ブルックからフューレンへと向かう商隊の護衛依頼を受けたハジメ達は、翌日の早朝に正面門へと到着した。
そこには既に商隊のまとめ役と、他の冒険者達が集まっていた。
どうやらハジメ達が最後のようで、そのハジメ達を見て他の冒険者達が一斉にざわつく。
「お、おい…まさか残りの5人って『スマ・ラヴ』なのか!?」
「マジかよ!? 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」
色んな反応を示す冒険者達を尻目にハジメと忍はまとめ役らしき人物の元へと近寄る。
「君達が最後の護衛かね?」
「あぁ、これが依頼書だ」
「俺のもね」
ハジメと忍は懐から取り出した依頼書を見せる。
それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始める。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
そう自己紹介されたハジメは…
「……もっとユンケル? 商隊のリーダーって大変なんだな……」
「親友、それ絶対に違うと思う」
とある栄養ドリンクを思い出させる名前にハジメの眼が同情を帯び、忍がツッコミを入れる。
「? まぁ、大変だが慣れたものだよ」
ハジメの眼に疑問を抱きながらも苦笑い気味に返すモットー。
「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメで、こっちはユエとシア」
「俺は忍で、こっちはセレナね」
そう言ってハジメと忍も軽い自己紹介と後ろにいる3人をそれぞれ紹介する。
「それは頼もしいな。ところで、そこの兎人族と狼人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが…」
モットーの視線が値踏みするようにシアとセレナを見た。
「うっ」
「………………」
その視線を受け、シアがハジメの背後にそそっと隠れ、セレナも忍の腕にしがみつく。
「ほぉ、どちらとも随分と懐かれていますな。なかなか、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが…いかがですかな?」
その言葉にハジメと忍は…
「ま、アンタはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」
「ハッハッハッ、うちの子が魅力的なのはわかるけど、こればかりはね」
シアとセレナの様子を興味深そうに見ていたモットーがハジメと忍に交渉を持ち掛けるが、2人ともあっさりした対応だった。
そして、2人は揃って揺るぎない意志を込めた言葉を口にする。
「「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はない」」
実はこれ、念話を使って少し相談してから一緒に言うことにした言葉だったりする。
「理解してもらえたか?」
ハジメがモットーに言うと…
「…………………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になった時は是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間もなく出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
そう言ってモットーは商隊の方へと戻っていく。
「最後に自分の商会まできっちり宣伝するとは……ありゃ大した商人だな」
「確かにな」
そんな風に2人がモットーを評していると、不意にハジメは背中から抱き締められ、忍は腕から伝わる力が強さを増すのを感じていた。
ハジメが肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの真っ赤になって表情が緩んでいる顔が至近距離で見え、忍も腕の方を見ればセレナが恥ずかしそうに顔を肩に埋めていた。
「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」
「うふふふ。わかってますよぉ~、うふふふ~」
ハジメはハジメで"身内を捨てるようなことはしない"的な意味合いで言ったらしく、シアに色々と言っているが、当のシアがあんまり聞いてない様子だった。
「俺は別に本心でもあるから気にしないが…」
「余計恥ずかしいじゃない!!////」
忍は忍で本心でもあったので問題なさそうだが、言われたセレナとしては恥ずかしいことこの上なかったようだ。
そんな正反対な反応を見せるハジメと忍だが、さっきの発言は色々とギリギリだった。
下手すれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言に近かった。
ただ、歴史的に最高神たる『エヒト』や魔人族の信仰してる神の他にも崇められていた神は存在するので、直接的に聖教教会に喧嘩を売る言葉ではなかった。
それでもギリギリはギリギリなので仕方ないが、それだけでもモットーを引かせる要因になったのには違いなかった。
そんなハジメの傍にトコトコと寄ったユエはハジメの袖を引っ張り…
「? なんだ、ユエ?」
「ん……カッコよかったから大丈夫」
「……慰めありがとよ」
そんな風にハジメを慰め、ハジメもユエに感謝しつつ頬を撫でる。
………
……
…
ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約6日の距離である。
日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。
それを繰り返すこと3回目。
フューレンまで残り3日の位置まで来ていた。
ここまでは特に何事もなく順調に進んできている。
ちなみにこういう護衛時の冒険者の食事関係は自腹であり、商隊の人々とは別々に食べるのが暗黙のルールとなっている。
さらに冒険者達の場合、任務中は酷く簡易な食事で済ませるらしい。
何故なら、ある程度凝った食事を用意すると、それだけで荷物が増えていざという時に邪魔になるからだという。
その代わり町に着いて報酬を貰ったら即行で美味いものを腹いっぱい食うのがセオリーなのだとか。
そんな話をこの2日の食事の時間にハジメ達は他の冒険者達から聞いていた。
ハジメ達が用意した豪勢なシチューもどきにふかふかのパンを浸して食べながら、だが…。
「カッーー、うめぇ! 美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう亜人とか関係なく俺の嫁にならない?」
「ガツガツッ、ゴックンッ! ぷはぁ、テメェ、なに抜け駆けしてんだよ!? シアちゃんは俺の嫁!」
「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろよ。ところで、シアちゃん。町に着いたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」
「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」
「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ…」
「セレナちゃん、俺と一緒に旅に出よう!」
シアのお裾分けで他の冒険者達にも振舞われた食事を食べながら冒険者達が調子に乗り出している。
こうなったのも初日にハジメが宝物庫を隠しもせずにシアに料理をさせたのが原因だ。
そうしてハジメ達が食事した頃には他の冒険者達が涎を滝のように流して血走った目を向けるという事態に陥る。
それに物凄く居心地が悪くなったシアがお裾分けを提案し、今の状況に至る。
それから食事の時間になると、こぞって冒険者達がハジメ達の元へと集まってくるようになった。
そして、ぎゃーぎゃーと騒ぐ冒険者達(男共限定)に向かい、ハジメは威圧を、忍は覇気を無言で放つ。
威圧と覇気を同時に受け、シチューもどきで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は青ざめた表情でガクブルし始める。
「で? 腹の中のもん、ぶちまけたい奴は誰だ?」
「ハッハッハッ」
ハジメの囁くような、されどやたら響く声と忍の笑顔なのに目が笑ってない笑い声に…
『調子に乗ってすんませんっしたー!!』
2人よりも年上でベテランな冒険者達が見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する。
2人の威圧感が半端ないのもあるが、ブルックの町での所業を知っているので、ハジメに逆らおうというものはいなかった。
「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少しくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」
「そんなことはどうでもいい」
「はぅ!?」
はにかみながら、さりげなくハジメにアピールするシアだが、当のハジメはそのアピールを一刀両断する。
「……ハジメ」
「ん? ……なんだよ、ユエ」
そんなハジメを咎めるような視線を向けるユエは、人差し指をピッと突きつけると…
「……メッ!」
としていた。
それには訳がある。
ブルックの町での宿泊時、シアのことも優しくしてあげてほしいとユエに言われていたのだ。
ハジメとしてはユエ一筋で、シアに恋情を抱いてる訳ではないので、仲間という身内に対する配慮程度でいいだろうという気持ちでいたのだが、ユエ的にはそれでもダメらしい。
「ハジメさん! そんな態度を取るなら、この串焼き肉はあげませんよ!」
しかし、シアも最近はへこたれなくなっていた。
ハジメがツン発言をしても大抵はびくともせず、衝撃を受けてもすぐに復活して強気・積極的なアプローチを繰り返すようになっていた。
「わかったから、その肉を寄越せ」
「ふふ、食べたいですか? で、では…あ~ん」
見れば、隣でユエもスタンバっている。
つまり、そういうことだ。
「あ~ん」
「…………………」
シアから差し出された肉にかぶりつくと無言で食べる。
「……あ~ん」
「……………………」
今度はユエから差し出された肉にかぶりついて無言で食べる。
しばし、そんなことを繰り返す。
「いやぁ、シアさんも逞しくなったもんだな」
そんなハジメ達の姿に忍はほのぼのとしていた。
「ま、だからと言って目の前でイチャつかれる身としては、爆発しろと言わざるを得ないが」
そんな忍の発言に激しく同意するかのように他の冒険者達がガクガクと首を縦に振った。
が、しかし…
「あ、セレナ。ジッとしてろ」
「?」
何故かセレナの頬に顔を近付けたかと思うと…
ペロッ
「っ!?////」
頬を一舐めする。
「シチュー、頬についてたぞ?」
一応、後からそんなことを言って…。
「だ、だからって舐める奴がいるか、バカァァァっ!!////」
セレナの絶叫が木霊し、他の冒険者達は『お前も爆発しろよ!!』的な視線を向けられたのでした。
………
……
…
それから更に2日経ち、フューレンまで残り1日の道になった頃…。
「敵襲です! 数は100以上! 森の中から来ます!!」
のどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れ、それにいち早く気付いたシアが警告を発していた。
その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。
現在通っている街道は森に隣接しているが、そこまで危険な場所ではない。
なんせ、大陸一の商業都市へのルートなのだから、道中の安全はそれなりに確保されている。
故に魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい20体前後、多くても40体くらいが限度のはずなのだが、シアが言った数は100体。
明らかに普通ではない。
「くそっ、100以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったが、勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」
護衛隊のリーダー『ガリティマ』が悪態を吐きながら苦い表情をする。
商隊の護衛は16人、ユエ、シア、セレナを含めれば19人になり、その人数で商隊を無傷で守り切るのは難しく、単純に物量に押し切られると考える。
ならば、いっそのこと隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始める。
すると…
「迷ってんなら、俺等がやろうか?」
「えっ?」
なんとも軽い口調で言ってのけるハジメにガリティマが間抜けな声を漏らす。
「だから、なんなら俺等が殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」
「い、いや…それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいが……えっと、出来るのか? この辺りの魔物はそれほど強いわけではないが、数が…」
「数なんて問題ない。すぐに終わらせる。ユエがな」
「ん……」
その自信たっぷりな言葉にガリティマは少し逡巡する。
「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅出来なくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法でさらに減らし、最後は直接叩けばいい。皆、わかったな!」
『了解!』
逡巡したガリティマの判断に他の冒険者達も気迫を込めて応える。
そして、商隊を守るように陣取り隊列を作り、緊張感を漂わせながらも覚悟を決めた良い顔つきになる。
「(なるほど。こういうのがベテラン冒険者か)」
そんな彼等の姿に感心しつつもハジメ達は馬車の屋根にいた。
「ユエ。一応、詠唱しとけ。後々、面倒になるからな」
「……詠唱……詠唱…?」
「まぁ、それっぽく聞こえるように言っておけばいいんだよ」
「接敵、10秒前ですよ~」
「来る…!」
そうこうしている内にシアやセレナから報告が入り、ユエは右手をスッと森に向けて掲げ、透き通るような声で詠唱を唱え始める。
「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん。古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん。最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、『雷龍』」
ユエの詠唱が終わり、魔法のトリガーが引かれる。
その瞬間、詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た蛇を思わせる東洋の龍が現れる。
「な、なんだ、あれ…?」
それは誰が呟いたのか…。
その異様な光景に敵味方問わず、誰もが息を呑んだ。
そして、天よりもたされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な指に合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎を開いて襲い掛かる。
ゴォガァアアアッ!!!
「うわっ!?」
「どわぁあ!?」
「きゃああ!!」
凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、なんとその場にいた魔物の尽くが自らその顎に飛び込んでいった。
さらに、ユエの指揮に従い、雷龍はとぐろを巻いて魔物達の逃げ場を塞ぐ。
突如として出来た雷の壁に逃げようとした魔物が突っ込み、その身を消滅させる。
逃げ場を失くし、魔物の頭上で再び雷龍がその顎を開けば、再び魔物達が雷龍の顎に殺到する。
そうして魔物達を殲滅させた雷龍は荘厳な雄叫びと共に霧散する。
『……………………』
それを見ていた冒険者達、商隊の人々は恐怖で身を竦ませながらもあんぐりと口を開けて固まっていた。
「……ん、やり過ぎた」
「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが…」
「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんやシノブさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」
「いやはや、流石はユエさん。魔法の扱いがチート過ぎだぜ」
「つか、さっきの詠唱って…」
「ん……出会いと、未来を詠ってみた」
無表情ながら『ドヤァ!』と言いたげな雰囲気のユエを見て苦笑しながらハジメはユエの髪を撫でた。
その後、ユエの雷龍を見てテンションがおかしくなった冒険者達だった。
ただ、その中で唯一平静を装っていたガリティマがハジメ達に色々と聞いたが、さりげなく躱されてしまうものの、同じ冒険者でも手の内を隠すのは当然だと割り切って他の冒険者達を抑える役に回ってくれた。
………
……
…
そして、ラスト1日も何事もなく、商隊はフューレンへと辿り着く。
フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするらしい。
ハジメ達もその内の一つに並んでおり、順番が来るまでしばらく掛かりそうだった。
馬車の屋根でユエに膝枕され、シアを侍らせていたハジメと、セレナの見守る中で銀狼の(知識がないので、なんちゃってっとつくが)手入れをする忍がいた。
と、そこにモットーがやってくる。
何やら話があるようで、それに若干呆れる様にしながらもハジメが代表として屋根から飛び降りる。
「まったく、豪胆ですな。周囲の眼が気になりませんかな?」
モットーの言う視線とは、ハジメや忍への羨望と嫉妬の目、ユエ、シア、セレナに対する感嘆といやらしさを含んだ目、それに加えて今はシアとセレナを値踏みするかのような目もあった。
流石は大都市の玄関口である。
様々な人間が集まる場所では、3人に対して単純な好色な目を向けるだけではなく、利益も絡んだ注目を受けているらしい。
「ま、確かに煩わしいけどな。仕方ないだろう。気にするだけ無駄だ」
そう言って肩を竦めるだけのハジメにモットーは苦笑している。
「フューレンに入ればさらに問題が増えそうですな。やはり、彼女達を売る気は…な」
『その話は終わっただろ?』と目で語るハジメに、モットーは両手を上げて降参のポーズを取る。
「そんな話をしに来たんじゃないだろ? 用件は何だ?」
「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方の持つアーティファクト。やはり、譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人の立会の下、一生遊んで暮らせるだけのきんがくをお支払いしますよ。貴方のアーティファクト…特に『宝物庫』は商人にとっては喉から手が出るほどに手に入れたい代物ですからな」
そう言いながらもモットーの眼は笑っていなかった。
『喉から手が出る』というよりも『殺してでも』と言いそうなくらいの眼だ。
「何度言われようと答えはノーだ。諦めな」
「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりにも有用過ぎる。その価値を知った者は理性を利かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ。例えば、彼女達の身に…『ゴチッ』…ッ!!?」
ハジメの答えがわかっていたのか、モットーが少々狂気的な発言を眼差しで屋根の上にいる3人を見た瞬間、ハジメがドンナーの銃口をモットーの額に押し付け、ピンポイントの殺気を叩き付ける。
ただ、場所が馬車の影ということもあり、周りの人間は気付いていない。
「それは…宣戦布告と受け取っていいのか?」
静かな声音がモットーの耳に嫌に響く。
「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……お連れの方は、ともかく……特に、あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで………うっ…」
モットーの言う通り、忍はそれとなく実力を隠したり、アドバンスド・フューラーの使用を控えているが、ハジメは実力やアーティファクトをそこまで隠すつもりがないのか、オープンな部分があった。
まぁ、ハジメはこの世界に対して『遠慮しない』と決めているので、敵対する者は全てなぎ倒してでも進む覚悟がある。
逆に忍は覇王になる覚悟は持っているが、ハジメほど世界に対して達観していない部分がある。
「そうか。なら、そういうことにしておこうか」
そう言ってドンナーを仕舞い、殺気を解いたハジメの前で、モットーは崩れ落ちる。
見れば、大量の冷や汗を流して肩で息をしていた。
「別にお前が何をしようとお前の勝手だ。或いは、誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意を持って俺達の前に立ちはだかったら……生き残れると思うなよ? 国だろうが、世界だろうが、関係ない。全て血の海に沈めてやる」
「……はぁ…はぁ、っ……なるほど。割に合わない取引でしたな…」
未だ青ざめた表情ではあるものの、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。
それに加え、道中での商隊員とのやり取りから、かなり慕われている姿も何度か見ていた。
そんな彼が、こんな強硬な手段に出るほど、ハジメ達のアーティファクトは魅力的なのだろう。
「ま、今回は見逃すさ。次がないといいな?」
「……まったくですな。私も耄碌したものだ。欲に目が眩んで竜の尻を蹴り飛ばすとは…」
『竜の尻を蹴り飛ばす』。
この世界の諺で、竜とは『竜人族』を指す。
彼等は全身を覆う鱗で鉄壁の防御力を誇るが、眼や口内を除けば唯一尻穴の付近に鱗が無く弱点となっている。
その防御力の高さから眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目覚め、烈火の如く怒り狂うというものだ。
昔、何を思ったのか、それを実行して逆襲されたアホがいたらしい。
そこから因んで手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったのだとか。
ちなみに竜人族は500年以上前に滅びたとされている。
理由は諸説ある。
「そういえば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言っては何ですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からもよく思われていませんでしたからな。まぁ、竜というよりも蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」
そう言って立ち上がるまで回復したモットーは服の乱れを直す。
あんなことがあったにも関わらず、それでも忠告をする辺り、なかなか豪胆な人だ。
「そうなのか?」
「えぇ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけ揃っていれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう」
「なるほどな。つか、随分な言い様だな。不信心者と思われるぞ?」
「私が信仰しているのは神であって、権威を笠に着る"人"ではありません。人は"客"ですな」
「……なんとなく、アンタのことがわかってきたわ。根っからの商人なんだな、アンタ。そりゃあ、これ見て暴走するのも頷けるわ」
そんな会話を繰り広げ、手元の指輪を弄るハジメの言葉にモットーは複雑極まりない表情をしていた。
「とんだ失態を晒しましたが、ご入用の際は我が商会を是非ご贔屓に。あなた達は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」
「……ホント、商売魂が逞しいな」
「それでは、失礼しました」
ハジメの呆れた声を背に受け、モットーは前列へと戻っていく。
「よっと」
すると、銀狼の手入れが終わったのか、忍がハジメの隣に降りてくる。
「いやはや、アレを龍だと看破するとはな。しかも最後にはしっかりと自分の商会アピールしてくるんだから、抜け目がないというか何というか…」
話を聞いていたのか、忍がモットーをそう評する。
「お前はどう思った?」
「ん? ああいう人なら信用してもいいと思うぞ?」
「……そうか」
「ま、あんまり敵ばかり作ってもな。キャサリン姐さんやあのモットーさんとか…たまには信用してもいいんじゃね?」
「……………………」
忍の言葉にハジメは空を見上げる。
「親友。別に今の考えを改めろって言ってるんじゃない。俺はたまには外にも目を向けてもいいんじゃないかな、って言ってるだけさ」
「…………一応、考えとく…」
「おう。そうしてくれ」
そう言ってニカッと笑う親友に苦笑するハジメの心境はどうなのだろうか?
それは本人しかわからないだろう…。