誤字脱字の訂正ありがとうございます。
「次で最後ね、早く終わらせてあなたを元の場所に返さないとね」
姐さんの準決勝が終わり、俺のいる医務室まで戻っていた様で気づけば既に後ろの方で腕を組みながら佇んでいた。
「いいんですか?俺結局負けてしまいましたけど」
姐さんのセリフに違和感を覚える。
元々俺がトーナメントに参加したのは優勝してオーナーと交渉して人のいる街の近くまで飛ばしてもらうものだったのだが、結果として俺は負けてしまったのでその話は無しになった物だと思っていた。
「いいのよ、あなたは準決勝まで勝ち残ったのだし。オーナーには私から言っておくわね」
「ありがとうございます」
なし崩し的に話が良い方向へと進んでいった事に内心驚きながら姐さんに頭を下げて礼をいう。
一番危惧していたシルフィーナの安全は確保され、次いで気になるのはゆんゆん達の安否だ。多分アクセルに居るとは思うが、クレアに目をつけられている事を考えたらもしかしたら何処かに逃げているのかもしれない。
「取り敢えずトイレ行ってきていいですか?」
「…はぁ」
そういえば治療を受けてから一回もトイレ行ってきてなかったなと思い出すと、不思議な事に尿意が湧いてきたのでトイレに行きたいと伝えると姐さんは少し呆れた様に溜息を吐いて早くしろとトイレの方向を指示した。
部屋を後にしてトイレのフロアに向かう。
決勝戦が終わり何処かに飛ばされるとして、そこからアクセルにつくには一体どれくらいの時間がかかるのだろうか?
何だかんだ言ってここに来て一週間は経っているので何も進展がないと言う事は無いだろう、それにシルフィーナの言っていた報告したい件も気になる。あの場で言えないとなるとかなり危ない内容な気がしてならない。
「あら坊やじゃないの?こんな所まで来て私に会いに来たのかしら‼︎嬉しいわね‼︎」
「げっ万年発情オークじゃねえか⁉︎」
考え事をしているうちに気づけばトイレを通り越して奥のスペースに来ており、さらに運が悪いことにあのオークの個人の待機席の近くまで来てしまったようだ。
「ふふふ、ここで会えたのも運命を感じちゃうわね…どうあの続きでも…あら?」
「何だよ?」
先程の傷は癒えたが、オークに迫られる恐怖心は未だに癒えるなんてことは無かったので全力で支援魔法を働かせながら警戒態勢をとる。
だが、オークはそんな俺を見て何かに気づいたのか、突如目つきを鋭くしたかと思うと俺の事を足元から頭頂部まで舐め回すように見始めた。
「やっぱり坊や記憶が戻ったのね?全身から力が溢れているのを感じるわ」
舐め回す視線が俺を再び見定めている事に気づき全身に戦慄が走る。
前から変なやつかと思っていたがここまでだと異常なほどだ。
「恐ろしい程気持ち悪いなお前」
「そんなに褒めないで頂戴、流石の私も照れちゃうじゃない‼︎」
俺の放った冷ややかな目線を物ともせずにオークは頬に両手を当てぶりっ子ポーズをとる。正直不気味さ以外の感情を感じないが、当人は可愛いつもりなのだろう。
「それで坊や、気になっていたけどあなたどうしてあんなのと付き合っているのかしら?」
「あんなのってシルフィーナのことか?」
「違うわよ」
試合に乱入して台無しにしたシルフィーナの事を馬鹿にしているかと思って凄んでみたが、どうやらその思惑は外れたようで間を置かずして否定される。
「あの赤髪の女よ、あれは坊やとは無縁の人種よ。悪い事は言わないからすぐ手を引いて帰りなさい」
「どう言う事だよ?」
先程まで貞操というなの命に等しいものを賭けた戦いを繰り広げた相手から忠告を受けた事に困惑する。
「そのままよ。あれは坊やにはまだ早すぎるわ」
「要領を得ねぇよ、はっきり言いやがれ」
「それを言ったら間違えなく坊やは後悔するわ、だからここで黙って帰りなさい。オーナーには私の方から話しておくわ、どうせ記憶が戻るまで面倒を見てもらっていただけでしょう?」
「あ?誰がお前の指示に従うかよ」
売り言葉に買い言葉、出会って間もないとはいえここまで俺の面倒を見てくれた恩人に対して理由も無く悪く言われてしまうと流石の俺も怒りを抑えられない。
「もう、面倒ね。いいわそのまま他所に飛ばしてあげるわ。あの女の子は置いてけぼりになってしまうけど奴隷だからすぐ追いかけてくるわよ」
「はぁ?」
オークは呆れたようにそう言うと、俺に向かって先程の試合の時と同じスピードで腕を伸ばしてくる。
あの筋肉のバンプアップはあくまでパフォーマンスで、あんな事をしなくても同じ出力で動けていたと言う事になる。
と言う事はあの試合は結局手加減していたと言うことで…
「甘いんだよ」
突如として伸びてきたオークの腕を弾くのでは無く掴み止める。
「あら、やっぱり記憶が有るのと無いのじゃ全然違うわね‼︎やっぱり今の坊やの方がそそるわ‼︎」
止めて拮抗した所で再び発情し出したのか知らないが興奮し始めたオークにドン引きしながら腕に力を込める。
今回は試合中ではないが、ここは人間を主とした格闘場ではなくスポーツマンシップもないため闇討ちも認められているらしい。まあだからと言って敗戦した俺が再び敵討ちみたいなことしていいのかと言われると微妙だが…
それでもやられたからにはやり返さないと俺の気が済まない。
記憶も戻りうろ覚えで掛かっていたであろう支援魔法も本調子を取り戻し、クリスから学んだ知識と姐さんから学んだ知識を合わせるなど異色のコラボレーションをする事もできる。
要するに記憶を取り戻してパワーアップしたと言うことだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」
「え?ちょ…」
声を張り上げ体の出力を上げ、全神経を働かせながらオークの体の流れを把握しそれを利用して奴の重心を崩す。
肉体の構造上出来ない動きを強制させられると人型の生き物はその運動方向へと強制的に倒されてしまうのだ。
そして、それを合気道の要領で腕を後ろへと回し関節技を決める。
「舐めやがって、決勝戦の前にその腕へし折ってやろうか‼︎」
予想外の返し技を喰らって困惑している状態に追い打ちをかける様に脅迫をかます。
「痛たたたー‼︎やるじゃない坊や、ますます好きになっちゃったわ‼︎」
「気持ち悪いんだよ‼︎」
結局何やっても駄目だと悟った俺はそのまま腕を離し、地面に押さえつけていたオークを転がす。
たいしてのオークは関節を決められた腕を摩りながら残念そうにそういった。
「そう言えば姐さんの事を痛んだ赤髪とか言っていたけど、あれは何なんだ?」
結局俺がなぜ逃げなくてはいけないのかについては教えてくれなかったが、それでも折角会ったのだから何か情報でも持って帰れないかと思い最初に再開した時に姐さんに言っていた事を思い出して尋ねる。
「ああ、あれね…あれはそんなに大した事じゃないわ。昔のアレはそれはもう美しい髪色だったのよ」
「昔?」
「そう、もう何百年も前だったかしら?」
いやお前何歳だよ、と突っ込みたくなったが女性に年齢を尋ねるもんじゃないわよとか言われそうだったので、これ以上話がこじれないようにあえて質問はしなかった。
「けれど昔に頭のいかれた人間達に追い詰められて封印されたみたいなのよ」
「そうだったのか」
「その時に存在を二つに分けられて、だいぶ力を失ったと聞いているわね」
「その影響で髪色がくすんだと言いたいのか?」
「そうよ、ああやって強がっているみたいだけど本来の力の半分も出せていないわね、だから当時アレに敵対していた連中らは侮蔑の意味を込めて痛んだ赤髪と呼んでいたのよ」
「最低だなお前ら」
「私に言わないで頂戴、私が言ったのはパフォーマンスよ。相手を挑発して集中力を欠かせる頭脳プレーと言ってほしいわね」
どうやら姐さんには姐さんの過去がある様で、俺はその片鱗を知ってしまったことになる。
しかし…あれで半分となると残りの力を取り戻したら誰も相手が出来なってしまうのではないだろうか?
「それで、そんな状態の姐さんを倒してお前は満足なのか?俺の時は記憶が戻るまで痛ぶるみたいなこと言ってたけど?」
「あれは別よ、坊やは男の子だもの…食べる時は最高に熟れた状態で食べたいと思うのは当然じゃない」
「えぇ…」
オークの言っていることはあながち間違ってはいないので反論は出来なかったが、それはそれでドン引きはするのだ。
しかし、半分に引き裂かれたと言われている以上その半身は一体どこにいるのだろうか?もし同じ姿をしていれば探すのは簡単だろうが、現時点で見つかっていない様子を見ると多分姿は別なのだろう。
漫画では強力なモンスターとなって何処かに潜んでいるとかそんな感じだが、そんな感じであれば既に見つかっているだろう。
ならば概念的なものか小さな動物になっているか、それか既に見つけていてあえて取り込んでいないのか?
姐さん自身の存在が小さく、もしかしたら半身に取り込まれて消えてしまう立場であったなら現状を維持するために逃げている可能性もあり、それを考慮すると反対に半身が逃げている可能性もあり得る。
半身同士の力が拮抗状態で意識の所有争いが見えない所で発生してるのでこうして地下で隠れている事も考えられる。
まあ、何にせよ。皆それぞれ事情があると言う事なのだろう。
「ありがとうな、俺は戻るよ」
「あ、ちょっと待ちなさい坊…」
正直トイレの我慢が限界だったので止めようとするオークを振り切りトイレへと逃げ込む。流石の巨体も男子トイレまで追ってくる事はできないだろう。
「戻ったぞ」
トイレから戻ると既に姐さんの姿はなく、シルフィーナがベットの上でちょこんと座っているだけだった。
「あの方でしたら先に帰るとの事です」
「そうか、ありがとうな」
どうやら色々と心労をかけたようで疲れてしまったのだろうか?
何にせよ決勝は明日で時間はもう遅く明日に備えて睡眠を取っておかなくてはいけないので、念の為早く寝ても不思議はない。
半身の件は姐さんが俺に話してくれるまで黙っておいた方が互いの為だろう。皆触れられたく無い話題はあるだろうしゆんゆんの合流を前に面倒事に巻き込まれるわけにはいかない。
分かれた所でもう会えなくなる事は無いのだから、全ての事を済ませて次に会った時にその件を手伝えば大丈夫だろう。
…特に根拠はないが。
「取り敢えず夜も遅いから寝るぞ、シルフィーナの寝床は用意されてないから俺の場所で我慢してもらう事になるけど大丈夫か?」
「はい、私は一向に構いません‼︎」
信用されている事はいい事だが、少し男に対してそろそろ警戒心を持ってもいい気がするのは気のせいだろうか…いや奴隷なんだから警戒しようと命令されたら逆らえないんだから必要ないのか。
少し複雑な気持ちで医療スタッフに礼を言いながら医務室を後にして、与えられた自室にシルフィーナを連れて戻る。
敗北者には部屋は与えない的な待遇を受けるかと思ったが、意外にそんな事は無かった様で普通に同じ様な部屋が与えられていたのでそのまま使用させてもらう事にした。
「それで、話って何だ?他の人が居ない所で話したいって事はそれなりに危険な内容なんだろ?」
「はい、この話は…」
部屋に戻り素材がよく分からないというか知りたくない物で作られた食事に手を付け、シャワーを浴びてひと段落した所でシルフィーナに向き直って話を始める。
彼女と俺の接点は主に退廃区か王都の情勢の二つなので、出来れば退廃区関係であって欲しいがわざわざ人のいない所と指定する以上後者なのだろう。
「カズマ様が姿を消されてから王都の情勢が変わりました」
「やっぱりか…」
予想はしていたが本能が目を背けていた事に無理やり向き合わされる。アイリが俺を誘拐している以上最高責任者が居ない状況で国を運営しなくてはいけなくなる為、その歪みを誰かが受け止めなくてはいけない事になる。
「王女が居なくなり最初はママ…ダスティネス様が指揮をとられて運営されていました」
「だろうな」
アイリの戴冠式の時点では権力はダクネスの派閥が握る事になったので、必然的にアイリに何かあった時に実権を得るのはその派閥になる。
「それでダスティネス家が国営の指揮をとっている隙にシンフォニア家が秘密裏に王女様を探すこととなり、クレア様自らが王都の外へ足を運んでおりました」
「やっぱりアイツが裏で動いていたのか…」
ダクネスがアイリの穴埋めをして余裕がない状態に付け込んでクレアがアイリを探していたのだろう。ダクネスの事だ多分自身の派閥の家を使って捜索をしていたがクレア程の執念は無かったので俺たちを見つけられなかったのだろう。
「それで、ある時クレア様が放心状態の王女様を連れて帰ってきたのです」
「そうなったか、と言うことは…」
やはりあの後アイリは俺の記憶を消したポーションと同じ物を飲まされてて記憶を消されたみたいだ。
「そうです、その王女様は王都に帰るやいなや今まで国営に勤めていたダスティネス派の人事を、ダスティネス家を除いた全てをシンフォニア家の派閥に人事変更したのです」
「マジか…」
記憶を消されたアイリはクレアにとって都合がいい様に色々吹き込まれたのだろう。
そうなってしまえばダクネスがどう手を尽くそうと洗脳されたアイリの命令によってその実権を失ってしまいクレアの思うように動かされてしまう。
俺達が必死に作り上げた盤面は、クレアにアイリを押さえられた事で全てがひっくり返されてしまった訳になる。
「それでダクネスが反旗を翻さないように名目だけの立場を与えて飼い殺しにされている訳か」
「そうです。ダスティネス家は殆ど実権を失い、ダスティネス派の家が改易されない事を条件に奴隷のように手を汚す仕事をさせられています」
「思ったよりも酷いな…だがクレアがそこまでやる様に指示していたのか?」
「それですが」
話を聞いている限りクレア率いるシンフォニア家が単独で起こしている様に見えるが、その手口が明らかに貴族のやる様なものとは一線を画している。
クリスが居なくなってから貴族相手に色々していたが、奴らは本当の地獄を知らないため何処かしらに甘い所が見える事があった。
しかし、今回の件といいクレアが行動を起こす時は総じて…何と言ったらいいのだろうかよく分からないが手際が良い上に残酷なのだ。とても普通の貴族のやり方に見えない。
そしてそんなやり方をする奴を俺は一人知っている。
「カズマ様の予想している様にクレア様の裏で糸を引いている方が居ます」
「やっぱりか、そいつの名は?」
正直俺の予想は当たってくれた方がいいものばかりだが、今回に限っては外れてくれた方が嬉しい。
「その方の名はアレクセイバーネスバルター、アレクセイ家の御子息で今は当主をされています。王女様の帰還と共に城へと戻り今は騎士団の一番隊を任され騎士団復興に尽力されています」
「…そうか。それでそいつが城にきて何も無かったのか?」
「いえ、ダスティネス様がその方が叛旗を翻した黒幕だと仰っていましたが、その言葉は王女様に一蹴されてしまいました」
「全てはアイツの計画通りか」
「そうですね、あの方がクレア様に指示をしている所前に確認いたしました。これは私の想像ですが王都叛逆の際に何か接触があったのでしょう」
「あの時か…」
多分城に攻め込まれ敗北して、牢屋に囚われてプライドも何もなくなって弱った所を漬け込まれたのだろうか?
奴はそのカリスマ性を利用してクレアのメスを利用して取り入ったのだろうか?俺には出来ない芸当なので想像は出来ないが利害では無く愛情を理由に従った場合己の命を省みない為、戦うとなれば命懸けになるだろう。
「それで王都に実権は事実上シンフォニア家の物になったと言うことか…」
「そうですね…」
王都に奴がいる以上クリスのいない現状でダクネスが今状況から巻き返す事は出来ないだろう。
だからと言ってこのまま放置というわけにもいかないが、今の俺が王都へ行った所で返り討ちに会うだけだろう。
こんな時にクリスが居てくれればと思うが、神出鬼没の彼女の姿が見えない以上多分彼女の協力は得られないのだろう。
「分かったよ、ありがとうシルフィーナ」
「はい‼︎それとクレア様は個人的にカズマ様を生かしておきたくない様で、部下に命を狙わせている可能性がありますので気をつけてくだい」
「ああ分かったよ」
「あと王都でしたらスクロールですぐ行けますので声をかけてください」
「ああ、姐さんの試合が終わって、転移できる場所が王都より遠い場所だったら頼もうかな」
気づけば日付が変わりそうになっている事に気づき話はここまでにして眠ろうという事になった。
明日は何がどうなろうと決勝戦が終わり、俺たちは再びアクセルへと向かわなくてはいけない事になる。その為にも睡眠は必要なのだ。
布団に潜り、そういえばシルフィーナの布団どうしようと思った所で彼女が布団に潜り込んできたのでそのまま寝る事にした。
何かもう布団に誰か入ってきても何も感じなくなっている俺がいる事に気づいたが、特に不自由は無いので気にしない事にして意識を手放した。
「それではお待たせしました決勝戦です‼︎もはや二人のことは語るまでもありません‼︎好きな所で始めてください‼︎」
もはや互いの威圧感が凄まじく、早くこの場から退散したかったのか審判は過去最高に雑な口上を述べると速やかに姿を消してしまった。
そして互いに睨み合う二人にもはや会話というものは無く、審判の開始の宣言と共にオークの姿が一瞬して見えなくなり、何処に行ったのかと思い気づけばオークは姐さんの顔面へと拳を放っていた。
そのあまりのも早い殴打に前回の俺はなす術無くやられたのだが、その強力な一撃は姐さんの顔面に当たる事は無くやすやすと片手で受け止められていた。
「あら力を失ったと聞いていたのだけれども、やるじゃ無い‼︎」
「…ふん」
予想以上に歯応えがある相手だった事に内心喜んでいるのかオークのテンションが上がっている事がわかるが、その反面姐さんのテンションが下がっているのがわかる。
姐さんはオークの拳を詰まらなそうに払うと、お返しといわんばかりに奴の顔面に一発拳をめり込ませ会場中に鈍い殴打音が鳴り響いた。
「お…オゴ…」
そのあまりの威力にオークは悶絶するが、姐さんは容赦する事なく次の一撃を入れる為に拳を突き出しオークは危険を本能で察知したのかそれを寸で躱し距離を取る。
が、姐さんはその事を見越していたようで、オークの避難していた場所に魔法なのか炎の球体が瞬時に現れて向かって飛来していき、オークはそれを腕を犠牲にしつつ全て振り払いこのまま距離を取るのは危険だと判断したのか、先程とは打って変わって距離を詰める為に猛進する。
近距離には自分以上の腕力、そして距離を取れば魔法の攻撃。
両方の間合いに対して姐さんは攻撃手段を持っているため、オークは避難をするので精一杯なのだろう。
距離を詰め再び向かってくるオークの拳を体を後方へと翻しながら回避すると、今度は魔法によって作られた光剣が複数出現し一斉にオークに向かって射出される。それを見たオークは一瞬怯みはしたが最初に飛んできた光剣の柄の部分を器用に掴み、まるで自分の剣の様に振り回し残りの光剣を振り払い全てを爆発させた。
そして爆風が晴れると全身に火傷を負ったオークが姿を表し姐さんへと再び突撃をかけるが、その真横で炸裂魔法とやらだろうかめぐみんの爆裂魔法には遠く及ばないがそれに近い魔法が既に放たれており、気づけばオークの体は側方へと飛ばされる。
だが、そんな程度であのオークが負けるはずは無く、体勢を立て直した途端再び特攻を掛け、身に降りかかる魔法を全て己の肉体と根性で振り払い姐さんへと距離を詰める。
距離を詰めたところで放たれるオークの殴打は今までとは比べものにならない程の速さかつ威力で、数え切れない程の連撃が姐さんに放たれる。
その殴打の洗礼を姐さんは全て丁寧に払い退け処理し続け、オークの息が切れたタイミングで再び鳩尾に拳を突き上げる。
その無駄の無い一撃を受けてぐえぇと今までに無いほどの声を発したオークは少しよろけながらも後方に退がった。
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…本当にやる様ね…半分になって力が弱まったのは嘘ってことかしら?」
「何を勘違いしているのか分からないけど、確かに私の力は当時の半分を下回っているわ」
「…の割には随分と余裕そうじゃないかしら」
幾たびの攻防戦を得て全身傷だらけになったオークが息を切らしながら姐さんに話しかける。
多分時間を稼いで体力を回復させる算段の様だが、その内容が気になっているのは多分本心だろう。
「あなた何か勘違いしているみたいだから教えてあげるわ、確かに私の力は弱まっているわ、けど、別にあなたが強くなった訳では無いのよ」
「なっ⁉︎」
姐さんがそう言った瞬間だった。
オークの足元から黒い絨毯の様な孔が開かれ、そこから無数の黒い手が出現したかと思うと、それらはオークの四肢を含めて全ての箇所をその手で掴み自身の根源にある地面の闇へと引き摺り込み始めた。
その光景は何処ぞのカードゲームのモンスター破壊の効果がある呪文に近い。何言ってるか分からないけど俺も分からないから安心してくれ。
「止め…離しなさい‼︎あなた正気かしら⁉︎今までの事は謝る…謝るから許して‼︎お願いだから助けて頂戴‼︎私これだけは嫌なの‼︎」
普段何があっても表情を崩さなかったオークの初めて見る焦った表情により、この状況がかなり不味い事になっている事に気づく。
俺が唖然としながらその状況を眺めていると、地面に開いた闇から生えてきた黒い腕達に引き摺り込まれる事に必死に抵抗しながらオークは持ちいる限りの交渉のカードを姐さんに提示して命乞いをしている。
「はぁ、必死な気持ちもわかるんだけどこれは悪いけど昔からの決まりでね…私の事を痛んだ赤髪と呼んだやつは一人残らずブチ殺しているんだ」
だが、その必死の交渉も虚しく、まるでゴミを見る様な目でオークを睨みながら姐さんはその手案を却下した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ⁉︎」
その言葉でオークの心が折れたのか、抵抗していた力が徐々に弱まっていき恐ろしい程の巨体も虚しくズルズルと闇の中に引き込まれていき耳の鼓膜を破る様なオークの悲鳴が聞こえなくなり、会場にはお通夜のような静寂が訪れた。。
「勝者スカーレット‼︎」
オークの姿が見えなくなった事で勝利判定が出たのか今まで隠れていた審判が勝利宣言をしてこの戦いは呆気なく幕を閉じた。
「お疲れ様です」
「えぇ、中々にしぶとかったからビックリしたわ」
試合を終えた姐さんを迎えに行くと汗ひとつかいていない姐さんが涼しげに現れ、柄にもない事を言い出した。
同じオークと対峙したから分かるが、あのオークは決して弱くはない。姐さんはそのオークを遊ぶように殺してしまったのだ。
「これで大会も終わりね…まあ明日になればまた新しい大会が始まるのだけれど」
「そうですか」
「後はあなたを元の場所に帰せばお別れね」
「そうですね、寂しくなります」
「…柄にも無いこと言うわね」
大会も終わりこれでお別れかと思うと少し寂しいような気がしてきたので少しセンチメンタルになっていると、姐さんも同じ気持ちなのか少し悲しそうな顔をしていた。
まあ大会もお祭りみたいな物だし、終われば一抹の寂しさがあるのだろう。
「それで何処に行けばいいのかしら?記憶は戻ったのよね、ならあなたの住んでいる所の近くに転送するわ」
「それでしたらアクセルでお願いします」
「アクセル…ああ初心者の冒険者が集まる場所ね…って、あなたまだそんな場所にいるの?そのくらいの実力があればもっと良いところに行けるんじゃ無いかしら?」
「ああ、そうなんですけどあそこには家があるので拠点って感じですね」
「そうなの…やっぱり変わっているのね。残念だけれどアクセルへの道は無いわ…あそこの魔物が参加してもすぐ殺されちゃうもの、けど近くに転送場所があるからそこから歩いて貰う感じでいいかしら?」
「はい大丈夫です、ありがとうございます」
流石にここから直通で行ける事は考えていなかったが、歩いて行ける距離に転移場所があった事は不幸中の幸いだ。
最悪シルフィーナの転移魔法で王都から馬車で行こうかと思っていたので、大分早く帰れそうだ。
「それじゃあこれでお別れですね。記憶を失った俺にここまでしてくれてありがとうございます‼︎」
「えぇ、あなたもよくここまでついてこれたわね」
あの後祝勝会的なものを開いたり色々あったりして楽しかったのだが遂に別れの時間が来てしまう。本当なら姐さんに着いてきてもらいたかったが半身の件もあるしあまり迷惑をかけたくは無かったので結局誘う事は出来なかった。
それと正直考えれば姐さんが俺にここまでする理由は無かったのだが、それを聞いてもはぐらかされるだけだったので結局最後まで分からずじまいだった。
「それじゃあ行くかシルフィーナ」
「はい、準備完了です」
「それじゃあ転送を始めるよ」
一応ここでやり残しは無いかシルフィーナに確認したが、特に荷物も無いので大丈夫だろう。
姐さんの見送りを受けながら俺は転移魔法の光に包まれ馴染みの浮遊感に包まれる。
「これから色々あると思うけど頑張るのよ」
「えぇ姐さんも頑張ってください‼︎また出会えたらその時に色々お礼しますので‼︎」
「…そうね。私的にはもう会わない方が…うれ…」
話の途中で転送が始まり最後の方は何を言っているのか分からなかったが、姐さんとはまた何処かで会えるような運命を感じる。
「…ったく手入れくらいしとけよな…」
転移して着いた祠の様な場所から出たのはいいのだが、陽の光とともに現れたのは広大な草原ではなく生い茂った草木だった。
仕方なしにシルフィーナの協力を受けながら草を刈り、ようやく景色という景色を見れたと思うと目的地より少し遠くアクセルの外壁がギリギリ見えるくらいの位置であることがわかった。
「ここまでくれば大丈夫ですね。それでは私は一度王都に戻ります」
「え?何言ってんの?」
それから進んでようやくアクセルの大きな門に着きそうだと言う当たりで、唐突にシルフィーナがスクロールを開いて転移魔法を唱えようとし始める。
「久々の再会で私も嬉しく思いますが、カズマ様の目的を考えると、私は一度王都に戻ってもっと情報を集めようと思います」
「え?そうか…」
一緒に帰ってゆんゆん達にどう紹介しようか考えていたが、これで助かったなんて事を思うほど俺は鬼畜ではないがただでさえ少ない王都の情報源である彼女を隣に置いておくのは宝の持ち腐れだろう。
だが、それでいいのかと俺の頭の中で葛藤が始まる。
「安心してください、隠し通路で嗅ぎ回るだけですのでそこまで危険はありませんし定期的に連絡しに来ますので」
「ああ、悪いな…」
「いえ、これくらいでしかお役に立てませんから…」
どうやら奴隷になってしまった彼女にとっての存在理由は俺の役に立てるかどうかだけになってしまったのだろう、仕事を任せて頭を撫でると嬉しそうに笑った。
今までそんな素振りを見せなかった事を考えるとバーのマスターが仕込んだのだろうか?
束の間の再会に喜んでいたが、今の事情を考えるとそれが一番いいのだろう。
転移魔法のスクロールで王都へと戻っていったであろう彼女を見送ると、俺は一人寂しくそのままアクセルへと向かう。
久しぶりのアクセルは特に何もなかったように賑わっており、俺の事情はあくまで俺の事情なんだなと少し疎外感の様なものを感じる。
記憶を無くしてから出会いと別れを繰り返したせいで少し繊細になっているのかもしれない。
まあそんな事は気にしなければいいやと思い、俺の住んでいるであろう屋敷に戻ると中から馴染みのある気配が感じられた。
「ただいま、みんな悪かったな」
鍵は掛かっていなかったので不用心だなと思いつつも扉を開き中に入り、そのままいつものラウンジへと向かいそこで作業している二人に挨拶する。
「え?カズマさん?」
「カズマ⁉︎」
突如現れた人が俺であると思っていなかったのか、最初に見た光景は二人とも杖を構えた臨戦体制で驚いたが直ぐにその正体が俺だった事に気づいてからは、持っていた杖を落として俺に突撃するかのように抱きついてきた。
「よかった…本当によかった…」
「迷惑かけたな…」
抱きついてきて緊張が解けたのか、涙を流し始めるゆんゆんの頭に手を乗せながら落ち着くまで頭を撫で続けた。
「成る程な…これから俺を探す旅に出る所だったのか」
「そうですね…今までは日没前には戻ってきていましたが明日から本格的に探そうかと」
落ち着いたところで二人と向き合い、今何をしようとしていたのかを確認する。
現状ラウンジには大きな荷物があり、話を聞くにどうやら後1日遅かったらすれ違っていた事になっていた事実に戦慄したが、結果として再開できたのでその事は考えない様にした。
「とりあえず俺がこれからやろうとしている事を話すか…誰だ?」
二人を落ち着かせお茶を飲みながらアイリの誤解を解き、これからどうクレアなどに対抗しようかの作戦会議を開こうとしたタイミングで呼び鈴が鳴る。
基本的に屋敷に訪ねてくる人は限られているが、屋敷の周囲には無数の気配、そのうちの一つは俺のよく知る気配が混じっている。
これは状況的に不味いことになりそうだと俺の人生経験で培われた勘がそう告げている。
「二人とも荷物を持って屋敷からいつでも出れるようにしてくれ」
「どうしたんですか?」
「急になんですか?流石の私も説明してもらわないと困りますよ?」
「いいから、いいから」
嫌な予感がしたので二人にせっかく準備したであろう荷物を持っていつでも出られるようにように伝え警戒させる。それと何かあった時様なのか何故か俺の荷物もまとまっていたので都合がいいなと思いながら懐かしの装備との再会をして玄関へと向かう。
「久しぶりだなダクネス?顔色が悪いけど寝不足か?」
玄関に現れ俺を迎えてくれたのは全身を鎧でつ包んだいかにも屈強そうな兵隊と、それを指揮している血色の悪いダクネスだった。
シルフィーナの話を聞いていてある程度予想はしていたが、実際に見てみた彼女は俺の想像以上にやつれていた。
「悪いな…カズマ…これは仕方がないんだ…本当に…すまない…許してくれとは言わない…やれ」
ダクネスは拾ってきた捨て猫を親に飼っていいか尋ねたけど結果は駄目で、仕方なくその猫を元の場所に返す時の様なあの罪悪感に押し潰された感じに目を逸らして弱々しい声でそう言うと、それを合図に周囲の兵隊が俺を拘束しようと迫ってきた。