異・英雄記   作:うな串

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なんか、こう色々長くなってしまった。申し訳ない。


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16 愚者の足掻き

 

 

 どんよりと曇った空、湿気を多く含んだ空気が持つ独特の身体にまとわりつく感覚と匂いで、雛里は雨を予感した。

 そして、そんな今にも雨が降りそうな空模様に雛里は自身の心の内を重ねた。

 彼女も今、洛陽に流れる噂を知っていた。

 袁紹は平原で未だに人気のある劉備を恐れている。彼女が兵を率いて黄河を渡り、攻め上れば平原の者は皆、劉備に味方し大変なことになる。対して、袁紹は袁遺のことを恐れていない。袁遺の戦い方は全て見通しており、対処しやすいと思っている。

 間違いなく袁紹陣営が、雛里の主である袁遺から軍権を取り上げようとするために流した噂であった。

 そんなことは雛里も分かっているが、同時に噂、流言の恐ろしさも分かっている。

 一体、言葉は名臣、功臣、良将をどれほど失意に突き落としたか。どれほど殺してきたか。

 そして、不信感も彼女の中でより大きくなっていく。

 袁遺の軍権を受け取るだろう劉備の軍師は、共に同じ師の下で学んだ親友の諸葛亮である。その聡明さは知っているし、誰よりも評価している。彼女の戦略家としての能力は袁遺、司馬懿に匹敵すると雛里は思っている。

 そんな諸葛亮が袁遺から軍権を取り上げることの危険性を理解できないとは思えない。

 しかし、諸葛亮は何も動かない。雛里が諸葛亮なら、自分や公孫賛との伝手を使って袁遺と早期に接触し、劉皇叔に袁紹の流言に乗るつもりはないと弁明している。

 それがないということは劉備は袁紹の企みに乗って、袁遺から兵権を奪取しようというのか。そして、兵権や漢王朝を維持できると思っているのか。

 朱里ちゃんなら、絶対に楽観的に考えない。

 雛里は考える。

 朱里ちゃんは軍権の奪取なんて望まない。きっと劉皇叔の回復した名声を傷付けずに、洛陽から脱出して、董司空や袁太傅……ううん、伯業様の影響が薄い益州で独立を果たそうとするはず。

 もし雛里が劉備の軍師であったなら、諸葛亮と同じ策を取っていただろうし、もし共に仕えていたなら、諸葛亮に賛成していた。

 問題は伯業様が何を考えているかだけど……

 物事は一面だけ見ていても仕方がない。雛里は視点を自分の主の方に移した。

 袁遺は噂について、いつもの無表情で参謀部や将や兵たちの前で、

「噂に惑わされず、職務を全うして欲しい。動揺は袁紹に付け込まれる隙になる」

 と言っただけだった。

 そして、袁遺は皆に範を示す様に、後将軍として参謀部が作った袁紹との戦争計画を確認し、何かあれば指示をし、また、洛陽令として政務をいつも通り行っているだけだった。

 だから、雛里も与えられた執務室で、ひとり、軍の進軍計画を立案しているところだった。

 伯業様なら漢王朝にとって最も利益となることを選択するはずだけど……

 雛里は思考を走らせるが、袁遺がどんな手を打つか読めない。利益となるなら劉備に軍権をあっさり譲りそうだし、逆に利益とならぬなら劉備を全力で排除しそうでもある。

 この場合、劉備に軍権を譲っても利益はない。

 しかし、排除するといっても、どのように行うか雛里は読めなかった。

 劉備を政治的、軍事的に完全に関わらせないようにするにしても皇帝をいかに納得させるか。それが問題だった。

 自分ならと、いくつかの策略を並べてみるが、雛里には妙案が思い浮かばなかった。

 だが、この手の策略を主の袁遺は得意としている。雛里には思い付かない手を取ることは十分に考えられた。

 そう思った雛里の脳裏によぎったのは晒された三つの首だった。

 袁遺は、張譲、封諝、段珪の宦官三人を葬っている。同じ様に劉備たちの首を並べる可能性を雛里は否定できなかった。

 雛里の鼓動が速くなる。呼吸は浅く、背筋に冷たいものが走る。雛里の中で冷徹で残酷な理性と愚かな温情からなる良心がせめぎ合っていた。

 もし、袁遺が諸葛亮を殺したとき、雛里は今まで通り袁遺を敬愛して仕えることができるかどうか不安であった。

 しかし同時に軍師としての部分が、もしそうなったときの袁遺を肯定的にとらえていた。

 劉備は反董卓連合に参加している。その過去を水に流して受け入れたのに袁紹の企みに乗るのなら、それは裏切り行為でしかなかった。劉備が袁紹の味方をするなら、殺すことも視野に入れなければならない。

 思考の海を漂っていた雛里の意識を現実へと引き戻すものがやって来た。

「士元殿、相談したいことがあります。よろしいでしょうか?」

 扉の向こうから声が掛けられた。典雅な響きを持つ声だった。

 雛里はすぐにその声の主が誰か分かった。

「仲達さん、どうぞ」

「失礼します」

 司馬懿が扉を開けて入ってきた。

 穏やかな物腰で、上品な雰囲気を漂わせている。彼も普段と変わらなかった。袁遺の言葉を忠実に守って、職務に邁進していた。

「それぞれの勢力に指示する行動基準について、進軍計画とのすり合わせを行いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 仲達が言った。

 彼は冀州へと攻め込んだ際、幾人かの参謀たちと共に曹操の軍へと派遣され、作戦指導を行うことになっている。そこで曹操軍に与える任務は今、雛里が立てている行軍計画と重要な関係があった。

「わかりました」

 雛里は司馬懿に気付かれないように気を引き締めた。

 ふたりはある共通の意識を持っていた。

 袁遺は大まかな構想は示している。それを煮詰めていくのがふたりの、そして参謀部の仕事であるが、司馬懿と雛里は袁遺の構想から優れた部分を読み取り、自分の軍略、その血肉としようとしていた。

 各諸侯やその軍師が袁遺の戦術を研究しているが、最もそれを精力的に行っているのは、その袁遺本人の軍師たちであった。

 ある程度、話がまとまったところで、雛里はふと漏らした。

「伯業様はいったい何を考えていらっしゃるのでしょうか……」

「……さあ、私にはわかりかねます」

 司馬懿がそれを拾った。

 雛里は司馬懿の顔に視線を移した。

 穏やかで気品ある顔である。しかし、それが鎧われたものであることを雛里は理解している。

 そして、袁遺の意図がわからないと言ったことも嘘であることも理解している。

 君主たる者、自分の真意を全く理解しない者を嫌うが、同時に自分の真意を全て理解する者も嫌う。

 何故ならば、主の真意を全て見通している者の言葉は主の言葉と同等の価値を持つようになるからだ。

 ここで司馬懿が雛里の質問に答え、それが正しかったとき、雛里はまた袁遺の真意がわからなかったときに司馬懿に尋ねるようになる。

 それはもう司馬懿の言葉を袁遺の言葉と受け取っていると同義である。

 そうなれば、袁遺は司馬懿のことも雛里のことも絶対に許さないだろう。

 だから、司馬懿は嘘をついている。雛里は断定した。

「もう二度と伯業様の胸の内を尋ねるような真似はしません。それに口外も致しません。ですから、お教えいただけないでしょうか?」

 しかし、雛里は食い下がった。

 その理由は自分でもわからない。親友が関わっているからだろうか。袁遺のことを心の底から心配しているからだろうか。わからないが、いてもたってもいられないのだった。

「士元殿、袁紹陣営が流した噂が陛下の耳に入らないようにする策は何かありませんか?」

 穏やかな声だった。

 しかし、雛里には槍の穂先を突き付けられたような気がした。

「……ありません。人の口には戸が立てられません」

 それが答えだった。口外しないと気を付けても、絶対に袁遺の耳に入らないという保証はなかった。

「そ、それでも……」

 それでも雛里は引き下がることができなかった。その目には決意の光があった。

「わかりました。士元殿、もし私が答えたら、私の質問に答えていただけますか?」

「は、はい!」

 雛里は即答した。何を聞かれることになっても構わない。

 仲達は視線を窓の外に移した。

 空模様は相も変わらず、雨が降りそうだった。

 そして、口を開き話し始めた。

「伯業様、そして袁太傅は、おそらく劉皇叔に軍権が渡ることを阻止するのを諦め、できるだけ素早く取り返すことにしたのだと思います」

 雛里はそれを一言も聞き洩らさないとばかりに真剣な面持ちで聞いた。

「陛下に皇叔討伐の命を出させるでしょう」

「やっぱり、皇叔の殺害も視野に入れておられるのですね。でも、討伐の勅命なんでどうやって?」

「皇叔に軍権が移れば、各地で叛乱、独立が起こるのは目に見えています。すると彼女はそれを討伐に行かなければならない。皇叔が洛陽を空けたときに、宦官なりに劉備に野心ありと陛下に吹き込ませる。遠方にいる皇叔は弁明もできず、陛下の心に不信感が育つことになる」

「へ、陛下は皇叔を気に入っておいでですが……」

「陛下が皇叔に軍権を委ねるのは、武帝が衛青(えいせい)霍去病(かくきょへい)を登用するのと同じだと思いますか?」

「そ、それは……」

「噂がなければ、陛下は気に入っているとはいえ劉備を登用しようとは思わないでしょう。つまり、そこに確固たる意志も堅牢な思考もないのです。おそらく、あるのは不安でしょうが、ともかく意思がないということは、また別の流言飛語に惑わされることになるでしょう」

 皇帝批評にも取れる司馬懿の言だが、それに雛里は頷けた。

「反董卓連合にしても、今回の袁紹陣営の流言しても皇叔は董司空にも伯業様にも何もしなかった。いえ、むしろ、おふたりの不利になることをしている」

 劉備に罪はない。

 しかし、反董卓連合が起きたとき、董卓にはいったい何の罪があった? 袁遺が軍権を取り上げられようとしているのは、いったい何の過失があってか?

 罪も過失もない。あるのは悪意と謀略だけだった。

 繰り返して言うが劉備に罪はない。だが、劉備はその悪意と謀略に乗った側の人間である。

 なら、これは劉備に因果が帰ってきただけの話かもしれないが、雛里の良心が反論することを求めた。

 だが、言葉が出てこない。口の形が無意味に変わるだけだった。

 そんな雛里に、司馬懿は今までにないほど優し気な表情を作って言った。

「安心……できるかどうかわかりませんが、私の言葉に反感を抱くのは正常なことです。やられたらやりかえすというのは不健全なことですから。そして、おそらく伯業様もそう思っているはずです。ああ、いや、伯業様ならもう少し自虐的な表現をしているかもしれませんね」

「え……?」

「品のない表現で申し訳ないが、伯業様の今回の皇叔への対応は、漏れそうだから便所に駆け込む程度の意味しかありません。それなのに自分たちだけが良いことをしていると信じられるはずがありません」

 そして、自虐的に口元を一瞬だけ歪ませてから続けた。

「危機が迫った状況で、伯業様や太傅……いや、伯業様に効果的な進言をできていない私も含めての愚かさと限界から生み出された足掻きでしかなく、他の手段を考えるほど賢くなかっただけです」

 袁遺ならば、こう表現するだろう。

「人の世などは所詮、無限に近い愚かさとほんの僅かな気高さのみで構成されているんだ。その愚かさを少しばかり増やしたところで、何をどうだと言うのだと開き直っている。厚顔無恥とはまさにこのことだし、他人に侮蔑されて当たり前だな」

 司馬懿の視線は未だ窓の向こうを捉えたままだった。雨はまだ降っていない。

「ただ、あなたがそういう反応を取るということは董司空も同じような反応をするのでしょうね。劉皇叔に何の罪がと。そして、太傅なり伯業様にこう返される。後将軍の軍権が取り上げられるのは何の罪があってと」

 雛里は月のその先の行動を簡単に予想できた。自分と同じだ。反論しようにも言葉が見つからず、結局黙ってしまう。そして、おそらく董卓側の武将も同じような反応だろう。

 司馬懿は、話を戻しましょうと言ってから続けた。

「軍を一時的に掌握するとはいえ、皇叔は伯業様以上の信頼を兵から得られない。兵が最も信頼し尊敬する指揮官は、自分を生きて戦場から故郷へと連れ帰った指揮官です」

 その点だけはどうやっても、劉備が袁遺に敵わないことだった。

「それに太傅なら劉太尉を抱え込んでいるはずですから、太尉として皇叔の軍権に圧力をかけることもできる。どんな汚れた手段であっても名分さえ立てば、伯業様はあっという間に兵権と軍を取り戻すでしょうね」

「問題は、兵権を取り戻すまでの時間と叛乱・独立の規模ということですか?」

 司馬懿は首を縦に振った。

「愚見ながら、これが私の予想です。外れているかもしれないし、そもそも皇叔が袁紹の企みに乗らねば何の問題もないのですが……」

 だが、雛里は思った。仲達さんの予想はおそらく当たっていると。そして、親友の顔を思い浮かべた。

「さて、今度は私の質問に答えて頂けますか」

 思考の海を漂っていた雛里の意識を仲達の言葉が現実へと引き戻した。

「何でしょう?」

 雛里は姿勢を正した。

「伏龍先生についてです。なんでもその才は管仲・楽毅に比するとか」

 雛里は仲達の言葉を肯定した。親友の力量を疑ったことはない。

 先程まで、ずっと視線を窓の外へと向けていた仲達のそれが雛里を正面からとらえた。

「では、そんな伏龍先生は伯業様や太傅の考えを見通せると思いますか?」

「それは……できると思います」

 ほう……とため息とも取れるような声を司馬懿は漏らして、続ける。

「それでは、伯業様と太傅の意図に気付いているなら、諸葛先生はどのような手を打ってくると思いますか?」

 陰謀の香り漂う話題でも、その声からは品の良さが感じられた。

 だが、雛里にとって今はその上品さが何よりも不気味で恐ろしかった。

「……考えられるのは、この洛陽から逃げ出すことです」

 雛里は誤魔化すことができなかった。司馬懿の洞察力に嘘を見破られるのではないかと雛里は怖かった。

 それに雛里は、尋ねている司馬懿が諸葛亮が採るべき策を予想できないとは思えなかった。

「それも、できるだけ回復した名誉が傷付かないように。そして、伯業様の影響が薄い益州辺りで立て直しを図るのではないでしょうか」

 だから、正直に答えた。

「なるほど……」

 仲達は少し考え込んでから、改めて口を開いた。

「私も同意見です。劉皇叔の最終目的が何であれ、野心を捨てきれないなら、洛陽で伯業様から軍権を奪おうとするより、地方で独立した方が楽なはずです」

 彼は穏やかで品がある様子でまっすぐ雛里を見据えて言う。

「だがしかし、私とあなたが読めているということは、間違いなく伯業様も諸葛亮の意図を読んでおられる。そうなると、おそらく……」

「洛陽から脱出したい皇叔陣営と逃がしたくない伯業様で争いが起こる?」

「……どうでしょう?」

 司馬懿は曖昧な笑みを浮かべた。

 雛里の胸にあった暗澹たる思いが強くなった。

 彼には自分が見えていないものが見えている。雛里はそう思った。

「ただ、伯業様はすでにお示しになりましたよ」

「何を……?」

「噂に惑わされず、職務を全うして欲しい。つまりは、そういうことです」

 主が口にした命令を、そのまま言う司馬懿に雛里は言葉を飲み込んだ。

 本当は、それってどういう意味ですかと尋ねたかったが、司馬懿の放つ雰囲気はこれ以上、語ることを拒否していた。

 ただ、窓の外に視線を再び移して、

「雨が降ってきた」

 ポツリと呟いた。

 

 

 同じ頃、皇帝・劉弁は宦官に尋ねた。

「近頃、袁紹が玄徳を恐れているという噂があるが、それは本当か?」

 噂好きというのはどこにでもいる。それはもちろん皇宮もそうである。宦官や女官たちの中で、そういった趣味な者が、こんなに楽しいことはないとひそひそと話し合うのである。

 そして、雛里の言った通り、人の口には戸が立てられない。噂はいつしか必ず皇帝の耳に入る。

「はい、そのような噂があるようです」

 宦官は答えた。

 聡明な宦官だった。

 皇帝のそれは一見質問であったが、その実はただ同意を求めているだけである。

 それを聞いた劉弁は破顔した。そして、心の中で思った。

 桃香に軍を与えて袁紹を倒してもらおう。

 このときの皇帝の心理は司馬懿の言った通りだった。

 確かに彼女は軍権を劉備に与えようと思ったが、その理由は寵愛からではなく、袁紹が恐れているという噂が根拠だった。

 劉弁は不安なのだ。

 彼女の人生で安定と呼べる時期はとても少ない。黄巾党の乱、反董卓連合、黄巾の残党の蜂起、袁紹の河北統一、徐州の叛乱と常に叛乱と戦が続いていた。それは漢王朝が亡国の縁に立たされているということである。

 漢が滅んだら自分はどうなる。それを考えると劉弁は心が散り散りに乱れた。

 秦の子嬰(しえい)は、項羽に一族もろとも殺された。新の王莽は殺された後に体を八つ裂きにされた。孺子嬰は更始帝に殺されたし、その更始帝も赤眉軍に殺された。漢が滅びたら、自分もきっと殺される。嫌だ、死にたくない。

 不安で不安で仕方がない彼女は、ともかく何かをやりたいのである。

 何か漢が滅びない手を、何か自分が生き残ることをやっているという実感が欲しいのだ。だから、彼女は劉備に軍を渡そうとする。

 そこには論理的な思考は一切なかった。例えるなら、溺れてパニックに陥った者が、意味もなく手足をバタバタと動かしているようなものである。

 しかし、劉弁はそれこそが自分が生き残るための最良の手段だと信じていた。いや、信じ込んでいた。

 だから、酷く厄介だった。

 皇帝という絶対権力者が最良と信じ込んで、分別を失っているのである。止められる者はいなかった。

 袁遺にも劉備にも時間はなかった。

 

 

 劉備の志の出発点は、困っている人たちを助けたい、ただその思いだけであった。

 だから、董卓が洛陽で幼帝を傀儡として悪政を行い庶人を苦しめていると聞いたとき、彼女は連合に参加することにした。

 だが、実際は董卓は暴政を行っておらず、連合は袁紹を中心とした東側の諸侯の嫉妬と野心によって起きた茶番劇だった。

 そのことを知ったとき、劉備は後悔した。

 劉備は袁術ほど鈍くもなければ、曹操ほど冷酷でもない。

 事実無根の罪を信じて、連合に参加して攻撃した董卓や袁隗に助けを求めることを恥じていたし、申し訳ないとも思った。

 しかし、それでも……それでも消えないものが彼女の中にあった。

 困っている人たちを助けたい、その思いだけは消えなかった。そして、それを為したいと思った。

 劉備は領地も軍も失った。皇叔といわれているが、何か権限があるわけでもない。

 劉備は思う。

 確かに、自分は愚かだった。考えが足りず、ただ感情の任せるままに連合に参加して、罪なき人を陥れる様な真似をした。乱世を深める様な真似をした。

 だけど、他の人は?

 袁術は連合を混乱させるようなことをやって、そこからはまともに戦わず、さらに連合を一番に抜けて連合を崩壊させる要因を作った。

 しかし、彼女は列侯に取り立てられた。

 曹操も似たようなものだ。連合に参加しながらも、兗州牧、建徳将軍の官位が授けられた。

 彼女たちと自分の違いはなに? 袁遺と知り合いなこと? 兵を多く持っていること? それとも運?

 劉備は、思いだけではだめだと誰かに言われたような気がした。

 そんなときだった。その噂を耳にしたのは。袁紹が劉備を恐れていて、劉備が軍を率いることを警戒していると。

 もちろん、これが袁紹側の策であることを劉備はすぐに理解した。袁紹が自分を恐れる理由なんてどこを探してもない。

 同時に、あんなに自分のことを気に入っている陛下なら、もしかしたら噂を信じて軍権を渡してくれるかもしれないとも思った。

 そして、もし皇帝から軍権を与えると言われたら、劉備は受けようと思った。

 現状、劉備は飼い殺し以外の何ものでもない。それは劉備にとって望んでいないことだったし、苦痛だった。自分は豪奢な生活をするために戦ってきたのではないと心が叫んでいた。

 しかし、それを仲間に打ち明けたとき、ひとり血相を変えて異を唱えた。

 諸葛亮だった。はわわ、という口癖から叫ぶように言った。

「か、考え直してください! 噂は袁紹陣営の流言です! 洛陽でいざこざを起こして南下の足掛かりにしようとしているんです!」

 驚きと憤慨と恐怖と忠義、孔明自身でも、どのくらいの感情が込められているかがわからない声だった。また、その表情も同様である。

「……でも、私、このままじゃダメだと思うの」

 一瞬、諸葛亮の剣幕に怯んだ様子だった劉備だったが、自分の思いを伝えるように真っ直ぐ諸葛亮を見据えて口を開いた。

「私は贅沢な暮らしがしたくて義勇軍(仲間)と一緒に立ったわけじゃないの。だから、このまま何もせずに過ごすなんてできないよ!」

 劉備が言った。

 周りを見れば、関羽も張飛も趙雲も劉備を諫める様子はなく、むしろ似たような心境であることが読み取れる表情だった。三人も劉備同様に、飯の美味い監獄に容れられている如きこの現状を打破したいと思っていた。

 彼女たちは劉備の考えに共感して劉備と共にいる。その点は諸葛亮も同じである。

 しかし、三人は諸葛亮に比べれば近視眼的であった。さらに三人は袁遺の武将のことを過小評価し過ぎていた。

「確かに、袁紹の流言であるが、それがわかっていれば十分に対処ができるのではないか?」

 関羽が言った。

 三人の中で特に関羽が袁遺の将を過小評価していた。

 仕方がないと言えば仕方がない。関羽にしろ、張飛にしろ、その武勇は万の兵に匹敵する(万人敵)。張郃ならともかく陳蘭や雷薄など、関張のふたりならば、一撃で斬り捨てるだろう。彼らは関羽と張飛からすれば雑兵に毛の生えたような存在にしか思えない。

 だから、雑兵にできることが自分たちにできないとは思わない。

 しかし、諸葛亮は違う。

 笮融の討伐のときに袁遺とその配下の将や軍師、参謀がやってみせた―――洛陽から徐州までをただ行軍したのではなく戦略的に展開した―――ことの異常性を理解している。

 袁遺は戦場で部隊に戦闘隊形を取らせるかのように、洛陽から徐州という四八八キロ離れた戦域でそれをやってみせた。

 そんな真似は劉備軍はおろか曹操軍も孫策軍も不可能だった。

 ただし、諸葛亮はそのことを今ここで言うつもりはない。問題はそうではないのだ。

「そうじゃないんです。軍権を握れば殺されますよ!」

「殺されッ!」

 剣呑な言葉にその場の皆が息をのんだ。

「どうやって?」

 趙雲が尋ねた。

 彼女は比較的落ち着いた顔をしていた。性格によってもたらされた余裕であった。

「袁遺さんから桃香様へと軍権が移れば、各地で独立や叛乱が起こるはずです。それを討伐するために都を空けている間に宦官なり何なりを使って、陛下に皇叔に野心ありと吹き込み、桃香様の討伐の勅命をいただくはずです」

 雛里の予想通り諸葛亮は袁遺と袁隗の企みに気付いていた。

「そ、そんな……けど、陛下と私は―――」

 陛下と私は仲が良いから、それに類する言葉を吐こうとしていた劉備を遮って諸葛亮が言った。

「桃香様、私たちは反董卓連合に参加したんですよ。そのことを突けば陛下と桃香様の信頼にひびを入れることは十分にできます」

「……」

 重苦しい空気が場を支配した。

 諸葛亮以外の者も納得がいったのだ。

 それに諸葛亮は各地の独立・叛乱を袁遺ほど素早く討伐できないことをわかっているから、陛下に吹き込む内容も予想できた。

 劉備は反董卓連合に参加しました。あの袁紹と同じなのです。それに軍権を得た劉備はだらだらと軍を動かすだけで、賊を討伐しません。劉備は賊が陛下を討つのを待っているのです。そして、その後で陛下に成り代わり帝位に就く気です。

 軍事的知識のない劉弁はそれを鵜呑みにするだろう。

 袁遺は常識外れの速度で徐州での叛乱を鎮圧したのである。その異常性を理解できない皇帝は、袁遺より遅い劉備を見て不信感を抱くはずだ。

 そもそも、まともな知識があるなら袁遺から軍権を取り上げるなんて判断は絶対にしない。袁遺から軍権を奪うということは万里の長城を壊すに等しいことである。

 そして、その讒言から劉備を庇ってくれる人はいないだろう。

 劉備の皇帝との面会は袁隗によって整えられたのである。そのおかげで皇叔と認められたのだ。なのに、袁隗の甥の袁遺を追い落とすことは袁隗の顔に泥を塗るようなことである。

 それは親袁隗派の名士が多い洛陽では致命的な袁隗への裏切りだった。

 事実、軍事には疎いが政治的嗅覚は鋭敏な劉虞は、劉備の動きが鈍いと見るや否や袁隗に接触し、自分には劉備と共謀して軍権を奪取するつもりはない、と立場を鮮明にした。また、劉備を招き入れるきっかけを作ったことを謝罪した。

 お飾りの太尉であることを自覚しているが、たとえお飾りはお飾りでも太尉である。軍事関係の政争に巻き込まれた場合、酷いことになるのは目に見えている。

 だから、劉虞は立場を鮮明にして、北方の異民族を動かすという価値が自分にあるうちに劉備を引きこんだことの失策を手打ちにしておいた。

 そのため、公孫賛から頼まれて、劉備の洛陽入りのきっかけを作ってくれた劉虞が讒言から劉備を庇う気はなかった。

 結局、反董卓連合に参加したことによって受けた汚名は回復されつつあるが、そんなものは董卓と袁隗によって与えられたものだ。

 袁隗たちがその気になれば、容易く吹き飛ぶ風評である。

「お姉ちゃんは何も悪いことをしてないのに、そんなのひどいのだ!」

 張飛が叫んだ。

 義姉の関羽も言葉には出さないものの憤りを隠していない。

「董卓さんは何も悪いことをしていないのに連合に攻められて、袁遺さんも何も悪いことをしていないのに軍権を取り上げられようとしています」

 諸葛亮が言った。

 そのどちらも始まりは袁紹によるものだったが、劉備はどちらにも加担した。

 ならば自業自得だったし、そもそも善悪など容喙しようのない問題だった。

 しかし―――

「で、でも、ずっとこのままは嫌だよ……」

 劉備は諦めきれなかった。

 噂を聞いたとき、諸葛亮はこうなることを簡単に予想ができた。そして、それを利用しようと思った。

「……桃香様、ひとつだけ手があります」

 どんなに考えても、それしか手がなかった。

 劉備が大人しくしても、いつか必ず限界が来る。なら、破滅を先延ばしにするのではなく、どんな手を使っても洛陽から脱出するしかない。それをわかっていたから、ある程度の準備を進めてきたが、こんなに早く実行する羽目になるとは諸葛亮は思ってもいなかった。

 諸葛亮も袁遺たちと同じだった。

 自分の限界の中で足掻くしかなく、いくつかある愚かな選択肢から最もマシなものを選ぶしかない。

 どんなと劉備が尋ねた。

 それに諸葛亮が返す。

「噂に対して私たちが何も動かなければ、白蓮さんや劉太尉が焦るはずです。おふたりの厚遇は現在の戦況や外交状況が最も見えている袁遺さんの意向が強く反映されたものです。だから、袁遺さんが失脚するとおふたりの立場も怪しくなります」

 ふたりの尽力で劉備は洛陽へと入ることができた。それなのに諸葛亮は恩を仇で返そうとしている。

「ですので、おそらく白蓮さんが桃香様に袁紹陣営の策に乗ることを思い留まる様に説得に来るはずです」

「白蓮殿なら十分考えられますな」

 趙雲が漏らした。

 お人好しの公孫賛なら、袁紹にやられたところを助けてくれた袁遺や、劉備を助けるのを協力してくれた劉虞に害が及ぶことにならないように動くはずという確信が、この場の皆にあった。

「そのときに洛陽脱出の手引きを頼んでください」

 そして、お人好しだからこそ劉備を死地に追いやる真似もできない。袁遺や劉虞に害が及ばず、劉備も死なないような選択肢を間違いなく取る。

 諸葛亮の提案を聞き、劉備は苦しそうな顔をした。友人であり恩人である公孫賛を巻き込むことを苦悩しているのだった。

 しかし、諸葛亮は良心を痛めなかった。というより、そんな余裕がなかった。

 諸葛亮は劉備が苦悩しながらも自分の策略を選ぶことを予想できた。友人を巻き込むくらいなら―――と引くことができるなら、もっと早い段階で納得して大人しくしているはずだ。

 ふと、諸葛亮の脳裏にひとりの少女の顔が思い浮かんだ。

 雛里ちゃん……

 劉備が友人が不利になるようなことをしなければならなかったように、諸葛亮もまた雛里が不利になることをしなければならない。

 劉備は諸葛亮の予想通りに彼女の策に乗った。

 そして、これも予想通りに公孫賛が訪ねて来て劉備に、

「まさか袁紹の企みを利用しようとか考えてないよな?」

 と尋ねた。

 公孫賛の顔はあからさまに不安の色を帯びていた。

 諸葛亮はそれを見たとき、公孫賛の方は問題がないと思った。

 その不安を上手くコントロールしてやれば、こちらの頼みを飲ませることができると冷徹な軍師の思考を巡らせていた。

 窓の外を見れば天から雨粒が落ちてきて、ポツリポツリと地面を濡らしていた。

 

 

 雨は明け方には止んだ。昨日、雨が降ったのが嘘のように感じる晴天が顔をのぞかせていた。雨が降ったことを思い出させるのは、ぬかるんだ地面くらいだった。

 その泥を巻き上げて、軍装に身を包んだ男共がぞろぞろと歩く。

「いいか、あれが雲台だ」

 その男たちを率いて先頭に立つ公孫賛が声を張り上げ言った。

 それに兵たちはポカンと口を空けて、高所に作られた壮麗な建物を見上げた。おのぼりさんという風である。

「あそこには世祖(光武帝)と共に漢の再興に尽力した二十八人の将の像が描かれている」

 公孫賛は続けて言う。所謂、雲台二十八将のことである。

 兵たちは圧倒された様に、はぁ~とため息の様な感嘆の声を漏らした。

 余談になるが、雲台の隣の東観では袁遺の推挙人である張超も参加している史書『東観漢記』の編纂が行われている。

「次は九龍門前で嘉徳殿を拝むぞ。皇帝陛下のお住まいだ」

 その言葉に兵たちの間に歓声が沸いた。そして、ぞろぞろと動き出す。

 そんな兵たちに気付かれないように公孫賛はため息をひとつ吐いた。

 緊張感が彼女の中にあった。

 公孫賛は袁遺の手によって、平時は宮殿を守り、戦時では戦車や騎兵を指揮する中郎将の官職にある。

 一緒に逃げて来た劉虞が太尉の官位を手に入れたが、事実上の軍務、軍政を袁遺が取り仕切っている様子を見たとき、公孫賛は自分の中郎将も形だけの任官かと思った。

 しかし、予想に反して兵の補充は行われるし、後将軍府から参謀などのスタッフがやって来て、部隊の編成にも協力してくれている。

 それは飼い殺しではなく、まともな扱いだった。

 袁遺が、袁紹との戦いで人員はいくらあっても足りない状況で、飼い殺しにする部隊に兵を回すなどという無駄なことをする男でないと公孫賛は思っていた。

 となると、自分にも活躍の場が与えられるのではないか。そんな期待が彼女の中にはあった。

 それは事実であった。

 軍事が苦手で皇族として厚遇されることが半ば約束されている劉虞と違い。公孫賛の出自は決して高貴とは言えず、それなりの地位を与えて飼い殺しにしておくのでは満足しない。

 それなら、いっそのこと部隊を編成して戦いに出せば、飼い殺しを避けるために、また、現在の漢王朝での出世を求めて懸命な働きを見せると予想した袁遺の人事だった。彼らしいといえば彼らしい。

 ただし、それは劉備には適用されなかった。

 彼女は皇族であり、戦場で万が一のことが起これば、とてつもなく面倒なことになるのが目に見えている。

 もしかしたら将来的に、劉備と袁隗、董卓、袁遺は互いに何らかの折り合いをつけることになったかもしれなかったが、郭図の流言がそれを許さなかった。その点でいえば、彼の策略は効果的に漢王朝内を破壊していた。

 話を公孫賛に戻して、彼女はその補充された新兵に洛陽の宮城内を案内しているのだった。

 主に長安で募集された元流民が多い新兵の中には初めて洛陽に来たという者が殆んどである。

 平時は宮殿を守る中郎将の部隊の兵がそれではよろしくないと、こうやって案内しているのだが、別の目的が彼女にはあった。

 彼女が案内している新兵の中には劉備が平原から共に逃げて来た兵たちが含まれていた。

 

 

 公孫賛が件の噂を聞いたとき、それを一笑に付した。こんな見え見えな策に桃香が引っかかるわけないだろう、と。

 だが、すぐに本当にそうかと思い直した。

 桃香―――劉備はときたま、とんでもないことを平気ですることがある。まさか、今回もと考えて、公孫賛は背筋に嫌な汗が流れた。

 劉備を無理を言って受け入れてもらったのは公孫賛自身である。それなのに、劉備が結果的に袁遺から軍権を奪う様な真似をすれば、受け入れた董卓や袁隗は良い面の皮である。いや、説得に協力してもらった劉虞にも迷惑を掛けることになるかもしれない。

 公孫賛は、いてもたってもいられなくて、劉備の屋敷へと向かった。

 もし、皇帝の寵愛を受けていることを笠に軍権の奪取を考えているなら、莫迦なことはやめろと言ってやりたかった。これは袁紹の策略で、それに乗ることは劉備を平原から叩き出した袁紹に利することで、劉備を受け入れた袁隗、董卓を害することだと。

「まさか袁紹の企みを利用しようとか考えてないよな?」

 だから、尋ねられた劉備が表情を曇らせたとき、公孫賛は思わず声を荒げてしまった。

「ば、莫迦なことは考えるな!」

 それに劉備は顔を伏せて言った。

「でも、白蓮ちゃん。このままじゃあ……」

「どうだって言うんだ!」

 感情に任せて叫ぶ公孫賛であったが、次の劉備の口から出て来た言葉に固まることとなる。

「このままじゃあ、わたし、殺されちゃうよ……」

「え……」

 それは公孫賛にとって、まったく予想外の言葉だった。

 混乱し、その言葉の意味を咀嚼するように立ち尽くしている公孫賛に対して、諸葛亮が一歩前に進み出て言った。

「桃香様は陛下に寵愛されています。それが袁紹陣営に利用されることになりましたが、今回、大人しくしていても、間違いなく今後また似たようなことが起きます」

「似たようなことって……?」

 公孫賛は思わず尋ねた。呻く様な声だった。

 諸葛亮は公孫賛を真っ直ぐ見据えて口を開いた。

「反董卓連合に参加した野心の塊の様な曹操さんや好き勝手した袁術さんが、どうして今、大人しく朝廷に従っているか分かりますか?」

「それは軍を叩かれ、連合が解散したからだろう」

「そうです。そして、その軍を叩きのめしたのは袁遺さんです。つまり、彼女たちは袁遺さんが強いから従っているのです」

「だけど、それがどうしたんだ!? そんなことは私も分かっているし、だから、伯業から軍権を取り上げる様な真似をするなって言っているんだ!」

 公孫賛は声を荒げた。

「そうです。だから、もし陛下が桃香様に軍権を与えると仰られただけでも、大きな衝撃となるのです」

 対して、諸葛亮の声は凄みさえ感じさせるほど冷静であった。

「皇帝は袁遺の軍才の価値を分かっていない。皇帝の劉備への寵愛は凄まじいものだ。袁遺さんのことを恐れている諸侯どころか、四海の人々はそう思うでしょう。同時にそれは袁伯業の失脚の方法を天下に知らしめるようなものです」

 つまり、諸葛亮の言う似たようなこととは、袁遺という障害を取り除くために劉備が今後も流言のダシにされる可能性が高いということである。

 そして、その攻撃ならぬ口撃を受ける袁遺が劉備の存在そのものを害と受け取り、殺してでも排除する可能性も高いということだった。

 諸葛亮の予想は正確だった。

 例えば、袁術陣営の張勲などの袁遺に戦では絶対に敵わないと思っている者たちは、この方法に間違いなく飛びつくだろう。

「じゃ、じゃあ、桃香が陛下を説得して伯業を守るなりすればッ!」

 公孫賛は反論を試みた。

「それもいけません」

 しかし、それは諸葛亮に即座に否定される。

「その役目は今まで董卓さんのものでした。だから、桃香様がその役目を奪ったら、董卓さん側の恨みを買い、結局、身を危うくします」

「……董司空と会ったことあるけど、そんなことで恨む様な人物ではなかったぞ」

「確かに、董卓さんは良い人のようですが、状況が状況です」

 諸葛亮は、いいですかと前置きして続ける。

「今の漢王朝は袁隗さんの人脈、董卓さんの人格、袁遺さんの才覚の三つが絶妙な均衡を保つことで成り立っています。その均衡を崩すことは大変危険なことです」

「……袁紹に付け入られる隙を生むから?」

 それに諸葛亮は、そうですと返しながらも内心ではまったく別のことを考えていた。

 そもそも皇帝の権威というものは連合を崩壊させ、その後も各地の反乱を鎮圧した軍事力と儒教という儀礼主義によって辛うじて保たれているのが現状である。

 そして、前者は袁遺の才覚であり、後者のそれで力を持っている清流派人士を取り仕切っているのは袁隗である。

 董卓の立場を奪っても、劉備は絶対に袁遺や袁隗と上手くつき合えない。将来的に劉備は袁遺失脚のダシにされることが見えているからだ。

 となると、袁遺や袁隗を追い落とす必要があるが、そうなれば皇帝の権威自体が消し飛ぶことになる。

 それは劉備にとっての現在の洛陽での最大の武器の消失である。

 はっきり言うなら、自分の死刑執行書にサインするが如く行いだった。

 そのことを諸葛亮は公孫賛に言わなかった。ともかく全てが袁紹の策略のせいで劉備を含め、袁遺や袁隗、董卓、そして漢王朝が危機であると公孫賛に思わせた方が良いと諸葛亮は考えていた。

 実際に、諸葛亮の目論み通りだった。

 声を荒げていた公孫賛は黙り込んでしまった。

 諸葛亮はそれを見て思った。白蓮さんは桃香様の命を見捨てるという選択は決してできない。

 そして、劉備にひとつ頷いて見せた。

 それを受けて劉備が口を開き、公孫賛に洛陽からの脱出を手伝ってほしいと切り出した。

 

 

「兵の方々を洛陽の城外に連れ出してください。その後はこちらで何とか致します」

 昨日諸葛亮に言われたことが公孫賛の中で嫌になるくらい鮮やかに蘇った。

 その言葉通りに新兵に劉備の手勢を混ぜ、新兵教育に託けて、北宮から南宮、そして洛陽城外の演習場へと彼らの連れ出しているが、時間が経つにつれ、公孫賛の胸の中で割り切れない感情が育っていった。

 確かに、劉備たちが危ない状況にあることが理解できた。そして、洛陽脱出の手伝いも了承したが、今思えば、あの場の雰囲気に乗せられたという気持ちにもなってきたのだ。

 それを表すかのように、足取りが重いのは地面がぬかるんでいるせいだけではなかった。

 新兵の案内に託ける案は諸葛亮から出たものであり、それを聞いたとき、公孫賛はひとつの疑問を呈した。

「もし、不信に思われて止められたら、どうするんだ?」

 諸葛亮が、それに答えた。

「そうなったときは、強気に出てください」

「強気に~?」

 公孫賛は訳が分からないと問うような表情を浮かべた。

「はい、ともかく強気に。袁遺さんの名前を出すのも効果的だと思います。袁将軍の許可は取っている、とか」

「ちょ、ちょっと待て!」

 諸葛亮の答えに公孫賛は慌てた。

「そんなことをしたら、その場は切り抜けられるだろうけど、後で伯業に何をされるかは分からないぞ」

「大丈夫です」

「はぁ!?」

 公孫賛とは対照的に諸葛亮は落ち着いた理知的な声で返した。

「袁遺さんは必ず話を合わせてくれますし、白蓮さんを庇ってもくれます」

「……どうして?」

「袁遺さんという人が実際的かつ理性的な方だからです」

 諸葛亮は袁伯業という男の戦争指導者としての力量や心構え、あり方を高く評価していた。袁遺なら、感情に囚われず、何が今の状況で最善かを間違いなく判断する。ある意味で、これ以上ないくらいの信頼であった。

「今は確かに桃香様が袁遺さんの不利益を生む存在になっていますが、それは袁紹さんの策略によってです。さらに言えば、袁遺さんたちが戦っているのは桃香様ではなく、袁紹さんとです。だから、袁遺さんは、袁紹陣営の背後を脅すのに有益な劉虞さんや白蓮さんにとって有益な存在であろうとして、自身への多少の不利益には目を瞑り。ある程度の道理のないことも飲み込みます」

 政治的な人間関係を諸葛亮はこの場で誰よりも承知していた。

「……それは分かったけど、そっちは大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」

 そう答えた諸葛亮の目を公孫賛は忘れることができなかった。

 いや、諸葛亮だけではない。その場にいた関羽も張飛も趙雲も、そして、今、自分が引き連れている劉備の兵たちのそれも忘れることができなかった。

 皆の目は幽州の沽水で自分を逃がすために散っていった関靖やその手勢と同じ目をしていた。

 きっと、あいつらは桃香のためなら命を投げ出すんだろうな……

 公孫賛は関羽たちを関靖や自分のために散っていた者たちと重ねてみていた。そうしたら、今更やめるなんていう選択肢は消え失せていた。

 もう関靖たちのような者たちが出てくるのは嫌だった。

 結局のところ、公孫賛―――白蓮という人物は底抜けな善人であった。

 しかしそれでも、公孫賛の心に引っかかるものがあった。

 自分のやることは分かった。だけど、そっちはどうするんだ? 公孫賛は諸葛亮に尋ねた。

「私たちは市場に向かいます。荊州の商人に伝手がありますから、そちらにお願いして荊州に行こうと思います」

「……そうか」

「はい。騒ぎが収まるまで、あっちで大人しくしています」

 諸葛亮が言い終わると劉備が公孫賛の手を取って、口を開いた。

「白蓮ちゃん! 本当にありがとう!」

 劉備は笑顔だった。瞳に涙がたまっていて、泣きそうだった。歪ではあったが、これ以上ないくらい美しい笑顔だった。

 そのとき、公孫賛は聞くことができなかった。

 じゃあ、騒ぎが収まった後は何をするつもりなのかと。

 幸いなことに、公孫賛は誰にも呼び止められることがなく、洛陽の城外に出ることができた。

 洛陽の城外にはひとりの商人風の男が公孫賛たちを待ち構えており、公孫賛の前に拝跪して言った。

 中郎将様に拝謁致します。伏龍先生から言伝を預かっております。どうかこのまま陽渠へとお進みください。

 (きょ)とは人口の水路のことであり、陽渠は洛陽の東に掘られ、洛水へとつながっていた。以前に書いたことだが、後漢では洛陽の周辺に全国から物産が集まる市場がある。その市場に物産を転漕するための水路であった。

 劉備の兵たちはそこで船へと乗り込み、洛陽を旅立った。

 公孫賛は無事に劉備の頼みを成し遂げた。

 

 

 雛里が袁遺に仕えてから短くない時間が経過し、その無表情を通り越した無機質な顔に怖さを全く感じなくなったが、このときばかりはその表情に恐怖を感じずにはいられなかった。

 昼前、皇帝・劉弁は劉備に参内するように使者を送った。

 もちろん件の噂のことであり、劉備に軍権を与え、袁紹を討伐するように勅命を下すつもりだった。

 だが、皇帝の前に劉備は現れなかった。

 使者は劉備の別れの挨拶が書かれた練絹を持って来た。

 その文面は突然、そして何の挨拶も言わずに去る非礼を詫び、何故このようなマネをすることになったかが記されていた。

 書状を要約するなら、現在流れている噂は袁紹の策略であり、劉備が洛陽に留まると王朝と皇帝にとって害となる。故に、このような形で陛下の元を去ることを許して欲しい。また、噂に惑わされず、これまで通り袁遺に任せれば袁紹を討伐できる、と書かれていた。

 それを読んだ劉弁は悲しそうに少し休むと言って、嘉徳殿の奥に引っ込んだ。

 その一部始終と文面は当然、袁隗や董卓、袁遺に伝えられた。そして、それ以外の洛陽の朝臣の耳にも自然と入った。

「鳳統、司馬懿。君たちも噂……ああ、新しい方だ。皇叔の噂だ。知っているな」

 袁遺は洛陽県令室に呼びだした軍師ふたりに尋ねた。

「はい」

「存じております」

 当然、雛里と仲達も聞き及んでいた。

「どんな風に伝わっている?」

 袁遺が尋ねる。その顔はいつもと変わらぬものだった。感情が薄い顔をさらに際立たせる無機質な三白眼。

「……その、劉皇叔が洛陽を出ていった、と」

 雛里がおずおずと答えた。

「詳しく。どんな噂が流れている?」

 袁遺がさらに尋ねる。

 この男、とかく人の陰口というものを嫌う。そのことを軍師ふたりはよく知っていた。

 なのに今、その陰口じみたものもある噂を言えという。

 袁遺は軍師たちに何かを求めていた。

 雛里は逡巡した。

 こんなとき、袁伯業という男は仕えにくい主であった。

 袁遺は自分の腹の内を過度に読まれることも嫌う。

 ここで賢しらに袁遺の内に踏み込み過ぎて、主の逆鱗に触れるのは将来、身を危うくすることである。

 ともかく匙加減が難しかった。

「色々とあります」

 答えたのは仲達だった。

 袁遺との付き合いも長く、この手の洞察力は雛里が今まであって来た誰より優れている彼からすれば、袁遺の求めていることを完璧にこなせた。

「無稽な噂が殆んどですが。例えば、伯業様が軍権を取られることを恐れて暗殺しただの。劉備は袁紹陣営の細作であっただの。ああ、中郎将(公孫賛)が何やら妖しいことをしていたというものもあります」

「確かに無稽なことだ」

 袁遺は平坦な発音で言った。

「だが、中郎将に悪い噂があるのは今の時期にはまずい。少なくとも軍では、その噂に関しては口を閉じさせろ」

「は、はい!」

「分かりました」

 主の命令に軍師ふたりが応じた。

 この三人が知る由もなかったが、諸葛亮の読み通りに袁遺は公孫賛を庇っていた。

 劉備脱出の後始末を押し付けられた格好だ。

 それをいつもの無表情で淡々とこなす主に雛里は恐怖を持ったのだった。

 あの無表情の下には、どんな感情があるんだろう? 怒り? それとも、もっと怖いもの?

「……あ、あの、伯業様」

 雛里は声を上げ、尋ねた。

「劉皇叔はどうするのですか?」

 本心で言えば、雛里は劉備というより諸葛亮のことの方が気になっていた。

 それに袁遺は荒野に転がる小石を思わせる小ささと無機質さを持つ瞳で雛里を真っ直ぐ見据えながら、答えた。

「皇叔については、袁紹を殺した後で考える」

 その答えと今までの袁遺とのやり取りで、雛里は主の真意と司馬懿が見えていたものをはっきりと理解した。

 噂に惑わされず、職務を全うして欲しい。袁遺が口にし、司馬懿が繰り返した言葉。そこに込められた意味とは、もし劉備が洛陽からの脱出を決行した場合、それを防ぐのが不可能に近いから、敵を袁紹に絞るという取捨選択であり、ある意味で袁遺の敗北宣言であった。

 袁遺は、劉備側が自分や袁隗が手を出せないものを組み合わせれば洛陽から確実に脱出できることに気付いていた時点で、劉備をどうこうすることを諦めて、本来の敵である袁紹の討伐に自分と部下のリソースを割くことにした。

 劉備はともかく、彼女の軍師の諸葛亮なら、袁遺から軍権を取り上げることのリクスとリターンが合わないことを正確に読み取って、袁遺の軍権は侵さない。

 諸葛亮が袁遺の力量や理性を信頼していたように、袁遺もまた諸葛亮なら現実が見えているはずだと信頼していた。

「私と叔父上は石碏(せきしゃく)にならなければならない」

 彼らしいことに大義親を滅すの故事を引用しながら、袁遺は宣言した。同時に心の中で、本当は王導(おうどう)の方が適切なんだけど、東晋の人物を挙げるわけにもいかないからなと呟いた。

 それに雛里は袁遺と劉備(および諸葛亮)の対決という嵐が去ったことに僅かに安堵した。

 しかし、この嵐は問題が先送りされるたびにその規模が大きく、そして破滅的になるという予感が雛里の中にはあった。

「ともかく袁紹だ」

 袁遺が言葉通りに袁紹との因縁に決着を求めて冀州へと侵攻したのは、三週間後だった。

 

 

 はぁ、と安堵のため息を誰かがこぼすのを諸葛亮は聞いた。

 誰のものかは分からなかったが、少なくとも諸葛亮自身のものではないことだけは確実であった。

 それがこぼれたのは船室であった。そこには諸葛亮以外には劉備、関羽、張飛、そし、趙雲がいた。

 商船である。その船団は洛水を進んでいた。

 そして、船が陽渠から洛水へと移ったことを知らされたときに、ため息はこぼれたのだった。

「陽渠から洛水へと無事に入ることができたということは、董卓さんや袁隗さんはこちらを追ってこないということですから、追っ手や妨害の心配はなくなりました」

 船に乗る前から何度か話したことを、諸葛亮は改めて言った。

 船で逃げる場合、最後の関門は陽渠の出入り口で待ち構えられることだと説明していたのだった。

 それに一行は明るい表情を浮かべた。

 特に、劉備は、

「はぁ~~、よかったよ~」

 と嬉しそうな声を上げ、笑みを浮かべた。

 それを見た関羽たちの表情がいっそう柔らかなものとなる。

 しかし、諸葛亮だけは緊張の面持ちを解くことができなかった。

 洛陽から脱出したはいいが、さらに厄介な問題と将来的に直面することが分かっていたからだ。

 袁遺というより袁隗は劉備を完全に皇族として扱っていた。だからこそ劉備は軟禁どころか露骨な監視下にもおかれなかった。

 いくら反董卓連合に参加したとはいえ、皇族として認められた劉備を雑に扱えば、皇族を蔑ろにするのは袁隗・董卓に野心があるからだと世間から思われ、今まで築いてきた大義名分や正統性を損なうことだった。

 そして、だからこそ将来、それが活きてくる。

 近い未来、劉備が袁遺や袁隗、董卓と対決することになった場合、劉備自身に大義名分がなかったのだ。

 いや、劉備だけではない。他の野心ある諸侯にとってもそうである。

 となると、天下という極彩色の夢を諦めきれない諸侯が採る手は袁紹と同じだった。

 彼女が反董卓連合を結成したときと同じように言いがかりをつけて攻め込むしかない。

 そのとき、劉備や諸葛亮自身はどうするのか。

 事実無根であった反董卓連合に参加したことを後悔した劉備に、諸葛亮はまた同じ轍を踏ませるつもりかと自問した。

 だがしかし、袁紹(より正確に言うなら郭図)の流言のせいで劉備という存在は袁遺にとって非常に不利益なものになってしまった。劉備と袁遺の間で何らかの衝突は必ず起こり得る。

 なら、自衛の力は持っていなければならない。

「それで、朱里ちゃん。これからどうするんだっけ?」

 思考の海を泳ぐ諸葛亮の意識を突如、現実へと引き上げる者があった。

 主である劉備の声だった。

「は、はい」

 諸葛亮は口を開く。

「この商船団にも関係がある黄承彦さんの所で一旦お世話になります」

 黄承彦とは沔南(べんなん)(沔水の南)の名士である。

 彼は荊州で最も諸葛亮を評価している名士であった。黄承彦は諸葛亮の才覚に惚れ込み、もし孔明が男性であったら娘を嫁にやりたかった、とまで言った。

 だから、今回の洛陽からの脱出劇でも黄承彦は快く諸葛亮の手助けをした。

 自分の息のかかった商人の商船を使わせたのである。

 襄陽周辺の名士にはある特徴がある。

 それは自家の池の所有していることだ。『晋書』山簡傅に曰く、荊土豪族,有佳園池―――荊州の豪族は良い庭や池を持っている。

 この池は遊宴の場としても利用されていたが、魚が養殖されていたようであり、それを襄陽の都市などの市場に販売していたようだ。

 また、襄陽周辺の民は萬山(まんざん)峴山(けんざん)の沢が禁漁区に指定されていたため、この養殖された魚か沔水で漁業権を持っていた者が獲った魚を購買することを余儀なくされていたようだ。余談になるが、この禁が解かれるのは晋の大安二年(西暦三〇三年)に鎮南将軍・都督荊州諸軍事・荊州刺史として劉弘が赴任するのを待たなければならない(『晋書』劉弘伝)。

 というわけで、襄陽付近の豪族はその魚を売りさばくために商人とは大なり小なり気脈を通じている。

 そして、黄承彦の妻は襄陽で最も力を持っている蔡一族の者である。それはつまり、劉表・蔡瑁の義理の兄にあたるということだった。

 これも公孫賛と同じである。

 背後の荊州で揉め事を起こしたくない袁遺は、たとえ黄承彦のことをつきとめても責めることはしない。諸葛亮はそう考えた。そして、その通りにことは運ぶ。

「そっか……」

 劉備が小さな声で言った。

 劉備の立場は望む望まぬに関わらず大きく変化していた。

 たとえ実現しなかったにしても、皇帝が袁遺から軍権を取り上げ、劉備に与えようとしたという事実は大きな意味を持っていた。

 袁遺に勝てないと思っている者たちは必ずこのことを利用しようとする。そうなると、また劉備は策略に翻弄されることになる。

 袁遺が苦しむから、ただその一点で郭図によって行われた謀略は確実に多くの人の運命を狂わせていた。

 まるで呪いであった。

 

 

 そして、この呪いは郭図の死後も袁遺や劉備を苛むことになる。

 




補足

・石碏と王導
 石碏は春秋時代の人物である。
 彼の仕えていた衛の君主である桓公は弟の州吁によって殺害され、衛の君主の座を奪われる。
 石碏は州吁の非道を許せず、陳の桓公と謀って州吁を捕らえ殺した。
 この州吁の側近には石碏の息子である石厚がいたが、石碏は亡き君主の殺害に息子が関わっていることを知ると息子をも殺す。
 君臣の大義を全うするためには、父子の情も捨てなければならない。
 後の史家は石碏のことを大義親を滅すとはこのことかと称えた。

 王導は司馬氏の晋に仕えた人物であり、東晋の立役者でもある。
 宰相として数多くの人材を推挙し、華北から逃れてきた名士と江南の名士の対立を防ぎつつ、東晋の基盤を確立する。
 しかし、従兄で大将軍である王敦が叛乱を起こすことになる。
 これは王導の一族が力を持ちすぎるのを警戒した元帝が王導の政治力を排除しようとしたことに不満を持ってのことだった。
 この叛乱の最中、元帝は死去して明帝が即位する。
 そして、しばらくして王敦もまた病で帰らぬ人となり、叛乱は鎮圧される。
 反逆者の一族として王導も処刑されそうになるが、明帝は
「王導は大義のために肉親の情を捨てた。したがって爾今十代の後まで罪を許そう」
 と王導を罰しなかった。
 その後、王導は司徒として政務を続け、東晋を支える。
 その死後、丞相の位が追贈された。
 後世、東晋の簡文帝に禅譲を迫ろうとした桓温に対し、諸葛亮や王導のようになれ、と諭す例に出された。
 皇帝を補佐した忠臣として諸葛亮と並べられたのである。


 あと、荊州、特に襄陽周辺の名士の特徴は己の章でまた詳しくやると思う。
 そこまで書くのにどのくらいかかるのか……
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