沙条愛歌は転生者 作:フクロノリ
スバルと愛歌の試合は書くことないのでカットです。
「ふぅ」
無事スバルとの試合に勝った後、わたしは一息つきながら次の試合を待っていました。
わたしが作り出した仮想魔法演算領域に"疲れ"なんてものを感じる筈ありませんが、操作している肉体とわたしは疲れます。
次の試合に備えて、少しでも体を休ませた方がいいでしょう。
「こうなったら、最後までパーフェクトゲームを貫き通したいわね」
わたしが使っているCADは機械でも何でもないため、技術スタッフを交えてCADを再調整する時間が必要ありません。
おかげで存分に休めます。
クラウド・ボールは休憩可能な時間が短いので、殆どの人間が見えないという点を除けば、本当に有り難いCADです。
「戦い方は全試合同じのようですね......」
一色愛梨は休憩がてら電子端末を使って、これまでの沙条愛歌が戦ってきた四試合をざっくり見ていた。
端末には、コート全体を囲んでいる透明な壁を背にするほど後ろへ下がっている沙条愛歌が、自然体で立っている姿が映し出されている。
バトル・ボードと同じく、彼女がCADを持っている様子はないが、ラケットを手にしていないことから、魔法オンリーのスタイルであることは明白だった。
全試合を通して、沙条愛歌の戦法は単一の移動系魔法をボールに掛けるだけの単純なものであり、移動方向はボールの高さに対してほぼ垂直と、全て同じ方向。
狙いも何もない、ただボールを相手のコートへ返しているだけのシンプルな戦法だが、それ故に隙がなく強い戦い方だった。
クラウド・ボールはルールとして、ボールを対象として発動する魔法は、相手コートへと侵入する前に終了していなければならない。
頻繁に魔法の相克が起これば、試合にならないからだ。
だからこそ、ボールを対象として発動する魔法を使った戦法は妨害が難しかった。
「(一校の会長と違って移動系統の魔法なのは、知覚系魔法を使えないからでしょうね)」
新しくベクトルを生み出す単一の移動魔法より、元々存在しているベクトル方向を改変する逆加速の『ダブル・バウンド』の方が、スタミナの消耗は少ない。
だがベクトルを足すのではなく二倍にする『ダブル・バウンド』は、ボールの持つベクトルが小さい場合、相手のコートへ返らない場合がある。
七草真由美は『マルチ・スコープ』を使って、ボールが自分のコートに入った瞬間を捉えることで、その弱点を補っているが、沙条愛歌にはそれがない。
コートの後ろに陣取って視野を広げているのが、良い証拠だった。
「しかし、圧倒的ね」
画面の中の選手は様々な軌道のボールを打ち放っているが、その全てがネットから五センチも侵入できずに、沙条愛歌の魔法によって跳ね返されている。
まさに壁だった。
彼女が使っているのは移動系統の魔法なので、壁に跳ね返っているというより、ボールを撃ち出していると表現する方が正しいかもしれないが、本当に見えない壁が空中にあるんじゃないか、彼女はそう思わずにはいられなかった。
もうすぐ戦うのを考えると、体が震える。
心の中の自分が「このままで良いの?」と囁いてくる。
「(勝負は第二セット......短期決戦で決める)」
これが今の自分にとって最適解だと考え、彼女は自身の作戦の手順に間違いがないか、眼を閉じて脳内で確認していく。
そもそも作戦とは到底呼べないこの作戦に、間違うほどの複雑な手順はない。
ならば、なぜ確認するのか―――
―――それは彼女にとって、自分自身の考えを自分自身に信じさせるための証明行為だからだ。
自分は間違っていない。
正しい道を選んだ。
これが最善だ。
―――だから頑張れ、わたし。
今までの努力は決して無駄ではない、彼女は弱気な自分自身に対して、そう胸を張った。
みんなに―――
先輩方に―――
そして友達に―――
―――無様な戦いは見せられない。
クラウド・ボールという競技は、他の競技に比べて有名・有力な選手が出場しにくく、かつ優勝する選手を予測するのが難しいと言われている。
これらの特徴は、本戦よりも一年生のみ出場可能な新人戦の方が強く表れやすく、各校の作戦スタッフが共通して頭を悩ませる問題だった。
その理由を一言で言ってしまえば、偏にクラウド・ボールが「運ゲー」だからだろう。
クラウド・ボールは最初に勝ち抜きのトーナメント戦を行い、それに最後まで残った三人で総当たりのリーグ戦を行って、一位から三位までを決めるという二段構成の流れになっている。
女子クラウド・ボールの一試合の試合時間は、二回あるインターバルを含めても最長で十五分と、比較的九校戦の中でも短い競技だ。
しかし、選手たちの負担は決して小さくない。
最大で五試合した選手の最終的な負担は、フルマラソンに匹敵するとも言われているミラージ・バットと一体どちらが辛いか、という議題が挙がるほどだ。
そんな過酷な競技を、出場する選手たちは日を跨ぐことなく一日―――それも半日という短い時間の中―――で行なわなければならない。
短い時間の中で行うため、選手たちが休憩できる時間―――立て直しを図れる時間は、当たり前だが短くなる。
そのせいで、選手たちは休憩する必要がそもそもないよう、一試合に使うスタミナを温存・節約しなければならない。
だがクラウド・ボールの最初の試合形式は、総当たりのリーグ戦ではなく、勝ち抜きのトーナメント戦だ。
負けたら終わりのトーナメント戦では、当然試合を捨ててスタミナを温存する作戦は使えない。
そのため、後がなくなった選手は次の試合のことなんて全く考えていない、スタミナ管理をガン無視したプレーを行い、逆転や共倒れを狙ってくることがザラに起こる。
それによって、たとえ有力な選手であってもスタミナを管理するのが難しくなっており、有力選手が自校の一人だけだとしても、負ける可能性は小さくない。
つまり、クラウド・ボールはトーナメント次第で誰でも優勝できる可能性がある競技であり、大番狂わせが非常に起こりやすい競技なのだ。
スタミナを管理すること自体に慣れていない一年生だけが出場できる新人戦は、尚更それは起こりやすくなる。
貰えるポイントが特別高いわけでもないので、有力な選手を出場させるには、クラウド・ボールは些かリスクが大きい競技だった。
そのためクラウド・ボールの選手決めは、どの魔法科高校でも後回しにされやすい。
クラウド・ボールに適性があるのは移動系統の魔法を得意とする魔法師だが、大抵はアイス・ピラーズ・ブレイクや、適性が似通っているバトル・ボードの方が優先される。
クラウド・ボールとミラージ・バットの選手決めが最後まで残るのは、ここ十年の魔法科高校あるあるだった。
もちろん、クラウド・ボールで有力な選手が出場することはある。
七草真由美がそうだ。
そうなったのは、彼女が一つのある条件を満たしていたからだ。
彼女や一色愛梨、そして沙条愛歌を含めて、クラウド・ボールに出場した有力な選手たちは、全員この条件を満たしている。
その条件は―――
一色愛梨は静かに集中力を高めていた。
体の震えは止まっており、彼女の顔に不安の色や弱気な様子は見られない。
「一色!そろそろコートへ移動しないと」
沙条愛歌との試合時間が迫ってきたようで、彼女の担当を務めている技術スタッフが声を掛けにきた。
「ええ、すぐに行きます」
そう返事を返す彼女の瞳は澄み切っており、力強さと迷いがないことが伝わってくる。
そんな頼もしい彼女の様子は、声を掛けた技術スタッフに思わず希望を抱かせた。
これが条件だ。
負けるビジョンが思い浮かばないぐらい―――
誰であろうと勝てると信じられるぐらい―――
みんなに安心して任されるぐらい―――
―――強い人間であること。
それが、
仮想魔法演算領域(愛歌作)
自我が存在しない魔法演算領域であり、トリムマウに埋め込まれているプシオンを核とした人工精霊の後継機。
自我が存在しない以外は、普通の魔法演算領域と同じなので、無理するとオーバーヒートは起こる。
学校で普段使っているのはこっち。
クラウド・ボールのルールは、原作や優等生の描写から適当に考えました。