帝国から解放された亜人達は、フェルニルの下に急遽設けられたゴンドラに乗って空の旅をしていた。解放された亜人族は数千人にも及ぶため、全員をフェルニルに乗せることが出来ないので、このような措置を取っていた。
ただ、樹海に送り届けるだけならば、転移でもよかったのだが、それでは『亜人族は神の意志で解放された』という名目上、示しがあまりつかないとなったので、記憶に残る手段。つまり、空飛ぶ物体によっての帰還となったのだ。
しかしながら、数千人規模を運ぶ代償としてフェルニルを起動させることが出来るハジメと忍には結構な負担になっている。現在、忍は仮眠室で休憩しており、ハジメが操縦しているが、ハジメも忍もこの際だからと魔力制御の訓練も兼ねていたりする。余計に神経を使いそうだが、これも努力を怠らないハジメと忍なりのやり方だろう。
そんな中、フェアベルゲンに宣誓を伝えるためにガハルドや、見届け人としてリリアーナも同行している。光輝達勇者パーティーも大迷宮に挑むために一緒だ。
ガハルドがハジメに飛行艇を強請るも取り付く島もなく、逆に見せつけたことで空気を吸いに甲板に出て行った。その際、女性陣にもちょっとした争いが勃発したが…ハジメは自然体で特に何もしなかった。まぁ、女性陣のじゃれ合いは一種のコミュニケーションという側面もあるが…。
そして、一行はフェアベルゲンへと舞い降りた。そう…物理的に…。
フェアベルゲンの広場はフェルニルやゴンドラで一杯になりつつもゴンドラから降りた亜人達と、フェアベルゲンの住民達は唖然としながらも再会を喜び合った。
そんな中、フェルニルから降り立ったハジメ達一行に長老衆が駆け寄ってきた。一応、降りる時に折った樹などはユエが再生魔法で修復したが…。
ともかく、ハジメは長老衆にこの亜人解放はハウリア族が帝国に勝利した結果だと伝え、アルフレリックもそれを再度確認するように認めていた。
その際、カムが戦力増強のために演説めいたことして兎人族の何人かはその瞳に炎を灯していたとか、どうとか…。
それから一行はアルテナの案内で広間へと向かい、長老衆と対面するような形でカム達ハウリア族、ガハルド、ハジメ一行といった具合に座った。そして、ガハルドの口から敗北宣言と、宣誓についてを語り、長老衆を納得させた。その後、用が済んだガハルドをハジメが問答無用で開いたゲートの向こう側…つまり、帝国へと送り返していた。正直、皇帝に対する扱いではないのだが、それを見たリリアーナがちょっとだけ仲間意識を持ったとか…。
さらに話題はガハルドからハウリア族のことに移り、カムが新たな長老衆への在籍を断ったため、フェアベルゲンと同盟関係として外部組織みたいな立ち位置に落ち着いた。その際、カムが勝手に大樹近辺と樹海南部の土地を縄張りにすると言ったため、長老衆…アルフレリックも頭が痛そうだったが…。
ちなみに一行は大樹へ行くための次の周期…2日後までフェアベルゲンに滞在することが決まった。ハジメ達は宛がわれた部屋で寛ぐことに、光輝達は何か出来ることがないかと飛び出していった。
そんな中、忍はというと…
「さてはて…どう会ったもんかね」
置いてけぼりにした巫女達にどう会ったものかと、夜のフェアベルゲンの樹の枝に座って考えていた。
「月が綺麗だ……こういうのを幻想的というんだろうな」
樹海の樹々の合間から見える月を見上げながら、そのような感想を抱く。ちなみに下の方では奴隷だった亜人達の帰還を祝って宴会が開かれているのだろうか、喧騒が聞こえてくる。
「明香音…」
月を見上げながら忍は、地球にいる幼馴染みであり、恋人の名を呟いていた。
「あの日からもう半年近くは経ったか。もし時間の流れが同じだとして…明香音は、俺のことを覚えてくれてるかな…?」
そんなことを呟きつつも、それを確かめる術がないもどかしさに苦笑を浮かべる。
「ダメだな…必ず帰って安心させてやらねぇと。あいつ、アレで案外脆い部分もあるしな……あ、でも、その隙を突かれて知らない男に言い寄られてたりしてねぇよな? いや、あいつは身持ち堅いし…心配ないだろうが………むしろ、心配かけてんのは俺か……帰ったら一発殴られるのも覚悟しとくか…」
そんな風に樹の枝の上で独り言ちる忍は、不意に覚えのある匂いを感じ取った。
「ま、帰還後のことより、まずは目の前の問題だよな…」
そう呟くと、樹の枝から降りて喧騒から離れるように歩き出す。
しばらく歩いていると、少し開けた小さな広場へと出た。
「……………………」
その広場の中心に立つ忍を月明かりが照らす。その月明かりは…まるで忍を断罪するかのような…そんな風にも見えなくはなかった。
「……答えは、出たのか?」
忍が問うと、広場に6人分の人影が立ち入る。
『……………………』
言わずもがな…セレナ、ジェシカ、レイラ、ティアラ、シオン、ファルだ。
「答える前に、一つだけ聞かせて」
セレナが一歩前に出ると、忍に厳しい視線を送りながら問う。
「うん?」
「この場にシェーラがいたら…あの子にも同じことを言ったの?」
「この場に全員が揃っていたら、か………仮定の話をしても意味はないぞ?」
「いいから、答えて」
有無を言わさない雰囲気のセレナに対し、忍は…
「……そうだな。シェーラがこの場にいても……多分、言ったんじゃないか?」
そう答えていた。
「っ!!」
その答えにセレナから殺気が漏れ出す。
「? 質問の意図がわからないんだが…」
忍も今の質問の意図がわからず、首を傾げていると…
「あの子は…待ってみようかな、って言ってたのよ…」
セレナが絞り出すような声で言う。
「?」
「アンタが来るのを待ってみるのもいいかもって…あの子はそう言ってたのよ!!」
エリセン最後の夜にセレナとシェーラは短い会話をしていた。その心情を知っているセレナからしたら、今の忍の言葉はカチンときたらしい。
「……………………なに…?」
その言葉に忍も目を丸くしていた。
「それを…あの子の決意をダシにして…今更、自由にしよう? ふざけんじゃないわよ!!」
「……………………」
その叫びに忍が何も言えなくなっていると…
「私達は…巫女は……アンタを覇王なんて認めない!!」
「ッ!?」
「たとえ、覇王の魂が宿ってたとしても…今のアンタを認めてやるもんか!!」
セレナの宣言に忍も他の巫女を目で見るが、一様にセレナの言葉に同意しているようにも見えた。
「(そうか…これが、俺への
忍は右手で顔を覆うと月を見上げるように天を仰ぎ、今までのことを思い返す。
「(最初は"本当にどうでもよかった"んだ。親友と異世界ライフでも楽しめればとも考えてたか。でも…それもあの時に終わった。奈落に落ちて、俺は本当に帰りたいと願った。でも、力が圧倒的に不足してた。そんな時に親友と再会した。俺は、親友のやり方を真似て力を得た。そして、奈落の最下層で真実を知った。この世界のこと、覇王のこと、反逆者と呼ばれた解放者達のこと…でも…正直、"実感が湧かなかった"。俺自身も覇王とは名乗っていた。けど、その反面…俺は、"覇王なんて、どうでもいい"って考えてた。それが巫女だの新しい事実だの…ハッキリ言って、"煩わしかった"。俺には、明香音がいればよかった。ただただ、明香音と過ごす日々を大切にしたかった。けど、ここに明香音はいない。だからか、明香音の代用として巫女を許容してた。でも、全然ダメだった。俺が本当に欲しいと感じた温もりは…得られなかった。それは、俺も本当は心のどこかが壊れてるから? わからない…自分が、わからなくなってきた…)」
これが、忍の本心。今まで誰にも明かしてこなかった、心の闇。
「(戦闘はいつも無我夢中だった。親友に合わせてた部分も多大にある。俺は、"本気になってない"んだ。いつもそうだ。大抵のことはそつなく熟せる。でも、本気を出したら…"つまらない"って言われる。昔、俺と遊ぶと大抵の友達は"つまらない"って、遊ばなくなった。その中でも、明香音だけはいつも傍に居てくれた。だからこそ、俺は"本気になれない、なっちゃいけない"って考えるようになった。中途半端な能力なら、相手は楽しめるから…でも、俺は満たされない。本気を出すことでいつかは明香音からも見放されるんじゃないかって…正直、そう思えてた。だから、告白とかもしなかった。そういや、なんで今になって告白なんかしたんだっけ? 誰かに明香音を取られるのが嫌だったから? それもあるだろうな……でも、それより一番の理由…なんかなかったっけ?)」
忍は月を見上げながら、ふと右手の隙間から見える月の光を受け、明香音に告白した時のことがフラッシュバックした。
~~~
『なぁ、明香音』
『なに、しぃ君?』
学校から自宅への帰路の途中、何の気なしに聞いた言葉。
『俺が告白したら、お前、俺と付き合ってくれる?』
『ん~…しぃ君が本気ならね』
明香音の言葉に忍はしかめっ面を見せる。
『本気って…俺は本気ってのが嫌いなんだよ』
『知ってる。でも、しぃ君が本気で私に告白してくれたのなら、私もちゃんと応えるよ?』
『俺は…』
それでも踏ん切りのつかなそうな忍に、明香音が言う。
『大丈夫。私はいつでもしぃ君の味方だよ。だから、怖がらないで、ね?』
『……………………』
しばしの沈黙の後…
『……わぁったよ。俺は本気でお前が欲しいんだ。他の誰にもお前を渡したくない。だから…俺の、恋人になってくれるか?』
真っ直ぐに明香音の瞳を見つめながら言った言葉。
『…………うん、いいよ』
忍の眼を見て、それが本気なのだと確信してから明香音は微笑んでいた。
『じゃあ、これからもよろしくな、明香音』
『うん。それとね、しぃ君。これだけは約束して?』
嬉しそうに忍の腕を抱き寄せた明香音は、ぴとっと頭を忍の肩に乗せると追加注文をしていた。
『あん?』
『しぃ君が"本気"を嫌いなのは重々承知してるよ。でもね。もし、本気のしぃ君が必要になったら…ちゃんと本気になってね?』
『なんだよ、そりゃ?』
明香音の意味不明な言葉に忍も苦笑する。
『ふふ。さぁね? でも、私が好きになったしぃ君は、いつでも本気を出せるような、あの頃のしぃ君だから』
『まるで今の俺は本気を出してねぇ上に、好きじゃないような言い方しやがって…』
『でも、事実でしょ? ただ、好きなのは変わりないけど』
『……………………』
『だからね。本気になった今のしぃ君を、いつか、必ず見せてね? そしたら、また惚れ直すから』
『……へいへい、機会があったらな』
『うん。楽しみにしてるね♪』
その会話後、明日の昼飯を作ってくれる約束もしてから明香音を家に送り、自分も自宅に帰った。その時の月は、今のような優しい光を携えていたように感じたのだ。
~~~
そのことを明確に思い出した忍は…
「(あぁ…そうか。なんで、忘れてたんだろうな……こんな、大切なことを…)」
静かに、一筋の涙を流していた。
「? 忍?」
月明かりで照らされた忍の右手の隙間から光るものが見え、セレナが怪訝に思っていると…
「……………………よし、決めた」
忍が一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。
「俺は、今から"本気"になる」
『???』
その言葉に巫女達が顔を見合わせて首を傾げる。
「"本気"でお前達と向き合う。"本気"で世界を超えて帰ってやる。"本気"で大迷宮を攻略してやる。"本気"で覇王になってやる。そして、"本気"になった俺を明香音に見せつける!」
まるで新たな目的が出来たように瞳の奥から決意の焔が燃え盛っていた。
「え、えっと…?」
いきなりの"本気になる"宣言に巫女達も戸惑っていると…
「サンキューな。お前等のおかげで大切な約束を思い出せた。そして、本気で覇王になる決心もついた」
忍のあまりに生き生きとした表情に巫女達がポカンとしているにも関わらず、忍は言葉を続ける。
「お前達ともしっかり対話しないとな。シェーラがいないのは残念だが、ま、いる奴等だけでまずは話さないとな」
いつもの陽気に発せられる『ハッハッハッ』という笑いもせず、ギラリとした獰猛な視線で巫女達を見る。
『っ!!?』
巫女達はその視線を受け、自分の身を抱き寄せながらブルリと身体を震わせていた。
「安心しろ。夜は長いんだ。じっくりねっとり相互理解を深めようじゃねぇか。なぁ?」
忍がそう言った瞬間…
「ねっとりの意味が分からないんだけど!?」
「話よりも殴らせろ」
「確かに対話は必要ですが…」
「わぉ、なんだか野獣~」
「何故でしょう…身の危険を感じます…」
「……変なスイッチ入った?」
巫女達から六者六様の反応が返ってくる。
その後、巫女達の身に何が起きたかは…多くは語るまい。だが、収穫も大いにあったことだけは伝えておこう。忍が今まで溜め込んでいた心の内を巫女達に曝け出した結果、巫女達もまた忍に対する共有意識を持つことができ、それぞれの持つ覇王の巫女としてのスキルの理解を深めるようになっていた。
いずれ覇王の巫女のスキルを語る時もあるだろうが、今はまだ理解を深めただけで行使するレベルには達していなかったりするので、割愛するが…。
忍は思った。かつて獄帝との邂逅で言っていた言葉の真意は今回のことだったのかも、と。
大切な想いを思い出し、"本気"となった忍は、翌日も巫女達と共に過ごし、大迷宮攻略に備えた。次にハジメ達と会う時、忍はどのような変化を見せているのか…。