「ここは、あの映像作品に似ている…… いや、間違いなく一緒だ。……機動戦士ガンダムの宇宙世紀の世界…… 時系列は逆襲のシャア初期……!」
関係者以外の侵入を許可されていない資料室で、私は1年戦争のホワイトベース隊、別名「第13独立部隊」から今現在までのシャアを追いかける「ロンド・べル」の働きをデータディスクで目に捉え、震える声でそう言った。
地球連邦政府高官ジョン・バウアーが設立した組織「ロンド・ベル」。そしてそれより前にシャア・アズナブルが恐らく「ネオ・ジオン」を設立している。
ロンド・ベルの目的は、地球を破壊すると宣言したシャアを見つける事と阻止。この船はシャアを追うために2年の時を使い追いかけ続けていた事。
……までが資料には事細かに書かれている。
そして私は、その続きを子供の頃に見た範囲内で知っているのだが、それは今はどうでもいい。
もし、これが「逆襲のシャア」の世界なら……。
「……アストナージさんは死んじゃうの?まだ会ってない人たちも、みんな、みんな……」
そして、その中に洩れなく自分も含まれていることに気付くのにそう時間はかからなかった。なぜ、この世界に突然割り込んだ自分が死ぬ事になるのが解るのか?
それは、この世界の人は皆、自然と私の事をこう呼ぶからだ。
……「ケーラ・スゥ」と。
アストナージさんも他の人たちも皆、私の事をまるで古くから知っている人のように接してくる。勿論私にとってはその人たちと会った時は無い。まったくの初対面だ。
そして誰もが私と会話して言うセリフは「初めまして」ではなく「なんだか大人しくなったね、ケーラ」
……その時は、苦笑いでその場をしのいだのだが、やっぱりおかしい。ここに居る人たちに何か違和感を感じる。
……ざっくり言って、このロンド・ベルに居る人々は私との話す距離が近すぎるのだ。それで私の性格をケーラ・スゥという人物と同じと思っている。そして私を見て、私と認識しているのに「ケーラ」という名前を使って私を呼ぶ。
私の知っている逆襲のシャアの「ケーラ」は見た目は全く私と似ていない。私は髪は黒いし、顔も映画で見た限り雰囲気すら似ていない。言動も私より少し男っぽい。
なのにみんな真面目な顔で、クスリともせず「まるで私がケーラ・スゥ本人の様に接してくる」
……なるほど。
どうやら、細かい根拠はないが、私を誰かと人違いしているだとか、私だけ記憶喪失だとか、私の今までが幻とかではない様だ。
ここまでの事だけで判断すると、私はケーラ・スゥと同じ立場に、同じ人間関係に、同じ人生に入れ替わったと考えるのが正しいか。
にわかには信じがたいが、鉄の切れ端が語り掛けてきたという普通なら在り得ない事実を先ほど体験したばかりの私は、今ならなんでも信じられるような気がした。
「どうしてこんな物持ってたんだろう……?」
今は何も語りかけてこない鉄の塊を取り出す。
確かにこの金属の事は気にはなるが、先ほどの手助けしてくれた事を見るに悪いものではないと判断しよう。
……それなら今、私がやる事は。
私を、ケーラを襲い来る脅威に対策を立てる事……!
さっきまで、良い人相手ににぶるぶると震えていた格好の悪い私は、これから来る本当の脅威を見据えた。
いや、今さっきで格好の悪い私を経験してよかったのかもしれない。その経験のおかげで今の未来について考える強い私に進化したのだから。
そして今すぐやる事は機動戦士ガンダム逆襲のシャアの作品で起こる事。いや、「これから起こる未来の事」を細かく思い出す事!そしてその打開策を見つけ出す事!
小さい頭を軽く叩いて子供の頃熱くなってテレビに噛り付いて見た逆襲のシャアを思い出そうとする。
えーと……。まずは私の事……ケーラ・スゥは……ロンド・ベルのパイロットで、えーとえーと……。
必死で自分の中のケーラ・スゥ個人を思い出す。
サラダを食べる約束をして……そうだ!確か、アストナージさんの恋人……!
「!!?」
失礼ながら、驚いて噴き出してしまった。しばらく間を置き冷静になる時間を取る。
「……てことは、私はアストナージさんと恋仲なの!?」
だめだ冷静になれない。今更になって、さっきまで話していたアストナージさんや他の人の態度を思い出すと、確かに距離が近かったかもしれない。いや近すぎたかもしれない。
「えーっ!?え?ええっ!?」
いきなり初めての彼氏が出来てしまったらしい事に、先ほどより進化したはずの私はえらく動揺してしまう。
足を畳み、頬を赤らめてそれを両手で隠すようにして無重力の空間をぷかぷかと漂う事しかしばらくの間は出来なかった。
そして。
「おー、いたいた!」
いきなりそこにたまたま居合わせたかのようにアストナージさんが資料室のドアを開けてこちらを見て私に話しかけている。
今話題のご本人に会ったのだ。私は相当、動揺と混乱を先ほどと同じ様にしたのだろう。正しく無様という言葉が相応しい。
「え!?なんでここに居るの!?」
無様な私が声を荒げると、アストナージさんはちょっとだけ驚いた顔をしたが、笑いながらすぐに答えてくれた。
「いやね、君にちょっと話があるものだから……」
……どくどくと流れる血を抑えるように声を静める。一体何を言われるのか?私に覚えはないがアストナージさんと私は恋人同士という関係だ、なにをされても基本的に文句を言える立場ではないが、私個人にも勿論意思がある。アストナージさんは決して悪い人ではないが、何にせよいきなり過ぎる。
私は、黙って次の言葉を待った。
アストナージさんは私の顔を見てふぅとため息を着き、真っ赤になっている私の傍まで寄って、聞こえないように顔を近づけ、深刻そうにこう言った。
「……君、ケーラじゃないね?」
凍り付くような質問だった。
……正直に言うのか、隠すのか。私はこれからの未来を決定づける一手を今ここでしなければならない。この一瞬で両方の損得を私は考えなければならない立場に追い詰められた。
……正直に話せばアストナージさんは力になってくれるかもしれない。そうすれば未来を知る私が上手くやって、アストナージさんやアムロ・レイが生き残る全く新しい、より平和な世界を作れるのかもしれない。
でも、それは逆に言えばシャアの最終目標アクシズ落としを止められなかったり、私が、ケーラ・スゥが初戦で犬死にしてしまえば、アムロ・レイに次ぐ実力のケーラ・スゥが居ないという状況にラー・カイラムは追い込まれる。そうなればブライトさんや船の乗組員が全てが戦死してしまうかもしれない。そうすれば地球も終わる。
つまり例えば、この後すぐ起こるシャアの5thルナ落とし。映画には描かれてなかったが私も恐らく出撃するだろう。これを最悪しくじれば、私はすぐ死ぬ。そしてこの時点で私が死ねば、戦力がただでさえ不足しているラー・カイラムは次の戦闘で落ちてしまうかもしれない。そうなれば……。
地球は破壊されてしまう……!。
……逆にここで違うと嘘をつけば、私のできる範囲内で未来をほんの少しだけ変えられる、もしかしたらケーラ・スゥが死ぬ未来だけ回避して後は映画どうりになるかも……。
……どちらを選んだらいいの!?この世界に堂々と介入するならかなりリスクは高い。けどしない方も私個人で抱え込んで何とかできる規模の問題なのだろうか?
頭がこんがらがってきた。これでは目の前に居るアストナージさんに疑問を抱かせてしまう。
何か考えなくては、何かいい方法を……。
何かより良いアイディアを……。
「……はは。やっぱりケーラじゃないね!」
「!!」
アストナージさんの図星の言葉に全力で反応してしまった。これ以上は流石に無理。回答が遅すぎた。頭で考えすぎるあまり見た目にも出てしまっていた。私は非力だ、こんな事では、何も成せはしない。
……こんな程度では生き残れはしない。この非情な世界では。
絶望した表情の見守る事しかできない彼女を見てアストナージは笑い、不安を取り除いた。
「いいよ、誰にもまだ言ってない」
大きく安堵の息をつくケーラではない誰かを見てアストナージは確信する。
「はは、おかしいと思ったんだよなぁ……。ケーラが下着でビンタって」
軽く笑いながら目の前に居る少女とケーラ・スゥの違う所を指摘するアストナージ・メドッソだったが。
「あいつがビンタする……って時は、……メカニックマンの俺とつり合ってな……いって言われた時だけだもんなぁ……今どこに……」
自然と涙が零れ、赤の他人に昔話をしていた。
……その様子に私は謝る事しかできなかった。
……そうなのだ。私は。自分が、入れ替わったという事ばかり気にして、今までケーラ・スゥと関わってきた人の気持ちを全く考慮していなかったのだ。
私に親と友達が居た様に、ケーラさんにも親と友達、そしてアストナージさんが居たのだ。それを毛ほども思えず自分の事を心配してばかり。
何が「地球は壊されてしまう」だ。何が「ラー・カイラムは追い込まれる」だ。
結局私は、自分の安定した世界の心配をしていた。ただそれだけだった。ケーラ・スゥという人間が築き上げた大切な物をなにも思わず、自分の安心だけ、生きる道だけ模索していた。
これは、なんと恥ずかしい事だろう。
「……ごめんなさい、アストナージさん」
本当に自分が嫌になる。この程度しか悲しんでいる人に言えない。私がケーラさんを、この人の恋人を奪ってしまったかもしれないのに。
「……いいさ……ただ聞きたいことがある」
涙を軽く手で拭い、一息ついてアストナージは真面目な顔をして話を元に戻した。
「……ケーラはどうしたの?どこに行った?」
それに私は、満足な答えを持ち合わせていなかった。ただのその場しのぎの言葉を私はアストナージさんに情けなく報告する。
「解らない……です。私も急にこうなって……。でも、ケーラさんは生きてると思い……ます」
アストナージさんはそれを聞いて、僅かに目を細め、下唇を吊り上げる。私はその顔を知っている。泣き出しそうな顔をぐっとこらえている表情だ。一瞬苦しそうな顔を隠し、すぐに元の陽気でお調子者に戻り私の事をこう評価してくれた。
「そうか、悪いね責めるように言って、君はいい子だ。」
「話しているとわかるよ、君はケーラじゃない。けれど人の事をちゃんと思える人だ、だから俺から君に何も言えない」
「……っ!……私はっ!」
言ってしまいそうになる。「私は貴方達のこれからの未来が物語に書いてある部分だけ解る。そして、このままだとアストナージ・メドッソは死する運命にある」……と。
それをアストナージは少女の両肩に手を置き宥めた。
「恐らくその言葉はゆっくり考えて言う事だ。ただ、信じるよ。ケーラと入れ替わったんだ。俺にとって何か縁があるんじゃないかと思う」
……泣きそうな顔をしながら私は一人で、アストナージさんに「気分転換に」と言われた場所へ向かう。
通路は狭く、おまけに難解な艦内地図だったが、何故か私にはスラスラと読め、そこにたどり着く。
そしてそこを案内してくれた意味は、今にも泣いてしまいそうなひどい顔の私を笑顔にするためのアストナージさんの計らいだと着いて分かった。
「すごぃ……」
大きな大きな機械の塊が、目の前にどん。と置かれている。そしてその鉄の塊を流れるように下から順に眺めてみると終わり際に更に太い塊が……。
「……ぁあ、これMSの腕だ、腕から肩までの……わぁああ」
無理やり反応を大きくして、悲しい気分を吹き飛ばす。「悲しまないで」と後に言ってくれたアストナージさんの思いを無下に出来ず。半塲無理やりケーラさんの事はこの時ばかりはわざと考えないようにした。
「……ジェガンだ」
流石に、こんなに大きな物がこんな大きな基地に、ここまで奇麗にメカ臭さ丸出しでそろっていると壮観だ。どうやら私は男心も少し持っているらしい。
……だがしばらく経ってよく見てみると、そのMSデッキにはジェガンタイプのMSしか配備されていない。まあそれはそれでソソる人もいるだろうが。
基本何にでもニワカな私はもうちょっと変わり映えのあるMSも見たくなる。
しばらくしてジェガンに飽きて他のMSを探し出した時だった。
「別のは無いかなぁ……」
そうしていると奥の方にジェガンとは違う、何か見覚えがある様な機体を見つけた。
どこか見覚えがある、その機体。すぐには解らなかったが少しずつ歩いて行ってよく見ると頭の後ろに角らしきものがある。
「……ガンダム」
……涙を何とか忘れて、エースの機体を見て、少し気分がよくなった私に、その機体のパイロットが語り掛けた。
「君!」
ぎくりとしたその声には聴き覚えがあった。私の世界に住む人なら半分以上は声を聴いただけで解るだろうその人。
……ただ、その声は皆が知っている声色よりずっと凛々しく、大人びていた。
「……名前は?」
私に問いかけるその声の主は、その人の隣に居た「ロンド・ベル」のブライト・ノア艦長が答えてくれた。
「何を言っている、アムロ?……ケーラだよ、……ケーラ・スゥ忘れたのか?」
流石に鳥肌が立った。私ごときなどが決して躱せる気はずがない。この人からは、絶対に。
「ケーラ・スゥ……か」
すべてを見透かしたような目で、アムロ・レイはこちらを睨む。
それは、今まで一緒に戦ってきた仲間への信頼からくる威圧という言葉。
「……何故涙の痕がある?ケーラ、君がそれを付けたままデッキに来るなんて、アストナージが黙ってないはずだが?」