迷宮の最奥で便所の如く流されていた時、忍の意識はというと…
「またか…」
漆黒の空間で、漆黒の毛並みに白い縞模様のあり、翠色の瞳を持った巨躯の虎を対峙していた。
不思議と互いの輪郭は見えている。
『我が覇王の魂を継ぐ者よ』
覇狼の時と同じように語り始める。
『我が名は監獄を司る帝、"獄帝"。汝、己の中に眠る闇を受け入れ、それを力と変えよ。さすれば、汝は何者にも止められぬ。監獄とは即ち、受け入れることと同義である。心の奥にあるモノを守ることだけが監獄ではない。それを解き放ち、認めることで出せる力もあると悟れ』
覇狼とは異なった内容に忍は首を傾げる。
「つまり、どういうことだ? 俺の中の闇…?」
『汝に我が力を継承する。受け取るがいい。神へ反逆する新たな覇王よ』
「今回の覇王は難解な解釈を示すなぁ…」
頭を掻いて悩んだ末に…
「ま、心に闇がない奴なんていないか。それと向き合い、解き放つことで何かしら得られるものもある、って解釈しとくよ」
とりあえずはそんな風に解釈したようだ。
「しかし、監獄を司る、ね。受け入れることも同義? こりゃ咀嚼の時間が掛かりそうだ」
難解な言葉の意味を考えていると…
『ガオオオオオッ!!!』
獄帝の咆哮と共に忍の意識も現実世界へと戻るのだった。
………
……
…
そして、忍の意識が戻ると…
「ごぽっ…? ゴボッ!?」
何故か、地下水脈の激流に流され、忍の身体に必死にしがみついているセレナがいた。
「(なに!? これ、どういう状況!? さっきまでミレディの部屋んとこにいたよな!!?)」
目覚めたら水の中、そら混乱するわな。
しかも今回は覇狼の時と違って耐性も出来てたせいか、一時間も眠ってたわけではないので激流の中で目覚めた訳だが…。
忍が頭を振って周りを見れば、ハジメやユエ、シアも近くにいた。
その他にも影が通り過ぎていく。
魚だ。
どうにも流された地下水脈はどこかの湖や川とも繋がっているらしく、魚が逞しく泳いでいた。
その内の一匹がシアと並走…いや、並泳するように泳いでいた。
ふとシアがそちらを向けば……目が合った。
魚の眼ではない。
なんとその魚は人面魚だった。
そのどこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるおっさん顔は地球の某育成ゲームを思い出させる。
シアがそんな人面魚に驚き、目を見開いていると…
『ちっ、何見てんだよ?』
という声がシアの頭の中に響いてきた。
「っ!?!?」
それに耐えられなかったシアは必死で止めていた息を吐きだしてしまい、白目を剥いて意識を手放してしまった。
そして、一行は…
ゴボッ!
ゴボゴボッゴバッ!!
とある泉から巨大な水柱と共に激流から放り出されるのだった。
「どぅわぁあああ!?」
「んっーーーー?!」
「…………………」
「なんでだぁぁぁぁ!?」
「きゃああ!?」
5人中4人の悲鳴が木霊する。
「げほっ、がほっ! ~~っ、酷い目に遭った。あいつはいつか必ず壊してやる。お前等、無事か?」
「ケホッ、ケホッ……ん、大丈夫」
「な、何がどうなって…???」
「な、なんとか平気よ」
ハジメの点呼にシア以外が答えるが、忍はなんでこうなったのか疑問が尽きなかった。
「シア? おい、シア! どこだ!?」
「シア……どこ?」
「シアさん…?」
「ちょっと、どこなの!?」
今の忍は役に立たないと判断したハジメは周囲の気配を探るが、シアの気配がないとわかると、急いで水中に潜った。
案の定、シアが底の方に沈んでいたので、ハジメが救助する。
引き上げたシアは顔面蒼白で白目を剥いていて呼吸と心臓が停止していた。
それとその表情はよほど嫌なものでも見たのか、意識を失いながらも微妙に引き攣っていた。
「ユエ! 狼女でもいいから人工呼吸を!」
「じん…?」
「なに?」
どうやらこちらの世界では心肺蘇生法はあまり認識されていないようだった。
「くそっ、今は忍も当てにならねぇし」
そして、意を決した様子でハジメがシアの心肺蘇生を試みる。
心臓マッサージを行い、気道を確保して人工呼吸を施す。
「む…」
それを見てユエが不機嫌そうな表情になる。
「ぅ、ぁ…///」
まさか、こんな人前で口付けするとは思わず、セレナも顔を背ける。
「(ったく、見直したと思ったら、全部終わった後で死にかけるとか……お前はホントに残念な奴だよ)」
まぁ、それはともかく心肺蘇生を繰り返いしていると…
「ケホッ、ゴホッ! …………………ハジメさん?」
シアが水を吐き出そうとし、ハジメが気管を塞がないように横向けにして水を吐かせると、意識が戻ったのかシアがハジメを見つめる。
「おう、ハジメさんだ。ったく、こんなことで死にかけてんじゃ…んっ!?!?」
ハジメが最後まで言い終わる前に何を思ったのか、シアがハジメに抱き着き、そのままキスをし始めた。
さっきまで人工呼吸をしていたために至近距離だったのと、完全な不意打ちのためにハジメが回避し損ねた図だ。
「んっ! んーーっ!!」
「あむ、むちゅ…」
シアは両手でハジメの頭をしっかり抱え込み、両足を腰に回して完全に体を固定すると、遠慮容赦なく舌をハジメの口内に侵入させていた。
「…………………ブツブツ(今だけご褒美、今だけご褒美…)」
「////」
「お~」
ユエは物凄く不機嫌そうな表情を隠しもしないが、シアの活躍を考慮して今だけは見逃そうとブツブツ呟き、セレナは完全に顔を手で覆いつつも指の合間からチラチラとそれを見て、忍はなんか感心したような声を上げる。
ただ、この場には一行以外にも人が複数名いた。
「わわっ、なに!? なんですか、この状況!? す、凄い……濡れ濡れで、あんなに絡みついて……は、激しい! お、お外なのに! あ、アブノーマルだわっ!!」
「あら? あなた達は確か…」
ブルックの町の妄想過多な宿屋『マサカの宿』の娘『ソーナ・マサカ』、同じくブルックの町の服飾店の店主にして巨漢の漢女『クリスタベル』、それと冒険者風の男3人と女1人である。
但し、冒険者の男共は嫉妬の炎を瞳に宿し、剣に手を掛けそうな手を必死で抑えており、そんな様子を女冒険者は非常に冷めた目で見ていた。
未だに吸い付いてくるシアを、ハジメは体ごと持ち上げると、シアのむっちりとしたお尻を鷲掴みにして揉みしだく。
「あんっ!」
思わず喘ぐシアのその一瞬の隙を突いてシアを引きはがすと、そのまま泉へと放り投げる。
「うきゃああ!?」
ドボンッ!
悲鳴を上げながら泉に落ちたシアを尻目にハジメは荒い息を吐きながら髪を掻き上げる。
「ゆ、油断も隙もねぇ。蘇生直後に襲い掛かるとか……流石に読めんわ」
意識が回復してるからか、自力で泉から這い上がってくるシアを見て戦慄を覚えるハジメ。
「うぅ~、酷いですよぉ~。ハジメさんの方からしてくれたんじゃないですかぁ~」
「はぁ? あれはれっきとした救命措置で…………って、ちょっと待て。お前、意識あったのか?」
「う~ん…なかったと思うんですけど…なんとなくわかりました。ハジメさんにキスされてるって……うへへ」
「その笑い方やめろ。いいか? あれはあくまでも救命措置であって深い意味はないからな? 変な期待はするなよ?」
「そうですか? でも、キスはキスですよ。このままデレ期に突入ですよ!」
「ねぇよ。てか、お前等も止めてくれよ」
シアから視線をユエ、忍、セレナに向けてハジメが言う。
「……今だけ………でも、シアは頑張ってるし………いや、でも……」
「まぁ、一刻を争ってたみたいだし、仕方ないんじゃね?」
「……………………////」
という具合に返事(?)をしていた。
忍以外は返事にもなってないようだが…。
やれやれ、と肩を竦めるハジメはこちらの様子を窺っていたクリスタベル達へと視線を向ける。
冒険者達、ソーナ、クリスタベル、またソーナと視線を切り替える。
どうもクリスタベルは見なかったことにしたいらしい。
ハジメの視線に晒されたソーナはというと…
「お、お邪魔しましたぁ! ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり続きを!」
そんなことを叫びながら踵を返そうとするソーナの首根っこを摘まみ、クリスタベルがハジメ達の方にやってくる。
ハジメがクリスタベルにドン引きしていると…
「あっ、店長さん」
シアが知り合いらしいリアクションを取るので、仕方なく話に応じることにした。
結論として、ここはブルックの町から1日ほどの場所であることが判明したので、ハジメ達もブルックの町に寄ることにした。
こうして何とか2つ目の大迷宮を無事クリアした一行。
新たな仲間や色々なこともありつつも、次の戦いに向けて英気を養うために一時の休息を取るのだった。
………
……
…
あれやこれやとブルックには一週間ほど滞在した一行。
その間にも色々なことがあった。
ユエ、シア、セレナを手に入れようと決闘騒ぎを起こす奴等がいたり、宿屋の娘は覗きを敢行しては女将に仕置きされたり、何か知らないが変な派閥が五組ほど出来ていたり等など…。
ともかく、休息したのに妙な疲労感があったのは間違いない。
そんな一行は冒険者ギルド・ブルック支店にやってきていた。
「おや、今日は全員一緒かい?」
そんな一行をカウンターで出迎えたのはキャサリンだった。
「あぁ、明日にでも町を出ようと思ってな。アンタには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があるなら受けておこうってな」
ハジメが代表してそう言うと…
「そうかい、行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。アンタ達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエ達に踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態共といい、"お姉さま"とか"お兄さま"とか連呼しながら俺以外をストーキングする変態共といい、決闘を申し込んでくるアホ共といい……碌な奴がいねぇじゃねぇか。出会った奴の七割が変態で、二割がアホとか……どうなってんだよ、この町」
苦々しい表情のハジメが愚痴を零す。
まず最初の部分から、宿屋の看板娘・ソーナちゃん。
彼女はハジメ達の夜やら情事を見るために覗きを敢行しており、やる度に手口が巧妙化していくほどだ。
まぁ、その度に女将から折檻を受けているのだが、反省の色なし。
但し、彼女が力を注ぐのはハジメ達だけなので他の客には無害なのだ。
次に服飾店の店長・クリスタベル。
彼女は肉食獣の如き目でハジメや忍を見ていたりする。
これといった実害はなかったものの、精神的に削られたのは言うまでもない。
次はブルック五大派閥・『ユエちゃんに踏まれ隊』・『シアちゃんの奴隷になり隊』・『セレナちゃんに罵られ隊』・『お姉さま達と姉妹になり隊』・『お兄さまの妹になり隊』。
ぶっ飛んだネーミングセンスと思考、それぞれの願望を胸に秘めたおかしな集団(×5)である。
一つ目は町中で突然土下座すると、ユエに向かって「踏んでください!」と力強く叫ぶのだ。もはや恐怖である。
二つ目はどういう思考過程を経たのか不思議でならない。亜人族は被差別種族ではないのかとか、お前等が奴隷になってどうするとか、深く考えたら負けな気がしてならない。
三つ目はまだ可愛らしく思えるが、これも町中で突然土下座して「罵ってください!」と叫ぶのだ。しかも亜人族に対してそんなことを言うんだから、実はこいつらが一番怖いのかもしれない。
四つ目は女性のみで構成された集団で、ユエ、シア、セレナに付きまとうか、ハジメか忍の排除行動が主だった。一度は強硬策に出た者もいるが、ハジメの鬼畜行動で過激な行動はなりを潜めた。
五つ目も女性のみで構成された集団なのだが、元々は四つ目から派生した集団でもある。というのも、ハジメが鬼畜行動をした反面、忍は紳士的且つ年下の女の子の扱いに慣れていたがために穏便且つ優しく諭したのだ。それを目の当たりにした四つ目の一部が何かに目覚め、新たに立ち上げたのがこの集団だったりする。
最後に決闘を申し込んできた奴等。
ハジメはまともに関わるのも嫌だったので「決闘しろ!」という"け"の字の辺りでゴム弾を発砲して駆逐していた。
逆に忍は面倒そうにはしているが、ハジメのようにゴム弾発砲が出来ないので、仕方なく相手をしていた(もちろん、無手で)。
まぁ、その違いもあってハジメは『決闘スマッシャー』と呼ばれ、以前ユエに付けられた『股間スマッシャー』と共に『スマッシュ・ラヴァーズ(略して『スマ・ラヴ』)』という風に呼ばれていたりする。
あと、忍も毎度毎度決闘に付き合ってるせいで、五つ目の集団の好感度も爆上がりしてるとかどうとか…。
そんな風に思い出してハジメが顔を顰め、後ろの忍が苦笑したり、女性陣が微妙な表情をする。
「まぁまぁ、なんだかんだ活気があったのは事実さ」
「ヤな活気だな」
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンだ」
それを聞いてフューレン関連の依頼がないかを探すキャサリン。
フューレンとは、中立商業都市である。
一行の次の目的地は『グリューエン大砂漠』にある七大迷宮の一つ『グリューエン大火山』であり、大陸の西に行く必要性があるので、その行く途中にある『中立商業都市フューレン』に一度は寄ってみようという話になったのだ。
ちなみに『グリューエン大火山』の次は西にある海底に沈む大迷宮『メルジーネ海底遺跡』を目指すことになっている。
「う~ん……おや? ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。空きが2人分あるよ。どうだい? 受けるかい?」
そう言ってキャサリンが差し出してきた依頼書を確認する。
依頼内容は、中規模の商隊の護衛で16人ほど護衛を求めているらしい。
女性陣は冒険者登録をしてないので、ハジメと忍でちょうどだ。
「連れの同伴はOKなのか?」
「あぁ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れてる冒険者もいるからね。ユエちゃんやシアちゃんも相当な実力者だ。2人分の料金でもう2人優秀な冒険者を雇えるようなもんだから、断る理由はないさね。あ、別にセレナちゃんが優秀じゃないって話じゃないよ。比較対象がいないからね」
ハジメの質問にそう答えつつもセレナへのフォローを忘れない。
「ん~…」
ハジメはしばし逡巡してから意見を求める様に後ろのメンツを見る。
「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ~。たまには他の冒険者の方と一緒というのもいいかもしれませんね。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「ま、確かにたまにはのんびりするのもいいかもだぜ?」
「そうね。別に急ぎ足でなくてもいいと思うわ」
「……そうだな。急いでも仕方ないし、たまにはいいか」
そんな結論で、ハジメと忍が依頼を受けることにした。
その同伴で女性陣がついてくることになる。
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「わかった」
「あいさい」
ハジメと忍が依頼書を受け取る。
おれを確認すると、キャサリンが2人の後ろにいる女性陣に目を向ける。
「アンタ達も体に気を付けて元気でおやりよ? この子達に泣かされたらいつでも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれてありがとうございました!」
「まぁ、色々とありがと」
キャサリンにそれぞれお礼を言う3人に満足そうに頷くと…
「アンタ達もこんな良い子達を泣かせるんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「精進しますよ、キャサリン姐さん」
「…ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」
サムズアップする忍と、苦笑するハジメもキャサリンの言葉に答えていると、キャサリンから1通の手紙がハジメに渡される。
「これは?」
「アンタ達、色々と厄介そうなもん抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなもんさ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
それを聞いてハジメは「アンタこそ何者だよ?」と言いたげな表情をした。
「おや、詮索はなしだよ? 良い女には秘密がつきものさね」
「流石、キャサリン姐さん」
「……はぁ、わぁったよ。これは有難く貰っておくよ」
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
こうしてお世話になった人達に挨拶回りをした一行は翌日には新たな旅へと向かうのだった。