1~3
そこには、ただ手入れが行き届いているだけでも、ただ豪華な調度品が使われているだけでも、ただ古いだけでも醸し出すことができない荘厳さと神聖さがあった。
それは自分の忠誠心が歪みきっていることを自覚している袁伯業という男であっても、何か特別な気持ちを抱かせた。
漢の首都、洛陽。その中枢にして中心である嘉徳殿に百官が居並んでいる。
しきたりに従い文官は東に武官は西に並ぶ。文官の側には袁隗や董卓、朱儁の顔が見える。三日前に荊州より来た使者の顔もある。武官の中には呂布がいる。皆が朝服を纏っている。
「後将軍・袁遺、拝謁致します」
同じように朝服に身を包んだ袁遺は跪き、言った。
そして、手を付き頭を下げる。それを三度繰り返す。
立ち上がり、百官の間を進む。ゆっくり歩くのではなく速足で音を立てずに進み、中程で再び跪き同じように三度、手を付き頭を下げる。
それを行う袁遺はいつもの無表情な顔である。
三白眼の瞳は無感情を通り越して無機質で、整った容姿が人に与える印象は怜悧というより冷淡だ。
しかし、そうだからこそ、この手の儀礼的な所作が袁遺は絵になった。
さらに進み出て、玉座の前で三度同じ動作をする。
だが、今度は頭を下げたまま動きを止めた。
玉座に鎮座し、身体を南に向けている少女が袁遺に声を掛けた。
「お、面を上げよ」
震えた声であった。
袁遺はゆっくりと頭を上げる。
玉座に就いている容貌に幼さを残す少女を袁遺は始めて間近で見た。
この御方が俺が仕えている皇帝か。
袁遺は心の中で思った。
天子は南面す。
彼女こそが現在の漢帝国に君臨する皇帝であった。
先帝と何皇后の間に生まれた彼女の名前は劉弁。袁遺の知る歴史では少帝とも呼ばれる人物である。
三国志演義では暗愚という理由で廃されるが、この外史の心優しい董卓はそれを行ってはいない。袁遺も皇帝から暗愚という印象は受けなかった。また、彼女の代わりに即位することになる劉協も最も皇帝に近い位置で、この場に参加している。彼女の立場は劉弁が廃位後に就いた弘農王だ。つまり、この腹違いの姉妹の立場が入れ替わったのだった。
袁遺は暗愚さを感じなかったが同時に、建前の天から選ばれた存在にしては、無形の迫力、威厳というものも彼女から感じられなかった。
彼女から感じられるのは緊張であった。顔は青く引き攣っている。だが、目だけは別の感情を示していた。
それが分かったとき袁遺は、へぇ、と呟きたくなった。何か面白いものを発見した気分になった。
陛下は俺に興味を示している。
皇帝としての義務感と皇帝としての初仕事への緊張と未知のものへの興味。彼女は皇帝であるが、その下には年相応の少女としての顔があった。
だが、袁遺には素直な反応を示す自由はない。それを理解している彼は無表情な顔をさらに面白みのない真面目腐ったものにして口を開いた。
「臣・袁遺、上奏致します」
異・英雄記
丙の章
1 上奏
連合との戦いの後、洛陽へと帰還した袁遺がまず行ったのは、叔父の袁隗と共に職を辞し、袁隗の屋敷に引き籠ったことだった。
その訳は一族の袁紹が反乱を起こし、天下を騒がせた。その罪は九族に及ぶものであり、職を辞して謹慎し陛下の御裁可を待つ、というものであった。
これは予め袁隗と董卓、賈駆との間で決められたことであり、まったくの茶番である。
そして、これも予め密約を交わしておいた重臣や洛陽の名士たちが、ふたりの無罪を訴える運動を起こし、袁隗邸を訪れ、ふたりの説得を行った。
反董卓連合なる賊軍を解散させ、天下の静謐を守った。陛下も温情ある沙汰を下すだろうと袁隗と袁遺が悪くないような空気作りに腐心した。
もちろん、打算が多く含まれた行為である。
袁隗の名声と権力に群がろうとすると同時に、都の袁一族を尽く処刑した場合、一番得をするのは董卓である。なら、袁隗という東側に基盤を持つ名士には生きてもらい、董卓一強になる状態だけは避けたいという思惑だった。
しかし、袁隗たちは、なおも引き籠る。
名士たちが泣き付いた先は董卓であった。
彼女に袁隗たちを説得するよう願い出る。これも予め決められたことだ。袁隗が間に入り董卓と都の重臣や名士たちの和解が進み始めている。それを内外に見せつけるために名士たちは董卓に頼ったのだった。
袁遺が恐れた董卓と賈駆による袁一族の排除が行われるなら、このタイミングであった。反董卓連合という最大の危機が去り、袁遺は用のない猟狗に成り下がっている。
だが、董卓はそれを行わなかった。
彼女は袁遺に含むところもなく、そもそも本質的にまったくの善人である。
賈駆にしても連合は解散したとは言え、討ち取った諸侯はひとりだけであり、五倍以上の軍を叩き返す袁遺の軍事的才能を買っている。また、袁一族を殺したら、完全に都の名士たちの統制がとれなくなる。
しかし、董卓の説得でも袁隗たちは引き籠る。
原則としてこの手の問題を裁可できるのは、皇帝ただひとりであるからだ。
最終的に董卓を筆頭に重臣たちが帝の勅命を戴き、ふたりが許された。
何とも回りくどい迂遠な茶番劇だった。
しかし、しょうがない。これは一種の政治的宣伝工作である。
洛陽内に董卓と名士が和解したことを示し、皇帝の権威が存在することも見せつけた。それは反董卓連合が掲げた大義名分の否定でもある。
そして、その後のことも宣伝工作の意味合いが強かった。
そのひとつが袁隗の太傅就任である。
袁隗は洛陽の名士たちに自分は陳蕃に習うと宣言した。
陳蕃とは桓帝や霊帝の御世に活躍した人物である。
名士であり、外戚や宦官、それらと結んだ濁流派人士と対立した人物であった。皇帝の政策を真っ向から否定する気骨の士でもある。ただし、割と生臭いこともやっている。彼は太傅の地位に会ったとき、宦官を取り除こうとして大将軍の
細かいことは置いておいて、陳蕃は汚職を取り除き清流派による政治を作ろうとしたのだ。
だから、先帝の失策も含めて悪いことは全て宦官と濁流派のせいに押し付けるために袁隗は分かりやすい御旗として陳蕃を持ち出したのだった。
そして、この袁遺の上奏に繋がる。
帝への上奏を取り仕切る業務を宦官が独占していた。だから、袁隗と董卓が中心となり、それを行うことで宦官の世でないことを内外に知らしめたのだった。
そのため、上奏に参列した清流派人士の中には、この清流派人士が取り仕切る上奏の光景に感涙する者さえいた。
また、袁遺の上奏の内容も袁紹との戦いについての報告であった。
これも宣伝工作である。
戦の勝ち負けとは、だいたいがはっきりしないものである。
この反董卓連合との戦いもそうだ。
袁遺は確かに連合を解散させたが、首謀者の袁紹を討ち取れてはいない。そして、袁遺軍の被害は約五七パーセントと勝ったにしては大きなものであった。
これを連合側の視点から見れば、董卓を討伐できなかったが、敵の軍を半数以上撃破したという戦果に返ることができる。
だから、二〇万も集めて負けたと思われたくない袁紹や他の諸侯が地方の名士に上記のことを宣伝して、自分たちの有利なように戦後処理を進める可能性があった。軍事的敗北を政治的勝利で挽回するということだ。
軍事とは政治という巨大な環の中にあるもので、決して独立したものではない。
それを行わせないために袁遺を使って帝に勝利であったと上奏する。
この勝利の上奏は清流派名士が上奏を取り仕切るという重大事と相乗効果を生んで各地の名士に広がるであろう。
また、その宣伝の一環で反董卓連合は以後、漢の公式な文書では袁紹の叛乱軍と記されることになった。
だが、袁遺の心は冷め切っていた。文書を読み上げている自分の声でさえ遠くに聞こえた。
「率兵討群凶、戎士貫甲馳」
それが表に出ているのか彼は無感動な語り口である。
しかし、それが聞く者に何ら作用しないかは別であった。
袁遺という男は戦場から帰ってきても、心が簡単に戦場を忘れない人種である。
だから、今も彼は戦場にいるかのような空気を纏っている。それがある種の凄みとなり、一定以上の教養を持つ者の想像力を掻き立てる。
帝も固唾をのんで袁遺の上奏を聞いていた。
「陣未成退術、六千兵野平」
もちろん、これは狙ったものだった。そのため文章には過剰な装飾がなされている。だから、戦場の事実を知る朱儁などは袁遺の事情を理解しながらも、どこか冷めた態度を取っていた。
「虎臣雄烈呂、破匡顕彰功」
だが、袁遺は違った。朱儁とは理解し合えない。
確かに彼とは黄巾党の乱のおり、上官と部下という関係であった。仲も良好である。それでも朱儁は理解できない。彼とは黄巾党の乱、その豫州の戦いを分かり合えても、連合との戦いは理解できないのだ。それは参加した者のみが分かり合える。
「陳留生野煙、同盟疑袁紹」
それに俺が事実を全て伝えれば、ただ俺の命令に従い戦場で骸になった兵たち彼らがどうなるというのだ。巻や敖倉に埋葬された彼らが故郷に帰るのか。戦場に命を意味を考えるなど虚しいだけだ。
「戦征幾人回、白骨露干野」
いや、違う。これは言い訳だ。俺は今の気持ちを誤魔化したくて、何かもっともらしい言い訳を作っているんだ。くそッ、それこそ彼らへの冒涜だ。
袁遺は恥じているのだ。
知り合いの殆んどが袁遺の忠誠心が歪んでいることを指摘する。何故、お前が儒家から高い評価を得ているのか理解できないとも言う。
まったく俺も同意見だ。そんな俺が宮城で、皇帝の前で、過剰装飾された言葉を並べて勝利を誇っている。まったく恥以外の何ものでもない。厚顔無恥とはこのことだ。
だが、顔面には何の変化もない。ここで全てを投げ出すほど袁遺は若くもない。ただ、自分が外道の人非人であることを忘れないだけで十分であった。
「ふふふ……」
雷薄は顔が緩むのを抑えられなかった。
ただでさえ山賊と間違われるほどの狂相である。はっきり言えば、善からぬことを企んでいるようにしか見えない。
しかし、雷薄の同僚たちはそれに慣れ切っていた。一日中、雷薄はこんな様子である。
それに張郃は、またか、という様な顔をする。高覧は普段と変わらない風である。陳蘭は高覧を一瞬、盗み見てオロオロとし出す。
「お、おい……」
そして、陳蘭は雷薄を窘める。
だが、窘められた雷薄はそれでも緩みが治らなかった。
「分かっているけどよ。だって、校尉だぜ。校尉」
張郃、雷薄、陳蘭の三人は連合との戦いでの活躍により出世していた。
校尉の品秩は六品、官秩比二〇〇〇石。一万一三四七人を率いる現代で言えば大佐~中将クラスの指揮官である。
また、張郃が忠義校尉。雷薄が破賊校尉。陳蘭が宣信校尉となっている。
「袁術に仕えていた頃はただの部曲で俺もテメェも疎まれて、酷い扱いだったじゃねぇか。それが正式な官職をもらったんだぜ」
雷薄が嬉しそうに言う。
しかし、彼はただ浮かれているだけではなかった。
「それに今のところ、俺たち三人が一万なんて部隊を率いることはないんだ。ならせめて喜ぶくらい、いいだろう」
雷薄の言うとおりである。連合との戦いで袁遺の手元に残った戦力は一万七〇〇〇。洛陽に残した兵と高覧の別働隊でさらに一万。それぞれが一万規模の部隊を率いるという話どころではない。そのため、司隷で最も余裕がある長安では徴兵が進められている。
「いや、それでも……」
だが、陳蘭は、別働隊としてひとり連合との戦いで功を上げ損ねた高覧のことを気遣った。
もっとも、高覧自身はそれほど気にしていない。彼は乱世で昇り詰めていく武将というより、職業的な軍人であった。大して不満を抱かず自分を袁遺軍の一機能とすることができる男である。
「まあ、伯業様は仕えにくい主であるが、決して他人の心情を介さない御方じゃない。そのうち出世の機会を作ってくださるさ。そこで手柄を挙げりゃいいだろう」
雷薄が明るい調子で言った。
高覧は頷いた。
確かに、そうであった。連合との戦いは終わったが、袁紹との戦いは終わったと言えない。また、諸侯だけではなく、賊などが連合との戦いを見て漢王朝の力が弱っていると思い無軌道な反乱を起こすかもしれなかった。嫌でも戦いは続く。
上機嫌に見える雷薄であったが、心のどこかに酷く冷めている自分を発見した。
校尉になれたが、俺の出世はここまでだな。そもそも俺が一万の部隊を上手く指揮できるはずがねぇ。二〇〇、三〇〇の部隊を夜盗の様にコソコソと素早く動かすのが得意であって、高所から一万を指揮するなんざ性に合わねぇ。まぁ、校尉はここまで仕えてきたことも含めての大盤振る舞いだな。もし、俺が将軍になれるなら墓の下に入ったときだ。なんだったか、追贈って奴だったか。
雷薄は同僚の顔を順番に眺めた。
陳蘭も似たようなもんだ。こいつも将軍って感じの指揮じゃなぇ。まあ、正面戦闘において粘り強い戦をするから俺より出世するかな。
高覧は将軍になれるかもしれねぇな。だけど、一〇万、二〇万を率いるのは無理だ。せいぜいが二万、三万か。
張郃、こいつが一番、出世するだろうな。いや、あのいけ好かないやろうか。
雷薄の脳裏にひとりの男の顔が浮かんだ。主が最も信頼し、最も恐れている男である。
まあ、いいさ。将校になれただけで俺の人生、上等だ。袁術の部曲か、そこを抜け出して山賊になるかしかなさそうな人生だったんだ。
「まあ、手柄を挙げて出世したら、飲みに行こうぜ。俺たちが奢ってやる」
雷薄は陽気に言った。
2 外交
上奏の三日前、袁遺たちは最後の詰めに入っていた。
司空府には、そこの主の董卓と彼女の軍師である賈駆、袁隗、袁遺、雛里が集まっていた。
「では、伯業は後将軍はそのままに洛陽令も兼任させることでいいんだな」
袁隗が念を押す様に尋ねた。
「ええ、それでいいわ」
賈駆が了承する。
「伯業、長安令の後任はどうする?」
「張既を推挙します。馬涼州牧との関係を考えると彼が最適です」
袁遺の答えを聞き、袁隗は董卓側を伺った。
「私もそれでいいと思います」
董卓もそれに賛成だった。
董卓たちから最も信頼を得ているのは張既である。なので、すんなりと受け入れられた。
これで司隷の二大都市を董卓・袁隗陣営で抑えたことになり、足元は固められた。
しかし、一番の問題は袁紹の動きである。
それは間者を用いることなく、洛陽にも自然と入ってきた。
「それで、袁紹の新帝擁立の動きにはどうするわけ?」
賈駆が言った。
袁紹は本拠地の冀州南皮に帰った後ですぐに行ったのは軍の再編と、この新帝を擁立することである。
董卓の排除と帝および洛陽の確保に失敗し、連合が解散したのだから、袁紹は逆賊の汚名を着ることになる。
それを政治的に挽回するために、今の皇帝は幼く董卓の操り人形で、それは天の意志によって選ばれたのではなく、正しい皇帝は他にいると天人相関説を利用することにしたのだ。そして、正しい皇帝となる新帝に劉虞がふさわしいと名士間に派手に宣伝している。
「それについては上奏して、名士の反応を見てから決めた方がいいだろう」
袁隗が答えた。
「そうね」
賈駆は同意しながらも、ため息をひとつ吐いてから続けた。
「そもそも現帝を即位させたのは何進とその妹じゃない。そして、何進に最も近かったのは袁紹本人でしょう」
もちろん、賈駆も袁紹側の狙いは分かっている。しかし、気分の良いものではない。
ふと袁隗を見ると彼も苦い顔をしている。賈駆にはそれが意外だった。彼のような人間なら政治的に正しいと平然としていると思ったからだ。
「……他に袁紹に何か意図があるの?」
賈駆が尋ねた。
それに袁隗は呻き声の様な咳払いをして、袁遺を見た。袁遺はいつもの無表情であった。
「……わしにも恥というものはある。伯業」
「私も恥というものを持っているのですがね」
袁遺は叔父からバトンを受けて袁紹の真意を話し始めた。
「まあ、つまり、私の持っていないものを持っているあいつがずるいって感情ですかね」
「……」
「……」
董卓と賈駆は呆れ果てた。いくら何でも幼稚過ぎる感情だ。
しかし、袁紹にとって、自分の願いとは叶えられて当然のものであると認識していた。そうであるなら、これは当然の帰結である。
「……呆れると言えば、荊州もどうなっているのよ」
賈駆は一通の書簡を手に取った。
そこには袁遺と反董卓連合が戦っている間に荊州で起こった事の顛末が書かれていた。
荊州牧の王叡は反董卓連合に参加することを表明したが、彼が行ったのは以前より不仲であった武陵太守の曹寅への攻撃である。
正史なら、これが曹寅に露見して彼は孫堅を頼り、孫堅軍が王叡軍を破るのだが、この外史では王叡の身勝手な振る舞いに荊州の名士たちが呆れて彼への協力を拒否したのだ。そもそも荊州で上から数えた方が早い著名な名士のひとりに龐徳公がいる。彼女は雛里の叔母に当たるため、荊州の名士自体がそれほど反董卓の旗色ではなかった。
王叡は結局、曹寅との戦いに敗れ、最後は溶かした金を飲み、自殺した。
なんとも呆れる様な顛末である。
その後、党錮の禁により荊州に移ってきた劉表が臨時荊州牧を務めているから、認めるなり代わりを送るなりして欲しいと使者に書簡を持たせて洛陽まで送って来たのだった。
「まあ、王叡のことは置いておいて、問題は劉表だな。わしは劉表を州牧に就かせるべきだと思う」
袁隗が意見を述べた。
「でも、荊州は要地よ。豊かな土地に多い人口。できればこちらの信頼できる者に任せたいんだけど」
しかし、賈駆が難色を示した。
荊州は前話で述べた『フォレストランド』に当たるが、開けた土地も多く。ある程度の開発がされている。そのため、安定した雨量の恩恵を多くの土地と人が受けられ、かつ人の移動にも困らない。荊州は南では例外的に発達していた。
「だが、劉表は荊州で最大の豪族である蔡一族から妻を娶っている。彼を州牧に推さなければ、荊州最大の豪族を敵に回すことになる」
地方豪族、つまり名士の協力を得られない厄介さを董卓と賈駆は洛陽に来てから嫌と言うほど味わったため、袁隗の言うことは理解できる。
「それにしても劉表という人は、使者の人選を見ても、かなり強かなようですね」
袁遺が口をはさんだ。
荊州で最大の豪族である蔡一族の力を使えるなら、漢王朝に認めてもらわなくても荊州を治めることができる。
しかし、劉表はそれをやらなかった。
それをやれば、自分は蔡一族の操り人形ということになり、他の荊州名士と対立する可能性があった。だから、漢王朝から正式に州牧に任命して欲しいのだろう。
そして、使者も水鏡塾で雛里と共に学んだ韓嵩を寄こしている。
「ふむ。おそらく、袁紹にも使者を送って誼を通じようとしているだろうな」
「でしょうね」
袁隗と袁遺はそれを当然のものとして受け取った。それが外交というものだ。
「軍事的な見地から意見を言わせてもらえば、新野、最低でも宛まではこちらで確保していなければ、攻め込むにも援軍を送るにも山に阻まれてどうしようもありません」
荊州に司隷から攻め込もうとした場合、伏牛山脈に行き当たる。二〇〇〇~一四〇〇〇メートル級の山々で構成されるそれを突破するのは難しい。
となると洛陽方面より緩やかな豫州方面から軍を入れるしかないが、こちらも司隷方面よりマシなだけで山地である。もっとも袁遺たちは豫州を確保していないため、このルートを使うことは出来ない。
「ですから、代わりの者を送って、その者が追い返されるなり、殺されるなりしても攻め込むのは不可能です」
「なら、正式に州牧に任命するしかないわね」
賈駆が言った。自分たちの信頼できる人間を州牧に就かせるのは諦めたようだ。
しかし、ひとつ条件を付けてきた。
「でも、あんたの言う通り、新野……いえ、宛はこちらの人間に統治させるように命令するわよ」
そもそも袁遺が言い出したことであるから、袁遺に否はない。また、袁隗も軍事方面では袁遺を信頼しているため特に注文を付けたりしなかった。
ただ、袁遺にはそれとは別にやるべきことがあると判断した。
「鳳統、君は韓嵩とは旧知の仲だ。彼女に荊州の情報を聞いてくれ。おそらく劉表も君からこちらの情報を得たいと思っているはずだ。韓嵩はそのための人選だ」
「は、はい」
雛里が頷く。
「韓嵩にも上奏には参列してもらいましょう。劉表がこちら側に就いたという宣伝にもなります」
「そうだな」
袁隗が同意した。
「次は河内ね」
賈駆が言った。
連合に参加した河内太守の王匡が戦死したため、現在その席は空いている。
「張楊を推挙します」
そこに董卓は吸収した何進軍の武将のひとりである張楊を座らせようとした。
張楊は連合との戦いでは洛陽にいて、董卓の部隊の実戦指揮官の役目を果たしていた。余談だが女性である。
「それで構わん」
袁隗はそれに賛成した。となると袁遺も賛成せざる得ない。
「はい、分かりました」
しかし、袁遺には含むところがあった。
河内郡には司馬懿の故郷である温県がある。誰か温県の名士を司馬懿に推薦させ、太守に据えた方が袁遺は影響力を保持できる。
まあ、ここは引いておくか。
袁隗・袁遺側の主張ばかり通すのも関係を悪化させるだけであり、それは望むところではなかった。
これで洛陽の、西の長安を張既が、北の河内を張楊が、南の荊州を劉表が抑えたことになり、問題は東だけであった。
「東ですが、私は曹太守とは手を結ぶべきだと思います。今の戦力では彼女を打倒すことは不可能です」
曹操は強い。それは司馬懿によって四割の軍を損失しても、領地を袁紹によって荒らされても変わらない袁遺の認識であった。
「だが、曹操は野心家であると聞くぞ」
袁隗が尋ねた。
確かに甥の軍事的才能を信じているが、曹操のことを過大評価し過ぎているように袁隗は感じていた。
「野心家なのは認めます。しかし、手を組めるのは今しかないんです。彼女は先の戦いでは敵対した我々と領地で略奪を行った袁紹の二大勢力に挟まれています。司馬懿が曹操軍に手傷を負わせた今、彼女には両方を敵に回すことは不可能です。袁紹と手を結ばれる前に懐柔するのが最善だと考えます」
「袁紹の盾として使い潰す気?」
賈駆が尋ねた。
彼女の様子から、曹操を使い潰すのに反対していなかった。むしろ、確認に近い意味合いの質問であった。
「いいえ、違います」
だが、袁遺は否定した。
「連合が何故、二〇万という大軍でありながら四万の軍に解散まで追い込まれたかは、彼らが、連合に参加した者全てに利益が行き渡るようにする、という基本的なことを理解していなかったからです。ここで曹太守を使い潰す真似をするのは、連合と同じ轍を踏みます」
「じゃあ、どうするのですか?」
尋ねたのは董卓であった。
「彼女は独力で袁紹と対抗できないので、その支援を行います。また、連合に参加したことによって彼女の風聞が悪くなるようであれば、その回復も手伝います。その間に私は豫州を攻め取りたいと考えているのです」
西は張既を使い馬騰と結び、東は曹操・袁術・張邈の三人と結んで、相互に監視させ、誰か一人が敵対するようなら、残りふたりがそれを止めるような同盟を組むことを袁遺は画策していた。彼は多方面作戦がどれほど難しいことかを歴史と知識から知っている。だから、敵が袁紹ひとりになるように外交で腐心するしかないと考えていた。
「豫州に進攻するなら思いの外、早くなるかもしれないぞ」
袁隗が言った。
会議に参加していた袁隗以外の皆が彼の方を向き、どういうことだという顔をした。
「間者からの情報によると豫州牧の孔伷の体調が悪いようだ。元々、良くなかったのが、連合に参加して悪化したようだな」
豫州は袁一族の故郷である。袁隗は常に目を光らせていた。
その情報に袁遺は我が意を得たとばかりに、無表情な顔に僅かに暗いものを宿した。
「各地の賊については何か情報がありませんか?」
袁遺が尋ねた。
「活発だ。反董卓連合が起きたことで朝廷が強力な統制力を有していないと見られ、その反董卓連合の諸侯も二〇万の戦力を有していたにも関わらず解散に追い込まれて力がないと見られ、各地で黄巾党の残党から無関係の賊も好き勝手やっている」
「では、孔伷の体調が悪いという噂が流れれば、豫州の賊の動きが、より活発になるでしょうね」
「流すか?」
袁隗が言った。その顔には暗いものがあった。
「やめておきましょう。こちらの軍は再編の途中です」
攻め込むチャンスを作っても、攻め込むための軍がなければどうしようもない。
「軍の再編はどうなっているのよ?」
賈駆が尋ねた。
「別働隊の高覧と司馬懿が二日前に帰ってきたばかりで、今、司馬懿に必要な人材を挙げさせています。もうしばらく掛かりますね」
「兵は?」
「長安でさらに流民を中心に八〇〇〇名を徴兵しました。連合との戦いのときに洛陽に残した一万と、その戦いで生き残った一万七〇〇〇。全部で三万五〇〇〇ですが、指揮系統の再構築ができていないため、烏合の衆もいいところです」
この指揮系統の再構築がくせ者だった。
ただし、それを理解しているのは、それに参加している袁遺と雛里、仲達の三人だけであった。
人並み外れた軍才を持つ賈駆であっても、それを理解するのは不可能であった。何故なら、袁遺は今までになかったことをやろうとしているのだから。
急ぎなさいよ、と急かす賈駆に袁遺は、わかりました、と頭を下げた。
今、袁遺たちも含めて諸侯たちは次に起こるだろう戦いへの準備期間に入っていた。
どのように軍を再編するのか。誰と手を組み、誰と戦うことを選ぶのか。それで自分たちの未来を大きく変えることになる。
その未来を大きく変えることのひとつが青州で起きようとしていたことは誰も気付いていなかった。
たとえ、青州黄巾党というものを知っている袁遺も例外ではない。そもそも袁遺は、この外史の張角がどういう人物かも知らず、それがどういうことかも分からなかった。
3 三年の喪(前)
春が近いことを感じられる陽の光を浴びながら、三騎の騎馬がゆったりとした速度で道を征く。
一行は皆、女性であった。
「まったく、華琳様に二度も足を運ばせるなんて。今日も面会を断ったら、タダじゃおかないぞ」
その中のひとりが忌々し気に言った。
彼女は長い黒髪と精悍さと美しさを兼ね備えた容姿の持ち主であった。
名前は夏候惇。この一行の主である曹操の部下であった。
「やめなさい。常識に外れたことをやっているのはこちらよ、春蘭」
「そうだぞ、姉者」
それを主の曹操と妹の夏侯淵が窘めた。
「華琳様~、秋蘭~」
ふたりに窘められた夏候惇は子犬の様にシュンとした。
そんな様子に曹操は穏やかな笑みを浮かべた。夏侯淵も同様である。
春が近いことを感じ、親愛する部下たちと過ごす時間に幸せを感じていたのだ。
でも、この感じを彼の前では閉まっておきましょう。曹操は思った。
今から訪ねる人物は、こういった感情からその身を遠ざけねばならない人物であるからだ。
その前に会ってくれるかしら? いえ、会ってくれないでしょうね。
春が完全に訪れたとき、曹操は官職に就く。
洛陽の北門の警備隊長という、決して高くない官職であるが、彼女はそれを自身の野望の第一歩だと考えていた。
その前に彼に会っておきたくなったのであった。
自分でもその理由は分からない。ただ、あの男の顔を見ると分かるような気がする。だから、非礼に値するが会いに行くことにしたのだった。
そして昨日、彼を訪ねたが、面会を断られた。それでも諦めきれずに今日も再び訪ねるのだった。
馬を駆けさせて辿り着いたのは、広大な屋敷である。
その門の前には門番がふたり立っており、その奥にも私兵がいる。この屋敷に住む者が高い身分であることを察せられた。
曹操はその門番のひとりに取り次ぎを頼んだ。
内心では追い返されることを予想していた。そのとき、この門番を夏候惇が斬り捨てる前に止めなければならないと覚悟した。さもなければ、官職に就く前に自分の名声が終わってしまう。
しかし、意外なことに戻ってきた門番は曹操たちを招き入れた。
曹操は目的の人物がいるという屋敷の奥の庭にある小屋へと案内され、夏候惇と夏侯淵は別室で茶と菓子でもてなされた。
曹操は歩きながら、庭を眺めた。
凡庸ね。曹操は思った。
庭は確かに、よく手入れされていた。そして、所々に南の造形を取り入れ工夫もされているが、全てが小さく纏まり過ぎている。
もう少し崩すということを覚えれば、面白さを出せるのだけど……
優れた美的感覚と枠に囚われないダイナミズムを持つ曹操からすれば、何ともつまらぬ庭であった。
だが、そのつまらぬ庭はすぐ終わった。
突如、まったく手入れされていない青草が生い茂る地面になったからだ。
喪に服している人間は現世を楽しんではいけない。自分の身を顧みてはいけない。だから、庭を見て楽しまないようにってとこからしら。あいつらしい。
曹操は思った。
案内された小屋は粗末な作りであった。
門番は案内を終えると一礼して、本来の役目に戻っていく。
声を掛け、小屋に入ろうとした瞬間、曹操は急に自分の身だしなみが気になった。
馬に乗ってきたため、服に砂埃がついている。払う。
次に髪が乱れていないか気になった。しかし、鏡も櫛もない。手櫛で下手なことをやっても、かえって乱れるだけだ。
「ぅうん……」
曹操は咳ばらいをひとつして心を落ち着かせる。
何を慌てているのよ、たかが伯業に会うくらいで……
恥ずかしさとも怒りとも違う訳の分からない感情を抱きながらも、曹操は扉の向こう側にいる人物に声を掛けた。
「入るわよ、伯業」
曹操が訪ねたのは父親の喪に服している袁伯業であった。
久しぶりに会った袁遺は少し痩せていた。彼が喪に服して一年半になる。
無表情な顔は前に会ったときの同じだが、それが与えていた印象が変わっている。昔は冷たさを感じたが、今は枯れた様に感じる。
親が死んでも平気そうな男と思っていたが、そんなことはなかったのね。曹操は他人を冷血漢扱いしたことを恥じた。
「久しぶりだな、華琳」
袁遺が言った。
茶や菓子を用意してもてなすということはしない。曹操もそれは分かっている。袁遺は喪に服しており、簡単に友人に会ったり出来る立場の人間ではない。喪に服している最中、徹底的なストイックさが求められる。小屋の中も文机と寝台しかない。
「ええ、久しぶり、伯業」
曹操―――華琳も応じた。
「本日はどのような用だろうか?」
「官職に就く前に何となく、あなたの顔が見たくなったの。何故だか分からなかったけど、あなたの顔を見れば分かるような気がした」
「それで、分かったのかい?」
「いいえ」
華琳は首を横に振る。
「でも、あなたの顔を見て、どうでも良くなったわ」
「それは良かった」
袁遺は目を閉じ、穏やかな微笑を浮かべた。
華琳も心の中にあったもやもやが消え失せていた。
袁遺は姿勢を正し、口を開いた。
「このような場で何だが、任官おめでとう」
「北部尉よ。そんな大仰なことはやめてちょうだい」
「北部尉……」
袁遺は華琳が就く官職を反芻した。
華琳は袁遺の表情を観察する。
北部尉に就くことを聞いた者たちの反応はいくつかの例外を除いて一緒であった。
何故、そんな低い官職を? 君は四代の皇帝に仕えた大宦官の孫だろう。もっと高い地位を望めたのではないか? という反応である。
例外としては華琳のやることを信じてくれる夏候姉妹と、
「おーほほほほほ、宦官の孫の華琳さんには相応しい官職ですわね」
と清々しいまでの嫌味を言った袁紹くらいだった。ここまで、はっきりと言われれば、華琳は袁紹を怒る前に呆れてしまった。
伯業はどんな反応をするかしら。
華琳はそれに興味があった。
しかし、袁遺の反応は薄かった。
北部尉と確認するように再び繰り返し、君ならどんな職であっても十全にやり遂げるだろうね、と励ましただけだった。
袁遺からすれば自分が持つ知識と華琳の最初の官職が同じであったから、その驚きが少なかったのだが、華琳がそれを知る由はない。
ふと華琳の目に文机の上の書簡が入った。
それに袁遺が気が付き、書簡を差し出しながら言う。
「これは父上が生前に集めた歌や小説だ。それを模写し、月に一度、父上の命日に墓の前で燃やしているんだ」
華琳はそれを受け取って目を通す。
確かに伯業の字だ。しかし、この内容は……
「幽霊を騙したり、仙人を莫迦にして殺される話ね。どこで集めたのよ、こんなもの」
華琳は感心するべきか呆れるべきか悩んだ。
そんな彼女に袁遺は目を細める。
「あなたは本当に父を慕っていたのね」
華琳が口を開く。
「正直、あなたが三年も喪に服するとは思わなかったの。袁伯業という男は実利を第一に考え、行動する人物と思っていたわ」
「三年の間、喪に服せば名声を得れる」
袁遺は無表情な顔で言った。
「けど、三年は長いわよ」
「確かにそうだ。喪が明けた頃、君は私とは比べ物にならないくらい出世しているだろうな。いや、本初もそうだし、公路さえもそうだろう」
「で、三年の喪の名声であなたは、どのくらいの官位を得れるの?」
「私の前の職が県尉であることを考えると、どんなに良くても小県の県令くらいだろうな」
「麗羽が何の職に就くか知っているかしら?」
華琳が尋ねた。
「知らない。世俗のことはなるべく耳に入れないようにしている」
「南皮県の県令よ」
初任官では異例な大役であった。さすが名門袁家といったところである。
「すごいな」
素直に感心するしかなかった。同じ袁家でも自分と違い過ぎて嫉妬する気さえ起きなかった。
なお、その後に袁術が九江太守という袁紹の上をいく凄まじい初任官を見せることになる。
「華琳、私はもう少し父の喪に服すよ。父のために詩や小説を模写して燃やしていたら、残りの一年半などすぐに過ぎるだろう」
袁遺は改めて姿勢を正した。
「本来なら、こんなことを言ってはいけないんだろうけど、君と久しぶりに話せて嬉しかった。ありがとう」
袁遺は頭を下げた。
「ねえ、伯業。あなたはどうして私に会ってくれたの?」
華琳は自分がここに来たことが非礼であることを理解していた。だから、追い返されても文句はないし、会うことは出来ないと思っていた。
「今朝、小屋の外に出ると地面に霜が降りてなかった。これはもうすぐ春が来ることの証だ。そして、この時期には雨が降ることが多い。もし、君が今日で諦めずに私に会いに来るなら、雨に打たれながら来ることになる。それが申し訳なかったんだ」
「……」
曹操は言葉を失った。嬉しいような子ども扱いされたようで面白くないような複雑な気持ちを胸に抱えていた。
「洛陽への道中も、どうか気を付けてほしい。君の無事と栄達を願っているよ」
袁遺は真剣な顔で言った。
「……そう、それじゃあ、そろそろ行くわ。次に会うときは喪が明けてからね」
「うん、気を付けて。門まで送ることができないが、それは許して欲しい」
「いいわ、分かっているから」
華琳が小屋を出ようとして、ひとつ気になったことがあったのを思い出した。
「そう言えば、あの庭は誰が造ったのかしら?」
「父上だ。叔父上の御厚意で今も父上が設計した通りに整えさせているんだ」
「そう……」
確か伯業の父親は詩人として大成したいという野望を持っていたというが、あの庭の出来から大成できなかった理由が分かるわね。
もちろん、袁遺もそれに気付いていた。だが、彼は決してそれを口にしないだろう。だから、華琳も口にしないことにした。
華琳が帰った後も袁遺は扉を開け放ち、遠くの父が設計した庭を眺めた。
一年前より青草が生い茂っている面積が増えてきた。
袁遺は袁隗に頼んで、徐々に庭の手入れする面積を減らしてもらっていたのだった。
袁隗は喪に服している間、庭を見て楽しまないようにするためだと判断したが、違った。
袁家の部曲の数が増えている。おそらく、その数が二〇〇〇、三〇〇〇とひとつの部隊を形成できるようになったとき、世は乱世になっているだろう。
部曲とは零落した貧農で、それがそんな数を出すということは漢の政治機構が機能しなくなるからだ。何も名士は袁家だけではない。おそらく各地の豪族も肥大化し、漢王朝の手に負えなくなるだろう。
だから、袁遺はその乱世に備えて、いざとなれば馬の食料になる雑草を生やしたままにしている。
「喪が明けたとき、袁家の部曲と小作人はどのくらい膨れ上がっているだろうか」
そう呟いた袁遺は、ふと華琳とは別の友人の顔を思い出した。
喪が明けたら、あいつに会いに行こう。何故だか分からないが会いたくなった。きっと華琳と同じであいつの顔を見れば、何故そういう気になったのか分かる気がする。いや、たとえ分からなくても満足できるような気がする。
その後、華琳は法に厳しい北部尉として洛陽で名を馳せることになる。
彼女は十常侍のひとり、蹇碩の叔父が夜間北門通過禁止の令を破ったため、それを捕らえ打殺した。
法家主義でもある華琳にとって当然のことだが、十常侍の叔父に媚びることのない態度は清流派人士たちから評価されることになり、宦官の孫であり濁流派の子であるという風評を消しとばす行為でもあった。
すぐに、彼女は頓丘県令へと出世し、栄光の階段を登っていくことになる。
反董卓連合よりだいぶ前の話である。
しかし、皮肉にも彼女を栄光の階段から蹴り飛ばすことになる男は、華琳の無事と栄達を願っていると言った袁伯業本人であった。
補足
・嘉徳殿
和帝の時代に建てられ、霊帝が死んだ場所であり、何皇后がいた場所であり、何進が殺された場所。
皇帝の御所のひとつであるが、ここで政務も行っていたのではないかという説もある。
私も当時の洛陽の地図を本で見つけて、嘉徳殿の近くに三公府があり、政務を行っていた可能性もあるなと思い。その説を採用することにした。
だから、嘉徳殿で上奏なんて行わねーよ、という諸兄はお目こぼしお願いします。
・陳蕃
本編に描いたことを少し補足。
外戚、宦官が力を持っていた時代の大将軍は、梁冀しかり、何進しかり外戚が就くものだった。
そして、このときの大将軍も桓帝の皇后の父親の竇武である。
さらに竇武の娘を皇后にするために陳蕃が色々と手を回していたのだった。
竇武は外戚故の引き上げがあるため、他者からの嫉妬を躱すのに、自らの身だけではなく一族に慎み深く行いを徹底させた。その甲斐あって、清流派人士からも一目置かれることになる。
さて、これはまったく根拠がないことだが、彼らが宦官を取り除くことに成功しても、彼らの関係は上手くいかず、新たな火種になっていたと私は思う。
計画の段階で、一気呵成に進めたい陳蕃と、万全を期すために慎重に事を進めたい竇武で意見が食い違い。そもそも竇武の娘は、宦官全ての誅滅に反対であった。
それに魏晋の名士たちの動きを見ても、結局、自分たちの既得権益の為に動いているので、対立は免れないんじゃないかと浅学ながら思うのであった。
・幽霊を騙したり、仙人を馬鹿にして殺される話ね。どこで集めたのよ、こんなもの
『列異伝』という曹丕が著した、もしくは編纂したとも、晋の張華のものであるともいわれる説話集がある。
現在は散逸していて、全文は分からないが、この曹操が読んだ話はふたつとも現代に残っている話である。
この説話集は、この外史では中々に数奇な成立の仕方をすることになる。
・いざとなれば馬の食料になる雑草を生やしたままにしている。
男衾三郎絵詞という鎌倉時代に書かれた絵巻物があるが、その中で鎌倉武士は、庭の草は抜くな、いざというときの馬の餌だ。坊主や乞食は逃げるのが速いから弓矢の練習の良い的だぞ。庭には絶えず生首を置いておけよ、斬りまくれ。軍の陣で琴とか笛とか奏でてんじゃねえ、とか蛮族全開で書かれている。
まあ、青草を食べさせ過ぎると馬は腹を壊すが、餌になるのは事実です。