……重い空気の最中、緊急時にはロックがかかり隔壁となる厚い壁が開いた。
「アストナージじゃないの……、なぜここまで?」
後ろに居る私は少しでも今の状況を冷静にとらえるために少しつま先を立たせ、アストナージさんの肩の上から恐るおそるその声の主を見る。ブライト・ノアだ。あの画面の中の艦長だ。
少し前は一人で勝手に焦って碌に見れなかった艦長の目を遠くから見る。だが、彼もまた必ずしも味方になるとは限らないという事を考えるとせっかくの夢の様な光景も曇った。
「いやね、艦長。大尉に話があってね。ちょっとでも早く意見が聞きたくて……さ」
「……MSデッキに呼べばいいじゃない、パイロットなら」
私なら絶対に口ごもる艦長の言葉をアストナージさんは言い慣れているようにすらりすらりと紡いだ。
「いやね、リガズィ頭部センサーの仕様変更確認なわけ」
「古いと思ってたセンサー類の中に良いものが混じっててね、少し精度が良い物になったんですよ、そこで大尉には用があって」
(……そんなの勝手にやっとけって思うだろ?でもそうはいかない訳さ、パイロットは命を賭ける職業、勝手に自分の命の綱のMSを変えられて死にに行けない、絶対に数分時間が取れるのさ)
先ほどのアストナージさんの言葉が頭を過ぎる。その言葉を私は欠片も疑っていなかったが、ブライト艦長の瞳がアストナージさんを見て、そして流れる様に私を見た時に少し心臓が動く。
「……後ろのケーラは?」
「同じ件で同じ話」
話しているのはアストナージさんのはずなのに、思わずブライト艦長の視線から目を下に逸らす。そうするとアストナージさんの背中が目に映る。
自分の信頼している艦長に自ら盾となって前に立ち、その大切な人を裏切るような真似をしてまで私を庇う姿を見て、今私を守ってくれているその背中が如何に心強く、そしてどれだけ私の事を思ってくれているのかようやく理解する。
そう、アストナージさんの背中が語るのはただひたすらにケーラさんを包む愛情だったのだ。
……こんな当たり前の事にも気付かない私は、やはり馬鹿だ。
「問訪うするほどの事じゃないさブライト、了解した」
「……アムロ……レイ……!」
少し笑ってこちらへ向かってくる伝説のパイロットを見て心の臓が高鳴る。
幾戦の戦場を走り回った足、マメが潰れて、潰れて固くなった勇ましい手、その目は幾つの死を見てきたのだろう。
その人物がずんと、私とアストナージさんの目前に立つ。
……そして小さく、私達にだけ聞こえる声でこう言った。
「……アストナージ、ケーラの事だろう?」
「……はは、ニュータイプってやつかい?」
流石にアストナージさんの皮肉も冴えない。
「……違うよ。MSデッキでは人が多い、そしてここいらは小さい部屋が多いはずだ。聞かれたくない話に、隣にケーラ・スゥ。……誰でもわかる推理さ」
背筋が凍らされる思い等はもう味わいたくなかったが、一体ここに来て何度経験すればいいのだろうか。
――――
アムロさんは私達の望む場所を嫌な顔一つせず従ってくれた。
……これは勝手な妄想だが、やはりアムロさんはケーラ・スゥに関して何か引っかかる物があったのかもしれない。私の不用意な行動をただ怪しく思って声を掛けたとは、こと彼に取ってはあまり考えにくいと先ほどの用心深さで感じたからだ。
ただ流石に「人が丸ごと変わっている」と言う結論には恐らく辿り着いていない。私の話を聞いて十分拒否する可能性もあり得る。
「……大尉、あえて聞きます。彼女はケーラですか?」
「……アストナージ、秘密を話す事は協力を仰ぐ時だ。……そのつもりで聞く」
……信じてもらえるかは解らない。が、確実にアムロさんは私を、ケーラ・スゥの何かが違うと思っている。アストナージさんが事の骨組みを話し、私が経験したおおよそを肉付けして話す。
希望と言う光をこの手に掴む為に私は藁にも縋る想いだった。……たとえそれが息が出来ず溺れている真っただ中であっても。
………………。
…… ……。
……。
…… ……。
「……そうか」
アムロさんが一息吸って。
「……馬鹿みたいな話……とは思わなかったのかアストナージ?」
……全てを話し終え、アムロさんがそう切り出すと私は緊張と不安で溢れそうな涙をぐっとこらえる。
仕方がない。仕方が無いのだ。こんな話、誰も信じてもらえる訳が無いのだ。
そんなアムロさんの不意の一言で私の心は揺さぶられた。
表情では解らない。が、その言葉はとても絶望的な言葉だ。最悪なまでに。……だが、それは今の私にはまったく届いていない。ただ胸にあったのはその言葉に対しての……どうしようもない理不尽な怒りだった。
「馬鹿みたいな話とは思わなかったのかアストナージ?」
……この人から見た私は余程の馬鹿にみえるだろう。さぞ、くだらない話だろう。
……でも、でもアストナージさんは信じてくれたのだ。私の、こんな馬鹿みたいな話を一生懸命に、大真面目に。私の僅かな仕草で気付いて、何も言わず黙ってうなずいて、守ろうとしてくれて……。
ブライト艦長にも嘘ついて、必死に庇ってくれて……危険な橋も一緒に渡ろうと言ってくれて……!!
「……あの、……そんな言い方は無いんじゃないですか……?」
……不用意な小さい言葉が漏れる。
アムロさんはその言葉を聞いて、何も言わずじっと私を見つめた。
アストナージさんが慌てて止める中、私は続ける。
「私の事は信じてもらえなくていいです……でも! ……アストナージさんを……馬鹿にするような言い方って……ないじゃないですか……!」
もちろん後先なんて何も考えてはいなかった。ただアムロさんの、アムロ・レイの言葉でも許せない言葉はあった。
私の事を真剣に考えてくれる人の悪い言葉は例えこの人でも……許せなかった。
……そんな自分の想いを伝えたらかなり体が熱くなっていたことに気付く。
「そこだけ訂正……、です……」
短く話し終えたら急に冷静になって……静かになる。自分がやったことに嫌悪感が湧き、怒りの出汁にしたアストナージさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「見た目は一緒に見えるけど実は別の世界から来ました信じてください」
……ネオ・ジオンの件もあって、空気がひりつく中に突然呼び出されてこんな話をされて、都合の良い答えが返ってくるはずがない。アムロさんにすら理不尽な怒りをぶつけてしまった。
……アムロさんの当然といえる反応に勝手に逆上した私の気分は後悔だらけの最悪だった。
「……大尉」
アストナージさんがそう静かにアムロさんの方を見る。
その顔はあまり良い印象とは言えない様だ。じっとこちらを注意深く伺っている。
それを救いを求める様な顔をしてじっと見つめる私にアムロさんは単刀直入にこう言った。
「……ララァ・スンは何を言っていた?」
私は驚き目を大きく開いてアムロさんの方を見る。やはりアストナージさんに出会う時に聞いたあの暖かい声は……。
心のどこかで合点していた。優しい声はあの人だと。……そしてこのアムロさんの一言で淡い希望と同時に考えたくもない恐らく一つの結論が頭に浮かぶ。
この答えに辿り着く前に一つ知って置いて欲しい事が在る。機動戦士ガンダムの世界の特徴として、とてつもなく進歩した機械技術がある。そして同時に、その非常に高い技術を持ってしても測れない強い力が存在する。……アストナージさんがアムロさんを呼び出す時に小さく言ったあのセリフ。
「ニュータイプ」
生前は勿論、死後にも残るその力。ジオン・ズム・ダイクンが提唱した新たな人間の力。それは世界を破壊にも再生にも導く碧い炎。
……そしてその力の持ち主の一人。アムロ・レイは私の方を見て語る。だけど今、その名前は……。
「ララァ・スンは何を言っていた?」
「僕は君がケーラでは無いと信じる……と、云うより信じるしかない。君の騒ぎがあったというあの日、歪なとても強い力を感じた」
その言い方はまるで……。
「もう一度聞くよ、ララァは、彼女は何を?」
心のどこかにしまっていた結論が表に出た。じゃあこの世界に私を呼んだのは……、この世界に来た時に聞いたあの優しい声は……全部。
「……ララァ・スン……?」