こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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第9話 その瞳には

「ええと、単刀直入に言いますと……ハンターさんの持ってた赤色の大剣はなくなってしまったのでしょうか?」

 

「――ん、というと? どうしてなくなったなんて思ったの?」

 

 どうにか心の動揺を悟られないようにしながら、はぐらかすかのように少し的を外した質問返しをした。自分自身いつかは訊かれるであろう質問だと思っていたから、切り替えし方は考えている。

 アイシャは、その返しの意図に気付いているのかいないのか、それとなく私を見つめながら戸惑うように言った。

 

「いや、ただ単純に最近あの大剣を背負っているハンターさんを見てないなーと思って。でも結構前の話ですけど、ハンターさん言っていたじゃないですか。「これから作ってもらうやつは両刃剣だから、今使ってる大剣と使い分けが出来る」って。工房のアシェルダさんも「炎剣に負けない一振りだ」と言っていたので、片方ばかり使っているのはなんだかおかしいと思ったんです」

 

 そういえば、ふた月ほど前にそんな会話をしていた気がする。日常の何気ない雑談だったのにしっかりと覚えられていてはたまらない。

 ここで沈黙してしまうのは、炎剣が手元にないことをほぼ認めてしまっているも同然なのだ。しかし、ここまで察されるともうそんな心配も無意味に思えてきた。

 アイシャは口を閉ざしてしまった私を気遣うようにして、笑顔を浮かべながらおどけるように言った。

 

「結局、一番の理由はハンターさんがあんなに大事にしていたリオレウスの大剣を手放す、というのがどうしても想像できなかったからなんですけどね!…………で、実際のところはどうなんですか?」

 

 これは無理だ。どうやっても隠し通すことなんてできない。私はため息をついて両手を上げた。

 

「降参。アイシャの言う通り私の『炎剣リオレウス』は今手元にないよ。――いつから気付いてたの?」

 

「――えっ、ほんとですか!? あの大剣なくしちゃったんですか!? てっきり呆れられると思ってたのに!」

 

 

 ……察してなんかなかった。そういう女の子だった……。

 

 彼女は心底驚いたような顔を浮かべて口を手で覆っていたが、やがて少し怒ったような口調でまくしたててきた。

 

「もうっ、なんで隠してたんですか! いつからって、丁度ひと月ぐらい前からですよ。別に気にすることでもないのかなーなんて思ってでもやっぱり気になって尋ねてみたら案の定ですか!」

 

「ご、ごめん。ちょっと言い出せなくて……」

 

「謝ってるハンターさんに免じて赦しますけど、武器の紛失ってちゃんとギルドに報告しないといけないんですよ? 村の人たちだって不思議がってましたし、せめて私に言ってくださいよ……」

 

 アイシャのもっともな言い分に、私は身をすくめた。さっきとは全く逆の構図が出来上がっている。

 しかし、やがてアイシャは心配そうにこちらを覗き込んできて、困ったように声をかけた。

 

「それで、どうして話せないんですか? もう見つけられないとか……それでもアシェルダさんに言わないとだめですよ?」

 

「いや、そんなわけでもないんだけど、ね」

 

「あれ、場所は分かってはいるんですか? てっきり崖とかに落としてしまったのかと」

 

「うん、だから失くしたってアシェルダさんには言えない」

 

 武器をなくす、というのはハンターにとってかなりの痛手と羞恥を受けるものだ。そう簡単に紛失してしまっては、金銭的にも信用的にもハンターとしてやっていけなくなってしまう。

 それでも、アイシャの挙げた理由で武器を失くしてしまうことは極々まれにあることだった。

 しかし私の場合、炎剣がどこにあるかの予想はついている。それを取りに行く勇気がなくてずるずる引きずっているだけだ。

 

「多分そこにあるんだろうな、っていうのは分かってるんだけどなかなか行き出せなくて」

 

「ああ、取りに行くのに時間がかかるということですか。確かにハンターさん最近忙しかったですからねー。……まさか海の中ではないですよね?」

 

「それは流石にない…………と思う」

 

 そういえば、あの少女が炎剣を捨てていることだってあり得る……いや、それだけはないだろう。

 なんて考えている間にうっかり答えるのに間をあけてしまった。後悔してからではもう遅い。アイシャが訝しむようにこちらを見ている気がして、目線を合わせることが出来なかった。

 

 海中に武器を長く浸していると、劣化がとても早くなる。炎剣ともなると元になった素材的に尚更だ。彼女もそれを分かっているのだろう。

 でも、こんなふうに話を進めれば有耶無耶になる気がする。そんな淡い期待を抱いていた私だったが、アイシャはそれを許してはくれなかった。

 

「でしたら、このクエストのない間に取りに行けますね! モガの森のどこかなんでしょう? きっと見つけ出せますよ!」

 

 疑いの気配が全く消え去っていないその声に、私は天を仰いだ。いつのまにか場所まで推測されている。これは逃げられなさそうだ。

 もうどうやって言い逃れすれば分からなくなってきて、私は現状を説明するしかなかった。

 

「ごめん、それはちょっと無理……いろいろあって取りに行けない……」

 

「……さっきアシェルダさんに言い出せないって言ってましたけど、取りに行ける場所にあるからなんですよね?」

 

「……うん」

 

「――なんだか取りに行きたくない、みたいに聞こえるんですが」

 

 だめだ、これ以上深く聞きこまれたら、決定的なぼろが出てきてしまう。本気で心配しているからこそ、責めるような口調になってしまっているのであろうアイシャに対しても、本当のことを話す勇気は出なかった。

 私はテーブルに向けて、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「いや、そうじゃなくて……ううん、正直に言うとそうなる。でも、いつか絶対に取り戻すから……お願い、このことは誰にも言わないで……!」

 

 俯いて縋るように言った私に、アイシャはしばらく何も言わなかったが、やがて深い深いため息をついた後に「…………分かりました」と言った。

 私はここでようやくほっと一息つくことが出来た。これ以上の追及はしないみたいだ。でも、アイシャにも隠し事をしてしまったのが、とても苦しかった。

 

 その後少しの間、お互いに無言のまま時が流れた。食事処特有の、かちゃかちゃという皿を洗う音以外は何も聞こえない。

 なんにも言ってこないアイシャが少し怖くなって、怒らせてしまったかと恐る恐る顔を上げると、そこには、

 

 

 ちょっと涙目になりながら、頬を思いっきり膨らませて私を見ている親友の顔があった。

 私と目が合うと、待ちわびたかのように口を開く。

 

「……普通の人なら、ここで「もう貴方のことなんて知らないからっ」とか「辛かったらいつでも相談してね」なんて言って、とりあえず席を立つんでしょうね。私だってそうしたい気分です」

 

「…………」

 

「――で、私が実際にそうすると思いますか?」

 

「……え?」

 

「そうですね、私がもっと大人だったらそうすると思いますけど…………まだまだ自分若者ですから! 血の盛んなお年頃ですから!」

 

「いや、その……」

 

 狼狽している間に、がしっと腕を掴まれた。アイシャはそのまま席を立つ。

 

「え、え?」

 

「さて、お腹いっぱい食べたことですし、風当たりのいい場所で少しゆっくりしましょう! いいですか? いいですねっ! さあ、行きますよ!」

 

 私がつられて立ち上げると、彼女はそう言ってぐいぐいと腕を引いて出口に向かって歩き出した。

 離れた席に座っていた客が、不思議なものでも見るような目でこちらを見ている。

 

「ちょ、ちょっとまっ」

 

「コック猫さんご馳走様でしたーー! まかないもあんなかんじで作ってくれると嬉しいです~~!」

 

 アイシャはそう言って店から出て、私の右腕を掴んだままずんずんと歩いていく。店の方で「無理言うんじゃないニャーー!」という声が聞こえた。

 私は彼女が怒っているのか何なのか全く把握できなくて、その腕を振り払うこともできずに困惑したまま彼女に付いて行った。

 

「ま、待ってアイシャ! 私たちどこに行くの!?」

 

 そう尋ねると、アイシャは少し歩くペースを緩めた。どうやらそこまで考えていなかったようだ。

 

「そうですねーー。人気が無くて清々しい場所と言ってらどこでしょうか? ……そっか、桟橋に行けばいいんですよ! 沖の方に行けばそうそう人も来ませんし!」

 

 ほっとしたのもつかの間、目的の場所を即決した彼女はまた強く私の腕を引いて歩き出す。

 この時間帯にもなれば、広場を行きかう人の数も多い。アイシャはその中を強引に進んでいくため、私は何度も人とぶつかりそうになった。

 そのたびに私は会釈だけして謝っていたが、村の人たちは怒るよりも怪訝な表情をしながら、心配そうに道を空けて私たちを見送っていた。絶対に緊急のクエストか何かと勘違いしている。

 

「どうしたお二人さん! 急ぎの依頼でもあったのかい?」

 

 途中でそう言って事情を尋ねてくる人もいたが、アイシャは「はい! そうなんです!」などと言いながらわき目も振らずに通りすぎていく。

 しかし、その行先はギルド支部とは全くの逆方向だ。はたからみれば言動が不可解すぎる。村人たちが訝しむのも当然だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そんなこんなで、広場を突っ切るという恥ずかしい思いをしながらも、アイシャは数分もたたずに桟橋の沖の方にある屋根付きの休憩場へ辿りついた。

 彼女にとってはここまで走り抜けるのは結構な運動量だったらしく、私の腕を離してぜえぜえと息を吐いている。しばらくそうしていた後に、彼女は周囲に人気がないことを確認し、ふぅ、と一息ついて残橋の縁に腰かけた。

 そして、おもむろに口を開く。

 

「ハンターさん、隣に座ってくれますか?」

 

「う、うん……」

 

「今日はちょっと風がありますけど、思ったより波は高くないみたいですねー」

 

「確かに、もっと白波が立っててもおかしくないかも」

 

 言われるがままに、私はアイシャの隣に腰かけて、話を合わせた。そのまま、しばらく波と風の音だけがが過ぎ去っていく。海が日の光を反射して光り輝いていた。

 モガ村からは少し距離があって、喧騒はほとんど届かない。

 

「ここまでくれば、私以外の人に話が聞こえることはないですね」

 

「……そうだね」

 

「…………もともと、ちょっと訳ありな感じなんだろうなって思ってたんですよ」

 

「――え?」

 

 唐突に話し出した彼女の言葉を理解するのに、少しの時間を要した。

 ちらりと彼女を見てみると、受付嬢の帽子を脱いで髪を風に流しながらも、真面目な表情で海を見つめていた。

 

「だってハンターさん、モガの森からから帰ってきてから、二日経ってアシェルダさんが新しい大剣を手渡した日まで自宅に籠りっきりだったじゃないですか。いつものハンターさんなら広場でみんなのお手伝いしているはずなのに……」

 

「――うん」

 

「それから初めて私と顔を合わせた日には、もうあの大剣は背負ってなくて、ちょっと目にくまもできてました」

 

 ……そのことについて問われることは、なんとなく予想できていた。

 ときどき、アイシャはその優れた記憶力を覗かせることがある。普通に会話しているときでも、私なら気にも留めなかったであろう話題を挙げたりする。それらは大抵、後日になって噂になるものだったりするのだ。今だって、私がまた広場に顔を出すようになってしまえば忘れてしまうような些細な出来事だと思う。

 

 何をどこまで読まれているか分からない。その緊張からか、アイシャ言ったことの意図は掴んでいるのに、私は上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。

 しかし、彼女は私の返事がないことを気にも留めなかった。海の方に視線を向けたまま、彼女は再び口を開く。

 

「それからはいつものハンターさんのままで、依頼も入ってきていたので顔を合わせることは少なくなっちゃってましたけど……」

 

 言いながら、彼女は少し俯いた。私は、その横顔を見つめることしかできない。

 

「……どうしても、どうしても気になることがあったんです」

 

 ここで初めて、アイシャはこちらの方を見てきた。その顔は、何か確信に満ちていて有無を言わせないという気迫と、今にも泣いてしまいそうな儚さが一緒になっているように見えた。

 その深い褐色の瞳に見つめられ、私は目をそらすことさえできずに、次の言葉を待つ他なかった。

 アイシャは僅かに迷うそぶりを見せた。しかし、すぐに意を決したようにして私に向けて言った。

 

 

「――モガの森から帰ってきたハンターさんは、右肩を深く傷つけていましたね? それだけならまだしも、その傷を人に診てもらうこともせず庇ったまま狩猟に出て……。見送った後で、やっぱり引き留めておけばよかったって本当に後悔したんです」

 

 右肩の刺傷は、私の精いっぱいの虚勢は、容易く見破られていて。

 

「――――っ」

 

「……教えてください。ハンターさん。――いえ、()()()()()()

 

 その類い稀な観察眼をもって、一気に核心へと。

 

 

「あの日、あのとき。モガの森で何があって、何と出会ったんですか……?」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 さざ波の音も風の音も、どこか遠くにあるかのように聞こえた。

 まるで、私とアイシャの間だけゆっくりとした時間が流れているようだ。

 麻痺しかかってた私の心も、時間が経つにつれてだんだんと融解していく。

 

 私はなんて意固地になっていたんだろう。痛切にそう思った。不器用で、隠し事なんて全部お見通しで、心配されていることに気付きもしないで。

 全然、自己完結なんてできてなかった。

 

「……ごめんね、アイシャ。隠し事なんてしてごめん」

 

 アイシャの天然で、元気いっぱいの仕草の裏には、心から人を気遣う健気さがある。正直私にはもったいないくらいなのではないだろうか。

 彼女になら、あの出来事について語っても信じてくれることに、どうして気付けなかったのか。 

 

「話し出したら、すっごく長くなっちゃうんだけど大丈夫かな?」

 

 ここまで来たのなら、もう彼女にも背負ってもらおう。

 とりあえず確認を取ってみると、彼女は真剣な眼差しで私を見て、言った。

 

「……はい。正直原稿の締め切りが明日で、まだ書ききってなかったりするんですけど、気にしないことにします」

 

「そこは気にしないといけないことだと思うから、適当に端折って語ることにする」

 

 思わずため息が零れた。今までの空気が台無しになってしまった気がする。

 

「そんなっ!? なんだか超大長編になりそうな予感だったのに! それを端折るなんて、それじゃあただのつまんない報告書じゃないですかっ!」

 

 アイシャが信じられない、といった顔で訴えてくる。さらっととんでもないことを言ってのけたのはどこの誰なのか。本当に締切に間に合わせられるのか心配だ。

 まあ、私が知ったことではないけれど。どうせアイシャのことだから、口語で書いたりしてでも間に合わせるだろう。

 

「なんだか今、図星を突かれた気が……」

 

「――アイシャはさ、モガの村で育ったんだよね?」

 

「え、あ、はい。そうですけど。あれ、もしかして物語は始まってたりしてます?」

 

 突然話し出した私に戸惑うようにしながらも、ほんの少しだけ顔を引き締めた彼女に、思わず笑みがこぼれそうになった。それを覆い隠すように、おどけたような声で言葉を紡ぎ続ける。

 

「じゃあ、海竜の王様と妖精の昔話もきいたことあるかな?」

 

「……あぁ、あのヨシおばあちゃんの話してくれた昔話ですか。もちろんです。私あの話好きなんですよねー」

 

「よかった。それならこれから語るお話もちょっとは面白いかもね? あんまりそういうのは得意じゃないけど……」

 

「おー、なんだか期待できそうですね。なんだか全く先が読めないんですけど!」

 

「いやいや、これが事の始まりだったんだよ」

 

 そう、あのとき私があの場にいなかったら、ヨシと一緒に帰っていなかったら、すべては起こりえなかったのだ。あの夢のような出来事は。

 

 

「私がね、あの昔話が終わった後にヨシさんと話してたんだけど――」

 

 

 これは、誰もが何の夢物語だと笑うような、本当にあったお話。

 ひとりのしがない村付きハンターと幻想の物語だ。

 

 

「あのお話に出てくる妖精はね。……物語だけの存在じゃなかったんだ――――」

 

 




 やっと主人公の名前が出てきました。命名は、とある大好きな小説のヒロインから。
 展開は遅いくせに、一話一話の内容の薄さがどうしても拭えないのが悩みですが、慣れしかなさそうですね……

 ある友人に、主人公の容姿をもっと詳しく説明して、と指摘されました。
 改めて確認してみれば、驚くくらい何も書かれてないですね。脳内完結していた私が恥ずかしいです。
 大変遅くなってしまいましたが、ここで彼女の容姿を説明しておきます。

 名前:ソナタ     性別:女性     年齢:18歳
 髪の色:黒銀     髪型:全体的にショートカットで切り揃えず流している
 瞳の色:黒銀     身長:167cm
 体格:大剣を扱うにしては細めだが、腹筋は割れてます。
 顔:二重瞼、アイシャ曰く、真面目そうとのこと。

 結構アバウトですが、こんな感じでしょうか。
 そういえば、お気に入り件数が10件を超えました。ありがとうございます。

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