異・英雄記   作:うな串

5 / 45
9~11

9 始皇帝評、もしくは組織論

 

 

「始皇帝が死んだのち、秦が間もなく瓦解したのは必然です」

 袁遺がそう口にしたとき、曹操が顔をしかめた。

 儒教が正学とされる漢帝国とそれを継いだ後漢において法家国家で焚書坑儒を行った始皇帝が高く評価されることはない。その漢帝国自体が秦を倒しできた国であるから、自身を正当化するために始皇帝を暴君と強調する風潮がそれを加速していた。

 そして、その言葉を口にしたのは儒家から高く評価されている袁遺である。

 となると、次に口から出てくるのは、前漢から続くカビの生えた儒家が考える秦崩壊の要因とされる儒教の迫害についてと儒家に媚を売るための始皇帝の批評だろう。

 曹操はそう思い、うんざりした。

 袁遺とは彼女の知り合いである袁紹によって引き合わされた。

 袁紹の従兄であるという彼のことは少しは耳にしていた。優秀な人物であり、努力家であると噂されているためであった。

 だが、どうやらこの男も袁紹同様、莫迦であるらしい。それも袁紹とは違った方向で莫迦なのだ。

 しかし、次に袁遺の口から出た言葉は彼女の予想とは違うものであった。

「始皇帝があまりにも偉大過ぎる故、秦の全ての組織機能を担っていた結果、あらゆる部門が弱体化し、その死に対応する能力がなかったからです」

「……詳しく話しなさい」

 袁遺が曹操に語った内容は後代の言葉でいうところの、組織論や組織科学と呼ばれるものであった。

 組織とは、命令を下部に伝え目的を達成する部門、その部門に適切な助言を与える部門、そして、その二つの部門が誤った方向に行かぬよう監視する部門を持つ。

 始皇帝は高い能力を持っていたが故に、その三つを一身に担った。

 というのも、始皇帝しかり、信長しかり、ナポレオンしかり、この手の英雄にして天才が組織の頂点に立つのが合理的だからである。

 だが、これらの組織は短命なのが常であった。彼ら英雄が死ぬ(もしくは敗北する)と残された組織にその死が原因で起こる混乱を乗り切るだけの力がないからだ。国家に限らず、会社で考えてもいい。偉大な創業者が死んだ後に経営を傾ける会社は少なくない。

 ちなみに、史実の曹操はこれには当たらない。彼の国、魏は所謂、清流派知識人たちが一種の参謀軍団を形成していたので、命令を下部に伝え、目的を達成する部門のライン部門とライン部門に適切な助言を与える部門のスタッフ部門のラインアンドスタッフの組織形態に近い。というより、ラインアンドスタッフが軍隊の参謀組織の働きを参考にして生まれたものである。

「つまり、あなたは、適切な助言を与える部門が大切だと言いたいわけね。高祖を補佐した張良や蕭何のような」

 曹操が言った。

 曹操は袁遺の評価に慎重であった。

 確かに、世の腐れ儒者とは違う始皇帝評を持っているようだが、適切な助言を与える部門が大切だと言いたいわけなら、例に挙げた張良、蕭何の主君である高祖・劉邦が皇帝とはかくあるべしとされている理由のひとつである。つまり、徳のある主君を賢臣が支える、といった構図である。この構図は、後の中華でも永く、理想の君臣の関係として語られる。それをもったいつけて言っただけのことで、そうなると目の前の男は、やはり、ただの莫迦ということになる。

 だが、袁遺は再び曹操の予想を裏切った。

「いえ、違います。それら三つの組織が相互補完しているのが、重要なのです」

 天才がライン部門の頂点に立ち、全権を振るった結果、その天才の死によって組織が崩壊する。

 だが、秀才の集団が強固なスタッフ部門を形成し、強い力を持ったときに起こるのも崩壊である。スタッフ部門はライン部門の命令系統に属されていないため、無責任な暴走を始める。具体的な例を挙げるならば、大日本帝国の大本営(厳密に言うならその参謀部)だ。その結果の太平洋戦争の敗北と帝国の崩壊である。または、戦争の天才(異論がある人もいるかもしれないが戦場では軍神であったことは疑いない)ナポレオンを打倒したプロイセン(ドイツ)参謀本部だ。ナポレオンを敗北に追い込み、その後も普墺戦争、普仏戦争でその有用性を示し続けた結果、力をつけ、首相や国会でさえコントロール不可能になり、それがかの国の第一次世界大戦の敗北の原因のひとつに数えられることもある。

 このスタッフ部門の暴走を史上最も手っ取り早く解決した人物がいる。ソ連独裁者のスターリンであり、その手段とは大粛清である。むろん、スタッフ部門が弱体化したために、独ソ戦の前半で苦戦し、結果としてソ連崩壊につながる。そう考えると荀彧の空箱が事実だとすると、それは曹操なりのスタッフ部門の暴走への対処法という見方もある。

 では、監察部門が肥大化するとどうなるか。それは現代(正確には60年代以降)のいくつかの組織が陥っている状態になる。

 常に監視されることは不信が物事の根底にあり、雇い主から信用されていないと感じる組織構成員のモチベーション、およびモラルの低下を招き、何事も事なかれ主義に陥り、誰もが積極的な行動より保守を第一とする。となると組織自体の行動方針が曖昧になる。結果、何事も非効率化する。これは国家、軍隊、企業すべてに起こりうることだ。

 袁遺が語ったのは、二〇〇〇年以上かけて人類が体験してきたことの要約であった。つまり、天才を頂点とするライン部門の弊害。それを解決するために強化されたスタッフ部門の暴走。そして、それを抑制するためによって起きた監察部門の肥大化の三つである。現在、人類は、この三つの組織のバランスの最適解を見いだせていない。

 もちろん、これらのことをそのまま語ったのではなく、歴史やカタカナ語を使わずに言っている。

 袁遺の話を感心したように聞いていた曹操は、聞き終わった後で、袁遺に言った。

「………どうやら、あなたは世間で言われている人物とは、ずいぶん違うようね」

「良識と常識は全く違う問題ですので」

「良識と常識?」

「良識は、人はどのようにして生きるか。常識とは、人が生きるには一日どのくらいの飯を食べ、水を飲めばいいか、ということ。今の始皇帝の評は良識に偏り過ぎています」

「………」

 曹操は袁遺という男を測りかねていた。

 ただ、

「何故、あなたが儒者から高い評価を受けているか疑問に思うわ」

 という言葉が出てきた。

 袁遺はただ静かに笑っているだけだった。

 曹操は宦官の孫ということで人によっては、邪険な態度を取られることもあったが、袁遺は曹操に対しても丁寧な態度を取っていた。

 彼女は、何故、そういう態度を取るのか、一度、袁遺に尋ねたことがあった。

 彼に言わせるならば、曹操の祖父にあたる曹騰は四帝につかえ、養子を取り、曹家を残すことを許された人物であり、ただの宦官とは違うということであった。そして、曹操にも丁寧な態度をとるのは、袁紹の亡き親は自分の父の兄であり、その兄を父はとても尊敬していたようで、自分もその娘たる袁紹に丁寧な態度をとるのは当たり前で、なら、袁紹の友人の曹操にも同じ態度を取るのは当然のことである。

 曹操はそう言われた。

 いつしか、ふたりも友人と言ってもいい関係になっていた。曹操が自分の真名を袁遺に預けたのだ。

 後年、彼らは、このとき話した始皇帝評というか組織論のことをふたりは覚えているが、何故、始皇帝の話になったのか、ふたりとも覚えていなかった。そして、ふたりで記憶を辿ったが思い出せず、笑いあったことがあった。その後、ふたりは長い間会わず、彼らが再会したのは、この黄巾党との戦いであった。

「余計なことをしたかしら、伯業」

「いえ、援軍、感謝いたします。曹騎都尉」

 

 

10 天に昇る気持ちと地に沈む気持ちを同時に与える感情

 

 

「雷薄、お前、ますます山賊にしか見えなくなったな」

 張郃が雷薄に言った。

 彼の右頬には大きな傷を縫った痕ができていた。先の戦いでできた傷である。

 張郃、高覧、陳蘭の三人が雷薄を見舞いに来ていたのだった。

「うるせぇ! 大体、俺たちの中で顔が自慢になるのは伯業様以外いねぇじゃねぇか!」

 雷薄が、そう怒鳴りながら返すも、彼らの付き合いは長い。これくらいの軽口のたたき合いはあいさつ程度のことだった。

「いや、洛陽にいるあいつも…」

「あの男のことは言うんじゃねぇ!」

 張郃が反論しよう口を出したが、それは軽口を超えた失言となった。

 張郃も、しまった、と思ったが、覆水盆に返らず。場に緊張が走った。

「ともかく、よかったじゃないか。死ななくて」

 それを察した善人なところのある陳蘭が彼らの間に入った。

「ああぁん! それより、おめぇも敵将を討ち漏らしやがって、手柄が取られちまったじゃねぇか!」

 しかし、雷薄の矛先が陳蘭へと向いた。

「い、いや、それはその……」

 陳蘭が申し訳なさそうに小さくなる。こうなると、人の良い陳蘭をいじめているようで、雷薄はバツが悪くなり、話題を変える。

「まあ、いいけどよ。それで、どこの部隊だったんだ、ありゃあ?」

「騎都尉の曹操殿だ」

 高覧が答える。

「曹操………ああ、陳留の太守か」

「そうだ」

「なんで陳留の太守がこんなとこまで出張ってきてんだ?」

「それを今、伯業様が聞いている」

 そうか、と答え、雷薄は自分の頬の傷が痒くなってきたことに気付いた。だが、掻くわけにもいかない。我慢するしかないのだ。

 彼らが別働隊の任務に就いてから感じたことのない穏やかな空気があった。

 実戦部隊の隊長四人は、黄巾賊との戦いで一つの山場を越えたことを実感していた。

 

 

「そう、あなたたちも賊の糧を断っていたのね」

 袁遺が別働隊の今までの経緯を曹操に説明していた。地図には、その経路が示されている。それを曹操の傍らの猫の耳の様な突起がある頭巾を被った少女が熱心に見ていた。

「私たちも似たようなものね」

 曹操が言った。彼女たちもまた、黄巾党の兵站の危うさを感じ、輸送部隊や集積所を襲撃し、糧道を潰していたのだ。

 だが、袁遺は違和感を感じていた。嘘は言っていないが、何かを隠している。

「陳留の周辺の賊を片付けた後、豫州で予備戦力である別働隊が投入されたと聞いて、苦戦していると思い助けに来てみれば、率いているのがあなただったとはね」

「いえ、隊長は別部司馬の張超殿です。私は補佐をしているにすぎません」

 袁遺が訂正したが、曹操は異を唱えた。

「書家として張超の才は認めているけど、将としては話にならないわ。どうせ、あなたが指揮を執っていたのでしょう」

 その言葉に袁遺は困ったような曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。自分の書の師を貶める様な評価を肯定することは袁遺にはできなかった。

 ただ、別働隊が投入されたことを知って曹操が動いたのなら、雛里の策が的中したことになる。それを袁遺は傍らで緊張した面持ちの少女の功績の一つとして記憶に留めた。

「それで、あなたは、これからどうするつもり?」

「別働隊の任務を達成したものとして、右中郎将様の率いる本隊と合流します」

「それじゃあ、豫州の黄巾党平定の目途はたったということね」

「趨勢がこちらに少し傾いた。その程度のことです。まだ、予断が許される状況ではありません」

「あなたは相変わらずね。都のことを何か知っているかしら? 確か、冀州で黄巾党と戦っていた盧植が罷免されたらしいじゃない。賄賂を贈らなかったとかで」

「いえ、初耳です。洛陽には部下がひとりおりますが、別働隊の任を受けてから間もなく連絡が一度来たのみで、古い情報しか持っていません。そのときは社稷が、だいぶ焦れている、と書かれておりました」

「ふーん…」

 曹操は何かを探るような目で袁遺を見つめる。

 それに対して、袁遺は相変わらずの無表情であった。

 曹操は思う。この男の目は、相変わらず、読みにくい。

 小さな瞳の三白眼は、あまりにも無機質だった。

 そのまま袁遺を見ていた曹操が

「伯業、ふたりだけで話せるかしら?」

 と言った。

 袁遺が返事をする前に、曹操の傍らに仕えていた頭巾を被った少女が叫んだ。

「華琳様! こんな男…」

「黙りなさい。桂花」

 それを曹操が諫めた。

 叫んだ少女、桂花―――荀彧は男嫌いであり、主人である曹操のことを敬愛していた。百合の花を咲かせる程に。であるから、そんな主人が男とふたりっきりで話すなど我慢のできることではなかった。

 だが、その相手は袁遺である。この無表情な男は、名門袁家の者であり、世の儒家から高い評価を受けている。そんな男を罵倒しようものなら、面倒なことが起きる。

「伯業、荀彧が失礼したわね」

 曹操が、桂花を黙らせ、袁遺に詫びる。

 彼は、逆に遜り、荀彧の方を向き言った。

「荀と申されるということは、かの『神君』の縁者の方でしょうか。それは、こちらも大変な失礼をしました」

『神君』とは彼女の祖父にあたる荀淑のことである。儒学に精通し、清廉な道を貫いたため『神君』と呼ばれ尊敬を集めていたのである。

 荀彧の家柄は袁遺のそれに、何ら劣るものではない。故、彼女が袁遺に礼を失しても、それほど大きな問題にはならないが、彼女が曹操の部下であるということが問題である。上にも述べたように、宦官の孫ということで、曹操は余計な侮りを受けることもあった。また、彼女自身も官職につく前のやんちゃ、とでもいうべき振る舞いで評価を下げた部分もある(それについては袁遺の従姉である袁紹にも同様なことが言えるが)。であるから、曹家は袁家より下であると見られていた。その下である曹家の部下が、袁家の者を侮蔑するのは両家の確執に発展しかねない。曹操はそれを嫌っていた。いつかは、袁家の者の誰かとぶつかるだろうが、今はそのときではない。彼女はそう胸に秘めている。

 主人に戒められた荀彧は引き下がり、天幕から出ていく。袁遺もまた雛里に、先に部隊へと帰っていなさい、と退出を求めた。

 天幕にふたりだけになり、袁遺が口を開いた。

「曹騎都尉、ふたりで話したいこととは何でしょう?」

 その彼の言葉に曹操は、不機嫌さを隠さなかった。

「伯業、そんな話し方はやめなさい。あなたには真名を預けたはずよ」

「申し訳ない。華琳」

 袁遺の顔は相変わらず無表情であったが、彼の遜った言葉にあった緊張感の様なものが取れていた。

「それでいいわ。伯業……あなた、何か隠しているわね」

 曹操―――華琳はどこか楽しそうに言った。

「それは君も同様だろう、華琳」

 対して袁遺は無表情だ。

「洛陽で何かがあったんでしょう……いえ、何かさせてるのね」

「君たちが糧道を潰しているのは、何か別の目的があったからだ。君の軍師は、何かを割り出すように地図を見ていたぞ」

 ふたりはお互いを見つめる。互いに何かを探り合っていた。

 しかし、ふたりには明確な違いがあった。

 曹操は自身の能力の高さと気高い精神性から、自身が認めた相手との戦いを楽しむ性質がある。対して、袁遺は問題全てを常に原則化できるほど単純化して考える。つまり、曹操にとってこれはある種のゲームであり、袁遺にとってこれは作業であった。

 故、彼らの根底にあるものは全く違うものである。

「ふん、いいわ」

 先に引いたのは曹操であった。

「いいのかい?」

「話さないと決めたら、あなたは絶対に話さないでしょうからね」

「そうか」

 袁遺の表情にわずかに柔らかなものが宿った。

 それは曹操がこの男、袁遺の最も嫌いな部分であった。

「なら、もう行くわ」

 だからと言って、怒鳴り散らすような真似はしない。彼女はその顔を遠ざけるように彼に別れを切り出す。

 袁遺は立ち上がり、姿勢を正し言う。

「曹騎都尉。ご助力、感謝いたします。その旨は右中郎将様にも報告させてもらいます。御武運を」

 彼は礼を取り、天幕から出ていく。

 その後ろ姿を見送った華琳は、昔のことを思い出していた。

 あの顔……

 かつて、彼女は無頼を気取っていたことがある。友人である袁紹にしてもそうだった。彼女たちが何か悪さをするたびに袁遺のあの顔を見た。あの感情をなかなか表に出すことのない男が見せるその顔にあったのは慈愛であった。

 その顔と同じ顔をする者がもうひとりいた。それは彼女の祖父である曹騰だった。

 彼女は祖父のその顔を見るのが好きだった。だが、袁遺がするのは嫌だった。そして、一度、彼女と袁紹が途方もない問題を起こしたときに、袁遺がそれを揉み消したことがある。そのとき、彼に訳の分からない怒りを覚え、八つ当たりしたことがあったが、それでも彼はその顔をしていた。

 だが、今は、かつてほど怒りを感じなくなった。

 それは、彼女が陳留の太守になったときである。袁遺に出仕を求めた。

「華琳。ありがたいが、その話、断らせてもらうよ」

 だが、袁遺は断った。

 彼の才能と能力を高く評価して、必ず役に立つと出仕を求め、断られた。

 普通なら、怒りや悲しみの感情が浮かぶはずだが、華琳の胸にあったのは喜びの感情であった。

 彼の才能と能力は、何の役に立つ?

 自分の覇道においてだ。

 では、そんな彼が自分に仕えず、他の誰かに仕えるか、彼自身が立ったとしたら?

 自分の覇道に立ち塞がるだろう。

 ならば、どうする?

 そんなの決まっている。叩き潰す。

 つまり、彼と戦えるのが嬉しかったのだ。戦い、勝ち、屈服させる。もう二度とあの嫌な顔をさせないために。そして、彼を自分のものにするために。

 曹操と袁遺は友人である。だが、互いにいつか敵対することを確信していた。

 

 

11 鎮圧

 

 

 袁遺は本隊と合流したとき、雛里を伴い主将の朱儁を訪ねた。

 これには大きな意味がある。

 今まで袁遺は雛里を朱儁に引き合わせることはしなかった。これは雛里が軍旅の途中で加わったためであり、また、袁遺と雛里はふたりだけの、いわば内だけの関係であった。だが、朱儁や別働隊の任務時に張超に紹介することによって、雛里は公の意味で袁遺の部下として認められたことになる。また、袁遺がそれだけ雛里を評価したのだった。

「別働隊の任、よくやった」

 朱儁は労った。

「これも全ては張別部司馬殿、そして、将兵の奮闘によるものです。また、自領のみならず、漢朝全ての平穏のために粉骨砕身の働きをする陳留太守・曹操殿の御助力があったからです」

「伯業、それもお前らしいが、こういうときは素直な態度を示すものだぞ」

 そう言いながらも、朱儁は、その袁遺の言葉が謙遜ではなく全て本心であるな、と思っていた。

「だが、曹操は何故、こんなとこまで出張ってきた?」

 朱儁は髭を撫でながら尋ねた。

 その問いに袁遺は困った。見当は何となくついてはいるが、確信があるわけではない。友人(少なくとも袁遺は彼女のことをそう思っていた)を根拠のない推論でその評価を下げるような真似をしたくはない。だが、朱儁は直属の上官である。そんな人物に嘘をつくわけにはいかない。

「これは全く根拠のない私の予想なのですが……」

「わかっている。お前の考えを聞きたい」

 朱儁は袁遺の心の葛藤を見透かしたように先を促した。

「騎都尉殿は、黄巾党首領の張角がこの近辺にいると推測し、糧道を分断することによって、正確な位置を割り出そうとしているのではないでしょうか」

「張角の…」

 朱儁は目を見開いた。

「曹操に能うか?」

 短い、だが、気の弱い者ならそれだけで気を失いかねないような声で朱儁は言った。

「必ずや」

 袁遺はそれを普段と変わらぬ調子で返す。

「ならば、我らは波才に集中するとしよう」

「はい」

 袁遺は雛里を連れ、朱儁の天幕を出た。

「雛里」

 自分たちの部隊に帰る途中で袁遺が雛里に話しかけた。

「あわわ、どうかしましたか、伯業様?」

「うん、鄢陵での戦いについて考えていた。曹太守が来なかった場合、私たちは負けていたと思うか?」

「いいえ、思いません」

 雛里は即答した。

「陳蘭さんは敵大将に肉薄していました。それに黄巾党の兵も疲れ切っていました。援軍のおかげで早期決着できましたが、結果自体は変わらなかったはずです」

 小さな声であったが、力強さがそこにあった。

「……だが、前線では何が起こるか分からない。例えば、流れ矢で陳蘭が討ち死にしていたかもしれないぞ。そうなっていたら、我々は負けていた」

 袁遺は、どうだ? といったように歩みを止め、雛里の方に体を向けた。

「伯業様なら、そうなったとき、どうするかも考えてらしたのではないですか?」

 雛里も、その通りですよね、と言いたげに伯業と向き合った。

「……張郃の部隊を動かしていた。部隊全体ではない。丘の陰に隠れて少数の部隊を動かす。ただし、官軍の旗は大量に持たせて」

 つまり、袁遺は大部隊が援軍に来たように見せかけるつもりでいたのだ。本物の曹操の援軍の出現で黄巾党の心理面に大打撃を与えたように、たとえ偽物でも疲れ切った黄巾党の戦意を挫くことは出来た。

「そうだな。確かに我々の勝ちだな」

 袁遺は素直に認めた。

「はい」

 雛里は優しい穏やかな笑みを浮かべる。

「だが、雷薄の中備で危ない状況が何度かあった。もしまた、同じ様な状況があったら、完璧に決めるぞ」

 袁遺は、そう宣言した。

 鄢陵の戦いの後も投降兵の訓練を続け、攻勢に投入しても隊列を崩さない程度はできるようになっていた。

 それは、つまり、戦いが近いということであり、豫州での黄巾党と官軍の戦いは最終局面を迎えていた。

 

 

 正史において、朱儁、彼の黄巾党との戦いは敗北から始まった。一度敗れたのちに曹操の援護を受け、豫州の黄巾党に勝利し、荊州へと転戦する。

 だが、この外史では袁遺という異物がそれを変えてしまっている。

 未だに朱儁は黄巾党に敗北らしい敗北をしていなければ、豫州の黄巾党は北部で袁遺と曹操に痛烈な打撃を喰らった。

 常に官軍側が優位に戦争を進めている。

 それでも、いや、戦争であるが故に、この豫州の官軍と黄巾党の趨勢を決める戦いは混沌から始まった。その戦の劈頭、それは完全な不期遭遇戦であった。

 過去(2 威力偵察部隊の項)でも触れたが、遭遇戦は、双方に混乱を発生させ、投入した戦力からは考えられないほど得られる成果が低い戦いであるため、戦慣れした指揮官は威力偵察部隊を重んじる。

 もちろん、その戦慣れした指揮官、朱儁は威力偵察部隊を重んじ、その優秀な部隊指揮官である袁遺を高く評価し、うまく使っていた。

 だが、袁遺が別働隊として抜け、再編された威力偵察部隊の指揮官は袁遺ほど能力がなかった。

 その威力偵察部隊が黄巾党と戦闘になったとき、その数やどの方角から来たか等の情報を得られず、ただ、本隊に救援を要請した。

 その報告にもなっていない報告を聞いた朱儁は、まずい、と思った。

 相手の数が分からぬままに、一〇〇〇や二〇〇〇の増援を出し、存外に敵の数が多く、また増援を出す羽目になるのは戦力の逐次投入、つまりは下策中の下策である。であるなら、全軍で押し出すしかない。

 朱儁はすぐに全軍で駆け付けた。

 そして、気付いた。黄巾党にも増援がおり、それは黄巾党・波才の本軍であることに。

 こうして、潁川の戦いは互いに予期せず、始まった。

 

 

 袁遺は五〇〇〇の手勢を率いていた。その手勢は自分が初めから率いていた威力偵察部隊と投降した元黄巾党の兵士である。張超の部隊とはもうすでに別れているため、兵站部隊はなく、完全な実戦部隊だ。

 袁遺は強引に兵を駆けさせる。前進速度は隊列を維持できる限界の速歩であった。そのまま、この乱戦の空白地帯に行くと、手練れた野戦指揮官だけが可能な手際で、部隊の陣形を整え、混乱から脱出する。

 周りでは統率のとれぬ、殴り合いが行われていた。

「これじゃあ、うちの部隊だけが混乱から脱しても、大したことができんな」

 袁遺は思わず、口に出してしまった。

「そうですね」

 雛里もそれに同意した。彼女も、どうするか判断に困っていた。

 他の部隊が、混乱していなければ、自分の手勢で横隊突撃という荒業を敵の突出した部隊に行うのだが、他の部隊が続かないなら、突撃に意味はない。どこかで逆撃を喰らうのが目に見えている。ただ、逆撃を喰らうことを覚悟して、敵が混乱している内に押しまくり、敵の被害を大きくすることも一つの手ではある。

 今この状況で、最も手堅い策は戦線が崩壊しないように防戦に徹し、朱儁がそのうち下知するだろう、全軍の総攻撃か撤退に備えることだ。

 だが、袁遺は、そのどちらも取ることがなかった。

 これは別に袁遺や雛里が天才的な策を思いついたわけではなく、黄巾党のいち早く混乱を脱した部隊が、朱儁の本陣に攻撃を仕掛けたために、その部隊の進軍を防がなければならなかったためだ。

 その黄巾党の部隊は、副将格の彭脱のものであった。

「おお、伯業の隊か」

 本陣へ隊列を維持できるギリギリの速さ(と言っても小走り程度の速さ)で仕掛けてきた黄巾軍に噛みついた袁遺の部隊を見て、感嘆の声を漏らす。

 武働きで頼りになるのは、やはり、あの男の隊だけか。

 朱儁は戦場を見回しながら、思う。

 戦場は混沌としていた。

 黄巾党は四万、官軍側は四万五〇〇〇と官軍側の方が数が多い。だが、不期遭遇戦から始まったことによって、その数的優位を活かせていない。

 朱儁は顎髭を撫で、考える。

 伯業は、確かに優秀な奴だが、過度の信頼を置くわけにはいかん。あいつの部隊が崩れたら、本陣の兵を展開できる場所が無くなり、一旦、全軍を引かねばならない。動くなら今しかない。

「他の手勢と肩を並べ、賊の本陣を目指す!」

 鍾馗面の主将は決断する。

 本陣の床几から立ち上がり、馬上の人となる。

 袁遺が敵部隊を抑えている間に陣形を整えると、一万の自分の部隊を襲ってきた部隊に逆撃をかける。

「左が薄いぞ、掛かれ!」

 朱儁は本領を発揮していた。本来、この男は将を束ねその上に立つより、自身で部隊を率いて戦っている方が、その才能を発揮できる。

 従う士卒もまた、よく訓練された者たちだ。賊を相手に力戦奮闘する。

 さらに、肩を並べている袁遺隊も、この豫州で黄巾党相手に一番過酷な戦いを続けてきた部隊であり、指揮官も戦を知っている。その証拠に、朱儁隊が敵部隊を襲う前に、袁遺隊弓兵部隊は支援射撃を行っている。となれば、同じく戦慣れした朱儁である。その支援射撃の元、部隊を百歩程前進させると、次は自身の弓兵部隊に命じ、袁遺隊を援護する。そして、袁遺隊もまた、百歩程前進する。

 この様な重厚な布陣で迫られた四〇〇〇の彭脱隊は耐えきれなかった。

 黄色い頭巾を頭に巻いた兵は隊長である彭脱の

「戻れ、戻らんか!」

 という声を無視して、逃げ出し始めていた。

 そんな彭脱を視界にとらえた武将がいた。袁遺隊実戦部隊指揮官のひとり張郃である。

「好餌!」

 彼は体格のいい黒い馬に乗っているが、それを両足で締め付け、自分の部隊に下知する。

「槍兵隊は我に続け!」

 その丸太のように太い右腕には槍を持ち、左腕には剣を持っているため、馬を操るのは体重移動だけであるが、見事な乗馬術である。

 張郃は彭脱に接近すると、槍で腹を一突きする。卓越した槍さばきであった。

 胴を貫通し、彭脱の体が持ち上がる。

「名乗られよ!」

 自身の死を悟った彭脱が口角から血の泡を吐きながら、張郃に言う。

 賊の癖に武人の様な男だ、という感想を抱いた張郃であったが、

「あの世で、また」

 それだけ言うと、左手の剣で彭脱の頸を落とした。

 隊長を失った部隊は瓦解した。

 潰走する兵を切り捨てながら、朱儁、袁遺の両隊は敵の大将、波才の陣へと進撃する。いや、その二部隊だけではない。戦場で無秩序な乱戦を繰り広げていた味方部隊も、いつの間にか混乱から脱し、敵本陣へと殺到していた。

 さすがに大将の部隊だけあって波才の部隊は乱れはしていたが、崩れてはいなかった。

 それが彼らの不幸となった。

 不期遭遇戦から始まったことによる混乱と豫州黄巾党との戦いに終止符を打てるとの気負いが多くの兵たちの精神状態を獣のそれに変えていた。

 そんな官軍に襲われた波才の隊は、この時代の『戦闘』と呼ばれる段階では、信じられないくらいの犠牲を出した。『戦闘』の段階でそれだけの被害を出すのだから、必然、『潰走』の段階で出した被害は目を覆うものであった。

 官軍は崩壊する黄巾党に対して、情け容赦ない攻撃を加える。

 虐殺じみた戦闘の中で波才は討ち取られた。

 敵将を討ち取った後も官軍の一部は逃げる黄巾党と団子のようになった状態で追撃し、彼らを文字通り切り刻んだ。

 混乱から始まった戦闘は、終わりもまた混乱と共に締めくくられた。

 豫州黄巾党は壊滅した。

 その戦後処理の最中、曹操が黄巾党指導者、張角を討ち取ったという報告がやってきた。

 それはつまり、黄巾の乱、その鎮圧が完了したことになる。

 

 

 甲の章、了。乙の章へ。




 いつも拙作を読んでいただき誠にありがとうございます。
 補足の前にひとつお知らせがあります。次回の投稿時期についてです。
 甲の章がこの話で終わり、次回から乙の章に移りますが、書き貯めの推敲改訂作業を行いたいため、一週間、時間を取らせていただき、次は8月11日の日曜日の20時に投稿したいと思います。
 これからも、この『異・英雄記』を作者共々よろしくお願いします。

補足

・儒教が正学とされるこの漢帝国
 儒教を国教としたのは武帝だという説が昔は一般的だったが、最近では否定され、新で国教、正学になったとする説が有力視されている。ただ、武帝もしくは元帝の時代あたりに儒者が漢王朝内で力を持ち始めたため、こう表現した。
 まあ、ちょっと古い知識なので、あまり鵜呑みにしないでください。

・ただの宦官とは違う
 曹騰、善玉論である。
 私個人としては、曹騰を完全に善玉として扱うことは出来ないと考えている。
 何故なら、彼は桓帝の擁立を手助けしたからだ。
 後漢で最も横暴な外戚の梁冀に大臣たちが推す聡明とされていた清河王の劉蒜より幼い劉志(桓帝)を即位させることを薦めた。
 後漢が衰退の坂を転がり落ちるのは、桓帝の時代からで、結果論になるが、彼は曾孫の曹丕のために魏帝国成立のレールを敷いたことになる。
 ただし、単なる悪玉(悪役)というより、宮中を巧みに泳ぎぬく、一種の妖怪が私の曹騰のイメージです。
 この桓帝は後に梁冀を殺害するが、梁冀に近かったはずの曹騰は、いつの間にか梁冀と距離を置き、逆に養子をとり、名と財産を残すことを桓帝から許された。
 その他にも、宮中で一度も失敗したことないなどの逸話を含めて、陰謀渦巻く宮中で出世し続けた怪物が私の曹騰像なのですが、恋姫の元ネタのひとつの『蒼天航路』では曹騰が善玉として書かれているので、この二次創作でも善玉として書きました。
 まあ、こんな長々と書いておいて、本編では、これ以降、曹騰について詳しく触れないと思う。


 また、私の拙い文書では読んでいる人にうまく伝わらないと思い簡易ながら地図を作りました。
 ペイントででっちあげたため、州境や町の位置などは、正確ではありません。そのことをご容赦願います。
 皆様の想像の一助になれば幸いです。

【挿絵表示】


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。