異・英雄記   作:うな串

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丁の章完結記念短編も同時投稿


17~18

17 処世の道

 

 

 戦争の終結後、袁遺は司馬懿勢と合流し、そこで初めて陳蘭の死が袁遺の本軍に伝わった。

 その事実は勝利の喜びを吹き飛ばすほどの衝撃を―――特に陳蘭と付き合いの長い者たちに―――与えた。

 袁遺でさえ、その例外ではなかった。

 司馬懿本人の口から陳蘭の死を聞かされた袁遺の顔には何の表情もなかったが、それが常日頃のものとは全く違うことが司馬懿は理解できた。

 普段の彼なら、目から大粒の涙を零す雛里を気遣っただろうが、その余裕さえもなかったことが何よりの証左であった。

 陳蘭に殿を命じたのは司馬懿本人である。だから、もちろん司馬懿も陳蘭の死を心より悼んでいた。

 しかし、司馬仲達という男の思考は多面的、相対的であり、悲しみながらも袁遺という仕えにくい主の別動隊の指揮官の責務を果たすために冷静に報告を行っているのである。

 袁遺自身もそのことを分かっていた。そうしなければならない必要性も。

 袁遺たちには時間がなかった。

 驃騎将軍の官を帯びることになった袁遺であるが、曹操を推挙したという責があり、洛陽の帰還をもってその位を返上して謹慎することが決まっている。

 謹慎の身では大っぴらに軍を指揮することはできない。

 そして、曹操という敵は倒したが、袁遺にはその戦後処理や孫策という敵がまだ残っている。

 その処理や孫策に対する戦略を司馬懿や雛里に指示しておける時間は限られていた。

 ただし、指示にも仕方というものがある。

「鎮軍大将軍のおかげで私は勝つことができました。この喜びは言葉に尽くせません」

 袁遺は努めて朗らかな声で言った。

 この袁曹の戦争で司馬懿率いる支軍の功績は大きい。司馬懿は大きな武功を立てた。

 そんな司馬懿を袁遺は雑に扱うことはできない。

 雑に扱えば他の臣下から、功を立ててもその程度の扱いしか受けられないのかと、不信を買うことになるかもしれないからだ。

 そして何より、袁遺と司馬懿の人間性を抜きにしても、主君と功臣の間には余人の理解の及ばない緊張感が存在するものである。

 この主従もその一例に過ぎなかった。

 だから、そのことを理解している司馬懿も卒なく応じた。

「全ては驃騎将軍の教えがあったからです」

「そう、それをもう一度、思い出していただきたいのだ。私が以前に語らせてもらったポエニ戦争やアルキダモス戦争、ガリポリの戦い……その中で特にアルキダモス戦争のことを」

 袁遺は地図を広げながら続けた。

「雛里もよく聞いてほしい。孫策は私が曹公と争っている間に江南へと軍を向けたようだ。となると問題は河だ。長江は言うに及ばず、淮水、さらには現在はこちら友好的な関係にある劉荊州牧が押さえている漢水。これらの河川に戦力を置き、それぞれが助け合えば、江南の地は鉄壁となる」

 袁遺は地図を指し示した。

「そして、歩兵の精強さも孫策軍に分がある。だが、こちらに優位性が全くないかと問われれば、そうではない。良馬の産地はこちらが全て抑えているため騎兵の質はこちらが上だろう。そして何より、人の数では揚州一州よりこちらの方が多いのは当然であり単純な兵の動員数ならこちらが圧倒的に上だ。総合的に見れば陸上戦力ではこちらが有利だと言える」

「なるほど、そういうことですか」

 司馬懿が口を開いた。

「……あわわ、どういうことでしょう?」

 司馬懿との能力の違いにより、アルキダモス戦争について聞かされていない雛里が尋ねた。

「一方が陸上戦力に優れた、もう一方が水上戦力に優れたふたつの勢力―――つまりは、こちらと孫策のことだが……雛里、君が孫策ならどのような戦略方針を取る?」

 袁遺が逆に尋ね返した。

「……水軍で江南の地にこちらを入れさせないようにしつつ、寿春を中心に淮水を使って水軍と歩兵や騎兵の陸上戦力と連携させて、伯業様の故郷である汝南への侵攻を画策します。汝南へは侵攻してもいいですし、状況によってはそれを囮にすることも考えます。最悪なのは今回の曹操さんの様に、こちらを自由にして戦略的にどうしようもなくされることです。だから、伯業様の体面に係る故郷への攻撃を匂わせることで、こちらの動きを制限しようと思います」

「悪くはない」

 雛里の答えに袁遺は満足気な声で言った。

 司馬懿もそれに同調するように品良く頷いた。

「では、それに対して我々はどのような戦略を取ればいいと思う?」

「漢水を抑え、なおかつ強力な水軍を擁している劉表さんや江南の対岸である広陵の張邈さんと張超さんと連携して、まずは上流から孫策水軍に圧力を掛けます。それからこちらと孫策軍の一番力の差がある騎兵が有利な状況と場所を作るために今回の様に軍を動かして、そこで孫策軍の陸上戦力を壊滅させるのはどうでしょう」

「雛里、それだ。私が言いたいのは、そのような戦略を絶対に採用してはいけない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということだ」

「あわわ!? どういうことでしょう、伯業様?」

 雛里は驚きの声を上げた。

「雛里、先程、私が言ったアルキダモス戦争とは、強力な陸上戦力を持ったスパルタという国と、水軍……正確には海軍であるが、ともかく強力な水上戦力を持ったアテナイという国の戦いのことだ」

「今の私たちと似た様な状況ですね」

「そうだ。そして、この戦争ではお互いが自国の長所を生かして勝とうとした」

「それで、どうなったんですか?」

「そのような方法では勝てずに、戦争は長期化した。そして、一〇年戦った後に双方が気付いた。強力な陸上戦力を持つ国と強力な水上戦力を持つ国が戦ったとき、戦争に勝つには相手の陣営が得意としている分野でいかに賢明に戦うか学ぶ必要があったと。そこから、スパルタなら水上戦力強化のために船の数を増やし、アテナイは陸は籠城して時間を稼ぎ、海で艦隊決戦をする戦略から正反対のスパルタとの陸上決戦を計画した。結果は戦略の転換を先に成功したスパルタが勝利した」

 このペロポネソス戦争の最初の十年の戦争をスパルタの大王の名を取ってアルキダモス戦争と呼ぶが、これは古典的なランドパワーの国家とシーパワーの国家の衝突であり、この戦争は現代でもランドパワーの国家とシーパワーの国家の戦争となったときの研究事例に取り上げられている。

「つまりは、こちらも孫策軍の水軍に勝つ必要があるということですか?」

 雛里が尋ねた。

「勝てれば、それに越したことはないが、必ずしも勝つ必要はない。水上の戦況がこちらが有利となればいいのだ」

「つまりは、今回と同様に戦わずに優位を築く考えを驃騎将軍はお持ちということですか?」

「それについては、既に徐州の張太守に話してある」

「広陵の地理的有利を使うということですか?」

「そう、広陵は江南の喉元の様なものだからな」

 そう言ってから、袁遺は改めて雛里と司馬懿に向き直って続けた。

「そのためには、やはり陸上戦力の力も不可欠だ。だから、雛里は洛陽へと帰還はするが、すぐに軍を率いて兗州に駐屯してもらう。太傅(袁隗)に良いように整えてくださるように頼んである。おそらくは都督兗州諸軍事として兗州の政治と軍事を統括してもらうことになる。鎮軍大将軍は洛陽にて私が謹慎の間、軍政を取り仕切ってください」

「は、はいッ!」

 雛里は頷いたが、司馬懿は違った。

「伯業様、よろしいでしょうか?」

「何だろう、将軍?」

「兗州へは、どうか筆頭軍師ではなく私を駐屯させてください」

 司馬懿の言葉に、雛里は小さく、えっ……と呟いてから、袁遺と司馬懿を窺うように交互に見渡した。

「今回、私が率いた支軍をそのまま兗州の駐屯軍とする方が編成の手間がかかりません」

「……しかし、将軍……奥方のことがあるのでは……」

 今回の人選は袁遺の私情と言えば私情であった。

 司馬懿の妻の張春華は現在、妊娠している。兗州の駐屯がどれくらいの長さになるかわからない中で、夫婦が離れ離れになるのは不安であろうと慮っての人事だったのだ。

 ただし、能力の点において雛里が司馬懿に劣っているということはない。雛里の戦術家、作戦家としての才能と能力は袁遺や司馬懿をも凌駕している。

 雛里でも十分にその務めを果たせるだろう。

「伯業様、是非、私に」

 司馬懿は頭を下げた。

 そんな司馬懿を見ながら袁遺は思った。つまりは、人質か……

 袁遺が謹慎するのである。その間の行動に少しでも不審点があれば、袁伯業という男の猜疑心は強くなる。

 そして、司馬懿はただでさえ袁遺に―――その能力の高さ故に―――警戒されており、また決して周りから好かれていないことも自覚している。

 そのために、身重の妻を半ば人質として、兗州への駐屯を志願したのだった。

「わかりました」

 袁遺は頷いた。

 

 

 報告が終わり袁遺の天幕を出るとき、司馬懿は袁遺の顔を盗み見る様に窺った。

 そこには先程まであった張り詰めた様なものが消えていた。

 それを認めたとき、司馬懿の鋭敏過ぎる頭脳は殆ど反射的に袁遺の心の内を読み取っていた。

 伯業様は陳蘭が死んで心から悲しんでおられる。そして、それを押し殺して私に臨まれた。

 司馬懿は亡き陳蘭に羨望にも似た感情を抱いた。

 彼は考えた。

 もし、私が死んだとき、伯業様はどのような反応をなさるだろうか……きっと、周りに狂ったのではないかと思われるほどの痴態を見せるだろうな。泣き喚き、周りに当たり散らす。ああ、きっとそうだ。だが、それは私が死んだことで彼が安心してしまったからだ。友人が死んで安心したことを恥じて、それを周りに悟られないように演じる狂態だ。

 だが、それは仕方がないことだとも、司馬懿は思った。こういう風な思考をしているからこそ、そう思われるのであって、それはつまり自業自得であった。

 司馬懿が自分の天幕に戻ってみると、衛兵から鄧艾が面会を求めていることを知らされた。

 司馬懿はすぐに来るように命じた。

「艾が、艾が拝謁します」

 鄧艾はすぐにやって来た。

「何かあったのだろうか?」

 司馬懿が典雅な響きを持つ声で尋ねた。

「い、いえ、問題は特にありません。ただ、驃騎将軍はどのようなことを仰られたのかと……」

 鄧艾の言は、どこか要領を得ないものであり、何かを探っているようでもあった。

 司馬懿は、瞬時に鄧艾の意図を察した。

 そして、呆れた。純粋さと、その裏返しである無神経さを持っている男だと思ったが、ここまでとは……

「君に話せることではない」

 司馬懿が答えた。

 鄧艾の顔に失望の色がはっきりと浮かんだ。

「君に話せることを話そう」

「何でしょう?」

「驃騎将軍は功には報いる御方だ」

 司馬懿は、鄧艾が自分の殿を成功させた恩賞がどれくらいのものかを探りに来たのだと断定した。

 そして、それは鄧艾の心中を看破していた。

 鄧艾という男の野心の強さとその危うさを、司馬懿は彼を宛で拾ったときから感じていたが、それを再認識した形であった。

「だから、少し待て」

「……鎮軍大将軍の力でどうにかできませんか?」

 鄧艾は、なおも食い下がった。

 それだけ彼は自分の能力に自信があった。そして、それは決して己惚れたことではない。

 彼は死んだ陳蘭と殿を務め、陳蘭亡き後はその指揮を引き継ぎ、最後まで殿の任を果たしたのだ。もし、殿の任を果たせなければ、荀彧の支軍に司馬懿勢が捕捉され、中牟の呂布隊と合流できなかったかもしれない。そうなれば、勝敗がどうなっていたかもわからない。

 鄧艾からすれば当然の要求だった。

 しかし、司馬懿はそこにこそ危険性を見出したのであった。

「それは絶対にできない」

「な、何故です!?」

「……もし私が驃騎将軍に、君を校尉や将軍にするよう推挙したら、君は私は感謝するだろうか?」

「もちろん、感謝します!」

 鄧艾が大声を上げた。

 だが、司馬懿から返ってきた答えは冷や水を浴びせる様なものだった。

「では、伯業様と私、どちらへの感謝の方が大きい?」

「…………」

 鄧艾は言葉を失った。彼も司馬懿と同じ思考へと行き着いたのだ。

「君は兵理に長けているが、処世術には疎い。それではいけない。大きな才は自分を傷付けるときがあり、大きな功は破滅をもたらす場合がある」

 鄧艾に投げかけた言葉は、同時に司馬懿自身をも諭すものだった。

 

 

18 華琳

 

 

 曹操陣営がその後にどうなったのかを、些か時間軸を無視して説明していく。

 まずは軍師の三人である。

 袁遺は曹操―――華琳に、兗州統治をスムーズに引き継ぐために曹操側から戦後処理を行う人材を要求した。

 初め袁遺は、曹操が冀州へと行っている間、兗州を統治していた荀彧を指名したのだが、荀彧本人の強烈な拒否により袁遺は代わりを推薦するように華琳に言った。

 相も変わらず名分を気にしなければならない袁遺は、荀子の子孫であり祖父が神君と呼ばれて清流派人士にも強い影響力を持つ荀彧を粗雑に扱うことができないため折れたのだった。

 最終的に郭嘉がその任を負うことになった。

 郭嘉本人が、是非にと願い出た。

 袁遺との戦争計画の殆どは郭嘉が手掛けた。負けてしまったが、できるなら最も綺麗な形で終わらせたいと、司馬懿と共に兗州へ赴くことになった。

 その役割を断った荀彧は、洛陽へと赴くことになった主の華琳に同行することを望んだ。

 袁遺は、洛陽の荀家と所縁のある者の家で、ほとぼりが冷めるまで謹慎することを条件にそれを許した。

 そして、程昱は軍師を引退すると言って故郷へと帰った。事実、彼女はその後、軍略や策謀について語ることは一切なく、門を閉ざしてその生涯を終えた。

 武将たちの中で華琳と最も付き合いの長い夏侯惇と夏侯淵の姉妹は荀彧と同様に華琳に同行するとを望んだ。

 そして、こちらも同様に漢建国の功臣である夏侯氏の子孫である夏侯姉妹の頼みを断ることができなかった袁遺は、荀彧と似た様な条件で許可したのだった。

 その他武将たちは、程昱と同じ道を選んだ。

 曹操の護衛を務めた許褚と典韋、主に新兵の訓練を担当していた楽進、李典、于禁はそれぞれの故郷へと戻ることになった。

 故郷に戻ったと言っても、その生活が華琳に仕える以前のものに戻らなかった。彼女たちの動向はその地の役人や郷村指導者たちによって監視され、何か不穏な動きがあればすぐにでも軍が動くようになっている。

 そんな彼女たちを庇うのも、兗州統治に協力することになった郭嘉の仕事でもあった。

 そして、曹操陣営の中で最も悲劇的な結末を迎えたのは―――まったくの不本意ながらかつての黄巾党の乱の首謀者となった―――張三姉妹であった。

 その事実を袁遺や袁隗は知る由はなかったが、それでも黄巾党の重要人物と目星をつけ、この袁遺と曹操の開戦の口実のために情報工作が行われて噂を流した。

 噂は三姉妹の耳にも入っており、彼女たちは華琳の敗北を知ると同時に、生き残るために身を隠そうと逃亡したのだった。

 しかし、逃亡は失敗に終わった。

 噂を流した袁隗の手の者が、張三姉妹の動向を逐一監視していたのだ。

 彼女たちの置かれた状況がまずかった。

 華琳は赴任したばかりの冀州で民衆の慰撫政策として張角たちに街々を回らせており、開戦当初、彼女たちは土地勘がなく、なおかつ曹操の統治が十分に行き届いていなかった冀州にいたのだ。

 もっとも、華琳が彼女たちにしてやれることはもうすでに何もなかった。

 戦いに敗れた華琳とその首脳陣にとって、黄巾党の首魁を討ち取ったと漢王朝と世間を欺き匿っていたという事実は身を危うくすることだった。

 華琳はただただ願った。張三姉妹が無事に姿を隠すことを。

 しかし、その願いは空しく、張角、張宝、張梁の三人は冀州の地で誰に知られることもなく、袁隗の手の者によってその生涯を閉じ、黄巾党首魁・張角という存在は今度こそ完全に闇へと葬られた。

 そして、この三姉妹の存在が明るみになる糸口であった、元黄巾党である通称『青州兵』は青州へと帰り、解散した。

 だが、中には自ら望んで袁遺へと降った者たちもいた。

 それは最後まで華琳に付き従った最古参兵たちであった。

 彼らの投降に―――袁遺と司馬懿以外の―――袁遺軍の面々どころか、曹操軍も驚きを隠せなかった。

 驚く華琳に袁遺は言った。

「彼らはあまりにも長く兵士でいすぎたのだ。そして、負けて兵士以外の自分にならなければいけないことに恐怖した。だから、後ろ指をさされることを覚悟して私に降るのだ」

 華琳はそれにただ目を伏せた。

 覇王の軍勢は敗れたとき、覇王は覇王たるをやめることができたが、残された兵士たちの中でそれをやめることができない者たちもいた。

 しかし、彼らにしてやれることも華琳には何も残っていなかった。

 

 

「何故、私は負けたのかしら、伯業?」

 華琳が言った。

 やらなければいけない処理を終えると、軍は洛陽へと帰路に着いた。

 その道すがら、袁遺と華琳は徐々に話し込むようになった。

 初めは、二言、三言、言葉を交わすだけであったが、虎牢関を越えた辺りでは夜が更けるまで語り合った。

 華琳の声には、憑き物が落ちた様な不思議な素直さがあった。

 袁遺は思った。彼女は変わったな……いや、遠い昔、彼女と出会った間もない頃に戻ったようだ。

「時期が悪かった。冀州の統治が不十分な段階で戦争を行うべきではなかったな」

「けれど、あなたはそんな時間など与えてくれなかったでしょう?」

「当然だ。袁紹を倒した時点で、君の袁紹の南下の壁という役割を失ったんだ。利用価値がなくなり、いつこちらに牙を剥くかわからない君を放置しておくわけないだろう。だが、俺は軍隊と法の剝き出しの暴力だけで権力を正当化できると考えていない。軍を動かすにも、それなりの大義名分が必要だ。だから、君は何か別の利用価値をこちらに示すとか、もしくはこちらに牙を剥く気はないと示すなりして、俺の拳が振り上がらないようにすればよかったんだ」

「あなたの前に進み出て皆の前で頭を垂れろ、と」

 華琳は鼻で笑ってから続けた。

「それは曹孟徳の道ではなかったわ」

 そんな華琳に袁遺は口元を意地悪そうに、僅かに歪めていた。

「泰山を小脇に抱えて北海を飛び越えるという言葉を知っているかな?」

「『孟子』梁恵王章句。腐れ儒者みたいなことを言わないでちょうだい」

 応じた華琳の表情はどこか楽しげであった。

 ふたりの―――多数の死者を出し、両人にとっても大き過ぎる傷を負わせあったにしては―――さっぱりとした態度は、優秀な軍指揮官に共通する割り切りの良さに起因するものだった。

 ただし、その割り切りの良さを常人が非情さに感じることを理解している袁遺は決して多くの人の前では、華琳とこのように会話をすることはなかった。

「では、何故、あなたは勝ったのかしら?」

 華琳が再び尋ねた。

 それに袁遺はたっぷりと考え込んでから、ぽつりぽつりと語り始めた。

「作戦規模での話なら、勝敗を決めたのはこちらの支軍の機動だ。即ち、司馬仲達と荀文若の差であったと言えなくもないが……それひとつにすべての因果を集約するのはあまりにも莫迦げている」

 戦争とは政治という巨大な環の中に属すものであり、決して独立したものではない。

「兗州や冀州の名士たちが君に靡いていたら、俺の戦略はただ徒に兵を分散させただけの愚策だ。あの機動が勝利の要因となり得たのは、それまでの名士に対してのこちらの政治的態度があったからだ」

「…………つまり、あなたが私より上だったということ?」

 華琳が零した言葉の響きには、自分を負かした者への口惜しさが宿っていた。

 しかし、それは決して嫌悪を宿したものではなかった。

「正確に言うなら、名士たちは曹孟徳より太傅(袁隗)・司空(董卓)の方が自分たちに利益をもたらす存在だと判断した、というところだ」

「あなたは……」

 袁遺の言葉に華琳は呆れた様な声を漏らした。

 袁遺は、華琳ならそういう反応をするよな、と思った。

 彼女の中には董卓の腹心である賈駆を出し抜いたという記憶がある。

 そのせいで華琳の行動に対して掣肘を入れずらくなった。明らかな失策であり、袁遺の足を引っ張るものであった。華琳の感覚からすれば、庇い立てできない無能のである。

 だが、袁遺は袁隗・董卓の二頭政治という形を崩す気はなかった。どころか、袁隗・董卓本人たちよりもその形を守ろうとしていた。

 反董卓連合との戦いより、それを名士たちに宣伝し支持を受け続けてきたのだ。なのに、それを崩せばその支持を失う可能性があった。

 もちろん、袁遺には目的がある。

 そして、その目的のためには袁遺は強大な権力を握らなければならず、その結果、今の二頭体制の形を変えねばならないかもしれない。

 だがしかし、今は権力を握るどころか―――軍の命令権は保持したままであるが―――驃騎将軍の職を罷免される立場である。陰口めいた批評は控えるべきだった。

 結局、袁遺と曹操の大きな違いは名士たちへの態度であり、その違いが双方の―――袁遺が運動戦を選択し、華琳が決戦を望んだという―――戦略に如実に表れたのだった。

「もっとも、作戦や戦術に議論の余地がないかと問われれば、答えは否だ。お互いが命令文書を開示して作戦の準備段階から戦争終結までの軍の証言を集めれば、新たな問題点や可能性が見えてくることは間違いない」

 後代の言葉で言うなら、軍事研究である。

「……そう、それは興味深いわね」

 そう言った華琳の表情は、どこか諦観した様な色を宿していた。

 彼女も、そして袁遺も、その軍事研究が決して行われないことであることを理解していたからだ。

 華琳の軍は袁遺によって解体された。そして、袁伯業という人間性を考えたとき、かつて曹操軍であった者たちに、自分たちは曹操軍であったと思わせるような軍が再びまとまる可能性があることを行うなど決してない。

 国家という制度や、それに付随する形の軍という制度が未熟も未熟なこの時代で、華琳の将兵たちがひとつの軍となっていたのは個人的な忠誠心であり、それを前提とした仲間意識である。それを思い出させるようなことをするほど、袁遺は寛容な人間ではない。

 だから、それを理解しているふたりにとって、この話は夢物語のようなものである。あるいは、過去―――ふたりが何のしがらみもなく議論をして知的好奇心を満たしていたということ―――を追体験しノスタルジーを感じる行為に他ならない。

 曹孟徳は覇王という衣を脱ぎ捨て、確かに昔の華琳に戻ったかもしれない。

 しかし、戻らないものは確かにある。

 

 

 洛陽へと帰還した袁遺を待っていたのは、袁隗からの弾劾であった。

 文武百官が招集され朝議が開かれ、その場で袁隗は皇帝に自らの甥の不明を上奏したのであった。

 曰く、能力的に、そして人格的に相応しくない者を過分な地位に推挙した。それは漢王朝にとって害となることであり、その不明は許しがたいものである。

 相応しくない者とは当然、曹操―――華琳のことを指しているのだが、その割には華琳が兵を挙げたことには一切触れずに曖昧に濁している。

 袁隗の弾劾は彼女の挙兵を有耶無耶にするために行われた政治的パフォーマンスであった。

 だがしかし、袁隗の剣幕はあまりにも真に迫るものであった。

 皇帝は袁遺が叱責される様子を居心地悪そうに玉座から見ていた。彼女はまるで自身が叱責されているように感じて、ともかく早くこれが終わることを心の底から望んでいた。

 また、参列した者の中には、袁隗が華北から中原が定まったことにより袁遺を獲物尽きた猟狗として排斥しようとしているのではないかと本気で勘繰る者さえいた。

 袁隗の演技はそれほどのものだった。

 袁隗の上奏が終わると、皇帝・劉弁はすぐに命を下した。根回しは済ませてあるため当然であった。

「袁遺の驃騎将軍の官は取り上げ、謹慎を命じる。ただし、今までの功績を斟酌し位階勲等はそのままにする」

 こうして袁遺は予定通りとはいえ、中央官界から一時姿を消したのだった。

 

 

 勝者であった袁遺が弾劾を受け消えたのとは反対に、敗者であった華琳は朝服をまとうことになった。

 もちろん、都督兗・冀州諸軍事、建徳将軍の官職は罷免され、費亭侯の爵位は返上した。

 代わりに与えられたのは文書作成を職務とする主簿である。

 列侯と通常の臣として位人臣を極めたことを考えれば、途轍もない転落であるが、勝ったはずの袁遺が驃騎将軍を罷免され謹慎の身であるため何か異を唱えることもできなかった。また、その気もなかった。彼女は自分を敗者だと思っている。

 華琳は東観に上がることになった。

 東観とは修史の史料庫が置かれた場所のことであり、史書『東観漢記』の編纂が行われている。

 余談になるが、かつて袁遺と袁紹の戦いに巻き込まれた袁遺の推挙人の張超が洛陽へと避難してきたとき、この史書編纂に参加していた過去がある。

『東観漢記』(こう称されるようになるのは後の時代である)を編纂するのは蔡邕や馬日磾など錚々たる文人たちが名を連ねている。

 華琳は自分が何故、送り込まれたかを袁遺から直接聞いたわけではないが直感的に理解していた。

 東観の文人たちは儒家思想が強い面々であり、特に蔡邕は霊帝の鴻都門学設置に反対した。

 鴻都門学というのは霊帝の治世に設置された書や画、詩に優れた者たちを集めて、教育を行う場である。現代の感覚からすれば美術学校であるが、後々、鴻都門学出身者たちが尚書や侍中(いずれも皇帝の傍に侍る役職)に抜擢されたことから見て、皇帝直属の政策スタッフ養成所という側面が強い。

 この鴻都門学は当時や後世での評判はすこぶる悪く、腐敗政治の典型例であったとされている。

 その理由は鴻都門学出身が党錮の禁で追放された清流派名士たちに代わって、中央のみならず地方官に任命されたからである。清流派名士たちからすれば、儒教的徳目ではなく皇帝の気に入られたからという理由で、地位を横からかすめ取られたようなものである。

 これは儒家の嫉妬とするのは間違いである。党錮の禁こそが腐敗政治の典型例であり、悪手中の悪手であることは間違いない。

 しかし、鴻都門学は儒教一尊の後漢において文芸という才にスポットを当てた、謂わば、曹操の唯才政策の走りであるとも言える。鴻都門学出身者の多くは家柄の低い者たちであった。

 華琳もまた鴻都門学に対しては悪い感情を抱いていない。

 と同時に、蔡邕の文才も彼女は認めている。

 つまり、華琳はこの新旧の文学界をひとつにまとめ、さらに次の段階へと推し進めることこそが袁遺が自分を東観へと送り込んだ理由だと直感したのだった。

「面白いわね」

 華琳は愉快そうに鼻を鳴らした。

 彼女は思った。

 確かに、覇王にも、そんなことも考えず無邪気に袁遺と語らっていた日々にも戻れない。だけど、進むことができる。

 後世で『建安の風骨』と称される新しく力強い風の音は、すぐそこまで来ていた。

 

 

 丁の章、了。戊の章へ。

 




捕捉

・この戦争は現代でもランドパワーの国家とシーパワーの国家の戦争となったときの研究事例に取り上げられている。
 2016年米海軍作戦部長の海上における優位性維持のための構想

・『孟子』梁恵王章句
 斉の宣王に道徳によって王となる王道政治のことを尋ねられた孟子は答える。
「泰山を小脇に抱えて北海を飛び越えるという言葉を知っておりますか。他人に対して、私はそんなことできませんと言えば、これは本当にできないことです。しかし、老人のために按摩してあげよと言われ、私はできませんと応じれば、それはできないことではなく、しないことなのです。要するに王様が真の王となりえないのは泰山を小脇に抱えて北海を飛び越えるという類のものではなく、按摩をしない類のものなのです。我が家の老人を労わる心持ちを拡張させて、他家の老人にも及ぼし、我が家の幼児をかわいがる心持ちを拡張させて、他家の幼児にも及ぼせば、天下は掌の上のように動かすことができます。『詩経』に、我が妻に礼を正し、兄弟に及ぼし、家族国家を治めるとあるのはこの思いやりの心持ちを以って、他人の上に置くことを言ったに過ぎません」
 不可能なことと意欲しないことをふたつの比喩を以って、諭しているのである。
 また、この王道政治の対話を表面だけ見れば、空想的、理想的に見えるかもしれない。しかし、当時は学者、商人のみならず農民も高い流動性をもち、善政が敷かれているという噂を聞くと集団でかなり遠い外国にも移住することが多かった。
 この国境を越えた人民の集団的移住の自由さの上に立って王道政治が形成されたのである。そのため、一概に空想的、理想的だと退けるのは間違っている。

・蔡邕
 本来の歴史なら董卓の死後に王允によって殺害されるが、この外史では生き延びて『東観漢記』の編纂を続けているという設定です。
 もちろん、蔡文姫も左賢王に拉致されてません。
 
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