もう1人のイレギュラーは反逆の覇王   作:伊達 翼

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第五十五話『降臨する神』

 一行の目の前には、視界を覆わんばかりの夥しい数の魔物と真の神の使徒。そしえ、それらをまるで従えているかのようなフリード・バグアーと中村 恵里。

 

 2人共、余裕そうな雰囲気で軽口を叩いていた。それは真の神の使徒の存在もあるからだろうとは予測しやすい。

 

「(やっぱ、いやがったか。ゴキブリみたいな奴だな…)」

 

 そんなことを考えたハジメだが、同じ容姿をしている香織が女の勘なのか、ピクリと反応したのを感じて思考を殲滅方法の模索に切り替える。依然ならハジメと忍がそれぞれ一対一で限界突破などを用いて死闘を演じていたが、現在は昇華魔法によって肉体的にも、武装的にもスペックが底上げされているので、余程のことがない限りは苦戦しないだろうと感じていた。

 

 ハジメが忍やユエ達に目配せし、先手必勝とばかりに殺意を解き放とうとした矢先、フリードが機先を制すように口を開く。

 

「逸るな。今は、貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

 

「へぇ。じゃあ、何をしに来たんだ? 駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 

 揶揄するような口調のハジメに、フリードの繭がピクリと反応する。ハジメの言う『能のない神』とは、エヒト神のことだ。真の神の使徒がいる時点で、以前から感じていたハジメと忍の推測は、どうにも当たりだったと確信を得ていた。

 

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与えくださった命。私はただ、それを遂行するのみだ」

 

「そうかい。で? 忠犬フリードは、どんなご褒美(命令)を貰ったんだ?」

 

「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも眼を瞑り、居城へと招いてくださっている。我等は、その迎えだ。あの御方に拝謁出来るなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」

 

「はぁ?」

 

 何を考えているのかわからないフリードは無表情になりながら抑揚のない声で告げてきた言葉に、ハジメを始め、忍やユエ達も訝しげな眼差しを向ける。

 

「エヒトやら、アルヴとやらは神なんだろ? なんで、城にいるんだよ?」

 

 当然の疑問をぶつけるハジメに、フリードは…

 

「アルヴ様は確かに神。エヒト様の眷属であらせられるが…同時に我等、魔人族の王。すなわち、魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へと顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のために我等魔人族を導いてくださっているのだよ」

 

 そう答えていた。

 

「偉大なる目的、ねぇ…」

 

「さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな?」

 

 それを聞いて忍とハジメがポツリと呟いていた。

 

「何か言ったか?」

 

「いや? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」

 

「だな。さぞご立派な神界から汚れた地上に降りてきてくれたよなぁ、って」

 

「……………………」

 

 適当に軽口で返す2人にフリードもこめかみをピクリとさせる。

 

「ちょっと、フリード。ペチャクチャ喋ってないで、さっさと済ませてよ。ボクは、早く光輝君との甘~い時間を過ごしたいんだからさぁ~」

 

「…………わかっている」

 

 フリードが声を出す前に、今度は鈴が恵里に話し掛けるが、興味無さそうに恵里の視線は光輝に釘付けだった。その光輝が恵里の肉体的な変化を問うと、どうも恵里は神から真の神の使徒と同じ分解能力を授かったようだった。

 

「とりあえず、皆殺しでいいだろ?」

 

「……ん。招きに応じる理由もない」

 

「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」

 

「……流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないとわかっていても不気味だしね」

 

「そも、招き方がなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぉ」

 

「ま、行くんだったら手土産くらい用意しないといかんしなぁ?」

 

 ハジメを皮切りにユエ、シア、香織、ティオ、忍が戦闘態勢に移行する。だが、ハジメ達が攻撃を行う寸でのところで、フリードと恵里の前にまるで鏡のようなものが発生した。それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出す。

 

 空間魔法の1つ、『仙鏡』。遠くは離れた場所の光景を空間に投影する魔法である。

 

 仙鏡に映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を切り替えるように映像が動き出す。見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。どうも魔王城の謁見の間を映しているのだとわかる。その映像が、玉座の脇へと移っていくと、そこに見えたのは銀色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、この状況で中に捕まっているモノと言えば…

 

「…………クソが」

 

 それを見てハジメが悪態を吐く。同時に忍やユエ達も苦虫を噛み潰したかのような険しい表情になる。

 

「みんな……先生っ!」

 

「リリィまで!」

 

 そこに映っていたのは、ハイリヒ王国にいるはずの生徒達と愛子、そしてリリアーナが檻の中に捕まっている様子だった。

 

「チッ……本物か」

 

「マジかよ…」

 

 ハジメは咄嗟に導越の羅針盤を取り出して確認すると、どうも本物らしいことがわかった。

 

「ほぅ? 随分と面白い物を持っているな、少年。探査用アーティファクト、にしては随分と強い力を感じるぞ? それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

 フリードから発せられたその言葉は、妙に優越感を持ったものだった。そんなフリードに対し、光輝が我先にと噛みつくが、恵里が横から言葉を投げかける。

 

 だが…

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

 聞き慣れた銃声が響き、弾丸がフリードの頭蓋と恵里の体の一部を狙うも、それを真の神の使徒が割り込んで防いでいた。だが、その銃弾は一発で使徒の大剣を大きく罅割らせていた。忍のアドバンスド・フューラーなら容易に砕けるだろう。

 

「……この狂人が。仲間の命が惜しくはないのか?」

 

「はっ。前に同じ状況でご自慢のお仲間が吹き飛ばされたのを忘れたか? 大人しくついていったところで皆殺しだろうに。なにせ、自称神とやらは、俺の苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいしな」

 

「それなら、仲間を見捨ててでも己だけは生き残ると?」

 

「何度も言わせるな。あいつらは仲間でも何でもない」

 

 そうしてハジメは不敵な笑みを浮かべ、ギラギラと獣のように輝く眼光を見て、騎乗する白竜『ウラノス』の背でフリードが一歩後退る。

 

「お前等を皆殺しにしてから招かれても、別に問題ないだろう?」

 

「乗ったぜ、ハジメ。どっちにしろ、こいつらの首を手土産にする気だったし、何の問題もねぇな」

 

 その言葉に光輝達は『こいつらの方が魔王じゃないか?』という戦慄の表情を浮かべる。ちなみにユエ達は見惚れてたが…。

 

「威勢のいいことだ。まさか、これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが……ここは、もう2枚のカードを切らせてもらおう」

 

「あぁ?」

 

「2枚だぁ?」

 

 フリードの言葉を訝しげに思っている2人の前で、映像を映す仙鏡が2つに切り替わり、そこに新たな者達が映った。片方は愛子達の捕えている横に、同じ作りの檻があって、それは1人、2人程度を捕らえるものだ。もう片方には7本の十字架状の柱が併設されていた。

 

 そこに囚われている者達が映った瞬間…

 

-----

 

 世界から、音が消えた。

 

 そう錯覚するほどに常軌を逸した殺意の奔流が2種類、辺り一帯を覆い尽くしたのだった。音が消えたと認識出来たのは強者の部類だ。そんなハジメと忍の殺意…或いは鬼気とも言うべきおぞましいものが2種類も辺りを支配しているのだ。そんなモノに対し、生物的な本能が精神を保護するために、フリード配下の魔物は"全て"即座に意識をシャットダウンさせて地に落ちていき、使徒も数名が膝を屈していたほどだ。

 

「っ--っ--き、貴様等…あの魚もどきや獣もどき共が、どうなっても、いいのかっ!!?」

 

 そう叫ぶフリードは既に冷静さを装う余裕すらないのか、止まってしまいそうな呼吸を意識して行いながら、表情を歪める。

 

 "魚もどき"と"獣もどき"…フリードがそう呼び、ハジメと忍の気配が激変した理由。ハジメ側は、檻に捕らえられたミュウとレミアだ。忍側は7本の十字架状の柱にまるで晒し者の如く磔にされた巫女達"7人"だ。ミュウとレミアは無傷だったが、巫女達はそうもいかなかったようだ。ファルとシェーラ以外の5人は抵抗でもしたのか、酷く傷だらけだった。特に酷かったのはシオンであり、意識が無いらしく頭がだらんと垂れ下がっていた。

 

「シオン!!」

 

 堪らずティオが声を上げる。

 

「「……………………」」

 

 ハジメと忍は互いに目配せをすると、どうも同じ結論に至ったらしく、ハジメが代表して口を開く。

 

「……招待を受けてやろう」

 

「な、なに…?」

 

 迸る鬼気はそのままに、ハジメが発した言葉に戸惑ったような表情になるフリードに対し…

 

「聞こえなかったのか? その招待を受けるって言ってんの」

 

「あぁ。だから、さっさと案内しろ」

 

 不遜な態度で忍が繰り返すと、ハジメも肯定とばかりに首を縦に振る。

 

「っ……ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 

 フリードは変成魔法の1つで気絶した魔物達を叩き起こすと、魔王城へのゲートを開くための詠唱を開始した。

 

「……さぁ、我等が主の元へと案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物の何がいいのか、理解に苦しむがな」

 

 そんなフリードの嘲りなど興味がないように進むハジメ達に、フリードは…

 

「そうだった。少年共よ、転移の前に武装を解いてもらおうか」

 

 武装解除を要求してきた。

 

「「……………………」」

 

 そんなフリードを静かに見据えるハジメと忍は…

 

「「断る」」

 

 そう言っていた。

 

「理解しているのか? 貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘と獣共を…「「調子に乗るな」」…っ、なんだと?」

 

 言葉の途中で2人同時に遮られて目を吊り上げるフリードに対し、2人は何の感情も感じさせないような声音で言葉を紡ぐ。

 

「ミュウとレミアを人質にすれば、俺の全てを封じられるとでも思ったのか? 理解しろ。お前達が切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

 

「巫女達に手を出した時点で、俺は割とキレてるんだがな。ただまぁ、これ以上何かする気なら…容赦はしない」

 

「あぁ。2人に傷の一筋でも付けてみろ。子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」

 

「--っ」

 

 その2人の言葉に息を呑むフリード。戯言と切って捨ててしまえばいいものだが、フリードは一瞬この2人ならそれが可能なのでは、と考えてしまった。それでも何とかハジメ達の武装を解除させようと考えるフリードだったが…

 

「……フリード。不毛なことはやめなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ、良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラー共への拘束は我等の存在そのもので事足ります」

 

 使徒が割り込み、そのように言い放っていた。

 

「むっ、しかし…」

 

 渋るフリードを尻目に使徒がハジメと忍を見る。

 

「私の名は『アハト』と申します。イレギュラー共、あなた達とノイント、サファリエルの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどと思わないことです」

 

 そう言う『アハト』と名乗った使徒は、その瞳を僅かに揺らしているように見えた。だが、そんなアハトの視線など知ったことかと、ハジメはゲートに目を向ける。とっとと案内しろ、と言外に伝えている。

 

「……………………」

 

 アハトからの催促もあって仕方ないとばかりにフリードがゲートを潜る。その後ろをハジメ達も付いて行く。が、潜る寸前、ハジメの手元が一瞬だけ輝いたのだが、それを知覚したのは傍らにいたユエと、忍だけだった。

 

………

……

 

 ゲートを潜った一行は魔王城のテラス(学校の屋上くらいの広さがある)に着いた。灰竜達の群れはどこかに飛び立ち、使徒も10名ほどを残してどこかに行ってしまう。残った10名ほどの使徒はハジメ達を取り囲むように待機する。

 

 背後でゲートが閉じると、フリードの先導で謁見の間へと向かう。途中、恵里が光輝にベタベタとしていたが、誰も何も言えなかった。人質がいる以上、下手なことは出来なかったのだ。

 

 そうして、遂に一行は謁見の間へと辿り着く。そこには映像通りの光景が広がっていた。空の玉座の傍へと近づいていくと、向こうからも見えたのか、愛子とリリアーナがハジメの名を呼ぼうとして…

 

「パパぁーー!!」

 

「あなた!!」

 

 ミュウとレミアの母娘に持っていかれた。

 

「(あの2人も可哀想に…)」

 

 愛子とリリアーナがハジメとレミアを剣呑な視線で行き交わせるのを見て忍は微妙に同情した。

 

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。すぐに出してやる」

 

「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、悪者に負けないで!」

 

「あらあら、ミュウったら……ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気をつけて」

 

 そんなやり取りにフリードが口を開こうとした時、玉座の背後から声が響く。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるからわかるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

 玉座の後ろの壁がスライドして開くと、そこから金髪紅眼の美丈夫だった。漆黒に金の刺繍があしらわれた質の良い衣服とマントを身に着けており、金髪はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせている。しかし、漂わせているのは色気だけでなく、若々しい力強さと老練した重みを感じさせていた。見る者を惹きつけてやまないカリスマもある。十中八九、この美丈夫が魔王であろう。そして、神を名乗る『アルヴ様』とやらだ。

 

「……う、そ………どう、して……?」

 

「ユエ?」

 

 そんな魔王を見たユエが酷く動揺したように、あり得ないものでも見たかのような表情だった。

 

「やぁ、"アレーティア"。久し振りだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

「……叔父、さま……」

 

 魔王はユエに対し、親しげに話し掛けていた。

 

 魔王の名は『ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール』。かつての吸血鬼族の国『アヴァタール王国』の宰相であり、ユエの叔父だ。その魔王は自らを『神に反逆する者』だと言い、フリードや恵里、アハトを含む使徒達を無力化し、金色の結界を張り巡らせる。

 

「「……………………」」

 

 約2名、物凄く訝しげな表情をする中、魔王は語る。

 

 曰く、ディンリードはアルヴと協力し、エヒトを打倒するとか。

 

 曰く、そのためにアルヴは地上に降りて戦力を整えようと画策したとか。

 

 曰く、ユエ…本名『アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール』が神に届く切り札になりうるとか。

 

 曰く、そんなユエを守るために幽閉することを決断したとか。

 

 そんな風にユエと魔王が色々と話をし、やっと話が終えた頃…

 

「さぁ、共に行こう。アレーティ…」

 

ドパンッ!!

 

 魔王がユエに手を差し伸べ、それをユエが取ろうとした瞬間、銃声が響き渡る。

 

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか?」

 

 ハジメの、明らかに不機嫌度MAXの声音が響くと、同時にさらに引き金を引いて魔王の四肢を撃ち抜く。ビクンビクンと震える魔王の体。さらにハジメはボーラで魔王を拘束した後、オルカンを取り出して使徒達に向けて発射する。

 

「ハジメ。悪いが、俺は巫女達の治療する。その間、奇襲に気を付けろよ」

 

「あぁ」

 

 忍が神速で巫女達の救助を行っている間にハジメへの批難が殺到した。しかし、ハジメはそんな批難など気にした様子もなく、むしろ油断なくドンナー・シュラークの銃口を魔王と使徒達に向けている。

 

「ユエが自分で区切りをつけるまでは、と思って黙っていたが、どうにもユエが動揺し過ぎであの戯言を受け入れそうだったからな。強制的に終わらせてもらった」

 

「……戯言? どういうこと?」

 

「いや、どういうことも何も、穴だらけの説明じゃねぇか」

 

 そこからハジメが指摘したのは、ユエの存在を隠す必要があったのと、最愛の姪なら顔喰らい出すだろうということ。戦力を集めていたなら他にも神代魔法の使い手がいそうなものだが、フリード以外にいないのは不自然。さらにハジメは機能を追加した魔眼石で魔王の魂魄を見たが、あるのは薄汚い魂が一つきりだったという。それらのことを手短に説明したハジメに、ポカンとするメンバーだが、何故か妙に納得できてしまうところがあった。

 

「そういうわけで、野郎の言葉を信じる理由なんざ微塵もないってことだ。何より…」

 

 そこでハジメの本音が飛び出す。

 

「何が"私の可愛いアレーティア"だ、ボケェ! こいつは"俺の可愛いユエ"だ! だいたい、アレーティア、アレーティア連呼してんじゃねぇよ、クソが! "共に行こう"だの、抱き締めようだの、誰の許可得てんだ? ア゛ァ゛? 勝手に連れて行かせるわけねぇだろうが! 四肢切り取って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

 

 明らかな嫉妬であった。それに総ツッコミが入るものの、ユエは改めてハジメへの想いを吐露する。

 

 その時だった。

 

「いや、全く…多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親同然の相手となれば、少しは鈍ると思っていたのだがな。まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは……人間の矮小さを読み違えていたようだ」

 

 パチパチと拍手が響き、魔王…アルヴが起き上がっていた。ボーラで拘束していたにも関わらず、だ。

 

 そして、状況は目まぐるしく変化する。

 

「うぉおおおおおおっ!!」

 

 アルヴと対峙するハジメ達の後方で、恵里の傍らにいた光輝が雄叫びを上げながら"ハジメに"斬りかかり…

 

「っ」

 

 天から白銀の四角柱の光が"ユエに向かって"降り注ぎ…

 

「『堕識』ぃ」

 

 そのユエに向かって倒れたままの恵里の体とは、全く別の方向から"恵里の"闇系魔法が放たれる。見れば、何もない空間から、倒れている恵里と寸分違わぬ無傷の恵里が滲み出ている。

 

「『震天』!」

 

 恵里と同じく、粉砕された肉体とは別の場所からフリードが空間を割って出現し、既に詠唱を完了した空間爆砕魔法を、ミュウとレミアに向けて放つ。

 

「お返しだ。イレギュラー」

 

 アルヴのフィンガースナップと同時にハジメ目掛けて特大の魔弾が飛ぶ。

 

「駆逐します」

 

 何もない空間が波立ち、滲み出るように現れた数十体の使徒達がハジメ達へと一斉に襲い掛かる。

 

 タイミングを見計らったかのような完璧な同時奇襲攻撃。

 

 

 

 だが、それは既に予測の範疇である。

 

「予測済みだ。ドカス共が! 忍!!」

 

「わぁってるよ!!」

 

 そう、この場には"もう1人のイレギュラー"が存在する。忍の鼻はフリードと恵里の肉体に違和感を覚えていた。だからこそ、ハジメに密かに念話で伝え、奇襲に気を付けろと忠告していたのだ。

 

「『眷属召喚』! 来い、『地鬼(ちき)』! 『鉄鬼(てっき)』!!」

 

 その場で武天十鬼の守りに適した2体を呼び出し、十文字の槍を携えた灰色の鎧武者を思わせる鬼をミュウとレミアの眼前に、腕を組んで仁王立ちする茶色の鎧武者を思わせる鬼を捕まってる生徒達や愛子、リリアーナの元へと送る。これでフリードの魔法を鉄鬼が身を挺して守り、ミュウとレミアの安全を確保したのだ。同様に使徒達が向かってくるのを床から土の壁のようなものを出して進撃を阻害する地鬼がいる。

 

「クロスビット!」

 

 ハジメもまた宝物庫からクロスビットを数基取り出して結界を張る。

 

チュドオォォォン!!

 

 アルヴの魔弾と恵里の魔法、光輝の斬撃を防ぎ切り、いざ反撃に移ろうとした時だ。

 

ゴオォォ!!

 

「なにっ!?」

 

 クロスビットの結界を"素通り"して天から降り注いだ光がユエを呑み込む。ユエもハジメの展開した結界を素通りするとは思わず、完全に意表を突かれた。ユエを呑み込んだと同時に光の柱から波動のようなものが広がり、クロスビットを破壊してハジメ達も吹き飛ばしてしまう。

 

「「「ぐぅっ!?」」」

 

「「「「きゃあああ!?」」」」

 

 その光景に…

 

「ハジメ!? 皆!?」

 

 忍も慌てて戦線復帰しようと神速を用いるが…

 

「はぁあああ!!」

 

 その忍の動きを予測していたように光輝が迫る。

 

「なっ!?」

 

ガキィィンッ!!

 

 咄嗟に銀狼と黒狼を逆手で抜いて交差すると、交差する二刀と聖剣がぶつかる。

 

「天之河!? 正気に戻れ!!」

 

「正気だって? 正気に戻るのは紅神。お前の方だよ」

 

「なんだと!?」

 

「ディンリードさんの話は聞いていただろ? 彼はこの世界を救おうとしているのに、そんな立派な人をお前達は……許せないな」

 

「(こいつ!?)」

 

 思わぬ敵と相対してしまった忍をよそに、ハジメ達とユエの間には無数の魔物と使徒、傀儡兵となった人間族や魔人族がひしめき合っていた。

 

「邪魔だ! 木偶共が!!」

 

 そんな中、限界突破を用いたハジメの猛進は止まらない。伊達に忍と共に対使徒戦を想定した模擬戦を密かにしていたわけではない。ちなみにシアはちょうど愛子達の方に吹き飛んでしまい、忍の召喚した地鬼と共に愛子達を守っており、他のティオ、香織、雫、龍太郎、鈴もバラバラのまま使徒や魔物、傀儡兵の相手で手一杯のようだった。鉄鬼もミュウとレミアを守ることに専念していた。

 

「っ、止まりなさい。イレギュラー!」

 

「邪魔だ!!」

 

 ハジメの快進撃は止まらない。そんなハジメに対し、アルヴとフリードが攻撃の意思を見せ、使徒達も強襲する。

 

『させんぞっ!!』

 

 ハジメとアルヴ達の間に竜化したティオが割り込み、攻撃を一手に引き受ける。

 

「ティオ!!」

 

『いいから、早く行けぃ!』

 

「っ、あぁ!」

 

 アルヴ達の攻撃を無視したハジメは進行方向にいる敵の殲滅にシフトした。そして、遂にユエを呑み込んだ光の柱へと辿り着く。

 

「ぶっ壊す!!」

 

 パイルバンカーを以って柱を貫通させる。しかし、ここである疑問が湧くが…それを考える間もなく、ハジメはそのまま義手を用いて木っ端微塵に粉砕しきった。その際、光の粒子が煙のように2人の姿を隠してしまう。

 

「っ、ユエ!」

 

 何度かハジメがユエの名を呼ぶと…

 

「……ここにいる」

 

 光の粒子の狭間からユエが姿を現し、ハジメの胸に飛び込む。

 

「ユエ! よかった。なんともないか?」

 

「……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」

 

「あ? ユエ? ………ッ!? お前……『ズシャッ!!!』…!!?」

 

 ハジメがユエから距離を取ろうとした瞬間、それより速くユエの手刀がハジメの腹を貫通させていた。

 

「ガハッ……て、テメェ…」

 

「ふふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー。現界したのは、一体いつ振りだろうか…」

 

 光の粒子が逆巻くようにして頭上に消えると、いつの間にか動きを止めていた使徒達をシア達は警戒しながらも、ハッとした様子でハジメの方を見る。そして、そこで起きている理解しがたい光景に目を見開く。

 

 ハジメが何とか距離を取ろうとすると…

 

「"エヒト"の名において命ずる。"動くな"」

 

「ッ!?」

 

 その言葉にハジメの意志とは関係なく、身体が言うことを聞かなくなった。

 

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか。悪くない。お前を絶望の果てに殺そうと思っていたが……なんなら、家畜として飼ってやろうか? うん?」

 

「ふぅ、ふぅ、ッッアアアアアアッ!!!」

 

 ハジメの雄叫びと共に"バキンッ!"と何かが壊れるような音がし、ハジメの体が自由を取り戻す。それと同時に距離を取ったハジメはドンナーの引き金を引く。

 

「っ」

 

 だが、その弾丸はユエ…否、ユエの肉体を乗っ取った『エヒト』には届かなかった。

 

「これはこれは、私の"神言"を自力で解くとは。流石、イレギュラーと言ったところか。『天灼』」

 

 エヒトが感心したようにハジメに雷系最上級魔法を繰り出す。それでもかろうじて耐えたハジメにエヒトは無慈悲にも神代魔法の嵐を見舞った。

 

「ハジメさん!」

 

「ハジメ君!」

 

「ご主人様!」

 

 シア、香織、ティオもハジメを助けに向かうが、エヒトの言葉一つで封殺されてしまい、抵抗していた雫達も言葉一つで戦意を喪失させてしまう。

 

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば、全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などもままならなかっただろうがな。聞いているか、イレギュラー?」

 

「ぐっ……」

 

 ハジメは自爆特攻もやむなしと宝物庫を起動させようとしたが…

 

パチンッ!

 

 エヒトが指を鳴らすと、ハジメが手掛けたアーティファクトがエヒトの周りに転移していた。

 

「良いアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽きていたところだ。魂だけの存在では、異世界への転移は難航であったが……我の器も手に入れたことでもあるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 

 邪悪な笑みを浮かべたエヒトは周りに浮かんでいた宝物庫やハジメの造ったアーティファクトを全て破壊していた。ついでとばかりにハジメの義手も…。

 

「くそったれがぁあああああ!!!」

 

「よく足掻くものだな」

 

 そう言っていると…

 

「当たり前だ。ウチの総大将を舐めんなよ?」

 

 そこには頭や体から血を大量に流した忍が歩いている姿があった。どうやら光輝との戦闘中に武器が手元から離れたため、光輝の攻撃をまともに受けてしまったようだが、無理矢理吹き飛ばしてエヒトの方にやってきたようだ。

 

「ほぅ? そういえば、イレギュラーはもう1人いたな」

 

 まるで今まで眼中にもなかったかのような言葉に忍がピクリと反応する。

 

「テメェを……噛み砕く!!」

 

 エヒトの前に立つ傷だらけの覇王。

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