2022追記:実はここに出てくるゲームの半分以上がエアプ。よく書いたよマジで。でもゲーム描写を除けばよく書けてると思ってる。実は三部構想だった。
六時五十分。始業のチャイムまでに学校に着くには、少し早すぎた。
——始業式だからって、張り切りすぎたかな。
僕は苦笑しながら、歩き出した。別に早めに学校に着いたっていい。
中学三年の時にちょっと勉強を頑張ったら、思いのほか成績が伸びた。両親も教師も舞い上がって、僕を場違いな県内有数の進学校に入れてしまった。
初めは、とにかく戦々恐々としていた。授業は全くついていけないし、周りも何を考えているのかさっぱりわからない。そして、メガネ率は異様に高い。
だが、一学期が終わる頃にはそれも慣れた。授業は相変わらずついていけないが、ついていけなくてもいいんだということに気づいた。そうしたら、自然と友達もできた。
元々、勉強が好きな訳でも得意な訳でもない。なぜかテレビの話題は全く通じないけれど、休み時間や放課後に流行りのゲームだとか漫画の話をしていれば、時間はいくらでも潰せた。
これから始まる二学期も、怖くはない。
でも、何かが違う気がする。
恋人ができないことじゃない。男子校に入った時点でそれは覚悟してたし、そんなに執着もない方だ......と思う。
僕は、だらだら下らない話をして、高校三年間を過ごしたかったのか?
子供の頃は、もっと何かに熱中していた気がする。
そう、例えば——。
「はい、俺の勝ちーっ!」
公園から、声が聞こえた。
見ると、小学生が二人でゲームをやっている。どうやら、二人で対戦をしていたらしい。
「約束通り、お前の伝説のポケモン全部、俺にくれよ!」
「.......うん」
どうやら、「ポケットモンスター」で、伝説のポケモンを賭けて対戦をしていたらしい。
俺も小さい時......いや、試験勉強を始めるまで、よくやっていた。
会話の内容が気になって、後ろを通るふりをしてこっそり画面を覗き見る。
——あー.......。
途端に、僕は残念な気分になった。
指摘しようか、放っておこうか。関係ないといえばそれまでだが、負けた子の悲しそうな様子を見ると、黙って立ち去るのも後味が悪い気がした。
ちょっと迷って、子供たちに声をかけようとしたその時。
「ズルはいけないな、少年」
顔のすぐそばで、誰かが子供たちに話しかけた。
驚いて飛び退く。いつの間にか、僕とさほど歳の変わらない青年が横にいた。
軽くふわっとした前髪、細身の体格、涼やかな目元。にも関わらず、伊達には見えない黒縁眼鏡か、それとも子供っぽい表情か、はたまた無駄にきっちり着ている制服のせいか、「イケメン」とは形容しがたい謎の男。
よく見れば、襟元についているバッジは僕の高校のものだ。
「な、何だよ、お前」
「そのリザードン。『コンペボール』に入ってるけどさ、それおかしいんだよね」
「はぁ?関係ねぇだろ、おっさん」
「おっさんって.......まぁいいや。でもね、リザードンはコンペボールには入れられない。しかも、レベルが最大でもHPは360を超えないし。570っていうのは、あり得ないよ」
すらすらと語る青年。どう見たってヤバいやつだけど、彼の言っていることは事実だ。
さすがに細かい数値は知らなかったが、HPが異常値を示していることは一目でわかった。それに、通常のプレイではあり得ないボールに入っていることも。
「何だと!じゃあ俺が、改造したって言いたいのかよ!」
「そういうことになるね。しかも、結構悪質な」
青年は哀しい顔で頷いた。
負けて泣いていた子供は、途端に勝った子を責め立てる。
「やっぱりズルしてたのか!おかしいと思ったんだ」
「は、はあ?してねぇし。こいつが勝手に言ってるだけだし。......くそ、お前、勝負しろ!俺が勝ったら、俺は改造してない。いいな?」
窮地に瀕した改造少年は、青年に謎の理屈を持ち出してきた。
改造しているからこそ、勝つのは難しい。特にステータスまで弄っているとなると、何をして来るか分かったもんじゃない。
だが眼鏡のポケモン博士は、おもむろに鞄から3DSを取り出す。
「いいよ。その代わり僕が勝ったら、もう二度とズルしないって約束してくれる?」
「だから、ズルしてねぇし!」
そう言いながら、少年は勝ちを確信した表情をしていた。
ステータス、技、特性。どこまで正規で、どこから異常なのか。それは彼の良心に掛かっている。
......と、僕は思っていた。
数分後、そこには子供のようにガッツポーズをする青年と、唖然とする少年の姿があった。
最強の特性「ふしぎなまもり」を改造で全ポケモンに付けてきた少年に対して、眼鏡の青年はひたすら攻撃を受け流し続けた。おそらくHP以外のステータスもかなり弄っていたと思うが、徹底的にダメージを無効化する青年のポケモンたちの前では無力だった。
三体目のポケモンが毒殺されたあたりで、僕はズルをしているはずの少年の方に同情していた。
危うく大切なポケモンを奪われそうになった子供も同様だった。僕はまだガッツポーズを続けている大人気ない高校生に、冷たい目を向け続けている。
「......な、なんだよ!こんなの、ズルじゃねぇか!」
決して許されることではないが、改造にも相当な苦労が伴う。
そんな労力を払って作り上げたポケモンをなぶり殺された少年が呟いたその言葉に、青年はピクリと反応した。
「ズル?......いいか、少年。僕の勝ち方は確かに、綺麗じゃないかもしれない。だけど、僕はこのゲームのルールの中で最善を尽くしているんだ。改造というルール違反をしているのは、君だよ」
自分の言葉に悦に入っている様子で、青年は続ける。
「だから、君もこのゲームをもっと研究するんだ。そして、ルールの中で目一杯、汚い勝ち方を考えろ......って、おい!行くな!」
何やら偉そうに語っている青年を無視して、少年たちは走り去っていった。
あれは親御さんに報告されるかもしれないな。僕も仲間だと思われたら、困るんだけど。
「......全く、クソガキ共が。せっかくのありがたい説教を」
ぶつくさ文句を言いながら、青年はゲーム機をしまい、ふと時計を見る。
そして、慌てて叫んだ。
「お、おい君!まずいぞ、遅刻だ!」
「え!?」
僕も慌てて、スマホを取り出す。
余裕で家を出たはずなのに、時間は始業三十分前を示していた。
「や、やばっ!」
「急げ、今ならまだ間に合う!」
こうして、僕は見知らぬどう見ても不審なゲーマー先輩と駅まで走る羽目になった。
この出会いが僕の学校生活を大きく変えることなど、まだ知るはずもなく......。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ......散々だった」
ぎりぎりチャイムには間に合ったものの、慣れない運動に完全に息が上がり、まだ腿のあたりが痛む。
それに、二学期初日からものすごく目立ってしまった。小学校、中学校とイジメの恐怖に怯えながら過ごしてきた僕は、その怖さがよく分かっている。
それにしても、あの先輩は何者なのだろうか。
悪い人には見えなかった......とも言いがたいが、とにかく間違いなく異常者だ。なるべく関わらないようにしなければならない。
「おお、君!」
「って、ええ!?」
耳元に息を感じ、鳥肌が立つ。
あの高校生が、にやにやと笑いながら手を挙げた。
「さっきはどうも。君も、ゲーム好きなの?」
「はぁ......まあ、そこそこ」
適当に返事をしながら、僕はこの場を離れる理由を探していた。この人はヤバい。
だが彼は目を輝かせ、僕の手を取った。
「ちょっと、ついてきてよ」
「え?」
返事も聞かず、彼は走り出す。
手にじわりと不愉快な温もりを感じながら、僕は言葉が出ないまま階段を駆け上がる。
二階の隅、普通に過ごしている限り三年間のうちで一度も入らないような場所。
入り口には、「第三学習室」という手書きの張り紙がしてあるその中に、彼は足を踏み入れた。
「おいで」
僕は足を止めるが、結局は押し負けて、彼の後に続いた。
「.......うわぁ」
思わず、感嘆の声が漏れる。
男なら誰もが憧れるような、少し散らかって秘密基地然とした空間。そこで、二人の高校生が一心不乱にゲームをしていた。
「ようこそ、ゲーム部へ」
眼鏡の先輩が両手を広げる。
「ゲーム部......?」
「そう。世間では『e-スポーツ』なんて言葉が流行ってはいるけれど、僕らがやるのはそういうゲームじゃない。子供でも楽しく遊べて、けれど突き詰めればすごく奥深い。そういうゲームに青春を賭けるのが、我がゲーム部だ」
彼がそう悦に入っていると、横目でこちらを見ていた高校生のうち一人がつかつかと歩いてきて、持っていたゲーム機で彼の頭を殴った。
「うげっ!?」
「何が『我がゲーム部』だ、ボケ」
そして大柄で眼光の鋭い彼はこちらに向き直り、ぶっきらぼうに言った。
「悪いな、このアホが。俺は2年B組、
すると、もう一人も視線はゲーム画面に向けたまま、手を挙げて名乗る。
「2年A組、
僕は二人に軽く会釈をする。
「で、このアホは
部長はため息をつきながら、頭を抑えてうずくまる村賀に蹴りを入れた。ぐえっ、という声が聞こえる。
「......で、お前は?入部希望?」
「あ、いや......」
一度は否定しようとした。なのに言葉が喉につかえたのは、ここに入ってきた時、むせ返るくらいの熱量を感じたから。
高校に入って僕の中から出ていってしまったものが、ここにはあるように思えた。
「1年D組、
言い直したその言葉は、今度はするすると口から出てきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「誰か、ファミスタやらね?」
土曜日の午後、部長がふとそんなことを言い出したのは、単に退屈だったからだろう。
部長の得意ジャンルであるアクション・スポーツゲームは、対戦相手がいないと練習すらままならない。そして、そういうゲームに限って、インターネット対戦でなぜか全く勝てず、あまりの苛立ちに本来の楽しさが感じられなくなる瞬間がある。
だが今日は、唯一彼と同じジャンルのゲームが出来る村賀さんが、個人主催の小規模なオフ会に参加しているため不在。部長は午前中からずっと、手持ち無沙汰な様子だった。
「誰がやるかよ。どうせ部長がホームランかっ飛ばすだけじゃん」
天根先輩は「モンスターハンター」が映し出された画面に釘付けになりながら、気の無い返事。部室にはテレビがないため、必要とする部員は各々、一万円以上する小型テレビ、あるいはモニターを持ち込むことになっている。天根先輩の得意ジャンル、タイムアタック系のゲームにはモニター必須のものが多いため、彼専用の24インチテレビが部室に置きっぱなしだ。
僕はそれほどお金をかけられないので、専ら携帯機、Nintendo swichや3DSのさらに小さな画面にめいっぱい顔を近づけ、画面のすぐ横のボタンをカチカチやっている。
「羽田......は、今日もいないのか。あいつ本当に部員か?」
野々河部長はため息をつく。
もう一度ゆっくり部室を見渡して、最後に部長は僕の方を見た。
「籠切、付き合え」
「えー、嫌っすよそんなの」
僕が即答すると、部長は変な声を出してソファに倒れ込んだ。
「部長の言うことくらい聞けよー」
「いや、今いいとこなんで」
部長は起き上がると、渋々と言った様子で「マリオカート」を起動し、再び天根先輩に声をかける。
「天根、マリカならやる?」
「んー、ちょっと待って」
天根先輩が言うと同時に、画面上のモンスターの巨体が崩れ落ちた。
これが、僕らゲーム部の日常だ。
放課後も休日も、誰かしらはこの部室にいる。かと言って、必ず皆で何か同じゲームをする訳ではなく、大体はそれぞれが好き勝手に遊んでいるだけだ。
それなのに、あの日以来僕は毎日のようにここに入り浸り、先輩たちとの間に不思議な連帯感さえ生まれてきた。これがWHOも危険視するゲームが持つ魔力か......というのは、流石に表現が気障すぎか。
僕は天根さんのワルイージが開始早々部長のヨッシーに赤コウラを投げつけるのを見てから、ゲーム画面に視線を戻した。
とある市民会館の会議室。
ここを借りて行われているのは、小さなオフ会だ。と同時に、なかなか貴重な場でもある。
通常のオフ会は、トラブル防止などの観点から参加できるのは高校生からであったり、下手をすれば18歳未満お断りのところも結構ある。だがここは、子供から大人まで全てのプレイヤーが参加できる珍しい場所だ。定期的に開かれており、村賀が中学一年生の頃から世話になった場所でもある。
友人がより高年齢向けのゲームへと移行していく中で、ある意味取り残されてしまった村賀にとって、リアルな対戦相手の欠乏は深刻な問題だった。
ここが受け入れてくれなかったら、ゲーム部を立ち上げよう、なんて話を持ちかけることはなかったかもしれない。
「お疲れ様。いつも悪いね」
予想外に冴えたプレイングをしてきた高校生との一戦を終えた村賀に、一人の青年が声をかけてきた。
「最近ここに来る人達、結構強いですね。ロンガーさんなんかボロ負けじゃないですか?」
「ははは。まぁ、そろそろ俺も潮時かもね。最近は実況者の人たちが分かりやすく解説してくれるからなぁ」
「ロンガー」とは、もちろん本名ではない。
ここに限らず、大体のオフ会で......オフ会に限らず、ゲームの世界だけで繋がっているような人たちのことは、本名ではなくゲーム内の名前で呼ぶのがある種のマナーのようなものになっている。
彼はこのオフ会を立ち上げた張本人で、現在は大学院生。色々な場所で今回のような場を開いたり、運営に携わったりするので、この近辺では割と有名な人物だ。
今では村賀自身も当日の準備や進行を手伝ったりしているし、何よりゲーム部という珍しい団体に所属している兼ね合いもあり、彼とはたまに連絡を取り合う仲だ。
「そういえば、最近うちにも一人、ポケモンが出来る奴が入ったんですよ。そいつも動画を見て勉強してるって言ってました」
「へぇ、この時期に新入部員なんて珍しいね。今度の『学祭』、連れて来てよ」
そんな話をしている間に、二人の少年が中に入ってきていた。
二人とも中学一、二年生だろうか。片方はかなり緊張しているようで、もう片方の少年の背中にひっついている。その彼は海外の血が入っているのか、グレーがかった金髪に青い澄んだ眼が特徴的だ。こちらも入ってみたはいいものの、どうやって輪に入ればいいかわからない様子だ。
「僕、ちょっとあの子の相手してきますね」
「助かるよ」
村賀は周りの人たちにぶつからないように気をつけながら、入り口の方に向かう。
ゲーム機の画面をじっと睨みつけている彼らは、決して全員が笑顔ではない。劣勢な時には汗が噴き出ししかめっ面になるし、十分の一の確率を引き当ててしまったせいで負けた時にはイライラしたりもする。
けれど、間違いなく全員が、熱中症になりそうなくらい真剣だ。
自分が負けた理由を相手に尋ねる者がいる一方で、その場で技の組み合わせを変えてみる者もいる。お金も称号も何も懸かっていない対戦で、ここまで情熱的になるのは簡単ではない。これがこのゲームがプロ棋士など勝負の世界に身を置く人たちにもプレイされる、たった一つの理由だ。
「君、よかったら僕とバトルしない?」
少し身をかがめ、金髪の少年に話しかける。
彼が遠慮がちに頷くと、周りからどよめきが上がった。彼の容姿が独特だからか、それとも村賀が既に何人かのプレイヤーを打ち負かし、その強さを示しているからかは分からないが、どうやらギャラリーに見守られた一戦になるようだ。
これは負けられないな、と村賀はシャツの袖を捲り、先ほどまで見てきたプレイヤーたちと同じ、ぎらついた目つきになった。
ポケモンの奥深さを見せるために使うポケモンは多少使い慣れないものにしているものの、手加減をする気はさらさらない。
何故なら、彼もまたプライドを持った、一人の勝負師だからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
村賀の顔面は、死人のように青ざめていた。
周りも尊敬を通り越して、畏怖の表情を浮かべている。少年が彼らの中を突っ切ろうとすると、まるで神の御業のように道ができた。
負けた。
接戦ですらない。年齢が遥かに下の少年に、完膚なきまでに、負けた。
彼の頭に、世界にはこんな人間もいるのか、なんて長閑な考えは微塵もなかった。
半分は、心臓を抉られるような悔しさ。これまでの自分を全否定されたような、息苦しさ。
そしてもう半分は、得体の知れない不安だった。
少年の顔つきは、他のプレイヤーとは全く違った。彼からは、その腕前からすれば普通に持っているべき熱量が一切感じられなかった。
それが言いようもなく不気味で、怖い、と村賀は思わず口に出していた。
部室内にまた、あわわわわ、とヨッシーの悲痛な鳴き声が響く。
やはりレースゲームは天根先輩の方が一枚も二枚も上手なようで、さっきから部長は負け続けだ。
「あー、やっぱつまんねぇ!」
ついに部長はコントローラーを投げ出した。天根先輩はひひひ、と得意げに笑う。
「くっそ、あの馬鹿はどこで油売ってんだ!」
「村賀さんですか?......そういえば、遅いですね」
確か五時前には帰ってくるという話だったが、もうとっくに六時を回っている。彼は向こうで誰かと意気投合して、そのまま夕飯に......というタイプでもないし、部室に寄らずにまっすぐ家に帰るなんてこともあり得ない。向こうでの、言うなれば武勇伝を語りたくてしょうがないはずだからだ。
「......ボロ負けしたとか。年下相手に」
「村賀さんがですか?それはないですよ」
実際にゲーム部に入ってみて分かったのだが、村賀さんはかなりのゲーマーで、特に「ポケットモンスター」は相当強い。
参加しているのは近所からふらっと学生が集まるような小規模なイベントらしいし、アンラッキーな負けならともかく、彼が落ち込むほど負かされるような人がいるとは思えない。
その時、ガラガラと入口の戸を開ける音がした。
「噂をすれば、だ」
だが、入って来るなり村賀さんは、その場に倒れこんだ。
「さ、財布盗られた......!」
「......なるほど」
部長がへとへとの村賀さんからどうにか聞き出した話によると、彼はオフ会で一人の子供にこてんぱんにやられたらしい。
それだけならまだしも、その後参加者全員の鞄から財布が消えていたという。
人がたくさんいる中、唯一そんなことができたのは、全員が圧倒的な試合展開に釘付けになっていたあの瞬間だけ。ゲームに熱中すると周りが見えなくなるゲーマーの習性を利用した犯罪だ。
ちなみに、村賀さんは財布がなくなったことで徒歩での帰宅を余儀なくされ、負けたことへの精神的ダメージも合わさってこんな風になってしまったらしい。
「あのガキと一緒に、もう一人子供がいた。犯人はそいつじゃないか......と。どうだ、なんか出たか?」
部長は天根先輩に言った。しばらくパソコンを叩いていた彼は、こちらを振り返りニヤリと笑う。
「イマドキの子たちは、犯罪の打ち合わせもツイッターでやっちゃうんだね。プレイヤーネームで検索したらばっちり」
僕たちは画面を覗き込む。
「ゲーマー集団『ギャングスタ』。12〜19歳の四人組の少年グループで、全員がかなりの腕前。特に最近入った『シルヴァ』は、ポケットモンスターでは世界で百本の指に入ったこともあるらしい」
「どうりで......」
そのシルヴァこそ、村賀さんが負かされた相手だった。
「それで、そいつらは本当に悪いことをしてんのか?」
「そりゃもちろん。今回の手口はこいつらの常套手段。他にも金を賭けたり、改造ツールを売ったり、景品が出る大会を荒らしに行ったり。......今度の狙いは、『学祭』だとよ。今度は立ってる奴らのポケットから財布を盗むつもりらしい。ついでに景品もかっさらって、一石二鳥ってやつだ」
「学祭」。
村賀さんの知り合いで今回のオフ会も企画したロンガーさんが、色々な大学のゲームサークルと共同で行う学園祭シーズンの一大イベントだ。
あまり公式で大会が行われないようなゲームの大会を独自に開き、景品もかなりの金額分出す。だから僕らのような腕に自信のあるグループが、東海地方中から集まってくる、レベルの高いイベントだ。
「ま、こっちから運営の方に警告はしといたから、その辺は大丈夫じゃない?」
「どうだか。どうせ警察は呼ばないだろうから、他のイベントで同じことをするだけだろ。こういう奴らは、ブタ箱にぶち込まれないと分かんねぇんだよ」
部長は吐き捨てるように言った。部長は激情家で、たまにこういう過激なことを言う。
けれど今回は僕も、許せない気持ちだった。ようやくゲームの社会的地位が上がってきているというのに、ゲームを使ってこんなことをする奴らがいるなんて。
「......それはともかく。いいの、お前らこれで」
「どういう意味だ?」
「だから。こんなクソ野郎でもゲーム部の副部長だ。それがこんな風にのされちゃって、やられっぱなしでいいのかって話」
天根先輩は意地悪っぽく笑った。
「良いわけないでしょ」
最初に返事をしたのは、まだ声が弱々しい村賀さん。すぐさま、僕もそれに続く。
「みんなで、リベンジしましょう」
僕の心は、一層熱く燃え上がっていた。
ここが僕の人生の最大の山場だ。まったく馬鹿げているが、本気でそう思えた。
「......だよな」
最後に部長も頷く。
「よっし。じゃあ、決まりだ」
天根先輩がにやりと笑い、気分が盛り上がった部長が拳を突き上げる。
「.......ゲーム部vs『ギャングスタ』。さぁ、抗争だ!」
部長の言い回しがやけに物騒で、皆で大笑いした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そこの交代はおかしくないか?ただターン損してるだけだろ」
「いや、『いわなだれ』撃たれたらヤバいんで」
「警戒しなきゃいけないのはそこじゃなくて、交代に合わせて『みがわり』貼られることだと思うけどなぁ」
あれから、僕たちは一丸となって「学祭」に向けて練習に励んできた。
個人で好き勝手遊んでばかりいたゲーム部だけれど、ひとたび結束するとその動きは早かった。まるでハードな運動部のように、毎日練習に明け暮れる日々。複数人がプレイしているゲームについてはそれぞれアドバイスし合い、時には想像もしなかったアイデアを得ることもある。
一人でプレイしている時とは段違いのスピードで、強くなっている感覚があった。
オンライン対戦の勝率も、それに伴って上がっていった。不安だったプレイングが自信を持って出来るようになったり、相手の思考が、なんとなくわかるようになったり。
「面白いだろ?」
天根先輩が、横から覗き込んで言う。
「えっ?」
「それが、ゲームの本当の面白さだ。一人で黙々とやるだけじゃ、損してるぜ」
あああああっ、という村賀さんの悲鳴が聞こえた。どうやら負けたらしい。
僕は自分のゲーム機を置き、彼の方に向かう。
「何やったんですか?」
「いや、籠切はなんでそんなに相手の次の手がわかるわけ?僕、もう外しまくり。なんであそこで居座るかなぁ」
「......村賀さんも見た方がいいですよ、ユーチューブ。ランカーの方が読みとか展開とか、全部喋りながら対戦してくれるんで」
むぅ、と村賀さんは頰を膨らませ、スマートフォンを取り出す。
懐疑的な目でしばらく画面を眺めていた彼だったが、やがて小さく頷き出した。やはり参考になるらしい。
昔は、目の前に相手がいないとゲームなんてものは出来なかった。必然的に相手は限られるし、思考も格段に読みやすく、今よりもゲームが持つ幅はずっと狭かったと思う。
でも今はインターネットが普及し、世界中のプレイヤーと対戦ができる。分からないことがあったら何十万人という人々に聞けるし、一人のプレイヤーの思考や、胸が熱くなる一戦を、全員で共有できる。
それを悪く言う人もいるけれど、それによってゲームは確実に面白くなったと思う。その到達点が、この空前のゲーム隆盛だ。
ただ、インターネットは諸刃の剣でもある。
ゲームの世界においても、罵詈雑言や悪意のある悪戯、改造データを無差別に送りつけるなど、その負の側面を窺わせる事例は後を絶たない。
そんなことが続けば、ゲームがもともと持っていた良さが、消えてしまう。
僕らは、なぜゲームをやっているのか?
言うまでもなく、それは楽しむためだ。
それならば、僕らのやるべきことは一つ。
僕らの
僕らが、ゲームで倒す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「学祭」、当日。
開始時刻の二十分前に、会場となる名砦大学の構内に僕らは入った。
今回は全部で四つの教室で、四種類のゲームによる大会が行われる。複数の大会にまたがって出場することはできないので、僕らも「ギャングスタ」も、それぞれ一人ずつが参加することになる。
僕らはまず、入口の前の運営事務局で最後の確認をしているロンガーさんのところに挨拶をしに行った。
「あぁ、君たちか。今回はありがとね、『ギャングスタ』のこと教えてくれて」
「いえいえ。......それで、対応はどうするつもりですか?」
部長が問うと、彼は少し困った顔をして言った。
「うん......もちろん、いつもより人員も増やしたし、注意してみるようにはする。でも証拠がない以上は、残念だけど参加を拒否したりはできない、かな」
ロンガーさんは所詮、一大学院生だ。イベント運営のプロでもなければ、警備を強化できるほどのお金もない。できる対応に限界があることは、理解できる。
「むしろ好都合です。『ギャングスタ』は、全員俺らがゲームでぶっ潰すつもりなんで」
部長は不敵に笑う。ロンガーさんは一瞬訝しげな目をしたが、すぐににやりと笑い返した。
「なるほどね。でも、トーナメント表は操作しないよ。フェアに行こう」
「もちろんです。連中が途中で負けちまわないか、心配ですけどね」
「自信ありげだね。ここのレベルの高さは知ってるだろうけど、期待していいのかな?」
そこで、自動ドアが開く。
まだ幼さの残る、灰色がかったブロンドの少年を先頭に、四人組が中に入ってきた。
「ギャングスタ」だ。
「じゃあ、頑張って。応援してるから」
ロンガーさんは急いで言うと、いそいそとその場を離れた。
四人組はそんな僕たちには目もくれず、何やら話しながら構内の奥へと進んでいく。作戦会議だろうか。ゲームの、あるいは、犯罪の。
「僕らも行きましょう」
「ああ......って、村賀は?」
確かに、村賀さんがいない。
さっきまでは確かに、一緒だっだはずだが.......。
「ヘイ、金髪ボーイ?」
「.......え、ちょっと!」
村賀さんは、あの金髪の少年——シルヴァに絡んでいた。
他の面々は、怪訝な顔で村賀さんを睨んでいる。
「.......何」
「ちょっとしたアイサツだよ。物事は、君たちの考えてる通りには進まない」
村賀さんは、やけに気障な言い方で少年を挑発する。
「......大人気ない」
「あのアホ、何やってんだ?」
僕らは呆れながら、慌てて村が賀さんを回収しに向かう。
「ちょっと、今トラブルはまずいですって」
「お、おい待て、待って。いいか、負けて泣きべそかくなよ!」
部長に腕を掴まれ連れ去られながら、村賀さんは唾を飛ばす。
その時、シルヴァが口を開いた。
「勘違いしないでよ。あんたみたいな雑魚、最初から眼中にないから」
「何だとぉ?」
「......それに、俺の髪の毛は金じゃなくてシルバーだ!二度と間違えんじゃねえ、このウスノロ!」
シルヴァは言いたいことを言うと、肩を怒らせて行ってしまった。ギャングスタの他の面々も慌てて後ろに続く。
「.....あいつ、どこにキレてんだ?」
「知るか。さっさと行くぞ」
怪訝そうな村賀さんを見ながら、僕は「シルヴァ」ってシルバーの事か、なんてことを考えていた。
「よっし、じゃあ行くか」
そろそろ最初の大会の開始時刻だ。まずは天根先輩の大会が始まって、その後で昼食休憩を挟んで僕や村賀さん、部長のゲームの大会となる。
全て同時並行で進めた方が早く終わるのだが、運営側の人数が足りなくなってしまうらしい。このイベントが「学祭」だからこそのスケジュールだ。
「天根先輩、頑張って」
「健闘を祈る」
天根先輩は大仰に敬礼をして、会場に向かった。
これから先、僕らは別の教室のモニター越しでしか観戦できない。この大会で一番大切にされているのは、「フェア」であるということだ。外部からのアドバイスは一切遮断するという、運営側の強いこだわりがある。
「ギャングスタ」も、インチキの類は難しい、と思う。
少なくともツイッター上では、向こう側にその意思はないようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
天根先輩が今回挑戦するゲームは、「星のカービィ スターアライズ」。
任天堂が誇る一大コンテンツである星のカービィシリーズの最新作で、その最大の特色は「フレンズ」と呼ばれるお供のキャラクターたちと共にボスを倒すシステムを採用していること。
「フレンズ」はマルチプレイにも対応していて、本編のボスの強さもそれを前提に作られている。
だが、このゲームを競技として楽しむ......つまり天根先輩の専門であるタイムアタックに落とし込む際は、この「フレンズ」は使用せず、操作キャラのみで全13体ものポスとの連戦に挑むことになる。
すなわち、難易度は相当高く、一方で非プレイヤーの要素がないので、純粋なスキルで争えるというわけだ。
大会が始まり、最初の挑戦者がタイムアタックを始める。
僕たちはモニターを眺める。モニターはゲーム画面を映すのみで、挑戦者の表情や順番を待っているプレイヤーの姿は映してくれない。会場で「ギャングスタ」のプレイヤーと天根先輩との間でどんなやり取りがなされているのか、心配で仕方がない。
「......大丈夫だ。あいつはこのアホと違って、喧嘩ふっかけたりしないよ」
部長はそんな僕の表情を感じ取り、村賀さんを指差しながら言う。
「そんな暇があったら、画面見とけ。タイムアタック、ちゃんと見たことないだろ」
そう言われて画面を見ると、そこには凄まじい光景が広がっていた。
コピー能力「カッター」によってブーメランを手に入れたカービィが、縦横無尽に複数の敵をなぎ倒している。相手からの攻撃は当たっているようにも見えるが、カービィにはほとんどダメージはない。
「......もしかして、攻撃時の無敵時間を使ってるんですか」
「そうだ。その間、一秒にも満たないくらいだがな」
これくらいは当たり前。観客席からも、そんな雰囲気が漂っている。
不規則な展開から互いにある程度のミスが前提となる対戦型ゲームと異なり、タイムアタックは同じ条件で何万回と練習ができる。
つまり、ノーミスが基準。一つのミスでも、命取りになる。
「タイムアタックはどのジャンルの中でも、一番繊細なプレイが求められる。ぶっちゃけた話、天根はゲーム部の中で、一番ゲームが上手い」
部長は、いつも通りのむすっとした顔で言った。
11分25秒03。
最初の挑戦者が出したタイムは、十二分を切れれば上出来、というこの世界ではまずまず良い数字と言えるだろう。
だが、これでは優勝は無理だ。
外で見ている籠切たちは気づけないだろうが、挑戦者は二つの小さなミスと、一つの大きなミスをした。
小さなミスは、中盤相手の攻撃を余計に一発食らった分と、行動が一部ランダムな敵の対処に少し躓いたこと。だが致命的なのは、最終盤のボス相手の攻撃の詰めが甘かったことだ。
「......馬鹿が。なぜTCを撃たない」
後ろから冷めた声が聞こえてきて、振り返る。
「ギャングスタ」の一人——前髪が長いわけでもないのに鉢巻を締め、眉間には深い皺が刻まれた青年が、小馬鹿にしたような眼で挑戦者を見つめていた。
確かに、TC——ティンクルコメットを撃つべき場面は沢山あった。
最終盤の敵であるエンデ・ニルは、通常の攻撃ではなく専用のシューティングによって大ダメージを与えられる弾をぶつけることになる。
弾は二種類あり、通常はエネルギーを溜めて撃つTS——ティンクルスターを撃つことが多い。だが攻撃機会が少ない中、TSを撃つには足りない隙にTCを撃ち込むことで、タイムはかなり変わってくる。
とはいえ、挑戦者の思考も理解できる。
小さな隙でもギリギリまで攻撃を続けるということは、終わった後の相手の攻撃を避けるための時間がより少なくなるということだ。
一発勝負の大舞台の中、リスクを負いたくない、という心理が働いたとしても無理はない。
それ以外の組み立ては良かった。少なくとも、馬鹿にするようなタイムではなかったはずだ。
天根の視線に気づいたのか、青年は顔をこちらに向けた。
「お前、あの馬鹿の仲間か。ずいぶん俺たちに喧嘩を売ってくれたな」
「へへへっ。『ヨウ』っていいます、お手柔らかによろしくー」
天根はおどけて右手を差し出す。青年はそれをしばらく見た後、その手を握り、気のない声で言った。
「『アイアン』だ。容赦はしない」
そしてすぐに手を離し、次の挑戦者がプレイするのを見やる。
「......つれないねぇ」
天根はやれやれ、とため息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......おい、次はあいつだ」
あれからさらに何人かが挑戦し、何度か記録が更新された。
現時点の最高記録は、コピー能力「ビートル」で出された11分10秒84。ぼんやり見ていた僕からすれば、そうそう抜かれようのない記録に見えた。
だが、次に挑戦するのは、「ギャングスタ」の刺客。プレイヤーネームは「アイアン」と紹介が入る。
同時に、僕らはあちこちに視線を巡らせた。奴らの計画によれば、このプレイの間にも盗みを働く可能性がある。
「一応、それらしい奴はいないが......」
村賀さんは自分の鞄を大切に抱きかかえ、首を振る。油断は禁物、と言いたいらしい。
挑戦が始まった。
彼のコピー能力は「プラズマ」。強力なレーザーとプラズマバリア、移動中ずっと無敵時間が得られるでんこうせっかなどの技を持つ強能力だ。
スタートするや否や、早い出足で最初の敵を仕留めていく。この辺りは差がつくような場所ではないが、一秒のロスもない完璧な立ち回りだ。
......いや、というより。
「おい、早すぎないか?」
そう、四戦目が終わったここまででまだ二分余り。
先ほどのビートルもミスはほとんどなかったように思えるが、その差はみるみる開いていく。
「......マジかよ」
天根には、その原因が分かっていた。
コピー能力「プラズマ」。その基本の技となる「でんこうせっか」には、まだ解明されていない仕様がある。技発動直後、謎の追撃が起きるのだ。
狙って出すためには安定性を大きく犠牲にする必要があり、タイムアタック、特に一発勝負の場においてはまず影響することのない、バグのようなもの。
アイアンは、それを狙っていた。
当然、難易度は極めて高い。switchのレバーを動かす手は尋常じゃないほどに忙しなく動き、まだ中盤だというのに汗をだらだらかきながらプレイしている。
そんな状況の中でも、二体同時に現れる敵に対して一度の攻撃を二体ともに命中させるなど、細かいテクニックも駆使してタイムを縮めにきている。鬼気迫る表情とは裏腹に、機械のような精密さだ。
「流石は『ギャングスタ』、ってことか。ちょっとやべえな」
残る敵はラスト一体、エンデ・ニルのみ。このままのペースでクリアされれば、天根のコピー能力では手の届かない数字を出されてしまう可能性がある。
天根がそう思った、その時。
「......っ!!」
「アイアン」の顔が、大きく歪んだ。
これまで一瞬の緩みもなく動き続けていたカービィが、止まる。
「どうした!?」
客席では、野々河も立ち上がっていた。
突然生まれた一瞬の隙。無情にも、敵はそこに一撃を滑り込ませた。
「これは......苦しいぞ」
タイムアタックは、何千回もの練習の中で確立したパターンを再現する作業。
それが重い一撃を受けたことで、描いていたそこから先のパターンが全て吹き飛んでしまった。
「畜生!」
アイアンが思わず悪態をつく。
空調の効いた室内ではあったが、過酷なプレイで流れ落ちた汗が、スティックの上にぽつりと落ちた。
乳酸の溜まった指先には、既にほとんど力は入っていなかった。それでも確かに載せたはずの指は、スティックから滑り落ちた。
頭が真っ白になりそうになるのを、懸命に堪える。
どんな仕事にも、アクシデントはある。そこをどう立て直すかが、出来る奴と出来ない奴の差だ。
——あぁー。ごめん、間違えちゃった。
——まあ、そんな大差ないでしょ。高校の学祭にしては、上出来上出来。
ぎり、と歯と歯が当たる音がする。
俺は、あいつらとは違う。
「タイムは......9分47秒86!」
わああ、と客席が沸く。初めての10分切りは、アイアンが叩き出した。
最後にひやりとする場面もあったが、神がかったリカバリーで被害は最小限。序盤から積み重ねた圧倒的なアドバンテージを覆すほどのミスにはならなかった。
「......天根先輩、いけますかね」
僕は心配になり、部長にそっと尋ねる。
部長は無言のまま、画面を見つめるだけだった。
「......ふぅ」
タオルで滴る汗を忌々しげに拭き取るアイアンに、次の番である天根は声をかけに行く。
「暫定一位、おめでとう。すぐに俺が抜くけどね」
彼はちらりと天根の方を見て、ふんと鼻を鳴らした。
「ビートルなんかに負ける訳がないだろう。遊びじゃねぇんだよ」
本人にとっては何気無い一言だったであろうその言葉が、妙に天根の心を刺激した。
確かにビートルは、タイムが出しやすいコピー能力ではない。難易度も高ければ性能もそこそこで、結果のことだけを考えれば最適解とは言えないだろう。
だが、ビートルは技が多彩で、使っていて面白い。そして、使えば使うほど愛着がわく能力でもある。極めれば意外と奥深く、勝負を捨てるような選択ではないはずだ。
事実、ビートルを使った選手のタイムは素晴らしいものだった。彼の記録がそれを上回ったからといって、馬鹿にすることはできない、はずだ。
天根は本来、そんなことで熱くなるような柄じゃない。だが今回だけはなぜか、絶対に勝ってやる、という強い気持ちが心の臓から湧き上がってくるのを感じた。
「......弱ったな。勝ち目はほぼないっつーのに」
そう言いながら、ステージの上でswitchを見つめる天根の目は、据わっていた。
ふーっ、と大きく息を吐き、スティックをハンカチで拭いて、軽くカチャカチャと動かす。
「それじゃ、行きますか」
天根の使うコピー能力は、「アイス」。
ダメージ効率を上げるためのテクニックか複数存在するが、その操作難易度も極めて高いという玄人向きの能力。
使う技は実質ひとつ、長い技名を省略して俗に「ごち」と呼ばれる接近技のみで、これをいかに早く、多く敵にぶつけられるかがタイムを縮めて唯一の要素だ。
まずは序盤、中盤をほぼノーミスで折り返していく。
この辺りの操作はもはや身体が覚えている。ゲーム部の他の面々がそれぞれ協力し合って強くなっていく間、彼はずっと、たった一人でこのゲームと向き合い続けてきたのだ。
なかなか縮まらないタイムに、自分は他のメンバーと同じように強くなれているだろうかと自問する時もあった。
それでも、手と思考を休めることだけはなかった。
「.......おらぁっ!」
後半の一つの山場、ハイネスの高速撃破に成功し、思わず声が漏れる。
いける。ここにきて、天根は自分が絶好調であることを自覚した。
だが、その一瞬の油断が、判断を狂わせた。
「ああっ!」
見守る他の参加者たちが悲鳴をあげる。
バルフレイナイト。行動パターンが決まっておらず、接近戦を仕掛けるコピー能力が必ず苦戦を強いられる難敵。
瞬間移動によって不意に現れたその剣が、カービィを切り裂いた。
「.......〜〜〜っっ!」
天根の声にならない叫びが、参加者、それに客席にいるプレイヤーの心を打つ。
痛恨のミス。しかも、アイスは体力の低いコピー能力。攻撃をわざと食らうことで得られる無敵時間に限りがあり、余分なダメージを食らえば、リカバリーは極めて困難、クリアすることすら怪しくなってくる。
ここまでか。
天根を含む、誰もがそう思った。
アイアンは座ったままふん、と鼻を鳴らし、目を閉じた。
だが、天根は何事もなかったように、最善の立ち回りを続ける。どこか挽回できるポイントを探して、懸命にスティックを動かし続ける。
間違いなく、天根の頭の中には諦めの気持ちがあった。けれど、だからプレイを止める、という選択肢は彼の中には微塵もなかった
。
何故なら、彼はこのゲームが大好きだからだ。
この大舞台でゲームができる貴重な時間を、一秒たりとも無駄にする気はなかった。
そして。
最後の敵を倒し終え、タイムが表示される。
「『ヨウ』選手の記録......9分43秒91!!この時点で、『アイアン』選手を抜き、トップだーーー!」
天根は、天に向かって大きく吠えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......お疲れ、の一言くらいないんすか」
天根の大会は終わった。優勝という華々しい称号よりも、アイアンと熱戦を繰り広げ、勝てたことが天根には嬉しかった。
だから、天根は彼に言葉をかけた。当然のこと、「ありがとう」と伝えるために。
無言でその場を離れようとするアイアンに、天根は声をかける。
「何で負けたか、わかる?」
「アイアン」は感情をなくした目で、こちらを振り返る。
「決まっている。お互いミスをしたが、俺のミスの方が重かった。それだけだ」
「違うね」
天根は彼に、ほんの少し寂しそうな目で言った。
「ねぇ。ゲームは楽しむものだよ。.......あんた、本当に楽しんでる?」
彼はそれには答えず、再び天根に背を向けた。
「いや、勝って良かったです。一時はどうなることかと」
食堂がいっぱいだったので、僕たちは次の大会の準備中の教室で昼食をとっていた。
腹が減っては何とやら、一戦でかなりの疲労を伴うゲームを続けてこなすには、大量のエネルギーが不可欠だ。
「次は村賀の『イナズマイレブン』か。勝てよ」
自分の出番が終わり、気楽になった天根先輩は村賀さんにプレッシャーをかける。だが奔放な彼は、そんなことなど気にも留めずにサラダチキンを齧る。
「......本当に良かったんですか?僕が『ポケットモンスター』で」
「しょうがないでしょ、僕以外に『イナイレ』できる人いないんだから。僕の分までリベンジ頼むよ」
そう、今回の「学祭」の種目になっている「イナズマイレブン」は、少々特殊なジャンル故になかなか手を出しづらいタイトル。
ゲーム部の中で唯一のプレイヤーである村賀さんが出場せざるを得ず、あの「シルヴァ」と戦うポケモンの大会には代わりに僕が出ることになった。
「そう思うんだったら、対戦前に相手を煽らないでくださいよ。自分に関係ないと思って、めちゃくちゃするんだから」
「ごめんごめん。でも、僕が出てくると思って準備してきて、出てきたのが君だったら動揺するでしょ」
「眼中にないって言ってましたけどね」
僕は昆布おにぎりを食べながらため息をつく。
天根さんのゲームは特殊だったが、ここからは一対一、「ギャングスタ」と直接対決することになる。しかもトーナメント形式なので、彼らに当たるまでの相手にも、一度だって負けられない。
プレイヤーも見ている方も、タフで過酷な戦いになるだろう。
自分の出番も近く、食べなければいけないのに食欲が減衰していくのがわかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「イナズマイレブン」は、サッカーを題材にしたスポーツゲーム、あるいはRPGだ。
だが国内ではかなり有名なタイトルでありながら、スポーツゲームを専門とする部長は手をつけてすらいない。その理由は、その特徴的なシステムにある。
まずサッカーゲームでありながら、ボールを奪ったりシュートを撃ったりといった動作をリアルタイムで行わない。
こうしたプレーは全て「コマンドバトル」という独自のシステムで行い、各選手の能力はRPGのようにステータスや装備、選択によって数値で表され、高い方が勝利しボールを奪でたり、キープしたり、シュートを決めたり止めたりする。
それゆえ、このゲームのシュートは基本的に枠外に外れるということがない。
そしてこのゲーム最大の特徴が、「必殺技」という概念だ。
上記のコマンドバトルの際、選手はTPという、RPGでいう「MP」のようなポイントを消費することで必殺技を使うことができ、トータルパワーを跳ね上げることができる。
物理法則もアクション性も関係ないこの割り切ったゲームシステムから、公式はこのゲームを「超次元サッカー」と呼ぶ。
その他にも属性、スキル、化身、ソウル、ミキシマックス、必殺タクティクスといった要素が加わり、必殺技やスキルの覚えさせ方や各パラメータの育て方、試合中の各要素の発動タイミングなど、アクション性よりも戦術性が極めて重要になってくる。
それが、「イナズマイレブン」というゲームだ。
とは言ったものの、実はこのゲームは結構ゲームバランスが大味だ。
そこでこのように競技性の高いイベントで扱う際は、ローカルルールとしていくつかスキルの組み合わせを禁止し、バランスを取る。よって、最強の戦術は存在せず、相手がどんなチームであっても勝てるだけのシミュレーションと対応力が求められる。
それらを総合した時、ゲーム部でそれが最も得意なのは、間違いなく村賀だろう。少なくとも、彼にはその自負があった。
「さて、と」
昼飯が少し多かったかな、と村賀はお腹をさすった。骨ばった身体と細い腕は、運動不足と少食の賜物だ。
だが、彼はスポーツの代わりにゲームで汗を流し、食べ物の代わりにゲームを養分とする。彼にとって、ゲームとは生活そのものだった。
だからこそ、シルヴァに負けた時の落ち込み方は激しかった。
ただの負けじゃない。自分のこれまでの努力が、生き様が、否定されたような負け方だった。
だが、彼は再びこの舞台に、彼の人生が唯一賞賛される場に、戻ってきた。
それは彼にとって、そこしか居場所がないからだ。それしか、時間とエネルギーの使い方が分からないからだ。
「もう負けないよ。『ギャングスタ』」
「イナズマイレブン」部門、決勝戦。
彼がそこまで勝ち上がってきたのは、必然と言えた。
そして、ここで彼と対峙するのも。
「君。あのオフ会に、いたよね」
シルヴァと共に会場に現れた、気弱そうな少年。もちろん今では、見せかけの仮面は取り払われ、悪魔のような本性が表情に浮かび上がってはいるが。
彼が、村賀たちの財布を盗んだ実行犯に間違いない。
「だったら?言っとくが、俺はこのゲームじゃシルヴァより強いぜ」
「そりゃ奇遇だね」
自信満々の彼に向かって、村賀は不敵な笑みを返す。
「僕も、あの時の僕より強い」
試合前に、互いのパーティが発表される。
これまでの試合は参加しているプレイヤーも見ていないので、公開されるのは選手の配置だけとはいえ、ここでどれだけ相手の育て方を読めるかが勝負の鍵だ。
「ギャングスタ」......プレイヤーネーム「アカンサイト」のパーティは、火力重視の正統派パーティ。
四属性に一人ずつ存在し仕様上二人までしか使えない、他の選手の二倍もの最大パワーを弾き出す「四強」は、FWとGKにそれぞれ置かれている。
対する村賀のパーティは。
(......何だ、こりゃ)
四強はFWと、DFの位置に置かれている。
今作であまり活躍できないとされるDFに四強を置くのはかなり珍しく、それ以外の選手も特に高ステータスではなく、普段対戦で見かけることはない選手ばかりだ。
(舐めてる......訳では、ねぇか)
例えばスピード値が一番高い選手をMFで起用すれば、それは相手に触れることなしにボールを一気に前線に持っていくのが役割だとすぐにわかってしまう。
だが四強を除き、選手間のステータスの差がそれほどないこのゲームでは、多少ステータスが低くても無名選手を起用した方が、序盤を有利に進められる。村賀は、そう考えたのだ。
ここで制限時間いっぱい。
いよいよ、試合開始だ。
先攻はアカンサイト。
彼の頭の中では、猛スピードで相手の守りを崩すプランが組み立てられている。
相手のセンターバックには、四強の一人である「座名九郎」がいる。こちらのドリブラーで彼の守りを突破するのは難しい。
となると、ザナークが動けないサイドぎりぎりから攻めるのが正攻法だろう。
(結局のところ、奇をてらっただけ。肝心のキーパーが薄くちゃ、本末転倒だぜ)
彼の右サイド、「ミズチ」がコートを駆け上がる。
この選手はドリブル値が全選手中最大であり、しかも高い威力の必殺技を撃てる化身「魔神ペガサス」を活かせる風属性だ。
ペガサスの影響で威力の上がった必殺技を止められる選手は、村賀のチームにはいない。
「もらった!」
だが、一瞬浮かんだその笑みは、次の瞬間驚きに変わった。
「......速い!?」
左サイド寄りのセンターを守っていた座名九郎が、右サイドまで走り込んでいる。
ブロック値に特化した選手なら、あり得ないスピードだ。
画面上のミズチの身体が、座名九郎に触れた。
互いに化身必殺技を撃ち合うが、座名九郎の方がやや勝っていた。ボールを奪った彼は、前線へとボールを蹴り込む。
(四強のパワーなら、少々ブロック値を削ったどころでそうそう敗れはしない......なるほどな)
一瞬感心してしまったことに腹が立つ。
このゲームはそんな風に、細かい調整を重ねるゲームじゃない。大味なバランスと同様に、パワーによるゴリ押しをどう通していくかの勝負のはずだ。
上がったボールの競り合いと同時に、アカンサイトはMFに化身を発動させる。
「妖狐カマイタチ」。選手全員がボールの競り合いに強くなる能力を持つ化身だ。
(四強はパワーが高い分、そうそう何度も必殺技は撃てない。攻撃を重ねれば、必ず破れる壁だ)
まずはこのボールを奪い、再び攻撃に持っていく......そんな彼の考えは、しかし、一瞬で泡と消えた。
「何だと!?」
ボールを保持したのは、村賀側のMF。トップ下のかなり高い位置でプレーをしている選手だ。
「妖狐カマイタチ」がいる中、ボールの競り合いに負けることはそうそうない。あるとすれば、相手がスキル「トラップじょうず」を持っている場合だけだ。
(スキルは一人あたり4つしか持てない。この位置の選手なら、普通はパワーが出るスキルを付けるだろ!)
シミュレートされている。アカンサイトは感じた。
ボールを蹴り込む時、このMFが彼の選手と競り合いになるように位置を調整しているのだ。成功すればボールを奪えるだけでなく、場合によっては彼に同時に三体までしか発動できない化身を無駄に発動させられる。
「......くそっ!」
アカンサイトはMFに2体の化身を発動させてしまっている。GKに化身を発動させない訳にはいかない。となると、DFは彼のドリブル化身に対してなすすべもない。
そして、四強同士がぶつかる。
属性の相性は互角。この場合、強化する前のステータスの関係上、攻撃側の方が少しだけ、強い。
「ゴーーーール!!」
実況の絶叫が、急に耳に入ってきた。
気づけば、彼もまた汗だくになっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「シルヴァ」......
俺はゲームセンターで、いつものように暇を潰していた。仕事終わりの会社員や高校生を格闘ゲームでボコボコにしても、全く楽しくなかった。
俺は、自分が一番じゃないことを知っていた。一番になるためには、一緒にプレイする仲間が必要なことも。
だが、俺は学校で「空気」同然だった。無口で、勉強もできず、付き合いも悪い俺がいじめられなかったのは、他に目立つ標的がいたからだ。
それが、遥だった。
彼の髪は、日本人とは思えない色をしていた。
やや銀色がかったブロンド。不思議なのは、彼の両親も、祖父母も、そんな髪色はしていないということだ。
俺が後に聞いた話によると、母方の曽祖母が、同じような美しいブロンドの英国人だったらしい。「銀髪の魔女」として、海の向こうでモデルとして有名だという。隔世遺伝、というやつだろう。
だが、頭の悪い中学生のいじめっ子は、より安易な説を唱えた。
つまり、「ハルカのママは外国人と浮気したんだ」。
遥が否定すればするほど、その説は真実として受け入れられた。そして、彼の媚びない態度と合わさって、彼はいじめの標的にされた。
そんな彼がゲームセンターに現れた時は、正直びっくりした。
髪をむしられては泣いていた彼が、ずっと上の年齢の人たちに混ざって格闘ゲームに興じている姿が想像できなかったからだ。
そして、彼は俺に勝負を挑んできた。
俺がクラスメイトだということは、気づいていないらしい。俺は動揺しながら、その挑戦を受けた。
結果は、惨敗だった。
俺は自分が一番じゃないことを知っていた。だが、こんな近くに俺より強い奴がいたとは、全く気づかなかった。
俺は自分の立場も彼の立場も忘れ、思わず彼に声をかけた。
「お前、強いな」
それから、俺は遥が入っている「ギャングスタ」に入ることにした。
そこには、俺の居場所があった。何より、そこにいる奴らは全員、俺よりゲームが上手かった。
こいつらと一緒なら、俺は一番になれるかもしれない。
そして、あの退屈からおさらばし、ぞくぞくするような興奮に満ちた毎日を味わえるかもしれない。
俺の名は「アカンサイト」。
銀鉱石に純銀と一緒に付着する、クズみたいな石だ。
だがそれでも、空気よりは百倍価値がある。
今は、それで十分だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
1分のインターバルの後、後半が始まる。
アカンサイトは既に動揺から立ち直っていた。まだ、先取点を取られただけだ。その後の攻防ではこちらがやや優位に立てたし、あのDFの体力もかなり削れている。
まずは駆け上がってくる村賀のMFを潰す。スピード特化の選手だから、コマンドバトルに持ち込めば負けはない。
大丈夫だ。プレイングはアカンサイトが一枚上回っている。
(所詮あいつの主戦場は「ポケットモンスター」。当然か)
こいつは、俺たちを挑発してきた。シルヴァを、遥を、怒らせた。
こいつがシルヴァと戦わないなら、俺が代わりに「ギャングスタ」の力を見せつけるだけだ。
「おらあああああっっ!」
パス回しと圧倒的なパワーによって、ディフェンスラインを強引にこじ開ける。
相手のキーパーは四強ではない。小手先でどう調整をしようとも、止めることはできないはず。
《ブロック!!》
「なっ......」
下がり切っていた右サイドのDFが、シュートコースに割り込んできた。てっきり、勝てないコマンドバトルに挑み、無駄に消耗するのを避けたのかと思っていた。
「シュートブロック」。シュートを必殺技でブロックすることにより、少しではあるが威力を減衰することができる。
(ハナから、これが狙い......?)
中央は四強のDFで守りを厚く。それが突破されても、シュートブロックに特化したサイドのDFで威力を低減させ、得点をどうにか防ぐ。
そんな勝利パターンを、村賀は描いていた。
完全なる初見殺しで、一つでも歯車が狂ったら、あるいは相手に読まれてしまったら、終わりだ。
だが、そんなことはないと踏んでいた。何故なら、「ギャングスタ」の奴らは——。
「勘違いしてる。何もかも」
思わず、口に出してしまった。
対戦中の私語はフェアじゃないが、相手には聞こえていないらしい。村賀は気を取り直し、タッチペンを走らせる。
相手はリズムが崩れて、選手の動きがめちゃくちゃ。確かにペン捌きは村賀より巧みだが、これでは台無しだ。
後半も残りわずか。ボールを回して逃げ切ることも出来るが、村賀はあえてそうしなかった。油断して思わぬ失点を避けるという意味もあったし、他の理由もあった。
「なんでだ......なんでっ」
相手の動揺が、DFにも伝わる。すいすいとすり抜けるように突破し、GKと一対一だ。
「ゴーーーーール!!」
ロンガーさんの絶叫に近いアナウンスが、画面を通して観客席にも伝わるのがわかった。
勝敗は、完全に決した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アカンサイトは、そこで初めて村賀の顔を見た。
そして、笑った。
「.......やっと、こっちを見たね」
村賀も、笑っていた。
その顔つきは、以前見た時とは全く違うものになっていた。
「そりゃ、勝てるわけねぇよな」
「それだけじゃないよ。君の勘違いは」
村賀は優しく微笑む。
きっとゲーム機の画面しか見えていない観客席では、まだ試合は終わっていないのにも関わらず両者が一向に操作をしない、異様な光景に見えているだろう。
「君はこのゲームのことも、『ギャングスタ』のことも、そして自分のことも、盛大に勘違いしてる」
「......だったら?」
「まだ間に合うよ。一度底を見た人間は、強い。僕もそうだったから」
村賀は、それを伝えたかった。
完膚なきまでに叩きのめされ、地獄を味わった後の自分は、ひと回りもふた回りも大きくなっていた。
だから今度は、村賀が彼を叩きのめす番だった。そして、彼を心地いい底なし沼から引き摺り出さなければならなかった。
「......舐めんなよ。俺はてめぇとは違う」
「うん」
「俺は、てめぇみたいにはならねぇ。俺は俺のまま、次はてめぇを絶望させる」
「楽しみだね。本当に」
試合終了。
二人は無言のまま、会場を後にする。本来はちょっとした表彰式があるはずだったが、ロンガーさんは何も言わなかった。
「......勝ったよ」
村賀は扉の前で待っていた仲間たちに、そう弱々しく手を振る。
「何カッコつけてんだ、お前」
野々河は、いつもより強めに彼の背中を叩いた。
「すまん。負けた」
観客席でアカンサイトは、遥に手を合わせた。
「ああ。俺は勝つ」
遥の態度は、いつものように素っ気ない。絆がないわけじゃない。ただ、彼の眼にたぶん、自分の姿は映っていない。
一度底を見た人間は、強い。
もしそうなら、遥もまた、底を見た人間だ。アカンサイトや村賀とは、全く違う次元で。
「......なぁ」
「ん?」
「俺の......俺の本当の名前、覚えてるか?」
遥は、一瞬虚を突かれたような顔で振り返った。
すぐに表情は元に戻り、興味がなさそうに首を振る。
「さぁ。アカンサイトで、何か問題あるか?」
それを聞いて、アカンサイトは覚悟を決めた。
遥と、「ギャングスタ」と、彼の唯一の居場所と、別れる覚悟。
ここでの日々は、決して悪くなかった。
仲間がいれば、幸せだと思っていた。不法を犯せば、過酷な修行をしたような気にもなっていた。
でも、違ったんだ。
一緒に悪事をして、価値観を全て共有できる仲間なんてものは、人を駄目にするぬるま湯に過ぎない。
本当に大変なのは、価値観の違う奴らと、時に対立しながら関係を作っていくことなんだ。
それができた時、人間としても、ゲームでも、大きく成長できる。
村賀に教えられたんじゃない。自分の力で、それに気づいたんだ。
「俺は、
アカンサイトという仮面を脱ぎ捨てた彼......大我は、清々しい気持ちで、笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よっし、次はいよいよ籠切だな」
部長の言葉に、僕は一瞬きょとんとする。村賀さんが笑った。
「『ポケットモンスター』、あと二十分だぞ。せめてシルヴァと戦うところまでは行ってよ?」
「シルヴァ」。その名前を聞き、急に不安が襲ってくる。
そうだ。先輩たちが戦って、ギリギリのところで勝ってきた「ギャングスタ」に、今度は僕が挑むんだ。
しかも相手は、あの村賀さんに圧勝したシルヴァ。僕なんかが、相手になるだろうか。
「うう......」
僕はあの冷たい瞳を、激昂した表情を思い出して身震いする。
不意に、髪の毛をわしゃわしゃと掴まれた。
「落ち着け。大丈夫だから」
天根先輩が、見たこともないような顔をしていた。
「こいつら口は悪いけど、後輩に勝利を強いるような奴らじゃないよ。......それに、この大会はただでさえレベルが高いんだ。シルヴァのことばっかり考えてると、足元すくわれるぞ」
「天根先輩......」
今日のお前らなんかおかしいぞ、と部長が顔をしかめる。
村賀さんは苦笑して、頭を掻きながら言った。
「まぁさっきはああ言ったけど、籠切のデビュー戦でもある訳だし。『ギャングスタ』のことは気にせず、行けるところまで行ってきなよ」
「でも、お前ならやれると信じてる。プレッシャーかけてる訳じゃないけど、それは覚えてて」
二人の言葉を聞き終わる頃には、僕の覚悟は固まっていた。
ダメでもともと。ゲーム部の層の厚さを、見せてやろうじゃないか。
「よっしゃ、行ってこい!」
部長が背中を押す。
僕は、強く頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ポケットモンスター」。
日本人なら、いや世界中でも、知らない人はいないほどの人気シリーズだ。
その最大の売りは個性豊かなポケモンたちであり、その数は今や八百を超える。
自分の相棒ともいえるポケモンとともに広大な世界を冒険するというゲーム性は、多くの人々を虜にした。
そんなポケットモンスターは、子供向けタイトルとは思えないほどの対戦の奥深さでも知られる。
八百匹のポケモンは一体一体がまるで異なり、育て方次第で能力も大きく変化する。覚えられる技は各ポケモン50程あるものの、実際に覚えさせることができるのは4つというのも大きなポイントだ。
そして、もう一つの大きな要素が、道具だ。
ポケモン一体につき一つだけ、パーティに同じ道具は一つまでという制限持たせることができる道具は、ステータスを五十%も引き上げるものなど、その種類は幅広い。
ポケモンにはほぼ全ての道具を持たせることができるため、技よりも選択の範囲は当然広くなる。
こうした試行錯誤を重ね作り上げたパーティでいざオンライン対戦に臨めば、そこは強者の巣窟。
世界大会も開かれるこのゲームのプレイヤーは猛者揃いで、最初はボコボコにされること請け合いだ。
考える要素を挙げればきりがない。
相手のパーティはポケモンのみを事前に見ることができ、二分三十秒で6体の中から実際に試合に出す3体を選ぶ。相手のパーティのコンセプトは何で、ポケモンはどんな技、道具を持っているのか。そして、自分のパーティを見て相手はどのポケモンを選ぶのか。
高い次元の読み合いは、対戦中もずっと続く。
ポケモンには相性の概念があり、相性が不利な相手には何もできずにやられてしまうこともある。よって、攻撃の代わりに行える交代が勝負の鍵になる訳だが、当然相手もそれは同じ。
相手の交代を読んで敢えて相性が不利なポケモンに交代したり、目の前のポケモンにはあまり効かない技を出したり。どこでリスクを取り、どこで避けるのかの判断はとても大切だ。
これらを常に考え続けるので、対戦中は脳を休める暇がない。
しかも相手と顔を合わせて連続で対戦するという経験がない僕は、一戦勝利するごとにへとへとになっていった。
「これ、きつい.......」
何度目かの自分の試合が終わり、控え室に戻る。
入れ違いで、「シルヴァ」が対戦ブースに向かった。彼もここまで勝ち上がっているが、少しも疲れた素振りを見せていない。
こりゃ駄目かな、と僕は笑った。諦めの笑みじゃない。力の差を、再確認しただけだ。
僕らのプレイするゲームは、スポーツとは違う。実力だけが勝敗に関係する訳じゃない。
弱い奴は弱いなりに、戦い方がある。
まずは、目の前の試合だ。
「あいつ、また勝ったぞ!」
天根が感嘆の声をあげる。
籠切は一度ポケモンを引退した、いわゆる「復帰組」だ。復帰してからは、まだ半年程度しか経験がない。
村賀はこの大会で去年優勝しているが、それも一筋縄ではなかった。紛れも無い、大健闘だ。
「恐るべし、YouTube」
村賀も驚嘆の表情でその様子を見ていた。同じプレイヤーとして、嫉妬する気持ちさえ覚える。
対するシルヴァは、あの時の通りの圧倒的な試合運びで勝ち上がっていった。
冷静沈着な立ち回りと、不意に見せる強気なプレイ。外から見ても分からないようなミスを、決して逃さず突いていく。
もう一度やっても、勝てるかどうか。大きく成長した村賀をしてそう思わせる、圧巻の強さだった。
だからこそ、籠切に託した。
彼なら、たとえ負けたとしても、彼にとって大きな経験になる。
一年違いとはいえ、一人しかいない後輩に強くなって欲しい。それは、ゲーム部全体の思いだった。
それに、彼の戦い方は、シルヴァの心にも何か爪痕を残せる気がした。
村賀の挑発に見せた、あの表情。シルヴァもまた、抱えるものがあるのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......あいつじゃ、ないんだね。大口叩いといて」
準々決勝。
ついに、僕とシルヴァがぶつかった。
きっと村賀さんや天根さんなら、試合の前に軽口でも叩けたのだろう。
でも僕にはそんな余裕がなくて、シルヴァの言葉に無言で返す。
「大丈夫?めいっぱい、って顔だけど」
彼の言う通り、僕は戦う前からもはや満身創痍だった。
思考が鈍い。これじゃ実力以前の問題だな、と笑う。
でも、どうにかこの試合だけは、脳には頑張ってもらわないといけない。
最悪のコンディションだけれど、最高に楽しいから。かつての僕からは考えられないくらい、身体が熱く火照っているから。
最高の形で、全て出し尽くして終わりたい。僕はその一心で、タッチペンを強く握った。
「......?」
選出画面。僕のパーティを見たシルヴァが、固まる。
それはそうだろう。まともな戦略では、彼に勝つことは無理だ。僕がとった作戦は、徹底的なまでのシルヴァ対策だった。
シルヴァは、勝つこと以外にも目的がある。そう、窃盗のために魅せて勝たなければならない。
だから一瞬で決着がついてしまうような戦略や、運要素が大きく絡む技は使いにくい。そうやって、使うポケモンを少しずつ絞り込んでいく。
その結果、僕のパーティにはあまりメジャーではないポケモンも並んでいる。それが、彼の思考に迷いを生んでいるのだ。
僕はひとまず、彼のパーティが予想を大きく外していないことにほっとする。村賀さんと対戦した時のメンバーからも、大きな違いはない。
これなら、チャンスはある。
試合が始まった。
僕の初手は、レントラー。電気タイプのポケモンで、特性「いかく」によって相手のポケモンの攻撃力を下げることができる。
シルヴァの初手は、それを読んでのランドロスだった。同じく「いかく」を持つ地面タイプのポケモンだ。
初手はこちらが圧倒的に不利な対面。
だが、これも想定の範囲内だった。ランドロスは攻撃も耐久もあり、非常にできることが多いポケモン。一度も負けられない今回のような大会では、とても人気でよく初手にも出される。
ランドロス の じしん !
効果は バツグンだ!
ランドロスの地震によって、レントラーの体力が大きく削られる。
それでも倒れはしないのは、「いかく」のおかげで相手の攻撃力が下がっているからだ。
そのためシルヴァには「とんぼがえり」によって、僕がレントラーを誰に交代するか、あるいは居座ってくるのかを見てからランドロスの攻撃力を元に戻すために交代する選択肢もあった。
それをしなかったのは、地面タイプの技が僕のパーティ全体に効き、レントラーが誰に交代してきてもダメージを与えられるからだ。それもまた、僕の計算通り。
実際はレントラーは相性が悪いにも関わらず、誰にも交代しなかった。
そして。
レントラーは じゃくてんほけんで 攻撃が ぐーんと 上がった!
「何っ!?」
シルヴァの口から、声が漏れた。
「じゃくてんほけん」。相性が悪い攻撃を受けると、一度だけ攻撃力が上がる道具だ。
これによってレントラーの攻撃力はランドロスの「いかく」を帳消しにし、さらに上昇した。
レントラー の こおりのキバ!
効果は バツグンだ!
ランドロス は たおれた!
「......っ!」
そして、ランドロスに対して4倍のダメージが入るこおりタイプの技で、一気に倒す。
対ランドロスに特化した構成だが、シルヴァでも予想できない手を打つためには、こうでもするしかなかった。
とにかく、相手の三体のうち一体を倒した。
これで、ひとまずこちらが有利な状況だ。
シルヴァの二体目はナットレイ。
くさ・はがねタイプで耐久が高く、粘り強く場に居座って来るポケモンだ。
レントラーで勝つことはできないが、交代したポケモンに技が当たる方がキツい。ここは、レントラーを切って次のポケモンに繋ぐのが適解だ。
ナットレイ の やどりぎのタネ!
「やどりぎのタネ」は、毎ターン相手のポケモンから体力を吸い取る技。
レントラーが僅かに与えたダメージが、それと毎ターン体力を回復する道具「たべのこし」によって帳消しになる。
さらに、ナットレイの特性「てつのトゲ」によってレントラーがダメージを受け、倒れてしまった。
これで二対二、互角(イーブン)だ。
「.......」
シルヴァは唇を噛み、身体を前後に揺らす。
最初の一体が予想もつかない方法でやられたことで、本気モードに入ったらしい。迂闊な真似はできない。
こちらの二体目は、ウインディ。
ナットレイにダメージを4倍入れられる、ほのおタイプのポケモンだ。
ナットレイはウインディを突破できる技を覚えないため、ここは一度どんな攻撃でも防ぐ「まもる」で様子見するか、交代せざるを得ない。
だが先の展開から、シルヴァは僕のことを何をしてくるかわからない相手だと認識するはずだ。ならば、当然ナットレイを安易に引っ込めたりはしない。
ウインディは攻撃技も豊富なポケモンだ。交代を読まれて、相手の特殊攻撃力を下げる「バークアウト」など打たれたら、それこそ鬱陶しいはずだ。
相手は必ず、一度「まもる」を挟む。
そのタイミングが、隙だ。
ナットレイ の まもる!
ウインディ の みがわり!
「っ!!」
「みがわり」。
体力の四分の一を犠牲に、どんな攻撃も耐えるみがわりを作る技。
ほとんどのポケモンが覚えられるが、攻撃技のスペースを一つ奪うことになるため、特にウインディのような攻撃技の種類が多いポケモンではまず採用されない。
だが、こうして「まもる」に合わせて撃つことができれば、1ターン分のアドバンテージを稼げる。
これで、大勢は決した。
「よっし、決めたぞあいつ!」
野々河が歓声をあげる。
完全にシルヴァを動揺させ、翻弄し、意表を突いた。事前のシミュレーションと、立場の差が現れた結果だ。
ランドロスもナットレイも、籠切が特に注意して対策していたポケモンだった。この状況そのものが、籠切の頭にはあったのだ。
シルヴァがどれだけ相手の思考を読むのに優れていたとしても、初めから頭の外にある事には対応できない。
「......いや、まだだ」
しかし、村賀は険しい顔つきをしていた。
彼には、ここからシルヴァが逆転する可能性もまた、見えていたのだ。
そして村賀が見えているということは、シルヴァも。
シルヴァ は ゲッコウガ を くりだした!
ウインディ の ニトロチャージ!
効果は いまひとつの ようだ......。
「.......っ!」
ゲッコウガはみずタイプのポケモンで、ほのおタイプの技は効かない。
とはいえ、ウインディも「ニトロチャージ」によって素早さが上がっている。前の二体が物理攻撃を主体とするポケモンだったことから、このヒードランは特殊攻撃がメインだろう。
それなら、特殊攻撃力を下げる「バークアウト」を撃てばいい。
ウインディ の バークアウト!
ゲッコウガ の たきのぼり!
効果は バツグンだ!
ウインディ の みがわり は 消えてしまった......。
「......物理!?」
三体全て物理アタッカー。本来ならあり得ない選出だった。
なぜならウインディもレントラーも特性「いかく」により、物理攻撃力を下げることができるポケモン。そんなポケモンを見て、物理アタッカーだけで選出するなんて。
だが、これで「バークアウト」は無駄撃ち。
「みがわり」で得たアドバンテージは失われてしまった。勝負は、まだわからない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あり得ない。
この俺が、圧されているだと?
シルヴァは内心で、かなり動揺していた。
あの時圧倒的に勝利したはずの村賀の後輩で、経験もまだ浅い。彼の見立てでは、籠切はそんな評価だった。
それが、最初から彼のパーティが分かっていたかのような作戦で、シルヴァのパーティを半壊まで追い込んだ。
相手の意表を突く物理型ゲッコウガで互角には持ち込んだものの、依然として窮屈な感じは消えない。
嫌な感覚だ。自分より劣っている奴に、圧される感覚。
学校を思い出す。
毎日毎日、彼の周りに群がり、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。
——お前の母ちゃん、とんでもねぇピッチだな。
——恥ずかしくないの?その金髪さぁ。
バリカンの音が聞こえてくる。
これは幻聴だ。これは幻聴だ。
カゴキリ は スイクン を くりだした!
ゲッコウガ の たきのぼり!
効果は いまひとつの ようだ......。
籠切はウインディを交代し、スイクンを出してきた。
スイクンはみずタイプのポケモンで、耐久が高くゲッコウガに対してはやや有利。だが、ナットレイには不利だ。
ナットレイでスイクンを削って、ゲッコウガで倒せるようにすればいい。ここは、ナットレイに交代が正解だ。
そんな安易な選択を、こいつは許してくれるのか?
交代を読まれて、ウインディを合わせられたらどうだ。
ウインディには「みがわり」があり、「いかく」を受けて攻撃力が下がったナットレイはウインディのみがわりを壊すことさえできない。みがわりを残した状態のウインディとゲッコウガでは、ウインディの方に分がある。
つまり、ここでシルヴァがナットレイに交代するかどうかが、勝負の分かれ目になる。
「.......っ」
残り時間、二十秒。
籠切の表情を覗き見る。彼もまた、決めあぐねているように見える。
どんどん、部屋が狭くなっているように感じる。
バリカンの音は止まない。
——こんな情けねぇ金髪、いらねぇだろ。
——ぎゃははははは!
やめろ。やめろ。
俺は、俺は.......。
「俺の髪は、シルバーだぁぁぁっっ!!」
カゴキリ は ウインディ を くりだした!
ゲッコウガ の ゼンリョク の Z技!
スーパーアクアトルネード!
ウインディ は たおれた!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「——っっ!!」
読まれた。完璧に。
ここまで相手の裏を突けていたから、今度も大丈夫だろうと甘えていた。
油断と思い切りの良さは、違う。
完全に、僕の力不足だった。
「.......はぁ、はぁ」
シルヴァも、息を大きく荒らげていた。
彼の叫びは、僕にしか届いていない。けれど、その気迫は、僕なんかが小手先でどうにかなるようなものじゃなかった。
僕の、負けだ。
「......決まった、か」
野々河が呟いた。
確かに、籠切の最後の判断は、多少安直だったと言わざるを得ない。アクセル全開でブレーキを全く踏まなければ、事故は起こる。
だが、ちょっと待てよ。
「まだだ。まだやれる」
村賀は、焦っていた。
まだ可能性はある。だが、今ので籠切の気力が尽きてしまえば、ゲームは本当にここで終わりだ。
迷うようなところじゃない。早く、早く次のボタンを押せ。
勝負を投げるな。お前の熱意は.......。
「お前の想いは、そんなもんかよ!」
タッチペンが、勝手に動いた。
そんな感覚だった。身体はとっくに諦めているのに、何かが僕を突き動かしていた。
僕の最後の一体はスイクン。ゲッコウガはともかく、ナットレイには圧倒的に不利だ。
ゲッコウガ の ダストシュート!
スイクン の どくどく!
「たべのこし」で体力を回復しながら、「まもる」や「みがわり」を使ってゲッコウガを倒す。
だが、シルヴァのラスト一匹は、ナットレイ。
スイクン の まもる!
それでも、ギリギリまで体力を回復し、粘る。
理由は分からない。でも、このままじゃ、僕の夏は終われない。
シルヴァは、苛ついたようにタッチペンを連打する。
彼には、この次の試合がある。激しく消耗しているのに、試合が長引くことに我慢ができないのだろう。
ナットレイ の パワーウィップ!
効果は バツグンだ!
体力が完全に回復した状態からなら、パワーウィップを一撃耐える。
そして、僕の手は、一つのボタンを押していた。
スイクン の ぜったいれいど!
しかし スイクンの 攻撃は 外れた!
「......ちっ」
シルヴァが舌打ちをする。
これが、最後の勝ち筋だった。
「ぜったいれいど」。
二十パーセントの確率で、どんなポケモンでも一撃で倒す技だ。
だが、二十パーセントは、そうそう都合良くは訪れない。
神様は、いない。
「ぜったいれいど」。
想定していない負け筋だった。だが、ゲームは誰にでも平等だ。
年齢も、性格も、髪の色も関係ない。シルヴァにとって、ゲームは自分が認められる唯一の救いだった。
神様は、いない。
これで終わりだ。この試合に勝って、俺は——。
俺は、どうするんだ?
勝ったら褒められる。それは、勝つことが「ギャングスタ」にとって利益になるからだ。
けれどそれは、誰かから奪ったものだ。誰かを傷つけて、手に入れたものだ。
——いい?遥。あなたのひいおばあさんは、素晴らしい女性だった。決して悪を許さず、正義を貫いた人だった。
——あなたのその銀色の髪は、その血を受け継いでいる証。彼女のように、正義の人である証。
——だからね、遥。あんな奴らに負けちゃダメ。あなたは、強くありなさい。
「........あああああああっ!俺は、俺は.......」
俺の髪は、シルバーだ。
シルバーなんだ。
いつからだ。
いつから、こんな——。
ナットレイ の パワーウィップ!
しかし ナットレイの 攻撃は 外れた!
「なっ......!」
パワーウィップは、外れる技だ。
その確率は、三十パーセント。
よくある話だ。まだ、全然大丈夫。
そんなこと、あるはずがない。
——あなたの髪は。
——お前の髪は。
——あなたは。
——お前は。
そんなこと、あるはずがない。
そんなこと、あるはずが!
——あなたは、間違っている。
——お前は、間違っている。
スイクン の ぜったいれいど!
一撃必殺!
ナットレイ は 倒れた!
カゴキリ の 勝利!
「.......神様って、いるんだな」
村賀の口から、ぽつりとそんな言葉が漏れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「......アイアン、アカンサイト」
だから俺は大我だって、と彼は笑った。
アイアンも険しかった顔つきがすっかり変わって、目を細めている。
「お疲れ。いい試合だったな」
いい試合......などではなかった。
負けたのは必然。シルヴァは、そう感じていた。
この髪を、自分を愛しているつもりで、いつの間にか裏切っていた。
もっと前に、自分で気がつかなきゃいけなかったこと。それを見失ったまま戦っていた彼が、この勝負で勝てるはずがなかった。
「......悪い。俺は、もう抜けるよ」
シルヴァが言うと、二人は少し驚いた顔をして、それから、今度は盛大に笑った。
「奇遇だな。俺たちもだ」
今度は、シルヴァが驚く番だった。
「本気で言ってるのか?」
「ああ。来年は、俺たち三人でこの大会に出よう」
アカンサイトの言葉に、アイアンも頷く。
目を瞬かせながら、シルヴァは呆然としていた。
「......よっし!そうと決まれば、三人でもう一回自己紹介だな」
アカンサイトが一つ手を叩く。
「俺は、浅野大我。好きなものは、カレーライス!次!」
彼は早口で言うと、アイアンを指差した。
「俺か?.......俺は、
二人が、シルヴァの方を見る。
彼は一瞬身を引いて、ぼそっと呟いた。
「東野、遥。好きなものは......」
頭を触り、髪を一本手に取る。
「この、シルバーの髪だ」
彼が恐る恐る顔を上げると、二人は納得したように頷いた。
「でもいいのか、来年も来て。俺たち、要注意人物、だろ」
龍騎が視界の端に目をやる。その方向を見ると、スタッフの一人と目が合った。
スタッフにマークされていることにはとっくに気づいていたし、その気になれば撒けた。だが何故か、そうする気になれなかった。
もちろん今では、その理由もわかる。
「......もちろん。是非」
そのスタッフは、含みのない笑顔を見せてくれた。
その瞬間、彼らはようやく気づいた。
居場所は、ずっとここにあった。
ここに、あったんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「二人が優勝、一年の籠切もベスト4だ。俺が負けるわけには、いかねぇな」
最後の大会。タイトルは、「マリオテニス エース」。このゲームは試合を選手に隠す必要がなく、体育館に大きなモニターを置き、「学祭」のトリを飾る大イベントとして参加者全員が試合の様子を見つめる。
部長はこのゲームではまず負けない。とんとん拍子で決勝まで進み、余裕の表情だ。
だが、対戦相手もまた難敵だ。
試合が2ブロックで同時進行で行われていたため、相手の試合はよく見られていない。だが、「ギャングスタ」の総大将、とも言える最後の刺客は、他の三人とは雰囲気が全く違った。
年齢は二十代前半、おそらくは大学生だと思われるものの、190を越えそうな背丈と無精髭、鋭い目つきのせいで十歳は老けて見える。
粗暴で、悪辣で、それでいて馬鹿じゃない。そんな性格が、風貌に如実に表れていた。
最後の試合が始まる。
見た目からして
二人はその後も何か会話をしたように見えるが、ここからは聞き取れない。
「頼むぜ......」
天根さんの面白がりながら緊張した声が、隣で聞こえた。
「......なぁ」
「ギャングスタ」のトップ。その彼には、ニックネームはなかった。
また、彼はいつもゲームの設定を中国語にしていた。理由は簡単だ。
「
だから、プレイヤーネームもこの一文字にする必要があった。
「俺にはさ、三人友達がいるんだけど」
客席からの歓声の中でも、彼の声はしっかり聞き取ることができた。
口を開けるたびに、彼の汚い歯並びが見えた。
「三人とも負けちゃってさ。まぁそれはいいんだけど、おかしいのは」
口の中には何も入っていないのに、ガムを噛んでいるような咀嚼音が彼の口からはした。
ぼさぼさの髪が、肩に届かないくらいのところで揺れている。
「全員、仕事ができないとんだ腑抜けになっちまった。そのうえ、友達やめるとか言い出すんだぜ?ひどい話じゃねぇか」
本物かどうかは不明だが、先程から右の袖から刺青のようなものが見え隠れしている。
入り口で止められるギリギリのラインだが、この大会はこんな奴でも、暖かく受け入れる。
「......てめぇらの差し金だよなぁ!違うか!?」
怒鳴り声に、身を竦める。
野々河は正直、困っていた。ここはゲーム大会なのに、どうして言葉で攻撃するんだ?
簡単に負かせる相手ではないことは分かっているが、どうにもやりづらい。
「俺はなぁ、お前らみたいなのが大嫌いなんだよ。弱い癖に、勘違いして歯向かってくる奴らが!」
「.......じゃあ、どうするんだ」
野々河の言葉にカチンときたのか、王はさらに語気を強めて言った。
「滅茶苦茶にしてやる。お前の、全部を!」
彼は、ゲーム機を荒々しく掴む。キャラクターは、パワータイプのクッパ。
見た目通りだな、と薄く笑いを浮かべながら、野々河もキャラクターを選択する。彼の相棒、ルイージだ。
「ゲーム、スタートォォォ!!」
会場の盛り上がりに負けじと、ロンガーがー声を張り上げる。
これが、最後の戦いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルイージは、長いリーチと強烈なスライスボレーが持ち味のキャラクター。
隙あらば前に飛び出す、という戦い方は部長の性格に合っていて、軽くラリーをしながら好機を窺う。苦手が少なく、プレイヤーの腕が発揮されやすい。
一方のクッパは、超攻撃型。
圧倒的なパワーから繰り出されるトップスピンや角度の効いたショットで、一気に崩していくキャラクターだ。その反面動きが鈍く、相手のボールに対する対応力が良くない。
試合はクッパのパワープレイと、ルイージの変化のついたショットで交互に得点を重ねる展開になった。
だが、少しずつ差が開いていく。その理由は明らかだった。
「......上手い。上手すぎる」
テクニカルショット。本来追いつけない球を、エナジーを消費することによって追いつけるようにする技のことだ。
エナジーはテクニカルショットの他にもねらいうちという角度のついた強烈なショットにも使え、これが得点源となる。
だが、テクニカルショットのタイミングはとてもシビア。
世界ランカーでもミスが起こり、完璧に使いこなせるプレイヤーは存在しない。
王は、その精度が明らかに高かった。
シビアなテクニカルショットのさらに際どいタイミングを狙うことで、逆にエナジーが貰える大成功が起こる。その確率も高く、エナジー差が如実に出ている。
「まさか、あいつ」
クッパのドロップショットを、ルイージが走り込んで必死に追いつく。
だが、クッパはそれを嘲笑うかのように、強力なトップスピンを隅に決めた。
「eスポーツプレイヤーか!?」
天根先輩が、叫んだ。
eスポーツと言われているゲームは、僕らがプレイするゲームとは明確な違いがある。
運要素と相性の排除だ。
そのため、これらのスポーツでは純粋にプレイヤーの腕が問われる。
上位に行くためには、毎日十時間以上の練習が必要になる。それは特定のゲームの練習に限らず、反射神経や動体視力など、人間の機能そのものを強化するトレーニングも行われる。
僕らのやるゲームが、eスポーツに対して劣っているとは思わない。思いたくない。
だが、eスポーツのプレイヤーは、僕らより遥かに厳しい環境で戦い、肉体を強化し続けている。
つまり、僕らより、格段に強い。
「次元が、違う」
決勝は2ゲーム差がつくまでサドンデスで行われる。
1ゲーム目は野々河が取ったが、2ゲーム目、3ゲーム目は王が取った。
次のゲームを取れば、王の勝ちだ。
「どうした?もっと撃ってこいよ!」
王は勝ちを確信していた。高精度のテクニカルショットによってエナジー差は広がっていくばかりで、3ゲーム目の途中からは一方的な試合展開になっていた。
気持ちが切れたのか相手は来たボールをただ打ち返すだけで、ほとんど攻めの姿勢に転じない。
王は、本来の領域(ゲーム)では決して上手いプレイヤーではなかった。
ランキングは一向に上がらず、仲間からは罵倒されるばかりで、楽しいなんて気持ちはとうの昔になくなっていた。
ただ、弱いままやめるのは、彼のプライドが許さなかった。
そんな時、軽い気晴らしにと始めた「スプラトゥーン2」が彼の人生を変える。
あまりにも、相手のレベルが低かった。それは最高ランクになっても同じだった。ろくに練習もしていないのにも関わらず、簡単に勝てた。
初めて一緒にプレイした仲間に感謝された時、彼はたまらない快感を覚えた。もともとプレイしていたゲームなどほっぽり出して、それにひたすら熱中した。
やがて、他の子供向けゲームにも手を出すようになった。何をやっても、世界で何本かの指に入るプレイヤーになれた。
彼は自分が、世間一般からすれば「上手い」ということにようやく気付いた。反応が五フレームほど遅れたって、一切困らない世界があることを知った。
彼は、もっと褒められたかった。
次々とゲームを買っては、世界ランカーになった。一人暮らしの大学生である彼の金は、瞬く間に消えていった。
彼は金を稼ぐために、大会に参加するようになった。数千円相当のグッズを商品として得ては、すぐに転売した。そうして得た金は、次のゲームへと充てられた。
プレイするゲームがなくなると、彼は同じゲームを二つ、三つと買っていった。それぞれ違うプレイヤーとして、日本一、二、三位を独占したこともあった。
金は、いくらあっても足りなかった。
やがて彼は、自分の腕前を犯罪に使うことを考えた。
それは一人では不可能だった。初めに、彼と同じ高校だったが、とある出来事で学校に通えなくなり結局中退した、内田竜騎を誘った。
二人で犯罪を繰り返すうち、その噂は少しずつではあるが広がっていった。顔を覚えられることを避けるため、新たなメンバーを求めていたところに、SNSを通じて東野遥、それを追うように浅野大我が加わった。
自分の承認欲求を満たすためなら、罪を犯すことに抵抗はなかった。
彼の感覚は、異常なコンプレックスと全能感で麻痺しきっていた。流石に入れ墨は迷った末彫らずにシールで済ませたが、風貌はどんどん悪漢のそれになっていった。
サーブでねらいうちでさらにポイントを取り、これでマッチポイント。
観客が圧倒される空気が伝わってきて、王は至上の快楽を味わっていた。
「さぁ、次でラストだ」
王はにやりと笑った。
だが、すぐに違和感を覚える。
野々河の様子が、おかしい。
彼の目からは、まだ勝利を求めるギラつきで溢れていた。
「何だ、その目は!」
僅かに動揺し、サーブがやや甘くなる。
ルイージはその球筋を完全に読んでいたかのような場所に立ち、強烈なスマッシュを放った。
「.....あんた、このゲーム何時間やった?」
クッパの大きな体躯が、仰け反る。
チャンスボールを、ルイージは最強のショットで返そうとしていた。
「確かにテクニカルショットは上手い。でも、サーブやブロックは比べ物にならないほどお粗末。せいぜい20時間ってところか。しかも途中からは、テクニカルショットの練習しかしてない。それに」
演出とともに、ルイージがスペシャルショットを放つ。
一点くらいくれてやっても良かった。だが、野々河の挑発を聞いて、ブロックしない訳にはいかなかった。
だが、間に合わない。
タイミングは遅く、ラケットが弾き飛ばされ、そして......。
「ラケットKO、忘れてるぜ」
大逆転に、観客が一気に沸いた。
「なんだなんだ、何で野々河の勝ちなんだ?」
村賀さんが困惑した表情で言う。
部長のプレイ風景をあまり見ていない彼なら、知らなくても無理はない。
ラケットKO。
僕も頭の片隅にはあったが、あの状況では考えもしなかっただろう。それくらい、お目にかかることのない決着だ。
ねらいうちを3回、あるいはスペシャルショットを1回ブロックしようとして失敗すると、ラケットが壊れる。
ラケットが二つ壊れたら、ポイントに関係なくその時点で負けになる。
スペシャルショット自体、使うプレイヤーとそうでないプレイヤーに分かれる技だ。
ましてや上手いプレイヤー同士では、ブロックの成功確率も上がるため、実戦でこれを狙うことはまずない。
「負けた......だと......?」
崩折れる王に、野々河は冷たい眼を向ける。
「勝てると思った?」
「.......あ?」
「自分は天才だから。力があるから、まともに練習しなくても勝てる。本気でそう思ったのか?」
野々河は、最大級の侮蔑を露わにして言った。
「ゲーム、舐めんなよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして、僕がゲーム部に入って初めてのイベント「学祭」は、あっけなく幕を閉じた。
心配していた「ギャングスタ」による窃盗被害も確認されず、ゲーム部は三部門で優勝という、文句なしの結果を残した。ロンガーさん曰く、
「来年はきっと、こうはいかないよ。打倒ゲーム部、でみんなの気持ちを一つにしちゃったからね」
ということで、来年はさらに熾烈な戦いが繰り広げられること間違い無しだ。
「......それで」
部長はぷるぷると震えた。
「これはいったい、どういうことだ!?」
視線の先には、天根先輩と「マリオカート」で盛り上がるアイアン......改め内田さん、村賀さんを再びコテンパンに負かして悦に入るシルヴァこと東野くん、そしてその様子をげらげら笑いながら見る浅野くんがいた。
「いやー、ずっと思ってたんだけどさ、ゲーム部って人少なくない?絶対もっと多い方が楽しいと思うんだよね」
村賀先輩はそう無邪気に笑うが、部長は何とも言えない顔をして、
「......って言ったって、そもそも全員高校生じゃねぇだろうが!これ学校の許可取ってんのか?貰ってねぇだろ絶対」
呆れた様子で三人を追い出そうとする。
だが、東野くんがしおらしく表情を曇らせながら、
「やっぱり、邪魔ですか?」
なんてやるものだから、部長も何も言えなくなってしまった。
そしてその様子を見て、浅野くんは相変わらずげらげら笑っている。
「......そんで、あの王とかいう奴はどうなったんだよ?」
「あぁ、それなら」
天根さんがパソコンをカタカタと動かす。
画面にはYouTubeの動画が流れていた。
《さぁ、超注目の新星「王」選手、いよいよ決勝まで登りつめました。ノーシードから並み居るプロ選手を倒し、今日まさに名前通りのキングになれるのかーっ!!?》
「部長との戦いの後、見事に改心して本来の領分に戻ったみたいだよ。プロ入りも確実だって」
部長は納得のいかない様子で、頭をわしゃわしゃとかきむしる。
「......いったい何だよ、このクソぬるい終わり方は!」
その言葉を聞いて、村賀さんがにやにや笑って言った。
「いいんじゃない。僕らのゲームには、ハッピーエンドがつきものでしょ?」
「何上手いこと言ってんだ、おい」
部長が、村賀さんの頭をぽかりと叩いた。
fin.