虹の翼が羽ばたく時 ~七曜の魔女の回顧~   作:山本黒壱

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遅くなりました。


9 星と月と少女たち

 何発ものクナイ弾をその身に掠らせながら、パチュリーは思考する。弾幕勝負において重要なのは自らの居場所を空間的に把握する俯瞰視点だ。

 セットされたのはお互い3枚。既に1枚目の札はパチュリーの側がスペルブレイクを果たした。

 

 パチュリーは遠距離火力の手数で押すタイプである為、どうしても飛行速度が遅い。回避機動を最小限に絞り、ぎりぎりまで相手の弾幕を引き付けて躱しながら自身の弾幕を相手に投射し続けるのが主なスタイルだ。近距離の対処は苦手な方である。遠近共に一撃の威力が高く、機動力を利用して積極的にこちらに飛び込んでくるフランとは対照的だ。代わりに向こうは紙のように防御障壁が薄い為、上手く囲い込めば耐え切れず被弾するのが幸いだが。

 

 現在のところ、戦術的にも心理的にも優位性があるのはこちらだ。フランは遮二無二こちらに飛び掛かってくるが、こちらはその進路に罠を張り待ち受けることで勝利を得られる。

 もちろん、飛び込んでくるのは最初に宣符したのが神滅の炎剣レーヴァテインだったからだ。長大な刃を持つ巨剣を象ったスペルだが、それ故に弾幕の軌道は直線的。業火を思わせて飛び散る小弾も、離れてしまえば散漫な火の粉に過ぎない。屋内の限られたスペースで振るうのであれば脅威だが、屋外で遮るものが何一つ無い状態では躱すのは容易いとさえ言える。その為にフランはこちらが回避不能な近距離で振るわざるを得ないのだった。

 

 確実に通過するであろう地点に《賢者の石》による十字砲火を置いたことで、フランは敢え無く被弾した。それ以降不用意な接近を反省したようで、彼女はこちらを遠巻きに旋回しながら弾幕を放ち続けている。2枚目のスペルカードはまだ温存するつもりらしい。

 対するパチュリーは泰然としている。何しろ実戦経験の差があるのだ。

 

 もしこれが弾幕勝負でないならば、フランはこちらをその暴虐とも言える膂力で蹂躙すれば良い。吸血鬼とはそういったものだし、そうするだけの能力を持っている。

 だが弾幕勝負ならばそうならない。ルールに則った戦いである以上、条件は同等。それどころか知略と経験で上回るパチュリーが有利なのだ。

 行ける。パチュリーの顔に不敵な笑顔が浮かぶ。

 

「あはははッ、何を余裕な顔してるの? これからなんだから!」

 

 狂笑と共にぎらりと瞳の赤が輝き尾を曳く。凶兆の流星めいて、フランがこちらへと再び猛突撃をかけてくる。

 宣符は無い。ならば撃ち落としてやろう。

 

「――我は呼ぶ、水脈統べる姫君を。圧せよ、その慈愛の(かいな)で以て! 水符《プリンセスウンディネ》ッ!」

 

 喘息の気配は未だ無い。これならば!

 発動に成功した魔術が、夜の虚空に怒涛を生み出す。のたうつ暴竜めいたその水流は、しかし瞬時に弾けて無数の泡を思わせる低速弾へと変わる。

 対手をその緩慢な動きと物量で囲い込み、回避を行えなくなったところにマジックレーザーを放ってトドメを刺すのがこのスペルだ。ランクこそ低いが、純然たるランダムに撒き散らされる低速弾は、逃げ道絶無の牢獄を作り出すこともある。

 高速で起点まで突っ込んできたフランに、これを躱す術などあろうはずもない。

 

 勝った。パチュリーは確信した。確信して、意図せずフランの顔を見た。

 

 

 

 

「あ は」

 

 

 

 

 ――見てしまった。

 熱狂と冷酷と歓喜が混ざり合う、悪魔の笑顔を。

 

わたしはいない そこには誰もいやしない

 

 詠唱。

 戦慄がパチュリーの背を駆け上る。

 まさか。

 

歌は告げる かぞえうた 10から1へ 終わりの刻を

 

 抜き撃ちめいてパチュリーの指先から放たれた閃光が、一直線にフランの顔を狙う。

 間に合え、間に合え、間に合え。

 けれど光速は、あまりにも遅過ぎた。

 

「――秘弾」

 

 レーザーは、ぼんやりと虚空に溶ける彼女の顔を「素通り」した。

 

「《そして誰もいなくなるか?》」

 

 消えた。

 完全に、あますところなく、その金の髪も紅の服も虹の翼も、虚空の狭間に滑り込むようにして消えた。

 拡散していく泡の弾幕が、虚しく夜を彩る。

 

(……やられたッ)

 

 歯噛みするも最早遅い。

 半ば反射的な動作で回避するパチュリー。その障壁を擦過して、どこからか放たれた弾幕が危ういところを通り過ぎた。

 フランの使用したスペル「秘弾《そして誰もいなくなるか?》」は一定時間自分の存在を量子の霧へと変え、フィールドから姿を隠すという反則めいたスペルである。

 こちらの攻撃は無効化され、しかしフランの弾幕はあちらこちらから放たれる。攻撃をただただ時間が過ぎ去るまで耐え忍ぶことを余儀なくさせる、ほとんどルール改変とも言える異形の札だ。

 フィールドには己独り。弾幕に当たればその名の通り、「そして誰もいなくなる」。

 

「まったく。やるではないの、フラン」

 

 パチュリーは流れる汗を額に感じて、口元をひきつらせた。

 こちらが第二の札を宣符するのに合わせ、それを無駄撃ちさせると同時にこちらを疲弊させる。回避の苦手なパチュリーに対して、これは最適解といっても良い選択だ。

 

 虚空より突如として湧き出してくる弾幕を、パチュリーは唇をかみしめて回避する。

 避ける、避ける、避ける。

 障壁を弾幕が擦過する音が耳障りだ。

 少しでも回避の加減を間違えれば、工作機械に巻き込まれる木っ端のようにパチュリーのバリアは砕け散るだろう。

 

 あと少し。あと少し。あと少し……。

 

 孤独な戦いだった。

 光の乱舞する闇の中で、パチュリーは上下の感覚すら失っていく。

 狂いそうだ。

 

 ――唐突にパチュリーは気付く。

 

 フランドール。彼女もまた、この孤独の中にいたのだと。

 永久とすら思われる幽閉期間、彼女は己の大切なものも、感情の帰結先も、心のかたちすらもわからなくなるほどの永い闇を、ずっとずっと耐え忍んできたのだ。

 想像するだけで、パチュリーにはとても耐えられないほどの虚無。

 独りにして欲しいと願いながら、独りは嫌だと枕を濡らす魔女は、幼い金髪の少女の姿に己を重ねて思わず呼吸をつまらせた。

 

 ……それがいけなかった。

 

「――ッ、ゴホッ!?」

 

 むせこんで、ようやく自分の体力が限界近くに至っていることに気付く。

 汗が全身から滝のように流れている。

 これは、いけない。

 ふらついたパチュリーを、とうとう背後から放たれた弾幕が捉えた。

 

 衝撃。

 明滅する視界。

 ほとんど意識を失いかけて墜落する中で、か細いながらも残されていた生存本能が飛行魔術を維持させた。

 地面すれすれで何とか再浮上。

 霞む目線を上げれば、ちょうど虚空から染み出すようにして紅い衣が現出したところだった。

 時計塔の天辺に舞い降り、睥睨するようにその真紅の瞳がこちらを映す。

 

「アッハハハハハ! その程度? その程度なのパチュリー! ほらほら、コンティニューして見せてよッ!」

 

 牙をむき出しにして、悪魔のように悪魔が笑う。お伽噺の悪魔でさえも、今の彼女ほどに悪魔的ではなかろう。

 対するこちらは、魔女は魔女でも老婆そのものだ。

 既に魔力はレッドゾーン。“紫の魔女”の顔面は、呼吸困難でさぞや青ざめていることだろう。

 

「……ふふッ」

 

 荒い呼吸の中で、意識せずとも笑みが漏れた。

 果たして、今までの自分はこんなになるまで必死に戦ったことがあっただろうか。

 紅魔館が紅白の巫女と白黒の魔法使いによって襲撃をかけられた時ですら、ここまでではなかった。

 

「ッ、もちろんっ、続ける、わよ。まだまだ、遊んで、あげるから、覚悟っ、なさい……」

 

 喋っているのか喘いでいるのかわからないほど息を切らしながら、パチュリーは挑戦的に笑ってみせる。

 それを見て、フランドールもまたにっかりと笑う。

 ――次が、ラストスペル。

 

 お互いに、申し合わせたように最後の一枚を抜き放つ。

 フランは余裕たっぷりに。

 パチュリーは息も絶え絶えに。

 

 

「――星よ、我が目に映らざるもの地に堕ちよ。涙よ、我が目に在らざるもの天を翔けよ!」

 

「――我は呼ぶ、天より月の一滴を。……(そそ)げ、果て無き闇の、(あまね)きを

 

 

 フランドールの周囲に、目に見えるほどに昂じた魔力が収束していく。手にした魔杖が変形し、まるで弓のような形へと姿を変える。

 パチュリーの足元に、蒼く巨大な光の線が走る。それは瞬きの間に六芒星と同心円を描き出し、夜の闇へと抗うように光を帯びる。

 

「禁弾」

「月符」

 

 宣符は、同時。

 

「《スターボウブレイク》!」

「《サイレントセレナ》ッ!」

 

 

 激突する閃光が、夜闇を塗り潰した。

 

 

 

 




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