『シュネー雪原』。『ライセン大峡谷』によって真っ二つに分けられる大陸南側、その東にある一大雪原。年中曇天に覆われており、雪が降らない日が極稀にあるくらいで、晴れることはなく、ずっと雪と氷で覆われた大地が続いている。東の『ハルツィナ樹海』と南大陸中央に位置する魔人族の国『ガーランド魔王国』の間に挟まれているのだが、どういう訳かそこに壁でもあるかのようにピタリと雪も氷雪も突然区切られているという不思議な場所である。そのため、樹海にも魔国にも氷雪被害は一切出ていないという。
さらに雪原の奥地にはかなり大きな峡谷があり、氷と雪で出来たその峡谷の先に最後の大迷宮である『氷雪洞窟』があるらしい。一般的には、辿り着くまでに寒さなどで消耗して倒れるか、どうにか洞窟まで辿り着いたとしても誰1人として帰ってこなかったため、その生存困難性から、おそらくは大迷宮の1つと目されていた。
だが、ハジメ達はミレディから大迷宮の場所を聞いていたので、氷雪洞窟が大迷宮の1つだと確信を得ていたが…。
とまぁ、そういう事情もあり、フェルニルなんて飛行艇がある以上、馬鹿正直に歩いてやるものかと、一行は空から氷雪洞窟へと向かっていた。
そして、その雲の上を滑るようにして移動するフェルニルのブリッジでは…
「いやはや、部外者にとっては居心地が悪いね」
ハジメ達の醸し出す桃色空間(ハジメ、ユエ、シア、香織、ティオが原因)に同じくブリッジにいた忍が呆れるような、それでいて居心地悪そうに肩を竦めていた。
「お前も巫女連中を連れて来ればよかっただろうに」
「そこはそれ。分別はちゃんとつけとかないとね。第一、大半は神代魔法を習得出来ないって…シオンはともかく、ファルはどっちかと言えば、日常系だしな」
「シオンも妾離れの時かのぉ~」
などと言いながらも話題はハルツィナ大迷宮で手にした羅針盤に移る。
「いやぁ、まさか俺等が使っても魔力が不足するとはな…」
「それだけ地球が遠かったってことだろ。それよか、不思議と距離感までわかるとはな。概念魔法、恐るべしだな」
「そうだね。確かに不思議な感覚だったかも」
羅針盤に付与された概念魔法『望んだ場所を指し示す』。そのとんでも性能にはハジメや忍をして地球を索敵した途端、魔力枯渇に陥りそうになったほどだ。一応、魔晶石から魔力を補充したので2人共、気絶するという無様は晒さなかったが…。索敵する対象によって消費魔力も比例するのだろう。
「にしても…」
ハジメの左隣で妙に恥ずかしがるシアを見て忍が一言…
「初々しくて、見てられねぇや」
とても甘い砂糖菓子でも無理矢理頬張らせられたような表情でそう漏らす。
「うっせぇ。冷静に言われると、こっちもこっちで恥ずいんだよ」
「はいはい、ご馳走さまで」
「あぅ~///」
ちなみに昨夜は思い思いの夜を過ごしたのだが、ハジメはシアと共に過ごしていた。出歯亀はユエが徹底して排除したとか…。その中には森人族のお姫様も入っていたとかどうとか…。
「で、シアよ? ご主人様との初めての夜はどうじゃったんじゃ? ちょっと詳しく妾に教えてたもう」
そんなシアにティオがニヤニヤと笑いながらちょっかいを掛けていた。ちょっかい掛けられたシアは羞恥心がマッハで頂点に達していたが、ハジメがシアを抱き寄せると、ティオに義手による凄まじいデコピンを食らわせていた。
「うっわ…」
「今度は3人で…」
「次は私も…」
ティオに見舞ったデコピンの威力に忍が顔を引き攣らせる中、ユエと香織が何やら言っていたが…とりあえず、床にのた打ち回りながらも恍惚とした表情のティオはスルーの方向だった。
「い、いよいよ最後の大迷宮ですね! 早く攻略してミュウちゃんを迎えに行ってあげたいですね!」
そんな場の空気を変えようとシアが話題を逸らす。
「そうだな。それと、カム達との時間も作らないとな」
「ハジメさん…」
そんなハジメの気遣いの言葉にシアは首を横に振った。
「父様達とのお別れは十分に済ませました。だから、あまり気にしないでください。その方が父様達も嬉しいと思うので」
「そうか?」
「はい。ふふ、ミュウちゃんの時にも思いましたけど、ハジメさんって身内に対しては過保護ですよねぇ~」
そんなシアの言葉に…
「……ん、ハジメは甘々。溺れないようにしないといけない」
「あはは。確かに、ハジメ君に甘え過ぎるとダメになりそうだね」
ユエは悪戯っぽく、香織も可笑しそうにクスクスと笑みを零していた。
「……………………」
それを聞いたハジメは仏頂面となる。
「ククク…ダメな女製造機だってよ…」
「テメェ…」
それを傍から聞いていた忍が笑い声を殺しきれずにいるのと、それに対してハジメがドンナーに手を掛けようとするのと同時にブリッジに続くスライド式の扉が開いて光輝達が入ってきた。入った途端、足元で気持ち悪い笑みを浮かべるティオを見てギョッとするも、全員スルーしてハジメの向かい側のソファーに座る。
「アーティファクトの調子はどうだ? だいぶ慣れたか?」
ドンナーに伸ばした手を引っ込めてハジメが問うと…
「あ、あぁ。驚いたよ。出力は倍以上だし、新しい能力もかなり有用だ」
「いや、マジで凄いぜ! 空中を踏むって感覚は戸惑ったけどよ。慣れればマジ使える。重さを増減できるのも最高だな!」
「鈴も大満足だよ! 種類は限られるけど、今までとは比べ物にならないくらい結界を操れるんだもん。ありがとう、南雲君!」
「私も問題ないわ。むしろ、能力が多過ぎて実戦での選択に不安があるけど…そこは経験値を稼がないとならないわね」
概ね高評価のようだったが、光輝は少し複雑そうだった。あっさり強くなったことに対して思うところがあるのかもしれない。
「そいつは重畳。完全に使いこなせれば単純に考えても戦闘力は数倍になる。それなら魔人領に行っても問答無用で潰されることはないだろ。まぁ、せいぜい気張れよ」
「大盤振る舞いだねぇ。あと、ツンデレっぽいよな?」
「殺すぞ、テメェ?」
ハジメの言動に忍が茶々を入れて再びハジメがドンナーに手をかけようとする。が、次の瞬間にはハジメの眼がスッと細くなって真剣みを帯びる。
「……着いた?」
「いよいよか」
それを察してユエが尋ねて、忍も気を引き締めた。
「あぁ。雲の下に降りるぞ」
厚い雲を下に抜け、曇天が広がる極寒の白銀世界。一瞬にしてフェルニルの窓が凍てつく。
「グリューエン大火山の時の轍は踏まねぇよ。全員、俺が渡した防寒用アーティファクトを失くすなよ? それがあれば常に快適な大迷宮の旅が約束されるからな」
「快適な大迷宮の旅ってのもどうかと思うけどな」
「ほっとけ」
そう言い合うハジメと忍はそれぞれ鉱石を加したエンブレム(ハジメは十字型、忍は鯱型)を右手に嵌めたОFGの手の甲部分に着けていた。
「……ん、ハジメのお手製。素敵」
「ですねぇ~。雪の結晶をモチーフにしてる辺りがなかなかに憎いです」
「ハジメ君からの贈り物第三弾。えへへ」
ユエ、シア、香織には水色がかった半透明の石の内部が光を吸い込むように煌めく意匠を凝らした雪の結晶をモチーフにしたペンダント型の防寒用アーティファクトが贈られており、3人共ご満悦のようだ。
「……のぅ、ご主人様よ。何故、妾だけちっちゃな雪だるまなんじゃ? いや、これはこれで可愛いとは思うんじゃが……忍のエンブレムですら微妙に意匠を凝らしておるのに…妾も出来れば意匠を凝らしたアクセサリーを…」
そう、ティオだけはやたら前の忍のように陽気な笑い声を発しそうな雪だるま型のペンダントだったので、他の3人のペンダント、と忍のエンブレムをチラチラと見ながら物欲しそうな表情でハジメを見る。
「お前の性癖が快方に向かったら、祝いに何か贈ってやるよ」
「!? それはつまり、妾には一生女らしい贈り物はせんということか!?」
「なんでそうなるんだ?」
「……つまり、それは性癖が治らないのは確定事項ってことかよ」
若干うんざりしたようなハジメに縋るティオを見ながら雫と鈴が顔を見合わせる。
「……シズシズ。鈴達のなんか作った感すらないよね。どう見てもただの石ころだよ。これなら、まだ雪だるまの方がマシだよ」
「言わないで、鈴。扱いの歴然とした差に悲しくなるから…」
「そうかぁ? 別にただの石ころでも効果があるならいいじゃねぇか」
「……龍太郎、そういうことじゃないと思うぞ?」
一方で勇者パーティーにはただの鉱石に防寒効果を付与させただけの物を支給してる辺り、ハジメの中での扱いが分かるというものだ。
そうこうしている間にも、フェルニルは大きな大地の割れ目が幾条にも広がっている場所に辿り着く。これが『氷雪洞窟』に続く『氷雪の峡谷』であり、本来なら深い谷底を探索しながら進むだろうが、一行はフェルニルを使ってショートカットを行う。だが、それも峡谷の終わりまでのこと。そこから先は峡谷の幅が狭くなっており、上に氷雪が積もって巨大なドーム状の通路となっているようで、峡谷自体はまだ続いているのがわかった。
「しゃあない。あとは地上を歩いて進むか。洞窟までは1キロもないしな」
ちょっとした邪念を振り切りながらハジメは峡谷の上にフェルニルを着陸させ、外へと出る一行。ただ、身に付けた防寒用アーティファクトは一定範囲内の温度を適温にしてくれるだけで障壁などが発生するわけではないので、念のため着てきたコートを各自目深に被る。ただ1人を除いて…。
「わぁ! これが雪ですかぁ! シャクシャクしますぅ! ふわっふわですぅ!」
雪自体が初めてのシアが大はしゃぎで飛び出していた。そして、はしゃいだまま雪にダイブしてしまう。が、そこはちょうど峡谷に沿うように亀裂があったらしく、雪が崩れてシアが落ちていった。
「……………………」
それを呆れた表情で見た後、フェルニルを宝物庫に回収するハジメ。
「いやいやいや!? なんでそんな冷静なの!? シアさんが死んじゃうわよ!?」
「ひぃ!? シアシア~~!!」
あまりに落ち着き払っているハジメ達に雫と鈴が亀裂の下を覗き込む。光輝と龍太郎もまさかの事態に顔が真っ青になっていた。
「落ち着くのはお前等だ、ド阿呆共。シアがこの程度のことで死ぬと思うのか? それよりもだ。俺らも下に降りるぞ」
「……ん」
「うん」
「応」
そう言って崖から飛び降りたハジメに応えるようにユエ、香織、忍も崖の下へと飛び降りていく。そのなんともあっさりしたやり取りに下を覗き込んでいた鈴が涙目になった。そして、上に残ってた勇者パーティーもティオに強制的に落とされる鈴という犠牲で全員が飛び降り、最後にティオも飛び降りるのだった。
………
……
…
谷底へと降り立った一行は、真っ先に落っこちたシアとも合流し、羅針盤の導くままに峡谷を進んでいく。その道中、勇者パーティーの、ハジメによって魔改造されたアーティファクトによる経験値稼ぎも行いながらも『氷雪洞窟』へと踏み込むのだった。
『氷雪洞窟』。その中はまるでミラーハウスの如くクリスタルのような透明度の高い氷で覆われた大迷宮だった。さらに洞窟内にはどういう原理か、雪が舞っていて触れた瞬間に凍傷を起こす代物だ。あと、ライセンのように炎系魔法限定で阻害効果があるようだった。
「にしても、ハジメ様々だな」
防寒用アーティファクトや宝物庫、さらには羅針盤の存在からハジメ達は迷いなく大迷宮の通路を進んでいく。
「役に立って何よりだ。ああはなりたくないしな…」
そう言ってハジメの視線を辿ると、氷の壁の中に埋まっている男の姿があった。外傷一つない姿から寒さによって眠ってしまい、そのまま事切れたのだろうとは思うが…。
「……? ハジメさん。なんだか、あの死体…おかしくないですか?」
「言われてみれば、確かに不自然だな」
シアの言葉に忍も違和感を覚えたようで死体を観察している。
「ん? そういえば、やけに綺麗に壁の中に埋まってるな」
「はい。まるで座り込んだ場所まで氷の壁がせり出てきたような…」
「もしくは壁に取り込まれたか。とにかく、普通じゃねぇわな」
「ふむ…」
ハジメも2人の感じる違和感に死体を観察する。
「…………魔力反応は氷壁にも死体にも見えない。まぁ、念のために壊しておくか」
ドパンッ! ドパンッ!
昇華魔法によって強化措置を施されたドンナーから二条の閃光が放たれ、氷壁の中に埋まった男の頭と心臓を撃ち貫く。その光景に光輝が何か言いたそうだったが、特に何を言う訳でもなく開きかけた口を閉ざした。しばし、ハジメが死体を観察したが、特に変化もなかったのでそのまま一行は先を進んでいた。
羅針盤のおかげもあり、大迷宮の三分の一を踏破した一行。道中、トラップはあったが、魔物の襲撃はなかった。ある意味、不気味な静けさである。
そんな中、四辻に辿り着いた一行に大迷宮の試練が襲い掛かることとなる。
「む? 冷気の流れが微妙に変わった?」
「ハジメさん、何か来ます」
忍とシアがそれぞれ鼻とうさ耳を反応させた。
「魔物か? やっとおいでなすったか。何処からだ?」
「……四方、全部からです」
「なに? 後ろからもか?」
「間違いなく。どういう原理だろうな?」
2人の警告に背中合わせとなる一行の前に…
『ヴァア゛ア゛ア゛ア゛』
そのような唸り声と共に現れたのは、氷壁の中に埋まっていた死体だ。その大半は軍服を着た魔人族だったが、その全身には霜が張り付いており、瞳は赤黒くなっていた。
「ふん、やることは変わりないんだ。お前等、蹴散らすぞ!」
ハジメの掛け声が合図になったのか、凍てついた動く死体…フロストゾンビが一行に襲い掛かってくる。それをそれぞれ迎撃する一行だが、如何せん数が多かった。何より…
「うそ、再生してるの…?」
迎撃されたフロストゾンビの肉片が勝手に動いて集まると元の状態に戻ってしまっていた。しかも香織の分解で破壊された個体は氷壁を取り込むことで元の姿を維持していた。
「……あぁ? 近くにないだと?」
ある意味、無限とも言えるフロストゾンビの襲撃にメルジーネ海底遺跡にいた太古の怪物『悪食』を思い出したのか、ハジメがうんざりしたような表情をしながらも羅針盤で元凶たる魔石の位置を探すと、どうにも近くにないらしいことが判明した。
「ここにいてもジリ貧だ。なら、元凶を断ちに行くぞ!」
ハジメの声に全員が頷く。
「殿は任せろ!」
「よし、行くぞ!」
ハジメがオルカンを取り出して先陣を切り、殿に忍が陣取り…
「弾の節約も兼ねて能力で封じるか。『監獄結界・障壁ver』」
四辻の一角の通路に入ると、忍は漆黒の壁を作ってフロストゾンビの追撃を封じていた。ついでに監獄結界の表面に魔力吸収も付与しているので、フロストゾンビが触れた瞬間に少しは無力化出来るはずだと踏んでいた。
結果はまぁまぁだったようで、通路の先にいた分のフロストゾンビはともかく、壁の向こうにいた分の足止めは成功していた。
そして、一行はドーム状の大きな空間に出た。大きさは東京ドームほどある空間だ。
「『監獄結界・多重障壁ver』」
全員がその空間に入ったのを見て殿の忍は、通路と空間の出入り口に監獄結界を張って塞ぎ、外からのフロストゾンビの侵入を防いだ。
「見えた!」
目標の魔石を魔眼石でも捉えることの出来たハジメが強化シュラーゲンを取り出して魔石を狙うが…。
「……ハジメ!」
「ちっ、新手か!」
ユエの警告に空から強襲してきた氷の大鷲…フロストイーグルをシュラークで迎撃するハジメ。だが、迎撃しながらもシュラーゲンの狙いを魔石へと照準していたので、そのまま引き金を引く。
だが…
「なっ、避けやがった!?」
魔石はまるで意思を持ったかのように動いてシュラーゲンの一撃を回避していた。さらにドームの天井からはフロストイーグル、壁からは二足歩行の狼…フロストワーウルフが大量に出現し、魔石のあった壁からは20メートルはあろう巨大な氷の亀…フロストタートルが現れたのだ。
「ゾンビ共は俺が抑える。残りは頼んだ」
監獄結界の維持のため、忍はその場から動くことをせずにフロストゾンビを一手に引き受けることを宣言した。
「よし。じゃあ、逝ってこい、天之河」
「え?」
「"え?"じゃねぇよ。何のためにお前らまで連れてきたと思ってんだ。サクッとあの大亀を倒してこい。周りの奴等は俺達で片しとくから」
「っ…あ、あぁ、そうだな! わかった!」
「頼むぞ。忍はゾンビで手一杯っぽいし、俺達を除けば天之河が一番の火力持ちなんだからよ。残りの3人と一緒に魔石を破壊しろ。もし腑抜けてたら、俺が横からかっさらうからな?」
ハジメの挑発的な物言いに光輝の瞳に決意の炎が宿っていた。
「大丈夫だ。俺だってやれる! 絶対に倒してみせる! 龍太郎、雫、鈴、行くぞ!」
「おっしゃあ! やるぜぇ!!」
「援護するわ。背中の氷柱にも気を付けなさいよ。きっと何かあると思うから」
「防御は任せて! 全部、防いでみせるよ!」
光輝の号令に威勢良く答える勇者パーティーの面々。その直後、銀色の砲撃がフロストタートル目掛けて駆け抜けると、射線上にいた魔物達を一瞬で分解・殲滅していった。
「行って! 皆、無茶はしないでね!」
「香織…助かる!」
香織が放った分解作用を持つ銀の砲撃によって光輝達とフロストタートルを一直線に結ぶ進撃ルートが確保される。香織に礼を述べ、その道を光輝達が駆け抜ける。
「さてはて、勇者はこの局面を仲間と共に乗り切れるかな?」
忍が宣言通りフロストゾンビの群れを一手に引き受けながらそのようなことを呟く。
結果として光輝達はあの巨大なフロストタートルを撃破した。魔改造された聖剣による光輝の切り札『神威』によって分厚い氷の亀を粉砕したのだ。しかし、フロストタートルは神威で粉砕される直前に、自身の魔石を足元に移動させてフロストイーグルによって回収させて逃亡を図ろうとしたのだ。だが、それを雫がフロストイーグルを撃破し、フロストタートルの魔石も破壊したことで大量の魔物は氷の残骸となって消滅していった。
トドメを刺し損ねたことに光輝の心の中には仄暗い感情があったようだが、それも表に出すことなく光輝は仲間と共に大迷宮の魔物を倒せたことを喜んだ。ただ、雫はそんな光輝の危うさを感じ取っていたようだが…。
そして、一行はフロストタートルが現れた氷壁に大きなアーチを描く穴が開いていることを確認すると、その先へと歩を進めていた。その先に待っていたのは……広大な迷路だった。
その広大さに龍太郎が面倒そうにしつつも、フロストタートルに勝った余韻もあったのだろうが、浅慮な行動を取ってしまう。迷路の上が開けていたので、そこを飛び越えようとしたのだ。当然、大迷宮がそんなことを許すこともなく、龍太郎は六角氷柱の中へと閉じ込められてしまった。その龍太郎を助けるに辺り、一悶着もあったが…龍太郎は反省し、迷路を普通に通ることになった。もちろん、羅針盤が機能したのでそれを用いてだが…。
「迷路が迷路じゃなくなったな…」
そんなハジメの呟きに…
「う~…これがあればミレディさんなんて目じゃなかったのに」
「……ん、仕方ない。多分、わざとハルツィナに預けてた」
「ミレディばあちゃんならやりかねんな…」
ライセン大迷宮を共に攻略した面々が不満そうにしていた。それを察してハジメがユエとシアの肩をポンポンと叩き、忍も肩を竦めて4人で苦笑する。
そんな迷路の道中、ハジメとユエ、シアの夜の話題が挙がったり、壁から氷の鬼…フロストオーガの奇襲もあったりしたが、一行は通路の先に大きな両開きの扉がある突き当たりに出くわした。その巨大な扉は氷だけで作られているとは思えぬほど荘厳で美麗だった。茨と薔薇の花のような意匠が細やかに彫られており、それとは別に不自然な大きめの円形の穴が4つ空いている。
「セオリー通りなら、この不自然に空いた穴に何かを嵌め込めば扉が開くんだろうが……面倒な」
「俺らがセオリーを言うか? かなり無視ってる気もするが」
「うるさい」
なんだかんだと迷路を歩き続け、15時間くらいは経っている。それだけこの迷路が広大である証拠というのもあるが、その中から探し物までするとなると、そら嫌にもなる。
「……ハジメ。とりあえず」
「そうだな。一旦、休憩にするか」
そうして一行は部屋の中央で休息を取るため、ハジメの取り出した10畳はありそうな天幕(壁の代わりに結界、絨毯、コタツ付き)の中へと入る。その間、ハジメはクロスビットで鍵を探すことにした。ただまぁ、ハジメ達の桃色空間に当てられ、忍は勇者パーティーと同じコタツに居座ることになったが…。
その後、休息がてら食事もすることとなり、シアと忍が料理の腕を振るった。ただ、その際…
「シアさん、こっちは切り終わったぞ」
「ありがとうございます。出汁の方もお願いできますか?」
「了解した」
何故か息の合ったコンビプレイを発揮する忍とシアの調理風景に…
「……………………なんかイラッとするな…」
「というか、紅神君。料理出来たのね…」
ハジメが嫉妬を覚え、雫達は忍の料理の手際の良さに驚いていた。
「まぁ、シアさんはハジメの方に付きっきりになるだろうしな。やれるやつがやらないとな」
などというが、実は忍はシアの技法を見様見真似で手伝ってるだけだ。特に料理が得意という訳じゃない。それでも出来てしまうのが忍の怖いところではあるが…。
そうして出来上がった海鮮鍋を二組に分かれて箸を突く一行。当然、ハジメ側のコタツでは桃色空間が広がり、対面にいた光輝達がうんざりした様子だった。
「飯時くらい余裕を持った方がいいぞ。周囲の目なんて気にしてたらキリがないしな」
鍋に具材を投入しつつもしっかり自分の分を食べる忍が光輝達にそう言った。
「そうは言ってもよぉ」
「バカップルのイチャつきほど見てて楽しくなるはずはないだろ? アレはああいうものだと考えれば気にならないんだよ」
龍太郎の言葉に忍はそう返していた。
「紅神…お前、悟り過ぎじゃねぇか?」
「あのバカップルに関しては奈落からの付き合いだぞ? 嫌になるほど見てきたからな。そら、対処法の一つや二つは身に付けるわ」
「そういうもんか?」
「そういうもんなんだよ」
意外と龍太郎とは普通に会話する忍に雫や鈴は少し意外なものを見るような眼差しを向けていた。
その後、食事を終えた一行はハジメを残して三方に分かれ、鍵である宝珠を取りに向かうのだった。ちなみに1個は既に食事中に入手しており、残りはユエ達、勇者パーティー、忍(単独)で入手することにしていた。
そして、ユエ達と忍が同時くらいに宝珠を手にしてハジメの元に戻り、光輝達も無事に宝珠を入手して戻ってきた。
そうして集めた鍵で開いた扉の向こうへと一行は足を向ける。果たして、その先に待つ試練とは…?