「5thが動き出したって……本当ですか!?」
私は先ほどモニターに回ってきた、余りにも早すぎる事実をわざわざ、ラー・カイラムのクルーに問いかける。焦っていた、失念していた、油断していた、もう少しシャア・アズナブルが動くには時間があるだろうと、勝手に思っていたのだ。
(そんな……、まだ私がここに来てから数日もたってないのに……! もう!?)
5htルナ奪取から始まる本格的な戦争。これからこの艦は激戦を繰り返し、当然休む暇は全くない。一息の休息時間すら惜しい時もあるほどの怒涛の流れに身を任せる事になる。それを私は無駄に時間を使ってばかりで……。
事になってから滝の様に襲ってくる後悔に私は、自分がわからなくなっていた。
そして、誰だか解らない初対面のはずのクルーは私を見て親しそうにこう告げる。
「ああ、そうらしいな。艦長は地球を狙ってる可能性もあると言ってる、その時は頼むよ」
「ケーラ」
……私はその言葉にまたも背筋が凍り付いた。
私のこれから先の行動に、自分の命一つ以上の大きな物が肩に垂れ下がっていることを再認識させられたからだ。
それは今話しかけているこの人の命も同じなのだ。それはパイロットとしての当たり前の重圧だったが、戦いを経験したことのない私は底から震えだす。
「……あの、私も、戦うんですか?」
……何を言っているのだろう、私は。思わず当たり前のことを目の前の人にぶちまけた。
「……は?」
当然、口を開けて、クルーは「ケーラ・スゥ」を見る。
……そして軽く冗談めかしてこう言った。
「何言ってる、ケーラ。君達が居ないと俺たちはすぐ死んじまうぜ?」
……そうなのだ、勘違いだったのだ。私はこの人たちに守られて、その結果死ぬわけではない。
私はこの人たちを脅威から「守って」やらねばならないのだ。命のやり取りを、私自身がして自分の手でこの人を守って敵と「戦う」のだ。殺し合うのだ。
さっきまでの私は、あくまで戦闘のプロたちに守ってもらうというお客様の気持ちだったがそれは違う、私は当事者なのだ。引き金を引く者なのだ。自分に経験が無いなどと言ってられないのだ。そんな言い訳、使い物にならないのだ。
自分の置かれている状況に、今、初めて面と向かったという事実に私は驚き、そして芯の底から震えた。
……様子のおかしい「ケーラ・スゥ」を見て、クルーは怪訝な目で見始める。さっきの発言と言い正常なメンタルなのか疑いに思いだした。
職業柄、人の死を間近で見るパイロットにありがちなPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性も否定できない。次第に声は冷静でなくなり、震えるケーラ・スゥの肩に手を置こうとする。
そうすると、伸ばす手を見てケーラ・スゥは吐く息の音が自分にまで聞こえる程大きくなった。手を置くと肩で呼吸をしている。気が付けば目はあまり定まっても無いように見える。極めつけに下を見れば手は僅かに震えている。
これではまるで戦う準備のできていない民間人の女子供である。新兵ですらない。
……疑いが確信に変わろうとした時だった。
「……よぉ、どうした。こんなところで」
ある人物が横から声を掛けた。そのケーラ・スゥと近しい人物を見てクルーは助かったと心に思う。
「アストナージか、ケーラがちょっと悪いみたいだ。医務室に連れて行こうと思う、同行してくれ」
――――
「よかったよ、何とかなって」
そう笑いかけるアストナージさんに私は何も言えなかった。心の中は唯々感謝の言葉でいっぱいだったのに何も言えず震えるばかりだった。
……その、痛々しい様子にアストナージはケーラの姿を捉え、抱きしめてしまいそうになる。
だが、自分の見ているケーラ・スゥは違うのだと心に言い聞かせ、それを抑えた。内心、好きな女のその様子など普通の男は黙って見ていられない。
アストナージ・メドッソは複雑な心境の中、目を背けたくなった。
しかし、そんな事をしても今の彼女を傷付けるだけであることは頭の中で解っていた。頭で何とか整理して言葉を慎重に選ぶ。
……彼もまた必死だった。
「大丈夫かい?5thの件を見たら心配になってね」
紡ぎ出した言葉は平凡な物だったが、彼女にとっては暖かい、彼女の望んでいた何時の光景、当たり前のものだったようだ。
「……だいじょうぶじゃ……な゛いです゛よぉ……!」
――――――
……また、恥ずかしい所を見られてしまった。
不安だったのだからしょうがないと自分に言い聞かせ、またもアストナージさんに悩みをぶつけてしまう。
これもあれもしょうがないと言っていては人は成長できないというのに、私はやはり未熟と言う言葉が当て嵌まっている。
「……なるほどね、要するに君はこの世界のケーラ・スゥとして生きて行くかどうか悩んでいる……と」
アストナージさんが話をまとめるとさっきよりは大分冷静になった私は頷く。
「……はい。この世界でケーラ・スゥになるか、それとも「私」として皆にこれからの困難を伝えていくかどうか……」
「でもそうしたら私はどう立ち回ればいいのか……解らないんです」
「そう考えている内に私が誰なのか、本当にやりたかった事とかも自分で解らなくなってきて……」
また先ほどのクルーのセリフを思い出すとその恐怖の名残が襲ってくる。
自分がどうすればいいのか?なんて他人に聞くときは自分の道を見失った時だというけれど、その場で考えて考えて解らなくなった私は無責任にもアストナージさんに舵を託した。
「自分の好きな方でいいんじゃないの?」
「……は?」
アストナージさんがまるでふざけて言ったかのような言葉に、私は思わず呆気にとられる。
だけれど決して何も考えずの無鉄砲でない事は次の言葉で証明された。
「いや、さ。人間何やっても後悔と言うし、進めど後悔、戻れど後悔だったら、いっそ自分の好きな風に生きればいい」
「他の皆はどう考えてるのかは知らないけどさ、いつ死ぬか解らない俺は、そう思って艦に乗ってるよ」
「ネオ・ジオン抗争時の、生意気なパイロットから教えてもらった考え方だけどね」
「……それって」
誰がアストナージさんにその言葉を教えたのか解った時、私は微笑んだ。彼らしい、明日を見据えた眩しいセリフだったからだ。
ガンダムのパイロットと言うものは何時も、そんな平和で暖かな、みんなが笑いあえる、そんな日が来る時を願って戦ってきたのかもしれない。と、思ったら自然と笑みが零れてしまったのだった。
「だから僕も、好きなようにやらせてもらう」
「……え?」
――――――
「……アストナージさん……本気ですか……!」
飄々と前へ進むアストナージさんに私は苦い顔をして、必死に止める。
これから先この人がしようとしている事はとても難所というか、恐れ多いというか、そういったとてもハイリスクハイリターンな行動だったからだ。
「ああ、アムロ大尉に君のことを話してみる」
……それは、あまりにも思い切った決断だった。
「でも……!」
私の制止を振り切りアストナージさんは続ける。
「聞いた限り、大尉は何か君の事を掴んでいる。それに、これから先、君は僕に頼りっきりのつもりか?」
そう言われてしまうと黙るしかない、解っているのだ、アストナージさんは。この世界においては、味方が自分一人だけでは絶対に生き残れないのだと。
……メカニックマンのアストナージさんはパイロットであるの私の本当に困難な時、敵と殺し合う時に傍に居ないのだと。……自分は私の支えにはなれないと。
「安心して、大尉だって、君を取って食ったりはしない。大人の人だよ」
確かにもしアムロ・レイが私を手助けしてくれるのなら、間違いなくこれからの困難に対する最大の切り札になるだろう。
だがしかし、ほんの少しでも間違ってしまえば、今のケーラ・スゥとの関係が決裂してしまえば、きっと、最大にして最後の難所「アクシズ落とし」どころかこの物語の最序盤「5th攻戦」ですら根元から崩壊してしまう危険性を秘めている。まさに諸刃の剣であることは明白だ。
アストナージさんは少し急ぎ過ぎなよう気もする。必死に止めるべきなのだろうか?
「……あのっ!!」
……そう思ってしまったらすぐ声に出てしまっていた。大きな声を出してしまった私に驚くアストナージさんに、出してしまって引っ込みがつかなくて少し興奮気味になった私は話を続ける。
「アストナージさん、急ぎ過ぎじゃないですか……? この戦いが終わった後でも……!」
そう、これから起こる逆襲のシャア最序盤の5th攻戦、この戦いではケーラ・スゥは恐らくは出撃しているだろうが、そのケーラが絶対に倒せないほどの力量差のギュネイ・ガスそしてシャア・アズナブルとは物語通りであれば刃は交えないのだ。
つまり、この百戦錬磨の強敵と戦う機会が無いというのは、ゲームで例えるのならボスのいない1stステージ。私が戦いになれるのには絶好の機会なのだ。
だからもう少しばかし慎重に、せめてこの戦いぐらいは安全に「逆襲のシャア」のシナリオを進めてもいいのではないかと言う問いだった。
「……急ぎすぎだって?」
しかしこの時、アストナージ・メドッソは珍しく自分の意思を通した。
「急ぎすぎにもなるさ……!! ……僕は君に何もできないんだよ……!!!」
……心配など、もう超えていた。アストナージは気が気でない位に、今にもアムロ・レイの下まで走り出す気を何とか抑えているくらいに焦燥していた。
ただの仲間の冗談にすら、あのように震える彼女を見てアストナージが何を思ったか、想像するのは容易である。
自分の大切な人が戦ってるのに自分はその準備を整えて、送り出す事しかできない。愛しい人が死線を超えない事をただひたすら祈って待つ。これが何と空しく情けなく思う事か、よく思い知らされていた。
「……ごめん。大きな声を出した。」
だがそれを押しとどめる。彼女を困らせても意味などない。だが、ここでアムロ・レイを頼る事は案外間違いではないような気持ちが彼にはあった。
「でも、ここは焦ってもいいと思うんだ。」
何故ならばとアストナージは一言置き理想の絵巻を語った。
「ここでうまくやれば、5thを止める事も、シャアを倒すこともできるかもしれないんだろ?」
「……あ」
確かに、戦いの練習だ何だと言わずに今、ここで何とかすればその後の悲しみも起こらず、後は私がどうやって元の場所に帰るのかゆっくり考えればいいだけである。
だけど成功はするのだろうか? アムロ・レイに伝えれば、彼は全てを受け入れ、シャアを倒してくれるのだろうか?
「……ここで上手くやろう。ここで、全て終わらせてしまおうよ、ケーラ」
ケーラ・スゥ。それが「今」の私の名前、当たり前の様にアストナージさんが零してしまったその言葉に私は緊張を感じるでもなく、たった今ようやく見つけた希望と思わしきものに手を伸ばすことに悩んでいた。
この時の私は、ケーラ・スゥと言う名前を剥ぐことに、元の彼女は自分の役割が終わればまた現れて「欲しい」とそんな幻想に囚われていたのかもしれない。
「……ブライト、5thの追跡はどうなっている」
アムロは少し急かしたかのようにブライト・ノアに語り掛ける。
アムロ・レイにしては少し毛立った言葉にブライトは悲しみを抱いた。何時しかの様を思い出したからだ。
シャア・アズナブル、いや敵の事を考えて、それ一つの事しか考えなくなる癖。
この癖は、先ほどの若いころの青い尻とはまた違って、パイロットとしては仕様がない事で、これが無ければパイロットと言う職業に適性が無い……と、言っても過言ではない誰もが大なり小なり持っているプライドの一つだった。
……プライド。
それは若い頃は勢いになって力となり周囲は微笑むが、年を取り、守るものが増えると、周りはそれを決して微笑んでは見られなくなる。
なぜならば、人は年を取るほどその背中に他人の運命を背負うからだ。
「……焦っても何もないよ、アムロ。今は休んでおけ」
後の伝説のエースパイロット、アムロ・レイが背負っている人々は、一体どれほどいるのだろうか、彼の身体はもう、一人の枠を超えている。その事を解らない彼ではないと承知しているが、やはり心配になる。
どこからか確信があるのだ。
アムロ・レイはどのような苦境にあっても、命を懸けてシャア・アズナブルの全てを奪うだろう。
例え両手両足が潰れて無くなっても腹で動き、残った口でその喉元を噛み千切るだろう。
……そんな息の詰まる様な確信が。