異・英雄記   作:うな串

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3 オーダー・オブ・バトル(前)

 

 袁遺は洗い晒しの手拭いで雛里の髪を丁寧に拭いた。

 この時代、戦場で風呂に入ることはほぼ不可能である。水が普遍的に支給されない状況で、それを大量に使う入浴はもちろん、この時代一般的であった水浴びも難しい。であるが、衛生状態を考え、清潔な手拭いを濡らして体を拭うくらいのことは行えた。

 しかし、雛里は女性である。やはり、男性よりも清潔不潔に敏感である。そのことに対して、袁遺は理解のある男だった。彼は彼女に対して、タライ一杯のお湯を支給した。

 満足とは言えないが、少なくとも、手拭いを水で濡らし、体をてきとうに拭う男たちより、丁寧に髪や体を洗える量だった。

 体を洗い終わった雛里がその濡れた長い髪を拭くのに悪戦苦闘しているのを袁遺が見つけ、乾かしてやることにした。

 袁遺は乱暴にゴシゴシと拭くのではなく、傷めぬよう丁寧に髪を両側から手拭いで抑えるようにして水分を吸い取った。

「痛くないか?」

 袁遺が尋ねた。

「あ、あわわ、大丈夫でしゅ」

 雛里は緊張しきっていた。男性に髪を拭かれるなど経験したことがなかったからだ。

「そうか」

「あ、あの……」

「うん?」

「上手ですね」

「えっ……」

「あわわ、すいましぇん」

 雛里は俯いてしまった。

 袁遺は何かフォローしようかと思ったが、何の言葉も出てこなかった。

 自分でもやりなれている感があったからだ。

 俺は袁遺として生まれる前にもこうやって、誰かの髪を乾かしていたのだろうか?

 袁遺はそう思った。

 相手は誰だろう。恋人だったのだろうか? 子供だったのだろうか? 姉や妹だったのだろうか? いや、もしかしたら、孫だったのだろうか?

 いろいろと考えてみるが詮無いことだった。体が髪の拭き方を覚えているが、誰の髪を拭いたか覚えていない。これに似たようなことを何度も経験したからだ。袁遺は知識を持っていたが、それをどうやって取得したのか、それを何に役立てていたのか、が分からない。

 子供の時分、それがある種の恐怖であった。自身のバックボーンが全く分からない。自分がどこから来て、何者であるのかが分からない。それが怖かった。

 だが、今はどうでもいいことだった。なぜなら、今は自分が立っている場所が分かるからだ。かつて、自身の足元が崩壊する感じを味わった男にとって、自分が立っている場所が分かる、これは安心できることだった。しかし、彼の立っている場所は、安心からかけ離れてはいた。

 袁遺の立っている場所はもちろん戦場だった。

 

 

 会話がなくなったので袁遺は雛里の髪をやさしく拭きながら考えた。

 正史において黄巾の乱。その豫州・潁川方面では始めは官軍を指揮した朱儁が波才に敗れ、長社まで引き、皇甫嵩と曹操の援護を受け、勝利を果たした。

 袁遺は波才に一度も破れずに朱儁を勝利させてやりたかった。もちろん、負けると自分の身にも危険が迫るためだが、それだけではない。

 その理由は彼の人柄にあった。

 朱儁は後世の創作において、義勇軍を率いた劉備をぞんざいに扱い、劉備たちの活躍を見ると自分の功名のため劉備たちを利用しようとするというような傲慢で官の腐敗を代表するような人物として描かれることもあるが、正史においては幼い頃に父を亡くしたため貧しく。そのためか親孝行で義を好み、財に執着しない正反対のような性格である。

 袁遺も朱儁のことは嫌いではなかった。そして、指揮官としては尊敬していた。常に方針は明快で、儀礼的な軍事常識を唾棄すべきものと考えている実際的な人物であった。

「雛里、少し知恵を貸してくれないか?」

 袁遺が唐突に言った。

「あわわ」

 先程まで緊張と恥ずかしさで顔を真っ赤にし、硬直していた雛里が我に返る。

「落ち着け」

 袁遺は柔らかな声で宥めながら、戦略図を引っ張り出してきた。

「俺は黄巾党との戦いの終わりを見ることができない」

 袁遺は地図を広げながら言う。

「黄巾党の指導者たる張角を討ったとしても、もうすでに黄巾の種子といえるものが各地に飛散したと見てもいい。それらを駆逐するのも体制に取り込むのも時間がかかる。雛里は知らないだろうが、朱右中郎将は今を乱世と評した。俺は賛成はしなかったが、漢王朝の力が落ちてきていることは事実だと思う。漢王朝の力がこのまま落ち続けた場合、黄色い種子はどうなる?」

 袁遺は雛里に尋ねた。

「そうなった場合、黄色い種子……黄巾党の残党は広範囲な地域で活動し、反乱を繰り返すと思います。ですけど、漢王朝にはそれを抑える力がありません。ですから、地方の豪族が中心になって自衛のために武装を行う……いえ、野心のある者はそれに乗じて反乱や抗争を無軌道に繰り返すことになると思います」

 雛里の答えに袁遺は満足そうな笑みを浮かべる。さながら、優秀な生徒の回答を聞く教師の様だ。

「俺もそう思う。そうなれば、本当に世は戦国乱世だ。それは嫌だな。愛国心や愛着なんかを抜きにしても自分の生まれた国が亡ぶのは寂しいものだ」

 袁遺はそう言いながらも、

「でも、今は、どうしようもないことだ」

 きっぱりと、それもさっぱりとした口調で断言した。

「で、でも……」

 雛里が何か言いかけたのを袁遺が制した。

「言いたいことはわかるよ」

 そして、優しい口調で続ける。

「でもね、これは諦めないとか頑張るとかそういう問題じゃない。現実に即した解決法をとるしかないんだ。目的地があって、そこを目指して全力で走る。だが、方向が違えば一生目的地にはたどり着けない。しかし、世間では、全力で走ることが大切なんて莫迦なことを言う連中がいる。だけど、俺は違う。目的地と反対方向に全力で走ることに何の意味もないんだ」

 袁遺はだんだんと語気と表情が険しくなったことに気付き、申し訳なさそうに頭に手を当てた。

「まあ、ともかく、知恵を貸してほしいというのは、この大陸の黄巾党を殲滅するためのものではない」

 袁遺は何かをごまかすように戦略図に目線を落とす。

「俺はこの戦で多くの将兵に生き残ってほしいと思っている。善意や人道的なものではない。この戦で培った戦力を多く残したいんだ」

「それは、漢王朝の力がなくなったときのためですか?」

 いつもの冷たい表情をさらに鋭利なまでに冷たくして言う袁遺に雛里は真剣な面持ちで尋ねた。

 彼女は戦術の天才だった。そして、天才であるが故にその才を発揮する場所を求めていた。

 戦争が好きというわけではない。いわば、頭の中で戦場を思い浮かべるのである。想像上の戦場では命は奪われることはない。そこで様々な戦術を試すのだ。そして、天才であるが故に想像上の戦場は現実の戦場にピタリと一致していた。

 そうなれば、やはり、ある願望が生まれてくる。

 現実の戦場で采配を振るってみたい。

 そして、漢王朝が弱体化し、群雄割拠となった戦国乱世で、主君と戴いた人物に天下を取らせる。それは軍師を志す雛里にって最高に采配の振るいがいのある戦場だった。

 だが、袁遺から返ってきた答えは期待のものとは違っていた。

「え?」

「え?」

 心底、意外なことを聞かれたように、袁遺は普段からは想像できないような間の抜けた声を出した。

 そして、それにつられるように雛里も間の抜けた声を出し、互いに顔を見合わせた。

 すると、だんだん袁遺の表情が困惑に満ちてきた。

 彼は心底、困ったのだ。

 正直、本心を偽ろうかとも考えたが、止めた。臣下に嘘をついてはならない場面がある。それが今だと、彼は感じた。

「俺は、死ぬまで漢王朝の臣でありたい」

 歪んた朝廷観を持った男が言った。

「だから、俺は群雄のひとりとなることはない。いや、そもそも、そんな状況、起こしてたまるか」

 史上いかな奸賊よりも不敬で、史上いかな忠臣よりも尊んでいるという矛盾を身に飲む男が言う。

「確かに、今の俺には黄巾党の残党をどうにかする力はないが、後で必ずどうにかする。立った群雄も同様だ。漢王朝を滅ぼしてたまるか。そのための戦力だ」

 このとき、彼の無機質な瞳が雛里に、君はどうするんだ、と言ったような気がした。これでも俺について来るのかと。

 雛里は自然に臣下の礼をとっていた。

 その後、袁遺の知恵を貸して欲しいという言葉通り、最低限の戦闘で今の黄巾党を集団でなくすための方法をふたりで考え始めた。問題を未来に投げたのである。各地に散らばる黄巾党の残党が多くなろうと手元の兵数を多く残すことを袁遺が選択したのだ。

 互いに意見を出し合い。出た意見についてまた考えを巡らせる。

 その最中で、袁遺は雛里について考えた。

 袁遺は、軍師と呼ばれている人間には二種類いると考えていた。

 ひとつは戦場を自己表現の場と捉える者。もうひとつは戦場を囲碁将棋の盤と捉える者。

 両者には大きな違いがある。

 前者はいわば芸術家である。キャンバスに、石材に、木版に、粘土に、自分が感じたものを、自身の感性をそこに表現する。表現するものが戦場に代わっただけの話だ。それに対して後者は技術者である。もしくはギャンブラーと言ってもよいかもしれない。彼らのような者にとって戦場とは命を賭け金にした囲碁将棋である。

 芸術はそれ自体が目的だが、技術は目的達成のための道具に過ぎない。

 技術者型の軍師が戦場での勝利を目的としてその技術を使っている場合はいい。だが、それで満足できなくなったら、どうなるか。将棋盤が戦場から天下に代わるのである。より多くの命を掛け金として、天下を手中に収めるギャンブルにでるのだ。

 主君が軍師に抱く惧れの典型である。

 袁遺にとって雛里がどちらのタイプの軍師なのかということが重要であった。

 前者ならいい。だが、後者なら―――

 そこまで考え袁遺は、心の中で自虐的な笑みを浮かべた。

 『人無遠慮 必有近憂(人遠慮なければ、必ず近憂あり)』か……

 袁遺に忠誠を誓う者の大抵がする思考である。となれば、雛里もすぐにそういう思考をするのだろう。でなければ、こんな実際的な男に仕えることはできない。こういった点でいえば、袁遺はまことに仕えにくい主であった。

 

 

4 狼顧の相の友人

 

 

 袁遺は私塾を出た後、洛陽に遊学した。

 そこでひとりの男と友誼を結んだ。

 やはりというべきか、その友は変わり者であった。

 そして、ふたりの友情もまた傍から見れば怪奇なものであった。

 会えば、挨拶をかわす程度で、特に話し込むこともせず、酒を飲むにしても互いに何も語らず、黙って杯を酌み交わす。しかし、ときたま、互いに憑かれたように一晩中話し込むこともある。

 そして、これは珍しくふたりが話し込んだときの会話である。

 洛陽において袁遺は一族の袁隗の元に身を寄せ、彼の屋敷に間借りをしていた。

 その一室で、書簡と本に埋もれながら生活をしていた。書生のような暮らしである。

「何を読んでいるんだ、伯業」

「ん、君か」

 袁遺は、まるで我が家の如く、勝手に入ってきた友を一瞥するとため息をついた。

「君の訪問はいつも唐突だな」

 袁遺はそう言いながら、読んでいた書簡を投げ渡した。

「論語か」

「ああ、子路について読み解きたくてな」

 そう言った袁遺の周りには論語の『先進編』や『公治長編』などの書簡が転がっていた。その中には『史記』も交じっている。

 それを拾い上げた友を見て、袁遺が口を開いた。

「論語もいいが、史記が一番好きだな」

 袁遺という男は、やはり異端な存在である。この時代、書物を読むことは知識と教養を得るための勉学(もしくは暗記術)であるが、彼はそれらを物語の一つとして楽しんだ。故に、彼にとって、儒教の経書は総典ではなく、ある種の歴史物語に過ぎないのであった。

「太史公(司馬遷の役職)が宮刑を受けて、どんな気持ちで、それを書いたか考えながら読むんだ」

「『伯夷列伝』で、義人である伯夷と叔斉が餓死という惨めな死を遂げることに対して疑問を浮かべていることか?」

 聡い男である。袁遺が言いたいことの輪郭をすぐに理解した。

 これは司馬遷自身が、李陵を弁護したと言う正しい行いをしておきながら宮刑と言う屈辱的な刑罰を受けたことに対しての悲痛な思いが根底にあるのではないかということである。

 しかし、袁遺の真意を正確に掴むことはできていなかった。

「ああ、それもある。だけど、違う」

 袁遺の声にはある種の狂気が宿っていた。

「基本的な事実のみを淡々と書く客観性がどこから来ているのかを考えるんだ」

「客観性?」

「ああ、彼は、宦官として生き恥を晒せないが、史記を完成させるまで死ぬに死ねないとまで言っている。きっと、死にたかったんだと思う。だけど、死ねない。自殺などできない。しかし、自殺によって苦悩と恥辱から逃れることができないと思えば思うほど、苦悩が大きくなる。そうなれば、最終的に彼の心は死んでいく。苦悩も恥辱も使命感さえも死んでいく。そして、最後には、彼は書を残すだけの存在になったんだ。ただ、書を綴るだけの存在。そう思い込む以外に道はなかったんだと思う」

「……」

 このとき、袁遺の瞳はより無機質さを醸し出していた。

「だけど、稿を続けるうちに宦者や閹奴なんて言葉が出てくるたびに苦悩や恥辱が蘇ってくるんだ」

 ふたりは、司馬遷が恥辱と苦悩を思い出し、苦しむ姿が容易に想像できた。

 屈辱を思い出すたびに口から呻き声が漏れる。どうしようもない痛みを超えた名状しがたい衝撃が全身に駆け巡る。その衝撃で奇声を発しながら、のた打ち回る。そして、歯を食いしばりながら、過去の屈辱を耐え、自身の心を殺していくのだ。自分は修史に生きる存在なのだ、と自己暗示をかける。

 それを死んだとされる歳まで九年間繰り返すのだ。なんという地獄の苦しみだろう。

 その司馬遷の姿は袁遺と重なるものがあった。

 自己の消失である。

 彼もまた、苦悩とその痛みにのた打ち回った経験を持っていた。

 袁遺も司馬遷も生と死の矛盾を抱えながら生きる人物である。

 自己の消失(=死)を感じながら、死なぬために爪を研ぎ続ける袁遺。苦悩と恥辱から逃れるための死のために生き続ける司馬遷(上記で司馬遷が宮刑から九年後に死んだとしたが、死期については不明であり、上記のものは諸説ある中の一つである)。

 また、先程まで読み解いていた子路もある種の矛盾の人である。

 子路の性格を一言でいうならば直情径行であり、そういった性格だからこそ、孔子に心酔し、同時に儒教と現実との差に苦しんだ面がある。

「伯業、君は変わっているな。儒教の徒として高い評価を受けながらも、儒教が批判する書も好みだと言う」

「仕方あるまい。自分でも変わり者だと思っているよ。それに自分の好みと世の思想が必ず一致するわけでもあるまい」

「それはそれは―――」

 なかなか危険なことを言う。友はその言葉を飲み込んだ。

 この男は漢が儒教国家であるから、儒教を学んでいる、と言ったのである。世の儒者が聞いたら、絶句するだろう。そんな男が世の儒者から高い評価を受けているのだから。

「さて、ついでに、君の政治観についても聞かせてもらえないかな? 俺は兄弟もいないし、従妹たちは決して優秀とは言えないから、どうもこういうことを語り合える人物が少なくてね。君の様に優秀な姉妹をもっているものが羨ましいよ」

「君の家は三公を四代に渡って輩出した名家じゃないか」

「残念ながら俺や本初、公路の代で、その名家の威光は地に落ちるよ」

「君は変わり者だが、無能というわけではあるまい。一枚皮を剥げば、どうかはわからんが、儒教の徒としても高い評価を得ている」

「ははっ、その才を絶賛されている君にそう言われれば嬉しいが、それは買いかぶりすぎだよ。俺は変人なだけさ」

「そんなことはないさ。それより私はもっと君の儒教観について知りたいんだがね」

「うーーん、まあ、答えるのは構わないが、答えたら俺の質問にも答えてくれよ」

「ああ、もちろんだ」

「別に、儒教に限定する必要はないんだよ。宗教と哲学の境界は曖昧模糊として、明確に分けることができないと思う。だがね、俺はその両方は現実の要求に従って最も適当なものを選べばよい、と考えているんだ。今の世は儒家であることが生きやすいんだ。法家であることが生きやすい世なら、俺は法家になるね」

「……それは、変節漢としかとりようのない発言だな」

「変節というより、機会主義だな」

 袁遺は、どちらもあまり良い意味ではないな、と自虐的な笑みを浮かべた。

 これは、袁伯業の本質を示していた。

 彼は機会主義的であった。もしくは、極端なプラグマティズムである。

「それに俺は立場を変えることを批評する気も恥じるつもりもない。立場を変えることは極論すれば、生存の技法、そのひとつに過ぎない。本当に批評され、恥なのは姿勢を変えることだ」

 袁遺は語気にやや厳しいものを宿して言った。

「さて、答えたんだから、君の意見を聞かせてくれよ」

 袁遺はそう言った。言葉にはどこか素直な響きがあった。

 口を開き、語り始めた友の意見は『史記』のように客観的でありながらも、どこかに発言者の臭いのようなものを感じさせるものだった。

 それを聞きながら袁遺は、相槌を打ち、質問をし、それに対する自身の意見を言った。

 袁遺はこの友人のことを知っていた。八達と呼ばれる優秀な姉弟の中で、最も優れているといわれることも、後代、『晋書』において、内は忌にして外は寛、猜忌にして権変多し、と言われることも。だがしかし、袁遺は後に友が自身の配下になることだけは知らなかった。

 この日、彼らは夜を徹して語り合った。

 光武帝から始まり、光武帝と高祖・劉邦の比較。数奇な運命によって即位した武帝と宣帝のふたりの政策。高祖のもとで処断された功臣。あらゆる規格を統一せんとした始皇帝の治世。七雄と諸子百家。夏桀殷紂と堯舜。ときには冷静な客観性で、ときには剥き出しの嫌悪感を以って、ふたりは語り合った。

 その中で、袁遺は悪戯心から、友に言った。

「君は気の強そうな女性と結婚しそうだな」

 怪訝そうな表情を浮かべる友を見ながら、袁遺は笑った。

 その言葉がある種の呪いとして昇華されたのか、やはりそうなる歴史だったのか。

 彼が袁遺の言葉通り、気の強い女性を娶ったのは、袁遺が官職についた頃だった。冀州河間郡鄚県の県尉(警察の長官の様な職)であった。

「職にもついてないくせに嫁だけもらったか」

 袁遺はそう言いながらも大いに祝福した。何にしても友には幸せになって欲しいと思ったのだ。

 

 

5 オーダー・オブ・バトル(後)

 

 

 翌朝、袁遺は朱儁のもとへ向かった。

 昨日の晩、雛里と話し合い練った策を具申するためであった。

 朱儁の陣につき、彼に面会を申し込んだ。以前同様、殆ど待たされることもなく、袁遺は上官に会うことができた。

「袁伯業、中郎将様に拝謁いたします」

「おお、伯業」

 大丈夫な朱儁は低血圧とは無縁そうで、朝からその鍾馗面は生気で満ち溢れていた。

「朝早くから申し訳ございません。右中郎将様に……」

「そういう面倒な挨拶はいいから、要件を言え、要件を」

 朱儁は手を振りながら、袁遺の言葉を遮った。遮られた袁遺は特に嫌な顔もせずに、切り出した。

「はい」

 袁遺は昨晩、雛里と練った策を朱儁に提案した。

 

 

 昨晩―――袁遺と雛里は、どうすれば、黄巾党が集団であることやできなくするかを徹底的に考えた。

 初めに思い付いた案は黄巾党の核たる張角を殺害するか捕えることだったが、張角は謎の人物で、捕虜の黄巾党もその正体については、いかな拷問でも口を割らなかった。そのため、張角本人が分からないため、この方法をとることはできなかった。

 次の考えは互いにすぐ思い浮かんだ。

「糧を断つか」

 袁遺が言った。

「はい」

 雛里が同意した。

 人間である以上、食料がなくなれば生きることはできない。

 となれば、何万人もの人間の集団である黄巾党が、一日に消費する食料は多いはずだ。それをどうやって集めたか? 決まっている。村々から略奪して集めたのだ。そして、集められたそれは、どこかに蓄えられているはずだった。それを襲い。鹵獲するか、破棄する。雛里はそう結論付けた。

 それを聞いた袁遺が、微妙な表情を浮かべながら言った。

「それだけじゃあ、足りない」

「え?」

 雛里は困惑した。袁遺の意図が分からなかったのだ。

「食料の供給元を断たなければ」

 そんな雛里に袁遺が言った。

「…………それは、村々を襲うということですか?」

 雛里が声を震わせながら言う。そこには怒りや不安、失望など様々な感情があった。

「違う。雛里、君は少し、民を……そうだな、民に甘いんだ」

 袁遺の声はどこか、駄々っ子を諭すような含みがあった。

「甘い?」

「そう、甘い。民は決して弱いだけの存在じゃない。黄巾党だって大半はもとは民だ。民、全てが一方的に搾取されているだけじゃない。そして、搾取される側も足掻く」

 袁遺の顔が厳しいものになっていた。それを自身で感じたのか。袁遺は優しげな笑みを浮かべて、子供になぞなぞを出す大人のように言った。

「俺が、中郎将様に仕える前、匪賊討伐を命ぜられたことがある。陳蘭と雷薄が従臣して間もなくの頃だったかな。今回の黄巾党のように大勢力でもない地方の匪賊討伐だ。兵は七〇〇。兵站も特に問題はなし。だけど、俺はなかなか討伐できなかった。だから、我慢した。時間をかけて情報を徹底的に集めた。そして、俺は何故、こんなに手こずるのかを理解した。何が原因だったと思う?」

「匪賊が民に頼っていたということですか?」

「そう、主に穏健派の連中が。だから、俺は穏健派の連中を排除していった。懐柔したり、殺したりしてな。そうするうちに、残ったのは官軍と虎狼のような賊だ。虎狼は官軍や援助していなかった民だけではなく、援助していた民も襲うようになった。となれば、必然、民衆はこちらを頼る。それで終わりだ」

「…………」

 雛里は何も言えなかった。

 自身が今まで抱いていた幻想を打ち砕かれた気がした。

 彼女の中で民は、ただただ虐げれらていると思っていた感が強い。しかし、現実は複雑だった。民衆は足掻いていた。その足掻きが、例え他者を犠牲にしようが、最終的に自身の首を絞めようが構わない。彼らはそれだけが、自身を救う手段と心から信じているのであった。

「ここ豫州は俺の生まれ故郷だ。幸運なことに郷里の知り合いが豫州の太守や県令をやっていてね。彼らから情報は長社に滞在していたとき集めてある。そこから、黄巾党に襲われていない村は…………」

 袁遺は地図に丸石を置いていく。

「これらだ。この近辺を根城にしている黄巾党及び匪賊を討つ。そうやって補給線を虱潰しに断っていけば、敵の兵站活動が制限されてくる。だがしかし、全軍を動かしては目立つし、時間もかかる。かと言って、細かく隊を分ければ、各個撃破のいい的だ。何か手はないか?」

 袁遺は雛里に尋ねた。

 雛里は考えた。

 こういった場合、指揮官には高い能力が求められる。彼女の主君……袁遺にその能力がないかと問われれば、答えは否だが、袁遺の部隊では兵数が少なく、かつ、兵站能力がない。そんな部隊が各地を転戦するような軍事行動を起こすことはできない。

 しかし、現状、この軍に袁遺の考えを実現するだけの能力と兵力、このふたつを兼ね備えた者を強いてあげるなら、司令官たる朱儁くらいだろう。であるが、彼がこの任につくわけにはいかない。それは全軍をあげるということであるからだ。それでは時間がかかりすぎる。

 それらを理解したうえで、袁遺は雛里に相談したのだった。

「別部司馬殿とその部隊を動かすのはどうでしょう」

「張別部司馬殿の?」

「はい」

「……」

 袁遺は黙ってしまった。

 彼にとって、全く予想できなかった提案であったからだ。

 張別部司馬とは袁遺を朱儁に推挙した張超のことで、草書の達人で、かの張子房(張耳という説もある)の末裔とされている人物だ。そして、別部司馬の役職に就き、この部隊に従軍している。別部司馬とは現代においての別働隊の指揮官(というより本軍に対して別部隊。もしくは方面軍の指令。つまり、史実における漢中方面の劉備軍と荊州方面の関羽軍)と同じと考えていただきたい。

 ただし、この軍役での張超の部隊の役割は、別働隊というより、予備兵力に近い。

 袁遺にとって予想外の答えであったのは、この点である。

 原則的に予備隊は滅多なことで投入されない。何故なら、それは最後の盾であるからだ。そして、優秀な指揮官であればあるほど、予備隊を維持することを心がける。

 その点から言って、雛里の提案は、即決できるものではなかった。

「張別部司馬殿は、戦に明るい人物ではないぞ」

 袁遺は言った。

 かつて張超に草書の手ほどきを受けたため、彼の人柄については知っていたし、指揮官としての彼も見ていた。それ故に、導き出された答である。決して無能ではないが、今回の場合には有能な参謀役と前線指揮官をつけねば、目的を達成することはできない、と袁遺は読んだ。

「伯業様の隊が従軍することができますか?」

 雛里の質問には意味がなかった。彼女が返ってくるだろう答えを知っていたからだ。

「可能だ。右中郎将様を説得することはできる」

 袁遺は、さらに、心の中で、周囲からは疎まれるだろうがね、と続けた。

 だが、よかった。これまで、袁遺は、そう言った声をあらゆるもので黙らせてきた。そして、これからも黙らせるだろう、とも思っていた。つまり、いつも通りということで、これが袁遺という男の生き方でもあった。

 だが、これでひとつの問題は解決された。

 張超は確かに、軍事的に有能であるとは言えないが、そうであるからこそ、戦慣れした者の言うことには素直に耳を傾ける。それが戦場で生き残るために有用であることを知っているからであった。

「それに……」

 雛里が口を開いた。

「ここで予備隊を動かすことは決して、悪い手ではありません」

「何故?」

「…………官軍が現在、力ある地方豪族や地方の太守から、はっきり言ってしまえば、無能と思われています」

「うん、それは俺も知っているし、否定できないとも思う。この黄巾党との戦でも両者には温度差が存在しているからな」

「はい、そんな官軍が予備隊を投入したことを豪族や太守が知ったら、彼らはどう思いますか?」

「官軍のことを、ますます無能と思うな」

「はい。ですが、それ故に、野心ある者は、それを名をあげる機会だと思い奮起するはずです」

「なるほど、つまり、この戦で、将来、敵になりうる者の見極めをしろというのだな?」

「それもありますが、官軍だけでは、この戦を支えきれません。豪族や太守からの協力は必至です」

「まあ、官軍が無能でやる気をなくすような太守は、とっくに逃げ出しているだろうし、豪族は既得権益を守るために必死だ。つまり、尻についた火を大きくしてやろうというわけか。分かった。それで、いこう。具体的に仕上げていくぞ」

 

 

 袁遺の話を聞き終わった朱儁は、苦虫をつぶしたような顔をした。

「……つまり、別部司馬と威力偵察部隊ひとつを本隊から切り離すということか」

「はい」

 気の弱い者なら確実に縮こまるであろう強面を袁遺は流した。

 その態度を見て、朱儁はいっそう不機嫌な表情を作り、鼻を鳴らした。

「そのふたつを失えば、どれほど戦力が低下するか、などと言っても、お前はわしを説得するだけの理由を持ってきたのだろう? 言え」

「はい、単純に別働隊が敵を陽動すると考えていただいて結構です。補給をつぶされるわけにはいかない敵はこちらを狙うはずですから、本隊自体の負担は軽くなります」

「それは戦略的見地からで戦術的には予備隊を切り離すことについての理由にはならん」

「はい、そうでしょう。予備隊については、切り離す以上、必ず再編していただかねばなりません。再編について腹案がありますが、いかがいたしましょう?」

「言え」

「騎兵を八〇〇を予備隊にあててください」

「騎兵を、か……」

「運用の違いですので。前線部隊の兵力が不足し、敵がそちらに一点集中、それに耐えられなくなった場合、その後方に予備隊を投入してください。そして、敵を撃退した後、後方に下がらせる」

「それ故に、機動力と打撃力を有する騎兵か」

「それに、数では黄巾党の方が多いのです。これから何か手を打たねばならなくなります」

「確かにな」

 朱儁は迷った。

 予備隊を投入しても敢行するだけの魅力を持った提案であったためだ。

 袁遺の言う通り、黄巾党の数は朱儁の軍より多く、彼らは徐々に集まってきている。このままでは数で押し負ける。そうなる前に糧を断つのは悪い手ではなかった。

 そう思いながらも、朱儁が決断できない理由は現在の部隊の人材に問題があったからだ。地方の豪族や太守から官軍は無能と言われており、先にふれたように袁遺自身もその評価は的外れなものではないと思っている。実際その通りであった。その中で、袁遺や朱儁、皇甫嵩といった者たちは稀な無能ではない人材であった。

 そして、朱儁にとって、袁遺は、かなり使い勝手のいい人材だった。

 そのため、袁遺が意見具申に来たとき、すぐに取り合うようにしていた。周りからの讒言も取り合わなかった。そう言った声は、袁遺という男を考えれば存外に少ない。推挙された理由が人徳と文学的才能であった所以だった。そして、その残り少ない声も袁遺が殆ど黙らせてきた。

 つまり、数少ない有能な指揮官をここで別行動させるのを朱儁は嫌ったのである。

 しかし同時に、袁遺と同様、こういった別働隊の任務を任せられる人材が袁遺しかいないことにも、すぐに気付いた。

「わかった。別働隊を出す。しかし、そこから先はうまくやれよ」

「ありがとうございます。お任せください」

 命令はすぐに発せられた。

 編成の腹案と具体的な計画も昨晩の内に袁遺と雛里によって練られている。後は袁遺がうまく上官で、かつての恩師である張超を御するだけであった。

 袁遺は、ふと、そのかつての恩師が下した自身の評価を思い出した。

 張超はかつて、袁遺の人徳を絶賛した。それは間違いではなかった。袁遺は人格者である。しかし、戦争において、彼は高潔さのかけらも持ち合わせていなかった。何故なら、そういった人物こそが戦場において求められているからである。でなければ、人に人を殺せと命じることも、人を死地に追いやることもできない。

 戦場で指揮官に求められるのは高潔さではなく、効率性だった。

 いかに自軍の犠牲を減らし、敵軍を多く破るか。それにつきる。

 そのような行為を平気で行う者が人格者であるはずがなかった。しかし、平気で出来る袁遺は人格者だった。

 矛盾である。

 だが、袁遺は、人間なんてそんなものだと思った。

 性善説と性悪説、そのどちらが真理か、などということは、どうでも良かった。人間は善でもあり悪でもあるのだ。

 

 

 袁伯業、自己の消失から、相も変わらず矛盾と共に生きてきた。

 




補足

・朱儁は後世の創作において、
 横○三国志とその原作に当たる吉○三国志。どちらも名作です。

・子路
 子路は字であり、姓は仲、名は由であるが、論語では字で言及されることが多い。季路と呼ぶ場合もある。
 孔子の弟子あり、壮絶な最後を遂げる。
 余談であるが、孔子の弟子の中ではこの子路と子貢が好き。

・彼は、宦官として生き恥を晒せないが、史記を完成させるまで死ぬに死ねないとまで言っている
 任少卿に報ずる書より。名文です。

・内は忌にして外は寛、猜忌にして権変多し
 外見は寛大な人物に見えるが、中身は陰険で、疑り深く陰謀を好む。
 ふつう、顕彰すべき正史でこんなこと書かれるか!?
 一応、感情を表に出さず、臨機応変である、みたいな好意的な解釈もできなくはない……できなくないよな? 無理あるような気もする。

 あっ、今回、補足とは名ばかりで自分の感想しか書いてない。まあ、いいか。

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