6 別働隊
袁遺が恩師である張超に最後に会ったのは朱儁の軍勢に従軍した初日であった。それから、それなりの時間が経っている。
久しぶりに再会した張超は、その風貌にやや神経質な色を見せていた。彼は本来、文士であり、軍人ではない。そのため、幾分かの苦労をしているのだろう。だが、袁遺の予想より疲労の色は少なかった。
「ご無沙汰しております、先生」
袁遺は拝礼した。
「久しぶりだな、伯業。だが、今は、別部司馬と呼んでくれ」
答えた張超の声には、やはり、疲れが混ざっていた。
「はっ、失礼しました。別部司馬殿」
「それより、伯業。今、我々のとるべき行動を言ってくれ」
先生は、疲れてはいないが焦っておられるな……袁遺は、思った。
声に余裕がなかったのだ。
無理もない。予備隊の役割をしていた別働隊が実戦に投入されるのは剣呑な事態だからな。
袁遺は、そうなった原因が自分にあることを棚上げして思った。
しかし、袁遺の考えからすれば、後代の言葉で士官という立場の人間は、それ相応の苦労をするものだった。
何故なら、彼らは兵に死ねと命令する立場であるからだ。そういった立場の者は判断能力を残す限りで、苦労しなければならない。それは、兵からの信頼を得るためのものや勝利を掴むための苦労、兵の苦労を抑えるための苦労である。
そうであるが故に、恩師が判断能力を残している限り、袁遺は張超を下から酷使し続ける。
勿論、自身は例外ではない。逆に、悲壮とさえ、思われるまで自身を酷使するだろう。
何故なら、袁遺には食い逃げの趣味などないからだ。
「では、まずは先行部隊を出しましょう。人選は……」
「それは伯業に任せる」
袁遺が言い終わる前に張超が叫ぶように言う。
この軍旅の間、張超の胃が痛み続けたのは言うまでもないことであろう。
ともかくとして、袁遺は実質的な指導権を握り、行動を起こした。
まず、陳蘭と雷薄を先行部隊として、先発させた。
このふたりは、前にも触れたとおり、賊の討伐・懐柔を一手に引き受けている。彼らは袁術のもとから袁遺が引き抜いてきたのだった。
袁遺の頭の中にはこの別働隊で果たすべき目的が浮かんでいた。
穏健派の黄巾党内で発言力のある者たちを消してしまうことだ。これが作戦目的にあたる。ならば、戦略目的はというと黄巾党の糧道を断つことだ。いわば、後方攪乱である。
さて……と袁遺は考える。どうやって、黄巾党の穏健派有力者を消すかだ。
暗殺や正面切っての合戦で消していってはダメだ。時間がかかりすぎる。それに袁遺は心のどこかで、飢えや貧困により仕方なく賊に身をやつした者たちにある種の同情と社会復帰の機会を与えてやりたいと考えていた。そこから導き出した妥協点は、五日かけて投降を呼びかけ、その段階で下った者は重罪を犯した者を除いて放免し、年齢と体力に見合う者は軍に入隊させるということだった。
その宣伝のための先行部隊であった。
陳蘭と雷薄は何度か触れたように匪賊の懐柔を一手に引き受けている。袁遺は彼らならば、うまくやるだろうと考えていた。
彼らふたりは対照的であった。
陳蘭は風采の上がらない朴訥な男であった。誠実というより愚直とでも言えばいいほどの実直さの持ち主である。対して雷薄は山賊にしか見えない容姿の持ち主で、今も官軍の旗を掲げなければ、飢虎のような賊に間違われてもおかしくない男であった。だがしかし、誠実さと恐怖は交渉事には欠かせない要素である。
さらに兵の引き際も知り、粘りもある。少数での戦い方も知っている。自分たちが到着するまで事体を悪い方向にだけは転がさないだろうと袁遺は考えていた。
その後、自身の隊も準備が整い次第、本隊から離脱し、別働隊としての活動を開始した。
「雛里」
袁遺は傍らに控える参謀格の少女に声をかけた。
「行軍の脱落者は出ていないか?」
「は、はい、今のところは出ていません」
雛里の答えに袁遺は、そうか、と頷くと黙り込んだ。
現在、彼の部隊は小休止をとっている。指揮官たる者、兵を無駄に疲れさせるものではない。そういったことからいえば、袁遺が脱落者を気にする理由にはなるが、そのことを把握していない程、彼は無能ではない。彼が雛里に自身の把握していることを尋ねたのは、苛立ったときにする―――分かりきったことをあえて尋ねるといった―――人間の一般的な行動であった。
何が彼を苛立たせているのか? 雛里にはその心当たりがあった。
昨晩、袁遺は書簡を燃やしていた。偶然にそれを見かけたのであった。雛里は何の書簡であるのか尋ねた。すると、袁遺は無機質な瞳を冷たくし、今の雛里には関係ないものだ、と言った。そして、それ以上の言葉を拒絶するように、自身の天幕へと帰って行った。
あの書簡は何だったのかは、雛里はわからない。しかし、あの書簡に記された内容により、自身の主が苛立っているのではないかという確信めいたものが雛里の胸にはあった。
「書簡のことが気になるか?」
瞼を下ろしたまま袁遺が言った。
「あ、あわわ……」
いつの間にか自身が深く考え込んでいたことに気付いた雛里は、恥ずかしげに驚いたときの口癖の言葉を発した。
「あれは洛陽にいる部下が届けさせたものだ。社稷の動きを探らせている」
袁遺は言う。
「良い知らせと悪い知らせがあった」
袁遺は空を見ながら、言った。
「雛里は張既という人物を知っているか?」
「いえ……」
「姓を張、名は既、字は徳容。涼州に詳しい男だ」
袁遺はその男を思い出すかのように一度、目を閉じた。
「不思議な男だ。人畜無害という言葉は彼のためにあるのではないかというくらい敵意や悪意がなく、怒りや憤りといったものは彼の前ではすぐに消え、謝られれば許してやろうか、などといった気持になってしまう。彼とは一度しか話したことがないが、信頼のおける人物だと思ったし、また何かの機会に西の土地の話を聞きたいとも思っていた。で、どうやら、この軍旅が終わり、無事、洛陽に帰れれば、機会を設けてくれるようだ。これが良い知らせだ」
「では、悪い知らせというのは……?」
雛里が恐る恐る尋ねた。
袁遺は少し考え込み、口を開いた。
「どうやら、都は大分浮き足立っているようだ」
その声色には、わずかに苛立ちが見て取れた。
「そういった状況になれば、得てして碌なことが起きんし、よからぬことを考える輩も出てくる」
袁遺は、まったく、と吐き捨てた。
そんな袁遺に雛里は違和感を覚えた。
主は嘘をついている。
都が浮き足立っていることに関しては以前からのことであり、それが今更、悪い知らせとして送られてきた。なおかつ、その今更なことでここまで苛立つような主君ではないと雛里は思ったのだ。
では、何故、袁遺が苛立ち、嘘をついたか。いろいろな考えが雛里の頭を巡った。
もしかしたら、もうすでに好からぬことを考えた人間が出てきて、なにか行動を起こしたのではないか。それとも、動かぬ戦況に業を煮やして、都の者が指揮官の更迭を検討し始めたのではないか。
考えが波のように次々と頭に押し寄せては消えていく。
「ともかく」
そんな彼女の意識を現実へと引き戻したのは袁遺の声だった。
「戦場と社稷の思惑がずれることは往々にして起こり得ることだ。それについて苛立っても仕方がないな」
まるで自分に言い聞かせるように袁遺が呟いた。
そんな主君に対して雛里は言葉をかけることができなかった。その姿にはこれ以上の会話を拒否する雰囲気があったからだ。
「雛里も体は休めておけ。初めての軍旅だ。後からつらくなるし、この先こうやって話をすること自体が億劫になってくるぞ。特に先行させた部隊と合流した後はな」
袁遺は、隊を見て回ってくると告げ、雛里に背を向けた。
それから、五分後に袁遺の部隊は行軍を再開した。
そんな袁遺の遥か前方を行く集団があった。
袁遺の出した先行隊だ。
その中でひとり、顔に苦りきった表情を浮かべる男がいた。
この先行隊の主将格の陳蘭である。
彼は袁遺のように整った顔でもなければ、張郃の様に威厳を感じさせる顔でもない。丸顔で良く言えば親しみのもてる、悪く言うなら不器量な風采の持ち主であった。
「おい、隊を率いる者がそんな顔をするな!」
そんな陳蘭を怒鳴るように(というより完全に怒鳴りながら)、まるで山賊のような男が駆け寄ってきた。
「おぉ、だが、雷薄」
その山賊のような男がこの部隊の副将格の雷薄であった。
「だがもなにもねぇだろ!」
おおよそ格上の者に使う言葉ではないが、雷薄本人はこれで陳蘭を格上扱いしているつもりである。
何故なら、この男、口より先に手が出る質であり、これが格下の者であったなら、とうの昔に殴っている。
「いや、しかし……隊長より先行し、賊の懐柔に手を尽くせと仰せつかって出発したはいいが、降った賊は未だなし。このままでは隊長に合わせる顔がないだろう」
と愚痴のような本音を陳蘭は口にした。
「何、言ってやがる。隊長も投降の期待は殆どない、と言ってただろうが。官軍がこちらに来たことを賊に知らせるのが最大の目的だともよぉ!」
これも本人は怒鳴っているのではなく、励ましているつもりであるが、傍から見れば、叱責しているようにしか見えない。
「俺たちは物見でもあるわけだ。そっちの仕事をしっかりやればいいじゃねえか、な?」
と雷薄は続けるが、陳蘭は、だが……や、でも……という言葉を呻く様に吐き出すばかりであった。
雷薄は大きなため息をひとつ吐き、思った。
敵とでも遭遇しないかと。
陳蘭という男は血の臭いを嗅がないかぎり、度胸の据わらぬ男であった。
また、それが原因で袁術の元で冷や飯を食わされていたわけでもある。
もっとも、冷や飯を食わされていたのは雷薄も同じであった。それ故に袁遺の元に移ってきたのであった。
やることは袁術の元にいたときとほとんど変わらない。匪賊討伐である。
ただ、戦で死ぬことになるなら、袁遺と袁術、このふたりならば袁遺の戦で死ぬ方がマシである。雷薄はそう思っている。
だが、まだ死ぬことはできない。少なくとも、主がここで起こすだろう戦に参加するまでは。
雷薄は心の高ぶりを感じる。
その高ぶりのままに軍を動かしたかったが、やめる。兵を無駄に疲れさせるべきではない。そのことを体感的に彼は知っているからだ。
行軍速度はそのままに雷薄たちは征く。
結局、袁遺たち本隊が到着するまでに降った賊は―――
「いなかった、か」
袁遺は本隊と合流した陳蘭と雷薄の報告を聞いて口を開いた。
今、この場には、袁遺と雛里、張郃、高覧、陳蘭、雷薄がいる。
その中で陳蘭が顔を真っ青にしながら、冷や汗を流していた。
何の成果も挙げられなかったことに責任を感じていたし、叱責も恐れていた。さらに袁遺が凍り付いた様な無表情であったからだ。これは、いつものことなのだが、こういった成果の上がらなかった場合、彼のそれは恐怖を抱かせるに十分であった。
「陳蘭、雷薄。先発隊の任、ご苦労。状況を悪転させずによくやってくれた。賊の根城の目星はついているか?」
袁遺は地図を広げながら、言う。
「は、はい!」
叱責されなかったものの恐怖がまだ抜けきらない陳蘭は声を上ずらせながら答え、地図に根城を示す石を置いていく。
袁遺は、しばらくそれを眺めると雛里の方を向き、口を開いた。
「雛里、我々、別働隊の戦略目的は黄巾党の兵站を鹵獲、もしくは破棄すること。また、それらの行動を陽動として本隊の負担を減らすこと。この二点である。それを踏まえて作戦行動を立案しろ」
「は、はい!」
袁遺から発せられた言葉に雛里は飛び上がらんばかりの勢いで答えた。
雛里には明確な目的を伝えるだけで十分だと袁遺は考えている。彼女ほどの軍略家なら、とやかく言うのではなく戦域とそこで行うべき方針さえ示してやる方が、彼女の才能を邪魔せずに自由に作戦を立案できると袁遺は確信しているからだった。
実際、彼女から出された行動案は袁遺の満足するものだった。
袁遺たち、別働隊が初めにとった行動は、ここ周辺の賊で最大勢力を誇る軍勢と、彼らを援助している村との間に陣を敷くことだった。
こうすることによって、村とそこから援助を受けていた賊は分断され、村は前にも述べたように飢虎や餓狼の群れと何ら変わりのない賊に襲われることになるかもしれない。
そうなると賊軍と官軍、その役割が正反対になるが、この賊は官軍、つまりは袁遺たちを突破し、村を守らなければならない。
官軍に対して、どのような対応をするか、彼らは揉めた。
危険だから砦に籠って官軍が去るのを待てばいい。ここら一帯の他の黄巾賊が動いたら、官軍はそれに対処しなければならない。そのときを待てばいい、といった慎重論派と、そんなときが来る前にこちらが餓える。ならば、余力がある今のうちに官軍を追い払うべきだ、という主戦論派が対立した。
その後、議論を重ねた結果、彼らは砦を出て官軍へと攻撃を仕掛けた。
その結論に至った要因はふたつ。ひとつは現在この豫州の黄巾軍と官軍の戦いの戦況が互角、もしくは黄巾軍がやや優勢という状況であるということ。そして、ふたつ目は、ただ単純に兵の数が官軍より多いということだ。官軍が四〇〇〇人弱に対して、彼らは八〇〇〇を超える数である。二倍以上の差である。
もっとも、実際はそれ以上の差がある。四〇〇〇弱という数字は張超・袁遺隊の総数であり、兵站補給部隊などの非戦闘部隊を入れた数である。この時代の原則として、兵站補給は全体の三~四割をあてる必要があるため、実際に戦闘にあたる人数は三〇〇〇にも満たない数字になる。実質、三倍近くの差が存在した。
数の優位と官軍が、やはりと言うべきか案外と言うべきか、ともかく大したことないという思いから彼らは攻勢に打って出た。
この八〇〇〇と四〇〇〇(実質三〇〇〇未満)の勝敗はあっけなく付いた。
両軍が互いを確認できる距離に達したとき、張超・袁遺隊の中から『張』という旗を掲げた八〇〇の部隊が飛び出した。張郃の部隊である。
張郃と八〇〇名はあまりにも無造作に、そのまま正面からぶつかった。
八〇〇〇の部隊にたった八〇〇で突っ込む。正気の沙汰ではなかった。
張郃の部隊はそのまま入り乱れることなく、敵正面に圧力をかける。
黄巾軍はその命知らずの八〇〇の部隊を包み込もうと左右両翼から襲い掛かるが、それを待っていたように今度は『高』の旗を掲げた五〇〇の部隊が左翼に噛みついた。
高覧の部隊である。
鶴翼の羽は広げようとする瞬間が最も脆い。
延びようとしていた左翼は最悪のタイミングで攻撃を仕掛けられ、訓練に訓練を重ね、統率のとれた部隊からの圧力で逆に窪む。つまりは後退し始めていた。右翼だけが伸びる形になった結果、黄巾軍の陣形が左右に広く伸びるように乱されていた。八〇〇〇の部隊が三つに分断された形になったのだ。
そして、その後退に付け込むように袁遺が率いる九〇〇の部隊が小さく固まり突っ込んできた。
その九〇〇は数千の敵を見る間に絶ち割った。
また、それに呼応するように陳蘭、雷薄の部隊が右翼を牽制し、左翼に圧力をかけていた高覧の部隊が張郃隊に合流し、中央への圧力を強める。
この時代、というより完全な火力装備化された軍隊が登場するまで、正面切ってのぶつかり合い『戦闘』の段階での死者の数は多くはない。死者の数が増えるのは戦列が維持できなくなった『潰走』の段階である。
陣形を崩された軍は脆い。
黄巾党左翼は、練度の高い隊である袁遺隊に散々に叩かれ、統制が失われ、その『潰走』の段階にあった。
そして、その左翼部隊の混乱は中央と右翼の部隊にも伝播した。この時代の指揮官が最も恐れる潰走の連鎖反応、友崩(この場合、味方が崩れるのを見て崩れる見崩)である。
黄巾賊は砦に向けで敗走した。
官軍に討たれる者。混乱し、明後日の方向に逃げる者。味方同士でぶつかり、他の味方に踏み潰される者。意地になって切り結んでいるうちに囲まれ討ち取られる者。彼らの死体は撤退路沿いに長く延びていた。
砦に入れたのは出撃した兵の七割程度である。
まだ、張超・袁遺隊より多い数字であるが、一度の敗北で賊軍の士気は低下していた。
こうなれば、あとは直接戦う必要などない。囲んで騒いでやればいい。敵に強いと錯覚させ、相手の戦意をくじくのだ。
士気が低くなった砦の中で起きることは、いろいろと想像できる。
例えば、慎重派が主戦論派に責任を問うているだろうし、徹底抗戦を唱える者と降伏を唱える者で議論が始まるだろう。脱走兵や投降兵が出るかもしれない。その投降兵が指導者の首を手土産に持ってくることもある。
袁遺たちは熟した果実が落ちるのを待てばよかった。
実際、二日後に砦から降伏の使者がやってきた。
この砦に籠る賊たちは、官軍より多い兵力を持ちながら、降伏の憂いを見た。
それは袁遺が知っていて、彼らが知らなかったことがあったからだ。
袁遺は、向かい合う軍隊の兵站が同等ならば、大軍の方が有利であるという常識を否定するほど愚かではなかったが、大軍であれば必ず勝てると思うほどおめでたい頭の持ち主ではなかった。有利と勝利は全くの別物である。そして、大軍に兵法などいらない、などということなど決してない。大軍なればこそ、その運用に慎重になるべきなのだ。
結局のところ、兵の練度差や指揮の差以前にこのことを知っているか知らないかが彼らの勝敗を分けたのであった。
袁遺は彼らを許し、従軍を望む者と帰郷を望む者に分け、従軍を望む者たちを雷薄の下につけた。
「これで我々の部隊は八〇〇〇名近くまで膨れ上がったか」
天幕には、この部隊の首脳陣と言うべき、張超、袁遺、雛里、張郃、高覧、陳蘭、雷薄の七人がそろっていた。
「はい、これでここ周辺の賊よりも多くの兵力を有することになりました」
雛里が言った。
「このことがこの周辺に広がれば、穏健派の黄巾党が投降してくるでしょう」
「そんなにうまくいくもんかの?」
雛里の言葉に張超が口を開いた。その声色には嫌味なものがなく、純粋な疑問だった。
「賊共が砦から出てこなくなるだけじゃないのか?」
「それについては何の問題もありません、張超様」
その疑問に答えたのは袁遺だった。
「我々の戦略目的は黄巾党の撃破ではなく、糧道を絶つこと。また、それらの行動を陽動として本隊の負担を減らすことです。賊共が砦から出てこなければ、ここら一帯の村は、彼らを見限り、見境のない賊共から身を守るため、こちらに協力するはずです。そうなれば、糧道は絶たれ、必然、右中郎将様が相手にしている部隊の糧道がひとつ潰れることになります」
袁遺は丁寧に説明した。
張超が納得しないなら、納得するまで何度でも丁寧に、その疑問となりうる部分も説明する構えだった。
これは袁遺がかつて、草書の手ほどきを受け、また、自身を推挙した張超のことを尊敬し、必要以上に慇懃な態度を取っているのではない。現在の彼らの立場が、名目上の指揮官と実質的な指揮官という、非常に難しい関係にあることからだった。
袁遺は自分が実質的に全権を握ったからといって、師でもある張超をぞんざいに扱うのは儒教的にも、部隊の士気にも問題があった。このふたりの関係が冷え切った場合、その空気は部隊にも何かまずい雰囲気を漂わせることになる。上司同士がいがみ合っている現場の部下になりたい者などいないのは当然である。そして、逆にその部下の空気をふたりが察し、さらに関係が悪化し、部隊の士気が下がる、といった悪循環に陥る可能性がある。
それらのことから、袁遺は張超との関係に気を使うし、張超は張超で実質的に部隊の運用をすべて任せている袁遺に、尊大な態度を取るわけにもいかないが、卑屈になるわけにもいかない。威厳を保ちつつも、袁遺に信頼感とある種の敬意を示さなければならなかった。彼もまた下の者たちから見られているのである。実質的に全てを他人に任せ、威張り散らす者も立場が下の者に卑屈になりすぎる者も、いわば、見栄えが良くなかった。軍だけでなく、世間一般的に見栄え(この場合、服装だけではなく、態度、姿勢、表情なども含めて)がある程度は良くないと、案外、無用な反感を買ったりする羽目になる。
ともかく、彼らはいささか苦労を要する関係にあった。
「うん、そうか」
張超が納得した様子だったので、袁遺は彼の配下に次の指示を与えていく。
「というわけで、これからは戦闘ではなく、軍を移動させて、戦略的優位を確保していく。雷薄」
「はッ!」
「ここ当分は戦闘がない。今のうちに投降した者たちを鍛え上げろ。少なくとも戦闘中に反抗されないようにしておけ」
「それは酷く恨まれることになりますよ」
雷薄はその強面をどこか面白そうに歪ませながら言った。
「構わない。反抗されるくらいなら、恨まれた方がマシだ」
「分かりました。散々歩かせておきます」
「そうしろ。私と君を恨ませるのだ。得意だろ、そういうのは」
「はい」
「高覧、五〇〇を率いて先発しろ」
「はッ!」
高覧には威力偵察を命じる。
「張郃」
「はッ!」
「兵の数は増えたが、全体の質は下がった。初戦の様な連携のとれた用兵はできなくなったと思え」
「はい」
「戦闘正面を限定するように努めて、質的不利をできるだけなくせ。いかな雑兵でも、味方があふれんばかりにいれば、それなりの働きは見せる。それと……いや、ここまで私が口を出す必要がないな。うまくやってくれ」
「分かりました」
「うん、頼んだぞ」
この部隊で最も戦闘力を持っているのは張郃の隊であり、要でもある。
「陳蘭は張郃の補佐につけ」
「は、はい」
実戦部隊の隊長格に指示を出し終えると次は、村との交渉のことになる。
「別部司馬殿。私と鳳統を連れ、一度村を訪れましょう」
「村を、か?」
張超は困惑の色を浮かべた。
「だが、連中は賊を支援していたのだろう、その……」
大丈夫なのか? とは声にしなかったが、それでも顔には出ていた。
「問題ありません。彼らはきっと歓声を上げ、我々を迎えますよ。自分たちが黄巾党とある種の後ろ暗い取引をしていたことなど一切、匂わせずに。我々もそんな事実などなく、もう大丈夫だ、あの砦の黄巾党は討伐した、安心しろ、と声をかけてやってください」
袁遺は、いつもの無表情を通り越した無機質な顔で言った。
事実、官軍が村を訪ねると、村長と何人もの村人が張超たちに集まり、礼を言った。黄巾党が如何に悪辣な集団であるかを訴え、それから救ってくれた官軍を称えた。
袁遺は何も思わなかった。黄巾党を支援していた事実などないように振る舞う彼らにも。その事実を逆手に取った自身の悪辣さにも。
彼らが自分たちの命を守るために官軍と穏健派の賊を天秤にかけたように、袁遺もまた守るべきものを盾に使うが如き行為からくる良心の呵責と危険性を天秤にかけただけだった。
7 寝付き
夜、天幕の中で袁遺と雛里は状況を整理していた。
まずは現在のこの別働隊がどれほどの進軍速度を持っているかの確認であった。今までも何度か言ってきたことだが、軍勢というのは一度散ってしまうと軍ではなくなってしまう。そして、再編成には、ひどく手間がかかり、下手をするとそのまま霧散しかねない。
であるが故に行軍中は縦列の行軍隊形を組み、歩調をとって進む。もちろん、その歩幅まで定められている。でなければ、軍勢が一日にどれくらい進めるか分からなくなる。すると作戦計画も立てられない。
そして、軍隊において、動作とは号令に対しての絶対服従の度合いである。今日も行軍中、雷薄の歩調とれ、の号令から、歩調の乱れを叱責する怒号などが響き渡っていた。中々の鬼教官ぶりであった。
「今日一日で進んだ距離はほぼ三十六里(中国では一里=約五〇〇メートル。つまり、約十八キロメートル)か」
机の上に置かれた地図を見ながら袁遺が言った。
「よく訓練された歩兵が適切な隊列を組んで行軍した場合、一日に六十里(約三十キロメートル)進むことができるが、兵の疲労を考えて四十八里(約二十四キロメートル)に抑えておくべきというが……いや、急場の新兵教育を兼ねた行軍でこれは良くやっていると言っていいのかな?」
袁遺はそう言って雛里を見た。
「はい、これなら出発前に立てた計画の範囲内に収まると思います。それよりも風紀の維持の方が心配です」
「それは雷薄が上手くやるだろう。あいつは、俺にとやかく言われなくてもそれぐらいはできる」
と言うより、袁遺は言わなくても、やって当然のことだと思っていた。そして、雷薄はもとより、袁遺と付き合いの長い四人の実戦部隊指揮官たちもそれくらいのことは袁遺に言われずにやらなければ、彼からの信頼を勝ち取れないとも思っていた。袁伯業という男は、後代の言葉で言う将校という立場につく者が能力の出し惜しみをすることを最も嫌う。
「まあ、初戦でまだ体力がある状態と考慮しても合格点だな。だが、戦闘に臨む場合は二十四~二十里(約十二~十キロメートル)までに抑えるから、策を立てるときは、そのことを有意しろ」
「は、はい!」
袁遺は雛里にそう釘を刺すと次の議題に移った。
「降伏してきた者たちに聞いたところ、彼らは張角を見ていないそうだ」
「元々、黄巾党の活動に便乗した匪賊のようでしたし、それは仕方がないにしても、本隊にいた頃の捕虜たちに聞いても会ったことがないとしか返ってこないのは、いささか気になります」
袁遺と雛里はふたり揃って首を傾げた。
ふたりは、あまりに黄巾党の指導者である張角の姿が見えないことに違和感を感じていた。
「こういった場合……」
袁遺が口を開いた。
「こういった指導者が暗殺等を恐れてか、ともかく姿を隠している場合、首脳部と彼らの手足というべき末端組織に命令を伝え、統率する中堅幹部を排除するのが効果的だが……」
アフガニスタンで各国の諜報組織が行った手法である。
袁遺の知ってはいるが、それをどこでどうやって覚えたかわからない知識である。彼にはよくあることだった。
トップより身の回りを警戒していられず、それなりの能力、教育、経験を要求され、下っ端より数のいない中堅幹部が組織をスムーズに動かしているのだ。彼らを排除することによって、首脳陣は下部組織の統制を失う。
「多くの賊が便乗し立ち上がった者たちばかりですし、組織だった抗争をしている者はそんな多くありません」
「それを含めても、あまりに姿が見えなさすぎる。いや、農民反乱の中期ならばこんなものなのか?」
この大賢良師を自称する指導者の正体について、彼らは幾度も話し合ったが、結論は一度も出たこともなく、今日もまた同じだった。
結局、この問題は棚上げされ、彼らは次の議題に移った。
「雛里、俺は穏健派の賊の懐柔には、それほど時間がかからないと思っている。君はどうだ?」
「は、はい。私もそれについては同意見です」
雛里は答えた。
「うん。すると、我々のその後の作戦計画の大筋を立てておきたい」
「それは降伏した賊がどこまで戦えるかによると思いますが……」
「雷薄なら、少なくとも俺が指示をした戦闘中に反抗されない程度には調練できる。それを基準に考える。というより、戦闘云々は抜きに、本隊との合流時期を見定めたい」
「合流時期…」
「そうだ。今の状態は人数が多いだけの弱兵の集まりだ。下手に戦闘に突入すれば、空中分解しかねない。だが、別働隊の任でいうなら、右中郎将様が戦っている部隊の数を一兵でも少なくするべきなのだ。穏健派が降ったからと言って、早々に合流というわけにはいかない」
「お言葉ですが、我々の任務と兵の練度を考えると、穏健派からなる糧道を断ち、いくつかの小集団の黄巾賊を討った後が最も犠牲の少ない合流時期です。そんなに長く行動を続けることはできません」
「その通りだ。俺が糧道を断つ策を君に求めたとき、最も望んだのが犠牲を少なくすることだ。それに、糧を断つことで任務も達成しつつある、と言ってもいい。雛里の言い分には一分の間違いもないが、それは駄目だ」
「……」
雛里は、何故と問わなかった。実際的な人物である彼女の主人が理から外れることをするはずがないと思ったからだ。まだ短い付き合いだが、その点において彼女は確信を持っていた。
彼女は考える。
袁遺が雛里の提案した時期を却下した理由をではない。彼の満足する答えをである。
地図に目を走らせ、いくつかの地域に目をつける。
「行動範囲を限定します。本隊と合流にそれほど時間がかからず、かつ、長社に逃げ込める範囲でのみ行動し、私たちと同数、もしくは多い敵とは一度だけ戦い。その後本隊と合流します」
「……なるほど、よし、そうしよう」
袁遺は少し考え、その案を採用した。現状、それが最も理にかなっていた。
「行動範囲は?」
袁遺が聞くと雛里は地図でその範囲を示した。
袁遺はそれについても注文をつけた。
「いや、そんな司隷方面に寄らなくても大丈夫だ」
「し、しかし、兗州方面の黄巾党を考えれば……」
「大丈夫だ。陳留の太守は古い知り合いだが、彼女なら自身の周辺を問題なく抑えている」
袁遺はどこか懐かしそうな顔で言った。
陳留郡は豫州との境の近くにあり、その周辺が安全であるなら兗州方面の黄巾党について考える必要はない。
「じゃあ……」
雛里は指を動かし、ある範囲を示す。
「この鄢陵周辺を行動範囲とします」
「わかった」
鄢陵は春秋時代に晋と楚が激突した場所でもある。
これで軍議は終わった。袁遺は雛里を彼女の天幕まで送り(といっても、それほど離れているわけではない)、自身は陣中を見回った。
あまり寒さを感じない夜だった。
袁遺の左手は自然に腰に下げた刀にそえられていた。
陣中には篝火が所々に焚かれ、見張りに立っている者が何人もいる。以前なら、自分の部隊、全ての将兵の顔と名前を憶えていたが、人数が増えて、それが曖昧な者もいる。そういうときに、いらん混乱が起こるものだ。用心に用心を重ねなければいけない。
彼とすれ違った兵士が挨拶をしてきた。袁遺はそれに鷹揚に挨拶を返す。
袁遺にとって、県尉の頃から付き合いである下士官の様な立場の男だった。皆からは
だから、何も問題ない。
袁遺は心の中で、そう呟き、見回りを続ける。
糧秣を管理している天幕の前を通りかかる。
初戦で黄巾党から鹵獲した食料は思いのほか多く。村にかなりの量を返しても、余裕がある。だからといって、所謂、ギンバイを許すわけにはいかない。
特に時間をかけて見回る。
その後も陣中を見て回り、彼が寝床に入ったのは、かなり後のことだった。
袁遺は寝つきと寝起きに苦労したことは少ない。その少ない例は、戦場から帰ってきた後の少しの間だった。
まず、寝付けなくなる。そして、眠りが浅くなる。神経が逆立っているのだ。心がまだここを戦場でないことに違和感を感じているようだった。
次に寝起きである。といっても、目は軍の起床時間前に覚めるのである。ただ、そうやって軍に染まった自分に訳のわからない嫌悪感を感じ、惰眠をむさぼろうとするが、結局眠れず、それどころか、自身に染みついた軍人としての癖が鼻につき始める。例えば、軍靴を履いたときの歩き方、鎧を着たときの体の動かし方、地図を将の目で読んでしまう。自然に陣を配置する場所や敵の伏兵に気を付ける場所を探してしまっているのだ。それら全てに謎の苛立ちを感じる。そして、酷く情けない心持で寝台から這い出るのだった。
戦場でいいのは、それを感じないことである。実際、袁遺はすぐに寝息を立て始め、ほとんど身じろきせずに寝、起床時間の少し前に目を覚ました。
衣服を整えようとした袁遺は、ふと、夢を見ていたような気がしたが、その夢が思い出せなかった。
彼の動きがほんの一瞬止まった。
「まあ、いいか……」
袁遺は呟き、夢のことを忘却の彼方に追いやった。
彼が支度を整え、天幕から出たときには夢のことなど、すっかり頭から消えていた。
例え、どんな惨めな朝を迎えることになっても、袁遺は生きて戦場から帰還する。どんな悪辣な手を使ってでも。
補足
・この時代の原則として、兵站補給は全体の三~四割をあてる必要
後にこの数字はどんどん大きくなる。火器の登場で五割になり、総力戦化、情報を有効活用するための電子装備などで、兵士ひとりを十人で支えている状態である。
そして、これからも大きくなっていくだろう。
・よく訓練された歩兵が適切な隊列を組んで行軍した場合、一日に六十里(約三十キロメートル)進むことができる
道路の整備状況と部隊の規模による。
これも年代が進むごとに距離が伸びています。
・鄢陵の戦い
楚と晋が戦った。晋が勝った。でも養由基すごい。だけど勝った晋の方が有利になった。これだけ覚えておけばいい。