ズバァアアアアアアッ!!!
潜水艇が半透明の触手によって凄まじい勢いで吹き飛ばされていた。
「(ユエ!)」
「(凍柩!)」
ハジメがそちらに視線を向ければ、そこには巨大クリオネがいた。ハジメの念話でユエが咄嗟に氷の障壁を球状に張り、その氷の障壁をクリオネが攻撃してくる。そのあまりの衝撃に中にいたハジメ達がシェイクされる。
「(くそっ! ここでこいつかよ!!)」
「(ご主人様よ、どうするのじゃ!?)」
忍が悪態を吐き、ティオが念話石でハジメにどうするか尋ねる。
「(全員、上を目指せ! 水中じゃ嬲り殺しだ。時間は俺が稼ぐ!)」
そう念話を飛ばしながら、ハジメが指輪型感応石を用いて吹き飛んだはずの潜水艇を操作し、クリオネに対して魚雷の嵐を見舞う。合計で48発もの魚雷を撃ち込まれ、流石に時間が稼げると思ったが、その目論見は儚くも散ってしまう。
「(ユエ、上だ!)」
「(っ……ダメ、間に合わない!?)」
潜水艇を回収しながら浮上していくハジメ達の行く先にゼリーが漂っていて、それが3メートル程度のクリオネに再生すると、その頭部を大きく開いて氷の障壁で覆われたハジメ達を"バクンッ!"と呑み込む。
「(くそっ! 再生が速過ぎるぞ!?)」
「(ちぎれた触手から再生したみたい!)」
「(マズいですよ、ハジメさん! 辺り一面がゼリーだらけですぅ!?)」
周りがゼリー故に氷の障壁がどんどん溶かされていくが、ユエがなんとか補強しようと試みるも海水がないために苦戦している。
「(ちっ! 全員、衝撃に備えろ! 忍、絶対に離すなよ!)」
「(わぁってるって!!)」
さっきから忍が闇の帯で全員が逸れないように繋ぎ止めており、ハジメも氷の障壁を金剛で補強しながら、障壁の外にロケット弾の弾頭や魚雷を大量に転送してクリオネを腹の中から吹き飛ばす。間近にいたせいもあり、ハジメ達も吹き飛ぶが、忍がしっかりと捕まえているので離れ離れになることはなかった。
しかし、クリオネもただでやられたわけではなく、ハジメ達の頭上に大量のゼリーを配置していた。さらに厄介なことにクリオネは潜水艇を潰しにかかっていた。
「(ユエ。"界穿"を頼む)」
「(……40秒はかかる)」
「(邪魔させるかよ。こっから出るにはそれしかない)」
「(……わかった)」
それを見てハジメはユエに空間魔法である『界穿』を行使を頼んでいた。これはフリードも使っていた空間と空間を繋げる魔法で、ありていに言えばワープゲートを作る魔法だ。さしもの魔法チートであるユエであっても修得して日が浅い魔法を行使するにはそれだけの時間が掛かるらしい。
その間にも襲い掛かってくる触手をティオの縮小版ブレスの連射と忍が全員を捕まえている帯とは別の闇の帯を生成して迎撃している。忍とティオが迎撃してる合間にハジメが宝物庫から鉱石を次々と取り出して錬成して鉄球を作る。
「(忍! ティオ! 来い!)」
ハジメの言葉で忍とティオも様々な鉱石で作られた鉄球の中へと入り、完全に穴を塞いで密閉する。その鉄球を紅の魔力が覆い、金剛が付与されていく。が、それよりも速いスピードで触手が鉄球に纏わりついて表面からどんどん溶かしていく。それに対抗すべくハジメが連続錬成で鉄球をかろうじて維持する。
そして、長いようで短いような40秒の時間が経過する。
「(界穿!)」
ユエの傍に楕円形の光のゲートが現れる。
「(よし、全員飛び込め!)」
ゲートを次々と潜るメンバー。忍が帯を引っ張り、ハジメを勢いよく引き寄せる。そうして全員がゲートを潜った後、ゲートは消滅して残った鉄球は触手に破壊されて溶かされていく。
ゲートを潜ったハジメ達は上空100メートル程度の地点に放り出されるが、ティオが即座に竜化してハジメ達を背に乗せて浮遊した。その背の上でユエが崩れ落ちそうになるが、それを香織とシアが支えて魔晶石から魔力を供給する。さしものユエも魔力が枯渇したようだ。
「ユエ、助かったよ。空間転移は相当難易度が高いってのに…」
「……んっ、頑張った」
「流石は魔法チートのユエさんだ」
「……とは言え、まだ実戦レベルじゃない」
そのようにユエを称賛するハジメ達だったが、ハジメ達は気を抜くことを許されなった。
ドォゴオオオオオオオ!!!
ザバァアアアアアアア!!!
そんな轟音と共にハジメ達の背後から巨大な津波が発生する。その津波は、100メートル上空にいたティオを優に超えていて、500メートルはあるだろう。しかも直径は1キロメートル程度。
「ッ!? ティオ!!」
『っ、承知っ!!』
ハジメの叫びにティオも我を取り戻して津波へと全速力で突っ込む。
「解除してなくてよかったぜ!」
「「聖絶!!」」
忍が闇の帯を解除しておらず、全員と繋がった状態でさらに追加としてティオの胴体にも体を固定するために巻き付けると、ユエと香織が二重の結界を張る。
「ティオさん! 津波の中にアレがいます! 気を付けて!」
そこにシアが己の固有魔法『未来視』の派生『仮定未来』の光景を伝えると、ティオは身を捩った。結果として津波からやってきた触手を回避することは出来たが、津波との差が詰まる。
「バレッテーゼ・フレア!」
津波から襲い掛かる触手を忍が焔帝の能力で迎撃するが、天災級の津波が遂にハジメ達を呑み込む。その衝撃で聖絶の一枚破壊され、もう一枚にも罅が入る。そして、再び海中に戻されたハジメ達だった。
「くそ、狙った獲物は逃さないってか?」
残った聖絶に守られながらハジメ達が前方を見ると、そこには20メートルにまで巨大化したクリオネがいた。
「そんな…死なない上に、何でも溶かして、海まで操るなんて…どうしたら…」
「……ハジメさん。冗談抜きにキスしてくれませんか? 最期くらいハジメさんからしてほしいです」
「……ふぅ、ご主人様よ。妾も、最期はキスを所望するのじゃ」
香織が絶望し、シアとティオが何やらのたまっているが…
「「「………………………」」」
ハジメ、ユエ、忍の3名の眼は諦めていなかった。むしろ、どう殺して生き延びてやるかとハジメの眼は爛々と輝いている。それはユエも忍も同じで微塵も諦めていない。
「「「っ!?」」」
そのハジメの表情に香織、シア、ティオの3人は体をビクッと震わせ、ハジメのその獰猛な表情に心奪われたかのように惚けていたが、クリオネが30メートル級になって攻撃を再開したところで我を取り戻し、香織は聖絶を張り直し、シアは仮定未来で勝利の道を模索し、ティオはブレスを放つ。
ユエと忍も攻勢に出ながら防御を固める。そうしている間にハジメが最初に遭遇した時の戦いと今の戦いを比べて打開策を模索する。すると、一筋の光明が見えた。
「(あの時にあって、今にないもの……待てよ? さっきに比べて火を使ってたか…?)っ! そうか、火だ!」
確証はない。推測の域も出ない。それでも可能性が一筋でも見えるのであるのなら、それに賭けてみる価値はあった。だが、ここは海中。頼みの火属性魔法は使えない。ならば、ハジメの取る手段は一つ。
「無ければ、作ればいいだけだ!」
そう言ってハジメは宝物庫から次々と鉱石や魚雷を取り出し、何やら物凄い勢いであるモノを作り始める。
「……ハジメ? 何か思いついた?」
「あぁ、海で火を使うにはこれしかない。上手くいけば、あいつを倒せるはずだ…!」
「ハジメくん、ホントなの!?」
「流石はハジメさんです! 最初から信じてましたぁ!」
「……シアよ。お主、真っ先に諦めてキスを強請っていたじゃろうに…」
「で、親友。俺達は何をすればいい?」
「錬成の間、何が何でも凌いでくれ。頼むぞ!」
そうして忍達がクリオネの猛攻を必死に耐えている中、ハジメが瞬光と限界突破すら利用し、クリオネを一撃で倒すために錬成を繰り返していく。
だが、現実は非情だ。海中というクリオネにとって圧倒的アドバンテージの中、忍達の必死の抵抗も長くは保たない。
「(あと、3分。せめて、3分あれば…!!)」
思わず念話を発動させて絶叫するハジメに、忍も覚悟を決めて特攻してしようと瞬煌を発動させて銀狼と黒狼を引き抜いて一気に駆け出そうとした時だった。
『若ぇの。命を粗末にするもんじゃねぇよ。ここはおっちゃんに任せな』
「(……は?)」
忍が渋いおっさんの声に諭されて、足踏みしていると…
「(そ、その声は、まさかリーさん!?)」
『おうよ、ハー坊の友、リーさんだ。なんだかヤバそうだから助っ人に来たぜ?』
何やらハジメが驚いたような念話を発動しており、不思議と忍達にも伝播していた。すると、突然クリオネが巨大な銀色の物体に横合いから体当たりされて吹き飛ぶ。
その間に聖絶の近くに人面魚の魔物リーマンが寄ってくる。事態の急変さに忍達の頭が追い付けてない。ユエとティオはリーマンの登場に目を丸くし、香織は小さく悲鳴を上げ、忍はハジメとリーマンを交互に見る。
『シアの嬢ちゃんも息災かい?』
「ふぇ!? えっと、は、はい! 健康そのものですぅ!」
『そいつは重畳だ。で、ハー坊は何ぼさっとしてんだ。あと3分ありゃあ、"悪食"をどうにか出来んだろ? やること、さっさとやりな。そう長くは保たないぜ?』
「(あ、あぁ。なんかよくわからんが、助かった。ありがとう、リーさん)」
あまりの事態にハジメは困惑しながらも作業する手を再開して武器作製に戻った。ちなみにクリオネに体当たりした銀色の物体は、ただの魚の群れだが、それが数万単位で向かえば怪物の時間稼ぎにもなるようだ。
「(アンタ、何者だよ? 親友の"友"とか言ってたが…)」
『なに、ハー坊にはフューレンで見世物になってたところを助けてもらったことがあってな。その見世物になってた時にハー坊と出会って色々話したんだよ』
「(……あぁ、そういや、フューレン支部長がそんな話題出してたな…)」
イルワが水族館から逃げたリーマンの話題をしたのを思い出す。
『そういう若ぇのはハー坊の親友なのかい? 何気に念話使ってるから驚くのを忘れたぜ?』
「(あ、あぁ、俺はハジメの親友を自負してる紅神 忍ってもんだ)」
『シノブ…なら、これからはしー坊と呼ばせてもらうぜ? お前さんもハー坊のように桁違いの魔力を持ってるな』
「(まぁ、親友と一緒に苦労してきたからね。親友みたく物作りは出来ないが、その分前に出ることにしてんだ)」
『そうか。だが、無謀なことはするな。"悪食"相手に単身乗り込もうってのは無謀でしかない』
「(あのクリオネ、"悪食"って言うのか?)」
『クリオネ? あぁ、奴は海に巣食う天災でな。魔物の祖先とも言われてるが、あんなのが先祖とは思いたくないがな』
「(確かに…)」
『それに友の危機を見過ごすなんてのは男の恥だぜ』
「(……………………俺もリーさんと呼ばせてもらっていいっすか?)」
『ハ-坊の親友なら是非もない。よろしくな、しー坊』
「(こちらこそ、よろしくだ。リーさん)」
何やら忍もリーさんとの友情が芽生えたようだった。
「(ところで、リーさん。あの魚の群れはどうしたのさ?)」
『あぁ、そいつはな。俺達の種族が使う念話ってのは海の生物はある程度操る能力があってな。それで誘導したんだよ』
忍の問いにリーさんがそう答える。と、忍とリーさんが会話している間にも3分が経過し、ハジメの準備が整ったようだ。
見れば、聖絶の周りに通常よりも大きな魚雷群、およそ120発が展開されており、ハジメの周りにも同数の円環が浮かんでいた。
「(リーさん。もしかしたら、親友は爆発物を使うかもしれんから退避してくれ)」
『む? そうか。なら、ちと避難しとくぜ。後でまた会おうぜ、ハー坊、しー坊』
「(あぁ、ありがとな。リーさん!)」
ハジメがリーさんにお礼を言うと、忍の忠告もあって後方に退避する。そして、ハジメは手元の感応石を起動させ、魚雷群を一斉に動かす。夥しい触手が魚雷群を迎え撃とうとするが、瞬光と限界突破を同時発動中のハジメの操作で紙一重で回避していく。
「お前は避けたりしないよな? さぁ、たらふく喰ってくれ」
クリオネ改め悪食に魚雷群が着弾して突き刺さる。が、爆発はしない。半透明の全身に黒い斑点が浮かび上がるという構図はなんらかの重病患者を連想させる。
だが、これで終わるはずがない。魚雷群が溶かされる前にハジメは次の一手を打つ。それは宝物庫に大量に保管されている鉱物の一つであり、ハジメが攻撃用兵器に多用する『フラム鉱石』が液体化したタールだ。そのタールを周りの円環の内側に滝のように注ぎ込む。すると、悪食の体にも変化が起きる。それは半透明だった悪食の体内にタールが侵食していき、その体を黒く染めていったのだ。悪食も体を分離して逃れようとするが、それは忍達が徹底的に邪魔をした。
そして、タールが十分に悪食の体に浸透したのを見計らい…
「身の内から業火に焼かれて果てろ」
ハジメが最後の一押しとして火種を円環の一つへと投下する。すると、タールに火が燃え移り、摂氏3000度の灼熱が一気に悪食の中にも広がる。そうして、悪食を文字通り体内から燃やしたタールが悪食から漏れ出て、海水にも影響を出した結果…
ゴォバァアアアアア!!!
凄絶な水蒸気爆発を発生させ、周囲一帯に影響を与える。次第に落ち着く海中でハジメは悪食の痕跡を念入りに探す。が、反応は完全に消え去っていた。
「ふぅ……なんとか、終わったか…」
「いやぁ、ヘビィな相手だったな…オルクスのヒュドラを思い出したぜ?」
色々使い過ぎてふらつくハジメを忍が支える。そのハジメの眼には勝利と生き残ったことへの歓喜が宿っていた。そんなハジメを香織が癒し、他のメンバーとも和気藹々としていると…
『見事だったぜ、ハー坊。まさか、あんな風に悪食を倒すとはな』
退避していたリーさんが戻ってきたらしく、ハジメに声を掛けていた。
「(あ、リーさん。いや、リーさんがいなかったら、どうなってたか。ありがとな)」
『どういたしましてだ。まぁ、仁義を貫いただけさ。気にするな』
「(相変わらず漢だな。流石はリーさんだ。ここにいてくれた偶然にも感謝だ)」
『ハー坊。積み重なった偶然は、もはや必然と呼ぶんだぜ? おっちゃんがお前さん達に助力できたのも必然。こうして生き残ったのも必然さ』
「(おふ。会って間もないけど、リーさんの深みのある言葉と漢気に惚れそうだぜ)」
『よせやい、しー坊。おっちゃんに惚れても仕方ねぇだろ』
意気投合する男共に女性陣がヒソヒソと会話しているが、男共は気にしていない。
『じゃあ、おっちゃんはもう行くぜ。ハー坊、しー坊。縁があったらまた会おうぜ』
「(あぁ、リーさんも元気でな)」
「(リーさんも達者でな)」
男共がそのような別れの挨拶をした後、リーさんがその場を後にしようとしてふと何かを思い出したかのように振り返ると…
『嬢ちゃん、ライバルが多そうだけど頑張んな。子供ができたら、いつか家の子と遊ばせよう。カミさんにも紹介するぜ。じゃあな』
その言葉を聞き、全員が固まる中、リーさんは今度こそ大海原の彼方へと消えていく。
「「「「「「結婚してたのかよぉぉぉぉ!!!」」」」」」
そして、その場に残った全員がリーさんへのツッコミを叫んでいた。
………
……
…
その後、竜化したティオの背中に乗ってエリセンへと帰還を果たしたハジメ達は、そのままレミアとミュウの家で過ごすこととなった。とは言え、元々住んでいたミュウとレミア、従姉妹で泊まりに来たシェーラ3人を除き、留守番組を加えると、総勢9名にもなる人間が家に寝泊りするには少し手狭感があったので、忍は来た当初と同じように裏庭にテントを張って寝泊りしていた。
かくして6日もの日数をエリセンで過ごしたハジメ達は、その6日の間にハジメ達は新たに手にした神代魔法や能力の習熟、装備品の充実、消耗品の補充などに時間を割いていた。それでもエリセンの気候やら海鮮系の料理が充実してたこともあってか、ちょっとしたバカンス気分だった。
しかし、6日も滞在してたのは、ミュウのこともあってのこと。ハジメはミュウのことで真剣に考えており、どう別れを切り出したものかと思い悩んでいた。いくらハジメでも何の力も持たない4歳児を連れて大迷宮攻略に乗り出そうとは思わなかった。
残る大迷宮は三つ。その内の一つ、ハルツィナ樹海は既に攻略する目処が立った。が、残る二つの大迷宮が面倒な立地にあるのだ。まず一つは魔人族領にある『シュネー雪原』の『氷結洞窟』。それともう一つは、なんと聖教教会の総本山がある『神山』なのだ。どちらも大勢力の懐に飛び込まなければならない。
とは言え、なんだかんだ言ってハジメがミュウとの別れを延期しているので6日も経ってしまった訳だが…。
「はぁ…」
桟橋で装備を錬成で作りながらハジメが深い溜息をする。
「どうしたもんかな…」
「ミュウちゃんのことかい?」
そんなハジメに忍が声を掛ける。
「あぁ…いざ別れの言葉を言ったら、泣かれそうで…………憂鬱だ」
「ハッハッハッ、親友も変わったもんだ」
そう言って忍が笑顔のままハジメの隣に座ると…
「良い傾向だと、俺は思うけどな」
ちょっと真剣な表情でそう伝えていた。
「あん?」
「親友はさ。この世界なんてどうでもいいんだろ? だったら何も考えず、別れを告げればいいだけじゃないかい?」
「それは、そうだが…」
「でもさ……そういう風に誰かのために考える姿勢は、愛ちゃん先生の言ってた"寂しい生き方"じゃないと思うぜ? だからこそ、あんな風に笑顔が溢れてるんだしさ。見てみな」
「……………………」
忍に促されて海で遊ぶミュウやユエ達を見たハジメは、少し黙ってそれを眺めていた。
「それにさ、親友。子供って、俺達が思ってるよりもずっと強いんだぜ?」
忍がそう言うのと同時に桟橋から投げ出してたハジメの両足の間からザバッと音を立てて人影が現れる。
「おや、レミアさんじゃないっすか」
忍が現れた人影…レミアに挨拶する。ちなみに出会った当初はミュウのことでやつれていたが、今のレミアは再生魔法という規格外の回復魔法で以前のような健康体を取り戻している。そのためか、未亡人ということもあってか、結構な色気を醸し出している。しかもエメラルドグリーンの長い髪は緩い三つ編みに結い、ティオ並みのスタイルでライトグリーンの際どいビキニも着用しているので、その破壊力は凄まじいことになっている。そんな女性がいきなり両足の間に出てきたのだからハジメとしても不意打ちを食らっていた。
「あら、ベニガミさんもいらしたんですね」
「ついさっき来ましてね。ちょいと親友と今後の話をしてました」
「そうでしたか」
ハジメの膝に手をついて体を支えると、レミアは優しい表情でハジメを見る。
「ハジメさん、ありがとうございます」
「? 別に礼を言われることは…」
「うふふ、娘のためにこんなにも悩んでくださってるんですもの。母親としてはお礼の一つも言いたくなりますよ」
その言葉でようやく合点がいったようだ。
「それは……バレバレか。一応、隠してたつもりだったんだがな」
「あらあら、知らない人はいませんよ?」
「ま、親友は隠し事がわりと苦手だからな」
レミアと忍に言われ、微妙な表情をするハジメ。
「ベニガミさんやユエさん達もそれぞれ考えてくださってるようですし……ミュウは本当に素敵な人達と出会えましたね」
肩越しに海で遊んでるミュウ達の方を見てレミアが笑みを零すと、再びハジメを見る。さっきまでの優しげな表情とは打って変わり、少し真剣な表情だ。
「ハジメさん。もう十分です。皆さんは、十分過ぎるほどしてくださいました。ですから、どうか悩まずにハジメさん達のすべきことのためにお進みください」
「レミア…」
「皆さんと出会って、あの子は大きく成長しました。甘えてばかりだったのに、自分よりも他の誰かを気遣えるようになりました。あの子もわかっているんです。ハジメさん達が行かなければならないことを……まだまだ幼いですからついつい甘えてしまいますけれど、それでも一度も"行かないで"とは、言ってませんでしょう? あの子もこれ以上、ハジメさん達を引き留めてはいけないと、わかっているのです。ですから…」
「な? 子供って案外強いだろ?」
レミアと忍の言葉を受け、ハジメは片手で目元を覆い、天を仰いだ。
「……幼子にそこまで気を遣わせてちゃ世話ないな。わかった。明日、出発する折を今晩伝えよう」
ハジメもまた決心したようである。
「では、今晩はご馳走にしましょうか。ハジメさん達のお別れ会ですからね」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
「うふふ。はい、期待してくださいね。あ・な・た♪」
「いや、その呼び方は…」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらレミアが言うと、ハジメがツッコミを入れる前にブリザードのような冷たさが周りに漂う。どうもユエ達が戻ってきてレミアを半眼で睨んでいた。当のレミアは「あらあら、うふふ」と流していたが…。
「ハッハッハッ、流石は親友。遂に未亡人まで落とすか」
「どういう意味だ、こら」
ハジメを中心に姦しいことになってる状況に忍は笑うが、ハジメは解せぬと言いたそうな表情だった。
そして、その日の晩。ハジメはミュウに別れを告げるのだった。
「………もう、会えないの?」
「……………………」
泣くのを精一杯我慢してミュウがハジメに尋ねる。その問いにハジメは答えを窮していた。かつて、ミレディは望みを叶えたければ全ての神代魔法を集めろと言っていた。もしかしたら、集め終わったタイミングで何かしら起こる可能性もあり、エリセンまで戻ってこれる可能性も低い。つまり、これが今生の別れになるかもしれない。それ故に安易な答えは言えなかった。
「……パパは、ずっとミュウのパパでいてくれる?」
ハジメが何かを答える前に、ミュウが重ねて尋ねる。
「……ミュウが、それを望むのなら」
ハジメがそう答えると、ミュウは涙を堪えて食いしばっていた口元を緩め、二ッと笑みを浮かべる。その表情にユエ達がハッとする。その表情は、どこか困難に立ち向かう時のハジメに似ており、一瞬だが、2人が本当の親子に見えてたのだ。
「なら、いってらっしゃいするの。それで、今度はミュウがパパを迎えに行くの」
「迎えに……ミュウ。俺は、凄く遠いところに行くつもりなんだ。だから…」
「でも…パパが行けるなら、ミュウも行けるの。だって…ミュウはパパの娘だから」
「っ…」
ハジメは、そんなミュウの姿に、昼間レミアや忍の言った言葉を思い出し、改めて子供の成長の早さに感嘆し…そして、もう一つの誓いを立てることを決めた。
「…………ミュウ。待っててくれ」
「パパ?」
今の今ままで思い悩んでいたのが嘘のようにハジメは真剣な眼差しでミュウの瞳を射抜く。それは、ミュウが見続けてきた"パパ"の力強くも真っ直ぐな眼だった。
「全部終わらせたら、必ずミュウのところに戻ってくる。皆を連れて、ミュウに会いに来る」
「……ホントに?」
「あぁ、本当だ。俺がミュウに嘘吐いたことあるか?」
そのハジメの言葉にふるふると首を横に振るミュウ。
「必ず戻ってきて…ミュウに俺の生まれ故郷を見せてやるよ。きっとびっくりするぞ? ある意味、ビックリ箱みたいなとこだからな」
「! パパの生まれたところ? 見たいの!」
ハジメの言葉に嬉しさを行動で表現するミュウに、ハジメは優しげな視線を向けてミュウを抱っこする。
「なら、いい子にしてるんだぞ? ママの言うことをよく聞いて、手伝いなんかもしっかりしてな」
「はいなの!」
そんな光景の中、ハジメはレミアに視線で謝罪するが、レミアは『気にしないでください』と視線で返す。そうしてミュウを抱っこするハジメに寄り添うレミアの図は…もう"夫婦"と言ってもいいのではないだろうか?
まぁ、流石にそんな図を香織達が許すはずもなく、レミアとのプチ戦争に発展したが…。
「……………………」
そんな光景を羨ましそうにシェーラが見ていた。
「少しいい?」
そんなシェーラにセレナが声を掛ける。
「セレナさん。はい、何か?」
「本当に来ないのね?」
「はい。私ではきっと足手纏いになりますから…」
「そう…」
改めて旅に同行するかを聞いたが、シェーラの意志は固かった。
「でもさ。夢に出てきた覇王は、覇王と巫女はいずれ交わるって言ったわよね?」
「? えぇ、確かに言ってましたが、それが?」
「忍達の旅…その全てが終わった時にここへまた来る。つまり、忍もきっとアンタに会いに来ると思うわ」
「……………………」
エリセンに来た当初の3日と、大迷宮攻略後の6日の合わせて9日、忍はシェーラに覇王や巫女についての話をしつつも自分の家族や恋人の話、他愛のない世間話もしていた。そんな他愛ない時間がを、シェーラは知らず知らずの内に心地よく感じていた。それは忍の人柄からくるものなのか、覇王と巫女だからなのか…それとも別の…。
「セレナさんは…忍さんと一緒にいて楽しいですか?」
「そうね…最初は色々見極めるつもりだったけど。今になってみると、ちょっと楽しい、かな? もちろん、危険な旅なのはわかってるけどね」
「そう、ですか…」
セレナの答えを聞き、ハジメと談笑してる忍の姿を見る。
「私も、待ってみようかな…」
「……………………」
そんなシェーラの呟きをセレナは聞かなかったことにした。同じ巫女仲間なのだ。その心境は察することが出来た。
翌日、一行はミュウ、レミア、シェーラに見送られながらエリセンを旅立つのだった。目指すは、ハルツィナ樹海の大迷宮だ。