異・英雄記   作:うな串

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16 反董卓連合(後)

 

 

 行軍の最中、曹操軍は異様な緊迫感に包まれていた。

 彼女たちは酸棗を出発し、州境を越えて陰溝水を渡ろうとしているところである。

 予想では、袁遺軍と戦闘になるなら、この渡河のタイミングであった。

 河は強力な防御線である。それを利用して袁遺が進軍を阻んでくる可能性は十分に考えられた。特に今、戦の主導権は袁遺にあり、連合にない。

 こうなってくると袁遺が虎牢関という天下の城塞に籠ることを択ばず、野に出ることを択んだ理由が曹操には分かってきた。

 主導権を得るためである。

 その証拠に今までの殆んどの戦闘は袁遺が戦う場所と時間を選んでいる。もし、袁遺が虎牢関に籠っていたら立場は逆であった。籠城側は敵が攻めてくるのを待っているだけで、連合側がいつ戦いを仕掛けるかの選択ができた。

 だが、その選択権は袁遺が持っている。

 渡河中に攻撃はなく、曹操軍は無事に河を渡ることができたが、今度は河を渡る後続の部隊のために渡河点を確保し続けなければならない。

 曹操は全部隊に戦闘隊形を組ませる。

 兵の練度は連合に参加する諸侯の中では随一であり、混乱が起きることなく陣形が組まれた。

 今、渡河している部隊は騎兵を中心とした遊撃部隊(公孫賛軍が中心で袁紹軍から騎兵約三〇〇〇の増援を受けている)であり、その部隊が渡河し終わった後に張邈と鮑信の混成部隊が渡る。さらに袁術の部隊が続く予定になっている。

 渡河中の部隊に混乱はないが、それでも規模が規模なだけに歩みは遅い。

 時間がもったいない。今、こうしている間に伯業は連合の動きを掴み、部隊を整え出撃しているかもしれない。

 曹操は焦れた。ただし、それは内心に留められ、表は普段通りの覇気に溢れる英俊である。

 そもそもこれから先、おそらくもっと行軍速度は遅くなるはずであったから、ここで苛立ってはいられない。そう思って気持ちを無理やり切り替えた。

 例えば、この陽武の地は兵を伏せるには最適の地である。

 太古より黄河は氾濫を繰り返してきた。そして、それは支流にも及んだ。

 この黄河の支流が交差する地には、その影響で奇景が作り出されている。氾濫が引いた後、黄土が残り、波の様に起伏した土地になったのだ。

 些か余談になるが、かつて、陽武のすぐ南の博浪沙という場所でその起伏に隠れ、ある復讐者が雇った刺客と共に暗殺を試みた。少し歴史を知っている人なら察したと思うが、その復讐者とは後に天才的な作戦家として名を残す張良であり、狙われたのは巡行中の始皇帝である。もちろん、これは失敗に終わっている。

 それはともかく、奇襲を受けやすい場所でそれを警戒しながら進むのだから、その歩みは必然、遅くなる。

 これは、もちろん陽武周辺の地形による効果であるが、袁遺が劉備・公孫賛相手に無茶をして稼いだ戦果によってもたらされたものでもあった。

 あの大胆というより冒険的な運動で連合側は巻から原武・陽武の間の全ての道が危険なものであると判断していた。

 それはもう一方の九万の軍も同じ認識であり、その行軍速度は曹操の方に輪をかけて遅いものだった。

 原因は先鋒隊の練度の差と混成部隊という点、それに士気の差であった。橋瑁・劉岱・王匡の三人からすれば、明らかに袁紹に使い潰されているようで面白くない。ただ、結局、その士気の低さで袁遺に叩き潰される結果になったのだから、ある意味で自業自得であった。

 そして、橋瑁・劉岱・王匡の三諸侯が叩き潰されている間、曹操軍は張郃隊を追いかけていた。

 曹操に原武方面の軍、その先鋒隊が交戦に入ったという情報は後方から届けられた。

 そこで初めて曹操は横の連絡線が分断されていたことに気付いた。

 急いで袁遺軍の挟撃に向かう最中、曹操軍(の前曲)は自分たちの前を行く二〇〇〇くらいの軍勢を発見した。

 初め、それは横の連絡線を分断し、今は遅滞戦闘を行おうとしている部隊だと曹操と彼女の軍師である荀彧は判断したが、前曲の報告から、その部隊が戦わずに逃げていることを知り、囮の部隊で伏兵が置かれている場所まで誘い込むつもりではないかという思いが芽生えてきた。後代の言葉で言うところのキルゾーン戦術である。

 だが、曹操はその目で実際に敵部隊を見て、その考えを否定した。

 あまりにも整然と、そして素早く逃げているからだ。

 もし敵を、この場合、曹操軍をキルゾーンに誘い込むなら敗走を装うだろうし、あんな風に追撃隊を振り切るような速さで行軍するはずもなかった。

 張郃隊は速いといっても、部隊全員が長距離マラソンの如くに駆けているわけではない。それは殆んど潰走に近い状態であるからだ。彼らは縦隊を組み、隊列が崩れない程度の速さを維持しながら進んでいる。

 となると追いかける曹操軍の前曲(夏候惇の率いる部隊)も同じである。

 彼女の部隊も隊列を維持して張郃隊を追いかけている。

 夏候惇と張郃、互いがそれぞれの勢力の武官筆頭という立場である。このふたりの能力は、それぞれの主の戦争観を如実に表していた。

 もし、夏候惇と張郃が同数の兵を率いて向かい合い、兵站の条件が同じで戦った場合、勝利するのは夏候惇である。同数で向かい合ってそうなのだから、少数で後ろから喰い付かれた場合は、きっと目を覆う結果になるだろう。

 だが、それは夏候惇が追い付ければの話であった。

 部隊の移動速度は張郃隊が夏候惇隊を上回っていた。

 それは兵の足が速いというより、部隊の運動力が高いと表現するものであった。

 以前に述べたが、袁遺軍の部隊の方向転換は早い。

 張郃が右の道を指示すると楽隊は軍鼓のリズムを変え、騎乗士がやにわに走り回り細かく指示をする。

 部隊は瞬く間に隊列を組み直し、部隊の向きを変えた。素早い戦場運動であった。

 曹操は自分の認めた相手との戦いを楽しみ、それを上回ろうとする。対して、袁遺は強いと認めた相手とは戦いを避け、相手が自分より弱くなったときに初めて戦いを仕掛けるのであった。その戦争観が両者の能力にそのまま出ていた。

 曹操は夏候惇に追撃の中止を命じた。

 張郃が逃げている場所が、どこか気付いたからだった。

 張郃は巻に向かって逃げている。このまま、それを追えば、袁遺部隊の包囲からの挟撃は不可能になる。

 だが、曹操がもう一方の部隊と合流したとき、袁遺軍の姿はなく、ただ味方の人馬の死骸と救援というより戦後処理をしている味方遊撃部隊がいるだけであった。

 そして、この戦いで諸侯のひとりである王匡が乱戦の中で散ったことが知らされた。

 

 

 橋瑁・劉岱・王匡の混成部隊を撃破した袁遺の本隊も巻へと引き上げ、張郃と合流した。

 そこで袁遺は司馬懿と鳳統の軍師ふたりを呼び、その知謀を借りようとしていた。

「率直に聞くが、巻を放棄することは可能だと思うか?」

 袁遺の問いかけに軍師ふたりは困り切った顔をした。

「……可能か不可能か、と問われれば、可能でしょう」

 雛里が言った。

「ですが、将の皆さんが納得しないと思います」

「やはりな」

 袁遺も同意した。

 巻の放棄はこれまでの戦闘の勝利と成果を捨てるのと同義であるからだ。

「……理を説いてもダメだろうな」

 袁遺は呟く。

 それに雛里も仲達も何の反応も返さない。

 この手の人間観察の領分を侵されることは、この主が嫌うことのひとつであるからだった。

 今、袁遺の手元に戦の主導権があるのは曹操が考えた通り袁遺が虎牢関に籠らずに野戦に討って出たからであった。

 そのせいで連合は袁遺がいつ隙をついて攻めてくるか警戒しなければならず、隙を突かれた場合、どのように対処するかを考えなければならない。一種の心理戦でもある。

 巻の放棄もそれであった。

 敵の攻勢の出鼻を挫き、主導権がこちらにあることを見せつけたうえで巻を放棄することで、再び敵に考えさせる。

 そうやって主導権を握り続けることが連合相手に負けない、たったひとつの手段であると袁遺は考えていた。

 もちろん、タダで巻を連合にくれてやるわけではない。それなりの代償は払わせるつもりであった。

 だが、それでも将たちが納得するであろうか。袁遺は思考を走らせる。

 俺の子飼の将は納得するかはともかく、必ず了承する。それが軍隊だからだ。だが、董卓側の将はどうだ。彼女たちは謂わば董卓の好意によって借り受けた者たちだ。俺の命令を何でも聞くわけがない。問題は華雄か……いや、張遼だ。彼女は軍監であり、俺の指揮権の埒外にいる存在でもあるわけだ。だが、何としてもやらなければならない。

 袁遺には断固たる意志があった。

 軍の規模で負けているのは絶対的な事実である。連合側の進軍計画はそれを最大限に生かした計画であった。

 消耗戦に引きづり込まれた場合、先に音を上げるのは袁遺である。となると、巻の陥落はそう遠くない出来事であり、陥落するより放棄する方が士気に出る影響は少ない。

 と言っても、本当に我が軍師に聞きたいことは巻が放棄できるかでもなく、その仕方でもない。別のことなんだけどな。もし、軍師たちから何の策も出てこなかった場合はもう少し、巻で粘ることにしよう。

 袁遺は一瞬、自虐の様な複雑な表情をしてから口を開いた。

「……鳳統、司馬懿」

 名前を呼ばれたふたりは主が一瞬見せた表情から、次に出てくるであろう言葉が面倒なことであることを予感して気を引き締めた。

「二万の兵で袁紹の六万の軍を撃破できるか?」

 

 

「どうなりましたか、桃香様?」

 関羽が自分の主に尋ねた。

「うん、すぐに軍を整えてこのまま進むことになったよ」

「やはりそうですか」

 主の言葉に一番に反応を示したのは尋ねた関羽でなく、軍師の諸葛亮であった。

 今、劉備は諸侯の軍議から自陣に帰ってきたところであり、彼女を配下の将と軍師が出迎えたのだ。

 その軍議の場の雰囲気は重苦しいものであった。諸侯のひとり王匡が戦死したのだから当然のことである。

 そんな雰囲気の中で袁紹が作戦の継続を宣言した。

 諸侯はそれを当然のことと受け止めたが、何人かがどこか納得できない思いであった。

 劉備もそのひとりであった。

 何が納得できないか自分自身でも分からない。ただ、これで良いのかという朧げな不安がある。彼女はそれを晴らしたくて、やはりと言った自身の軍師に尋ねた。

「やはりってどういうこと?」

 諸葛亮は、え~っと、と前置きしてから続けた。

「まず、袁遺軍は奇襲的にこちらを攻撃して、痛打を与え、連合の勢力がひとつの戦場に集まる前に撤退するという各個撃破を基本方針に置いている。これは間違いのないことだと思います」

 諸葛亮はそこまで言うと一呼吸置いた。

「この各個撃破という方針を敵が取っているということを頭に置いておいてください」

「うんうん、それで?」

「そして、今、連合に参加した諸侯のうち糧秣の残余に不安がある人たちがかなりいるということです。はっきり言えば、私たちもそうです」

 その言葉に劉備は、あう~、と落ち込んだ声を出した。

「仕方がありません、桃香様。私たちは連合の中でも最も小さな勢力なのですから」

 そんな劉備に関羽は慰めの言葉を掛けた。

「それで、軍師殿。その食料の残りが少ないのと各個撃破が何の関係があるのだ?」

 趙雲が先を促した。

「はい。食料が無くなったら諸侯は……この周辺の住人から徴発を行うことになるでしょう」

 徴発という言葉を苦しそうに口にしながら諸葛亮は言った。

「徴発って食料を無理やり取り上げるってことだよね!? ダ、ダメだよ! それはッ!」

 劉備が大声を上げる。

 彼女は董卓が行っているとされる暴政に苦しむ庶人を助けるために連合に参加したのだ。その庶人から食料等を取り上げることなど絶対に許容できなかった。

「そうなのだ!」

 劉備の義妹の張飛も小さな体を目一杯広げて、それに賛同する。

「ふむ、それに連合は董卓の暴政を憂いて、結成されたのだろう。略奪はその名分を損なうことになるのではないか?」

 趙雲が冷静な意見を言う。

「その通りなんですけど、軍事的に見て一番の問題はそこではないんです」

「では、どこが?」

「連合の二○万近い人員と軍馬のお腹を満たすだけの食料がひとつの村にあるわけが絶対にないんです。特に黄巾党の乱や官の腐敗もあり、余剰物資があるところ自体限られています」

 例え、村中の食料を掻き集めても二〇万人分が集まらないとどうなるか?

「そうなると、軍を餓えさせないために分かれなくてはならないんです」

 そう、それぞれの村で賄えるだけの人数に分かれて進むことになるのだった。

「なるほど、それじゃあ、敵に各個撃破してください、と言っているみたいなものだな」

 関羽が神妙な顔付きをする。

「はい、そうです。さらに問題は敵がやって来ても援軍に行くことができないということです」

 略奪に頼る軍隊はイナゴの様なものである。行った場所の食料を残らず食い散らかす。それはつまり、一度通った場所にはもう食料がなく、二度と通れなくなるということだ。略奪できるものがないということは、餓えるということだからだ。

 袁遺が司馬懿の家の蔵を開かせてでも食料を確保した理由もここにあった。

 略奪に頼った場合、連合を奇襲する道が時間が経てば経つほど読まれやすくなってしまうからだ。

「ですから、袁紹さんは略奪を行わなくてもよい今のうちに連合が有利になるような戦いに袁遺軍を引きずり込もうとしているのです」

「にゃ? それってどんな戦いなのだ?」

 張飛が尋ねた。

「兵力差は圧倒的に連合の方が多いですから、いくら向こうが有利な状況で奇襲的に攻めてくるとは言え、先に軍が壊滅するのは袁遺軍です」

「つまりゴリ押しってことなのだ」

「う~~ん、ゴリ押しとは少し違うかな。ゴリ押しは戦えば戦うほど損害が増えるだけだけど、袁紹さんたちがやろうとしていることは戦えば戦うほどこちらが有利になる戦いだから」

 つまり、飽和攻撃や波状攻撃と言われる戦術である。

 それらは人的資源を効率的に消化する作戦行動であり、ゴリ押しはただ非効率的なだけである。

 実際、この袁紹の軍師たちの作戦は効果的であった。

 袁遺に巻の放棄さえ検討させている。

「それに袁遺軍が駐屯している巻には彼らの食料があるはずですから、それを奪えれば民から徴発しなくて済みます」

 諸葛亮の言葉には慰める様な調子があった。それは主君と自分自身に向けられたものであった。

 しかし、劉備の気持ちの靄が晴れることはなかった。

 彼女の迷いの根本は、この連合に大義があるか否か、ということである。

 今、彼女はそれがあるとは断言できなかった。

 この戦いが董卓の暴虐から漢王朝と民を救う戦いには思えなかったのだ。劉備には、この戦いは袁遺と袁紹の争いにしか見えない。

 もちろん、それは事実である。そして、袁遺自身が望んでそう仕向けたことでもあった。

 だが、劉備にはどうすることもできなかった。

 弱小である劉備の軍は、司馬懿の防御からの拘束戦闘と袁遺の挟撃により開戦当初の半数以下の数字になっている。それに上で述べたように物資も心許ない。漢王朝や民の前に自分たちを守らなければいけない状況であった。

 劉備は無意識のうちに眉が下がった暗い表情をしてしまっていた。

「桃香様、軍議では他にどのようなことが話されたのですか?」

 そんな劉備を慮ってか関羽が話題を変えた。

「あ、うん。亡くなった王匡さんの部隊は王匡さんと一緒に連合に参加した義勇軍の韓浩さんが率いることになって―――」

 他にも部隊の先鋒は曹操は変わらないが、孔伷の部隊が消耗した三諸侯の代わりに先鋒を行うということ等、軍議で決まったことを言っていく。

 劉備の不安は袁遺が恩師に基盤となる土地を捨てさせたことに対する罪悪感と似ている。

 袁遺は洛陽を発つ前、司馬懿に言ったように、それは連合と袁遺たちの戦いで起きるあらゆる事象のひとつであった。

 他にも袁遺が名声を損ねたことも、連合側の曹操も軍が自領に長く留まり、物価が上昇し、民の生活に大きな影響を受けたことも、この戦いで起きた事象のひとつであろう。そして、この事象は連合に関わった全ての人にも起こることであり、劉備にもまだ降りかかることであった。

 だが、当然のことだが、神の身ならざる彼女はそれを知る由もなかった。

 

 

 主の反応は荀文若にとって、まったくの意外でしかなかった。

 進軍を再開した連合で袁遺軍を最初に発見したのは曹操軍であり、その部隊の旗印は『袁』つまりの総大将の袁遺が率いていることを現し、その規模は一〇〇名位と後代の言葉なら中隊規模でしかなかった。

 こちらを誘っていることは、あまりにあからさまである。挑発的でさえあった。

 そしてさらに、そんな部隊に対して先鋒の夏候惇が突っ込んでいったことも知らされた。

「あのバカッ!」

 荀彧は思わず吐き捨てた。

 しかし、曹操は冷静であった。

「凪たちに春蘭の部隊と距離を詰めるように伝令を出しなさい。中軍もそれに続いて距離を詰めるわ。それと後方の公孫賛の遊撃隊と別働隊の孔伷の軍への伝令は少し待ちなさい」

「お、お待ちください、華琳様!」

 荀彧は言った。

「敵の動きからして兵を埋伏しており、そこまで我々を誘き寄せるのが目的のはずです! 先鋒は一旦、敵への攻撃を取り止めさせるべきです!」

 彼女の意見は常識的であった。

 それに総大将を囮にして、敵を釣るという策を荀彧自身が使ったことがあった。その戦いは荀彧が曹操の軍師となるきっかけの戦いでもある。

「伯業は伏兵でこちらを襲おうなど考えていないわよ」

 だが、曹操はあっさりとそれを否定した。

 何故なら、袁遺がそうであるように曹操もまた袁遺の戦争観を理解しているからだ。

「伯業なら、こちらが強く、隙を見せない間は決して戦わないわ。ただ、こちらを誘っているのは確かね」

 曹操はそこまで言うと少し考えてから口を開いた。

「こちらを誘ってどうするか? 桂花、あなたはどう思う?」

 その言葉には自分の軍師を試すような響きがあった。

「……こちらが包囲殲滅を狙っていることを敵は察しているでしょうし、総大将を囮にして、こちらを掻き回して包囲の陣形を乱し、薄い部分を作り、そこを部下たちの部隊で喰い破るつもりでしょうか」

 包囲されるのであれば、自分の有利なように包囲される。袁遺らしいと言えば袁遺らしい主導権の取り方と言えた。

「その可能性があるわね」

 そうなった場合、狙われるのは位置の関係上、袁遺の逃げる先を包囲することとなるもう一方の軍ということになる。

「公孫賛軍と孔伷軍、それと総大将の袁将軍に伝令を出すわよ。敵総大将の袁遺の部隊と接触、追撃する。ただし、敵の他の部隊は発見されていないから、その部隊の奇襲に注意するように」

 曹操は命じた。

 そして、自身の部隊も袁遺の追撃に向かったのであった。

 曹操は袁遺が自信を囮にすることに、如何に袁遺が追い詰められているか、ということを感じていた。

 自身を囮にするのは、あまりにも冒険的過ぎるし、あまりにも危うすぎる。

 おそらく、その自身を囮にするという策は失策成り得る。

 曹操は断定した。

 卓越した用兵家たる彼女は運動戦で、こういった相手が犯したミスを利用して戦うということを肌感覚で理解していた。

 包囲されたいなら、包囲してあげるわ。ただし、簡単にそこから抜けられると思わないことね。

 曹操の胸の内に高まる何かがあった。

 それは好敵手と渡り合っているときにのみ得られる興奮であった。

 

 

「かかれぇ!」

 勇猛と評すべきだろう。先鋒を命じられた夏候惇は袁遺たちを発見すると細かな戦芸を用いることなく、兵士たちを敵勢へと進ませた。

「ふん……」

 それに対して袁遺は呆れた様に鼻を鳴らす。

 それは、あまりにも不自然すぎる敵の総大将の部隊にも関わらず勢いよく突っ込んでいく夏候惇の蛮勇と、そんな三〇〇〇名近い部隊の突撃に、たかだか一〇〇名を超えた数字で矢面に立たされた自分に対して吐かれた悪態であった。

「我に続けぇ!」

 しかし、袁遺には、ただ呆れているという贅沢は許されない。

 彼は素早く兵士たちに命じた。

 その掛け声だけを聞けば何とも勇ましいが、現実は正反対であった。袁遺は尻に帆をかけて逃走を開始したのである。

 その光景に今度は夏候惇が呆れることになった。

 総大将が先頭を切って逃げていくなど、彼女の感性からすれば恥以外の何物でもない。

 だが、乗馬が苦手な袁遺は他人からどう思われているかなどと気にする余裕はなかった。

 彼は自分たちの現在位置の把握と敵との距離、そして、部隊の状況把握をしながら、馬を駆けさせているので精一杯であった。

 部隊全ては騎兵で構成され、その最後尾では雷薄が大声をあげ、部隊を駆り立てている。

 袁遺は進むべき方向を示しながら、腿が釣りそうになるのを必死で堪えていた。

 馬の疲労をできるだけ抑えるために鞍に腰掛けるのではなく、フラップに腿でしっかりとしがみ付いて前傾姿勢を取り、尻を少し鞍から浮かしている。競馬でいうところのモンキー乗りの形に近い。

 クソッ! 腿が釣りそうだ。馬の前に俺の体力が保たないかもしれない。ラクダだ。今すぐに俺の馬とラクダを交換してくれ!

 袁遺は心の中で叫んだ。

 体の構造上、馬よりラクダの方がこの乗り方はやり易い。

 ……精一杯だと思っていたが、こんなことを考えられるのだから、余裕があるのか? いや、それとも開き直っているのかな? まあ、どっちでもいい。

 そんなことを考えながらも袁遺は想定した道を進んでいく。

 彼は自分の一〇〇名くらいの部隊が縦列で進むなら問題はないが、一〇〇〇や二〇〇〇を超えるとたちまち渋滞を起こす道を択びながら進む。

 道は入念に調べ上げたため、間違えることはない。

 また、雷薄の大声が部隊の背中を押しているのか。今のところ隊のスピードは落ちてきていなかった。

 袁遺が目指しているのは巻であった。

 そのことに曹操も何となく気付いているが、取り立てて気にしてはいない。張郃も巻を目指して逃げていたため、袁遺軍ではそういう風に決められていると考えたのだ。

 しかし、巻を目指していることこそが袁遺にとって、包囲を破るための策であった。

 

 

 二万の兵で袁紹の六万の軍を撃破できるか? そう尋ねられた軍師ふたりは、その言葉に袁遺らしくないと思った。

 袁遺の言葉は漠然とし過ぎていた。常に明快な方針と命令を下す袁遺らしくない。

 そして、袁遺自身もそれを感じたのか、謝罪の言葉を紡いでから話を始めた。

「と言っても、これだけじゃあ、あまりにも状況が不透明すぎるか、すまない。だが、私自身もどうなるか、完全に想定することができないのだ」

「伯業様は何をなさるつもりなんですか?」

 雛里が尋ねた。

「敵の分断だな。戦略的でも戦術的でも」

「なるほど、伯業様は薪になるつもりですか」

 先に袁遺の考えを読み取ったのは仲達であった。

 彼の言葉に袁遺は、薪……と一瞬、考えてから、その軽口めいた例えの意味を理解した。

「ああ、そうだ。ははッ、良い例えだ。うん、私は絞にちょっかいをかけに行こうと思っている」

 そして、愉快な声で応じてみせた。

 付き合いの長いだけあって仲達は袁遺好みの表現を弁えていた。

「は、伯業様! それは危険すぎます!」

 絞という単語で雛里も、この変わり者の友人同士の会話の意味が分かり、声を上げた。袁遺がやろうとしていることは、あまりに危険であり、軍師の立場としては諫めねばならなかった。

「伯業様、薪を取りに出た楚の人夫三〇人はどうなりましたか?」

 それは同じ軍師である仲達も同じであった。

「……捕虜になった。ああ、だから、楚の武王と屈瑕(くつか)の例を出したのか。憎らしいくらい良く回る頭だな」

 口ではそう言いながらも袁遺は自分の安否に関してのことでは譲るつもりはなかった。

「だが、私は囮をやめる気はない。逃げる計算も立っている。自分の乗馬の力量を勘定に入れてもな」

 袁遺は自分の作戦計画を軍師たちに話し始めた。

 まず、袁遺自身が雷薄と卒(一二五名の部隊)を率いて、曹操軍と接触する。

 連合はすぐにこちらを包囲しようと動くから、その動きを読んで、筆頭軍師である雛里が率いる別働隊で袁紹軍を攻撃する。

「で、君たちには、その袁紹軍を兗州まで引き返すという判断をさせるだけの損害を与えることができるか? そう言いたいわけだ」

「……まず第一に曹操さんが誘いに乗ってくるでしょうか?」

 雛里が言った。

「乗ってくるだろう。彼女が置かれている状況から、そうせざる得ないはずだ」

 袁遺は即答して続けた。

「この攻勢に失敗し、司隷から追い出された場合、敗走した諸侯が一斉に陳留郡で略奪を開始するのが目に見えている。例え罠だと分かっても、私の首を叩き落として戦争の早期決着を望むはずだ。聡明で野心家の彼女なら、この連合が袁紹の嫉妬によって起こされたものだと分かったうえで連合に参加しただろうし、私が袁家同士の戦いに持ち込みたいということも読み切っている。だから、私の首を刎ねれば、こちらの戦争の継続が困難になることも読んでいる。まあ、この戦争において、張郃と私では命の値段が違うということだ」

 袁遺が死んだ場合、誰がその後の指揮を執るのかが問題になってくる。

 はっきり言うなら、誰も執ることができない。

 董卓側の武将からすれば、袁家同士の戦いということに利があるのだから、袁遺を総大将にしているのであって、それができなくなった時点で、袁遺側の武将に付き従う理由がなくなる。

 そして、それは袁遺側の武将たちも似た様なものである。

 張郃たちは袁遺だからこそ従っているのであって、呂布や張遼まして華雄などに従う理由もない。そもそも彼らは戸籍を持たない部曲である。袁遺の下だから指揮官として振る舞えるのであって、漢王朝の制度で言えば、彼らの身分は奴隷である。国のために戦うという意識自体希薄であった。

 また、雛里や仲達にしたところで、ここまで連合に有利が取れているのは袁遺が大まかな枠組みを考え、自分たちが細かな修正を加えた運動戦であるからこそで、その運動戦のなんたるかを理解していない者に指揮を任せることはできなかった。

 しかし、雛里が袁遺亡き後に総指揮を執ろうにも、董卓側の将が納得しない。仲達に至っては、雷薄を筆頭に張郃や陳蘭も良い顔をしないだろう。このふたりが武将の指揮を取れるのは袁遺の代理だからであり、袁遺が生きていてこそ可能であった。

 結局のところが袁遺軍は袁遺が死んだ瞬間に空中分解してしまう定めである。

 それを理解している曹操は、罠と知りながらも戦争の早期決着のために袁遺を殺す必要があった。

「それに、こちらの策を躱そうにも、一度動き出した作戦計画を変えることができる立場に彼女はいない」

 一度動き出した軍を止めることは大変な労力が必要であり、それを行えるのは総大将の袁紹ただひとりであった。

「それは分かりましたが、伯業様が包囲を抜けられるかは分かりません。仰られた通り、伯業様が討ち取られれば、そこで終わりです」

「分かっているよ、雛里。だから、巻の放棄だ。董卓と私、それに袁紹との関係は曹太守だから見通しているのであって、他の諸侯は違う。もちろん、ある程度は予想は付けているだろうが、袁司徒が徹底的に洛陽の情報を遮断しているために絶対的な確信は持てないはずだ。だから、曹太守と違い私の首の値段を付け間違えるはずだ。いや、私の首より簡単に手に入り、そこそこ価値のあるものを提示しやすい、と言った方がいいかな」

「……それで巻ですか」

 雛里も包囲網の破り方と巻の放棄の意味がつながった。

 他の諸侯が袁遺と董卓陣営の関係を完全に読み取れないなら、袁遺の首を取ったところで戦争終結に至るということは描けない。皇帝の確保か董卓を打倒すまで続くと考えた場合、確かに袁遺の首の価値を低く見積もる。

 実のところ、この関係を張邈もほぼ正確に捉えているのだが、彼女は彼女で袁遺を過大気味に恐れているので、この手の罠には決して飛び込もうとしない。

 他の諸侯が関係を読み取れないのは、袁遺に対しての理解度が原因である。

 曹操と張邈以外の諸侯は、まさか袁遺が漢王朝の存続のみを目的に戦っているなど考えていないのである。

 袁遺が何らかの野心のために董卓の傘下になり、戦っていると考えていた。彼の歪んではいるが深い忠誠心を知らなかったのだ。

 となると戦争継続に必要になるのは兵馬の食料ということになる。

 だから、袁遺は軍需物資のある巻を開け放ち囮として、諸侯をそちらに誘導しようというのだった。

 そのうえで袁紹軍を兗州まで叩き返して、連合を分断する。

 袁紹軍が兗州まで退がった場合、連合をまとめられる諸侯は一時的にとはいえ、いなくなる。

 曹操ならできそうではあるが、袁紹が兗州へと向かった場合、彼女は必然的にそちらに向かうことになるので、やはり、いなくなると言える。

 袁遺は、その間隙を利用して謀略を巡らすつもりであった。

 だが、そのためには軍師ふたりが袁紹軍を兗州に追い返せるかだった。

「それで袁紹を叩き返せるか? 無理な場合、次善の策を講じるつもりだが」

 袁遺は尋ねた。

 彼の言う次善の策は遅滞戦闘を行いつつの焦土作戦であった。ただし、物資の輸送等を考えれば、下手をすれば自軍も餓える可能性が出てくるため、出来れば取りたくない策である。

 軍師ふたりの答えは、できる、であった。

 雛里と仲達は連合の規模と戦意から考え、スムーズに行軍を行うことは不可能であり、後方に行けば行くほど渋滞を起こしていると予想した。

 それは事実であった。

 ふたりは軍を迂回させて、渋滞した袁紹軍、その中軍の横っ腹を突いて、兗州に叩き返すつもりであった。

 確かに渋滞していたのは事実であったが、ふたりの想定外のこともあった。

 それは袁紹軍の行軍速度があまりにも遅かったことだ。

 その結果、中軍の横っ腹を襲うつもりで機動した袁遺軍は袁紹軍の中軍の鼻っ面と対面することになったのだ。

 このとき、雛里は作戦の出だしがつまずいた不安よりも、これだけ袁紹軍の行軍が遅ければ、主である袁遺の包囲が不十分であるということに不思議な安堵感を覚えていた。

 袁遺軍は約二万三〇〇〇、対する袁紹軍は約五万(遊撃隊に一万近くの兵を割いているため、この数字)の戦いであった。ただし、互いに行軍隊形からの戦闘であり、互いが次々と戦場に戦力を投入し陣形を組み上げていく戦いになる。不期遭遇戦だ。

 指揮官に求められるのは鋭い洞察力と即断即決。兵力が劣る袁遺軍の最高指揮官代理である雛里には些細なミスも許されなかった。

 この双方が予期せぬ形で始まった遭遇戦で彼女は、ある証明を行うことになる。

 それは、彼女の小さな体に宿る傑出した戦術家の才能の証明であった。

 

 

 この戦い真っ先に切り結んだのは両軍の騎兵部隊であった。

 張遼隊四〇〇〇と呂布隊六〇〇〇が同じ騎兵を率いている淳于瓊隊五〇〇〇と蒋奇隊四〇〇〇にぶつかった。

 淳于瓊と蒋奇では用兵も武勇も張遼と呂布におよぶはずなく、戦線からはじき出されてしまう。

 しかし、だからと言って雛里に息をつく暇はなかった。

 袁紹軍の後続一万がやって来ているからである。

 そんな状況でも雛里の思考には一切の焦りも油断もない。

 彼女は伝令を素早く走らせる。

「張将軍と呂将軍に、はじき出した騎兵が北から再び攻撃してくるはずですから、それに備えるように! 東からの一万には華将軍の四〇〇〇と張郃さんの四〇〇〇で対処してください」

 雛里の指揮は大胆であった。兵力が足りない袁遺軍には、そうせざる得ない事情がある。

 彼女は地形と袁紹軍の進軍状況、それにこれまでの戦闘推移から、次の攻撃が北と東に集中することを予測して部隊を動かしたのだった。

 たとえ、その結果、南側面が、がら空きになろうともである。

 もし、予想が外れたならば、本陣が襲われることになり、一気に袁遺軍が崩壊する状況であった。

 しかし、雛里の予想は外れなかった。

 袁紹軍の攻撃は彼女が予想した通り、北と東に集中したのであった。

 東からの一万の攻撃を耐える間に、北の騎馬隊同士の再びの戦闘で張遼が蒋奇隊を潰走させ、その最中に指揮官である蒋奇を一刀のもとに斬り捨てた。呂布隊も呂布隊で淳于瓊隊を再び戦線からはじき出し、北の戦線を押し上げ、東の一万の部隊に逆包囲を掛け、戦線の安定を図る。

 だが、戦場の様相は目まぐるしく変わる。

 第二の後続部隊が弱体な南の袁遺軍右翼を襲ってきたのである。

「陳蘭さん!」

 雛里は間髪入れずに反応する。

 兵力が劣勢でも、遊兵になる可能性が高かろうとも、予備隊を必ず作っておくことは彼女が袁遺から受けた影響であった。

 そして、その陳蘭率いる予備隊が、たった今、袁遺軍の危機を救った。

 普段の陳蘭は、おどおどとした胆の小さな男であるが、血の臭い漂う戦場では頼もしいまでの度胸の座り具合になる。

 彼は浮足立ち、逃げ散ろうとしている兵たちの中に騎乗のまま乗り入れた。

 馬は足の骨を折れば、即、命に関わる。

 残り三本の足で自身を支えることができなくなり、蹄葉炎という病を発症する。そして、血液の流れが止まり、激痛に悩まされながら、衰弱死するのであった。たとえ、横たわっていても、地面に接する部分の肌が腐っていくため、結末は同じである。

 そのため、馬は本能的に障害物から逃げる習性がある。

 だから、彼の行動は危険なものであった。しかし、戦場で指揮官自らが勇武を示すのは軍勢を立て直す手段としては有効である。

「引くなぁ! 押せ! 押せぇぇぇ!!」

 陳蘭は大声を発する。

 彼と愛馬は恐怖と本能を剥き出しにして逃げ惑う兵に揉まれた。怯える愛馬を宥めつつ、彼は周囲に向けて叫び続ける。とびきり危険な行為であったが、同時に誰もが認めざる得ない勇気の発露でもあった。

 陳蘭は袁遺に見出された故に、力の強さというよりも要領の良さが長所であった。その要領の良さは兵に好かれる要因となった。だから、彼の行為は、たちどころに効果を現した。

 陳蘭の姿や行為、声に励まされ、兵たちはその場に留まる努力をした。

 その状況の変化を敏感に察した下士官たちは声を上げる。

「隊長を見ろ! お前ら、逃げるなぁぁ! 隊長に恥をかかせるな!!」

 彼らの怒声は努力を決意や義務感といったものに変えた。その場に留まろうとした兵たちは元の位置に戻ろうとしたのである。混乱は瞬く間に回復の様相を見せていた。

 軍隊として基本的な訓練が行き届いているかどうか、その真価は、こうした場面に発揮される。

 この光景は袁遺と彼のふたりの軍師、そして、四人の実戦部隊隊長の長安での努力の成果が花開いた瞬間でもあった。

 南の右翼の戦列が好転する中で、東の左翼と中央でも袁遺軍にとって有利な変化が起きていた。

 袁紹軍の陣形は知らず知らずのうちに後代の言葉で言う鉤型陣というL字状の形になっていたのだ。

 これは淳于瓊隊が呂布隊によって、押し込まれたのが原因で起きたことであった。

 彼の部隊が押されることによって、中央の袁紹軍一万の側面が呂布隊に突かれることになる。それを防ぐために淳于瓊隊を援護する戦列が新たに作られたのだ。鉤型陣はそもそも片翼包囲を防ぐために生まれた陣形である。それがこの場に再現されたのは何らおかしい話ではなかった。

 しかし、鉤型陣には明確な弱点がある。

 ひとつは間隙ができやすいこと。縦と横の戦列が乱れると繋ぎ目となる角の部分に隙間ができるのだった。そして、その角の部分は味方にも攻撃が当たるため、攻撃密度が小さくなる。

 淳于瓊隊がさらに押し込まれることによって、その間隙が袁紹軍にできた。

 そこへ蒋奇を討ち取った張遼が部隊を率いて突っ込んだのである。

 それを本陣で雛里と共に見ていた司馬懿は総大将代理に言った。

「本隊の向きを変えます」

 断定口調であった。

 彼の立場は本隊の戦闘将校である。

 雛里もその言葉と行為の意味は理解している。

「陳蘭隊に伝令。攻勢に移ります、敵中央が崩れるのに乗じて、右翼も戦線を押し上げてください。本隊もそれを援護します」

 数では袁遺軍が劣っている。そのため、どこかで攻勢に移らなければ、いずれ数の差で押し切られてしまう。そして、攻勢に移るなら、このタイミングしかない。

 戦場のさらに東に砂塵が見えた。

 掲げる旗からそれが袁紹軍の二枚看板である顔良と文醜を現していた。

 だがしかし、彼女たちの到着は遅すぎた。

 張遼が敵中央に深く切り込んだため、袁紹軍は大きく後退することを余儀なくされた。

 それに付け込み、中央と右翼でも一気に戦線を押し出す。すると袁紹軍の戦列は混乱し、顔良と文醜ふたりの部隊が満足に展開して戦える余地が戦場からなくなった。戦場の混沌がより一層激しくなる。

 その混沌の中で、呂布が淳于瓊を討ち取り、北の袁紹軍を潰走へと追い込んだ。

 北左翼の袁紹軍の潰走は東中央の袁紹軍へと伝播した。友崩である。

 こうなったら、袁紹軍は総退却に移るしかない。

 司隷―――特に原武・陽武~巻の間は危険地帯と連合の諸侯全てが考えているため、袁紹軍は酸棗まで引き返す。

 おそらく、たった一度きりであろう攻勢に移るタイミングを逃さなかったことが勝利の決め手であり、それを見逃さなかった戦術眼は雛里の才能を確かに表しているのだった。

 袁遺軍の損害は六〇〇〇。対して袁紹軍は一万九〇〇〇。

 遭遇戦ということもあり、戦線が安定するまで、どこも混乱による損害を出し続けたため、双方が大きな数字となっている。

 また、袁紹軍は撤退の際に戦列からはぐれてしまった行方不明者の数も大きかった。敗北した軍は士気が低下する。そうなれば、自棄になり規律を守るという意識が薄くなる。その結果であった。

 遭遇戦で二倍以上の敵を破るという大勝利を挙げた雛里であったが、その顔に喜びの色は薄かった。囮となった主の袁遺ことが気掛かりだったのだ。

 早く伯業様の無事を確かめなければッ……

「司令代行、意見具申いたします」

 そんな雛里に仲達が声を掛けた。

 こちらも大勝利の喜びの薄い戦場に不釣り合いな穏やかな顔表情である。

 その表情から次に発せられた言葉に雛里の顔から感情が消え失せることになる。

 そして、彼女は理解した。何故、彼が同僚から嫌われ、主からも警戒されているのかを。

 

 

 大魚を逸した。曹操の中で怒りが燃え上がる。

 袁遺に追撃を振り切られたのだ。

 袁遺は常に自分たちは通れるが、曹操軍が通れば渋滞を起こす道を選び、曹操軍から逃れようとした。

 だが、もう一方の連合軍が先回りし、袁遺を包囲できるはずであった。

 しかし、もう一方の軍は、袁遺を無視し兵が空っぽであった巻へと殺到していたのだ。それにより包囲に開いた大穴から袁遺は逃げていった。

 そして、曹操が怒りを抱きながら、巻へと入ったときに、その怒りはさらに燃え上がることになる。

 諸侯の兵たちは、我先にと袁遺軍の食糧庫から食料を奪い合っていたのだ。

 食料が少なく、また、橋瑁軍や劉岱軍のように敗北してタガが外れやすい士気の低い兵に潤沢な軍需品を前に我慢しろというのは難しい。だが、それを抑えるのが大将というものであろう。気高い曹操は強い嫌悪感を抱いた。

 さらに曹操軍の後に入ってきた袁術軍も、その略奪に参加したことによって、曹操は怒りを通り越して呆れかえるしかなかった。

 そんな彼女にとって最悪の報告が連合にもたらされることになる。

 袁紹軍が袁遺軍によって敗北し、酸棗まで引き返した。

「今すぐに兵をまとめなさい! すぐに酸棗に帰るわよ!」

 それを聞いた瞬間、曹操は叫んだ。

 敗北した軍が酸棗へと向かった。それはモラルを失った兵が自領へと解き放たれたということであった。恐らく、酸棗でも、この巻と同じ醜態があるはずであった。自領が荒らされている。

 曹操は強行軍で兗州へと引き返していった。

 彼女は焦っていた。絶対に行わせるわけにはいかない自領での略奪が行われていることに。

 そして、その焦りは彼女の隙であった。

 伯業なら、こちらが強く、隙を見せない間は決して戦わない。今、かつて言った曹操の言葉が当てはまらない状況であった。といっても、それを行ったのは袁伯業ではなかったが……

 ただ速さのみを重視する曹操軍の行軍隊形は乱れていた。戦列が伸び、分断しているところさえある。

 そんな軍の横っ腹を『呂』と『張』に旗を掲げる部隊が襲った。

 呂布と張遼の部隊である。

 その襲撃は曹操にとって、まったくの予想外のものであった。

 ここに袁遺軍がいるということは、袁遺の部下たちは袁紹を撃破した後、囮になった主の袁遺の安否も確認せずに、次の敵を求めたということになる。

 それはあまりにも冷酷すぎる。

 だが、袁遺の軍師のうちのひとりは深い情と冷酷な思考を平行して行うことができる人物であった。

 勝利の後、司馬懿は雛里に言った。

「袁紹軍が兗州に向えば、曹操軍は必ずそれを追いかけます。敗残兵たちは指揮官の統制から離れ、無軌道な略奪を行うからです。曹太守は、それをすぐにやめさせたい」

 彼の言うことは雛里も予想できることであった。それに袁遺自身もそういう予想をしていた。

 問題は仲達の次の言葉であった。

「ですから、曹操軍は最短の道を通るはずです。それを待ち伏せし、叩きましょう」

「…………」

 雛里は言葉が出なかった。

 彼女は仲達の言うことが正しいことを理解していたからだ。

 曹操を叩く機会は今しかない。

 そして、ここで曹操軍を叩いておけば、後々、自軍が有利になることも予想できた。

 何より、袁遺がこの手の将校の独断専行を好んでいる。

 だが、雛里は拭い難い不快感を感じていた。

 司馬仲達にとって今は、友人であり、主でもある袁遺も状況を作る一要素に他ならない。

 いや、伯業様もきっと司馬懿さんがご自分が囮であることを最大限に利用することを考えてらっしゃってたのかな。だから、一番、仲達さんと対立するだろう雷薄さんを連れて囮に出たんだ。

 雛里は思った。

 結局、仲達の進言通り、曹操軍を叩くことになった。その方法は長距離奇襲と伏兵であった。

 だから、曹操が軍の陣形を整えようと動いた先には当然の如く兵が伏せられており、前後からの挟撃が成功した。挟撃され、碌な陣形も取れていない状況では如何に曹操軍が精強であっても、それを発揮できない。被害はさらに大きくなる。

 曹操の本隊にも敵が殺到する。

「華琳様!」

 その敵兵を親衛隊の許褚と典韋が主には指一本触れさせぬと奮闘するが、状況は依然不利であった。

 このまま留まって隊形を整えようとすると、ただ損害が増すだけである。それを悟った曹操は自分のプライドが激しく傷つけられることを耐え、馬を走らせ、戦線からの離脱を行う。

 さっきまで袁遺を全軍で追いかけていたのが、今は反対に袁遺軍に追いかけられるハメとなった。

 大きな被害を出しながら、なんとか兗州の陳留郡まで辿り着いた曹操が見た光景は略奪が行われている自分が手塩にかけて治めてきた領地であった。

 しかし、それは仕方がないことであった。

 反董卓連合の事情を完全に読み切ったとき、曹操は名士たちを御す力のない董卓の自業自得として、己が野心のために連合に参加した。

 そして、それは曹操に返ってきた。

 連合に参加することによって起きる事象を読み切れなかった曹操の力のなさにある。

 

 

 ふと、曹操の脳裏に袁遺の無表情の顔が思い浮かんだ。その顔に怒りとも憎しみとも違う名状しがたい思いを曹操は感じた。

 

 




補足

・ある復讐者が雇った刺客と共に暗殺を試みた。
 張良さんさぁ、暗殺の方法が重さ30キロのハンマーを雇った力士に投げさせて車ごと始皇帝を押しつぶすって、さすがにファンキー過ぎない?

・競馬でいうところのモンキー乗りの形に近い。
 これを裸馬でやる騎馬民族は、流石としか言いようがない。後、本文中で袁遺が言ったようにラクダの方が体の構造上、やり易いが、スピードは馬より遅く。また、ラクダは体調を崩すとコブがしぼんでしまい。下手をすれば、馬よりやり難くなってしまう。

・楚の武王と屈瑕の例
 紀元前700年、楚の武王は絞を攻撃して、その城を囲んだ。
 莫傲(副宰相)であった屈瑕は武王にひとつの策を進言する。
 「今、城には物資が乏しく薪さえも困っているはずです。絞には軽率な人間が多く、すぐ図に乗ります。そこで護衛無しで人夫に薪を取りに行かせ、誘ってみましょう」
 絞軍は屈瑕の予想通り、城から出て人夫を捕虜にし薪を奪った。それに味を占め、翌日も同じように護衛のいない人夫から薪を奪おうと全軍が城から出て来たところを楚の伏兵が絞軍を打ち破り、楚は勝利した。
 これは孫子で言うところの『利して之を誘え』。利益を見せて敵を誘え、の好例である。
 あ、ちなみに屈瑕は、この後、調子に乗って、別の国を攻めるときに敵を侮って大敗して、自殺するよ。

・彼女の小さな体に宿る傑出した戦術家の才能の証明であった。
 この戦いはナポレオン戦争のイエナ・アウエルシュタットの戦いのアウエルシュタットの戦いをモデルに色々手を加えて作りました。
 萌将伝で雛里が銀英伝のヤンのパロであろう不敗の魔女っ子と言われていたから、じゃあ不敗つながりでダヴーの戦いを再現したけど、これを現実でやったハゲは、やっぱチートだわ。

 戦況図を作りました。読者の想像の一助になれば幸いです。
 
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