その戦場の様は、既に蹂躙劇と化していた。
ドゥルルルルルルルッ!!!
チュドォォンッ!!!
ゴオォォォッ!!!
ハジメ謹製の現代兵器風アーティファクト、ユエの魔法、ティオとシオンのブレス攻撃。
それらが6万もの魔物に火を噴く。
中央のハジメがメツィライ二門を扇状に広げるように薙ぎ払って弾幕を張り、まるで魔物の侵攻を妨げる難攻不落の城壁があるかのように一切近付けなかった。
ハジメの左に陣取り、ハジメからオルカンを借り受けたシアもロケット弾頭を撃ちまくり、再装填はセレナが手伝っていた。
ちなみにロケット弾頭だが、通常の着弾時に爆発する系と空中で爆発して中身のフラム鉱石から抽出した摂氏3000度の燃え続けるタール状の液体が降り注ぐ系とがある。
ティオとシオンは左右の端に分かれ、両手からブレス攻撃(人型でも使えるらしい)を放っていた。
ティオが右、シオンが左に手それぞれ手を薙ぎ払うと、それに呼応してブレス攻撃もそれに倣って魔物達を薙ぎ払っていく。
しかしながらブレス攻撃は魔力消費が激しいらしく連発はしなかった。
その代わりに魔法で対応もしていた。
ハジメの右隣にいるユエは重力魔法を用いて魔物達を地形ごと押し潰すという芸当を見せていた。
こちらはユエをして発動までに少し時間が掛かるが、それでも広範囲且つほぼ一撃で魔物を押し潰すので問題はない。
但し、燃費はまだ研究中につき、魔力が結構持ってかれる模様。
忍はハジメからシュラーゲンを借り受け、硬そうな装甲や甲殻を持つ魔物を中心に狙撃していた。
狙撃とは言え、その弾丸は威力も弾速も尋常ではないのでその余波だけでも結構な数の魔物を削っていたりするのだが…。
その圧倒的且つ一方的な蹂躙劇に町の居残り組は湧き上がった。
風で運ばれてくる魔物の血の匂いに吐き気を催す人々もいたが、それでも吐き気よりもそのすさまじさに歓声があがる。
町の重鎮や護衛騎士達は、初めて見るハジメ達の力に呑まれているように呆然としていた。
生徒達もまた改めてその力を目の当たりにし、自分達との"差"を痛感して複雑な表情をしていた。
かつて"無能"と呼ばれていたハジメと、その親友を自称する武器を持たなかった忍に町の人々と同様に守られているのだ。
その心境は複雑、という他ない。
愛子もハジメ達の無事を祈りながらも、今更ながら自分のしたことの恐ろしさを実感していた。
そうしてアーティファクトの連射やら、広域殲滅系の魔法のオンパレードやらを見舞い、魔物の数が目に見えて減り始め、密集した大軍のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃…
「むぅ…妾はここまでのようじゃ……もう、火球の一つも出せん……すまぬ」
「はぁ…はぁ…っ、はぁ…」
ティオとシオンが限界を迎えてその場にへたり込む。
「……十分だ。変態とそのお付きにしてはやるじゃねぇの。後は任せてそのまま寝てろ」
「……ご主人様が優しい……罵ってくれるかと思ったのじゃが……いや、飴の後には鞭が……期待しても?」
「そのまま死ね」
ハジメの一言にゾクゾクと身体を震わせて満足そうな表情になるティオを、これまた嫌なもん見たとでも言うかのような表情をするハジメだった。
「き、貴様…お、お嬢様に対し…無礼で…」
「この様子のどこが無礼だって?」
「ぐっ…」
ティオの様子を横目で見たのだろうシオンがティオの変わりように膝を屈する。
既に魔物の数は10000を切って8、9000といったところである。
最初の大軍を思えば、壊滅状態と言ってもいいほどの被害を与えている。
しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。
正確に言えば、一部の魔物がそう命令を出しているようにも見えた。
大抵の魔物は、今の蹂躙劇で完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従いつつも、戸惑った様子で突進してきている。
数が少なくなったことで、ハジメはそのことに気付く。
この事件の犯人が清水 幸利だとして、例えチート持ちであっても、果たしてこれほどの大軍をティオにしたように洗脳支配出来るものだろうか、という点ではハジメも疑問に思っていた。
だが、それも数万の魔物を支配するのではなく、各種族のリーダー格である魔物のみを支配し、その配下の魔物はそのリーダーに従わせるという方法を取っているのであれば、わからなくもない話だ。
この方法ならばリーダー格という上位個体を支配すれば自動的にその配下も加わるのだから効率的と言えば、効率的だ。
もっとも、この短期間でこの頭数を揃えられるのか、という疑問も当然あるが…。
とりあえず、その辺の事情は犯人取っ捕まえた後に聞けば問題ないかと結論付け、動きが鈍く単調なリーダー格と、動きに臨機応変さがあっても命令に従って猪突猛進を繰り返す及び腰の魔物達という構成なら、あとはリーダー格を潰せば勝手に逃げ出すだろうとハジメは考える。
「ユエ、魔力残量は?」
「……ん、残り魔晶石2個分くらい……重力魔法の消費が予想以上。要練習」
「そうか。残りはピンポイントで殺る。援護を頼む」
「んっ」
ハジメの少ない言葉に委細承知と頷くユエ。
「シア、忍。魔物の違いはわかるな?」
「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物と、へっぴり腰な魔物ですよね?」
「血の匂いが邪魔だが、感知系で捕捉は出来てる。操られてる頭を潰せばいいんだな?」
「あぁ、恐らくはティオもどきの魔物が洗脳されてる群れのリーダーだ。それだけ殺れば他は逃げるだろ」
「なるほど! 私達の方も残弾が心許ないですし、直接殺るんですね!」
「あ、あぁ…なんていうか、お前も逞しくなったなぁ」
「ハッハッハッ、確かに」
「ハジメさんとユエさんの傍にいるためですから当然です!」
胸を張ってそう言うシアにハジメは苦笑しつつも優しげな笑みを浮かべ、忍もそんな一幕に笑っていた。
メツィライ二門、オルカンと残りの弾頭、シュラーゲンを手早く宝物庫に回収すると、ハジメはドンナー・シュラーク、シアはドリュッケン、忍はアドバンスド・フューラーR/Lを構える。
「セレナはそこの2人を見てやってくれ」
「わかったわ」
「じゃあ、行くぞ」
セレナの答えを聞いてからハジメが飛び出し、それを追うようにシアと忍も飛び出す。
「『雷龍』」
即座に立ち込めた天の暗雲から激しくスパークする雷の龍が落雷の咆哮を上げながら出現し、前線を右から左へと蹂躙する。
大口を開けた黄金色の龍に自ら飛び込むように滅却されていく魔物の群れを見て、後続の魔物が二の足を踏む。
その隙を縫ってハジメ、シア、忍が一気に群れへと突撃する。
ドパンッ!!
ドゴンッ!!
ハジメは縮地、忍は神速を用いることで大地を疾走しながら銃を連射する。
群れの隙間から僅かに見えるリーダー格の魔物の姿を捉えられており、撃ち放たれた銃弾がその僅かな隙間を縫うようにして目標に到達し、急所を容赦なく爆散させる。
ただ、そんな風に精密射撃するハジメに対して、忍は銃の特性からリーダー格を見つけたら邪魔な魔物も纏めて吹き飛ばすので、精密さで言えばハジメには劣るものの、威力で言うなら忍の方が上なのだ。
しかし、忍もただリーダー格を潰すだけではなく、"ある実験"を行っていた。
それは…
「『マジック・バレット』、『
ドゴンッ!!
発砲した弾丸が魔物のリーダー格に着弾すると…
ピシャアアァァァァ!!!
突如としてリーダー格の魔物を中心に凄まじい雷が広がり、配下の魔物達にも浴びせられる。
「う~ん…魔法の種類が少ないせいかな? それとも俺がまだ慣れてないせいか? 両方な気もするが…ま、何とかするか」
忍の実験とは、生成魔法を応用して魔法を銃弾に付与して着弾時にその魔法を発動させるというものだ。
もちろん、実験なので他にも試したいことはあれど、今は支配されているだろうリーダー格の魔物を倒すことに重きを置かねばならないので、攻撃魔法を中心に試している。
現状の結果はイマイチだが、試みは自分でも面白く思っているので、要練習だなと考えていた。
「マジック・バレット、『
重力魔法を銃弾に込めて発砲する。
すると、今度はリーダー格の魔物の頭上で魔法が発動し、超重力のフィールドが発生して同時発砲した弾丸が不規則な感じに急降下してリーダー格の魔物の頭を粉砕する。
さらに超重力のフィールドが周囲の魔物を圧殺する。
そんな中、一部の魔物……四つ目の黒い狼が独自の動きを見せる。
魔物の強さで言えば、かつて奈落で遭遇した二尾狼に匹敵する程だった。
違いを挙げるとしたら、二尾狼が攻撃的な"纏雷"の固有魔法を持っていたのに対し、四つ目の黒い狼は"先読み"系の固有魔法を持っていることだろうか。
連携もかなりの練度であり、ハジメや忍は二尾狼とタメを張れるのでは、と考えると同時に、何故こんな魔物がいるのか不思議でならなかった。
そうこうしている内に四つ目の黒い狼とリーダー格の魔物を屠り続けた後…
「(忍、合わせろ!)」
「(応!)」
念話でタイミングを計るとハジメと忍は…
「「カァアアアアアアアア!!!」」
魔力放射と同時にハジメは威圧、忍は覇気を放って咆哮を上げる。
そうして放たれた魔力と威圧・覇気によって残りの魔物の本能に恐怖を与え、リーダー格の魔物がいなくなったことも相俟って残りの魔物達が退き始める。
その中を最後の一頭となった四つ目の黒い狼に跨って逃げる幸利の姿もあったが、ハジメが逃がすわけもなく、ドンナーの射撃で四つ目の黒い狼の動きを封じる。
その後、四つ目の黒い狼にトドメを刺し、シュタルフを取り出して走って逃亡する幸利に追いつくと、その後頭部を義手で殴りつけて取っ捕まえる。
取っ捕まえられた幸利がハジメにシュタルフで引きずられていく様は…敗残兵のそれと同じだった。
………
……
…
戦闘が終わり、場所は町外れ。
その場には愛子と生徒達、デビッド達護衛騎士、町の重鎮達数名、ウィル、ハジメ達がいた。
もちろん、犯人である白目を剥いて気絶している幸利もだ。
流石に町中に連れて行くのは危ないとの判断で、この町外れに連行してきたが、未だ目を覚ましてない。
そんな幸利を愛子が揺さぶって起こす。
目が覚めた幸利は、咄嗟に距離を取ろうと立ち上がるが、ハジメに引きずられて連れてきた時に後頭部を何度も打っていて、その後遺症が残っているのか、尻餅をついてズリズリと後退って、警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で目をギョロギョロと動かす。
「清水君、落ち着いてください。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません。先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんなことでも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」
膝立ちで幸利に視線を合わせる愛子に、幸利のギョロ目が動きを止める。
「何故? そんなこともわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。バカにしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、バカばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」
そんな風にボソボソと聞き取りにくい声で悪態を吐く幸利に…
「お前……自分の立場がわかってんのかよ!? 危うく町が滅茶苦茶になるとこだったんだぞ!」
「そうよ! バカなのはアンタの方でしょ!」
「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」
淳史や優花達の憤りを多分に含んだ反論がなされ、幸利は顔を俯かせて黙秘を貫く。
愛子はそんな生徒達を抑えると、なるべく声に温かみを宿らせるように意識して語り掛ける。
「そう、沢山の不満があったのですね。でも、清水君。皆を見返そうというのなら、なおさら先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていた……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の"価値"は示せません」
愛子のもっともな言葉に、幸利は顔を少し上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄ら笑いを浮かべる。
「……示せるさ……魔人族になら」
『なっ!?』
その幸利の言葉にハジメ達以外が驚く中、幸利は話し続ける。
「魔物を捕まえに1人で北の山脈地帯に行ったんだ。そこで、俺は1人の魔人族と出会った。最初はもちろん警戒したさ。だが、その魔人族は、俺との話し合いを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから、俺はそいつと……魔人族側と契約したんだよ」
「契約? それは、どのような?」
愛子が尋ねると…
「畑山先生……アンタを殺すことだよ」
「…………え?」
幸利は何でもないように言い、愛子は何を言われたのかわからずに間の抜けた声を漏らす。
「なんだよ、その間抜け面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者よりも厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ。"豊穣の女神"……アンタを町ごと滅ぼせば、俺は魔人族側の"勇者"として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻ってるのはもったいないってさ。やっぱり、わかる奴にはわかるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、おれで想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対にアンタを殺せると思ったのに! なんだよ! なんなんだよ!! なんで、60000の軍勢が負けるんだよ!? なんで、異世界にあんな兵器があるんだよ! お前は…お前達は一体何なんだよっ!!」
嘲笑するように言っていた幸利だったが、最後の方は喚き散らしてハジメ達にドロドロとヘドロのような濁り切った目を向けていた。
その合間に愛子も我を取り戻し、幸利の手をそっと握る。
「清水君。落ち着いてください」
「な、なんだよ! 放せよっ!」
突然触れられたことにビクッとした幸利は咄嗟に振りほどこうとしたものの、愛子が絶対に放さないと言わんばかりにさらにギュッと握り締め、真剣な眼差しを幸利に向ける。
その眼差しから目を逸らすように再び俯く幸利の表情は前髪で隠れてしまう。
「清水君。君の気持ちはよくわかりました。"特別"でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと"特別"になれます。だって、方法は間違えたけど、これだけのことが実際に出来るのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は大事な生徒を預けるつもりは一切ありません。清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦ってほしくありませんが、清水君が望むなら先生は応援します。君なら、絶対に天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか…皆で日本に帰る方法を見つけ出して一緒に帰りましょう?」
幸利は黙って愛子の話を聞いて肩を震わせている。
誰もが、愛子の言葉に心打ったのだと思った。
しかし、現実とはいつも非情である。
「動くなぁ! ぶっ刺すぞ!!」
幸利の頭を撫でようとした愛子を、幸利は逆に愛子の首を絞めるように捕まえてどこからか針を取り出して愛子の首筋に突きつけた。
「いいかぁ!? この針はな、北の山脈の魔物から採った毒針だ! 刺せば、数分と持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員武器を捨てて手を上げろ!!」
狂気に満ち、ヒステリックを起こした幸利の言葉に誰もが動きを取れないでいた。
「おい、お前! 厨二野郎! お前だよ! 後ろのもう1人じゃねぇよ! お前だっつってんだろ!! バカにしやがって、クソが! これ以上、ふざけた態度取る気ならマジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」
幸利あまりに酷い呼びかけに、つい後ろを振り返って『自分じゃない』アピールをしてみるハジメだが、無駄に終わって嫌そうな表情をする。
ちなみに振り返った先の後ろには忍がいたのだが、忍は肩を竦めてやれやれと首を振っていたりする。
「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側に行けないんだから、どっちにしろ殺すだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」
「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前等みたいなバカ共は俺のいうことを聞いてればいいんだよ!! そ、そうだ、へへ。おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」
冷静に正論を言われてさらに喚き散らす幸利に対し…
「なぁ、親友。こういうクソ雑魚系ってもっと序盤に出てくるもんじゃないかい?」
「言ってやるな。勇者願望あんのに、セリフだけ聞いたら最初期に出て踏み台にされる盗賊レベルだしな」
というなんともシリアスの欠片もないやり取りをする化け物コンビ。
ちなみに幸利に視線を向けられたシアはハジメの後ろに隠れてしまった。
「俺が勇者だ。俺が特別なんだ。どいつもこいつもバカばっかりだ。あいつらが悪いんだ。問題ない。望んだ通りに上手くいく。だって、勇者だ。俺は特別だ。キヒ、キヒヒヒ……キヒャハハハハ!!」
そんな化け物コンビに怒りを抱きつつも、ブツブツと何にやら呟いて最後には奇声を上げて笑い出す。
「……し、清水君……どうか、話を……大丈夫…………ですから………」
そんな幸利に苦しそうながらも再度語り掛ける愛子だが…
「……うっさいよ。良い人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になってればいいんだ」
しかし、愛子の声を聞いて幸利は首を絞める力を強めた。
そして、暗く澱んだ目をハジメに向け、ホルスターに収まる銃を見る。
仕方ないとばかりにハジメが手を下げた次の瞬間…
「っ!? ダメです! 避けて!」
そんな叫び声をあげると、一瞬にして完了した身体強化でハジメの縮地並みの速度で愛子に飛び掛かった。
突然の事態に幸利が愛子に毒針を突き刺そうとするが、シアが無理矢理愛子を引き剥がし、何かから庇うようにして身を捻ったのと同時に…
ギュインッ!!
蒼色の水流が幸利の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過した。
「がぁっ!?」
幸利が吐血し、向かってくるレーザー水流『破断』をハジメがドンナーの早撃ちで撃ち払う。
「うぐっ」
シアの方は愛子を抱き締めながら突進の勢いのまま肩から地面にダイブして地を滑る。
「シア!」
そんな中、いち早くユエがシアの元へと向かい、追撃からシアと愛子を守るように陣取る。
「忍!」
「ちっ…血の匂いが濃くて索敵が遅れた!」
2人して『遠見』の技能で『破断』の射線を辿り、遠くで黒い服を着た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に織り込む姿を見つける。
「外すなよ!」
「わかってる!」
ドンナーを両手で構えたハジメがレールガンを6発を撃つも、相手もそれは予期していたのかバレルロール気味に回避運動を行い、ハジメの銃撃を避けるが、魔物の片足と男の片腕が吹き飛ぶ。
「マジック・バレット、『雷鳴弾』!」
その追撃とばかりにアドバンスド・フューラーRを抜いた忍も即座に雷鳴弾を12発分撃ち込む。
ピシャアアァァァァッ!!!
暗雲もなく響く雷鳴と共に目標の空一体に雷撃が走る。
「ちっ…」
「……マジかよ」
雷撃に打たれて表面が黒焦げになりつつも魔物と男は遁走を図る。
その姿にハジメは舌打ちし、忍も驚愕の表情をする。
それでもダメージは相当与えたはず。
運よく生き延びたとしても戦場にはもう立てないだろう。
今から忍の神速で追いかけて確実にトドメを刺してもいいが、逃げた先がウルディア湖の方向だったので、流石に水の上は渡れないと忍も歯噛みする。
だが、どっちにしろハジメ達の情報が魔人族側に渡る可能性が出てきた。
出来れば、どこかで野垂れ死にしてくれればいいが…と思わずにはいられないハジメと忍だった。
「ハジメ!」
ユエも敵の逃走を察したのか、普段の落ち着いた声音とは異なる焦りを含んだ声でハジメを呼ぶ。
「は、ハジメさん……うくっ……私は……大丈夫、ですから……早く…先生さん、を………毒針が、掠っていて…」
脂汗を流しながらも引き攣った笑みを浮かべるシアと、顔が真っ青になって手足が痙攣し始めている愛子を見比べる。
その様子にやっと事態を飲み込み始めた生徒達や護衛騎士達がパニックを起こす。
「黙れ」
が、ハジメの押し殺したような一言に気圧され、パニックを起こしてた生徒達と護衛騎士達が後退って押し黙る。
ハジメが宝物庫から神水の入った試験管を取り出すと、その蓋を親指で弾き、愛子の口へと咥えさせる。
愛子としてはシアを優先しなかったハジメを咎めるような眼差しで見るが、ハジメからしたらシアの意思を優先したに過ぎなかった。
それほどまでにハジメの中でのシアの存在は大きくなっていたようだ。
しかしながら愛子の体は毒に侵され、思うように動かないらしく神水が飲めない。
業を煮やしたハジメは残りの神水を口に含むと、何の躊躇いもなく愛子に口付けして直接飲ませる方法を取る。
「っ!?」
その瞬間、愛子が大きく目を見開き、周りの男女から悲鳴と怒声が響き渡るが、そんなもんハジメは無視して自分の為すべきことを為すために真剣だった。
やがて、愛子の喉がコクコクと動いて神水を飲んでいく。
一瞬とも長いとも言える口付けを終え、ハジメは愛子から口を離して愛子の様子を観察する。
対する愛子はどこかボーっとしたまま焦点の合わない瞳でハジメを見つめている。
「先生」
「………………」
「先生?」
「………………」
「おい、先生!」
「ふぇ!?」
ハジメの呼びかけにやっと正気に戻る愛子。
「体に異変は? 違和感はないか?」
「へ? あ、えっと、その、あの、だ、だだ、大丈夫ですよ。違和感はありません。むしろ気持ちいいくらいで………って、今のは違います! 決して、その、あ、あれが気持ちよかったというわけではなく、薬の効果が……」
「そうか。ならいい」
テンパる愛子に対し、ハジメはかなりあっさりした対応でシアの方へと向かう。
「(ふむ、これでフラグが建ってたら…愛ちゃん先生、意外とチョロい?)」
その様子を見てた忍が不謹慎なことを考えてる間にシアにも神水が使われた。
まぁ、シアも口移しを要望したが、受け入れられず、ユエのお叱りやら愛子の弁解もあったものの、残る問題は…。
「……アンタ、清水は生きてるか?」
幸利の近くにいた護衛騎士に声を掛け、その一言に全員が『あっ』という顔をして幸利の方を向く。
「清水君! あぁ、こんな……酷い」
幸利の下へと駆け寄る愛子だが、出血が激しく持って数分だろう。
「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……嘘だ……あり得ない……」
幸利が助けを求めても誰も動かない。
これまでの所業から考えれば、さもありなんといったところだろうか。
だが、愛子だけは諦めておらず、藁にも縋る思いでハジメを見た。
「南雲君! さっきの薬を! 今ならまだ! お願いします!」
「やっぱりか…」
なんとなく予想していただろうハジメは溜息を吐きながら愛子と幸利の元へと歩み寄る。
「助けたいのか、先生? 自分を殺そうとした相手だぞ? いくらなんでも"先生"の域を超えてると思うけどな」
その問いに一瞬だけ揺らいだ瞳を見せたものの、すぐさま毅然とした表情で答える。
「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、"私が"そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです。だから、南雲君……」
予想通りの答えにハジメはガリガリと頭を掻いて不機嫌そうになる。
しばし逡巡した後…
「清水。聞こえているな? 俺にはお前を救う手立てがある」
「!」
「だが、その前に聞いておきたい」
「………………」
救える、という言葉に反応し、幸利のギョロ目がハジメを見据える。
「……お前は……敵か?」
その問いかけに幸利は何かを宣うが、ハジメは言葉ではなく幸利の眼をジッと観察した。
そして、その結果、愛子を一瞬だけ見る。
「ダメェ!」
愛子もハジメを見ていたことから、その意図に気付き、ハジメの前に飛び出そうとするが…
ドパンッ!
ドパンッ!
それよりも早くハジメが幸利の頭に1発、心臓に1発を撃ち込み、その命を絶った。
…………………
ハジメが幸利の命を奪い、静寂が支配する。
「……どうして?」
そんな静寂の中、愛子が絞り出すような声で呟く。
「敵、だからな」
愛子の問いにハジメは簡潔に答えた。
ハジメは奈落の底での経験から幸利が改心する兆しがあるなら、愛子に首輪付きで任せようと考えていたのだが、その考えに反し、幸利の眼は酷く濁り切っていた。
つまり、改心する兆しがない。
なら、いずれ敵になる可能性もあるのなら今の内に芽を摘んでおこう、と…。
それがハジメの…今の生き方であり、愛子の言葉でも揺るがないほどの価値観を培ってしまっていた。
それでも愛子の言う『寂しい生き方』はハジメに色々と考えさせられているのも事実であり、もはやここでのやるべきことは終わったとばかりに踵を返す。
ただ、去り際に…
「先生の理想は、既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれていることは嬉しく思う。出来れば、折れないでくれ」
ハジメはそう愛子に伝え、ウィルを連れてブリーゼとアステリアを取り出すとそのままウルの町から去っていった。
後に残ったのは…何とも言えない微妙な空気と、生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけだった。