正二の善行を称賛するメアリーだったが、正二はメアリーを不思議に思い始める。
そしてある出来事をきっかけに、正二の運命は大きく狂い始める……
二人が迎える衝撃のラストとは!?
どこで、誰が、何を見ているか分からない。だからこそ、私たちは、常に正しい行動を心掛けなければならない。
正二の住んでいる町は、広くなく、栄えている訳でもない。はっきり言って田舎だ。だから二年前、この近辺に外国人が住んでいるというのを知ったときは、意外に思った。
二年前中学に上がった正二のクラスには、メアリーという子がいた。父親がアメリカ人らしいが、彼女の国籍は日本だし、話す言葉も日本語だ。正二はこの子と三年とも同じクラスになったが、会話らしい会話は、したことが無かった。
だから、彼女に話しかけられて、大層驚いた。
「正二君、見てたよ。昨日知らないお婆さんの荷物を持つの、手伝ってあげてたでしょ」
返事をすることが出来なかった。殆ど話したことの無いクラスメイトと、廊下で擦れ違い様にするような話題ではないと思ったからだ。
立ち止まった正二にじゃあね、とだけ言うと、メアリーは去っていった。その日からだ。正二が褒められるようなことをする度に、メアリーに話しかけられるようになったのは。
正二君、見てたよ、で始まる会話は、他のクラスメイトや先生の耳に留まり、褒められるようになった。褒められ慣れていない正二は、少し恥ずかしかったが、勿論嬉しかった。ただ、それと同時に、違和感を覚えるのだ。
彼女は僕をどこから見ているのだろうか。
メアリーの言っていることは、間違っていない。しかし、正二が善行を働いたときに、メアリーの姿を見たことは無い。
夏休み、家族で旅行に出かけたとき、正二は迷子になっていた子供をなだめて係員まで届けた。その日の夜、ホテルで鳴った自分の携帯の非通知に出ると、電話口はメアリーだった。
「もしもし正二君、見てたよ。今日迷子の子供を係員さんのところまで連れて行ってあげたでしょ」
「おい、何で知ってんだよ」
電話はすぐに切れた。彼女はいつも自分の要件を伝えると、すぐにどこかへ行ってしまうのだが、電話だとそれが簡単らしい。
はっきり言って、気味が悪い。まず、彼女は正二の電話番号を知らないし、彼女は夏休みの補習で学校に行っていた筈だ。
夏休みが明けてしばらくが経った。何度か彼女に話しかけてみた。何故僕の電話番号を知っている、とか、何故僕の働いた善行が分かるのか、とか……案の定、返事は返ってこなかったが。
その日、正二は近所のコンビニへ買い物に行った。しかし、そこに目当てのものが無かったので、そのまま帰ろうとした。しかし、
「待ちなさい」
店長らしき人物が正二の肩をつかんだ。その表情に、正二は恐怖心を抱いた。
「まだ会計していない商品があるね」
無い筈だ。正二は万引きなんてしていないし、するような人間じゃない。商品が入っているなんてことは、あり得ない筈だった。
正二は、店内にクラスメイトがいることに気が付いた。彼らは確か、正二がメアリーに褒められているのが気に食わないらしい。もともと素行の悪い彼らに、はめられた。
正二は、してもいない万引きの犯人に仕立て上げられた。
店の裏で必死で店長に弁明したが、聞く耳を持たなかった。それはそうだ、正二の鞄の中には、物的証拠が入れられていたのだから。
遂に正二の母を呼ばれ、彼女の謝罪によってその場は収まった。
兄弟が居らず、父も仕事中で母と二人きりの食卓で、先に口を開いたのは母だった。
「正二、なんでこんなことしたの?」
「僕はやってないんだって」
「嘘つくんじゃないの!」
「嘘なんかついてないよ」
「じゃあなんで鞄の中に店の商品があるの!」
「知らないよ!」
母は目に涙を浮かべていた。
正二は、何もしていない。何もしていないのに、母を悲しませてしまった。しかし何より、母が自分を信じてくれないことが、ショックだった。
正二は食事を残して自分の部屋に籠って、そのまま眠った。起きたのが日曜日で良かったと思う。学校にはおろか、部屋から出ることすら嫌だった。
そんな彼の今の希望は、メアリーだった。もしかしたら、正二が無実であることを証明してくれるのではないか、と思った。いつもみたいに勝手にどこかで見ていたのではないか、と思った。彼女から電話は来ていないが学校でなら或いは、と思った。
毎食きちんと食べていた正二には、一日食事をしないだけで凄くお腹が空いて、夕食は食べた。母は、何も言ってこなかった。
翌日、学校では、正二が万引きしたという噂が流れていた。しかしメアリーのお陰もあって、信じる者は少なかった。店から学校に連絡が行っていないようで、良かったと思う。
正二の心の傷が癒えることは無かった。信じる一部からは、冷たい目で見られた。
「正二君、見てたよ」
彼女からの問いかけに、正二は振り向いた。しかし、彼女の表情はいつもと違っていた。
つまり、笑っていない代わりに、どこか悲しげな表情をしていた。
「昨日、家の外を歩いていた猫を驚かせたでしょ」
「……は?」
彼女はやはり、それだけ言うと去ってしまった。追いかけることは、出来なかった。二つ、驚くことがあったからだ。
まず、万引きについて言及しなかったこと。していた、と言われるか、していない、と言われるか、どちらかだと思っていた。
次に、猫を驚かせたのを知っていたこと。猫の鳴き声があまりに耳障りで、大きな声を出して、驚かせて、逃がした。完全に悪意のある行為で、今になってやりすぎたかなと反省している。
万引きを無視して、猫を気にするなんて、思いもしなかった。
「今はそれじゃないだろ」
その日の帰り、今度は本当に、万引きをした。ばれなかった。
正二は、この日を境に不良になった。メアリーは、正二が悪いことをする度にそれを言ってくるが、最初の、やってない万引きは何も言わないくせに、と思い無視した。
メアリーに関わっても、何も良いことはない。全ての元凶はメアリーだ。正二も知らぬ間に、彼はメアリーのことを憎く思うようになった。
だから、だ。メアリーを殺したのは。学校の屋上にいたメアリーを突き落としたのは正二だ。学校や警察は自殺とみているが、他殺だ。
悪意はあった。でも、ここまでする気は無かった。ちょっと痛い目見せようと思っただけだ。メアリーは、死んだ。
学校では、その話で持ち切りだ。メアリーが、自殺した話題だ。誰も、他殺とは思わなかった。所謂、完全犯罪だ。
正二は一人、罪悪感に駆られていた。警察に捕まったり、皆から糾弾されたりする方がましだったかもしれない。メアリーを殺した。それを誰にも、打ち明けることは出来なかった。
帰り道で、正二のことを呼び止める声がした。心臓が止まった。
「正二君、見てたよ。私のこと、学校の屋上から突き落として殺したでしょ」
どこで、誰が、何を見ているか分からない。だからこそ、私たちは、常に正しい行動を心掛けなければならない。
昔から、よく言われているだろう?
壁に耳あり正二にメアリー、ってね。
ごめんなさい。