もう1人のイレギュラーは反逆の覇王   作:伊達 翼

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第二十五話『苦悩と捜索と絶望』

その夜。 

皆が寝静まった深夜のことだ。

 

「…………………」

 

愛子は1人部屋でソファに座って火の入っていない暖炉をなんとなしに見ていた。

 

ハジメと忍が生きていたことは素直に嬉しいと感じる反面、2人の非友好的…特にハジメの無関心な態度を思い出して眉を八の字にする。

デビッドの言動によって垣間見たハジメの力に、そのような変貌をしなければ生き残れなかったかもしれないと、ハジメが経験したであろう苦難と、それと同様な状況にいながらも前の面影が残っている忍との違いに思いを馳せたり、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。

しかし、その後に見せた3人の女の子とのやり取りに信頼出来る仲間を得ていることに頬を緩ませる。

 

そんな風に愛子が思い悩んでいると…

 

「なに、1人百面相してるんだ、先生?」

 

「色々悩み事でもあるんでない?」

 

「っ!?」

 

突如としてそんな声が聞こえてきて、ギョッとしたようにそちらを向ければ、入り口の扉に背中を預けながら腕を組むハジメと、後頭部に両手を回して体をユラユラと左右に振る忍の姿があった。

 

「な、南雲君に、紅神君? な、なんでここに…どうやって…?」

 

「どうやってと言われると…普通にドアからとしか答えられないが…」

 

「えっ? でも、鍵が…」

 

「俺の天職は錬成師だぞ? 地球の鍵でもあるまいし、この程度の構造の鍵なら問題なく開けられる」

 

「ハッハッハッ、親友がどんどん犯罪者になってきて俺はどうしたらいいのかわからんぜ」

 

飄々とした答えのハジメと忍に愛子はしばらく呆然としていたが、眉を顰めて咎めるような表情になった。

 

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなしでいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて……いったい、どうしたんですか?」

 

そう言って愛子が2人を見ると…

 

「そこは悪かったよ。他の連中にこの訪問を見られたくなかったんだ。先生には話しておきたいことがあったんだが、さっきは教会やら国の連中がいたから話せなかったんだよ。内容的に、あいつ等は発狂でもして暴れそうだったからな」

 

「俺は単なる付き添いさ。ま、親友の話す内容は知ってるし…ほら、1人よりも2人の方が信憑性も高いっしょ?」

 

「お話ですか? 南雲君達は、先生のことはどうでもよかったんじゃ……」

 

そこまで言って『もしかして戻ってきてくれるの!?』と目を輝かせていると…

 

「いや、戻るつもりはないからな? だから、そんな期待した目で見るのはやめてくれ。今から話す内容は…先生が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話すんだ。聞いた後にどうするかは先生の判断に任せる」

 

「悪いね。俺達が戻ったところで聖教教会には従えないんだよ。従うつもりもないしな」

 

そんな前置きを2人して言うので、ガッカリしたように愛子がすると…

 

「先生。この世界の神は狂っている」

 

開口一番、ハジメはそこから語り始めた。

真のオルクス大迷宮の最下層…オスカーの住処でオスカーの記録から聞いた今は反逆者と言われている"解放者"と狂った神の遊戯についてを…。

 

ハジメと忍が愛子にこの話をすると決めたのには理由がある。

神の意志に従って勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してもらえるとは思えなかった。

魔人族との戦争に勝ったとしても、そのまま『はい、そうですか』と帰す保証がない。

特に『勇者』という面白い駒を…道楽で戦争をしているような神々が簡単に手放すとは思えず、むしろ新たなゲームの駒として利用すると考えた方が妥当だ。

 

ただ、ハジメも忍もこの話を、神の使徒と言われてる生徒達…特に光輝に言うつもりはなかった。

ハジメにとってはクラスメイトの行く末に興味はなかったし、忍も光輝にはあまり良い感情を抱いていないので、恐らく言っても無駄だと思っているからだ。

正義感と思い込みの塊のような男が、ハジメや忍の言うことを信じるとは思えなかった。

 

たった2人の、しかも片方は変貌した少年とその親友を自負する少年の言葉と、大多数の救いを求める声。

光輝がどちらを信じるかなど考えるまでもない。

間違いなく、大多数の救いの声を取り、それが正しいことだと言うに決まっている。

そして、大勢の人が崇める『エヒト様』を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。

 

だが、偶然出会い、再会した愛子は違う。

愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを、ハジメも忍も知っている。

つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断が可能で、日本での慕われ具合や今日の生徒達の態度から、愛子が話したのならきっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えると、2人は考えた。

 

その結果、彼等の行動にどのような影響が出るかはわからない。

だが、この情報によって光輝達が神々の意図するところは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはず。

ハジメは大迷宮の攻略の旅中で、自分達が酷く目立つ存在だと推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えていた。

なので、間接的に信頼ある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させる意図があった。

これは忍も同意・賛成している。

 

また、神に縋る以外の方法且つ、ハジメ達とも異なる帰還を探ってくれるのではないかという意図も僅かにあった。

さらに"解放者"の例もあるので、その再現をされぬように光輝達には神への不信感を植え付けることで楔を打ち込むという意図もある。

 

もっとも、この考えは偶然愛子と再会したから思いついたものである。

ハジメはクラスメイトに対して恨みも憎しみもなく、ただひたすらに無関心になっていた。

忍の場合、隣のクラスでハジメのクラスメイトというだけなので、特に愛着があるわけでもないから多少の関心はあってもホントに多少であり、今は深く関わろうとは思ってない。

そのため、利用出来ればそうするし、役に立ちそうにないなら放置するスタンスを取る。

今回は、たまたま利用出来ると思ったので、情報を開示したに過ぎなかった。

 

ハジメからこの世界の真実を知らせられ、呆然とする愛子。

 

「まぁ、そういう訳だ。俺達が奈落の底で知ったことはな。これを知ってどうするかは先生に任せるよ。戯言と切って捨ててもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」

 

「な、南雲君達は…もしかして、その"狂った神"をなんとかしようと……旅を?」

 

「ハッ! まさか。この世界がどうなろうと心底どうでもいい。俺達は俺達なりに帰還の方法を探るだけだ。旅はそのためのものだよ。教えたのは、その方が俺達にとって都合が良さそうだっただけだ」

 

「ま、その神とやらが帰還の邪魔をするなら、噛み砕くだけだけどな」

 

その2人の答えに微妙な表情をする愛子。

 

「当ては、あるんですか?」

 

「まぁな。大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索してみたらいい。オルクスの100層を越えれば、めでたく本当の大迷宮だ。もっとも…今日の様子を見る限り、行ってもすぐに死ぬと思うぞ。あの程度の"威圧"や"覇気"を受けて耐えられないようじゃ論外だ」

 

「だな。あの程度で竦んでちゃ、生きてはいけない。それが真の大迷宮だ」

 

「…………………」

 

愛子は夕食時のハジメと忍から放たれたプレッシャーを思い出し、どれだけ過酷な状況を生き抜いて来たのかと改めて2人に同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な眼差しを向ける。

 

その眼差しを受け、揃って肩を竦めると話は終わったとばかりに入口へと足を向ける。

そんな時、愛子は1人の生徒のことを思い出していた。

 

「白崎さんは、諦めていませんでしたよ」

 

「…………………」

 

愛子の言葉にハジメの足が止まる。

 

「皆が南雲君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の眼で確認するまで、南雲君の生存を信じると。今もオルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは南雲君を探すことが目的のようです」

 

「へぇ~?」

 

その言葉に忍は意外そうな声を漏らす。

この"意外そうな"というのは、他が死んだと判断した親友を未だ想っているのか、という意味だ。

 

「…………白崎は無事か?」

 

少し長めの沈黙の後、ハジメが背中越しに愛子に尋ねた。

そんなハジメの言葉に忍は笑みを浮かべ、愛子も喜色を浮かべる。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして攻略を進めているようです。時折届く手紙にはそうありますよ。やっぱり、気になりますか? 南雲君と白崎さんは仲が良かったですもんね」

 

「(いや、ありゃ一方的に話し掛けてただけで、仲が良かったとは言い難いぞ?)」

 

愛子のどこか見当違いな言葉に内心忍はツッコミを入れるが、口には出さず苦笑を浮かべていた。

 

「そういう意味じゃないんだが……手紙のやり取りがあるなら伝えとくといい。あいつが本当に注意すべきは迷宮の魔物じゃない。仲間の方だと」

 

「…………………」

 

ハジメの言葉に忍はある男子生徒のことを思い出す。

 

「え? それはどういう……」

 

「先生。今日の玉井達の態度からだいたいの事情は察した。俺達が奈落に落ちた原因はベヒモスの戦闘、または"事故"ってことにでもなってるんじゃないか?」

 

「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと…………南雲君はやはり皆を恨んで……」

 

「そんなことはどうでもいい。肝心なのはそこだ。誤爆? 違うぞ。あれは明確に俺を狙って誘導された魔弾だった」

 

「俺は完全に自分から突っ込んだって訳か」

 

「え? ゆ、誘導? 狙って?」

 

ハジメの言葉に訳が分からないような表情の愛子にハジメは断言した。

 

「俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたってことだ」

 

「っ!?」

 

「(ま、俺は犯人の目星はつけてるが…今言うべきか?)」

 

顔面蒼白の愛子を見て忍は"やめとくか"と考え、口を閉ざしたままでいた。

 

「原因は白崎との関係くらいしか思いつかないからな。嫉妬で人一人殺すような奴だ。まだ無事なら白崎に後ろから襲われないように忠告しといてくれ」

 

そう言い残し、今度こそ退室するハジメと忍。

 

取り残された愛子は自分の体を抱き寄せるように抱き締めて苦悩するのだった。

 

そして、その帰り道…

 

「おい、忍。お前、犯人が誰か知ってるだろ?」

 

最後の話を愛子にした時の様子から忍は知ってると思って尋ねると…

 

「聞いてどうする?」

 

やはり知っているような口振りだった。

 

「別にどうもしねぇよ。激しくどうでもいいしな」

 

「そうかい。あの奈落へと落ちる時、俺は落ちる俺達を見て嗤ってる奴を見た。"檜山"だ」

 

それを聞き…

 

「……そうか」

 

興味無さそうに答える。

 

「ホントにどうでもよさそうだな」

 

「まぁ、あいつならさもありなんだ」

 

「白崎さん、無事だといいな?」

 

「………………今の俺にはユエがいる」

 

「……そうかい」

 

という会話をした後、それぞれの部屋に戻った。

その際、ユエとシアに預けていたセレナを伴って忍は部屋に戻ったりする。

 

………

……

 

そして、夜明け。

 

月の輝きが薄れ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ達はすっかり旅支度を整え終え、ウルの町の北門に向かっていた。

ちなみにそれぞれの手には朝食用に握り飯が入った包みを持っていた。

これは『水妖精の宿』のオーナー・フォスからの粋な計らいであった。

 

ウィル・クデタ一行が北の山脈地帯に調査に入り、消息を絶ってから既に5日。

生存は絶望的だが、万が一ということもある。

生きて帰せれば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。

幸いにも天気は快晴であり、捜索にはもってこいの日だ。

 

だが、北門に近付くにつれ、ハジメは気配を、忍は匂いを感じた。

しかも忍にとってはつい昨日感じた匂いだった。

 

そして、朝靄をかき分けて見えた先には…愛子と6人の生徒の姿があった。

 

「はぁ……なんとなく想像つくけど一応聞こう。何してんの?」

 

面倒くさいとばかりにハジメが尋ねると…

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多い方がいいはずです」

 

ハジメの一瞥に一瞬ビクッとしながらも毅然とした態度で愛子が言い放つ。

その周りに園部 優花、『菅原 妙子』、『宮崎 奈々』、玉井 淳史、相川 昇、仁村 明人が集まる。

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。だが、一緒は断る」

 

「な、何故ですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

見れば、愛子達の後ろには馬が人数分用意されていた。

が、馬とシュタルフ及びアステリアとでは速度が断然違う。

それを知らない優花がカチンときたのか、ハジメに食って掛かる。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲が私達のことをよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

「はぁ?」

 

優花の物言いに呆れた表情を浮かべると、ハジメは宝物庫からシュタルフとアステリアを呼び出す。

 

『っ!?』

 

突如、虚空から大型バイクが2台も現れ、驚く愛子達。

 

「理解したか? お前等のことは昨日も言ったが、心底どうでもいい。だから、八つ当たりする理由もない。そのままの意味で移動速度が違うんだよ」

 

論より証拠と言った具合にハジメがそう言うと…

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

 

「まぁな。それじゃあ、俺等は行くから、そこを退いてくれ」

 

バイク好きの昇が興奮したように尋ね、おざなりにハジメが答える。

アステリアには既に忍が搭乗し、その後ろにセレナが乗っている。

それに倣ってハジメもシュタルフに搭乗しようとするが、そこで愛子が待ったをかけた。

 

「南雲君。先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか、捜索の合間の時間でも構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ。一先ずは」

 

そう言ってハジメを見る愛子の眼は真剣そのものだった。

 

「…………………」

 

ハジメは明るくなってきた空を見てからアステリアに乗る忍を見る。

 

「ハッハッハッ、俺等が先行していいなら話しててもいいけどよ。流石に範囲が広い。親友がいないと時間が掛かり過ぎるからな。こっちが折れた方がいいかもな」

 

と言っていた。

 

「ちっ、わかったよ。同行を許可する。と言っても、俺から話せることなんて殆どないけどな…」

 

「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」

 

「はぁ…まったく、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」

 

「当然です!」

 

"むんっ!"と胸を張る愛子にハジメと忍が苦笑を浮かべる。

 

「……ハジメ、連れて行くの?」

 

「あぁ、この人はどこまでも"教師"なんでな。生徒のことに関しては妥協しない。放置しておく方が後で絶対面倒になる」

 

「ほぇ~、生徒さん想いの良い先生なんですねぇ~」

 

「人は見かけによらないものなのね」

 

ハジメが折れたことに驚くユエ、シア、セレナだった。

 

「でも、このバイクじゃ乗れても3人でしょ? どうするの?」

 

優花が尋ねると、シュタルフだけを宝物庫に格納すると、今度は魔力駆動四輪『ブリーゼ』を呼び出す。

外見はハマーに似ている。

 

『…………………』

 

「乗れない奴は荷台な」

 

愛子達が驚く中、ハジメが運転席に向かいながらそう言い残す。

ちなみに座席はベンチシートになっていて、運転席はハジメ、隣に愛子、その隣にユエが座り、後部座席には優花と妙子に挟まれたシアに奈々という女性陣が座り、荷台には残った淳史、昇、明人が乗っている。

忍はセレナと共にアステリアに搭乗しているので問題ない。

 

そうしてようやく北の山脈地帯へと出発する一行。

 

その道中で後部座席の女性陣は恋バナに興じ、前の席ではハジメと愛子が昨日の話の続きをしていた。

忍から聞いた犯人の名を一応推測の域程度で話していた。

そうこうしているうちに愛子は寝不足だったのでハジメに膝枕される形で眠ってしまったりもした。

 

………

……

 

北の山脈地帯。

標高1000メートルから8000メートル級の山々が連なったそこは、どういう訳か生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だった。

普段見えている山脈を越えても、その向こう側にはさらに山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっており、現在確認されているのは4つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域となっている。

しかも山を一つ越える度に魔物が強くなるという、まるで大迷宮を彷彿とさせる場所なのだ。

 

ハジメ達はその山脈の麓で一旦ブリーゼやアステリアから降りると、ハジメは生成魔法と重力魔法を組み合わせて作り上げた『無人偵察機』を4機ほど飛ばして周囲を探らせる。

忍も忍で匂いを確かめていたが、流石に5日も経っていると自然の匂いが強かった。

 

そこから1時間ちょっと。

山の六合目までをハジメ達の速過ぎる速度で登り、それに追いつこうと全力疾走気味になった愛子達。

当然ながらハジメ達にとっては特に平気だったのだが、愛子達の体力が限界にきて休憩を取るが、ハジメ達はそんなんお構いなしに川が流れてる方へと歩いていく。

 

そんな中…

 

「この匂いは…」

 

忍が何やら匂いを察知する。

 

「……………」

 

ハジメの方も何かに気付いたようだった。

 

そうして、ハジメ達が川の上流へと駆け出していくと、そこには…

 

「親友」

 

「あぁ、これは…」

 

小振りな金属製のラウンドシールドと、鞄が散乱していた。

 

「微かに血の匂いもする。ここで戦闘があったのか…」

 

そう言ってハジメ達が周囲を観察していると、セレナの先導で後続の愛子達が息を切らしながらやってくる。

 

周囲を観察していると、痕跡が上流へと続いて向かっているのがわかった。

 

「あ、ハジメさん。これ、ペンダントでしょうか?」

 

「ん? あぁ、遺留品かもな。確かめよう」

 

シアが見つけたペンダントを調べると、実はロケットであることが判明し、中には女性の写真が入っていた。

その後も遺留品の数々が見つかり、身元特定に繋がりそうな代物だけを回収していく。

 

そうして一行は八合目と九合目の合間にある場所までやって来ていた。

その間、魔物に遭遇しなかったことに不気味さを覚えていた。

 

そして、一行はある場所に到着していた。

そこは上流に小さな滝があるものの、水量が多く流れが激しく、本来なら真っ直ぐ流れているはずなのに、今は途中で大きく抉られて小さな支流が出来ていた。

その不自然な支流と周辺の異常を見て、ハジメ達は不審に思った。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな。この足跡、大型で二足歩行する魔物か? 確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れ方は…」

 

「どう見ても放出系だよな。ブルタールって放出系なんて持ってないしな。そもそもこんなとこに来るか?」

 

「それもそうだよな」

 

ハジメと忍がそんな会話をいながら次の行き先を決める。

 

で、今度は川に沿って下っていくと、立派な滝を発見する。

 

「! これは…」

 

「……ハジメ?」

 

滝壺付近へと降り立ったハジメが声を上げる。

 

「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は、あの滝壺の裏だ」

 

「匂いじゃわからんが…………あ、ホントだ。なんか反応があった」

 

「お前、最近鼻に頼り過ぎだろ?」

 

「ハッハッハッ、面目ねぇ」

 

「つまり…生きてる人がいるんですね!」

 

ハジメと忍の会話でシアが驚きを含んで叫ぶ。

それは愛子達も同じのようだった。

まさか、失踪して5日経っても生き残りがいるとは…。

 

「ユエ、頼む」

 

「……ん」

 

ユエが滝壺の元へと歩いていくと…

 

「『波城』、『風壁』」

 

ユエが魔法を発動させると滝から流れる水が真っ二つに開く。

唖然とする愛子達を促して滝壺の裏へと向かう。

洞窟と言える滝壺の裏の空間は、入ってすぐ上の方へと曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。

天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜まりに流れ込んでいた。

 

その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。

年の頃20歳くらいの青年だとわかり、端正で育ちの良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。

だが、大きな怪我はなく、鞄の中には未だ少量の食料があることから単純に眠っているだけのようだった。

 

そんな青年に向かい、面倒そうにしてたハジメは義手デコピンを敢行した。

 

バチコンッ!!

 

「ぐわっ!!?」

 

悲鳴を上げて青年が飛び起きる。

が、余程痛かったのか、額を押さえてのた打ち回っている。

 

「お前がウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男坊の」

 

「いっっ!? えっ、君達は一体、どうしてここに…………」

 

状況が分かってない青年が目を白黒していると、ハジメが再び義手をデコピンの形にする。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉が出る度に二割増しで上げていくからな?」

 

「えっ、えぇっ!?」

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

 

「えっと、うわっ!? はい! そうです! 私がウィル・クデタです!」

 

ハジメが再びデコピンしようとして、慌てて青年…ウィルが答える。

 

「そうか。俺はハジメ。南雲 ハジメだ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングの依頼で捜索に来た。(俺の都合上)生きていてよかった」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が…また、借りが出来てしまったようだ……あの、あなたもありがとうございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を述べるウィル。

そこで一通りの自己紹介も済ませると…

 

「それで、一体何があってこんなとこに?」

 

忍の疑問にウィルが答える。

 

5日前、五合目辺りでブルタール10体と遭遇して即座に撤退戦に移行したものの、何故かブルタールの数が増える一方だったという。

気づけば六合目の川の辺りに追い込まれたらしく、盾役と軽戦士が犠牲になった。

その後、大きな川まで行くと、今度は漆黒の竜が現れたらしい。

その黒竜はウィル達が川沿いに出た瞬間に特大のブレスを放ち、その余波でウィルは川に落ちて流された。

そして、ウィルが最後に見た時、1人はブレスで跡形もなく消し飛び、残る2人も挟撃されていたのだという。

ウィルはそのまま流されて滝壺に落ちると、この洞窟を見つけて隠れていたのだと。

 

こうして、今に至る。

 

「わ、わたしは…最低だ! うぅ、みんな死んでしまったのに、何の役にも立たない………私だけが…生き残ってしまった! それを……喜んでいる……私はっ!!」

 

涙を流しながらウィルの慟哭が洞窟に木霊する。

その様子に愛子達は何を言っていいのかわからなかった。

 

だが…

 

「…………………」

 

ハジメがウィルの胸倉を掴んで宙吊りにする。

 

「生きたいと思うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

 

「だ、だが……私は……」

 

「それでも、死んだ奴等のことが気になるのなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃあ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろ」

 

「生き、続ける……」

 

涙を流しながらハジメの言葉を呆然と繰り返すウィルをハジメは乱暴に放り投げる。

 

「ま、生きてりゃ良いこともあるもんさね。確かに辛いが、その人達のことを覚えておくのも立派な供養さ」

 

そんなウィルの肩を叩いて忍が語り掛ける。

 

「はい…」

 

ウィルが頷くのを見ると、忍は満足そうな笑みを浮かべた。

 

そうして一行は下山することとなった。

確かに気になる点はいくつもあるが、足手纏いを連れたまま調査など出来るはずもなく、危険なことに変わりないのもあって愛子が反対し、日が暮れる前に下山することになったのだ。

 

そうして再度、ユエの魔法で滝壺を開いた時だった…。

 

『グゥルルルル…!!』

 

低い唸り声をあげ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より、金の眼で睥睨する…竜がいた。

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