異・英雄記   作:うな串

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甲の章8を書いたときから、書きたい話だった。


14~15

14 転換点

 

 

 状況は大きく変化した。

 司馬懿勢が投入され、荀彧が率いる支軍はそれを撃破しようと動いた。

 この段階で戦争は袁遺の意図している『運動戦』の色が濃くなってきた。

 何度も説明してきたことだが、敢えてもう一度述べると、運動戦(機動戦)は決められた戦域で戦うことである。

 運動戦でも、いくつもの戦闘が発生するが、それらは皆、遭遇戦の形態を取らせるので決定的な意味を持たない戦闘になる。

 そのため、運動戦は奇跡の一撃により敵軍崩壊、大勝利といった形で決着が着くことは全くと言っていいほどない。運動戦はお互いが犯すであろうミスを待ち、それをすかさず利用して優位を積み重ねていく戦いとなる。

 だから、勝った方も何故、自分が勝ったかよくわからないし、負けた方も気付いたら負けていた、という決着すらあり得る。

 そして、司馬懿がこの状況下でとった行動は、戦略的な目的において行われた運動戦として最良の事例となるものであった。

 

 

 陳蘭の命を代償(このとき、陳蘭が死んだことを知るのは主だった将、参謀でいえば、鄧艾と劉放のみである)にして、曹操の支軍の執拗な追撃を振り切った司馬懿は中牟の城へと向かった。

 早馬を発して、そのことは中牟の城内にも伝えてある。

 司馬懿勢が中牟の城に到着したのは、その日の午後三時であった。

 それに呼応するように、城内にあった呂布隊二万が城門を開いて出撃したのである。

 彼らはすぐに陣形を整えると、荀彧が野戦陣に残していった一万の警戒部隊へと襲い掛かった。

 中牟の城にあった攻城兵器も持ち出され、火矢も射掛けられた。野戦陣を灰燼に帰す勢いの攻撃であった。

 総兵力は約六万、想定していたよりも遥かに多い数に殴り掛かられた一万の部隊は抵抗むなしく、戦闘開始から約二時間で壊滅した。

 この段階で僅かに九〇〇名にまで数を減らした殿軍(陳蘭の死後、指揮権は鄧艾へと引き継がれた)が、姿を現したのである。

 その後方には雲の様に立ち込める砂塵が見えた。荀彧率いる支軍である。

 司馬懿は殿軍を中牟の城に収容すると同時に、再び合戦の準備を整えた。

 彼は状況がまずくなれば、手勢がすぐに中牟の城に逃げ込めるような位置に陣を敷いた。

 そして、呂布隊には進軍の準備をさせた。

 ここから先起こったことは、曹操の支軍にとっては信じられないことであった。あるいは悪夢だった。

 中牟の城を視界に捉えたとき、その状況に彼女たちは愕然とした。

 自分たちが築いた野戦陣地は廃墟と化し炎上、その周辺には『呂』の旗を掲げた呂布隊二万が展開しているのだ。

 さらに、その呂布隊が東へと進軍したとき、愕然はパニックへと変わった。

 呂布隊は兗州へと逆侵攻を行ったのである。

 曹操軍は動員できるだけの兵を司隷侵攻に動員したため、留守に残してきた兵は少ない。呂布の侵攻を防ぐことは不可能である。兗州の陥落が曹操の支軍全体にちらついていた。

 直ちに追撃すべきである。

 だが、追撃できない。前面に展開した司馬懿の軍勢を無視できないのである。

 もし、支軍が司馬懿軍に背後を見せて、呂布隊を追いかければ、その背後が襲われる。最悪、呂布隊が引き返してきて前後から挟まれることになるやもしれない。

 また、仮に司馬懿が襲ってこなくても追撃案には問題があった。

 支軍の作戦目的は曹操本軍の側背を守ることである。

 それなのに、司馬懿勢三万八〇〇〇(殿と会戦の損害を差し引いた数)を自由にさせれば、間違いなく彼らは本軍の側背を脅かすだろう。

 さらに最悪なのは、呂布を追うにしても、本軍を守るにしても司馬懿軍を撃滅しなければならないのに、荀彧たちはそれさえもできなくなったことである。

 問題は時間であった。

 時刻は夕暮れ。日は地平線へと沈み、夜が訪れる時間である。

 

 

「桂花、今すぐ攻撃すべきだ!」

 夏侯淵は荀彧にそう進言したが、その提案は即座に撥ねつけられた。

「無理よ! もう夜なのよ!」

 お互いに万を越えた軍勢同士の夜間会戦など、この時代の軍事組織が持つ能力の埒外である。

 混乱し闇雲に兵を減らすだけで、戦果が上がるとは思えない。受け入れられる案ではなかった。

「では、どうするのだ!?」

 焦った声を上げる夏侯淵に荀彧は何も言うことができなかった。

 司馬懿勢の撃破と呂布隊の撃破を行わなければならないのは夏侯淵以上に荀彧も理解している。

 だが、そのどちらかを行おうとすれば、戦況を悪くしてしまうことも彼女は理解していた。

 結果、荀彧は自分たちの戦闘力に絶対の自信を持ちながらも動くことができなくなったのだ。

 皮肉なことだった。この日の昼まで司馬懿軍が感じていた、敵の行動を正確に読めても、打てる手が殆んどないという状況を今度は荀彧たちが味わっていた。

 荀彧は顔を真っ赤にして思った。

 どうしてこうなったのよ。戦争の主導権は自軍にあったはずなのに……それなのに……

 まるで仙人にでも騙されたようだった。

 手の内にあったものが、いつのまにか司馬懿の手中に収まっている。仙術でも使われたようだ。

 たった数時間、相手を自由に行動させただけで、自軍の戦略が崩壊させられていたのである。

 彼女は泣きたい思いだった。

 自分と、何よりも敬愛する曹操を、袁紹とその配下と同様に、袁遺と司馬懿の天才を表すためだけの存在にしてしまったのだ。

 

 

 司馬懿が称賛される理由はここにある。

 彼は半日の間、兵を歩かせただけで敵を無力化してしまったのだ。

 それどころか、圧倒的な戦略的優位を築いたのである。

 呂布隊は殆ど無人の兗州の各地を次々と制圧し、曹操軍の兵站線を壊滅させるだろう。

 呂布隊を実質的に指揮する軍師の陳宮にはその自信があった。

 陳留郡は長い間、曹操が治めていたため簡単には落ちないだろうが、他の郡は違う。あれは袁遺によって与えられたに等しい。そこを落としていって、陳留を包囲する。

 それと同時に兗州陥落の噂を流して、冀州の親袁遺の名士たちを鼓舞し、風見鶏を決め込んだ名士たちをこちらの味方につけて、曹操本軍を孤立させる。

 そうなれば、曹操は完全に戦略目的が消失する。袁遺は決戦を行わずとも、曹操軍が自滅するからだ。

 後は袁遺に任せればよかった。

 袁遺が曹操を交渉の場に引きずり出して、外交で勝利するだけだったのだ。

 つまりは、この戦争の勝敗を決定する戦場は今、司隷東部から兗州、さらに言うなら冀州へと移ったことになる。

 かつて袁遺に聞かされた第二次ポエニ戦争やガリポリの戦いから、司馬懿は主力同士がぶつかり合う戦場で勝敗が決定しない場合があることを理解し、その状況を作り出したのである。

 もちろん、陳蘭隊という大き過ぎる犠牲も払ってしまった。

 陳蘭だけではなく、彼の麾下の袁遺軍の機動力や柔軟性を支えていた下士官や下級将校を多く失ったのである。彼らと同様の能力を持つ者を再び育成することを考えれば、その損害は大き過ぎた。

 だがそれでも、そうしなければ負けていたのである。誰もがそのことを理解していたが、問題は司馬懿だった。

 彼は自分が好かれていないことを知っている。自分が大功を立てたことを妬んだ者が、司馬懿が陳蘭を死に追いやったと袁遺に讒言するやもしれないと、司馬懿は思った。

 巨大な功績は、同時に自らを傷付ける刃となる。その例は歴史上、洋の東西を問わずに無数に転がっている。

 そういった思いを司馬懿が巡らせてしまうほど、彼の作戦は大成功を収めたのであった。

 

 

15 破釜沈船

 

 

「本気ですね、あれは。兵気が漲っています」

 対陣する曹操軍をざっと眺めた姜維―――若蘭が言った。その声は緊張を感じられる硬いものだった。

「当然だ。そうなるように動いた」

 袁遺は決めつけるように言った。

「破釜沈船だよ」

 その顔はいつもの無表情であった。

 彼らは敖倉にほど近い野に陣を敷いた。

 そこは黄河が氾濫し、それが引いた後に残された黄土が、まるで波打つような地形を作っている。

 その瘤を利用して、袁遺は野戦陣を構築した。

 事前に測量し、どのような陣地を敷くかは計画済みであり、資材の手配も済ませてある。

 人員についても近くの村々で金や食料、さらに輸送用の牛などを惜しげもなくばら撒いて人を集めた。

 作業は事前の準備と人海戦術により、一日で終わった。

 その陣地に北から、高覧、華雄、雷薄、張郃の順に配置されている。当然、それぞれの部隊には参謀が派遣され、作戦の補助を行う。

 彼らの前面には堀と矢来が備えられていた。これがあるとないとでは防御力が格段に違う。

 その後方には袁遺と参謀団がいる本陣が置かれ、その近くには若蘭が率いる予備隊が配置されている。

 予備隊から前線までの道はある程度の整備がされ、馬が駆けやすいようにもなっている。

「どうなさるのです?」

 若蘭が尋ねた。

「耐える」

 袁遺は言い切った。

「ここで耐えていれば、向こうは必ず崩れる」

 袁遺は司馬懿がどのように動いたかをすでに掴んでいる。戦略的優位が自分にあることも理解している。ならば、その優位を利用して戦場での敗北を避けるのが最善であった。

 ここで曹操軍に地形や堀や防柵などの障害物と戦わせて消耗させるのである。まずいことになれば逃げてもいい。ともかく本軍を壊滅されなければ何とかなるのだ。

 余談になるが、この段階で袁遺たち本軍は陳蘭の死について知らされていない。支軍の司馬懿もそれを知ったのはこの段階であり、彼は士気に係るからと、緘口令を敷いたのである。司馬懿の判断は正解であった。

「問題はあるか、雛里?」

 袁遺は本軍の参謀長にあたる雛里に尋ねた。

「いえ、問題はありません。御卓見です」

 この陣は彼女が設計したのであり、耐えれる自信があった。

 そうか、と頷いた袁遺の顔に柔らかなものが宿った。

 それから彼は、雛里に口を開いた。

「雛里、覚えているか? 黄巾の乱の……そう、朱光録太夫(当時は右中郎将)に君を初めて紹介した後だ。私は君に尋ねたよな、曹太守が来なかった場合、私たちは負けていたと思うか、と」

「覚えています」

 雛里は懐かしい気持ちになった。あれから随分と時間が経ったが、やっていることはあのときとそれほど変わらない。戦場を動き回って有利を作り、弱兵を抱えて有利な地形に拠って耐える。

「もちろん、伯業様がその後に言った言葉も覚えています」

「もしまた、同じ様な状況があったら、完璧に決める」

 袁遺は再び、その言葉を口にした。

「雛里、俺は勝つよ」

 袁遺は口元を僅かに歪ませて言った。

 そして、対陣する曹操軍を睨みつける様に体を向きを変えると、誰にも聞こえない様な声で、もう一度呟いた。

「華琳、俺は勝つよ」

 

 

 曹操―――華琳は自分の戦略が完全に崩壊したことを察した。

 荀彧に任せた支軍は司馬懿に出し抜かれて、本領が侵されている。決戦予定地であった巻の平野に到着しても、もはやそれは何の意味もないことであった。袁遺は絶対に決戦に乗ってこない。その必要などないからだ。

 しかし、不思議と清々しい気分であった。

 袁伯業はこうでなくてはならない。その才、その強さ。そうであるからこそ、私は伯業を打ち倒したいのだ。

「華琳様」

 郭嘉が思いつめたような表情で口を開いた。

 今回の作戦を立案した彼女は責任を感じているのだった。

「撤退を御命じください。本軍はまったくの無傷です」

 と同時に、軍師としての責務を果たそうとしていた。

「反董卓連合以降に華琳様が治めることになった兗州の郡は、おそらく袁遺に降るでしょうが、陳留は違います。陳留の民たちは華琳様の善政の報恩を忘れてはおりません。未だに抵抗を続けれているでしょう。そこに籠るのです」

「陳留に籠って耐え、時間を稼ぎ、敵の金が尽きるのを待つ?」

 華琳の問いに郭嘉は肯首した。

 袁遺と曹操の経済状態は決して良いものとは言えず、この戦争が長引けば財政破綻を起こすことは何度も触れてきたことだ。

「その前に、袁遺は和平を結ぼうとするはずです」

 郭嘉はそれを人質にしようと言っているのだった。

「つまり、勝つのではなく、より良い和睦条件を引き出すために戦えと言うの?」

「はい」

 郭嘉は肯定した。

「その交渉は風に任せてください~」

 それを受けて、同じく軍師である風―――程昱がいつもの調子で言った。

 その変わらない様子が、今は頼もしいものだった。

「それは、曹孟徳のやり方ではないわ」

 しかし、華琳は撥ねつけた。

「私は天下を平らげるために立ったの。伯業に膝を屈して、僅かな土地を得るために立ったわけではないわ」

 それに郭嘉と程昱は、困った様な、しかし、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。

「では、敖倉付近の袁遺の野戦陣に攻撃を仕掛けますか?」

 撤退しないなら、選択肢はそれしかなかった。

 袁遺の本軍を壊滅させる。それさえできれば、司馬懿の―――曹操軍の感覚からすれば遊んでいる様な―――運動戦によって立たされた窮地から脱出できるはずだった。

 郭嘉にしても、程昱にしても、主がこの選択をすることは初めから分かっていた。

 それでも敢えて、撤退論を出したのは、それが軍師の務めでもあるからだった。

 曹操本軍は、軍をさらに西へと進め、袁遺の野戦陣へと接近した。

「悪くない陣ね」

 その陣を一目見て、華琳はポツリと漏らした。

 黄土によって作られた丘に陣取り、ひとつの陣がまた別の陣とうまく連携できるようになっている。

 だが、同時にその攻め方も彼女の脳裏に湧き出ていた。

「狙うなら、華雄の陣だけど……」

 袁遺軍の陣は北から、高覧、華雄、雷薄、張郃の順に配置されている。この中で最も連携が取れないのは、付き合いの長さやその性格から華雄である。

 しかし、華雄の陣を狙ったとき、その他の陣に側面を晒すように野戦築城は行われている。

「狙いは端ですね」

 郭嘉が言った。

 端の部隊は少なくとも中央に攻撃を仕掛けるより、他の部隊からの支援が少ない。それに、片方を崩せれば、もう片方も自然と下がらなければいけない展開が作れるからだ。

「張郃の陣です」

 ここで彼女が同じく端である高覧の陣を外したのは、隣に華雄が配置されているからである。

 この中で最も歩兵同士の殴り合いに長けている華雄は、高覧隊に危機が迫れば臆することなく逆襲を行ってくるはずであった。

 逆襲という戦術は、それを仕掛ける側にも小さくない損害がある諸刃の刃であるが、無謀に近い勇猛さを持つ華雄はそれを気にしていなかった。

 しばらく敵陣を眺めていた華琳はその視線を切ると、諸将に命を下した。

「春蘭は張郃の部隊を攻めよ。凪はその隣の雷薄隊を攻め、沙和は別命があるまで待機せよ」

 つまり、春蘭―――夏侯惇が主攻で、凪―――楽進が助攻、沙和―――于禁は予備兵力である。

 主攻とは主力によって行われる攻撃であり、助攻とは主力に対する支援攻撃である。この場合、雷薄隊の攻撃が夏侯惇にだけ集中しないように、雷薄隊を牽制攻撃するのが任務となる。

「御意!」

 三人の将は短く答えた。そこから自分のやるべきことを理解していることが窺えた。

 華琳はそれに満足げに頷いた。

 それから、絶―――愛用の大鎌―――を掲げて檄を飛ばした。

「各員、奮励努力せよ! 袁伯業を打ち倒し、共に勝利を謳おうではないか!」

 全軍から雄叫びが上がった。

 

 

 曹操軍に軍鼓の連打が響き渡った。前進の合図である。

 怒号や鯨波がわき起こり、馬の蹄や歩兵たちが駆ける低音が地面を揺らすように響いた。

 華琳と軍師たちは攻撃に際して、何か搦手を使うことはなかった。

 例えば、防御線の迂回戦術などの誰でも思い付きそうな手段を用いなかったのである。

 これは別に、袁遺を正面から打ち破りたいと、如何にも華琳らしい戦争観によるものではない。袁遺相手に多少の小細工を行っても、それに対して袁遺がどのような手で対処してくるか分かりかねるところがあったからだ。

 もし、時間に余裕がない今の状況で泥沼の消耗戦にでも引きずり込まれれば、曹操軍は立ち枯れてしまう。

 部隊が敵陣の約三〇〇メートル手前に達したとき、敵陣から矢が放たれ始めた。

 それに夏侯惇は声を張り上げた。

「怯むな! 進め!」

 ここで盾、あるいは轒轀車(ふんおんしゃ)(左右と頭上を守るため壁と屋根がついた人力の車、謂わば古代の装甲車)などで身を守りながら進むことは自殺行為であった。

 何故なら、そのように素早い動きができない歩兵は馬で側面に回られれば、手もなく崩れてしまうからである。

 それに三〇〇メートルは余程運が悪くない限り、当たっても致命傷とならない距離である。

 といっても、敵の殺傷は副次的なものであり真の目的ではない。真の目的は敵から行動の自由を奪うことであり、所謂、制圧射撃である。

 身動きが取れず、武器さえも構えることができない兵は死体と変わらない。

 だから少なくとも、ここで射竦められてしまっては話にならない。

 盾を使用するなら、敵陣を有効射程距離(二〇〇メートル以内、ただし今回は敵が高所を取っているため、もう少し近づく必要がある)に捉えてからである。

「続けーーーッ!」

 夏侯惇は自らが先頭になり叫んだ。

 そして、曹操軍の兵たちは勇猛であり、精強であった。

 敵の射撃など気にせずに彼らは駆けた。その勢いは凄まじいものだった。手前の空堀などないかのように斜面を駆けあがり、防柵に取りついた。

 柵と堀のあちらこちらで戦闘が発生する。

 夏侯惇隊に少し遅れて、楽進隊も雷薄隊への牽制攻撃を開始した。

 怒号と悲鳴が交差し、血飛沫が舞った。

 死者が量産され始める。

 

 

「防柵の外には決して出るな!」

 張郃は叫んだ。

 その健康的な角ばった顔には、夏侯惇隊の猛攻を受けても焦りの色はなかった。

 高所の利と、空堀と防柵が、精強な曹操軍となんとか戦えるようにしていた。

 矢を射掛け、敵が近づけば野戦築城の際についでに集めた子供の頭くらいの大きさの岩を投げつけ、敵が柵に取りつくならば槍で刺殺した。

 一方の夏侯惇隊も防柵を有効射程距離に捉えた弓兵たちが、盾の陰に隠れて射撃を開始した。

 双方で、兵士たちが射的の的の様に倒れていく。

 張郃の予想以上に柵の内側にいた自軍にも損害が出た。野戦築城の規準を兵士たちを守るより、敵の突破を防ぐことに重点を置いたためであった。

 張郃の頬をかすめる様に矢が飛び去り、後方の地面へと突き刺さった。

 前線では流れ矢など日常茶飯事である。張郃は気にせずに、思考を巡らせた。

 間違いなく、戦闘の焦点はここだ。今は双方共に余裕があるが、戦略的に不利な曹操軍はどこかで無理をしてくるはずだ。その無理をどうにかすれば、敵は崩れる。そして、一度崩れれば終わりだ。

 張郃の考えていることは事実であった。得難い特質である精強さや粘り強さは、一度でも崩されれば取り返しのつかないことになる。

 訓練の違いである。

 袁伯業が、勝てそうにないなら逃げるということを平気で行える人物のため、彼が作り上げた組織も自然とそうなっている。

 それは今の様な、戦略的に有利で壊滅させられなければ、どうとでもなる状況で凄まじいアドバンテージとなる。

 そして、その曹操軍が無理をするときが来たのだ。

 指揮官のひとりが独断で、張郃隊と雷薄隊の境界を大きな損害を覚悟して突破を試みたのである。

「矢の雨を降らせろ!」

 張郃はすぐに命じた。

 雷薄隊でも同様の動きがあった。

 だが、それに呼応して、突破を援護しようと夏侯惇隊も楽進隊も攻勢を強めたのである。

 その動きはさらに戦場全体へと広がっていく。

 このとき、突破を試みた部隊の掲げる旗には『韓』の文字が記されていた。

 

 

「後詰を出せ!」

 華琳が叫んだ。

 彼女は歴戦の大将らしく、戦闘の焦点がどこにあるか察知したのだ。

 すぐに伝令が走り、于禁の部隊が夏侯惇の援護へと向かった。

 

 

「予備隊を投入する! 姜維に張郃を援護させろ!」

 ほぼ同じタイミングで袁遺もまた予備兵力の投入を決意していた。

 袁遺と華琳、ふたりは戦場の南に発生した戦闘がもたらす可能性を的確に予想できたからこそ、増援を送り込んだのだ。

 姜維隊が張郃隊へと駆け下りていくのを横目に袁遺は、戦場全体を見渡した。

 大きな喚声が右翼と相対する敵から上がった。

 于禁隊が戦闘を開始したのである。

「曹操軍も予備兵力を投入したか……」

 袁遺はそのタイミングに面白みを感じた。

 皮肉なことだな、華琳。お互いにお互いを知っていなければ、ここまでタイミングが合うことはないぞ。

 激戦が展開されている戦場の南で状況が大きく変化した。

 夏侯惇隊の一部が、陣の内側に浸透することに成功したのだ。

「『韓』の旗……おそらくは韓浩の部隊ではないでしょうか!」

 参謀のひとりが叫ぶように言った。

「王匡と共に反董卓連合に参加した韓浩か」

 これもひとつの数奇な運命であろう。

 反董卓連合が解散した後に曹操に仕えることになった韓浩は袁遺に恨みはなかったが、彼女は義侠心から王匡の敵討ちを願っていた。

 その機会が、この戦いであった。

 それ故の果敢な行動である。

 しかし、それは成し遂げられずに終わる。

 袁遺が投入した姜維隊六〇〇〇が突破に成功した韓浩隊に襲い掛かったのである。

 そのため、韓浩はそれ以上、戦果を拡大することができずに壊乱させられてしまったのだ。

 韓浩はその混乱の中で戦死した。

「状況が良くなってきましたね」

 姜維の活躍を袁遺と共に見ていた雛里が口を開いた。

 事実であった。

 張郃対夏侯惇の戦いは初めは両軍合わせて一万七〇〇〇程度の戦いであったのが、袁遺と華琳が増援を送りあった結果、三万以上の兵がもみ合う乱戦となってしまった。

 その中で袁遺軍は戦闘正面を限定し、防衛的な戦闘に徹していた。

 いかな袁遺軍の弱兵でも周りに味方が溢れんばかりにいれば、それなりの働きをするのだった。

 対して、曹操軍は逆に混乱の度合いを強めていた。

 雷薄隊に牽制攻撃を行っていた楽進隊が、南で行われている激戦に引っ張られる様に右へとずれ続けているからである。

 曹操軍の戦線は混み合い、少しづつ統制が取れなくなってきていた。

 袁遺もまた、少なくとも自分に不利でなくなってきたことに気付いていた。

 

 

「押せぇ!」

 夏侯惇は鬼も逃げ出すような形相で手勢を叱咤した。

 彼女は袁遺軍とは反対に状況が悪化しだしていることを戦場の空気から、肌感覚で理解していた。

 その劣勢を跳ね返すために夏侯惇は最前線で自ら剣を振り戦いながら、部隊を指揮していた。

 だがしかし、戦闘正面が混み合い過ぎているため、効果は発揮できていなかった。

 それどころか、不運が彼女を襲った。

 混戦が彼女の死角となった。

 流れ矢が彼女の左の目に、ぶつりと突き立ったのである。

 夏侯惇はそのまま落馬した。

 周りの兵たちは悲鳴に似たうめき声をどよもした。

 すぐに、兵たちが夏侯惇を抱き起そうとしたが、彼女はそれを制して、自らの力で立ち上がり、叫んだ。

 その声は戦場に響き渡った。

「天よ! 地よ! そして、兵たちよ! よく聞け! これは父の精、母の血だ。棄ててなるものか!」

 そう叫んで、夏侯惇は眼球ごと矢を引き抜いた。

 それから、その左目を飲み込んだのである。

「私がこうして立つ限り、戦線は崩れさせん! 征け、兵士たちよ!」

 曹操軍から大歓声が起こった。

 夏侯惇の勇気ある行動に前線の兵たちは奮い立ち、勢いを取り戻した。

 しかしそれは、虚しい蛮勇であった。

 

 

 夏侯惇が左目を射られたことを聞かされたとき、華琳は思わず床机から立ち上がった。

 その後の左目を食べるという剛勇な行動に安堵したが、しかし、戦況は最悪なものに変わってしまっていた。

 確かに兵たちの士気は上がったが、それは勢いがあるだけで微妙な統制が取れていない。勢いが衰えたとき、軍は崩壊することになるだろう。

 前線の軍を掌握し、統制のとれた攻撃をしなければならない。

 一度、引き上げさせ、陣形を整える……?

 華琳は考えたが、すぐに自ら否定した。

 一度引き上げてしまえば、負けてしまう。戦略的な意味では勝負はもうついている。ここで退けば、兵士たちの戦う意思は喪失してしまう。

「絶影を引きなさい。出るわよ」

 華琳の言葉に、本陣がどよめいた。

 確かに、総大将自らが前線を掌握するしか、もう方法はなかったが、それでも必ず勝てるわけではなかった。

 しかし、危険すぎるからと華琳を止めることができる者は誰もいなかった。

 華琳は覇気に満ち満ちていた。

 

 

「駄目だよ、華琳。それは駄目だ」

 曹操本隊が動いたのを察知したとき、袁遺は小さく呟いた。

 まるで祖父が可愛い孫に言い聞かせるような響きの声だった。

 だがしかし、次に出てきた言葉はいつもより感情が欠落した様な声であった。

「……雛里、これで勝負を付けてきてくれ」

 袁遺が示したのはひとつの箱であった。

 雛里は箱を開けずとも、その中身が予想できた。

「一〇〇名ほどお借りできますか?」

 だから、すぐに尋ねた。

 それに袁遺は満足げに頷いてから続けた。

「好きにしろ」

 本陣の兵士を一〇〇名ほど連れて出ていく雛里を見送ってから、袁遺は再び戦場を眺めた。

 『曹』の牙門旗が靡くのがはっきりと見えた。

 袁遺はそれを見ながら思った。

 仲達、今ここに君がいなくて本当に良かったと思ったよ。じゃないと、また君に俺の心の内を見透かされて、死にたいくらいの自己嫌悪に陥っただろうな。仲達、俺は勝ったと思うよ。華琳に勝ったと。そう思ったら、友人を蹴落とした自分を恥じて、彼女を心配するように取り繕ってしまった。どうしようもないな。従妹さえも破滅させた男が今更何を……自分じゃなきゃ殺したいほどの傲慢さだな。

 袁遺は勝利を確信していた。

 華琳の出撃は確かに意味あるものであったが、同時にそれは兵たちの緊張を極限に高めるものだった。

 そして、戦場を後方から冷静に見渡せる者が消えたということでもある。

 袁遺は本陣よりそれを見た。

 その瞬間、周りの参謀たちが歓喜の声を上げた。

 彼らも勝利を確信したのだ。

 そして、次は前線の将兵たちが気付き、最後に、曹操軍が気付いた。

 東に―――曹操軍の後方に靡く『司馬』の軍旗に。

 袁遺軍も、曹操軍でさえ、それは司馬懿の軍勢だと勘違いしたが、袁遺は知っていた。

 あれは司馬懿軍ではなく、雛里と一〇〇名の兵士たちである。彼女たちが司馬懿の旗を掲げて、司馬懿勢に化けたのだ。

 普段ならば、袁遺の参謀や将たちも、曹操軍も気が付いたであろう。

 しかし、緊張を限界まで高めていたために思いがけないことでパニックが広がったのだ。

 後で冷静になって考えれば分かることでも、ひとたび均衡が崩れれば何をしても元には戻らない。

 曹操軍は一部を残して、壊乱した。

 ひとり冷静な袁遺は、勝負を決めた軍師に心の中で語りかけた。

 

 

 雛里、君の言った通りだ。あのとき、華琳が来なくても、俺たちは勝っていたな。

 




捕捉

・呂布隊は殆ど無人の兗州の各地を次々と制圧し、
 中牟県に陳宮を置いたり、名前だけでも掎角の計を出したり、曹操が留守の隙に呂布と陳宮に兗州を攻撃させたり、正直な話、この章の彼女たちの行動は正史と演義からすごい影響を受けてます。

・破釜沈船
 項羽が鉅鹿の戦いの前に、炊飯の釜を壊し、帰るための船を沈めて出陣したことから死を覚悟しての戦いのことを示す。背水の陣とほぼ同義。

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