こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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第6話 夢か真か

「――ん……」

 

 

 暖かい陽光が、私の意識を闇から引き戻した。

 随分と長い間寝ていた気がする。空気は涼しく、さわやかだ。

 だが、そんな穏やかな空気とは裏腹に私の心は何故かざわめいていた。

 

 

 ――生きている?

 

 おぼつかない思考の中で、くっきりと形を持った感覚はそれだけだった。

 まるでそれが、とても不思議なものであるかのように。

 

 なにか、とても大きな出来事があった気がする。

 でも、それが思い出せない。しかもなぜか、思い出せないことそのものが、とても甘美なものに思えて仕方なかった。

 体を横たえている場所も、固い床などではなく、柔らかさをもっている。

 このまま、もう一度眠ってしまいたくなるような心地よさに、しばらく身をゆだねていた。

 

 

 ――だが、このまま目を閉じていたところでは、何も分からない。

 そんなことを言い出すのは、私の意識のどこかの部分。

 

 「狩人」の私が、更なる情報を求めている。

 

 

 まずは、状況確認からしていこう。

 もっとまどろんでいたいという気持ちを引きはがして、私はゆっくりと目を開ける。

 

 その後しばらくの間、私はあおむけの状態のまま固まってしまっていた。呆けていたといった方が適切かもしれない。

 

 目に飛び込んできたのは、見慣れた支柱と簡易なつくりの革でできた屋根。

 そして、人ひとりが寝転がるには広すぎるスペースのあるベット。

 狩人なら、ここを知らない者はいない。

 

 

 私は、キャンプエリアに設置されたテントに寝かされているのだった。

 

 だが、どうしてここに私がいるのか分からない。

 今の私は半分、夢見心地にひたっていた。

 

 視覚情報が入ってきたことで、ぼやけていた頭がだんだんと覚醒していく。

 キャンプから見える太陽は赤く輝いている。その方向は東の空。

 どうやら、朝のようである。

 

 

 なんにせよ、まずは体を起こさなければ思考もままならないではないか。

 そう思った私は、むくりと起き上がろうとして――

 

「――いたっ!」

 

 いきなり走った痛みに顔をしかめた。

 痛みの感じた部分は、右肩の背中の部分から。

 しかし、起き上がれないほどの痛みではなく、腕の動きの阻害もそこまでないようだ。

 痛みを庇うようにして、ゆっくりと身を起してベットに座る。

 

 

 はて、私はこんな怪我をした覚えがないのだが……?

 

 しかも、何故キャンプにいたのかが思い出せな――――

 

 

 

 ――思い出した。

 

 ここにきて、ようやっと昨日と今日の記憶が連結しだした。

 当然のことながら、昨晩あったことも薄ぼんやりと覚えている。

 深い森の中で切り立つ崖の奥、ひっそりと広がっていた入り江と、竜の遺骸。

 

 

 一番の印象に残っているのは、あの少女の佇む姿だ。

 

 まるで幻想を見ているようだった。いや、あれらは夢だったのだろうか?

 いや、そんなはずはない。この記憶が真実であることは、右肩の鋭い痛みが証明している。

 

 

 そう、そうだ。あれは本当にあったことなんだ。

 私が出逢った少女は、決して夢などではなかった。

 

 そう思うと、なんだかこの痛みが愛おしくさえ思えてくる。

 

 こんなようでは、私はどこかの街にいる夢見る令嬢のようではないか。

 でも、悪くない気分だ。むしろ、清々しくさえある。

 

 何故こんなにも明るい気持ちになれるかというと、理由のひとつは今、生きているから。

 そして、私がここにいるということから考えられることはただ一つ。

 

 

 ――彼女が私をここまで連れてきてくれたんだ……。

 

 それだけで、胸がいっぱいになった。

 

 でも、今はゆっくり感慨に浸っている状況ではないし、ここはそんな場所でもない。

 さて、と一息に起き上がった私は、ようやっと自分の姿を確認した。

 

 

 予想はしていたが、やっぱりインナー姿だった。

 

 と、いうことは……おそるおそる辺りを見渡す。

 最悪の場合、ここから村まで戻るのが凄まじくきつくなるのだが……

 

 

 日の光を反射して、きらりと輝く蒼い甲冑を見つけたときには、心底ほっとした。

 同時に、同じくらい驚いた。

 今の私がインナー姿ということは、ベットに寝かせるためにわざわざ防具を外してくれたということ。

 それについてはとても嬉しく思う。しかし、しかしだ。

 

 

「あの妖精さん、随分と力持ちだね……。」

 

 

 実は私以上に筋力があるのではないだろうか?

 防具ごと、私を背負おうとなると結構な重さになる。

 装備を外されて運ばれたとしてもおかしくないと思っていた。

 

 なんだか彼女に申し訳なく思えてきた。

 きっと彼女も星明りがあるとはいえ、あの暗い森を抜けていくのはとても大変だっただろう。

 今現在ここは火竜の縄張りの中にあり、肉食獣の活動は抑制されているとはいえ、ジャギィなどと鉢合わせてもおかしくない。

 寝床にぬけぬけと侵入して、大事なものに手を出してしまった私なんかに、どうしてこんなにも親切にしてくれるのだろうか?

 

 そんなことを考えながら防具を身に着けていると、ふとあることに気が付いた。

 

 

 「肩の傷が膿んでない?」

 

 

 見えないのにそんなことが分かったのは、肩を動かしても傷口の化膿による焼けつくような激痛が来なかったから。

 患部に手を当ててみると、薄い布のようなものが巻かれていた。

 僅かに湿っているそれは、的確に傷を保護しているようだ。

 はっとしてアイテムポーチを漁ってみると、案の定回復薬の量が減っていた。

 きっと、彼女が手当てをしてくれたのだろう。

 

 

「どうして、こんなことまでしてくれたんだろう……?」

 

 

 私は、殺されてもおかしくないと思って意識を手放したのに。

 その後の彼女は、私に危害を与えることもせず。怪我の手当てまでしたうえで、私をここで寝かせてくれた。

 そんなことまでされては、まるで私は

 

 

 

 ――赦されているみたいじゃないか――。

 

 

 

 肩に手を添えたまま、呆然と立ち尽くした。

 

 ああ、もしそうだったらどんなに有難いことか。

 

 

 彼女との出会いを悔いのないものにしてもいいんだ――。

 

 

 もう一度、逢いたい。話ができるのなら、今度はしっかりと向かい合って話してみたい。

 でも、それが私に赦されているだろうか?

 

 

 答えは、否だ。

 

 

 この親切な介護は、きっと穏やかな拒絶の表れなのだと思う。

 

 私のしたことは赦されたのだろうけど、私と彼女では、生きる世界が違う。

 この世界、竜と人では決して相容れることがないのと同じで。

 

 過酷な自然な中に身を置いた彼女と、村で暮らす私では、互いを傷つけあうだけだ。

 だから、思い出としてしまっておくために私をここまで連れてきた。

 

 

「なんて、そう思うのは私の独りよがりなんだけどね?」

 

 でも、きっとその方がお互いのためだと思う。

 そっと肩に添えていた手を放して、私は自らの相棒である大剣を手に取ろうとした。

 

 

「――あれっ?」

 

 そして、「炎剣リオレウス」が手元にないことに気付いた。

 

 二度の撤退と三度の突撃を繰り返し、二日間にも渡る激闘の末に倒した空の王者リオレウス。

 その骨髄や牙をふんだんに用いた、荒々しい紅の大剣だった。

 

 慌てて周囲を見回してみても、それらしきものは見当たらない。

 と、いうことはつまり、

 

 

「あの入り江にまだ置かれたまま――?」

 

 いや、考えてみれば仕方のないことだろう。

 あの大剣は、へたをすればあの少女の身の丈以上もある。

 そして、その大きさに違わず、かなりの重さをもっているのだ。

 流石に私とあれを一緒に運んでいくことは出来ないと思う。

 

 しかも、私にはまだ頼もしい愛剣がある。

 

 大剣の立ち回りに幅を広げるために所持している近接戦闘武器。

 

 砂漠色に染まった片手剣「サーブルスパイク」は今も腰防具にしっかりと固定されている。

 砂原に住む竜巻の主、ベリオロス亜種の素材からできた、切れ味鋭い両刃剣だ。

 

 

 「炎剣リオレウス」が手元から無くなってしまったのは大変だが、私は片手剣でも何とかやっていける自信がある。

 普段の私は、大剣をメインとして間を縫うように片手剣を使う。

 太刀筋と打点攻撃力なら、メインで片手剣を使っている人にも負けない自信があった。

 「サーブルスパイク」なら、戦闘の主体に立ち替わっても十分に力を奮ってくれる。

 

 

そして多分、あの剣は遠からず戻ってくるだろう。

 

こうして私を運んできてくれたということは、あの剣だってきっと例外じゃない。

無責任な言い方かもしれないけど、返ってくるのを待っていた方が、自ら取りに行くよりよっぽどいいと思う。

 

 

 そんなことよりも、村の人たちに「炎剣リオレウス」のことをどう説明するかが問題だ。

 うまく隠し通せるか分からないけど、この間に難しいクエストが入ってこないことを祈るばかりだ。

 

 

「――ん?、村と言えば……って私森に入って何日目!?」

 

 

 考え事をしていたせいで、時間のことをすっかり失念していた。

 

 村を出てから換算すると、一日以上が経過していることになる。

 これはまずい。森が荒れているとき以外は、基本私は一日以内に戻ってくる。

 村の人たちが心配しているかもしれない。早く帰らなければ!

 

 手早く荷物の準備を済ませ、軽いストレッチをする。

 全身をほどよく伸ばした後に、防具の可動域を確認。

 最後に大きく深呼吸をして、意識も「狩人」のものへ移行する。

 

 

 そして、一息にキャンプから飛び出した。

 いろいろと考えないといけないこともあるけど、今は後に置いておく。

 

 なんだか村に戻るのが久しぶりな気がする。いろんなことがありすぎたからだろうか?

 一日しか経っていないのに、一週間近くかけて遠くの地域でのクエストをこなしてきた帰りのような気分だ。

 

 

 こんな風に思えるのも、彼女が私と出逢ってくれたから。

 

 そういえば、あのときの「ありがとう」は伝わっているだろうか?

 

 

 ――伝わってたら、いいな。

 

 

「よしっ」

 

 じゃあ、一歩を踏み出すのだ。

 絶対に起こりうるはずのなかった幻想を、この目で見たものとして胸を張って。

 

 

 ――その後姿に、誇るように携えていた紅い大剣はない。

 

 




主人公の女の子はなかなかにドジですね。
主に私の文章力のせいなのですが。

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