ジオン共和国の正体~地球の重力に魂を引かれた精神病者たちの隔離施設~ 作:ミノフスキーのしっぽ
情報省本部から遠く離れた月面都市では、エルランとミウラーの密会が行われていた。
そこで語られる新共和国建設計画の裏側。
地球連邦政府上層部が、何故、新共和国をジオン・ズム・ダイクンに建国させ、然る後に独立運動を激化たらしめ、その結末として独立失敗を演出しようとしているか?
その真の目的がついに語られる。
「各コロニーでの戦闘が始まったようですね」
連邦の高官であるミウラー・ガイドナーが、高級ホテルの個室で地球を眺めている仕服の男性に話掛けた。部下たちから各サイドで戦闘が開始されたとの報告を受けたからだった。
話し掛けられた男性といえば、連邦軍情報省のエルラン少佐であった。
「…とうとう、我等が地球連邦の懸案の一つが解決される訳ですな、レディ・ミウラー」
「ええ。やっと旧世紀の呪いの一つを始末できます」
そう語り合うと、二人は部屋の中央部にあるソファへとそれぞれ腰掛け、テーブルを挟んで向き合い、次の報告を待つことにした。
今日、ここに秘密裏にやってきた二人の理由は複数ある。
一つは、厄介なテロリスト集団ガロウ・ラン壊滅の知らせを共に聞くため。
一つは、ガロウ・ランと関係がある、とある組織に対する対応を話し合うため。
そして、もう一つは、地球連邦政府が推し進める、ジオン・ズム・ダイクンによる新共和国建国計画の開始を祝うためであった。
その計画が、もうしばらくすると、本格的に動き出すのだ。
「少し早過ぎるかもしれませんが、お祝いを言わせてもらいます、これでやっと、
「ありがとう。宇宙移民が開始されて半世紀。空気も、食料も、水も、住居も、権利も、すべて他人の税金によって用意してもらいながら、なお、自分たちは強制的に宇宙に移民させられた棄民だと嘯く、一部のスペースノイド共を、やっと
「ふっ、付け加えるなら、その子供、孫まで動員し、自分は被害者側であるとポジショニングする連中ですな」
「それだけなら、まだマシなのです。ただ自分たちは被害者だと主張するだけならば………問題は、自分たちが地球連邦という獅子に取り付くノミ、シラミだと自覚したくないために、分離主義者のテロリストたちに資金援助し、反地球連邦運動に参加することです」
「自分たちの生き方が、地球連邦に寄生する寄生虫だど自覚してしまうと、もう被害者ポジションではいられない。恥ずかしくて自殺したくなる。だが、被害者という楽な生き方はやめられない。だから、自己洗脳に走る」
「自分たちは本来はみじめな乞食ではなく、誇り高い改革の闘志なのだ。強大な地球連邦政府に立ち向かう、あの独立の志士たちと同じなのだ。そう思い込むために、反地球連邦運動にのめり込む」
「そのテロリストたちに送る援助資金すら、連邦政府からの生活保護予算から出ているというのにね」
「そして、連邦を貶める数々の嘘。地球の議会もいい加減にしろと、連中への対策を本格的に考えます」
「そうして、新共和国建設計画が立案された」
「酷い現実ですが、それだけの醜い事件があったからこそ、歴史が一気に動き出したということです」
そこまで語り合い、エルラン少佐とミウラーは会話を一時中断する。
語り合った二人は、お互いに「本当にやっとだ」という表情になっていた。二人は向かい合わせていた顔を横に向け、部屋のスクリーンに映し出された地球へと双眸を向ける。
BGM、言葉、その他の雑音のない静かな時間が過ぎ去っていった。
「…旧世紀の末期、在ヤーパンコーリョ人という、愚劣な存在が極東の列島に存在しました。彼等はありもない事件を捏造し、賠償しろと、当時のヤーパン政府に強請り集りをし、嫌っているはずの民族から生活保護費を受け取り、生活していました」
そう言って、エルランが静寂を撃ち破った。
「ですが、北のジェネラル・キーム、南の従北政権が外部勢力によって駆逐されると、彼等は憑き物が落ちたかのように反ヤーパン運動から距離を取り、後に地球連邦となる世界統一勢力に忠誠を誓った」
ミウラーといえば、そのようにエルランに応じる。役人的な律儀な対応であった………いや、彼女もこの話題を話したかったのだろう。
「その良き変化は、やがて地球連邦政府となる地球統一勢力の、大きな成果の一つですね。超改革派であった者たちも、これには大変満足しました」
「そう。統一派内のエリートと言えたヤーパン人たちに恨み言を言って生き続けるよりも、共に統一派として地球連邦を生み出すことに寄与した方が、強請り集りだけの人生より、何倍もマシだと思ったのです」
「そして、地球連邦が宇宙移民政策を開始した後も、統一した半島の新リーダー、リ・ナミの下、率先してフロンティアである宇宙へと上がり、人類の新たな大地、生活の場である各サイドの建設に寄与しました」
「リ・ナミ議員の思想、統一コーリョ民族百年の計に従い、民族の哀しい過去から決別し、前向きにフロンティアで成功しようとしたのです。彼等はロケットのGに耐えて宇宙へと飛び出し、地球圏という新世界のエリートとなるべく、新たな一歩を踏み出した」
「その計画は、今日、成功を収めた。サイド2を中心に統一コーリョ系スペースノイドの人口は増加し、半世紀を経て、その人口は3億。後10年もすれば4億になる。半島に残る5000万と合計すれば4億5000万を超える一大勢力だ。地球連邦は、他民族から最悪と言われた民族を見事に再生させた。統一コーリョ民族は、真に地球圏の優良民族へと成長しました」
「今日、その事実は地球連邦の大きな成果の一つとして記録されています」
「…ですが、宇宙移民が開始されて20年が経過した頃、予期せぬ事態が生じた。
「…我々、連邦総務省最大の敵KFofP(ケダモノ・フェデレーション・オブ・プレシャス)………あのクズ共は、自分たちスペースノイドは棄民同然に宇宙に強制移民させられた………そんな嘘を平気で騙る、人類史上最悪の詐欺師集団です」
苦々し気な表情となり、KFofPの名を出すミウラーであった。
「そう。在ヤーパンコーリョ人はじめ統一コーリョの一般人たちが、優良な地球連邦市民として再出発した一方、あの唾棄すべき連中が活動を開始しました。一人のスペースノイドとして真っ当に働くよりも、連邦という巨大国家に
「旧世紀の在ヤーパンコーリョ人の悪い真似を始めた連中は、本来、人間とは地球に生きるようにデザインされたケダモノで、それを無理矢理宇宙に住まわせるのは間違っている。住民は宝だ!プレシャスだ!その権利を守れ!と主張し、地球連邦政府に対し、謝罪と賠償を求めてきた。もちろん、その目的は地球に帰ることなどではなく、賠償金を得て、働くことなくコロニーでぬくぬくと暮らすことだった」
「改革を至上命題とする左派から、安定を求める右派に政権が移行し世情が安定すると、かならず嘘捏造で生活資金を得ようとする詐欺師が登場する。旧世紀終盤から連邦黎明期、各国政府の行政権を奪った地球統一勢力は、反抗する一般住民を弾圧することを辞さない超改革派が中心だった。彼等が主導する統一政権の弾圧を恐れ、詐欺師たちは、右派政権が誕生するまでの間、地下の潜り身を潜めていた」
「そうです。そして連邦が右傾化し、自分たちが左派たちに弾圧されない状況となると、詐欺師たちは堰を切ったように表舞台に現れ、宇宙移民たちの権利を守れ!被害者である自分たちに賠償しろ!と主張し始めました」
「当時の地球連邦政府総務省には、そういった詐欺師連中に対する対応策が存在しなかった。KFofP側に、一時金を払って追い払おうとしてしまった」
「それが失敗でした。強請り集りで連邦から大金を得られると知って、KFofPへと詐欺師などが続々と集まり、その構成員は爆発的に増えていきました。自分も賠償金を得て、楽な暮らしがしたいと」
「さらに、KFofPはテロリストに資金援助を開始し、彼等を自分たちのボディーガードとしました。資金が枯渇して活動がままならなかったテロリストたちは、容易くKFofPの支配下に置かれた。進んでその飼い犬になったのです」
「そして、その関係は長く続き、餌を与えられたテロリストの一部は、次第に雇い主の意に沿うように、地球連邦政府からスペースノイドの開放を謳い始めた。当初の目的である、連邦に潰された各国の主権を取り戻すという主張から大幅に逸脱して」
「酷い現実です。旧世紀、強権的国家に支配された地域では身分が固定化されました。その国の支配者層になれない一般人たちは、頭を使って支配者層を騙し、その利益を奪い取る詐欺師に憧れた。そして、実際に詐欺師となった者たちは多い。そんな旧世紀の悪癖を、今日、KFofPが地球圏で再現し、テロリストたちにまで影響を与えてしまった状況が、今現在、私たちの前に存在しています」
「しかし、それも終わりです」
「ええ。今回、ガロウ・ランを始末する理由は、もうKFofPといった詐欺師集団や、その支配下にあったテロリスト共を放ってはおかないという、連邦政府からのメッセージです。詐欺師たちは一斉にKFofPを見限り、他の寄生先を探し始めるでしょう」
「その目の前には、ダイクンによる新共和国計画があるということですね」
「そうです。本質がクズの詐欺師である彼等は、内心では詐欺師である自分やその仲間たちを嫌い合っています。ダイクン氏の許、本物の革命の志士となれると知って、彼等は狂喜して新共和国に飛び付くでしょう」
「そうでしょうね。ダイクン氏には、愛妾として北欧の王家の血筋であるアストライア嬢も娶らせてあります。彼女とその子供たちの血筋が、新たな共和国に正当性を与えることでしょう」
「それで旧世紀の権威主義者たちもサイド3に集まっています。夢見がちな人々は、本当に地球連邦からの独立も夢物語ではないと思い込む」
「そうして、サイド3の隔離施設は完成する。ところで、レディ・ミウラ―、ダイクン氏へと送る建国資金は万全でしょうか?」
「ふふ。知ってるくせに」
今回のガロウ・ラン殲滅作戦完了と時を同じくして、サイド3のダイクンの許へと、新たに大量の資金が振り込まれる算段であった。その資金によって新共和国建国宣言がなされて後も、しばらくの間はダイクンの政権は安泰だろう。
エルランは、無言で口角を上昇させた。
驚くべきことに、本来は独立運動を監視し解散させる側の地球連邦政府が、この様にして新共和国の誕生を後押ししていた。
すべては、
彼等をサイド3へと隔離させ、そのタカリ根性を捨てさせて、鍛え直すのである。
本気で新共和国を用いて、詐欺師勢力を真人間へと更生させようとしているジオン・ズム・ダイクンと、あくまで連邦の官僚であるミウラーたちとの間には、若干の齟齬は生じていたが、とりあえずは新共和国を誕生させることで合意はなされていた。
未来の事は別として、現状、その計画に問題は存在しなかった。
「そちらこそ、ご自慢の特務部隊は活躍なさっているのですか? なぜか、ザビ家のサスロ殿がそちらに合流し、ガロウ・ラン退治に参加していると聞きましたが?」
エルランへのお返しと、ミウラ―も自らの持独自情報カードで反撃する。政府の実務者同士の、腹の探り合いというお遊びである。
「ほう。レディの情報収集能力も大したものですな。じつはガロウ・ラン指導層がオカルトに染まっていて、ザビ家がそれに巻き込まれる寸前だったとか。まあ、それほど憂慮することでもないようです」
「それなら良いのですけど?」
お遊びを終えると、エルラン少佐が寄り掛かっていたソファから上半身を起こし、テーブルへと手を伸ばした。用意してあったワイングラスを手に取り、数回揺らした後、白い泡立つ液体に口を付ける。
popudepipikku………
そこで、ミウラ―の持っていた携帯端末が鳴った。ミウラ―の秘書リュウコ・バトーからのコールだった。
「失礼………」
その報告内容に目を通すミウラー。
「あら、サイド2で特務隊が苦戦しているとか?」
「ほう。それは面白い。こちら側のルートからも、程なく報告が入るはずです」
「そう」
「ええ。ではレディ・ミウラー。次の報告を待つことにしましょう」
「わかりましたわ」
双方、さして心配するでもなく、余裕を持って次の報告を待つこととした。
特務隊の指令であるエルランは情報不足のため、ガロウ・ランが未知の兵器を繰り出していると知らなかったのだ。
各サイド建設には、地球や月の資源だけじゃ当然足りない。
一生懸命アステロイドベルトまで旅をして、資源を回収してくる必要がある。
そんな努力の末にやっと建設された、空気も水も自分たちで作り出さないといけないコロニー。
そんな場所に捨てられた棄民様って、旧世紀の王侯貴族も同然じゃないかなあって思う次第。
もちろん皮肉です。