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「――しっかしどう説明したものかな、フランには」
暗い廊下を歩きながら、魔理沙はぼやいた。
悩んでいるようだったが、微塵も徒労感を感じさせないのがこの若き魔術師の長所であった。
探究心とそれに相応しい努力、そして諦めない意思と活力。
持って生まれた才能の乏しさを、生命の輝きそのものを積み上げることで塗り替えようとしている。
霧雨魔理沙は、百年以上の長きを生きたパチュリーにとってみれば、どこか眩しさすら覚える少女であった。
「理解できないのは、多分因果関係の方なのよ」
珍しく魔理沙の見送りに出ることにしたパチュリーは、それにぽつりと答える。
ナイトキャップにパジャマ、その上に外套を羽織っただけの姿のままなのは、これが正装なのだから仕方が無い。
「ん? つまり、“フランが楽しい”→“私が楽しい”の繋がりがってことか?」
「そう。妹様は五百年近くもの間あの地下室に幽閉されたままだった。ほとんど誰とも会話することも無く、誰とも感情を共有することも無く。……貴女と出会って今に至るのだって、私たちからすればほんの僅かな間のことなのよ?」
フランドールはその幼い外見とは違い、それほどに無垢でも無知でもない。どれほど子供染みていても、五百年の年月を生きた吸血鬼なのだ。事象や概念に関して、書物で得られる程度の知識はちゃんとある。
「まあそうかもな。妖怪の時間間隔は妖怪でない私には良くわからんが」
「貴女はそのままでも充分妖怪染みているけれどね。――それはともかく、妹様にとっては『自分が嬉しい』ことと『他人が嬉しい』ことはわかる。でもそれはあくまでも別個のものであって、感情を共有するということをまだ実感としてわかっていないのよ」
「ふぅむ。保護者の情操教育に問題ありだな」
したり顔で頷く黒白の魔法使い。評論家にでもなったつもりだろうか。
「どうだか。少なくとも私は保護者ではなく監督者だから。教育方針に関してはあまり口を挟めないのよ」
この館の主にして話題の人物の実姉たる、“永遠に紅い幼き月”をパチュリーは思う。彼女との友人付き合いもいい加減永きに渡っているものだ。
「にしても何でレミリアはフランを幽閉したりしたんだ? そりゃ力が強すぎるってのはあるかもしれんが、お前ぐらいの魔術師なら能力に制限をかけるなんてことはお茶の子さいさいだろうに」
無表情に「お茶の子がどうかは知らないけど」と前置きを挟み、パチュリーは言った。
「生まれながらに狂っていたせいだとか、その特異極まりない能力のせいだとか、外向きの理由は色々とあるのでしょうけど。最たるものは、レミィほどの力の持ち主が『それが最善』であると判断したからでしょうね。運命を見通す彼女の瞳にさえ、これ以上の選択肢は見つからなかったということじゃないかしら。……私がこの館に来たのは妹様が幽閉されてから随分後のことだし、レミィに問い質そうにも、あの性格だしね。本当のところはわからないわ」
「ふーん。“運命を操る程度の能力”つっても、万能じゃないんだな。何の足しにもならないというか、まるっきり気の持ちようというか」
「本人が聞いたら怒るわよ?」
パチュリーは小さく笑い、咳き込んだ。
「大丈夫か? 喘息」
「……喋りすぎたわ。今日は発作で眠れないわね」
自嘲と虚勢が半々の台詞に、魔理沙は悪戯っぽく笑った。
「添い寝して絵本でも読んでやろうか?」
「遠慮するわ。寝てる間に魔導書をどれだけ盗られるかわかったもんじゃない」魔理沙が小脇に抱えた一冊の本にちらりと目を向ける。「それだって妹様の家庭教師代に黙認してるようなものだし」
「当然の報酬だぜ。それに借りてるだけだ」
「おかしなものね。貴女なら本当は盛大に壁をぶち抜いて盗ってく癖に、わざわざ報酬だなんて。どういう風の吹き回しかしら」
「さてな。私はいつの日も風の吹くまま気の向くままだぜ?」
からからと笑う白黒の少女に、紫色の少女は溜息をつく。時折こちらが恥ずかしくなるぐらい真っ直ぐなのに、基本的にはいつもこうやって本心を誤魔化す。幻想郷ひねくれ者選手権などがあれば、スキマ妖怪辺りとタメを張るんじゃなかろうか。
「……んじゃ、また明日来るぜ」
いつの間にか玄関だった。扉を開けると吹き込む冬風が二人の髪を揺らした。遠く正門の鉄格子の向こうに、赤髪の門番が見える。
「はいはい。夜道気をつけなさい」
「誰に向かって言ってるんだ? じゃあ、お休みパチュリー」
「いい夢を、魔理沙」
とんがり帽子を被り直し、首にマフラーを巻いた魔理沙を乗せ、つむじ風と星屑の光を巻いて彼女の箒が飛び立つ。黒白の後姿が夜闇に消えて、その煌きの残滓が本物の星と見分けが付かなくなるまで、パチュリーは冬空を眺めていた。
「――パチュリー様~? お身体に障りますよー」
遠くから、門番が声をかけてくる。良くあの距離で声が届くものだと感心する。さすがにこちらはそんなに大きな声が出ないので、手を上げてそれに答えた。
「……寒」
ぶるりと身体を震わせて外套の前を掻き合わせると、魔女はそそくさと再び自らの巣穴――図書室へと踵を返した。
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