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実を言えば、あの時期――俗に紅霧異変などと言われているようだ――が来るまで、フランドールと面と向かって話したことはほとんど無かった。
否、今ですらもどちらかと言えば他人任せで、自分から何かを話しかけたことなど数えるほどだ。レミリアから監督役を頼まれたとは言え、姉の友人で居候という比較的微妙な立場のせいかも知れないが、何となくフランドールに対して一定の距離を置いてきた、という自覚がパチュリーにはあった。
今までして来たことと言えば、メイド長の「この本を妹様に貸しても良いか」という確認に対する是非だったり(ちなみに貸した本はほぼ間違いなくフランドールの能力によって破却されているため、戻ってきたものは一冊もない)、彼女が時たま脱走を試みた際に紅魔館の周囲に雨を降らせて閉じ込めたり、実力行使で地下室に戻したりといった程度のことである。
……正直、嫌われていても不思議ではないと思っていたし、顔を合わせる機会の多くなった最近でさえ、彼女が自分をどう思っているのか皆目見当が付かない。
今もって、パチュリーは魔理沙を介さねばフランドールに対し話しかけることも出来ないほどだ。二人っきりでは話題など一切無いだろう。
何故かと考察するに当たって、パチュリーはいつもの癖で自嘲気味に笑うしかない。暢気で楽天家な幻想郷の大部分の住人に比べると、只でさえパチュリーの自己分析は自嘲と皮肉の割合が多いのだが。
ともかく、引きこもりがちで自己の内面に没頭しがちな自分にとって、理知や常識に囚われない、世間知らずな“子供”の世話がかなりの難題であることは間違いなかった。
そういう意味では、むしろ似たもの同士であるのかもしれない。強制的に外界から隔離された紅魔の禁忌と、自発的に己の殻へと閉じこもる知識と日陰の魔女という違いはあれど。
だからこそ、自分よりも百年以上も年若い人間の手を借りているわけなのだが……。
☆ ☆ ☆
パチュリーが図書室の本棚から『オスカー・ワイルド作品集』を見つけたのは、魔理沙が帰ってしばらくしてからだった。
「……うん」
「――どうかされたんですか、パチュリー様?」
決心を固めたパチュリーに、司書の小悪魔が声をかけてくる。
「今から地下に降りようと思うのだけれど、ランタンはどこだったかしら」
「えっ?」
露骨に彼女はおののいた。そんなにおかしなことを言っただろうか?
否、確かに言った。
「……心配しなくてもいいわ、本を差し入れに行くだけだから。最近は安定しているみたいだし、別にとって食われたりはしないでしょう」
「誰か、他の者に任せるというのは……」
「いえ、自分で届けたいのよ」
「は、はぁ」
止めるべきか迷っているらしい彼女の頭をぽんぽんと撫でて、パチュリーは少しだけ微笑んだ。
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階段を降りていく。
陽光を遮るために窓の少ないこの紅魔館は、ただでさえ酷く空気が滞る。パチュリーが風(木気)の魔術によって幾分換気を良くしてはいるものの、吸血鬼というのは元来墓場の空気を好む。
墓場の空気は死の匂いだ。地脈の関係で滞った風は、対流が無ければやがてそこに棲まう精霊たち共々、だんだんと腐っていく。流転と成長こそ風の精霊の本分だというのに、それを封じられた彼女たちは生きながらに腐敗し、狂ってしまうのだ。
常人には有害なガスになりながら、土や水の精霊たちも巻き込んで毒の割合を高めていき、そうしてそこは名実共に“穢れ地”となってしまう。
吸血鬼たちアンデッドは、そういった負の連鎖と共にある存在だ。本来ならばその生態そのものが墓場と同質。死を呼吸し、死によって活動する。命あるもの全ての天敵。
しかしスカーレット姉妹をそういう不潔な死人と同列に並べようなどとは思わない方が良い。本人たち――特に姉の方などに知られたならば、ただでは済まない。
彼女たちは生まれながらの吸血鬼、真の祖たる貴種である。死なないからこその不死者。死んで吸血鬼へと変質したような凡百の死者風情とは何もかもが異質だ。格が違う。殻が違う。核が違う。
人間にとってみればどちらにしろ恐ろしい存在であることに違いはなかろうが、少なくとも彼女の友人を称する紫色の魔女にしてみれば、図書室の本が黴びない程度の湿度を維持出来るのは幸いというところであった。
霧の湖のほとりに建つこの館の地下ともなれば、石壁から染みてくる水分の量が馬鹿にならない。図書室の環境を保つのはパチュリーにとって死活問題なのだ。
……階段を降りていく。
闇は濃い。
手にしたランタンの明かりが精一杯に暗がりを押しのけるものの、四方八方から押し寄せる闇の圧力にはそれもか細い抵抗に過ぎない。2メートル先すら覚束ない暗闇は渦を巻いて心を苛む。夜の住人たる魔女パチュリー・ノーレッジにとってすら、その向こうにあるものを思えば、中々に酷なものだった。
そう、常に闇がわだかまるこの屋敷の最奥、そこに「彼女」はいる。
最強にして最高の吸血鬼たる実姉の能力を以てしても御しきれない、最凶にして最悪の吸血鬼だ。
レミリア・スカーレットが魔の頂点だとすれば、彼女こそは魔の極点。その一つが彼女の持つ能力に現れている。目に見えない“運命を操る程度の能力”を持つ姉に対し、妹は目に見える“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を備えていた。
曰く、事象にはあまねく「目(スポット)」がある。存在を維持する力の集中するその場所は、万物共通の弱点だ。彼女はそれを自らの手の中に移動させ、握り潰してしまうことで存在そのものを破却出来る。
生命も物質も現象も概念も。目にし、理解出来るものならば尽く彼女の前では平等だ。
ありとあらゆるものが、彼女の能力の前では等しく死ぬ。既に死した亡霊すらもその理の外へと逃れられない。概念核、魂魄を消し飛ばされて滅び去るだろう。
原理は不明。そも、この幻想郷にあって解明出来るものはたかが知れている。神秘であるからこそ強力であり、故に幻想の中に押し込まれたからこそこの世界に存在しうる。その異能の住人の中にあってすら、彼女の能力はトップクラスの危険さであった。
何しろ下手をすればこの幻想郷を包む博麗大結界ですら破壊してしまう力だ。結界を失えば、破綻した幻想は「外の世界」の世界律によってあっという間に塗り潰されてしまうだろう。それは幻想の住人にとってみれば、文字通りの“失楽園”となる。
そしてその桁外れの異能を担う少女は――事も有ろうに狂人であるときている。……実際のところ、正気か狂気かの真偽は不明だ。とはいえ、世界を壊すだけの力の担い手が容易く激発しうるという可能性は、彼女の存在が危険視されるには充分過ぎる理由であった。
…………階段を降りていく。
正直なところ。
こうして彼女の部屋へと赴く中でパチュリーは後悔すらし始めていた。メイドの誰かに任せておけば良かった。あの年若い魔術師に触発されたからといって、わざわざ自分で地下へと降りる必要など、全く以て無かったのだ。
しかし、パチュリーは止まりかける脚を内心で叱咤する。これは気まぐれでもなんでもない。自分自身が必要だと思ったからこそ、こうして動いているのだ。“動かない大図書館”の異名を取る自分が動くのは、本当に特別なことに対してだけなのだから。
知らず、喉が鳴る。持病の喘息ですら、今や文字通り息を潜めているかのように音沙汰が無い。声帯を震わせることそのものが自らの寿命を縮めてしまうかのような錯覚に囚われる。自分の足音ですら石造りの通路に反響してこの世のものとは思われず、大して長くも無いはずの階段が、まるで地獄へ続いているかのようにさえ思われた。
右手のランタンと、左手の本を抱え直す。
パチュリーの本拠である図書館も位置的には地下にあるが、フランドールの部屋はそれよりもなお深い地下に存在している。昔、まだこの館が外の世界にあった頃は牢獄だったのだろう。
――やがて。ランタンの明かりの範囲内に、「忽然と」という形容をしたくなるぐらいの唐突さで扉が現れた。