12 袁曹、死すべし
ひとつの動きは派生して、次の動きを誘発する。
袁遺と曹操、両雄ついに激突、その報は瞬く間に大陸各所に影響を及ぼした。
曹操が軍を起こしたのと呼応するように、寿春の孫策もまた軍を発した。
といっても、孫策は曹操に味方するために西へと向かったのではなく、その反対の東南―――揚州へ進軍した。
それ自体は袁遺と曹操の戦いの趨勢を動かすものではないが、孫策の動きは、徐州の張姉妹や荊州の劉表にとっては袁曹の戦いよりも重要なものであった。
事実として、下邳の張邈は友人ふたりの戦いよりも孫策の動向と揚州の情勢に耳目を注いでいた。
「はっきり言って、情勢は我々にとっては良くありません。孫策の江南攻略は順調そのものと言っていいでしょう」
徐州下邳郡、その郡治所である下邳県の城の一室で長身の女性が言った。
衛茲である。細作からの情報をまとめて張邈に報告しているのだった。
孫家が江南の地に帰ってくる。その効果は絶大だった。親孫家派は鼓舞され、混沌としていた揚州の情勢を一変させた。
それに対して、彼女の主君である張邈が口を開いた。
「まあ、良くはないけど想定の範囲内ね。こちらが気を付けなきゃいけないのは、孫策が広陵に矛先を向けるかどうかだから」
張邈の妹である張超が太守を務める広陵は江南の地にとって喉元にあたる。そこを抑えていることは地理的に江南に対して有利となることであった。
「それに悪い知らせだけじゃなくて、良い知らせも入ってきたわ」
張邈は嬉しそうに一通の書簡を衛茲に差し出した。
拝見します、と断ってから衛茲は書簡に目を通した。
「……何夔?」
書簡の差出人の名は衛茲にとって心当たりのないものであった。
「伯業の従妹でね。今はそこに書いてある通り、青州の東莱太守をやっているの」
それを察したように張邈は補足した。
「管承という長広県の海賊を説き伏せて降伏させ、その一味を吸収した、とありますが……」
衛茲は考えた。袁遺は江南の水軍に対抗するために、この海賊を使おうというのか? 馬鹿な、相手になるわけがない。
「……役に立つのですか?」
思わず口に出た。しまった、と衛茲は思ったが、張邈はまったく気にしていないように返した。
「伯業にも考えがあるのよ。それは聞いているし、本当にそれが役に立つかはこれからわかるわ」
張邈の表情はどこか達観したものだった。
「伯業と華琳の軍では兵の質はまったく違うわ。圧倒的に華琳の軍の方が上よ。それでも、もし伯業が華琳に勝ったなら、孫策や江南に対しても上手くいくわよ」
「……彩雲様」
衛茲は張邈―――彩雲の表情の下にある心の動きを理解した。
張邈は友人ふたりの内、そのどちらかを失うことを覚悟しているのだった。
だが、真に影響を受けたのは司隷東部や陳留西部の町々の住人であろう。
袁遺の妄執と曹操の野望に巻き込まれた彼らの受けた影響は過酷としか言いようがなかった。
反董卓連合との戦いで袁遺が司隷東部―――特に陽武、原武、巻―――を作戦の梃子の支点にしてしまったために荒廃してしまった。
戦後ある程度の復興支援を受けたが、その傷は癒えたとは言えない。
そして、ここに来て袁遺と曹操の決戦である。傷は癒えるどころか大きくなる一方である。
そのことを自覚している袁遺と曹操の両陣営は、行軍中に乱暴狼藉の類を一切禁止して少しでも町の被害を抑えようとするが、それでも戦争は人々を不安にさせ、日々の営みに暗い影を落とす。
農民は軍に怯えて畑を耕すのも気が気ではない。商人も流通が止まり、仕方がなく物の値段を上げるが、それが庶人の不安をさらに煽ることになる。
そして、行軍速度を上げるには地元住民の協力は不可欠である。
道の状況を聞き、ときには案内を頼み、また人足として雇入れて(もしくは徴発して)物資の輸送の手伝いをさせる。
事実として、袁遺はこの戦争の後半で金と食料をばらまいて農民を集めて、作業をさせている。
しかし、庶人たちは軍に対して表立って反抗的な態度をとるわけではなかった。肚の底で、袁遺も曹操もこの地上から消えてしまえ、とふたりの人間によって引き起こされた惨禍を呪うのだった。
13 陳蘭
「状況が状況でなければ、なかなか興味深い体験ですな」
参謀の劉放が言った。
声も表情も、どこかとぼけたものであったが、司馬懿の洞察力は劉放の底意を完全に読み取っていた。
この胴が長く、首が太くて顔が細い竹の様な男は、自分の能力を示そうと些か下品に見栄を張ることがある。今回もそれであった。
だがしかし、司馬懿はそんなことは表には一切出さずに丁寧に応じた。
「何がだろうか?」
確かに司馬懿は鎮軍大将軍という顕職に就いたが、袁遺の臣であるというのは自他共に認めることである。
そして、劉放もまた袁遺の臣である。それなのに劉放をあまりにぞんざいに自分の部下扱いしすぎては、増長したなどと誹謗されるのは分かり切ったことだった。彼は同僚たちに決して好意的に思われていないことを自覚していた。
司馬懿は出世したからこそ、身を慎まねばならなかった。
何故なら、彼の仕える主とはひどく面倒な一面を持つ男だからである。
「これから先、曹操軍がどのように動くかが、まるで曹操軍の軍議に参加してきた様に簡単にわかることがです」
劉放は虚栄心がにじみ出た面持ちで言った。しかし、曹操軍の行動が容易に予測できるのは事実であり、司馬懿幕下の参謀たちも同じであった。
間違いなく曹操軍は、支軍には本軍の側背を警戒させつつ、巻周辺で両軍の合流を果たして、巻の西の平野で袁遺に決戦を強要するだろう。
それに対して、司馬懿軍は積極策に打って出ることができなかった。
洛陽を出てから司馬懿軍は分進して東へと進んだ。
それから二日後の夕方、司馬懿軍は
この段階で、早馬が袁遺本軍の編制が完了し進発したことを報せてきた。
しかし、現状は相変わらず曹操軍が優勢である。
司馬懿からすれば袁遺本軍を戦力の勘定に入れることができず、また中牟の城の呂布隊からの助力もあてにできない。
あまりに苦しすぎた。下手なことをすれば味方の状況をさらに悪くしてしまう。
確かに劉放の言う通り、敵の行動を正確に予想できながらも打てる手が殆んどないというのは―――当事者でなければ―――なかなか興味深い状況であろう。
つまり、彼の虚栄心の下にあるのは不安であった。それを何とか取り繕っているのである。
司馬懿は劉放のそこに面白みを感じた。自分のことを棚に上げるようだが、あまり良い性格とは言えない、この劉放という男にはしぶとさの様なものを感じる。その点は大したものだ。
「なるほど。だが、何もしないというわけにはいかない。軍議をするから、諸将を集めてくれ」
司馬懿の言葉に劉放は大げさに拱手して応じた。
それも劉放なりの虚勢であった。
そして、集められた諸将も劉放と大なり小なり同じであった。極端に悲観していたわけではないが、並の思い付きでは勝てそうにない戦をしなければならないと苦悩していたのだ。
その様子に司馬懿は逆に安心した。例えば、張遼や公孫賛の袁遺の家臣とは言い難い立場にある者から積極的な攻勢論が飛び出た場合、鎮軍大将軍という立場を笠に着て命令という言葉で服従させなければならない。それはそれでまた、増長と取られかねない。
司馬懿はそれをさらに確かめる様に、しばらくは諸将から方針について尋ねられても、曖昧な笑みを浮かべて彼らを煙に巻いたのだった。
「なぁ……あれはできないんか?」
しびれを切らした様に張遼が言った。その声にはどこか懇願するような響きがあった。
張遼の言う、『あれ』とは長距離奇襲と伏兵による挟撃作戦であった。この戦法でかつて曹操軍に大きな被害を与えている。
しかし、司馬懿は首を横に振った。
「おそらくは無理でしょう。荀彧の軍勢の目的はそれを我々にさせぬことであり、下手なことをすれば状況をさらに悪くしかねません」
司馬懿の声は、状況に不釣り合いなほど典雅なものであった。
「なら、どうするんや?」
張遼は焦れた声で再び尋ねた。
「まずは中牟の呂布軍と連絡を付けて、運動戦を行って曹操軍の行動を遅延させましょう」
司馬懿の答えは常識的なものだった。袁遺・曹操の実働戦力差があまりにもありすぎるため、この手の防御作戦を取らざる得ない。
後代の言葉で言えば、戦争のイニシアティブは今のところ曹操軍が握っていた。
「全てを決するのは時間なのです。伯業様の本軍が戦場に到着すれば兵の総数はこちらの方が上になり、作戦の幅が広がります。そのため時間はこちらの味方なのです」
と言っても、司馬懿は具体的なプランを示すことができなかった。袁遺と司馬懿の戦略は組み木の様なものである。そこに運動戦の難しさが絡まって、袁遺と司馬懿にしか全容を理解できなかった。
司馬懿にとって幸運だったのは、諸将の多くがは袁遺と司馬懿を信じて戦うしかないと腹を括っていたことだった。
しかし、袁遺の家臣でもなく、反董卓連合から袁遺と共闘してきたという仲間意識もない、中途半端な立場にある公孫賛は少数派に属することになる。
あるいは彼女に自分の微妙な立場を理解する政治感覚があればよかったのだが、現状は彼女の政治感覚を越えていた。
そして、何より公孫賛は善人過ぎた。
彼女は立場によって人に態度を変える人間ではない。だからこそ、かつて袁遺が袁術や袁紹の下であったときも、彼に対して何か含むような態度や馬鹿にしたような態度を取ったことはなかった。
それが美徳であることは間違いない。
しかし、袁遺は強大になり過ぎた。本人の望む望まないに関わらず、周囲に凄まじく影響を与える存在になってしまった。
そのような立場からすれば、公孫賛の態度は袁遺と彼女自身にとって害をなすものに変わってしまったのだった。
元を辿れば負い目から始まったそれは、またここで公孫賛に破滅の階段を上らせることになるが、当然、そのことに彼女は気づいていない。
司馬懿勢はさらに官渡水を下るように東へと進んだ。
この段階で荀彧が率いる支軍が中牟に一万ほどの部隊を残して進軍を再開し、陽武周辺にいることを知った。
報告を受けた司馬懿は参謀たちに厳命した。
「ここからは時期が大事だ。進軍は早すぎても遅すぎてもいけない。参謀部は進軍速度の掌握に全霊を注いでもらいたい」
この日、軍が進んだ距離は約五六里(約二八キロ)であった。
さらに翌日、空がまだ暗い―――現代で言うところの―――午前四時頃から司馬懿は全軍を進発させた。
袁遺と曹操、両軍の本格的武力衝突は目前であった。
荀彧が司馬懿勢の出現を知ったのは中牟を発った翌日であり、司馬懿と同じタイミングでお互いの動きを掴んだことになる。
彼女は司馬懿勢を捕捉したことに素直に安堵した。あの男を自由にさせると、また奇襲攻撃を仕掛けられるという危惧があったからだ。
司馬懿の動きは荀彧の支軍を迂回して中牟へと向かい、残してきた一万の警戒部隊を撃破、そのまま呂布隊と合流しようかというものだった。
そのまま曹操の本軍の後方に入られてはいけない。荀彧は直ちに司馬懿勢の撃破を決意した。
彼らが中牟の城と連携できる位置に進んでからだと、対応はひどく面倒になる。
絶対に袁遺の本軍が戦場に現れる前に司馬懿勢を撃破して、曹操の本軍の側背の安全を確保しなければならない。
そうなると問題は、司馬懿が果たしてこちらの攻撃に乗ってくるかだった。
間違いなく乗ってこないわ。荀彧は思った。
常識ある指揮官であったなら、絶対に逃げるはずであった。
数は確かに荀彧の方が一万ばかり少ないが、兵の質が絶対的に違うのだ。一万の差程度なら問題にならない。
それに敵は機動力なら、この大陸で並ぶものはない袁遺軍であり、ここまで袁遺軍は曹操軍相手に決戦を避け続けてきたのである。今回もそうであろう。
ともかく急追しなくちゃ、と思った荀彧はあらゆる意味で期待を裏切られることになる。
支軍は来た道を戻るように南下した。とにかく駆けた。袁遺軍が例外的なだけで、曹操軍の行軍速度は決して遅いものではなく、むしろ速い。
南西方向に約二時間ほど行軍した後、官渡の南西一六里(約八キロ)の辺りで捕捉できると荀彧が確信したとき、信じられない光景を目にすることになる。合戦向きの陣形を敷いている司馬懿勢を発見したのである。
荀彧は一瞬、我が目を疑った。
それから、怒りがふつふつと沸いてきた。
こちらをなめているの!?
ここで司馬懿が戦闘隊列を敷いている理由を荀彧はひとつしか考えつかなかった。
急追撃でこちらの陣形が乱れている隙に一斉攻撃を仕掛けて、勝利をもぎ取ろうとしている。
並の軍ならそれは間違いではないだろう。だがしかし、最強を自負する(それは客観的にも事実である)曹操軍には無謀でしかない。
そっちがその気ならやってやるわよ。荀彧は全軍に命じて、戦闘隊形をとらせた。
こっちの実力を見せてやるわ!
司馬懿は荀彧の追撃を
荀彧の率いる支軍は来た道を戻るような形でこちらを追ってくる。それは事前に道の状況を知り、なおかつ安全が確保されているのだから、その進軍速度は自然と上がる。これは以前にも書いたことだ。
司馬懿は仕方がなく時間を稼ぐために、戦闘を決意したのだった。
だが、その戦いは一方的なものになった。
司馬懿は本陣を置いた滞留した黄土が作り上げた丘の上でそれを見た。
司馬懿と荀彧の両軍の戦いが開始されてから二時間が経過したが、終始、荀彧側が圧倒し続けた。
曹操の兵は強過ぎた。
張遼の部隊はかろうじて耐えているが、他の部隊は何度も突き崩されそうになる。
その度に司馬懿は、公孫賛の騎馬隊を使って―――敵の後方に機動力のある部隊を投入する、もしくは投入すると見せかけて、前線の圧力を一時的に軽減する―――運動防御を行い、崩れかけた部隊が後方に下がる隙を作った。そのまま陣形を整えさせ、その間は別の部隊を投入して戦列を支えさせるという数的有利を生かした戦法を取っていたが、それはただひたすら耐えるだけの戦いである。
対して、荀彧の軍の将兵は、反董卓連合での奇襲の借りや、呂布隊の奇襲の借りを返さんとばかりに猛攻を加えてくるのだ。
「鎮軍大将軍、そろそろ……」
自軍の、後代の言葉なら参謀長にあたる軍師の辛毗が司馬懿に耳打ちする様に言った。
彼女は、そろそろ全軍を押し出して攻勢に移るか、あるいは総撤退を決断しなければ、進むことも退くこともできなくなります、と司馬懿に―――特に後者の―――決断を促しているのだった。
「…………」
しかし、司馬懿は天を仰ぎ見る様に佇んでいるだけで、何も答えなかった。
その間にも状況は自軍にとって不利になる一方であった。
司馬懿勢の戦い方は曹操軍とは対照的だった。
基本的に守りながらも、隙を見つければ突っ込み、まずければ退くといった、ある意味で合理的な戦い方をしていたが、全軍が死兵にでもなったかのように突進してくる荀彧勢が相手であってはどうにもならない。
なおも天を見続けた司馬懿は、やおら口を開いた。
「撤退する。中郎将を呼んできてくれ」
公孫賛はすぐに参上した。
このとき彼女は、また運動防御かと思ったが、司馬懿の口からそれ以上に過酷な言葉が飛び出てきた。
「中郎将、我々は撤退を決断しました。どうか、殿軍をやってもらえないだろうか?」
「え……」
司馬懿の言葉に公孫賛は固まった。
当然のことだろう、あのような者たち相手に―――味方の撤退を援護する―――殿を務めるなど、生きて帰れる望みはゼロに近かった。死ねと命ぜられたも同然である。
だが、司馬懿は冷酷だったのではない。むしろ、その反対で公孫賛に機会を与えたつもりだった。
公孫賛にはある嫌疑がかかったままだった。
彼女は劉備の洛陽脱出に協力したが、もしまた劉備を軸に策略が起きたとき、劉備のために動くのではないかと洛陽の首脳部に疑われているのだ。
その疑いを晴らすのは、ここしかなかった。ここで命がけの殿を成功させて功を立てねば、袁隗や董卓や賈駆が、そして何よりも袁遺が公孫賛を疑い続けるだろう。
仮に殿で命を落としたとしても、それはそれで幸せである。
このまま疑われ続けると、いつか必ず袁遺によって殺されることになるだろう。袁遺という男は絶対にやる。だからこそ、司馬懿は彼を恐れているのだ。
殿で命を落とせば名誉の戦死であるが、疑われて死ぬのは内通ということであり不名誉極まりないことである。
しかし、公孫賛はそのことを気付いていなかった。
そして、不幸なことに司馬懿と彼女には時間がなかった。
「分かりました。では、結構です。もう一度、運動防御を。その後は戦場より離脱し、中牟の城を目指してください」
司馬懿が残酷であったなら、それはこの瞬間であろう。彼は公孫賛を見捨てたのだった。
「鄧艾」
司馬懿は自身が宛で拾ってきた男の名を呼んだ。
鄧艾は拾われた頃と、あまり変わっていなかった。
日に焼けた黒い顔には強情さが表れた不思議な強さがあった。手には相変わらず、鈀を持っている。それを武器としているのであった。
違いがあるとすれば、腰に剣を佩いていた。
しかし、その剣は粗末なものだった。柄頭の塗は剝げ、鞘も傷だらけである。
そのためか、変化はあまり良い印象を与えるものではなかった。
だが、彼は一部隊を任され、その部隊は予備戦力として温存され続けていたのだ。
「殿軍として、陳校尉の指揮下に入れ」
「お、お任せください!」
鄧艾は即答した。
危険な任務にも係わらず、彼の顔は野望にてらてらと輝いていた。ここで殿を成功させたということが、どれだけ大きな軍功となるのかを彼は知り抜いていたのだ。こういう人間こそが、神経をどこかに置いてきたような精神状態にある連中相手に殿をやってのけれるのであろう。
「劉参軍、陳校尉に伝令を出せ、鄧艾と共に味方の撤退を援護せよ。君はそのまま陳校尉の部隊に参謀として校尉を助けよ」
もしくは、劉放のように不思議なしぶとさを感じさせる男か、あるいは陳蘭のように猛り狂った曹操軍よりも恐ろしいものを持っている男でなければならない。
陳蘭は確かに曹操軍も恐ろしいが、それよりも主である袁遺の方が恐ろしいのである。
ここで殿を断れば、たとえ生きて帰ったとしても袁遺から何らかの叱責があると恐怖したのだ。彼は袁遺が負けるなどという思考はまったく行っていない。それほどの恐怖の対象なのである。
陳蘭の部隊の兵力は六〇〇〇、鄧艾率いる予備隊は二〇〇〇、合計八〇〇〇と司馬懿勢の約六分の一の兵力が殿に投入されたが、曹操軍の強さを思えば、それでもまだ不安であった。
司馬懿は最も混乱している孫礼の部隊を攻撃する曹操軍の後ろに公孫賛の騎馬部隊を投入した。
僅かの間だけ、孫礼隊に掛かっていた圧力が緩む、その隙に孫礼は前線を離脱した。
もちろん、曹操軍はそれを追撃しようとしたが、陳蘭隊と鄧艾隊がそれを防いだ。
次に司馬懿の本隊、最後に最も強力な戦闘力を有する張遼隊が戦線を離脱していった。
その都度、追撃しようとする曹操軍に陳蘭・鄧艾の両隊は夜叉の様に暴れ狂い、それを阻止した。
「追撃よッ!」
司馬懿の軍勢が退却に移ったのを察知したとき、荀彧は叫んだ。
戦争の主導権を完全に自軍が握ったことを今、確信したのだった。
荀彧は、司馬懿が必敗が見えていた会戦に打って出た理由を時間稼ぎだと断じた。そして、それは遠からぬことであった。
同時にそれは、袁遺の本軍がそれだけ弱いことも示していた。ならば、叩くなら今しかない。
それを安心して行うには、司馬懿という耳障りな音を立てる羽虫を今ここで叩き潰しておく必要があった。
だがしかし敵の殿軍が見事に、こちらをあしらい、敵の大半に十分な距離を稼がせたのである。
荀彧にとって誤算であったのは、逃げ延びた司馬懿勢が向かっている先であった。
彼らは東へと向かっているのだ。
「東って……呂布と合流する気……」
荀彧は思った。やはり、あれはうざったい羽虫だ、と。
司馬懿はまだ曹操軍に対しての遅延行為をあきらめていないということだった。その行為は曹操軍にとって、羽虫に顔の周りを飛び回られる様なものである。
「前線の夏侯淵に伝令、敵の殿を徹底的に叩いた後で、行軍隊列を整えるわよ」
命を受けた夏侯淵も、司馬懿の軍勢を完膚なきまでに叩きのめす必要性を理解していたが、敵の殿に存外に粘られていた。
敵の将が中心となり兵を叱咤激励し、隊列を維持しているのだった。
状況が一時膠着した。
だが、それは敵の殿を素早く殲滅したい曹操軍と、味方を逃がすことに成功し自分たちも離脱したいが、曹操軍の猛攻のせいで部隊を後退させた瞬間にそのまま敗走になりかねず防御戦闘に徹するしかない殿軍のため、後者が一方的に不利な膠着状態である。
時間を掛ければ、殿軍がそのうち崩れるはずであったが、その時間を荀彧たちは掛けることができなかった。
だから、夏侯淵は蛮勇ともいえる方法でその解決に乗り出した。
彼女は麾下の部隊の精鋭中の精鋭三〇〇〇を選んだ。
「功名を残すことを喜ぶな! 死して武名をかかぐることのみを喜べ!」
そして、凄まじい鼓舞と共に、自らが率いて敵へと突撃した。
精鋭だけあってその隊列には毛程の乱れもなかった。僅かに青黒く光る鎧が一斉に動き、乾いた音を立てる様は、どこかこの世のものとは思えない光景であった。
戦意の低い軍ならば、相対するだけで合戦の勝負がついてしまうかもしれない。
それでも、殿軍は耐えた。
しかし、終わりはすぐだった。
精鋭たちは大地が震えるほどの雄叫びと共に敵に突っ込んだ。
凄まじい圧力である。敵の部隊は潰走寸前であった。
夏侯淵の目は、戦列を支えようと前線まで出張ってきて、声を張り上げている敵の隊長の姿を捉えていた。
そして、彼女にとってそれは獲物が必殺の間合いに入ったということである。
夏侯淵は矢を弓に番え、引き絞った。
ふと、彼女は敵の隊長と目が合ったような気がした。その目は驚きに満ちていたように思えた。
夏侯淵は矢を放った。
当たったな、と夏侯淵は矢が自らの手を離れた瞬間に確信した。
彼女の確信通りに、矢は敵将の頭を射抜いた。
敵将が落馬する姿と共に、味方の歓声を夏侯淵は背に受けていた。
「あッ……」
陳蘭は思わず声を上げてしまった。
矢を番え、それを自分に向けている敵将と目が合った気がしたのだ。
その瞬間、彼は思った。自分はこれから、あの矢に射抜かれて死ぬのだ、と。
数秒の後、衝撃が体に走った。
そこで彼の意識はブラックアウトした。
ただ、同僚とかつて交わした言葉を思い出していた。
「おめぇはどうすんだよ? おめぇも袁術の従兄の袁遺って奴に誘われたんだろう」
それはまだ、彼と雷薄が袁術に仕えていたときであった。
現状に不満を持ちながらも日々を過ごしていた頃、突如、袁術の従兄である男に自分に仕えぬかと誘われたのである。
遥か昔のことであるが、彼にとっては己の転換点となったときでもある。簡単に忘れることはなかった。
陳蘭は迷っていた。
このときの袁遺は無官である。父の喪に服すために官職を辞したといっても、その前の官職はたかが県尉に過ぎない。対して、自分が部曲(私兵)として仕える袁術は太守である。地位という点では、袁術に軍配が上がる。
袁術の人柄について陳蘭は良く思っていないが、袁遺についても不明な点が多かった。
このとき、袁遺は県尉としてそれなりに活躍したという程度で、その―――異常な実際性と複雑な性格、未来の知識によって支えられた―――巨大な軍才を認めるのは僅かに司馬懿と曹操、それに張邈の幾人かの友人のみである。陳蘭が判断を付けることができなかったのは仕方がなかった。
「……お前はどうするんだ?」
陳蘭は迷いが表れた声色で雷薄に尋ねた。
「袁遺のとこへ行く」
雷薄は即答した。
「袁術のとこに居ても仕方がねぇ。俺のことを評価して、来いって言ってくれてんだ。こっちよりマシな扱いをされるだろう」
雷薄は賊の様な強面に似つかわしい、牙を剥くような笑みを浮かべた。
「はぁ……」
陳蘭は自分が嫌になった。あるいは雷薄の決断の速さを羨んだ。
彼は戦場で血の臭いを嗅げば勇敢であるが、そうでないときはむしろ優柔不断な性格であった。
陳蘭は迷った。分かりやすい武勇もなく、得意なことは夜盗の様に部隊を素早く動かすくらいしかない自分は残っても出世や良い扱いは期待できない。しかし、袁術という巨大な組織に属することは、長い物に巻かれている安心感を与えてもくれる。
結局、陳蘭が答えを出せたのは袁遺を再び前にしたときだった。
「それで、私の所に来てくれるのだろうか?」
と袁遺に尋ねられたとき思わず、はい、と答えてしまったからだった。
陳蘭は袁遺を前にして断ることができなかったのだ。
袁遺は仕えるには酷く難しい人物であり、危険なことや面倒なことも多かった。それでも、彼は袁遺の下で戦場を駆けたことに一度の後悔もない。
それは今、死の際を彷徨っても変わらなかった。
陳蘭は意識を取り戻した。しかし、意識ははっきりとしない。
ただ、自分は死ぬのだということが直感できた。
「は……伯業、様……」
彼は主の名を呟いた。
朦朧とする中で、彼は思ったのだ。袁術の下から移ってきて良かったと。
ふと、彼は自分が仰向けに倒れていることに気付いた。よく晴れた青空を見ていることに気付いたからだ。
「綺麗……だ…………」
陳蘭は最後にそう思って泉下へと旅立っていった。
陳蘭の死によって戦線は崩壊した。
鄧艾と劉放が掌握できた僅かな数だけが戦場を離脱できたが、殆んどの将兵は曹操軍によって討ち取られてしまう。
だがしかし、陳蘭の稼いだ時間は曹操軍にとって絶対に与えてはいけない時間であった。
この戦争の転換点は両軍がぶつかっていない空白の時間にこそあった。