「それでですね…って聞いていますかお兄様!」
「ああ、聞いているよ。こないだ食べたカエルの話だったけ?」
「違います‼︎」
クレアの遺体を付人達が片付けている最中、アイリは俺を椅子に座らせるとその膝の上に乗りパタパタと脚を振り俺を見上げながら片付くまでの間の暇つぶしと言わんばかりに話をしており、周囲はそんな俺たちの光景を異質なものを見るかの様な視線で見ている。
「そうだった、それでその時のクレアはなんて言ったんだっっけ?」
「それがですね…」
アイリは先程自分が首を切り飛ばした事をすっかり忘れているかの様に彼女がおかしくなる前の話をしている。
「アイリ」
「何でしょうかお兄様」
楽しそうに話す彼女の話を遮り俺は彼女に話しかける。
「お願いしたい事が事があるんだ、アイリからしたらあまりいい話じゃ無いかもしれないけどそれでも聞いてくれるかな?」
「はいお兄様のお願い事でしたら何でも聞きますよ」
アイリは俺がこれから一体何を言うかなんて何も考えていないのだろうと無邪気な表情で俺を見つめる。
「それはな…」
「サトウカズマ‼︎ーー貴様は一体何をしているんだ‼︎」
アイリとの会話の途中に動きを止めていたであろうダクネスが現れ、叫びながらこちらに向かって走り出してくる。
シルフィーナが足止めしている筈と思いもしやと彼女の方をに視線を向けるとどうやったのか分からないが、彼女は無傷のまま仰向けで地面に寝かせられスヤスヤと眠っていた。
どうやらアイリがクレアの首を切り落とした隙に彼女を眠らせたのだろうか。
ダクネスの進行を一般兵士が止められる訳もなくズルズルとラグビーの試合でも見ているかの様に兵士を引きずりながら俺の前へと到達した。
「カズマ‼︎私は一体何をしているんだと聞いているんだ!答えろ‼︎」
彼女は我を忘れているのか座った状態の俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
「え?あ、アイリス様…」
「いくらララティーナとは言え、お兄様への暴力は認める事はできません。早々に手を引き部屋に戻りなさい」
俺の胸元へ伸びるダクネスの腕をアイリは何なく止めると今まで見た事のない形相でダクネスの事を睨みつける。
「…はい、承知いたしました」
ダクネスはアイリへ謝罪すると肩を下げながらフラフラと何処かへといってしまい、そのタイミングでクレアの片付けが終了した事が告げられる。
「この通り今日は色々とございましたので続きは後日へとさせて頂きます、つきましての日程は…」
状況を確認すると彼女は早々に会議を切り上げ次の日程をテキパキと進める。
「お待たせいたしましたお兄様、今日はもう何も予定がありませんので昔みたいにゆっくりしましょう」
「ああ、そうだ…え?」
先程までの真剣な表情とは打って変わりニッコリとした笑顔が視界に映ったと同時に、俺の手首にガシャンと金属音がしそれと共にズッシリとした重さが追加される。
彼女はいつの間に準備してたのか、それとも元々この状況を予知していたのか俺に気取られる事なく隠し持っていたであろう手錠を掛け続け様に自身の腕にも反対側の手錠をかけた。
「これでずっと一緒ですねお兄様‼︎」
「ははっははは…そうだな」
乾いた笑い声と共に気付けば俺はアイリに拘束されていた。
マズったな…
隣で俺に抱き付きながら寝ているアイリを見ながらどうやってここから脱出しようかと考える。
正直また記憶を消すポーションでも飲まされたらどうなる事やらと思ったが、そんな事もなく現在も俺の記憶は続いておりまたどこかの田舎へと連れて行かれる事はなさそうだ。
手首に引っかかっている拘束具を眺める。
正直逃げ出すのは簡単だろうが、会議が終わってからの彼女の様子を見る限りでは久しぶりに自身を取り戻したように振舞っており、俺の一言や行動でそれを壊してしまう事が憚られてしまう。
「カズマ様」
「その声シルフィーナか?」
ベッドの上で拘束され動けない為外部とどうやって連絡を取ったらいいものかと思っていたタイミングでテレパシーだろうか脳内に直接彼女の声が響く。
一体何のスキルだろうか教えて欲しかったが、今はそんな場合ではないと思い、思いとどまる。
「カズマ様、頭で念じればカズマ様も発言できますので声は出さないでください」
「ああ、悪かったな」
隣で寝ているアイリの表情を見るに目覚めてはいないようで寝息を立てながら熟睡している、きっと今まで安心して眠れなかったのだろう。
「先ほどの件は申し訳ございませんでした、クレアの首が吹き飛んだ時に油断してした所を突かれてしまいました」
「それは…まあしょうがない、何はどうあれ結果として作戦は上手く行ったから問題無しだ」
シルフィーナが最初に話したのはダクネスを逃してしまった事だったが、正直俺もクレアの首を刎ねるなんて考えもしなかった。俺もその立場ならダクネスから注意を逸らしてしまっただろう。
「それで状況はどうなんだ?」
アイリが起きなかったことに安堵しながらテレパシーでシルフィーナに状況を確認する。
「全てカズマ様の予想通りですが、めぐみんさんが負傷いたしました」
「やっぱりそうか、それでめぐみんは大丈夫そうなのか?」
やはりあの魔法陣が消えたのはめぐみんがフラガラッハで斬られたのが原因だろう、彼女はこれから先の作戦で替の効か無い重要なキーとなるためここで離脱されてしまえば作戦を一から立て直すことになってしまう。
「はい、見え無い何かに斬られはしましたがカズマ様の作戦通り全身を防具素材でグルグル巻きにしたため、そこまで深い傷にならずに済んだみたいです」
「そうか…それはよかった」
以前斬られた時にバニルの仮面が間に入った事で助かったので斬撃が介入する際に少し間があると推測したのだが、幸運にもその予想が当たった様だった。
「とりあえず俺は用を済ませたらすぐ向かうから、準備を進めてくれ」
「分かりました」
シルフィーナはぺこりと頭を下げるとそのまま何処かへと姿を消した
…さてどう話を進めるか
そんな事を考えている間に眠ってしまい、気付けば朝を迎えていた。
「なあアイリ…いい加減これ外してくれないか?手首が痛くてしょうがないんだけど?」
「えー嫌です、これ外したらまたどっかに行ってしまうではありませんか」
「…まあそうだけどさ」
ふふふ、と笑いながら俺の要望を拒否する彼女の口に朝食のパンを運び彼女はそれを口に入れモグモグと食す。
「はい、アーン」
「はいはい…」
お礼と言わんばかりに俺の口前に食事が運ばれ俺はそれを口に入れる。
「それでこの後何をするんだ?」
「そうですね…今日は特にやる事はありませんのでお兄様と何か遊ぼうかと思っております」
「はいはい、仰せのままに」
こうなっては仕方ないと、俺は一度彼女が満足するまで付き合ってやることにする。
正直こんな茶番はささっと終わらせて皆の元へと戻りたかったが、アイリは以前の様に無邪気に振舞っているように見え、どんなに笑い子供らしくはしゃいでいたとしても、目に宿っている闇は今も変わらず俺を離さないと俺を見つめ続けている。
以前のままの彼女であったならすぐさま懐柔できたが、今の彼女では対応がまた変わってしまう。
「これは一体なんですか?」
「ああ、これはな…」
片手が互いに塞がっているため出来る遊びといえば数が限られてしまうの昭和の時代に流行っていた遊びをいくつか紹介し、2人揃ってそれを行う、以前と変わらないなんて事のない日常。
立場が変わってしまったといえども俺達は元々兄妹として過ごして来てこうして今も同じようにふざけている。こんな時間が続けばいいなと思ってしまうが、そんな現実逃避は許されない。
「ふふ…どうですか?」
「何だか見た事がないほどにゴージャスな食卓だな。料亭に来たみたいでテンション上がるな」
一通り遊び尽くし、気付けば夕暮れ時となり俺達は城のテラスで風景を見ながら夕食をする流れとなる。アイリは本当は要人を招待した時だけに振る舞うものですがと前置きを置きながら見た事のない程に豪華な料理をテーブルの上に並べた。
「お兄様はどうして来てくれなかったのですか?」
「ああ、それはだな…」
アイリはアイリで聞きたい事があったのだろうか食事も中盤に入った頃ポロリとこぼすかの様に聞いてきた。
ここで適当にはぐらかしてもろくな目に合わないだろうと思い、俺はクリスと過ごした事を一部伏せ辻褄が合う様に少し話を変えながら彼女に説明した。
「そうですか…ララティーナが裏でそんな事をしてくださったなんて…」
「ああ、あいつはあいつでアイリの事を思って裏で色々やってくれたんだ、落ち着いたら労ってやってくれないか」
何だかんだダクネスも裏で色々やってくれたんだ、彼女もそろそろ報われなくてはいけ無いだろう。
「お兄様が助けに来れなかったのはララティーナの所為だったのですね」
「は?」
ダクネスを労う流れだったのだが、それが彼女の何かに触れてしまった様で彼女から先程までの笑顔が消え去り、気付けばクレアの首を刎ねた時のような冷たい表情をしていた。
「今すぐダスティネス家当主を拘束し此処に運んできなさい」
「おいアイリ‼︎」
「お兄様は静かにしてください」
ニッコリと彼女は優しい笑みを浮かべながら俺を嗜め、俺を繋いでいた手錠の自身の側を頑丈な柵に繋ぎ俺の動きを封じる。
「申し訳ございませんアイリス様‼︎これには深い訳がありまして‼︎」
その後数分もしない内にダクネスが運ばれ彼女は無抵抗のまま地面に組み伏せられ、俺が彼女の命で裏で動き回っていた事を問いただし詰る。
この状況はまるで魔女裁判の様でこの空気を如何にかして変えなくては例えダクネスが悪くなくても悪人扱いされてしまう。
「私は謝罪も言い訳も聞きたくありません、ただ説明をしてください」
アイリはダクネスを濁った瞳で見つめクレアの首を刎ねた剣を彼女の首元に突き立て説明を求めている。
ダクネスは普段と違ったアイリの表情仕草を見て、その落差に恐れ慄いたのか目を見開きながら必死に言葉を紡ぐ。
「こ,これは…アイリス様がシンフォニア家の言いなりになってしまったあの状況でアイリス様の立場を守るにはサトウカズマ程の実力者が裏で動くし…ぐっ」
「黙りなさい」
アイリはガッカリした様な表情を浮かべながら、言い訳を並べるダクネスの顔を踏みつける。
「アイリ‼︎もう辞めてくれ‼︎あれは俺が勝手にやってダクネスを利用しただけでそいつはただ俺に利用されただけなんだ」
このままでは不味いと思いながら咄嗟にダクネスを庇う、これ以上アイリがこの場にいれば本当にダクネスの首を刎ねかねない。
「お兄様は可笑しな事言いますね…先程言ったではありませんか、ダクネスに頼まれて師と共に行動したと、これでは先ほどの話と矛盾してしまいますよ」
アイリは俺の発言をまるで意に返していないのか、俺の話の矛盾をつき訂正してくる。
「それは…」
「お兄様は何の心配もしなくても大丈夫です!」
アイリは俺の話しなどもう聞く気がないのか俺に笑いかけるとそのままダクネスに向き直した。
「アイリス様確かにサトウカズマにあ合わせる事も可能でした‼︎ですがシンフォニア家の監視の中サトウカズマを表に出せば必ず見つかってしまいます、そうなってしまえば今度こそ…」
「ララティーナ、それは用意された答えですね」
「…」
「城にはシンフォニア家しか知らない道もあればダスティネス家しか知らない道もある事は分かっております、そしてそれらは王家に既に全て把握されています。もちろん両家が知らない道の存在もです」
アイリに指摘されたダクネスは想像していた返しでは無かったのか言い返せず黙り込んでしまい、それを返答と受け取ったのかアイリは言葉を続けた。
「ダスティネス家には私の部屋に通ずる道がある事は分かっておりますし、既に一度その道が使用されていた事も把握しております、であればその道を使用してお兄様と私を合わせる事は可能だったと思いませんか?」
「それは…あの状態のアイリス様に合わせてもし悪い影きょ…」
「黙りなさい」
必死に状況を説明するダクネスを一喝する。
これ以上は質問ではなく尋問だ。
「何を言っても私の為ばかり、私を言い訳にすれば何でも許されるかと思っているなら大間違いです。ララティーナあなたは色々言いますが単純にお兄様と私を会わせたく無かったのではありませんか?」
「それは…サトウカズマという男は優秀です、ですがそれはあくまで冒険者としてで人間としてはあまり出来た人間ではありません。アイリス様に与えている影響は王族として相応しくないものばかり、このままでは将来この国を背負うアイリス様に何かあってからでは…」
「そう…」
ダクネスも余裕が完全に無くなったのか今まで隠していた本心を曝け出したが、アイリはそんな彼女の本音を聞いてガッカリしたのかため息のよう一言つぶやいた。
「悔しかった…」
「…え?」
「悔しかったので無かったのでしょうか?今まで尽くしてきた筈なのにぽっと出の大して地位のない男が自分より信頼を寄せられているのが」
「そ…それは…」
「確かにダスティネス家はこの王家に尽くして下さいました、王族としてそれはとても感謝しております、ですがシンフォニア家ダスティネス家共にお父様や兄様ばかりかまい私にはいつもついで、わざとなのか無意識にやっていたのか分かりませんが皆私を通して別の人を見ていた、皆私の話を聞いているようで…私の意見を尊重しているように見せ掛けて自分の思い通りになるように私を扱ってきた、教育として」
「あ…アイリ?」
もはや俺の言葉すらアイリには届かなくなってきてしまっている。
クレアから受け仕打ちは俺にも分からないが、それが彼女の精神を破壊し疑心暗鬼に陥らせた事だけは分かる。
「ララティーナ、結局貴方もクレアと同じですね。アイリス様の為私の為…違いますよね、貴方の中のアイリス王女の為ですよね。相応しいとか相応しくないとかどうして勝手に決めるんですか?どうして私の意見は聞いてくださらないのですか?確かに私はまだまだ未熟でこの世界の事もあまり知りません、だからこそ皆の協力が必要だという事も存じております、ですが何を選び何を選ばないのかは私が決める事で皆が決める事ではありません」
「それは…そうですが…」
アイリの目には涙が浮かび上がっている。
それもそうだろう、解放されたかといっても昨日まで自身を見失い操り人形の様に扱われてきたのだ。
シンフォニア家とダスティネス家の両家が同等に高位の権力を持たされているのは互いに互いを牽制し合うためで、一方が何か良からぬ事をした際にそれを防ぎ牽制しなくてはならない。だが今回その均衡が崩れシンフォニア家が一方的な程の権力を手にしてしまったのだ。
そんな事が起きない様に立ち回らなくてはいけないのだが、バルターと王兄の企てたクーデターによりその均衡は崩れてしまい本来崩れることのなかった均衡が崩れ今回の結末を迎えたのだ。
その責任は当然ダスティネス家当主のダクネスに向かうのも避けられないだろう。
彼女は何も悪く無いが状況が状況なだけに仕方がない、アイリもまだまだ子供で今回の件で完全にキャパオーバーを迎えたのだ。
そしてそんなアイリを諌める他の王族もなく、シンフォニア家も無くダスティネス家はダクネスが当主でこの現状。
「残念です…私はララティーナの事大好きでしたよ」
「あ、アイリス様…」
何も返す言葉が見つからないダクネスにアイリは剣を振りかぶる。
これ以上は取り返しがつかなくなると、俺は使用を控えていた強化魔法・解除魔法を駆使して手錠を解きアイリを抱き抱え振りかぶった剣を抑える。
正直同じ手を使いたくは無かったが一度成功した事をもう一度するのは普通だろう。
「お…お兄様?」
突然のことに頭が追いつかないのか今の現状に呆然とした状態でアイリは言葉を漏らした。
「なあアイリ…」
俺はアイリから剣を取り上げアイリを正面から抱きつく形へと彼女を回す。
話を聞いている限りアイリは王族でない、ありのままの自分を見てくれる存在を欲している。
「悪いんだけどさ、お願いがあるんだ」
「突然何を?」
いきなり抱きしめられお願い事をされたアイリスは混乱している。
無理もない、今まで面倒を見てくれた人と訣別するタイミングで何の脈絡もなく横槍を入れられたら誰でも混乱するだろう。
「ここじゃ話せないから2人っきりで話そうか」
「はっ…はい」
俺はアイリの目を見つめ了承を得ると彼女抱きしめ視界を奪い、ダクネスにここを任せて逃げるように目配せをして彼女を自室へと連れ行った。
2人きりという話はただ2人っきりになりたかっただけと嘘をついた事にし、気づけば数日経っていた。
「なあアイリ」
「何でしょうかお兄様?」
ダクネスはなるべく表に出ない様に裏手でアイリの国政を手伝ってもらう事にして、俺は彼女の精神の安定を図る。
俺はただ彼女の精神的自立を促していたつもりだが、そんな俺の意図とは裏腹に彼女は俺への依存を強めていった。
だがそれは逆に好機だと思った。
「なあアイリ」
「何でしょうかお兄様?」
明日、国政の話し合いがあるので早めに寝ようと2人ベッドの中で寝ている最中俺は話を切り出した。
「俺はさ、魔王を倒したいんだ…その為にはアイリが好きじゃない王女として動いて貰わないといけないんだけど…協力してくれないかな?」
俺はアイリをベッドの上で組み伏せ、彼女の目を見つめながらそういった。
「え…はっはい‼︎もちろんですお兄様‼︎」
魔王を倒す。冒険者にとってそれは誰もが目指し皆が高らかに宣言する言葉だが、王女を前にその言葉はまた別の意味を孕んでいる。
無責任な事を言っているかもしれない。だが、それでも俺は…