ハルツィナ大迷宮を攻略した一行は、フェアベルゲンへと戻って英気を養うことにしていた。
そんな大迷宮攻略の翌日の朝。
「うおっ!?」
忍が外を歩いていると、偶然にも十字架に磔にされた雫を近くに浮かべたハジメと遭遇し、驚きのあまり変な声を上げてしまった。
「なにしてんだ、ハジメ?」
「ん? あぁ、忍か。なに、ちょっとした訓練だ」
「いや、訓練て……というか、なんで八重樫さんと…?」
見ればぐっすりと眠りこけている雫を見ながら忍はハジメに問う。
「あぁ、なんか昨日の今日で訓練してた八重樫がいてな。黒刀強化したついでに俺も訓練してたら寝こけてたから…運ぶついでに重力石の訓練でもと思ってな」
「八重樫さん、ご愁傷様…」
ハジメの簡潔な説明に忍は雫に合掌する。
「で、運ぶ先は?」
「部屋知らねぇし、香織のとこでいいかなって」
「さいすか…」
ハジメの雑な扱いに再度雫に合掌を送る忍だった。
「そういうお前は?」
「ちょっと新しい覇王の能力の試運転だな。前の分も含めて調整しないとならないからな」
「そうか。ま、そっちも頑張れよ」
「あぁ」
そのような会話を交わしてから別れ、ハジメは宿舎に、忍は森へと足を運んでいった。
霧の立ち込める森の中…。
「ここでいいか」
人気がなく、ある程度の広さがある天然の広場へとやってきた忍は…
「『監獄結界』」
立方体型の黒い結界を展開し、外部との接触を遮断した。忍が焔を用いる関係上、森に燃え移って被害が出ないように張ったのもあるが、他にもこの結界がどれだけの強度を持つか、自分の能力が外部に漏れないように、といった意図もあった。
「顕現せよ、『武天十鬼』」
ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!
忍が呟いた瞬間、10もの色とりどりの焔(配色は白銀、赤、黄、青、水、深緑、薄緑、茶、灰、紫)が忍の周囲に現れる。
「ふむ、魂だけの状態なら全員を召喚することも可能か。が、これが実体を持たせての顕現だったり、武具顕現を使うとなると話が違うんだよな…」
周囲の焔…鬼火とも言える、それらを見ながら忍は自らが得た能力の分析を行う。
「次が最後の大迷宮だからな。それまでにいくつか掌握しておきたいが…」
ふよふよと浮かぶ鬼火を眺めながら忍は思案する。
「(皇龍の支配の力を使うか? いや、それでは意味がない。他の覇王の力で支配したところでそれは仮初…いや、下手したら機能を十分に発揮出来ない可能性も高い。だったら、実力を伸ばすしかないか…となると、問題はやっぱ武の頂に迫る技量を身に付けないとか……本気を出すと言った手前、やらないこともないが…はたして、我流がどこまで通じるか…)」
武鬼の言っていた"武の頂"をどう捉えていいのか、忍は悩んでいた。我流も極めれば、相応の境地へと至れるのではないのか、と…。
「(まぁ、そんな簡単には答えは出ないか…)」
そう考えてから、フッと鬼火を消すと忍は次の能力を発動する。
「『
呟いた瞬間、まるで龍の鱗のような六角形型の障壁が忍の四肢の表面に展開される。
「ふむ、これはこれで使い勝手が良さそうだな」
軽く我流の体術紛いの動きをしながらスキルの感覚を覚える。
「支配、は対象がいないから現状無理か。どういう風に支配するのか試したかったが…まぁ、スキルがスキルだし、こればかりは下手なことも出来んか」
支配というスキルを試したかったようだが、下手なことをしたくなかった忍は監獄結界内で色々と技を試すことにしていた。
それから一通り技の精度を高めた忍は…
「よし、とりあえずはこんなもんかな?」
ひとまずだいぶボロボロとなりつつあった監獄結界を解除し、外へと出ていた。
「ん~…そろそろ飯でも食いに行くか」
体感的に飯時だと判断し、宿舎へと戻ることにした。宿舎の1階に食堂があるからだ。
そして、到着した食堂では…
「オラオラオラオラッ! やめてほしかったら、ハジメさんに色目を使わないと誓いやがれですぅ!!」
「やぁあああ!! 恥ずかしいのぉ~~!!」
なんかシアがアルテナにキン肉バスターを決めていた。
「……………………」
そのあまりにもあまりな光景に二の句が出てこず、忍はハジメとユエを見た。
「「……………………」」
2人共、ティオの方を物凄く嫌そうな表情で見ていた。そして、そんな目を向けられているティオは…まるで"仲間"を見つけたような、慈愛に満ちた表情だった。なんの"仲間"かは…まぁ、推して知るべし。
「シア、その辺にしとけよ」
見兼ねたハジメがシアを止めようとするが、シアが断固としてアルテナから言質を取るまでやめるつもりがないようなことを言うので、仕方ないとばかりにハジメが動く。
「ふぇ?」
ハジメが席を立ってシアを抱き寄せる。
「「あっ」」
「(おや?)」
その様子を見てた香織と雫から声が漏れ、それを耳聡く聞いた忍は少し笑いを堪えるようにしながらも事の成り行きを見守る。
「シア、ユエはお前のライバルか?」
「え? ユエさん? いえ、ライバルだなんて、ユエさんは特別ですよ…………あの?」
「なら、既にお前にライバルなんて存在しない。少なくとも、俺はシアを他の女と同列に語るつもりはない。アルテナとシアを天秤にかけるなんて有り得ない。それなら、俺はシアを優先するし、特別扱いもする」
「は、ハジメさん……///」
不意打ちの言葉に赤面するシアと、その言葉に固まるユエと忍以外の面々。
「(ハジメも遂に心を砕き始めたか。良い傾向だな…)」
忍が妙に優しい眼差しをハジメに送っていると…
「それとな、シア。アルテナに関しては、俺じゃなくて、むしろお前にちょっかいを掛けてるんだと思うぞ?」
「ほぇ? な、なんです? え? 私?」
ハジメの言葉に再びアルテナに視線が集中する。
「えっと、私にちょっかいって……やっぱり、ハジメさんのことで気に食わないってことじゃ…?」
「ち、違いますわ! シアさんのことを悪くなんて思っていません! ただ、わたくしはシアさんに遠慮なく"ああいうこと"をして頂きたいだけですわっ!!」
「え……」
その言葉を聞き、シアがハジメに縋りつくように後退ってドン引きする。
「へ、変態…?」
「ち、違いますわっ! シアさんは誤解しています! わたくしは、ただシアさんと仲良くしたいだけです!」
「わ、私と、ですか?」
曰く、『お姫様扱いばかりされてて、対等な友人というのが出来なかった』らしい。だから、どうやって友人を作るのかもわからず、ハジメに近付いてシアに構ってもらえることに、妙な嬉しさを覚えていたという。
ともかく、そういった事情であればシアも無下には出来ないと、アルテナの友達になることを承諾して握手をしたのだったが…
「?」
何故だか知らないが、アルテナがシアの手を離そうとしない。
「あの、アルテナさん? そろそろ手を…」
「わたくしのことは、どうか"アルテナ"と呼び捨てに。わたくしも"シア"と呼びますわ。し、親友なら普通ですわよね?」
「(あれ? 何だかやっぱり、この娘、ヤバくないですか?)」
友達になって即親友呼び…という一足飛びな状況にシアが冷や汗を掻く。
「そ、それで、シア。今度はどんな技を掛けてくださいますの?」
「はい?」
「とっても恥ずかしくて、痺れるように絶妙な痛さで、シアの温もりが伝わってきて……わたくし、シアの親友ですから、もっともっと色んな技を掛けてくださっていいのですよ? もっと、わたくし"で"遊んでくださっていいのですよ?」
「---ッ!?!!?」
それを聞いた瞬間、シアがアルテナの手を振りほどいてズザザザザーっと壁際まで後退った。
「な、何が親友ですか!? やっぱり、ただの変態じゃないですか!!?」
「そんな! わたくしはただ、明日には旅立ってしまうシアと少しでも同じ時間を過ごしたいだけです!」
「だったら、なんでわたくし"で"遊んでほしいになるんですか! そこは"と"でしょうに!」
「?」
シアの物言いにキョトンとするアルテナに薄ら寒いものを感じたらしく、シアが逃亡しようとする。
「流石、俺のシア。苦労を分かち合ってくれるなんて感激だな」
そんなことを言うハジメは助ける気が無さそうだ。涙目になったシアは食堂の窓から正に脱兎の如く逃げることを選択した。が、しかし、アルテナはその妙に高い身体能力でシアを追走し始めてしまった。意外なことに速いアルテナの足にはシアも驚いていたようだが…。
そんなことがあった中…
「……ハジメ君。さっきのはどういうことかな? かな?」
香織が、何故だか目元部分だけ薄暗くなっており、ノイントの冷え冷えとした美貌と相俟って物凄い迫力でハジメに迫っていたのだ。
「なんとなく感じてはいたんだけど……シアも"特別"になったの? いつ? どうして? 何があったの?」
問い詰めてくる香織に、ハジメは指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「あ~、なんというか、だな。どうやら、俺はユエとは同列に語れないくせに、それでもシアに対して独占欲を持っているらしいと、少し前に自覚してな。ユエの助言もあって、シアに対しては相応の態度でいこうと決めたんだ。特に何があったという訳じゃない」
「そ、それは、シアに恋愛感情があるってこと?」
「それは……よくわからない。違うような気もするが………ただ、愛おしいとは思う」
そんなハジメの心情を聞かされた食堂にいる面々は、その多くが何かとても甘いお菓子を頬張ったような表情となり、ユエとティオはどこか優しげな表情、忍はニヤニヤと笑い、雫は複雑な表情をしていた。
「……そっか。うん、わかった」
そして、問い詰めていた香織は納得顔をしたかと思えば、何故か嬉しそうに微笑みを零していた。
「ホント、俺には勿体ない奴ばかりだよ…」
そんなことを言いつつハジメは香織の頬をムニっとしていた。
「ふぇ? は、ハジメ君? それってどういう…」
ムニムニとハジメに頬を弄ばれる香織はなんとも嬉しそうにしながらも尋ねるが、ハジメは特に答えなかった。そして、ハジメは少し困ったような表情でユエを見やる。
「……………………」
当のユエもハジメの視線に気づき、クスリと笑みを零して軽く頷いた後、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべると手元のパンを少しちぎってスープに浸すと、そのまま香織目掛けてふやけたパンを指弾する。
ベチャ!
そんな音と共に香織のこめかみにふやけたパンが着弾する。ピクピクと頬が引き攣る香織は、ふやけたパンを食べてからユエに襲い掛かる。
「ユ~エ~!」
「……ふん、無駄な努力はやめて尻尾を巻いて帰るといい」
そう言って香織の手を掻い潜りながらユエもまたシアの出てった窓から外に飛び出す。その際、肩越しに振り返ると挑発的な笑みを浮かべていた。
「うぅ~!」
それが挑発だとわかっていても香織は銀翼を展開してユエを追いかけ始めた。
「仲が良いんだか、悪いんだか…」
その様子に忍がそんなことを呟いていた。
「ふむふむ。遂にご主人様もシアに陥落したようじゃの。この分なら、妾と香織の溢れ出る魅力に堕ちる日も近そうじゃな」
そう言うティオはわざと胸元を寄せ、その凶悪な双丘を強調しながらハジメに向かってウインクを決める。その色気には食堂内の男性陣(ハジメと忍を除く)も前屈みになっていたが…
「香織はともかく、お前は無い」
その色気を一番受けているだろうハジメの言葉は何とも辛辣だった。
「っ!? ハァハァ、な、なんという強烈な言葉を……この愛おしいご主人様め! 的確に妾のツボを突きおって! ハァハァ、堪らん!」
もはや救いようのない変態の姿に前屈みになっていた男性陣も萎えたようで、全員ドン引きしている。
「やれやれ…」
そんな昼間の一幕を見ていた忍は肩を竦めていたのだった。
………
……
…
そして、その日の夕方。
「次が最後の大迷宮だ。だが、今回もお前達を連れてくことは出来ない。わかってくれるな?」
『……………………』
ハジメ達とは別行動を取った忍が巫女達と話をしていた。
「私だけでも、というのはダメでしょうか?」
「ファルのこともある。出来ればシオンは一緒にいてやってくれ」
シオンの提案に忍がそう返すと…
「……悪かったわね。足手纏いで」
珍しくムスッとした感じでファルが呟く。
「別にそういうんじゃないがな…。あと、セレナは痛感してると思うが、フェアベルゲン外での亜人族の戦闘力は上手く発揮できない。魔法のこともあるしな」
「ライセンの時に嫌っていう程してるから、わかってるわ」
この中で大迷宮を共にしたのは、実はセレナだけである。シオンはファルやセレナの護衛としてアンカジ公国やエリセンに留まっていたのだ。一応、神山で魂魄魔法を修得する機会はあったが、シオンはそれを辞退している。理由は『上手く言えませんが、私は神代魔法は習得しません。感覚的なことですが、そんな気がするのです』とのことだった。それは、覇王の巫女という立場からなのか…どうかは不明である。
「まぁ、大迷宮を攻略したらまた戻ってくるさ。地球への帰還も一筋縄にはいかなさそうだしな」
「狂った神ってやつか…」
忍の言葉にジェシカが反応する。巫女達には本気を出すと言った夜に狂った神のことを改めて語っていた。
「元凶が健在な以上、絶対にちょっかいを掛けてくるだろうしな」
「確かに。この世が神の盤上ならば、駒が勝手にいなくなるのを見過ごすのはあり得ませんね」
「まぁ、万事無事にいけば、御の字だが…そうそう簡単にはいかないわな」
忍の懸念にレイラも頷いていた。
「じゃあさ、忍はどうするの?」
「うん?」
「その神様が邪魔してきたら、どうするのかな、って」
ティアラの何気ない質問に忍は…
「決まってる。噛み砕いてやるさ。神ってのが召喚した覇王達の代わりにな」
不敵な笑みで返していた。
その後、忍は巫女達を連れてハジメ達と合流すると、最後の大迷宮があるシュネー雪原の氷雪洞窟には光輝達勇者パーティーも同行することが決まったことを聞く。鈴が揺るがぬ決意を瞳にハジメに頼み込んだのが発端らしく、それを聞いた忍も驚いていた。
そして、夜はそれぞれ思い思いの時間を過ごし、明日の出発に備えるのであった。