こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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第10話 昼下がりの語らい(上)

 ――これは、おとぎ話のような本当のお話。

 

 ひとりの夢見がちな狩人の女性が、村に伝わる伝承に聞き入ったことから始まる。

 

 それは、まだこの地に村が出来るずっと前に、とある小さな入り江で起こった、

 

 海竜と少女の不思議な不思議な出会いの物語。

 

 その伝承に興味が湧いた狩人は、語り部の老婆に物語の出来た経緯について尋ねて、

 

 そこで、驚きの事実を告げられる。

 

 

 

 おとぎ話の痕跡を探して、深い森の中へ――。

 

 一日中ずっと歩き回って、長く暗い洞窟を抜けて、

 

 とっくに夜も更けたそのとき、とうとう目的の場所にたどり着いた。

 

 

 そこには、伝承が真実だったことを示す、立派な海竜の遺骸があった。

 

 その貫禄は、長い年月を経た今も失われることはなく、

 

 ただただ目の前の存在を圧倒するその姿は、瞬く間に狩人を惹き込こんだ。

 

 

 ふと、その首筋に光るもの、

 

 吊り下げられていたのは、星明りを反射して美しい光を放つ藍色の首飾り。

 

 ――人が作ったものだった。

 

 

 

 そのとき、呆然としていた彼女の背後から衝撃が突き抜ける。

 

 彼女はとっさに振り向こうとしたが、力が抜け、剣を取り落して膝をついてしまう。

 

 撃ち込まれた眠り毒は、彼女から瞬く間に意識を奪っていった。

 

 

 薄れ行く視界の中で、顔を上げた彼女が見たものは、

 

 

 

 

 

 

 簡素な服を着て、儚げに佇む一人の少女だった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「あのあと、私がどうしたかは、いまいち覚えてないんだ。あの子の声もあんまり覚えてないし……ちゃんと話せてたかは分からない。

  もうダメだって倒れこんで、次の日の朝までずっと眠ってた。目が覚めた時にはキャンプのベットの上で、どうやら運んできてくれたみたいなんだよね。

  ――って、おーい。話について行けてますかー?」

 

 アイシャの方を見てみると、俯いてじっとしていた。眠っているんじゃないかと思って顔を覗き込むと、目を瞑ってはいるが寝息は立てていないようだった。、

 少し真剣みを帯びたその横顔に、私は話しかけるのを少し躊躇したが、とりあえず肩を軽く揺さぶってみた。

 

「……はっ!? ご、ごめんなさい! ちょっと自分の世界に入ってました」

 

 慌てて、こちらの方に向き直るアイシャ。最後まで話を聞いていたのか不安だ。

 

「いえ、ソナタの話はちゃんと聞いていたので大丈夫です。――――ちょっと待ってもらっていいですか?」

 

 アイシャはそういうと、また思案顔になって遠くを見つめた。

 まあ、無理もないと思う。私は大まじめに話したけど、こんな話を巷で語ればとんだ笑い種だ。子供はともかく、大人は「どこの夢物語だ」と気にも留めないだろう。

 人とモンスターは決して相容れないということ。

 これを人間は、子供の時に学び、生活していく中で自然と自覚し、本能の部分にまで刻み込んでいる。

 

 その考えを今、私は根本から覆すようなことを言った。これからも否定し続けると思う。

 だって、真実を見てしまったのだからしょうがない。人と竜が一緒に暮らしていた事実を、この目で確かめてしまったのだから。

 

「うん、全然大丈夫。ちゃんと頭の中で整理してからでいいから、さ」

 

 私が話している間、アイシャは興味深そうに何度も相槌を打ち、こちらのペースに合わせてくれた。そして今も、じっと瞑目して真剣に何かを考えている。

 それだけでも、彼女が私の話を受け入れようと努力しているのが窺えて、とても胸が温かくなった。

 アイシャはギルド職員でもあるから、今の話をむやみに全てを信じるわけにはいかないのだろう。それぐらい突拍子ないことを私は話していたのだった。

 

 

 一分程経った後に、彼女は思考の海から戻ってきた。ふー、と息を吐いた彼女は「待たせちゃいました」と言って苦笑いしながら顔を上げる。

 そして、私に向かって申し訳なさそうに言った。

 

「うーん、ごめんなさい。職業柄と言いますか……ちょっと信じられない話だったので付いて行けなくなっちゃって」

 

「あっ……うん、こちらこそごめんね? 一息に話しちゃってアイシャを全然見てなかった。――それで、私のお話はどうだったでしょう、か?」

 

 私は少し緊張気味な声で尋ねた。こんな風に人に話すのは初めてだったから、大分ぎこちない話し方になってしまった気がする。

 でも、一番不安だったのはやっぱり、今の話が信じてもらえたかどうか。どうせ信じてくれる人はいない、と思って自分の胸の中にしまっていたその出来事を、私は自ら晒し出した。もしそれが否定されたり拒絶されたりしても、私は何も言えないのだ。

 それを否定されてしまうのは、仕方のないことだと思う反面、とてもつらい気持ちになる。だって、それをこの目で見てきたのは他でもない私自身なのだから。

 

 アイシャは海の方に目線を向けたまま、なかなか話し出してくれなかった。

 そんな姿を見ていると、もどかしくて、やっぱり笑い話にされてしまうのかな、夢だって言われてしまうのかな、といった不安がじわじわと私を追い詰めていく。

 ふと、こちらの方を見たアイシャは「ふふっ」と笑ってどこか可笑しそうに言った。

 

「そんなに心配そうな顔されたら、意地悪できないじゃないですか。 大丈夫、今の話をしてくれたのは他ならぬソナタなんですから、私が疑うはずないじゃないですか!」

 

「アイシャ……でも、本当に信じてくれるの……?」

 

「もう、そんなに不安がらなくていいんですって。 信じる信じないというよりも、ソナタがそんなに真剣そうに話してくれたことを疑うなんて……どうやったって私にはできないです」

 

 アイシャは花のような笑顔で言い切った。

 少しの恥ずかしさを押し隠したように赤くなっている頬と、風になびく黒髪が、その笑顔を引き立てていた。

 心の中で渦巻いていた不安が、瞬く間に拭い去られていく。かわりに彼女の暖かい心と、安心感が胸を満たしていて、胸のわだかまりがすうっと消えた。

 

「……あーあ、だめだ。 アイシャには本当に敵わないよ」

 

 大分日の傾いた空を見上げて、私はゆっくりと呟いた。

 今までの自分を叱ってやりたい気分だった。ひとりで殻に閉じこもっていたのは他ならぬ私だ。掛け値なしで信じてくれる人はこんなにも身近にいたというのに。

 

「えへへ、なんだか褒められたみたいです。日頃はソナタに守られてばっかりですからね、こんな相談くらいどんと来い!ですよ!」

 

「どうかな、私は今までもずっとアイシャに助けられてると思うよ?」

 

「おっ、嬉しいこと言ってくれますね~。 まあ、そんなこと抜きにしても私はいつでもソナタの相談相手ですから! 誰にだって譲れない大役なのです!」

 

 そう言って、腰に手を当てて胸を張るアイシャ。それが可笑しくて、私は少し笑ってしまった。

 

「ふふっ…………ああ、そうだよ。少し話題がそれてる。この話を聞いて、アイシャがどう思ったのか知りたいんだ」

 

「おっと、そうでしたね。今さっき考え事をしていたのはそれについてだったのですが……」

 

 何から話しましょうか、とアイシャは思案顔だ。

 彼女も、いや、アイシャだからこそ、今の話で疑問に思うことはいくつもあるのだろう。私だって、今でもあの光景が夢のように思えてくる。

 私があの一連の記憶を思い出しているときには、なんだか悲しいような、苦しいような、そんな複雑でもやもやした気持ちになってしまうのだが、今は不思議とそんな感覚が起こらない。

 それがどうしてかは分からないけど、悪い気分はしなかったのでそのままにしてアイシャの言葉を待った。

 

「――うん、えっと……その入り江で出会った女の子の話なんですけど……大丈夫、ですか?」

 

「え? ううん、別に全然気にしなくていいよ。あの思い出は悪いものじゃないから。ちょっと人に話すのが怖かっただけ」

 

 遠慮がちに尋ねるアイシャに、私は気兼ねなく答える。

 内心は少しどきっとしたけれど、アイシャのためなら私はどんなことだって答えようと思った。

 

「では、改めて。 その女の子ですが、あのおとぎ話に出てくる女の子で間違いないですか?」

 

「――たぶん、ね。直感だけなら全然信用ないと思うけど、あの子、恐らく右腕が……」

 

「――なかった、と」

 

「うん。あの子ね、ちゃんと外套を羽織ってて、そこから左腕は見えてたんだけど……多分、右の方は袖さえつけてなかったと思う」

 

 記憶はおぼろげだが、儚げな少女の立ち姿に違和感を与えていた部分ははっきりと覚えていた。

 

「それなら、確かに昔話のあの女の子で間違いないみたいですね。――――しかし、肩から食われた、っていうのは本当だったんですか……」

 

 アイシャは、つ、と顔を歪めながら言った。――そうか、そういう顔をするのも当たり前だ。

 彼女は、負傷したハンターを間近で見たことが何回もあるのだ。ギルドの受付嬢として、そういったハンターたちの経過を任されることは多い。

 そんな中ではもちろん、手足を欠損してしまったり下半身不随になってしまう人も少なからずいる。そんな人たちのその後の苦しみを知っているからこその、苦々しい顔だった。

 

「まあ、そんなことより、その本題なのですが…………ソナタだって困ってることだと思うんですよ」

 

「……まあ、そうだろうね。私は考えるのを諦めちゃったけど」

 

 お互いに苦笑いを浮かべて、私は重々しく口を開いた。

 この話題で最終的に行き着くのは、今から言う一つだけだと思う。

 

「――――あの子、いったい何歳なの?」

 

「そこなんですよねー。話を聞いてて一瞬幽霊か何かを疑っちゃいました。

 私が考えうる限り一番有力なのは、その子は竜人族なんじゃないか、っていう考え方なんですが……」

 

「あれはモガ村が出来るよりずっと前のお話なんでしょ? だとしたらもう百年以上前のお話になるよ。

 でも、さっき話したように私があの子と出会ったときは、その顔立ちは私より幼い感じがしたの。…………たとえ竜人族でも百年も同じ顔立ちしてるかな?」

 

「……流石にそこまでは考えにくいです。しかも、聞いた話によれば竜人族の人の容姿が変わらなくなり出すのは、成人してからだって言います。それにしては、ちょっと幼すぎる気がするんですよねー」

 

 少女はいったい何歳で、何者なのか。何故、物語の時と姿が変わらないのか。その後もアイシャと二人で議論を重ねたが、その謎は深まるばかりだった。

 頭上にあった太陽は既に大分傾いており、かなり長い間ここに座っているんだな、ということを思い出させてくれる。

 私とアイシャの語り合いは、まだまだ続くのだった。

 

 

 




アイシャとの会話が本編になってます……ああ、終わらない(泣)
アイシャが勝手に動くので困ったものです。

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