異・英雄記   作:うな串

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20~21

20 袁本初

 

 袁伯業という男は辛毗の想像以上に、測りかねる男であった。

 袁紹の従兄故に彼とは面識はあったし、その目付きの悪い冷たく整った顔を覚えていたが、そのとき袁遺は年下ではあるが袁家の序列は上の従妹に平身低頭、徹底的に遜っていたために、辛毗はその真の為人というものを知ることはできなかった。

 だが、辛毗は降伏して彼に対面し、やっと袁遺の心の内、その一端を見ることができた。

 投降した辛毗は縄を解かれ、袁遺のいる本陣へと連れていかれた。

 そこでは文官と思わしき者たちが忙しく動き回っていた。

 その奥に袁遺はいた。

 辛毗は進み出て、跪き言った。

「辛毗、後将軍に拝謁致します」

「先生、面を上げてください」

 優し気とまで言える声色で返ってきた。

 辛毗は袁遺と対面する。

 そこから先程の優し気な声が出たとは信じられない冷たい顔があったが、辛毗はそれが自分の記憶と一致する袁遺の顔だった。

 あまり変わっていないな、と彼女は思った。

「あなたと部下に危害を加えぬことを皇帝陛下に忠を尽くす後将軍として誓約します」

 その言葉に辛毗は手をついて頭を下げた。

「ご厚情に感謝いたします」

 型通りであるが、辛毗は袁遺がここまで自分に丁寧な態度を取る意味を考えた。

 だが、答えは出なかった。

 袁紹の行先にしろ、他の情報にしろ、そんなものはとっくに他の投降者が袁遺に売り払い、それなりの見返りを受けているはずだった。自分の才覚を買っていると自惚れることもない。というより、できなかった。あれほど見事なまでの戦略を見せられたのだ。劉虞・公孫賛との戦いで高くなった鼻はへし折られている。

 答えが出ないまま、辛毗は袁遺に尋ねられた。

「それで、辛先生。あなたは私に何をお望みかな?」

「…………質問の意図が分かりません、将軍。むしろ、あなたが私に何かをさせたいのではないのですか?」

「私はこれから、いろいろ私に買ってもらおうと商品を持ってくる者たちから、安く買い叩かなければなりません。ここで焦って高く買ってはもったいないでしょう」

 袁遺の口元に諧謔的な皺が僅かに刻まれた。しかし、その声には陰がなかった。

「なるほど、確かに将軍は高い買い物をする必要はありませんね」

 そこには理性によって裏付けされた勝者の余裕があった。

 袁遺は易水で袁紹を討ち取れなかったが、今の状況は熟した果実が落ちるのをただ待てばいいだけであった。

「そうです。だから、あなたが郷里に引き籠りたいと言えば、私はどうぞと言います。漢王朝に仕えたいと言えば、それなりに扱き使うだけです」

 辛毗は豫州潁川郡の出身である。その名士を粗雑に扱わなかったというだけで、袁遺はこれからの豫州統治において、潁川派閥の名士から協力を得られ易くなる。それはつまり、潁川派閥で最大の名士である曹操に仕える荀氏への牽制でもあった。

 袁遺は曹操が天下を諦めたとは、まったく思っていない。

「あなたに仕えたいと言えば、どうなりますか?」

 辛毗が言った。

「それはやめておいた方がいい。私の人使いは相当に荒い。特に将や軍師の」

 袁遺の口元に刻まれた皺はさらに深くなる。

「あなたの部下がいいです。後将軍」

 辛毗は礼を取った。

 彼女は勝ち馬に乗ろうとした。

 だが、それだけが理由ではない。袁遺の下でこの男が持つ軍略を全て吸収したいと思ったのだった。辛毗という軍師が持つ柔らかな執念だった。

「そうか、分かった」

 袁遺の態度や声から先程のまでの鷹揚さが消えた。

「では、袁紹の逃亡先、并州・幽州にどれだけの軍を展開しているか、南皮の蓄えと人員の数を言え」

 仕えると言った瞬間から袁遺は辛毗を完全に部下として扱っていた。

 袁遺は働き回っている参謀のひとりを呼び止めた。

「紙と筆を持って来い。そして、彼女の言うことを書き止めろ。ああ、それと筆頭軍師も呼んで来い」

 呼び止められた参謀―――王象は主の言う通りに、雛里を呼んできて、筆に墨をひたした。

「逃亡先は易の城です。幽州への前線拠点となっています。并州・幽州には約七万の軍を展開していましたが、将軍が安平国まで進攻した頃には脱走兵が相次ぎ、その数を半数まで減らしたという報告が入ってきました。以後は不明です」

 辛毗は話し始める。

 自分は試されている、と辛毗は思った。

 おそらく、このいくつかの情報を袁遺はすでに掴んでいるが、自分が本当のことを言っているかどうか確かめるために聞かれていると彼女は推測した。

 その推測は事実であった。

「南皮には兵が一万ほどと、糧秣が馬車一万四〇〇〇台分の蓄えがありましたが、迎撃に向かうのにかなりの量を使用したため、三分の一程度しか残っていないでしょう」

 馬車一万四〇〇〇台分は馬車限界範囲を八万の軍勢が余裕をもって行動できるだけの量である。

 袁紹軍は敵が未来の知識を持つ袁遺でなければ、内線作戦を成功させるだけの用意をしていた。

「……そうか」

 袁遺は考え込んだ。

 その間に、辛毗の証言が参謀たちによって情報共有される。

「雛里」

 袁遺は彼の軍師に問いかけた。

「現在の状況で袁紹を追いかけた場合、易を落とせるか?」

「恐れながら、難しいと思います」

 雛里が答えた。

「攻城兵器が足りません。調達できそうなのは盾と梯子と後は大きな木を槌代わりにするくらいで……楼を造ったりするのは難しいと思います」

 袁遺は侵攻当初、念のために司隷河内郡から攻城兵器を持ち込んだが、袁紹軍が内線作戦を取ってきた段階で進軍速度を上げるために後方に置き去りにしている。

「辛佐治。南皮には攻城兵器はあるか?」

「あります」

「では、先に南皮を落として攻城兵器を手に入れ、それを使って易を落とす」

「伯業様、曹操さんや馬超さんの軍と合流しても、南皮を落とすには……」

「分かっている。考えがある」

 袁遺は雛里の言葉を遮りながら、視線を辛毗の方に移した。

「最後にもう一度だけ聞いてやる。俺は将や軍師の特に能力評価という点では、過酷以外の表現をしようもない態度で臨むぞ。君たちは兵に死ねと命ずる立場だ。そう扱われて然るべきだ」

 袁遺の視線が辛毗を射抜くように鋭くなった。

「それでも、俺に仕えようと言うんだな」

 その目は三白眼である。瞳は小石の様に無機質で、同様に小さい。

「……降将相手にずいぶんお優しい対応ですね」

 そう言った辛毗の声は震えていた。

 降将か……とつまらなそうに呟いてから、袁遺は続けた。

「お互いに忠誠の対象が異なっていただけだ。ただそれだけの話だ。あそこで君が降伏しなければ、兵と君は易水の底で骸になっていた。ああ、確かに降伏の恥辱を受けずに済むかもしれない。誇りは守れる」

 そして、袁遺は不快そうに吐き捨てた。

「だが、俺は自分の誇りや名誉のために兵を無駄死にさせるなど、趣味じゃない。だから、君の決断に俺は敬意を払うよ」

 袁遺の―――彼の表現を借りるならば―――趣味という奴に、辛毗は諸手を上げて賛同することはできなかった。確かに兵を無駄死にはさせたくなかった。しかし、袁遺ほど割り切って考えられない。恥と思う気持ちが心にへばりついている。

 だが、たとえ再び選択を迫られている身であっても一応主君相手である、可能な限り好意的な言葉を返した。彼女は礼節を弁えていた。

「そう言ってもらえると自分としては気が楽になりますが、世間では……本流ではない意見ではないでしょうか」

「そうだ。で、どうするんだ?」

 敬意、か。辛毗は思う。

 他者への敬意、儒教でいうところの礼や仁にあたる。こんな儒教的に受け入れられない趣味というものを言っておきながら、同時にとんでもなく儒教的な面を持っている。

「袁将軍、どうか私のことは真名の紅々(ほんほん)とお呼びください」

 袁遺は矛盾した、酷く難しいところを持つ男である。こういった主に仕えるのは並大抵の苦労ではない。だが、紅々にとって、たったひとつだけだが、仕えるには十分な理由があった。

 彼の丁寧な態度は辛毗への敬意だった。他者へ敬意を払うことができる。その一点で紅々はこの面倒な男に仕えようと思った。

 何故なら、敬意とはその人間の実績と信頼によって構成されるものである。そこを評価できるできないということは品性の問題だった。

「わかった。では、紅々、ひと芝居打ってもらうぞ」

 そう言ってから、袁遺は大声で続ける。

「張郃と陳蘭を鄚県に駐屯させろ。万が一の袁紹の南下に備えさせつつ、北方の情報を集めろ。張先生も鄚県の旧地に残し、そこを中心に防衛力を確保。残りは南皮を囲んでいる友軍に合流」

 張郃は鄚県の出身であり、袁遺と共に賊討伐に明け暮れた過去を持つ。陳蘭は予備隊として兵力が温存され、最も被害が少ない隊だった。

「袁紹軍の軍旗は集めさせてあるな」

 その一言で紅々は何をやらされるのか察した。

 尊敬できる面も持っているが、やはりこの新しい主は性格が歪んでいる。彼女は思った。

 

 

 この時点では、余談の域を出ないが、後に多くの人にとって意味を持つことが起こった。

 南皮への行軍の最中に袁遺軍へと合流した軍があったのだ。

 それが幽州の地方豪族の王松の軍である。

 軍といっても、総勢は二〇〇〇に届かない数字である。それに袁紹軍との戦いはもう殆んど終わったと言っても過言でない状況であった。

 袁遺軍の将や参謀の多くが、今更なにをしに来たんだ、と王松の到着を受け取ったが、袁遺は違った。

 王松の手を取って、袁遺は礼を言った。

 もうすでに大勢が決した状況で参陣したことに、歓迎されるとは思ってもいなかった王松は逆に当惑した。

 そんな王松に劉放が耳打ちする。

 それをそのまま王松は叫ぶように言った。

「天下の逆賊を討つために一命を賭す所存。袁将軍におかれては、よろしくこの松に采配ありたい!」

 袁遺はそれに、助言した奴は頭がキレる奴だなと思った。

 確かに、彼らは全てが終わりつつあるときに来たが、幽州の勢力で最も早く袁遺に合流したのは彼らだった。

 そんな彼らが、ともかく恭順の意をすぐに示したことは先例と成り得る。

 これから先の幽州勢が到着したら、彼らに倣い、まずは袁遺に対して恭順の意を示し、采配つまりは指揮下に入るということだった。

 それは袁遺にとって、何かをやるにしてもやり易くなるということである。

 王松というより劉放は、安く買い叩きたい袁遺に高く自分を売りつけることに成功した稀有な例となった。

 もっとも、袁遺には自分が吝嗇であると他人に思われることを過度に嫌う悪癖があったため、劉放の才能が全てを成し遂げたとは言えない。

 ただ、王松が運を持っていたということは紛れもない事実であった。

 

 

 袁遺たちが南皮に着いたとき、真っ先に司馬懿が袁遺に駆け寄って来た。

「状況が変わりました。伯業様」

 そして、袁遺にのみ聞こえるような声で言った。

「どういうことだ?」

 行軍の途中、伝令によって知らされた状況は袁遺が望んでいたものだった。

 曹操・馬超の両軍で南皮を囲んで攻撃はせずに、せいぜい恐怖を煽るような言葉を兵たちに叫ばせたくらいである。

「兗州牧の陣営に許攸が投降しました」

「許攸が?」

 袁遺は当然、それがどのような人物か知っていた。

 許攸は正史や演義では官渡の戦いで袁紹軍を裏切り、曹操に袁紹軍の兵糧の集積場所を教え、曹操軍勝利の大きな要因を作った男である。

「荀殿に書簡で兗州牧への口利きを頼んだそうですが、こちらに投降してから、彼女が易で幽州方面の軍を統括していたことが分かりました」

「それじゃあ……」

「易はおそらく空っぽです」

 瞬間、袁遺の目の前が真っ赤になった。俺は何のために南皮に来た。

 これは戦場どころか、あらゆる状況で起こり得る伝達上の手違いであった。

 袁遺はまずいと思った。冷静さを欠いている。

 だから、彼は心を落ち着けるために自分好みの冗談を言った。

「一応、聞いておくぞ。許攸は荊軻になりに来たという可能性はないか?」

 司馬懿はそれに乗った。

「風蕭々として易水寒し。壮士ひとたび去って復た還らず。なるほど、あなた好みだ。ですが、その可能性はありません」

 袁遺はその言葉に口元を歪めた。

「伝令を鄚県の張郃に出せ。周囲を探索させろ。馬は何頭潰してもかまわん。ともかく、急がせろ」

「すでに出してあります」

 司馬懿は応じた。袁遺の要求に先回りした形だが、彼にそれを誇る様子はない。全権を委任されたのだ。起きた問題に対して何も手を打たずに、袁遺の指示を待っていたら、それは主の信頼を失うと同義だった。

「それ以外の南皮の状況は書簡の通りです」

「では、とりあえず南皮を落とす」

 袁遺は曹操や董卓たちがいる幕舎へと向かった。

「伯業」

 そこで一番に曹操―――華琳が袁遺に話しかけてきた。

 その表情は微かに曇っていた。

 袁遺は丁寧な態度で応じた。

「曹州牧、ご無事で何よりです。司馬懿から報告は受けました。私は司馬懿に全権を委任しましたが、南皮から反撃を受けずに、この状況まで持ちこめたのは州牧と幕下の臣の功績です」

 袁遺は伝達の過誤を取り上げなかった。

 それも袁遺なりの供給できる利益であった。

「そう……」

 そのことを華琳はすぐに理解した。

 次に袁遺に話しかけたのは董卓―――月であった。

「御無事で何よりです、袁将軍」

「そちらこそ、司空」

 挨拶を返す袁遺の目が曹操の軍師、郭嘉の姿を捉えた。

 彼女は目を輝かせていた。

 この場には袁遺が残して行った参謀たちが作り上げた近代的な参謀本部に近いものがあったからだ。

 現在の兵力、兵站。その展開状況をひとつの所に集約し、そこで一括処理して誰にでも分かりやすい形で表示するなど、過去の世界史で行われたことはない。はっきり言えば、どんなに早くても約一六〇〇年後の出来事である。

 だが、この一六〇〇年後の光景が袁遺の分進合撃、さらに言えば、広範囲での運動戦を支えている。

「郭殿、そんなに面白いですか?」

 袁遺が尋ねた。咎める風ではない。ごく自然な感じだった。

「……はい。興味深いです」

 それに郭嘉は逆に警戒した。

 だが、袁遺からすれば、これが見られて、もし真似されても問題はなかった。

 というより、できないのだ。

 参謀教育がどのような過程で形成されてきたかを知らなければ、これは作れない。

 袁遺は思う。

 見たままのこれを再現しても、行きつく先は悪名高き『シュリーフェン・プラン』がせいぜいだな。つまりは、まあ、専門バカの集まりだ。

 空気を換えたのは華琳であった。

「それで、これからどうするつもり?」

「まずは南皮を落とします。袁紹の本拠地を陥落させたということを宣伝しつつ、袁紹捜索を有利なものにします」

 袁遺が言った。

「何か考えがあるの?」

 華琳が尋ねる。

「あります」

 そう言って、袁遺は幕舎を出た。それに皆が続く。

「辛毗、雷薄」

 袁遺がふたりを呼んだ。

 雷薄は左手で馬を一頭、曳いている。右手には縄を持っていた。

 さらにその後ろに『辛』と書かれた旗を持った兵士がひとりいた。

 辛毗は袁遺の前まで来ると、その黒い髪をふんわりと結んでいた髪紐を解いて、いきなり地面に転がった。

 皆が驚くのに構わず、辛毗は転がる。

 髪は乱れ、身体中が土埃で汚れる。

 その後で、雷薄は持っていた縄で辛毗を縛り上げた。

「馬に乗るのを手伝ってやれ」

 袁遺が命じた。

 辛毗が馬に乗せられるのを見て、華琳は察した。

「そういうこと、趣味が悪いわね」

「……そんなことはご存知でしょう?」

 袁遺はいつもの表情で返した。

 

 

 辛毗の乗った馬を雷薄は曳いて、南皮へと向かって行く。その後ろには旗を持った兵が続く。

 そして、曹操軍の兵たちに道を空けさせ、東側の城壁から三〇〇メートル手前で一旦、止まった。矢の射程距離ギリギリのところである。

 城からの攻撃はなかった。だが城壁で守備をしている兵が何やら動き出すのが分かった。

 彼らはさらに少しずつ距離を詰める。

 二六〇メートル、当たり所が悪くない限り大した怪我を負わない距離だった。それでも攻撃はない。城壁の上にどんどん人が集まってくるのが分かった。

 二〇〇メートル、矢の有効射程ギリギリである。攻撃はない。

 一八〇メートル、攻撃はない。この時点で、味方の軍師が馬で曳かれていることに南皮の者たちの殆んどが気付いていた。

 一五〇メートル、辛毗が、姉がいますと言った。攻撃はない。それは向こうも辛毗だということを確信したということだった。

 一〇〇メートルの地点で、雷薄は歩みを止めて叫んだ。

「聞け! 袁紹はお前たちを見捨てて逃げたぞ! 軍は易水で壊滅! 幽州、并州、青州全てこっちに降った! もうお前たちを助ける者はいない! 降伏しろ!」

 人の肉声が辛うじて聞こえる距離であったが、雷薄の声の大きさと城壁の兵たちの意識が雷薄たちに集中していたために、雷薄の放った言葉は守備兵たちへと届いた。

 城壁の上で動揺が広がっているのが、雷薄たちはおろか、その後ろにいる袁遺たちにも手に取るように分かった。

 袁遺は間髪入れずに次の手を打つ。

 易水で棄てられていた袁紹軍の将たちの軍旗を兵に掲げさせて、南皮に籠る者たちに見せつけたのだった。

 袁紹軍の二枚看板である顔良と文醜の軍旗。濕余水・沽水の戦いで名を上げた麹義の軍旗。そして、軍師たちのもの。

 城壁の上で言い争う様な喧騒が聞こえる。敵の罠だという者と俺たちはもう終わりだと悲観する者が言い争っているのだった。

 突如、東側の城門が開き、ひとりの女性が馬に跨り出て来る。

「姉です」

 辛毗が雷薄にだけ聞こえるような声で言った。

「妄言を弄すな!」

 辛毗の姉―――辛評が一喝した。

「嘘じゃねぇ!」

 雷薄が不敵な笑みを浮かべながら、言い返す。

 全てが真実ではない。だが、事実も含まれている。故に嘘に説得力ができる。

 辛評はボロボロの姿で馬上で晒されている妹に、どこか縋る様な視線を送った。

 だが、妹は悲しそうに首を横に振り、悲痛の色を宿した声を喉が裂けんばかりに発した。

「易水で、軍は全滅! 袁公が今どこにいるのか分かりません! 幽州からも袁遺軍に合流しようと軍が南下してきています!」

 それだけ言うと、辛毗は項垂れた。

 嘘は言っていなかった。易水で軍は消滅したし、袁紹はもうすでに逃げ出している。幽州からも王松がやってきた。

 雷薄がそれを受け継いで叫んだ。

「降伏しろ! そうすれば命は助ける! 南皮の民にも手は出さねぇ!」

 さらに後方で兵たちが続いて、降伏しろと一斉に声を上げる。

 雷薄たちは陣へと引き返す。

 袁遺はそれを見ながら、皆に言った。

「南皮が降伏した場合、入城する兵力は余計な混乱を避けるために絞る。今のうちに人選を。それと兗州牧、戦いが終われば南皮や付近の商人が軍相手に商売をしようとやってくるはずです。その商いを管理する人員を出してください。涼州軍の方は私のところの司馬馗にやらせます」

「わかったわ」

「お、おう、よろしく頼む」

 曹操と馬超が言った。

「高覧、辛毗が戻って来たら、彼女の案内で行政書類および外交文書を全て抑えろ。司馬懿も参謀を連れて、それに参加しろ。どんなに小さな走り書きも見逃すな」

「分かりました」

「御意」

 司馬懿と高覧が答えた。かつては袁紹軍に仕えていた高覧である。南皮の地理には明るかった。

「雛里は南皮陥落の宣伝工作の用意」

「は、はい」

 次々と指示を出す袁遺だったが、それに華雄が冷淡な嫌味を浴びせた。

「ふん、ちゃんと降伏するんだろうな」

 董卓と賈駆はそれに慌てたが、袁遺はいつもと変わらぬ無表情で返した。

「ちゃんと落ちますよ」

 その言葉通り、翌日、南皮は降伏した。

 辛評が降伏の使者を務めた。

 その口から、田豊は降伏の恥辱にまみれることを良しとせず、自害したことを知らされた。

 またひとり、袁紹軍の軍師が泉下の人となった。

 

 

「すごいな。南皮の雄壮華麗さは洛陽より上だ」

 袁遺は呟いた。

 袁遺、董卓、曹操は部下を連れて、南皮の街中を突き進み、袁紹の臣下たちの邸宅の前を通り、そして袁紹の居城までやって来た。

 そこで見た南皮は、北が近いことを感じる胡人の風雅を漢風に繊細で華やかに整え、取り入れていた。

 袁紹が天下を征した後は、この城を天下の都にしようとする袁紹陣営の壮大な気概を感じられた。

 袁遺だけではなく、優れた美的感覚と革新的な精神性を持つ華琳であっても、南皮には心を揺さぶられた。

 だが、その佳麗な都市は袁紹の手を離れ、袁遺の手の中にあった。

 その事実を多くの人が理解していた。この戦いで袁遺は強大な名声と武威を手に入れた。袁遺は怪物となりつつあった。

 しかし、袁遺は笑顔のひとつも見せずに、いつもの無表情であった。

 その顔に明確に喜色が浮かんだのは、袁紹の居城に入り、司馬懿と対面してからだった。

 司馬懿は部下に大量の書簡を持たせて、袁遺の元にやって来た。

「伯業様。袁紹が各地の諸侯と交わした書簡を確保しました」

 その言葉に袁遺は暗い喜びを宿した笑みを一瞬、浮かべた。

「どうやら、朝廷の臣下も密通していたようです」

 そして、司馬懿もその穏やかで品のある雰囲気でも隠せない陰謀家としての臭いを発していた。

 この主従、十常侍の一件でも分かる様に、陰謀を好む気質がある。

 袁遺は実の叔父から、その気質故に家を滅ぼすと言われた。また、司馬懿とは正史で『内は忌にして外は寛、猜忌にして権変多し(外見は寛大な人物に見えるが、中身は陰険で、疑り深く陰謀を好む)』と書かれる男である。

 ふたりの脳裏には瞬時に多くの策謀が描かれる。

 だが、袁遺にはその陰気とバランスを取るような軍師がいた。

「お、お待ちください、伯業様。世祖(光武帝)が王郎を倒し河北を征したとき、王郎と臣下が内通していた書簡を手に入れましたが、その文書に目を通すことなく、諸将の前で焼き捨てました」

 雛里である。

「…………」

 袁遺はひとつの故事を思い出していた。

 袁一族を倒した曹操もこうやって、臣下と袁紹の密通の証拠を手に入れたのである。

 そして、曹操は光武帝と同じことをしたと言われている。もっとも陳寿も裴松之もこれは真実ではなく、本当は魏史趙儼(ちょうげん)伝に書かれている通り、人をやって記録を調べたとしている。

「つまりは、河北四州を手にしていたときの袁紹は強大であり、その袁紹と密かに通じるのは仕方がないこと。そして、戦争が終わった今、それだけの数の者を取り調べ処分を下すのは別の争いを生むことだから、俺に度量を示せ、と?」

 袁遺が面白くなさそうに言った。まるで、玩具を取り上げられそうな子供の様だった。

「御明察です」

 雛里は頭を垂れる。

「俺は袁紹に負けると思わなかった」

 それに袁遺は子供が駄々をこねるように返す。不貞腐れた声だった。

「御再考を」

 雛里は更に深く頭を下げる。

「……仲達」

 袁遺は書簡に未練がましそうな視線を送りながら言う。

「それを董司空のところに持って行け。そして、今あったことを説明して君と賈駆殿ふたりの指揮の下で、それを目立つところで焼き捨てろ」

「はい」

 司馬懿は先程まで袁遺と同じように謀略を巡らそうとしていた事実などないように、部下を連れて董卓たちのところへと向かった。

 袁遺はその背中を見届けた後で、言った。

「ありがとう、雛里」

 それからしばらくして、鄚県に残してきた張郃から、伝令がやって来た。

 曰く、袁紹とその将を捕まえた、と。

 

 

 袁紹の確保は余りにも呆気ないものだった。

 彼女たちが易に着いたとき、袁紹と顔良と文醜のほかは両手で数えられるくらいの兵しか残っていなかった。さらに悪いことに、易には兵もいなければ、兵糧もなかった。

 ここに駐屯し、幽州の軍を統括していた許攸は、一戦もしないのに、ただ土地と兵を失い逃げてくる袁紹に見切りをつけて逃げ出したのである。

 兵たちもそれに倣い。軍需物資を奪って逃げていった。

 食料がない袁紹たちは、それを手に入れようと近くの村へと向かったが、そこで村人に捕らえられることになる。

 村人は袁紹たちと知って捕まえたのではない。敗残兵が夜盗の真似事をしに来たと思ったのだった。

 その村の周辺の地方豪族の部曲(私兵)も動員された。

 皮肉にも部曲は易にあった袁紹軍の物資であった弩を持っていた。易から逃げ出した兵が盗んだそれを地方豪族に売って、金や食料に換えたのだった。

 いかな顔良や文醜と言っても、数の差や逃亡の疲労や空腹でどうしようもなかった。

 それから数日後、鄚県の張郃が放った調査隊によって、この夜盗が袁紹であることが発覚し、彼女たちは南皮へと送られた。

 そして、袁遺たちと対面した袁紹は袁遺に向けて、呪詛の言葉を吐いた。

「死ね! 袁遺」

 連合を結成するほど嫉妬していた董卓や、その経緯(いきさつ)から恨んでいた曹操には目をくれず、袁紹は袁遺に飛びかかろうとした。

 だが、縄で拘束され、さらにその両脇を兵が固めている。

 袁紹は顔面から地面へと倒れ込み、取り押さえられる。

「このッ! 袁家に寄生するように生活していた男の息子の癖に! 何であなたが私を見下ろしてますの!」

「黙れッ!」

 兵が持っていた棒を振り上げたが、袁遺がそれを止めた。

「やめろ」

 そして、普段の彼からは考えられないほど、慈悲深い表情と声で言った。

「私と本初殿の袁家内の序列に大きな差があるのは事実だ。そして、下の私が彼女に出来ることはもう、好きなだけ私を罵倒させてやることと、立派でもなければ大きくもない墓をくれてやることしかない」

 その言葉に袁紹の感情が爆発した。

 彼女は喚いた。袁遺を呪うように。袁遺も、その父も、彼にまつわるあらゆることを辱めた。

 声が枯れても叫んだ。その形相はこの世のものとは思えなかった。曹操も董卓もそれから目を背けている。袁遺はただ、いつもの無表情でそれを正面から見据えていた。

 血を吐いても従兄を罵倒し続けた。それこそが袁紹に残された武器だった。袁遺以外の誰もが耳を塞ぎたくなった。だが袁遺は、普段と何も変わらない様子であった。

 やがて、喉は潰れ、声にもならない空気が抜ける音だけが袁紹の口から発せられる。

 袁遺は立ち上がった。

「言葉にできなければ、もう意味はない」

 そして、腰の太刀に手をやった。

 長さは三尺二寸。片刃で反りがある。本来なら、この時代にない日本刀の野太刀に近い形状であった。袁遺はそれを気にしていなかった。三国志なら存在しないが、同じく後漢末期に存在しない青龍偃月刀がある三国志演義の世界ならおかしくはない。

 鯉口を切って、抜刀する。良質の鋼が使われてはいるが、刃紋に美しさはない。それも彼は気にしていない。

 袁遺は兵をどけて、袁紹の背中を右足で押さえつける。

 袁紹は抵抗するが全く体が動かない。袁遺自身でも信じられないくらいの力が内から湧き上がっていた。

 刀を上段に振り上げる。

 袁紹は声にならない空気が擦れる音を未だに発していた。

 袁遺は刀を振り下ろす。

 彼の技量は本物だった。袁遺は過たず第三頸椎と第四頸椎の隙間を刃を入れた。早業だった。

 首を刀で落とす場合、刃の根本から切っ先までを使い、第三頸椎と第四頸椎の間を斬らなければ簡単に首は落ちず、斬られる者は酷い苦痛を味わうことになる。

 そして、完全に首を落とすことなく、皮一枚を残す。

 やがて自重によって、首は飛ぶことなくその場に落ちた。

 袁遺はその首を無感動に眺めて言った。

「晒せ」

 当時の決まりでは処刑した遺体は晒すことになっている。史実で董卓の遺体が長安に何日も晒されたのはこの決まりがあったからだ。

「伯業ッ!」

 曹操―――華琳が立ち上がり声を上げた。

 彼女が苦しそうな表情をしている意味を袁遺はしばらくの間、理解できなかった。

「…………あっ」

 だが、ようやくその意味を悟り、彼は視線を月の元へ移した。

 董卓―――月も察して、首を縦に振った。

「袁紹は自害した。遺体は丁重に扱え」

 自害ならば、遺体は晒さなくともいい。こうやって戦ったが、華琳と袁紹は友人同士であった。これは華琳が友人にできる最後のことであったのだ。

 ここに反董卓連合から始まった董卓と袁紹の因縁は決着した。

 ただし、世が治まったかと問われれば、その答えは否であった。

 その証拠にひとつの戦いを終えた袁遺を激怒させる報告が南からもたらされることになる。

 

 

 袁遺は司馬懿に命じた。

「幽州を平定しろ。独立を考えている者は漢民族、非漢民族を問わずに叩き潰せ」

 張遼、高覧の部隊が司馬懿の指揮下に入った。

 また、張郃の部隊から王平と姜維を独立させ、この幽州遠征に部隊の隊長として参加させる。彼女たちは張郃の下でその実力を示し、一部隊を預けるに足りる人物だということを証明したのだった。

 そして、降ってきた辛毗や王松の元から招聘した劉放を始めとして参謀団もその人員が増員された。

 彼らが幽州を征伐している間に袁遺は南皮で態勢を整えて、洛陽へと帰還する。

 その整えるべき態勢の中には、并州からやって来て傘下に入った張燕とその配下たちを振り分ける仕事があった。その数は十万単位で骨の折れる仕事であった。

 さらに、袁紹に最後まで付き従った顔良と文醜の処刑も含まれていた。

 彼女たちは主に殉じることを望んだ。

 袁遺は抗(生き埋め)の決定を下した。その指揮も自分で取る。

「伯業様、ひとつお願いがあります」

 司馬懿が言った。

「何だ?」

「幽州遠征では降ってきた北方の騎馬民族を指揮下に入れ、中原に連れ帰る許可をください」

 司馬懿の言はまっとうなものだった。

 例えば、光武帝が上記の王郎と戦ったときに烏丸突騎が精鋭として活躍したのを皮切りに、公孫賛の白馬義従、そして、史実の曹操も北方遠征で烏丸族を下して、その配下としている。

 それだけ、北方の騎馬民族は騎兵として強力であった。

「ダメだ。命令だ、北方の騎馬民族を指揮下に入れて、中原へ連れ帰ることは許さない」

 だが、袁遺はそれを拒否した。

「は……しかしッ」

「聞こえなかったか。命令だ」

 袁遺は司馬懿の言葉を遮る。

「……」

 司馬懿は黙った。

 袁遺が命令を盾に自分の意志を押し通すという軍隊の基本をどこか嫌っていることを彼は知っていた。袁遺は反董卓連合の囮の件のように必ず理由を示して、相手を納得させる努力はする。

 それが命令の一言で斬り捨てた。

 これ以上踏み込むのは、身を危うくすると司馬懿は思った。

 袁遺が拒否した理由は、こうやって中華の内側に入ってきた胡人が後に五胡十六国時代の原因のひとつとなるからだった。

 もちろん、それは司馬懿には分からない。

「では、こちらに降った崔殿の推挙した人材を指揮下におきたいと思います。その許可を」

「崔琰か……」

 崔琰は人物評の大家であり、正史でも多くの人材を曹操陣営、ひいては魏に推挙した。

「構わない」

「ありがとうございます」

 司馬懿が頭を下げた。

 このとき、司馬懿が登用した人物は幽州涿郡涿県出身の孫礼であった。

 後に彼は司馬懿の下で大きな仕事をしていくことになる。

 

 

 出発前であるが、この遠征の結果を先に言ってしまえば、司馬懿は簡単に幽州を制圧する。

 騎馬民族のいくつかの独立を試みる集団が抵抗したが、司馬懿はそれを難なく跳ねのけた。

 司馬懿は、騎馬民族が得意としているパルティアンショットを逃げる方向を正確に読んで伏兵を置き封じ込めた。騎兵で長距離奇襲する必要もない。

 遊牧民たちは少し攻めに回れば、勝手に逃げていく。しかし、それが彼らの必勝の戦法だったのだ。

 だが、それが通じない相手が現れた。本来ならこれから四〇〇年先に李靖によって突厥が喰らうはずであった衝撃を袁遺のせいで、この時代の騎馬民族が喰らうハメになった。

 司馬懿は、行く先々で勝利を積み重ねていくことになる。

 

 

 その情報が伝えられたのは、ある意味でタイミングが悪かった。

「孫策が寿春を奪い、袁術が行方不明、だと……」

 袁遺はその文書を読み上げた後、この男にして本当に珍しく声を荒げた。

「勝利を台無しにしやがって!」

 そして、書簡を投げ捨てた。

 壁にぶつかった書簡は紐が切れてバラバラになる。

「仲達! 幽州遠征の出発は一日遅らせる! 先に呂将軍の部隊を黄河の南に帰す!」

 袁遺は参謀部へと向かう。呂布隊の行軍計画を立てるためだった。

 所詮、今の袁遺にとって、ひとつの戦いの終わりとは次の戦いの始まりに過ぎなかった。

 

 

21 三年の喪(後)

 

 

 その年は夏の盛りは過ぎても日差しは強く、まるで夏が忘れられないようだった。

 そんな中を歩くと肌を容赦なく焼く日差しによって、汗が滝のように流れるが、袁遺は不思議な爽快感を感じていた。

 喪に服している間、ずっと小屋に籠りきりだったのだ。こうやって歩いて汗を流すという行為が久しぶりで、倒れるまで歩き回りたかった。

 温県は首都・洛陽から北東に七五里(約三三キロ)しか離れていないが、鄙びた雰囲気を漂わせていた。民家が疎らだからだ。

 だが、おかしく聞こえるかもしれないが、民家が疎らということはそれだけ人が多いということであった。

 何故なら、前漢の武帝の時期に農法に大きな変化が起こった。所謂、代田法である。

 耦犂(ぐうり)(牛二頭引きの(すき))や播種用農器具のような大型農具を中核として耕す方式に変わったのだった。

 この結果、今まで夫婦ふたりでせいぜい一八二アールを耕していたのを、その四倍~六倍の広さを耕せるようになった。そのために、民家を直線距離で五〇〇メートル近く離さなければならなくなったのだ。つまりは人が多ければ多いほど耕作地は増えて、さらに民家が疎らになる。

「これはきっと、多くの収穫が望めるんだろうな」

 袁遺は呟いて歩く。

 目的地の四阿が大きくなってくるにつれ、袁遺の耳に琴の音が入ってきた。

 どこかで聞いたことがあるが、その曲を袁遺は思い出せなかった。

 なんとか、聞き覚えのあるメロディーラインを口ずさみ、記憶を探る。

 そして、気付いた。

「ああ、高山流水か……しかし、酷い演奏だな」

 左手の押し引きが悪かった。強く押し過ぎているために音が外れている。

 その上、右手の動きからは自信のなさが表れている。ともかく失敗しないようにやっているためテンポが滅茶苦茶だった。

 そう言えば、あいつ、琴と詩文の才能はからっきしだったな。

「悪いけど、これで泰山も大河も想像できないな」

 そう呟いて、思い直した。

 いや、この演奏で高山流水って分かるってことは、それはそれで故事の通りなのか。

 袁遺は苦笑した。

 音色に誘われるように、袁遺は貯水池につきだす様に建設された四阿に向かった。

 こんな日に四阿なんて、と袁遺は思ったが、水辺に近いためか心地よい涼風が頬を撫でた。

「仲達」

 琴の音が途絶えた。

「伯業か」

「ああ、久しぶりだな」

 袁遺の無表情な顔に温かなものが宿った。

「座ってくれ」

 司馬懿が言った。

 ああ、と袁遺は応じながら腰を下ろした。

「屋敷の方に行ったら、奥方にこちらだと言われてな。恐縮していたよ。色々そつなくこなす君なら、屋敷で待っていると思ったんだが」

「それは悪かった。文をもらったが、にわかに信じられなかった」

「ん? どういうことだ?」

 袁遺が首を傾げた。

「君なら、あと三年は喪に服すと思っていたんだ」

 仲達が答えた。

「何故?」

 袁遺は仲達がそう思う理由が分からなかった。

「君ほどの才人が冀州で県尉として転戦するのは思うに、君の従妹がそこに赴任するからだろう。だから、君は年は下だが序列は上の従妹のために露払いをさせられた」

「……ふん」

 袁遺は肯定とも否定とも取れるように鼻を鳴らした。

 しかし、友はそれを肯定と受け取った。

「そして、従妹は南皮の県令になった」

「まあ、そうだな」

「このままいけば、君はまたその従妹のために使われるんじゃないかな」

「……どうだろう」

 袁遺は、はぐらかした。

「だけど、別の従妹が九江太守になった。そして、その従妹同士は仲が悪いんだろう?」

「ああ」

 袁遺は肯定した。

 それに仲達は上品に笑った。しかし、今その上品さには畏敬を呼び起こすものが含まれていた。

「なら、用心深い君のことだ。将来ふたりがぶつかることを考えて、見極めると思ったのさ。どちらが勝ちそうなのかとね。それを見極めるなら、三年だろうが六年だろうが、君は喪に服すさ」

「……はは」

 袁遺は乾いた笑いをこぼした。

 本心を言い当てられていた。

 喪に服している最中、訪れた華琳が言った。正直、あなたが三年も喪に服するとは思わなかったの、と。

 確かに、袁遺は父を敬愛していた。しかし、そんな袁遺でも三年は長いと思う。それは現代の感覚だった。

 だが、袁紹と袁術の趨勢を見守れるなら、司馬懿の言う通り三年くらいどうということはない。

 何故なら、史実の袁伯業は袁紹と袁術の争いに巻き込まれて命を落とすのだ。そこはいくら慎重になっても、なり過ぎることはない。

「ははははは、しばらく会わないうちに、また恐ろしくなりやがったな、仲達」

 そして、袁遺は理解した。何故、自分が喪が明けたら司馬懿に会いたくなったのかを。

 すると、妙におかしくなった。

「さすがだよ、仲達。俺は君のような友を持てて幸せだ。君に比べたら、俺はなんと友達がいのない奴か」

 華琳は俺と会っても、何故会いたくなったか分からなかったが、俺は仲達に会って、何故会いたくなったか分かったよ。袁遺は思う。

 怪訝な表情をする司馬懿に袁遺は尋ねた。

「ところで、君の家の田畑が増えていたようだが、部曲の数も増えているんじゃないか?」

「ああ、そうだよ」

「袁家もそうさ。その様子を喪に服している最中、見ていて思ったんだ」

 袁遺は遠い目をして言った。

「何と?」

「このままじゃあ、漢王朝は滅びるなって」

 部曲とは零落した農民である。

 農民が零落するのは税が払えないからだ。売官のせいで本来のものより多くの税が取られている。

 となると、逃げだす農民が多くなれば、ひとりの負担が大きくなり、また農民が逃げだす。まったくの悪循環だ。加速度的に漢王朝の財政基盤は弱体化していく。

 そして、それは農民叛乱の芽を育てていることでもあった。

 さらに、地方豪族が零落した貧農を取り込んで肥大化し、漢王朝をも超える力を持つようになるだろう。

「そうだね」

 司馬懿はあっさりと同意した。

「滅びないものはないさ」

「ああ、そうだ。だけど、滅びないように足掻いてもいいだろう?」

「その通りだ」

「だから、俺は出世がしたくなった。出世をするためには袁紹と袁術、そのどちらかの下にはつけないだろう。それで見極める必要がなくなった」

 袁遺が言った。

「出世?」

 司馬懿が顔を歪める。

「袁家の序列は?」

「さっき、君が推測しただろ。袁紹と袁術はいつか必ずぶつかる。そのときに、そんなものは崩壊する」

「出世して、どうするんだ?」

 司馬懿が尋ねた。

「言ったろ。漢王朝を救うんだ。それができる地位にまで俺は駆け上がりたい」

「いつか出現するだろう朝敵を討ち果たす?」

 袁遺は司馬懿の言葉を鼻で笑った。

「まさか。朝敵を打倒すのは当たり前のことだ。そんなことが救うことかよ」

 そして、袁遺はこのふたりの関係と未来を大きく変える言葉を口にする。

「古来より国が社会秩序を維持する規範として、礼、楽、刑(法)、兵(軍隊)を使ってきた。儒家は礼と楽を重視し、法家は刑(法)、兵(軍隊)を重視した。俺はそれらを規定し、補足する。そして、それを実際に施行するときの細則も創る」

 つまりは律令制と格式だった。

「給田法、それに伴い戸籍も作り直す。現在の官制を改め、内朝を基盤に三つの省と六つの部を作る。人材登用の方法も変える。地方に人材を挙げさせるのに郷品を作る。品だけでは一部の名士に要職を独占される恐れがあるから、同時に班も作る。太学に準ずるものを各地に作り、そこで学べば品が上がることとする。それが進めば将来、人材は国が大々的に試験で発掘することになるだろう」

 袁遺が口にしていることは地方の権限、権益を徹底的に削り、絶対的な中央集権を作り上げることだった。

 それは将来、名士と絶対に対立することであった。

 歴史を俯瞰的に眺めれば、後漢は三つのものに蝕まれる。

 ひとつは外戚。ひとつは宦官。ひとつは肥大化した名士である。

 そういった点で言えば、宦官の孫で皇帝の義父(外戚)で名士の曹操は演義で悪役になるのも仕方がない。

 そして、中華の王朝の交代は、肥大化した地方豪族(名士や貴族、軍閥)が現在の王朝を打倒する。もしくは、異民族に滅ぼされる。武周という特殊な例もあるが、基本的にこの二種類だ。

 袁遺は現在の漢王朝にある前者の流れを喰い止めようとしている。

 だから、そのうえで最大の障害になりそうな司馬懿に会いに来たのだった。

 司馬仲達という男は袁遺が最も信頼し、最も恐れている友人であった。

 袁遺はある意味で正気ではなかった。彼は友情と野望や忠義をも超えた妄執の間で心を乱していた。

 邪魔になるなら司馬懿をこの場で殺しそうだった。だが同時に司馬懿と対立するくらいなら、これら全てを投げ捨てて、今まで得た小さな名声を利用して、故郷で詩文を教え、日々の糧を得る生活を送りそうでもあった。自分でも自分が分からない。

「驚いたな。信じられない」

 仲達は言葉とは裏腹に穏やかな表情で言った。

「何が?」

 袁遺が尋ねた。

「愛国という感情が、この天下に実在したことが」

 

 

 丙の章、了。丁の章へ。

 




丙の章完結記念として活動報告に参考文献を示します。興味のある人はどうぞ。
次の投稿は一月の後半になる予定です。

補足

・荊軻
 始皇帝を暗殺しようとして失敗した人物。
 彼は易水の畔で、風蕭々として易水寒し。壮士ひとたび去って復た還らず、という詩を詠んで、決死の覚悟を示した。
 その志の高さを後世では多くの人が称えることとなる。
 まあ、自分は司馬光と同じ意見ですけどね。正直、あれは丹の個人的な恨みの暴走感がある。

・シュリーフェン・プラン
 第一次世界大戦のドイツのフランス侵攻計画。
 フランスぶん殴って倒した後に、ロシア殴って勝とうぜ。フランスとロシアの間にある国は道路だぜって話。二面作戦がダメな方向に極まった感じの計画。
 参謀教育を怠ったていうか、間違えたっていうか。参謀部の暴走の最たる例として語られることが多い。軍事の専門家たちが本当に軍事のことしか考えなくて、政治とか外交とかを殆んど考えなかったか都合よく考えすぎてしまったって評価である。
 一応、再評価する部分や色々な論争もあるみたいだけど、自分はそんなに詳しくないので、そちらに興味がある人は自分で調べてください。

・孫礼
 魏後期の武将、政治家。演義では諸葛亮のやられ役の一人。正史では蜀方面軍にはそんなに関わりがなかった。
 この二次創作では崔琰に推挙されたことにしたが、正史では崔琰は孫礼を高く評価しただけで、推挙はしていない。
 その点はご注意ください。
 辛毗や王松のように対諸葛亮の人材は、とりあえず司馬懿の元に集める。

・代田法
 始めは限られた極一部の地域だけだったが、徐々に広まったという説もある。二〇〇三年に漢の時代の冀州魏郡でその跡地が発見された。

・高山流水
 中国の古琴の曲。
 または春秋時代の故事。
 琴の名手の伯牙が泰山を思いながら弾けば、友人の鍾子期は泰山が浮かぶようだと言い。大河を思いながら弾けば、大河が浮かぶと言う。
 そこから、真の友人を指す言葉でもある。

・袁遺が口にしていることは地方の権限、権益を徹底的に削り、絶対的な中央集権を作り上げることだった。
 基本的に、南北朝時代、唐、宋、明などの良いとこ取り。詳しくは物語の歩みと共に書いていくつもりです。
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