もう1人のイレギュラーは反逆の覇王   作:伊達 翼

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第二十六話『竜人族』

その竜の体長は7メートル程で、漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には5本の鋭い爪があり、背中からは大きな翼を生やしていて、薄っすらと輝いて見えることから魔力が纏われているようだ。

だが、それよりも印象的で目を引くのは…夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろうか。

爬虫類らしく瞳孔は縦に割れており、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

その黄金の瞳が空中よりハジメ達を睥睨していた。

 

『グゥルルルル…!!』

 

そして、その口からは低い唸り声が聞こえてくる。

 

その圧倒的な迫力は、以前忍がライセン大峡谷で駆逐したハイベリアの比ではなかった。

ハイベリアも一般的には厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるのだが、目の前の黒竜と比べてしまうと、まるで小鳥だ。

その偉容は、まさに空の王者というに相応しい。

 

蛇に睨まれた蛙の如く、愛子達は硬直してしまい、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうにしていた。

ハジメや忍も、川に一撃で支流を作ったという黒竜の遺した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だと思っていたのだが、実際に目の前に現れた黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三倍以上はいくと認識を改めていた。

ハジメや忍、ユエはオルクス大迷宮を攻略した経験から、奈落の魔物ではヒュドラよりも弱いが、それでも90階層クラスの魔物と同等くらいかと肌で感じていた。

 

その黒竜がウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。

そして、硬直する人間達を前に、徐に頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門を"ガバッ!"と開け、そこに魔力を収束し始めた。

 

「ッ!! 退避しろ!!」

 

その動作を見てハジメが叫び、ハジメ、ユエ、シア、セレナがすぐさまその場から逃げる。

 

「親友! 俺等はともかく、他は無理だぜ!」

 

そう叫んで忍は黒竜と愛子達の間に割り込み、左手で支えた右腕を黒竜へと向ける。

 

「忍!?」

 

「獄帝の力を使う! 何かしないよりはマシだろ!」

 

「チィッ!!」

 

舌打ちしたハジメが縮地を使って忍の後ろに戻り、宝物庫から2メートルほどの棺型の大盾を取り出して構える。

 

「闇の焔よ、隔てろ!!」

 

忍の右腕から黒い焔が燃え盛ると同時にそれが壁となる。

 

その直後、レーザーの如き黒いブレスが黒竜から一直線に放たれる。

音すら置き去りにして一瞬で忍の黒い焔の壁に衝突し、轟音と共に衝撃と熱波を周囲に撒き散らす。

 

「ぐっ…ぁああああ!!!」

 

その威力をなんとか凌いでいるが、忍の表情はかなり苦しそうだった。

それでも必死に後ろを守ろうと衝撃と熱波をその身に受けながらも耐えていた。

それに比例して忍の魔力も消費されていく。

10秒程度のブレスでも体感的に長く感じるほどだったが、それがまだ続いてる中…

 

「ユエ!! シア!!」

 

忍の後ろからハジメが叫ぶ。

 

「『禍天』」

 

すると、黒竜の頭上に直径4メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。

直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩き付けた。

 

『グゥルァアアアッ!!?』

 

轟音と共に地べたに這いつくばらせられた黒竜は衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断させる。

しかし、渦巻く球体はそれだけでは足りないとでも言うかのように、消えることなく黒竜に凄絶な圧力を掛け続けて地面に陥没させていく。

 

「やぁ!!」

 

その地面に磔にされた黒竜の頭目掛けてシアがドリュッケンを大上段に振り下ろす。

 

ドォガァアアア!!!

 

その衝撃は今までの比ではなく、インパクトの瞬間に轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたかのようなクレーターを作り出す。

 

これはハジメがドリュッケンを改造した結果だ。

主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔法の"加重"を付与したので、魔力を注いだだけ重量を増していくのだ。

そのため、超重量の一撃をまともに受ければただでは済まない。

 

そう、まともに受けていれば…

 

『グルァアア!!』

 

ドリュッケンの一撃を持ち前の膂力で紙一重に回避していた黒竜は咆哮と共に火炎弾を吐き出し、ユエを狙う。

 

「!?」

 

ユエは咄嗟に右に"落ちる"ことで緊急回避するが、そのために重力魔法『禍天』が解除されて黒竜が自由になる。

 

「あの状態で避けるのかよ…!?」

 

右腕を押さえながら忍が驚いたように言う。

 

拘束から解放された黒竜は体を高速で一回転させると、ドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尻尾を叩き付ける。

 

「あっぐっ!?」

 

シアも咄嗟にドリュッケンを盾にし、後方に跳んで衝撃を殺すことに成功するが、そこは大きさの差もあって木々の向こう側へと吹き飛ばされてしまう。

 

「シア!」

 

『グゥルルルル…!!』

 

シアの心配もしていられる状況ではなく、黒竜はその黄金の瞳を忍やハジメ…を通り過ぎて後方のウィルを睨む。

 

「ちっ! 忍!」

 

「わぁってるって!!」

 

ハジメの言葉に応えるように忍が左拳で右腕を殴って活を入れると、ハジメはドンナー・シュラーク、忍はアドバンスド・フューラーR/Lをそれぞれ抜いて左右に割れて黒竜へと接近する。

 

「おら、こっちだ! 駄竜!」

 

「こっちでもいいぜ?」

 

ドバババババッ!!

 

左右からの銃撃に黒竜は…

 

『グルァアア!!』

 

その銃撃を無視してウィルへ向けて火炎弾を放つ。

 

「なに!?」

 

「俺達を無視して…!?」

 

黒竜の行動に驚きながらもハジメは…

 

「ユエ!」

 

「んっ、『波城』」

 

ウィル達の近くにいたユエに向かって叫んでいた。

その意図を察し、ユエも高密度の水の壁を作ることで防いでいた。

 

そんな怒涛の展開にやっと我に返った生徒達が援護しようと魔法を発動させて黒竜に向けるが…

 

『ゴォアアア!!』

 

しかし、黒竜の咆哮一発で魔法は掻き消え、生徒達の戦意が消失していく。

 

「ちっ! 先生!! ウィル達を連れてさっさと逃げろ!!!」

 

ハジメが声を張り上げ、ドンナー・シュラークをレールガン仕様で黒竜を狙い撃つが、一向に黒竜の眼はウィルから離れない。

忍もアドバンスド・フューラーを同じくレールガン仕様で撃ち込んでいるのだが、微かに鱗を削れる程度で鱗の内側まで貫通はしなかった。

 

「硬ぇ!!」

 

「こういう時の装備だってのにな!!」

 

そうしてる合間も黒竜はウィルに向けて火炎弾を連射しており、それをユエの波城が防いでいた。

 

「ユエ! ウィルの守りは任せる! こいつは俺達がやる!!」

 

「んっ、任せて!」

 

ユエがウィル達の前に移動するのを確認すると…

 

「で、親友、どうするよ!?」

 

「どうもこうも、ここまで無視されたのは初めてだからな。無視出来ないようにしてやる!」

 

ドンナーをホルスターに仕舞うと、宝物庫からシュラーゲンを出して構えた。

そして、纏雷を発動させて3メートル近い銃身に紅いスパークを迸らせる。

 

『ッ!!』

 

それはマズいと感じたのか、黒竜の視線がハジメに移り、口内に魔力が収束していく。

 

ゴオォォォ!!

チュドンッ!!

 

黒竜のブレスとハジメのシュラーゲンが発砲したのはほぼ同時。

 

交差する黒と紅の閃光は激突し、凄まじい衝撃波を周囲に撒き散らすが、拮抗はしなかった。

ブレスが威力と持続力を重視するのに対し、ハジメのシュラーゲンは一点突破の貫通特化仕様なので、その弾丸を黒竜へと届かせることが出来た。

しかし、いくらシュタル鉱石製フルメタルジャケット弾丸でもブレスの威力に狙いが捻じ曲げられてしまい、黒竜の頭部側面ギリギリを横切り、羽ばたかせていた翼を吹き飛ばすだけであった。

 

『グルァアアア!!?』

 

痛みを感じているのか、悲鳴を上げながら錐揉み状になって地面に墜落する黒竜に、ブレスを空力で回避していたハジメはこれ幸いと、逆さまになって空力と縮地を用いて超速落下すると、黒竜の腹に『豪脚』を見舞っていた。

 

ズドンッ!!

 

と重たい音を響かせて黒竜の体がくの字に曲がる。

地面は衝撃によって放射状に罅割れていたが、黒竜は悲鳴じみた咆哮を上げるが、そこまでダメージは通っていないだろうとハジメは感じていた。

 

更なる追撃を仕掛けようとハジメが黒竜に義手を向けた時だった。

 

『グルァアアアア!!!』

 

黒竜とは別方向…正確には空から咆哮が周囲に響き渡る。

 

『ッ!?』

 

誰もがその咆哮のした空に目をやる。

そこには翡翠の鱗で全身を覆った藍色の瞳の、黒竜と同じくらいの竜が佇んでいた。

 

「もう一匹!?」

 

しかし、翡翠の竜はウィルを見ずにハジメに鋭い眼光を飛ばしていた。

そして、翼を羽ばたかせて風の刃をハジメに向かって飛ばしていた。

 

「ちっ!」

 

「親友! こっちは任せろ!!」

 

空力と神速を用いて空に飛び上がると、銀狼と黒狼を抜いて風の刃を防いでいた。

 

「頼むぞ、忍!」

 

義手の振動破砕を起動させて黒竜の腹を殴りながらハジメは忍に空の竜を任せた。

 

「任された!」

 

翡翠の竜と対峙した忍が残像を残すほどの速度で翡翠の竜の周りを移動し…

 

「雷光剣!!」

 

その無数の残像が銀狼と黒狼の刀身に雷を宿し、斬撃と共に翡翠の竜へと飛ばしていた。

 

『グゥウウ!!』

 

忍の残像で、どれが本物かわからない翡翠の竜は防御態勢を取っている。

しかし、残像と思っていた雷の斬撃は四方八方から繰り出されているようで、全てが本物のようだった。

 

その合間にもハジメは黒竜を滅多打ちにしており、ヒット&アウェイの要領でフルボッコにしていた。

忍も翡翠の竜がハジメの邪魔をしないようにと足止めをしている。

 

その光景に愛子達は信じられないようなものを見てる気がしてならなかった。

たった2人の人間が2体の竜を相手に優位に戦いを進めているのが信じられなかったのだろう。

が、次の瞬間、さらに度肝を抜く事態が起こる。

 

『えぇい、邪魔をするな!!』

 

「喋った?!」

 

翡翠の竜が喋り、忍は驚愕の声を上げる。

 

「……まさか…竜人族…?」

 

翡翠の竜の言葉を聞き、ユエがそのように呟いていた。

 

『貴様ら! ひ………お嬢様に対して無礼であろうが!』

 

「(ひ?)」

 

何故言い直したのか、そこが気になった忍だったが、聞き捨てならないことを翡翠の竜が言っていた。

 

「お嬢様だと? 寝言は寝て言え。こいつがしつこくウィルを狙ってるから迎撃してんだよ」

 

そう言うハジメはパイルバンカーを黒竜に設置しようとしていた。

 

『たかが人間一人にお嬢様が拘るわけないだろう! お嬢様もお戯れはいい加減に…』

 

『グゥガァアアアアア!!!』

 

翡翠の竜が黒竜にそう言った瞬間、黒竜の咆哮と共に全方位に向けて凄絶な爆風が発生する。

純粋な魔力のみの爆発。

さらに一瞬にして最大級の身体強化を行ったらしく、ただでさえ強靭な筋肉が爆発的な力を生み、パイルバンカーを固定するアンカーを地面ごと引き抜き、同時に盛り上がった筋肉がアームをこじ開けた。

そして、ハジメを振り落とすように一瞬で反転する。

 

「うおっ!?」

 

ハジメが思わずたたらを踏み、パイルバンカーの重さに引かれて発射直前のパイルバンカーの杭が天に向かって放たれてしまった。

 

「ぬおっ!?」

 

それを偶然、その射線上にいた忍も慌てて回避する。

黒竜の方は最後の足掻きとばかりにウィルの方へと突進していた。

 

「ちっ、悪足掻きを…シア!!」

 

「は、はいですぅ!」

 

セレナと共にちゃっかり戻ってきて観戦してたシアが突進してくる黒竜の頭を狙ってドリュッケンを思いっきり振りかぶって振り下ろしていた。

最初の一撃とは状況が異なるため、今度はしっかりと脳天に突き刺さる。

 

『あぁ!? お嬢様!!』

 

翡翠の竜が黒竜の元へ行こうとするが、忍がその前に立ちはだかる。

 

『邪魔だ!』

 

「まぁ、待てよ。アレも本当に竜人族なら、何故アンタの声にも答えない?」

 

『む、それは…』

 

言われて翡翠の竜も答えに詰まっていると、何かに気付き声を荒げる。

 

『き、貴様!? お嬢様に何をするつもりだ!!?』

 

「あん?」

 

翡翠の竜の慌てように忍も黒竜の方を見ると…

 

「お、おいおい。親友…まさか…」

 

ハジメがパイルバンカーの杭を担いで、黒竜の後ろに近寄っているのが見えて何をやるつもりなのか察した。

そして、その通りのことが起きる。

尻尾の付け根の前に陣取ると、まるで槍投げでもするかのように杭を構えると…

 

「ふんっ!!」

 

一切の容赦もなく、それを投擲した。

ズブリ、という生々しい音と共に杭が突き刺された瞬間…

 

『アッーーーーーーなのじゃあああーーーーー!!!!』

 

『お嬢様あああーーーーー!!!』

 

2匹の竜から絶叫が木霊した。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

黒竜の悲しげで、切なげで、それでいてどこか興奮したような声が聞こえてきた。

 

『抜いてたもぉ~、お尻のそれを抜いてたもぉ~』

 

『お、お嬢様! 気をしっかり!』

 

杭を尻に突き刺された黒竜の傍に翡翠の竜が近寄り、オロオロとしている。

 

「シュールな絵面だな…」

 

「知るか。つか、なんでここに竜人族がいるんだよ。500年前くらいに滅びたんじゃないのか?」

 

忍の呟きにハジメが気になることを竜達に尋ねる。

 

『それは…』

 

『し、"シオン"、よい。わ、妾が話す。実は……』

 

黒竜の話によると、こういうことらしい。

 

まず竜人族の隠れ里があり、黒竜も翡翠の竜もそこから来たという。

何故、出てきたかと言えば、魔力に敏感な者が巨大な魔力の放出と、何かがこの世界にやってくるのを観測し、それを調べるためだという。

 

竜人族には表舞台に関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石にこの未知の来訪者の件を知らぬまま放置するのは、自分達にとってもマズいのではないかと議論した末、遂に調査が決定された。

黒竜はその調査で隠れ里から出てきて、そのお付きとして翡翠の竜も付いて来たという。

 

黒竜が長旅の疲れから一休みしてる間、先に情報を集めようと翡翠の竜が近くの町に出向いていた時、黒竜は黒ローブの人物の一日がかりの闇魔法で操られていたのだと。

 

では、何故ああも完璧に操られていたのか。

それは…

 

『恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった』

 

『おいたわしや、お嬢様…』

 

"一生の不覚!"と言いたげな黒竜と、それを悲しむ翡翠の竜。

が、ハジメはとても冷たい目を向けていた。

 

「それはつまり何か? 調査に来ておいて丸一日、魔法を掛けられているのにも気付かず、爆睡してたってことじゃないのか?」

 

「そっちの竜もなんで今頃になって戻ってきたよ?」

 

ハジメと忍の指摘に黒竜と翡翠の竜は遠い目をした。

 

『私は…その、お嬢様のために出来るだけ情報を集めようとしてだな。近くのウルという場所を中心に聞き込みをしていたのだ。そしたら、いつまで経ってもお嬢様が来ないが、お嬢様なら大丈夫だろうと思っていたのだ。で、そこで豊穣の女神とやらが北へ向かったというからお嬢様のことも気になってたし、行ってみたら…その……』

 

翡翠の竜は言い訳っぽく言うが、本人からしたら『お嬢様を置いていったのは間違いだった』という反省の意もあった。

 

一方の黒竜の方はというと、洗脳されても意識と記憶は残っていたらしく、ローブの男に従って二つ目の山脈以降で洗脳の手伝いをしていたが、ローブの男が魔物を洗脳して数を揃えているのを気付かれるわけにもいかず、万全を期して調査にやってきた冒険者達に黒竜を差し向けたらしい。

が、ハジメにフルボッコにされた挙句、殺されそうになったがためにパニックに陥り、魔力爆発が起きた。

そして、シアの脳天への一撃で意識が飛び、ハジメの尻への一撃で意識が覚醒したのだという。

 

そうして状況説明が終わると…

 

「……ふざけるな」

 

ウィルが激情を必死に押し殺したような震える声を発する。

 

「操られていたから……殺したのは仕方ないとでも言うつもりか!!」

 

『貴様! お嬢様に対して…!』

 

『よせ、シオン』

 

翡翠の竜を黒竜が制止する。

 

「だいたい、今の話だって本当かどうかわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当なでっち上げを言ってるに決まってる!!」

 

『貴様…!! 言うに事欠いてお嬢様を言うことが嘘だなどと…!!』

 

『シオン。三度は言わん。よせ』

 

『ぐっ…御意』

 

翡翠の竜は顔を歪めたものの、それ以上は何も言わなかった。

 

『……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りに懸けて嘘偽りはない』

 

その黒竜の言葉に対し、ウィルがさらに何かを言い募ろうとすると…

 

「……きっと、嘘じゃない」

 

ユエが待ったをかけた。

 

「っ、一体何の根拠があって、そんなことを…」

 

「……竜人族は高潔にして清廉。私は皆よりもずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は"己の誇りを懸けて"と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知ってる」

 

「ユエ…」

 

そんな風にユエが黒竜を擁護するとは思わず、ハジメも少し驚いたような表情をする。

 

『ふむ、この時代にも竜人族の在り方を知る者が未だいたとは……いや、昔と言ったか?』

 

「……ん。私は吸血鬼族の生き残り。300年前は、よく王族の在り方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

『なんと、吸血鬼族……しかも300年前とは。なるほど、死んだと聞いていたが、お主がかつての吸血姫か。確か

名は…』

 

「ユエ。それが今の私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んでほしい」

 

そのような会話の後、ウィルが蒸し返すように黒竜が殺した人達の事情を語ると、ハジメが捜索中に拾ったロケットを取り出す。

が、それはウィルの物で、中の写真は母親の若い頃の写りがいいやつだと発覚した。

 

それで多少冷静さを取り戻したウィルが黒竜を殺すように提案するが…

 

『操られていたとは言え、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えと言うなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大軍を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置は出来んのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、この場は見逃してくれんか?』

 

魔物の大軍という言葉に緊張が走り、自然と全員がハジメへと視線を向ける。

そのハジメの答えは…

 

「いや、お前の都合なんざ知ったこっちゃない。散々面倒掛けてくれたんだから、詫びとして死ね」

 

そう言って黒竜に義手を向けるハジメに…

 

「……殺しちゃうの?」

 

ユエの静かな言葉が届く。

 

「え? いや、そりゃさっきまで殺し合いをしてたわけだし」

 

「……でも、敵じゃない。殺意も悪意も、一度も向けてこなかった。意思を奪われてた」

 

「…………………」

 

ユエの言葉を聞き、改めて黒竜を見る。

 

「……自分に課したルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。黒竜を殺すことは本当にルールに反していない?」

 

「…………………」

 

ユエが心配していることをハジメも察し、逡巡する。

 

『迷いがあるなら…とりあえず、お尻の杭だけでも抜いてくれんかの? このままではどっちにしろ死んでしまうのじゃ』

 

『そ、そうだ! その凶悪なモノをお嬢様からさっさと抜かんか!』

 

黒竜の言葉に"ハッ!"と思い出したように翡翠の竜も騒ぐ。

 

曰く『竜化状態で受けた外的要因は元に戻った時、そのまま反映される』らしい。

つまり、今の状態で人間体に戻ると、そのまま……。

 

ハジメはユエの言葉に従い、殺すのを取りやめると、黒竜から杭を引っ張り始めた。

 

『はぁあん!? ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん! やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうぅ、なにかきちゃうのじゃ~!』

 

『お、お嬢様…?』

 

ハジメが突き刺さった杭をああでもないこうでもないといった具合に、最終的には遠慮なしに"ズボッ!"という音と共に引き抜いた。

 

『あひぃいーーー!! す、凄いのじゃ……優しくって、お願いしたのに、容赦の欠片もなかったのじゃ……こんなの、初めて……』

 

気のせいか…どこか恍惚とした声音で黒竜は、その体を黒い魔力の繭で包まれていき、人と同じくらいの小ささになった後、魔力が霧散する。

そうして現れたのは、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片方の手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女だった。

見た目は20代前半の背丈は170cmはあるだろうか、見事なプロポーションをしている。

シアがメロンなら、こっちはスイカと表現でもしようか。

 

一方の翡翠の竜も竜化を解くと、腰まで伸ばした翡翠色の髪と藍色の瞳を持ち、キリッとした雰囲気の綺麗な顔立ちに女性らしい柔らかさを持ちつつ全体的に引き締まった体型をしており、髪型は黒い帯でポニーテール状に結っている女性だった。

こちらも結構大きい方である。

 

どちらも和装っぽい服装を着ているが、黒髪美女は気崩しているのに対し、翡翠美女はきっちりと着込んでいる。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それよりも全身あちこち痛いのじゃ。ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは…………」

 

「お嬢様。それよりも顔が人様に見せるそれではないかと…」

 

黒髪美女の発言に翡翠美女がツッコミを入れる。

 

「う、む。面倒を掛けた。本当に、申し訳ない。妾の名は『ティオ・クラルス』。最後の竜人族クラルス族の1人じゃ」

 

「私は『シオン』と申します。この度はお嬢様をお救い頂きありがとうございます」

 

ティオはともかく、シオンは渋々といった感じで答える。

 

その後、ティオの証言で魔物の数は3、4000くらいだと伝えられた。

また、ローブの男は黒髪黒目の少年であることが発覚し、愛子達と同行していたハジメのクラスメイトの1人『清水 幸利』のことを思い出す。

幸利は愛子と同行していたものの、二週間前から行方をくらましていたのだ。

その幸利の天職は『闇術師』。

これだけ状況が重なると色々と厄介なことに考えが至りそうだった。

 

と、その時…

 

「こりゃあ、3、4000ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

ティオの話を聞いて無人偵察機を飛ばしていたハジメが魔物の大軍を見つけたらしく、そのように報告していた。

ハジメの報告にその場の全員が目を見開く。

そして、どうやら進軍も開始しているらしい。

しかも方角的にウルの町がある方である。

 

愛子達が混乱する中…

 

「ハジメ殿なら、何とか出来るのでは…?」

 

ウィルが何気なく言った言葉に、混乱してた愛子達がハジメを見る。

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事はウィルをフューレンに連れ帰ること。足手纏いを連れたまま、こんな遮蔽物の多い場所で殲滅なんて、やりにくくて仕方ないし、真っ平御免だ」

 

そう言って肩を竦めるハジメにしょんぼりする愛子達だが、ここにいても時間の無駄であると、早急にウルの町へと戻ることとなった。

先のティオやシオンとの戦闘でハジメ達もそれなりに疲弊している。

そんな状況で足止めもくそもないのだ。

戦力が圧倒的に不足している、と誰もが思った。

ただ、数名を除いて…。

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