少女はいったい何歳で、何者なのか。何故、物語の時と姿が変わらないのか。その後もアイシャと二人で議論を重ねたが、その謎は深まるばかりだった。
頭上にあった太陽は既に大分傾いており、かなり長い間ここに座っているんだな、ということを思い出させてくれる。
結局答えは出ないまま、アイシャが別の話題を振ってきた。
「それじゃあもう一つの質問ですが……こっちの方が答えにくいと思います。でも、訊かないと気が済まなくて」
「――うん、それもなんとなく分かってる。進めて」
意気込んで言うアイシャに、やんわりと先を促す。
彼女のことだから、内容をしっかりと吟味したうえで、訊かないといけないことは、たとえ私が触れたくないことでも訊いてくるのだろうな、と思った。
そしてそれは、絶対に私にとって悪い記憶にならないのが、彼女の凄いところなのだ。
「……ソナタが持っていた大剣の行方についてです」
「…………だよね、やっぱり聞かれると思ってた」
アイシャの質問は、私の予想道理のものだった。今までの間私を悩ませていた原因であり、いやおうなく暗い表情になってしまう。
そんな私の表情を見て、アイシャも辛そうな顔をした。そういえば、クエストを失敗して戻ってきたときにもこんな雰囲気になったなあ、と思う。
「大剣は、その入り江で落としてしまったんですよね?」
頷く私を見て、アイシャは言葉を続ける。
「そしてそれが、二カ月経った今も戻ってこない、と……あれ? 他のものは大丈夫だったんですか?」
「うん。キャンプで起きたとき私はインナーだけだったけど、ポーチとか防具は戻ってきてた。炎剣だけが、戻ってこなかったんだ」
「……その子に何かあったとかは考えないんですか?……いや、ソナタのことですから女の子がまだいる理由があるんですよね」
アイシャのその言葉に、私はしっかりと頷いた。
「そういうこと。あのさ、ときどきモガ森のあちらこちらに置いてある松明がさ、いつの間にかなくなってることがあるじゃない?」
「ああ、はい。――って、もしかして!」
「そうだよ、あの子の仕業だったみたい。キャンプから出ていくときに、いくつかなくなってるのを見つけたんだ。この前試しにキャンプの入口近くに松明を置いておいたら、次の日にはなくなってたからね」
松明は、森や洞窟の中などの暗い場所で、明かりを確保する使い方以外にも、ジャギィやギィギなどといったモンスターを撃退するときなどに用いる重要な道具だ。
村人が森に出ているときに切れてしまわないように、ここ一帯の数か所に纏めて置いてあった。
「でも、アイルーとかメラルーとかの仕業かもしれませんよ?」
「それはないかな。だって、松明ってあの子らが盗まないように、あの子たちの嫌う匂いの草を混ぜてるから、まず盗まれることはないんだよ」
「……初めて知りました」
私だって、その少女から一カ月近くも音沙汰が無かったら、流石に確認しに行くぐらいのことはする。ただ、あの子が生きていることが明白なので、あと一歩がどうしても踏み出せないのが現状だった。
私の受け答えに、へえぇ、と納得顔のアイシャ。しかし、すぐに訝しむような顔をして言ってきた。
「じゃあ、もう取りに行くしかないじゃないですか。ソナタのなんですから、取り戻さないといけないと思います」
そう言われることが分かっていたので、私は顔を背けて「それは……」と口ごもる。明白に嫌だ、とは言えないのに、ずるずると引きずってしまっている現状を話すのは、あまり気が進まなかった。
でも、アイシャは納得していないようだった。別に口には出していないが、その顔を見れば一発で分かる。
いわゆる、ふくれっ面というやつだ。
そんな顔をされると、いつも根負けしてしまうのが私なのだった。私が甘いとかそんなわけではなく、こうなったアイシャが強情なだけだと強く言いたい。
「……はああ、恥ずかしいから話したくなかったんだけどなあ……」
そう呟いた後に、私は入り江に行けない理由を語った。
それは、私がキャンプで目覚めた後の回想を交えながらのもので、先ほどの話の続きでもあった。
しばらくの間、再び私の一人語りが続く。
アイシャは少し波が出てきた海を見つめながら、口出しせずに最後まで話を聞いていた。
「――その後も、あの子は私の前に姿を現さなかったし、炎剣が戻ってくることもなかった。だから、もう割り切って欲しいって伝えられてると思うんだよ。だから、もうあそこには行ったらいけない気がするし、また会いに行くのはあの子もいい思いをしないと思うんだ。」
最後はそう締めくくった。これで、話したいことは話したと思う。
しかし、当のアイシャはなかなか返事をしてくれなかった。相変わらずのふくれっ面のままだ。
そんな様子に私は少し落ち着かなくなって、足を揺らしながらアイシャの反応を待っていた。
しばらくして、アイシャは盛大にため息をついた。そして、呆れたような声で言う。
「もう、うちのハンターさんは真面目というか何というか……頭が固いです」
「ひどい……」
いきなり苦言を言われると、とてもへこむ。しかし、アイシャはそんな私など意にも介さず言葉を続けた。
「だってそうですよ。考え方が一方的なんですもん。今の話を聞いた限りだと、私はどうして会いに行ってあげないのか不思議なくらいです」
「えっ……なんで?」
「ときにハンターさん、貴方はその女の子にもう一度会いたいですか?」
質問をそのまま返されて、ちょっと面食らう。一言文句を言いたかったが、アイシャの声が有無を言わせない雰囲気だったので、正直に答えることにした。
「いや、さっきも言ったけど、私としてはもう満足――」
「そういうわけじゃなくて、ソナタの個人的な願いとしてもう一度会いたいかって、そういう意味です」
私の言葉を遮ったアイシャは、やんわりと質問の趣向を変えてきた。その顔は相変わらず不満げなままだ。
私はとっさに「どういう意味?」と言いかけたが、すんでのところでその言葉を飲み込んで、投げかけられた問いをもう一度頭の中で反芻する。
そして、その真意は私の本心を聞いているんだな、ということに気付いた。
「ソナタ個人としての願い」というのは、けじめやそれまでの過程とかを取り払って、私が純粋にどう想っているのかを表しているんだ、と。
そこまで行き着くのに少し時間がかかったが、その本心は割と簡単に口に出来た。
「そりゃあ、まあ……また会いたいとは思うけどさ」
あの少女とまた出会いたい、今度は言葉を交わしてみたい、といった焦がれるような想いは、今でも心の奥底にあって、私に呼びかけてくる。
そうでもなければ、今までのようにもやもやとした気持にはならないはずだ。
零れるような私の呟きに、アイシャはうんうん、と頷いて、明るい声で言ってきた。
「じゃあ、会いに行っちゃえばいいんですよ。お土産でも持っていけばなお良いと思いますよ?」
「お、お土産?」
「そう、お土産です。 そしたら、その女の子も少しくらいは打ち解けてくれるんじゃないですか?」
いきなり飛んできた意見に、私は目を白黒させる。
会おうと思えば会えるのだから、会いに行ってしまえばいい。アイシャの持論は噛み砕けばそんな感じなのだろう。私も、この二カ月で何度も同じことを考えた。
「……でも、あの子はここまできっちりけじめをつけてる。だから、それは出来ないよ」
口をついて出てきたのは、そんな苦しげな声だった。自然と、手を強く握りしめてしまう。
あのとき、私が鎧もなんにもないままでキャンプに運ばれていたら、入り江で目覚めていたとしたら、迷いを振り切ってもう一度あそこに行けたのに。
人間がそれだけではあまりにも弱いことを知っているから、あの子は律儀に防具まで置いていったのだ。
そんな私の様子に、アイシャはうんうん、と頷いた。そして、ふと目の前の海に目線を向けて、少し間をおいてから口を開く。
「そのことは否定しません。確かにもう顔を合わせたくないんだろうな、というのは伝わってます。――ただ、その女の子、迷ってるんだと思いますよ。大剣が戻ってこないのも、そのせいかと」
どこか間延びのしていて、それでいて一言一句をしっかりと刻み込むような、そんな口調だった。
はっ、と私の意識が切り替わる。目に映る世界の色が変わった――と、そんな程でもないが、明らかに先ほどより意識が鮮明なものになった。
そのことに驚きの色を浮かべている私の顔を見て、アイシャはくすっと笑って、私の返事を待たずに言葉を続ける。
「あのですね、ソナタが諦めちゃっているからだと思うんですが、普通防具も道具も返して、傷の手当てまでしてくれたのに武器だけ返さないって、おかしすぎませんか?」
「まあ……確かにね」
「何らかの理由で返したくなかった、返せなかったとしても、何かしらのコンタクトをとってくるはずですよね」
「……うん」
「それじゃあ……」と言って言葉を切ったアイシャは、こちらにずいっと身を寄せて、確かめるように言う。
「そのことを逆説的に考えると、どうして
返せないでも、返したくないわけでもなく、返したいのに返せない、と。
「え? それは……。――――あっ」
すなわち、
「もう、だから真面目すぎるんですよ、ソナタ。あの子は、ソナタとまた会うべきか迷っているところがあって、武器は使わざるをえない状況にあるんです」
ふいに、ひゅうっと強い風が吹き抜けた。私とアイシャの髪も、一際激しく波打つ。
――ああ。
――新しい風が吹き込まれる感覚ってこんな感じだったなあ。
どこか客観的に自分の心を見つめながら、私は何故か懐かしさを覚えていた。最近、あまり味わうことのなかった感覚だったからだろうか。
「……そっか、ありがとう。本当に助かったよアイシャ。なんだか吹っ切れた」
「ふっふっふ、私に相談して正解だったでしょう!」
「まったくもって、ね」
誇らしげに胸を反らすアイシャ。普段はこんなに子供っぽいのに、その実、人一倍の観察力と行動力を持った変わった……ギャップの大きい人物だ。
「ん? なんか失礼なことを考えてませんでした?」という声を意図的に流して、立ち上がって伸びをする。
「とりあえず、アイシャの予想通りなら早く行ってみないと……」
彼女の言った事を考えると、できるだけ早くの内にあの入り江に赴いた方がよさそうだ。もたもたしていると、また依頼に追われる日々が始まってしまう。
もしあの子に会えなくても、入り江の確認くらいはしておきたい。
「そうですね。私もその方が良いと思います。……ちょっと待ってください。私も村に戻ります」
今にも駆け出そうとしていた私を、同じように立って伸びをしていたアイシャが引き留める。そして、少しだけ瞑目した後、口を開いた。
「ギルドでは探索クエストとして手続しておきます。期間は三日間ほど。防具も道具もできるだけ万全な状態で行くべきかと」
「――うん。分かった」
今回は、彼女の手助けもある。のこのこ帰ってくるわけにはいかない。せめて、剣の行方だけでもはっきりさせて、取り戻してこようと決心した。
私と共に上位まで上り詰めた、あの大剣を。
「それと、もう一つ」 そう言って、彼女はもう一言付け加えた。
「……ソナタ、私ですね、まだまだこのお話で質問したいことがいっぱいあるんです。女の子がどこから来たのとか、竜の王様についてだとか。
だから……今度はその子とたくさんお話して帰ってきてくださいね! 楽しみに待ってますから!」
そう言ったアイシャの顔は、さっきと負けないくらい晴れ晴れとした笑顔だった。
「――了解!」
そんな彼女に、負けじと私も精いっぱいの笑顔で返す。
そして、淡く赤く染まった夕陽を背に、二人そろって駆け出した。
こんにちは。作者のSenritsuです。
まずは、読者の皆様に謝罪を。
アイシャとソナタの描写が必要以上に長くなってしまい、物語の展開が滞ってしまったことを、ここでお詫びします。
小説の完結後、第8話と9話、第10話と11話をまとめ、いくつか添削を行うことで、調整を行っていこうと思います。
そして、原作でモガ村とアイシャが登場するのはMH3とMH3Gのみであり、それ以外の方には分かりにくいネタがあることに気付いていませんでした。
伏線が弱いことも含めて、全て作者の認識の甘さによるものです。
対処として、これから必要な設定を後書きに公開していき、完結後に資料集として纏めていくことにします。
次話より、やっと次の場面に移る予定です。
読者の皆様を長く待たせてしまい、申し訳ありませんでした。
迷走を続けていますが、もうしばらくこの物語にお付き合いいただけると嬉しいです。