もう1人のイレギュラーは反逆の覇王   作:伊達 翼

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第二十七話『女神の説教』

山脈の麓まで降りた一行はブリーゼとアステリアに乗ってウルの町へと急行していた。

行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走する。

ちなみにティオはブリーゼの屋根に縛り上げられ、場所がなかったシオンは忍の運転するアステリアの後ろに乗っており、セレナは忍の前に横座りするように乗っている。

 

途中、護衛騎士の一団ともすれ違ったが、ハジメはそんなの無視してウルの町へとブリーゼを全力で走らせた。

デビッドを始めとした騎士達が愛子の姿を見て手を広げ、笑顔を向けたのを気持ち悪いと断じて停まることはないな、とハジメが思ったからだが…まぁ、些細なことだ。

それに追従する形で忍も護衛騎士を無視したが、問題ないだろう。

 

 

 

そして、ウルの町に到着した途端、ウィルと愛子達が急いで町役場に走っていってしまったが、ハジメ達は悠然と町役場へと歩いていく。

その間に町を見ると、とても活気に満ち溢れていた。

一日後には魔物の大軍に蹂躙されると、誰が思おうか?

 

そうしてハジメ達が町役場に到着すると、既に場は騒然としていた。

ギルド支部長、町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様だ。

皆一様に、"信じられない"、もしくは"信じたくない"といった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達とウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 

普通なら、"明日にでも町は滅びます"と言われても狂人の戯言と切り捨てられるのがオチだろうが、今回ばかりは状況が違った。

『神の使徒』であり、『豊穣の女神』たる愛子の言葉であり、さらに最近は魔人族が魔物を使役するというのは公然の事実であることもあるから、無視など出来ようはずもなかった。

また、車中での話し合い(忍は念話で参加)でティオとシオンの正体、及び黒幕が清水 幸利である可能性については伏せることで一致していた。

 

そんな喧騒の中、ウィルを迎えに来たハジメがやってくる。

周囲の混乱などどこ吹く風だ。

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだのなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

ハジメの冷た過ぎる言葉にウィル他、愛子達も驚いたようにハジメを見る。

他の重鎮達は『誰だ、こいつ?』と、危急の話し合いに横やりを入れてきたハジメに不愉快そうな眼差しを向ける。

 

「な、何を言っているんですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは…」

 

信じられないという表情でハジメに言い募るウィルに、ハジメはやはり面倒そうな表情で軽く返す。

 

「見捨てるも何も…どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れてるんだから……どうせ、避難するなら目的地がフューレンでも別にいいだろ? ちょっと、人よりも早く避難するだけだ」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も……」

 

"協力してください"と言おうとしたウィルの言葉を遮り、ハジメの冷たい眼差しと冷え切った言葉がその場に響く。

 

「……ハッキリ言わないとダメか? 俺達の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町のことなんて知ったことじゃない。いいか? お前の意思なんて聞いてないんだ。どうしても付いてこないというのなら……手足を砕いて引きずってでも連れていく」

 

「なっ……そ、そんな…」

 

すると、ウィルはハジメの背後に控えている忍を見る。

 

「し、忍殿はどうなんですか? 忍殿はハジメ殿の親友なのでしょう!?」

 

「ん~…そうさな…」

 

忍が少しだけ答えを先延ばしにしていると、ハジメが面倒だとウィルに一歩近づく。

それに対し、ウィルは無意識に一歩後退る。

 

が、そこに割り込む小さな影が一つ。

 

「南雲君」

 

愛子だ。

決然とした表情でハジメを真っ直ぐな眼差しで見る。

 

「南雲君達なら、魔物の大軍をどうにか出来ますか? いえ…………出来ますよね?」

 

愛子の半ば確信めいた言葉に、重鎮達が騒めく。

 

「いやいや、先生。無理に決まってんだろ? 見た感じ40000は超えてるんだぞ? とてもとても……」

 

愛子の強い眼差しを鬱陶しげに手で払う素振りを見せながら、ハジメが言うと…

 

「でも、山にいた時、ウィルさんの南雲君なら何とか出来るのでは、という質問に対して"出来ない"と答えませんでしたよね? それに"足手纏いを連れたまま、こんな遮蔽物の多い場所で殲滅なんて、やりにくくて仕方ないし、真っ平御免だ"とも言ってましたよね? それは平原なら殲滅戦が可能ということですよね? 違いますか?」

 

「……よく覚えてんな」

 

愛子の記憶力の良さに"下手なことを言ったか"と顔を歪めて逸らすハジメに対して、愛子はさらに真剣な眼差しのまま頼み込んだ。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

 

「……意外だな。アンタは生徒のことが最優先なんだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局は少しでも早く帰還出来る可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいだな?」

 

ハジメの揶揄するような言葉に、愛子は動じなかった。

その表情はさっきまで沈んでいたものとは違い、決然とした"先生"の顔だった。

まぁ、教会の司祭だけはハジメの言葉に含まれる教会への侮蔑と取られるものに眉を顰めたが…。

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、すぐにでも生徒達を連れて帰りたい。その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を…少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが…」

 

愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「南雲君。あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを(おもんばか)る余裕などなかったのだと思います。君が、一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いてください」

 

「…………………」

 

ハジメは黙って続きを促すように見つめ返す。

 

「南雲君。君は昨日、絶対に日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君。君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰った時、日本で元の生活に戻れるか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れてほしくないのです」

 

「…………………」

 

「南雲君。君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはありません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても"寂しいこと"だと、先生は思います。きっと、その生き方は、君にも大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思いやる気持ちを忘れないでください。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないでください」

 

一つ一つ思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメに余すことなく伝わっていく。

それと同時にハジメの後ろに控えていた忍、町の重鎮達、生徒達も静かに聞き届けていた。

 

そんな静寂の中…

 

「く、クックックッ…ハッハッハッ、アーハッハッハッ!!」

 

突如として忍が盛大に笑い始めた。

 

「べ、紅神君! な、何が可笑しいんですか?!」

 

「あ~、いやいや、悪い悪い。別に可笑しくて笑った訳じゃないさ。ただ、先生のことが眩しくてさ……そっか。俺達のこと、そこまで真剣に考えててくれたのか、ってな。そうだろ、親友?」

 

そう言った忍は頬を緩めたままハジメの方を見る。

 

「…………………」

 

かく言うハジメも愛子の言葉に心揺さぶられているようで、反論しなかった。

確かに反論するのは簡単だった。

しかし、それをしては…あまりに自分が見苦しいと思ったからだ。

 

ハジメの視線は隣のユエを見る。

奈落で出会った最愛の彼女。

奈落で"堕ちる"寸前だったハジメの人間性を繋ぎ止めてくれた愛しい彼女の幸せを確かに願っていた。

そう出来るのが自分であればいいと思っているが、愛子の言葉を信じるなら、今のハジメの生き方ではユエを幸せには出来ないかもしれない。

 

そこからさらにシアを見る。

ユエと忍という理解者がいればいいという狭い世界に、賑やかさをもたらしたうさ耳少女。

何度も邪険にされようと、物好きなことに必死に追いかけてきて、今ではむしろユエの方が仲間として、友として彼女を可愛がっている。

それはハジメがシアを受け入れたことで、ユエにもたらした幸せの一つではないだろうか?

 

そして、最後に後ろの忍を見る。

出会いこそ高校一年生の時であり、それから幾度もなく絡んできては自分のことを友と呼ぶ物好きな少年。

異世界に飛ばされた後もハジメと共にあり、奈落に落ちた時もユエに出会うまで一緒に苦楽を共にしてきた戦友であり、親友。

そんな彼にも元の世界に置いてきてしまった最愛の女性がいるのは知っている。

そんな親友の手をこれからも自分の一存で穢させてしまっていいものだろうか?

 

ハジメにとって、この世界は牢獄だ。

故郷への帰還を妨げる檻である。

それ故に、この世界の人や物事に心を砕くようなことは極めて困難だ。

奈落の底で、故郷に帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するモノには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。

だが、"他者を思いやる"ことは難しくても、行動自体は出来る。

その結果が、大切な者……ユエやシアに幸せをもたらし、共に歩んでくれた忍に少しでも報いるのであれば、一肌脱ぐのも吝かではない。

 

ハジメは、愛子の言葉全てに納得した訳ではなかったが、"自分の先生"の本気の"説教"だ。

戯言と切って捨てるのは少々子供が過ぎる。

それにいずれは存在も気付かれることだろう。

だったら、ここで派手に暴れても遅かれ早かれの違いでしかない。

ならば、派手に力を示すことにした。

 

そんな風に考えたハジメは愛子に再度向き合う。

 

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 

それは、言外に味方であり続けるのかという問い。

 

「当然です!」

 

その一瞬の迷いも躊躇もなく答える愛子に…

 

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断が出来るようにお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

「………………言ったな?」

 

ハジメがニヤリと笑うと、踵を返して出入り口へと向かう。

それを追うようにユエとシアも付いていく。

 

「な、南雲君?」

 

そんなハジメに愛子が慌てたように声を掛けると、ハジメは肩を竦めて答える。

 

「流石に数万もの大軍を相手取るなら、それ相応の準備も必要だからな。話し合いはそっちでやっといてくれ」

 

「ハッハッハッ、無双ゲームもビックリな数を相手にしないとならないからな」

 

ハジメが隣を通ろうとした時にハジメに首に腕を回して忍も笑いながら返事をしていた。

 

「南雲君! 紅神君!」

 

その答えに愛子もパァーと笑顔になる。

 

「俺の知る限り一番の"先生"からの忠告だ。ましてや、それがこいつらの幸せに繋がるなら……少し考えてみるよ。とりあえず、今回は奴等を蹴散らすことにするさ」

 

そう言いながらユエとシアの肩をポンと叩き、忍に絡まれたハジメは部屋から出て行く。

その後をユエとシアがそれはもう嬉しそうに、セレナも優しげな表情で追いかけていった。

 

その後、愛子は町の重鎮達に事情説明を求められたが、愛子の頭は"もっと他にやりようがあったのでは?"という考えに陥っていたりしてした。

 

それでも、願ってしまう。

生徒達が皆、元の心を失わないまま、お家に帰れるように、と…。

それが幻想だとわかっていても、そう願わずにはいられなかった。

 

あと、完全に空気と化しているが、ティオとシオンもその場にいたのだが…

 

「こ、これが放置プレイかのぉ…」

 

「お嬢様…」

 

完全に忘れ去られていることに恍惚とした表情を浮かべるティオにシオンは遠い目をしていたとか…。

 

………

……

 

翌日。

ウルの町は本来ないはずの"外壁"に囲われていた。

この外壁はハジメがシュタルフの整地機能を利用し、錬成で外壁を即席で作ったものだ。

ただ、ハジメの錬成範囲の都合上、4メートル程度の高さしかないので大型の魔物だとよじ登ってきそうであるが、そもそもハジメは魔物を近寄らせるつもりは毛頭なかった。

 

町の住人達は最初こそパニックを起こしたものの、愛子による事情説明によって冷静さを取り戻した。

そして、町の住人は二つのグループに分かれる。

故郷を捨てられず町に残って少しでも手伝いをする居残り組と、救援が駆け付けるまで逃げ延びる避難組である。

 

避難組は夜明け前には荷物を纏めて町を出て、居残り組は"自分達の町は自分達の手で守ってみせる!"と意気込んで出来ることをしようと色々頑張っている。

 

そんなすっかり人が少なくなった町を背後に、即席の城壁の上に腰掛け、何処を見るでもなくその眼差しを遠くに向けている。

その傍らにはユエとシアがおり、城壁の町側の下では忍が壁に背を預けて腕を組んで瞑想しており、その隣にはセレナがいた。

 

そこへ愛子と生徒達、ティオとシオン、ウィル、デビッド達護衛騎士数名がやってくる。

 

「南雲君、紅神君も、準備はどうですか? なにか必要なものはありますか?」

 

「いや、問題ねぇよ、先生」

 

「こっちも問題ないさ。あとは向こうさんがいつ来るかにもよるかな?」

 

ハジメの素っ気ない返事と忍の気負いのない返事に…

 

「おい、貴様ら、愛子が…自分の恩師が声を掛けているのになんだ、その態度は? 本来なら、貴様らの持つアーティファクト類のことや、大軍を撃退する具体的な方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやってるのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは…」

 

「デビッドさん、少し静かにしてもらえますか?」

 

「うっ……承知した……」

 

デビッドが文句を言っていると、愛子からお叱りを受けてシュンとなる。

 

「(忠犬か?)」

 

ハジメがデビッドの姿を見てそんなことを思っていると…

 

「南雲君。黒ローブの男のことですが……」

 

愛子が本題らしいことを言う。

 

「正体を確かめたいんだろ? 見つけても、殺さないでくれってか?」

 

「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……南雲君達には、無茶なことばかりを……」

 

「とりあえず、連れてくる」

 

「え?」

 

「黒ローブを先生の下へ。先生は先生の思う通りに……俺も、そうする」

 

「ハッハッハッ、親友がそう言うなら俺も可能な限り善処しようか」

 

「南雲君、紅神君……ありがとうございます」

 

一向に振り返らないで返事するハジメと、腕を組んだまま肩を竦めるという器用な動作をする忍に愛子は感謝の念を覚える。

と、愛子との会話が一区切りしたところで、ティオとシオンが前に出て声を掛ける。

 

「ふむ、よいかな? 妾もご主……ゴホンッ! お主に話しが……というよりも頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「?」

 

その声にハジメが頭だけを振り返らせて…

 

「………………………………………………………あぁ、ティオか」

 

ティオの姿を見てしばし考えてからそう漏らす。

 

「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったんじゃ……ハァハァ、こういうのもあるんじゃな…///」

 

「お嬢様…」

 

明らかに存在そのものを忘れていた反応のハジメに、ティオは頬を赤く染めて若干息を荒げていた。

その様子に半歩後ろに控えていたシオンは手で顔を覆い、天を仰ぐ。

 

「んっ、んっ! えっとじゃな、お主はこの戦いが終われば、ウィル坊を送り届け、また旅に出るのじゃろ?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「うむ、頼みというのはそれでな。妾達も同行させてほし……」

 

「断る」

 

「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……ゲフンッ! もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を『ご主人様』と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どう…」

 

両手を広げ、恍惚とした表情をして奴隷宣言するティオに対し…

 

「帰れ。むしろ土に還れ」

 

まるで汚物を見るような眼差しでティオを見下すハジメはバッサリと切り捨てた。

 

「あふんっ!///」

 

「お嬢様!?」

 

その眼も言葉もツボに入ったのか、ティオがゾクゾクしたように体を震わせるのを見てシオンが驚く。

どっからどう見ても反応が変態のそれだ。

それ故に周囲の皆さんもドン引きしている。

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのは、ご主人様じゃろうに……責任取ってほしいのじゃ」

 

『えっ!?』

 

その場にいる大半がそのような声を出してハジメを見る。

 

「…………………」

 

とんでもない濡れ衣にハジメも体をティオの方に向けて"どういうことだ、こら?"という目でティオを睥睨する。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾って強いじゃろ?」

 

昨日の戦闘を思い返し、ハジメは微妙な顔をする。

洗脳されていたとは言え、確かに強かった。

 

「里でも1、2を争うくらいでな。特に耐久力は群を抜いておったんじゃ。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

 

近くにティオとシオンの正体を知らない護衛騎士達がいるため、所々誤魔化して話す。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいとこばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

 

とても人様に見せられないような表情で1人熱く語るティオだが、状況やティオの正体を知らない者からしたら完全に婦女暴行の詳細を聞かされているようなものだ。

当然、騎士達のハジメを見る目は厳しい。

が、ティオの様子に悲愴さの欠片もないので、どうしたらいいのか困っていた。

 

「…つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様無しではダメなのじゃ!」

 

「……きめぇ」

 

ユエがとても嫌なものを見たとばかりに表情を歪めながら要約すると、ティオが強く頷き、ハジメが心からの本音を漏らす。

 

「それにのぅ…」

 

たった今、その変態性を遺憾なく発揮したばかりだというに、突然しおらしくなって両手を自身のお尻に当ててモジモジし始めると…

 

「……妾の初めても奪われてしもうたし」

 

特大の爆弾を投下した。

その言葉にハジメとティオ以外の全員がバッとハジメを見る。

ハジメは顔を引き攣らせながらブンブンと首を横に振る。

 

「妾、自分よりも強い男しか伴侶として認めないと心に決めておったんじゃが……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁にいけないのじゃ……じゃからご主人様よ。責任取ってほしいのじゃ」

 

お尻を押さえて潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。

発言が発言だけにハジメが黒にしか聞こえない。

事情を知らない騎士達はともかく、事情を知ってるはずの愛子達までハジメを睨み、ユエとシアまで視線を逸らす。

唯一忍だけが『ご愁傷様』という哀れみを帯びた同情の視線をハジメに向けている

 

「お、お前、色々やることあんだろ? そのために里を出てきたって言ってたろうが」

 

忍以外の味方がいないというプチ四面楚歌状態にハジメはそう返していた。

 

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率良いからの。まさに、一石二鳥じゃ……ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラッとした時は妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? ご主人様にとって良いこと尽くしじゃろ?」

 

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ。つか、お付きのテメェもそれでいいのかよ?」

 

そこでハジメは途中から死んだ目でティオを見ていたシオンに声を掛ける。

 

「お嬢様が決めたことだ。ならば、私も付いていくのが道理というものだろう」

 

「ダメだ、こりゃ」

 

ハジメが物凄く面倒そうにしていると…

 

「! 親友」

 

「! 来たか」

 

忍の鼻が遠方から伝わってくる微かな匂いを察知し、ハジメの方も無人偵察機から送られる映像で敵の襲来を知る。

 

北の山脈地帯から迫ってくる魔物の大軍。

その数……ざっと60000近くである。

バリエーションも豊かで、本当に様々な魔物が進撃しているようだ。

その中、空の魔物の1匹…一際大きなプテラノドンもどきの上に人影があるのをハジメは探知していた。

 

「……ハジメ」

 

「ハジメさん」

 

「親友」

 

ユエとシアがハジメの様子で気を引き締め、忍もセレナを抱えて一足飛びで壁を登るとシアの隣に立つ。

 

「来たぜ。予定よりもかなり早いが、到着まで約30分ってとこか。数は60000近く。複数の魔物の混成だ」

 

ハジメが緊張気味の愛子達にそう報告すると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「そんな顔すんなよ、先生。たかだか数万増えたくらいで俺達が負けるとでも? 予定通り、万が一に備えて戦える者は"壁際"で待機させてくれ。ま、出番はないと思うけどな」

 

何の気負いもなく、任せてくれというハジメに愛子は少し眩しいものを見るように眼を細めた。

 

「わかりました。君達をここに立たせた先生が言うことではないかもしれませんが………どうか、無事で………」

 

そう言って愛子達が居残り組に情報を伝えるべく駆け戻る。

護衛騎士達は不信感でいっぱいだったろうが…。

ウィルもティオに何かを語りかけた後、愛子達を追いかける。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達のこと、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。なに、魔力なら大分回復しておるし、竜化せずとも妾の炎と風はなかなかのものじゃぞ?」

 

「お嬢様の不始末は私の落ち度でもある。私も参戦させてもらう。私はお嬢様ほど疲弊してたわけではないから魔力は問題ない。それに、私には捜さないとならない人がいる」

 

そう言ってティオはユエの隣に飛び上がり、シオンもセレナの隣に立つ。

 

「む? シオンよ。捜し人とは妾も初耳じゃが?」

 

シオンの発した最後の言葉に疑問を抱くティオが聞き返すと…

 

「はい。昨日不思議な夢を見まして…詳細は省きますが、私は"覇王"なる者を捜し、見極めねばなりません」

 

『…………………は?』

 

シオンの言葉に今度はティオとシオン以外が忍を見る。

 

「む? 皆どうしてその者を見る?」

 

「いや、覇王って言ったら、なぁ?」

 

「……ん」

 

「あはは…」

 

「まさか、巫女仲間?」

 

ハジメ、ユエ、シア、セレナの順でそう言うと…

 

「すんません、"覇王"は自分です」

 

忍が困ったように自白する。

 

「「は?」」

 

今度はティオとシオンが目を丸くして驚く。

 

「まぁ、その話は戦いが終わった後だ」

 

ハジメが仕切り直すように言うと、ティオに魔晶石の指輪を投げ渡す。

 

「ご主人様……戦いの前にプロポーズとは……妾、もちろん、返事は…」

 

と、いつかの誰かさんみたいなボケをかますティオにハジメは砲台として役立て、指輪は後で返せという折を言って???いた。

以前同じようなことを言ったユエは物凄く嫌そうな表情だったが…。

 

そうこうしている内に壁際に町の居残り組がやってくる。

と、同時に目視でも魔物の大軍を見ることも出来た。

 

すると、ハジメが壁から土台を錬成し、簡素な演説台っぽいものの上に立って居残り組を睥睨したかと思えば…

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

突然、そんなことを宣い、居残り組は混乱する。

 

「何故なら、私達には女神がついているからだ! そう、皆もよく知っている"豊穣の女神"愛子様だ!!」

 

ハジメの言葉にそこかしこから『愛子様?』、『豊穣の女神?』という言葉が囁かれる。

 

「我等の傍に愛子様がいる限り、敗北はあり得ない! 愛子様こそ、我等人類の味方にして"豊穣"と"勝利"をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾。彼女の皆を守りたいという想いに応えてやってきた! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!!」

 

しかし、ハジメの言葉は止まらず、虚空からシュラーゲンを出現させると3射ほど空の魔物に向けて発砲する。

 

「(親友に扇動家の才能があったとはなぁ~)」

 

などと忍は思っていたが、色々な思惑があるのを察しているので何も言わない。

 

「愛子様、万歳!!」

 

空の魔物を駆逐したハジメは最後の締めの言葉を高らかに叫ぶ。

 

『愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!』

 

『女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!』

 

そんな居残り組の雄叫びを尻目にハジメは前を向く。

遠くで愛子が顔を真っ赤にして『ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!』と口を動かしていたが、そんなもん無視である。

 

そして、ハジメが定位置に戻って宝物庫からメツィライを二門取り出して両肩に担ぐ。

その左右に並ぶ忍、ユエ、シア、ティオ、セレナ、シオンもまたそれぞれの武器やハジメから借り受けた武器を持って臨戦態勢へと移行する。

 

「じゃ、やるか」

 

まるで"ちょっとコンビニに行ってくる"くらいの気軽さで、気負いなく呟くハジメ。

 

60000対7人。

開戦である。

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