかるからいいけど…」
「わかるの?!」
忍の状況把握能力に驚く。
「ん~…多分、親友がその大槌をシアさんに贈ったんだろ? それで贈られた本人は嬉しそうに、ユエさんはなんだかんだで"まぁいいか"くらいの反応。で、親友は贈り物が贈り物だから微妙な反応をしてる、ってとこだろ?」
大方間違ってはいない。
故に忍は思った。
「(なんかズレてるな…)」
贈った張本人も、贈られた本人も…。
とにもかくにも、これで全員が揃ったので部屋を出てチェックアウトするのだった。
さぁ、旅の続きの再開だ。