もう1人のイレギュラーは反逆の覇王   作:伊達 翼

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第四十三話『王都での一日』

 現在、王都は喧騒に満ちていた。5日前の魔人族襲撃という事態に、誰もが困惑していた。中には親しい者を亡くしたために悲しみに暮れたりもしているが、復興に向けて歯を食いしばって頑張る者の方が多く見える印象だ。そうした"人の強さ"は、何事にも代えがたいものなのだろう。

 

 そんな王都のメインストリートを歩く5人分の影があった。

 

「ハッハッハッ。しっかし、親友、大人買いしたな」

 

「モグモグ…ゴックン。もうやらんぞ?」

 

「いやいや、もういいって」

 

 大人買いしたホットドックもどきを頬張るハジメに忍は呆れたように肩を竦める。ちなみにハジメの横にはユエと雫が歩いており、忍の右隣にはシオンが歩いていた。シアやセレナといった亜人族組は王宮でお留守番だ。魔人族の急襲があって、王都内がピリピリしていて人間族以外に敏感なので自重してもらっている。ティオは連日の魔法行使で魔力消費が著しかったので休息中、香織もなんだかんだであの見た目なので待機、ファルは色々と考え中、そして残りの愛子達はリリアーナのお手伝いをしていたりする。

 

「結局、ギルド本部には何しに行くの?」

 

 雫は大結界修復のための案内人であるが、その前にハジメが王都にあるギルド本部に行くと言い出したので、それに付き合う形となったわけだ。

 

「ん? あぁ、それは依頼完了のことを伝言してもらえるかなと思ってな。事が事だから直接の方がいいんだろうが…ま、これから樹海行くのにフューレン経由するのはめんどいし……だったら、本部に行って伝言を頼む方がいいかなって。報告に関しても上手く対応してくれると思ってな」

 

「報告って……あ、もしかしてあのミュウって子のこと? そういえば、姿が見えなかったけど…」

 

「そういうこと。ちゃんと母親のとこに連れてったしな。ま、親友はちょっと色々とあったけどさ」

 

「色々?」

 

 ハジメの説明の後、ミュウがいないことに思い至り、そこに忍の説明もあって雫は首を傾げる。

 

「テメェも人のこと言えねぇだろうが」

 

「でも、そっちの方が積極的なアプローチだったろ? なぁ、お父さん? いや、旦那さん?」

 

「テメェ…ユエの前でいい度胸だな?」

 

「ハッハッハッ、気にしたら負けじゃないか?」

 

 カラカラと笑う忍に対し、ハジメはドンナーを抜こうとするが、人通りの多い場所で使うわけにもいかず、横のユエを見る。

 

「……ん、レミアも要注意…」

 

「……ちょっと話が見えないのだけれど…?」

 

 雫が物凄く嫌な予感を抱いていると…

 

「簡単に言うと、親友はミュウちゃんの母親…未亡人に気に入られた可能性が高いってことだ」

 

「えっ…?!」

 

 忍の言葉に"バッ!"とハジメを見る雫。

 

「別に、レミアはそんな感じじゃねぇだろ…」

 

 雫の視線から目を逸らしながらそう言うハジメだが…

 

「……"あなた"と呼ばれてたのに?」

 

 そう言うユエさんからの視線も突き刺さり、ハジメはホットドックもどきの咀嚼に集中する。

 

「ぐふっ!? ケホケホ! それって…!」

 

 今の発言を聞き、雫が咽るが、すぐに気持ちを持ち直すとハジメを"キッ!"と睨む。

 

「ハッハッハッ、親友の守備範囲の広さには脱帽だぜ」

 

「テメェはもう黙ってろ」

 

 ハジメがいよいよ忍に殺意を向けてきたので、忍も肩を竦めるだけで口を閉じた。これ以上は流石にからかえないな、と。

 

「でも……抱っこ、したかったなぁ…」

 

 ミュウの愛らしさを思い出したのか、雫がそのような言葉を漏らす。

 

「……大丈夫。ハジメが日本に連れていくと約束してたから、また会える」

 

「………………………は? それってどういう…?」

 

「どうもこうも、ユエの言う通り、ミュウと約束したんだよ。俺の生まれ故郷…日本に連れてくってな」

 

 どこか遠い眼差しを空に向けながらハジメが言うので、雫としても反応に困った。

 

「私も、ついて行っていいのでしょうか?」

 

 そんな風に雫に色々と説明しているハジメをよそにシオンがぽつりと呟く。

 

「まだ引きずってんのか?」

 

「それは……当たり前です。『守る』と言いながら守れなかった…。自分がもっと早く…いえ、あの2人を先行させなければ、と…」

 

 そんな風に自分を卑下するようなことを言うシオンの肩を忍はそっと抱き寄せた。

 

「………真面目だな、シオンは…」

 

「………………………」

 

 真面目と言われ、少しだけ心外だというような表情をするシオンに忍は小さく語りかけた。

 

「ま、気持ちはわかるつもりだ。ここだけの話。俺だって親友を助けようとして、そのまま一緒に奈落に落ちた。その後、親友に何があったかまではわからん。でも、結局のところ…俺は親友の一番苦しかった時、近くにさえ行けなかった。自分の身を守る程度で精一杯だったんだ」

 

「え…?」

 

 その言葉にシオンはちょっと驚いたように忍の顔を見る。

 

「まぁ、それが今では化け物だのと言われたり…個人的には覇王のつもりなんだがな…」

 

 そう言うとシオンの肩から手を離し、少し距離が開いてしまったハジメ達を追うように歩き出す。

 

「忍殿…」

 

「だからさ。シオンもあんま考え過ぎるなよ。実際、白崎さんは生きてんだし」

 

「だからと言って…」

 

「そんなに気になるなら、帰ってから本人に直接聞けばいい。ついでに、前を歩いてる八重樫さんにも聞いたらどうだ?」

 

「それは…」

 

「何なら俺も付き添うからよ」

 

 そうしてハジメ達に追いつきながら忍がそう提案する。

 

「何の話だ?」

 

 追いついた忍の声が聞こえたのか、ハジメが尋ねてくる。見れば、険しい眼をした雫がハジメを見ていた。

 

「ん~? うちの可愛い巫女ちゃんの1人が色々と悩んでてな。八重樫さん、一つ聞いていいかい?」

 

「え? 私? 何よ?」

 

 急に話題を振られて慌てて雫が忍の方を見る。

 

「5日前。白崎さんを守れなかったシオンを、どう思う?」

 

 まさか、いきなり聞くとは思わずシオンもギョッとし、話題を振られた雫も驚いた様子だった。

 

「俺は途中からしか見てなかったが…白崎さんが檜山に刺されてた時、シオンからも怒りの感情を感じた。白崎さんを守れなかった事実が今もシオンに影を落としててな。ここは白崎さんの親友たる八重樫さんから何か言ってもらおうかと…」

 

「そうね…」

 

 忍の言い分を聞き、しばし思案した後の雫の答えは…。

 

「5日前は、どうして一緒にいなかったのとか…後から出てきて怒りを振り撒いてなんだったのとか…そんな風に考えてたのは事実よ」

 

「………………………」

 

「でも…香織が生きててくれて、本当に嬉しかった。そして、そんな香織のことを本気で考えてくれてたんだと思ったら…ありがたいな、って…」

 

「え…?」

 

「付き合いはきっと短いですけど、その短い間に仲間だと認識してくれてるんだなって考えると…ちょっと複雑だけど、あの時本気で怒ってくれてたんだって考えると、ありがとう、と言わせてもらいたいですね。聞けば、香織とリリィが突っ走ったのも私達の危機が原因だったと聞きますし、私ももう気にしてませんから」

 

「ぁ…」

 

 雫の答えを聞き、シオンの眼から一筋の涙が流れ落ちる。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「は、はい。平気です…ちょっと安心してしまって…」

 

 すぐさま涙を拭うと、シオンは何事もないように振舞った。

 

「な? 大丈夫だったろ?」

 

 そんなシオンに軽いウインクをしてから忍はそう言っていた。

 

「……はい」

 

 そう答えるシオンの笑みは、何だか晴れやかに見えた。

 

 

 

 その後、ハジメ達は無事にギルド本部に到着した。ギルド本部は現在数多くの冒険者達がひっきりなしに出入りしている。王都侵攻に伴って依頼も増えているらしい。

 

 そして、ハジメ達がギルド本部に入ると、ざっと10列以上はあるだろう巨大なカウンターへと向かう。冒険者でごった返しになっているものの、そこは流石本部の受付嬢と言える。見事な処理速度で手続きを行い、回転率が凄まじいことになっていた。ちなみに補足しておくと、受付嬢は皆美人か可愛い子がほとんどだった。

 

「ハッハッハッ、親友も懲りんな~」

 

「………………………」

 

 忍の言葉に特に何も返さないハジメは、手をユエにニギニギされていたりする。そのニギニギもメリメリに変化しつつあるが…。その様子に雫とシオンも呆れた目をハジメに向けている。

 

「(なんで、お前はそんな平然としてられるんだよ?)」

 

 思わず、念話で忍に問いかけるハジメだった。

 

「(ハッハッハッ、そこはほれ、親友は幻想を抱き過ぎなんだよ。確かに美人も可愛い子も多いが…それはそれ、これはこれ、ってな具合に区切りを付けとかないとね。俺の傍には明香音…はいないが、巫女ちゃんズがいるし)」

 

「(解せん…)」

 

 忍の答えにハジメは心底解せないという表情で忍を見る。同じオタク趣味を持っていても、この差は何なのか? と地味に本気で思い悩むハジメだったが、順番が回ってきたようでステータスプレートと資料を取り出し、横にいた忍も一応ステータスプレートを取り出して、受付に提出する。

 

「依頼完了の報告なんだが、フューレン支部のイルワ支部長に本部から伝言を頼むことは可能か?」

 

「あ、ちなみに俺は親友と掛け持ちしてるようなもんなんであまり気にしないでくださいな」

 

「はい? 指名依頼、の掛け持ち、ですか? すみません、少々お待ちください…」

 

 ハジメの言葉に受付嬢が困惑しながらもハジメと忍の提示したステータスプレートに目を通す。と、すまし顔がギョッとしたような表情になり、2人の顔とステータスプレートを見比べてから、慌てて立ち上がる。

 

「な、南雲 ハジメ様とべ、紅神 忍様で間違いございませんか?」

 

「? あぁ、ステータスプレートに表記されてる通りだが?」

 

「どうかしたんで?」

 

 2人が首を傾げていると、受付嬢がこのように言った。

 

「申し訳ありませんが、応接室までお越し頂けますか? お2人がギルドに訪れた際は奥に通すようにと通達されておりまして…すぐにギルドマスターを呼んで参ります」

 

「は? いや、俺達は依頼完了の報告をイルワ支部長に伝言してほしいだけなんだが……それにこの後、大結界の修復にも行かないとだしな」

 

「えっと、そこをなんとか…というか、すぐに私がギルドマスターを呼びに行きますので、少々お待ちください!」

 

 言うが早いか、受付嬢はそう言い残してハジメと忍のステータスプレートと、ミュウ送還の証明書類を持って奥へと引っ込んでしまった。

 

「………………………」

 

「まぁまぁ、親友。あんだけ大暴れしてりゃ上層部も会いたくなるってもんだ。ちょっと我慢して待ってようぜ?」

 

 憮然としているハジメに忍が声を掛けて宥め、しばらく待つことにした。

 

 そして、待つことしばし。ハジメが"もうイルワへの報告なんてどうでもよくね?"と考え始めた頃、奥の方から顎鬚たっぷり生やした細目の老人(異様な覇気を纏っている)が先程の受付嬢と共に現れた。

 

「(絶対雄叫び上げながら上半身の服を筋肉だけで吹き飛ばすマッチョ爺の類だろ…)」

 

「(俺もあれくらいの覇気を習得すべきか?)」

 

 その老人を見てハジメは失礼なこと、忍は感嘆した感想をそれぞれ抱いていた。それはともかくとして、この老人がギルドマスターであることに間違いないらしく、周囲がにわかに騒ぎだす。老人…『バルス・ラプタ』がハジメと忍に声を掛けたのもあってギルド内の騒ぎも大きくなりつつあったが、ギルドマスター曰く『イルワから連絡があったので一目会いたかっただけ』とのことらしい。これといった面倒事はなかったので、ハジメはホッと胸を撫で下ろす気持ちだったが、トラブル体質はこんなことでは回避出来ないのだ。

 

「バルス殿、僕にも彼等を紹介してくれないか?」

 

 そんなことを言って近寄ってきたのは金髪のイケメンだった。その後ろには美女を4人も侍らせている。明らかに面倒事がやってきたな、とハジメが物凄く嫌そうな顔をする。ちなみに周りでヒソヒソ話してる冒険者達から、目の前のイケメンは"金"ランクで『"閃刃"のアベル』というらしいことが判明。

 

 ギルドマスターも律儀なことでアベルにハジメと忍が同じ"金"ランクの冒険者だと説明し、周囲の騒ぎも大きくなる。紹介されたからと言って真面目に対応する程、ハジメは出来た人間ではなく、さっさとギルドから出ようとしたが、アベルが通せんぼしてしまう。どうにも彼はハジメや忍よりもその傍にいるユエと雫、シオンに興味を抱いてるようだった。

 

「ふ~ん…君達が、"金"ねぇ~。かなり若いみたいだけど…一体どんな手を使ったんだい? まともな方法じゃないんだろ? あぁ、まともじゃないなら言えないよね。配慮が足りなくてすまないねぇ」

 

 などと口にするので、ハジメはアベルに対応する気はもう微塵も残っていなかったが…

 

「ハッハッハッ、そういうアンタこそ顔だけでなったんじゃねぇの?」

 

 忍は違ったようでハジメの代わりに対応していた。

 

「……なんだって?」

 

「だから、顔だけで金になっちゃったんじゃねぇの?、って。いるよねぇ。そういう勘違い野郎って。ま、金なんだからそれなりに腕も立つんだろうけどさ」

 

「ふん、そんなの当たり前…」

 

 忍の言葉にアベルが何かを言う前に…

 

「あ、でも…こういう奴に限って裏で女の子を食い物にしてそうで生理的に受け付けんわ」

 

「な…!?」

 

 真っ向から毒を吐き返し、アベルも顔を真っ赤にして怒りを抱いていた。

 

「君達も気を付けなよ? 同じ"金"なのに、こうやって難癖付けるって大抵自分にも触れられたくないことがあるもんだからさ。まぁ、それでもいいなら別にどうでもいいし、気に障ったらゴメンね?」

 

 忍はアベルに侍ってる美女達に忠告してからシオンの肩を抱き寄せ…

 

「あと、シオンに近寄ろうとすんな。ついでに往来の邪魔だし、そろそろ退いてくんね? 金(笑)の先輩?」

 

 笑顔で毒を吐いて堂々とアベルの横を通り過ぎる。そんな忍に倣い、ハジメ達もアベルを素通りしたのだが…

 

「あらぁ~ん、そこにいるのはハジメさんと、忍お兄様に、ユエお姉様じゃないのぉ~?」

 

「ッ!?」

 

「あん?」

 

 そんな野太い声にハジメは咄嗟にドンナーに手を掛けて身構え、忍は"はて、知り合いなんぞいたか?"と疑問顔でそれぞれ振り返る。

 

 そこには劇画のような濃ゆい顔に2メートル近くはあるだろう身長と全身を覆う筋肉の鎧…だが、髪型は赤毛を可愛らしいリボンでツインテールに結い、服装はフリル沢山の浴衣ドレスという装い。漢女だ。ブルックの町にいたクリスタベル、とは別人である。

 

「………………………」

 

「(フルフル)」

 

 ハジメが忍に確認のために視線を向けると、忍は首を横に振った。つまり、匂いが違うので別人であるという証拠だ。

 

 ちなみに謎の漢女にロックオンされたアベルだったが、簡単にハグを受けて戦意喪失。さらにはユエに股間を撃ち抜かれ、男としての人生を終えたのだった。その後、彼がどうなったかは…多くは語るまい。

 

 そして、当の漢女はというと…

 

「お三方とも元気そうで何よりだわぁ~」

 

「……いや、誰だよ、お前。クリスタベルの知り合いか?」

 

 ハジメ達に絡んでいた。ちなみに雫はハジメを盾にするような形でハジメの背に隠れている。

 

「あら、私としたことが挨拶もせずに………この姿じゃわからないわよねん? 以前、ユエお姉様に告白して文字通り玉砕した男なのだけれど…覚えてるかしらん?」

 

「……あ、ホントに?」

 

 ユエがブルックでの出来事を思い出したのか、漢女を仰ぎ見る。

 

「あの時は本当に愚かだったわん。ごめんなさいね? ユエお姉様」

 

「……ん、立派になった。新しい人生、謳歌するといい」

 

「んふ♪ お姉様ならそう言ってくれると思ったわん」

 

 ちなみに漢女…名を『マリアベル(クリスタベル命名)』と言い、彼女の言葉からクリスタベルの元に続々と漢女道の入門者が大勢来ているらしく、店舗拡大も考えているそうだ。

 

「ちなみに何故俺はお兄様なんだい?」

 

「町の子達に倣ってそう呼ぶようにしてるのよん。嫌だったかしら?」

 

「いや、別に俺は気にしてないぞ。まぁ、実の妹がいるのは確かだしな。流石に様付けはされてないが…」

 

「あら、その話題は町でしない方が良さそうね。暴動が起きかねないわ」

 

「そこまでなのか…」

 

 そんな風にユエと忍がマリアベルと平然と話しているのを見ながらハジメは一刻も早くこの世界からの脱出を決意していたりするが…。

 

「自業自得でしょうに…」

 

 雫がハジメの背からそのように呟くと、それにイラッときたハジメが大人気もなく雫をマリアベルへと突き飛ばしていた。結果、マリアベルに気に入られたためかハグを受けて雫が青ざめるということがあった。そして、マリアベルと別れた後にハジメと雫が盛大な喧嘩をしたのだが…まぁ、傍から見たらなんとやら。忍は面白そうに傍観してたが…。

 

………

……

 

 その後、当初の目的である大結界の修復へと向かったハジメ達は、無事に目的を達したのだが…その手際を見たハイリヒ王国直属の筆頭錬成師『ウォルペン』を始め、多くの錬成師がハジメに弟子入り希望してきた上、ハジメから錬成の極意を聞き出そうと王都中の職人を巻き込んだ鬼ごっこが始まったのだ。

 

「やっぱ、親友のトラブル体質の方が強いみたいだな」

 

「助けなくていいのですか?」

 

「いいのいいの。その内、収まるっしょ」

 

 付き添いでついてきてた忍はシオンと共に王宮へと早々に帰っていったのだった。ちなみにユエと雫も先に王宮に戻っていたりする。

 

 最終的に王族の介入もあって鬼ごっこは収拾したが、ハジメの疲労感は半端なかったようだ。

 

 

 

 王宮へと戻ってきたハジメはユエや雫と合流したらしく、忍とシオンは別行動を取っていた。

 

「ただいま~」

 

「ただいま戻りました」

 

 忍はシオンを伴って宛がわれた部屋へと戻り、中にいるだろうセレナとファルに声を掛ける。

 

「あ、お帰り」

 

「………………………」

 

 セレナは返事をしたが、ファルは窓から外をボ~ッと眺めていた。

 

「夕飯までもう少し時間があるし、俺はひと眠りするわ」

 

 言うが早いか、ベッドの上に身を投げると忍は目を閉じてしまった。

 

「親友が来たら起こしてくれ」

 

 最後にそう言い残し、忍は意識を落としていった。

 

………

……

 

 それは5日前に神山で入手した覇王と邂逅した時の夢だった。

 

『我が覇王の魂を継ぐ者よ』

 

 いつもの前口上を紡ぐのは、純白の空間に溶けてしまいそうな程の純白の毛並みを持ちながらも輪郭がくっきりとわかり、先っぽが蒼く染まった九つもの尾と前足に異形の篭手を装着した黄色い瞳を持った狐だった。

 

『我が名は武を司る鬼、"武鬼(ぶき)"。汝、希望と絶望を胸に武の頂へと挑み、極めよ。希望とは未来への道標、絶望とは過去での罪の数。それらを超えし時、我の持つ"武天十鬼(ぶてんじっき)"の力が顕現せり。我が内に眠りし十の魂を震わせ、従えてみせよ。さすれば、十鬼の魂は汝と共に歩まん。覇道の先の真道を目指すが良い』

 

 他の覇王とも異なことを伝えてきた今回の覇王は覇道の先…『真道』を目指すことも視野に入れろということだろうか?

 

………

……

 

 ゆさゆさ。

 

「ん?」

 

 身体を揺さぶられて忍の意識が覚醒する。

 

「南雲達が夕食にするって」

 

「もうそんな時間か。わかった。今行くよ」

 

 なんだかんだ眠ってたんだな、と思いつつも忍はベッドから起き上がるとセレナ達を連れて王宮内の食堂へと向かう。

 

 

 

 食堂でハジメ達を見つけた忍達だが、なんだかユエを除く女性陣が微妙にピリピリした空気が漂っていた。

 

「どったの?」

 

「あ、シノブさん! 聞いてくださいよ! ハジメさんったら…」

 

 忍が座席に着くと、ハジメの左隣に座って忍とも隣り合ったシアが事情を説明した。曰く『ハジメが先生にトドメを刺した』らしいと。

 

「ハッハッハッ、遂にフラグの完全回収か。いやぁ、俺が寝てる合間に親友はそんなこともしてたのか。俺も後で寄ってくるか。無論、メルドの旦那に手向けるためにな」

 

 盛大な笑い声が食堂に響き渡り、忍も後で忠霊塔の石碑版に行くと決めたらしい。

 

「おや?」

 

「どした?」

 

「いや、団体様のお越しのようだぜ?」

 

 しばらく仲間内で団欒してたが、忍が匂いで察知したのか、そのように呟いていた。すると、食堂に異世界組…つまり、愛子や光輝達生徒組がやってきたのだ。しかも香織の勧めで雫が香織の隣に座ったことで忍達とは反対側の座席に座ることとなっていた。

 

 そうして食事をしている間にもハジメへの"あ~ん"合戦があり、それを微笑ましそうに見てた忍が笑ったり、女生徒達が恋バナのネタを見つけてきゃいきゃいしたり、男子生徒が嫉妬と羨望の目を向けたりした中…

 

「そういや、園部さん、参加しないのか?」

 

 忍が優花に声を掛けていた。

 

「は、はぁ!? 紅神、何言ってんの!?」

 

 いきなり声を掛けられた優花は妙に慌てた様子だった。

 

「いや、親友のことが気になってるかと思ってな。老婆心から提案させてもらった」

 

 キリッとしたような表情でそんなことを言う忍に対し…

 

「ば、ばばばば、馬鹿じゃないの!? なんで、私が南雲に"あ~ん"しなきゃならないのよ!?」

 

 という至極当然の反論が放たれる。が、しかし…

 

「ふむ? 俺は別に"あ~ん"に参加しろとは言っていないぞ?」

 

「……………………へ?」

 

 忍の言葉に優花が間抜けな表情をし、その場のほぼ全員の眼が優花に向けられる。

 

「俺は"会話"に参加したら、という意味合いで言ったんだが……そうか、親友に"あ~ん"したかったのか」

 

「なっ!?///」

 

 勝手にうんうん頷く忍の言葉に優花の顔がみるみる赤くなっていき…

 

「この潜在犯め」

 

「~~~~~っ!!////」

 

 何の潜在犯かはこの際置いておくとして、その言葉にキレた優花が投げナイフを取り出す。

 

「ちょっ!? 優花っち! 食堂でそれはマズいって!!?」

 

「離して、奈々! 紅神だけはここで始末してあげるから!!////」

 

「ハッハッハッ、恨むなら自分を恨むがいいさ」

 

「殺す!!////」

 

「紅神っちも煽んないでよ!?」

 

 という一幕があり、ハジメパーティーの女性陣(と愛子)が優花に警戒の目を向けていた。

 

「誤解! 誤解なんだってばぁ~!!////」

 

 その後、ティオのご褒美問題があってさらに食堂がカオスとなり、ハジメを見る目が魔王を見るようなものに変わってたりもするが、たった一日で様々な騒動に巻き込まれるハジメは真のトラブル体質保持者とも言えた。まぁ、他のメンバーも大なり小なりのトラブル体質持ちではあるが…。

 

 それはともかくとして、明日にはリリアーナも伴って王都を出て帝国領へと向かうのだ。何事もないと祈るばかりだったとか…。


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