それからは一心不乱にアクセルの街から飛び出して訳も分からずに走るだけだった。
あれだけの大規模作戦で皆で打ち合わせしても駄目だった。諦めようと思ってもダストとシスターのあの表情がこびりついて離れない。そして逃げることしか出来ないその事実が俺を苦しめる。
あれだけ煩かったリーンも街の門を出る頃には大人しくなっていた。どうやら観念したのだろうか…肩の辺りが湿っているから多分声を押し殺して泣いているのだろう。
これからどうしようか…。
めぐみん達合流するとしても時間がかかるし、それまでの間リーンと何処で時間を稼ぐかも問題になる。奴がいる以上街には戻れないだろう、それに冒険者が全滅した時点で街の住人達も洗脳されるのも時間の問題だ。
考えながらトボトボ歩いている内に気づけば前にクリスに案内された森の前に立っていた。
ふと誰かに案内された様な、不思議な感覚が心を包む。
「リーン悪いんだけど少し待っててくれないか?俺はこの森の奥に少し用事があるんだ」
「どうしてか聞いてもいい?」
目を腫らしたリーンは不思議そうに俺にそう聞いた。あの様なことがあった後にいきなり森に行くから一人で待っていてくれと言われたら、誰だって不安に思うだろう。
だが、だからと言って秘密の場所まで案内するわけには行かないのだ。あの場所は誰にも教えては行けないと、前にクリスが言っていた事がある以上今回は俺一人で行くしかないのだ。
「誰かは言えないけど隠れ家があるんだよ。主人は居ないかもしれないけどもしかしたらこの状況を打破するものがあるかも知れない」
「…そう、分かったわ。でも何か会ったら私は私で行動するから、戻って来て私が居なかったらそう言う事だと思って」
しばらく沈黙が続いた後に彼女はそう言い近くの気の根本に腰を掛けた。手にはロッドを握り小刻みに震えている。
「悪いな、それじゃあ行ってくる。多分ないとは思うけど俺より先にめぐみんに会ったら状況を伝えといてくれ」
「分かったわ」
一応の伝言を伝え、リーンに背を向け森の中へ進んで行く。
進み方に関する目標は以前と変わってはおらずに動物をモチーフにした木の人形なものが木の根本に立て掛けるように配置しており、それを目印にして干支の順列に沿って進んで行く。クリス曰く間違えると正しい方向に進むまで別の場所まで進むどころか戻る事まで出来なくなるらしい。
あの時はクリスがいたから安心して進めたが、今は俺一人なので心細い。
日は完全に落ち、森は完全な闇に包まれている。感知スキルを使用しているため見えないと言う事はないが、それでもこの状況はあまりいい気分ではない。
そのまま道なりに吸い込まれるように進んで行くとやがて前に見た泉のある空間にでる。
前にも見たが、今回は蛍も飛んでいるのか淡い光を放っている泉と相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。
「おーい、クリス‼︎いるか?居るなら返事をしてくれ‼︎」
居ないとは思うが念のために彼女の名前を呼ぶ。
もし、彼女がこの場に現れてくれれば俺はどうすれば良いのか彼女に問い質してその通りに行動するだろう。だが、今までの経験からしてクリスはそれを許しはしないだろう、彼女はきっと俺のことを叱責し自分で考えて行動しろと背中を押してくれる。それがクリスと言う人間だろう。
分かっては居るがどうしても頼ってしまう。魔王軍幹部と渡り合ったと言っても所詮、俺と言う人間はそんな者でしかない。
どう言った原理か分からないが今だに淡い光を放ち続けている泉に近づき中を覗き込む。この中には今までクリスが回収した神具が他の人間に悪用されないように沈められている。
神具は持ち主以外の人間が使用すれば効果が制限されると言う。だが、それを加味しても神具は神具なので制限を前提として使用するのであればもしかしたらバニルに対応する逆転の一手になり得るかもしれない。
「ほっ‼︎」
着衣を全て脱ぎ去り泉の中に飛び込む。
正直に言えば罰当たりな気がしなくも無いが、今は緊急事態なので仕方がない。この状況なら管理人のクリスも許してくれるだろう。
泉の中は冷たく、まるで肝試しした様な背筋がひんやりとした感覚が全身を包む。目はゴーグルがないので開けない為、視界に関しては感知スキルで代用して周囲を探る。
「え⁉︎嘘だろ」
水の中だと言うのに思わず声が出る。感知スキルは範囲を絞れば絞る程にかなりの感知範囲を広げられる。だが、泉の中で発動した感知スキルでは泉の底まで探ることができず、底なしの沼のような底知れない感覚が返ってくるだけだった。
深追いは危険だと判断し、浮かび上がる最中に前にクリスが沈めた神具を取り出すには女神の力が必要だと言っていたことを思い出す。
と、言う事は現在の状況下では神具を取り出す事はできないと考えた方がいいかも知れない。となればここに来た事は無駄骨かも知れないが、まあめぐみんが来るまでの時間を稼げたと思うようにする。
泉から上がり体を乾かし再び装備を着込む。
腰に剣を掲てリーンの元に戻る為に後ろに振り向き、泉を後にしようとすると突如ガシャンと何かが後方で落ちる音がした。
突然のことに驚きながら振り向くと、そこには前にキールのダンジョンでクリスが背中に背負い振り回していたた太刀が鞘に収まった状態で地面に突き刺さっていた。
どう言う事なのか理解は出来ないが、なんとなくクリスが使えと言っている様なそんな気がした。
俺はそのまま太刀に触れ刃を鞘から引き抜く。剥き出しになった刃は衰える事はなく以前と同じような聖なる輝きを放ち、早く魔なる者を退治せよと言っているような気がしなくもない。
リッチーであるキールを退治した太刀、その力が衰えていないのであればこの刃はバニルの喉元に到達し得るかも知れない。
刀身を鞘に仕舞い、背中に背負う。刃が願いの結晶という概念的なものなのだろうか、先程まで背をっていた木刀と比べ重さは無く、移動している途中無くしても気付かなそうで怖い。
しかし、クリスは一体これを何処で手に入れたのだろうか?全てが終わったらシスターに聞いてみるのもいいだろう。それにはまずバニルをどうにかしてゆんゆんの体から引き剥がさないといけない。
泉に一瞥し森を後にする。
武器は得た、しかしそれを使用してバニルに立ち向かう事は決して簡単ではない。木刀でバニルに敵わなかった以上この太刀でバニルに立ち向かっても結果は知れている。
では、どうするか?
それをこれから考えなくてはいけない。
「遅かったわね…ってなんで濡れてんのよ?」
森の外に出るとリーンが入った時と同じ様に座って待っていた。待っている間に戦闘になっていないか心配になっていたが、その様な事はなかった様で着ている衣服にも乱れが無い。
しかし、俺の状態を見て疑問に思ったのか不思議そうに聞いて来た。
「ああ、ちょっと訳あって泉に潜ってきただけだ」
「え?何それ馬鹿じゃ無いの?」
俺の発言は事情の説明をする余地もなくバッサリと切り捨てられた。ダストが前にリーンは結構手厳しいと言っていたが、どうやらそうらしい。
「…とにかくだ、可能性の様なものは見つけた。これでなんとかなるかもしれない」
「可能性ってその長い刀の事?あんたがそんな物を使ってるなんて見た事ないけど大丈夫なの?」
「そこら辺はスキルで何とか代用するよ」
リーンに結構痛い所を突かれる。結局の所俺に太刀の扱い方に関する知識も経験もないのだ。
本来ならクリスにレクチャーを受ける所だが、現在クリスがいない為それが出来ない状況にある。なら仕方なしにクリスにやるなと言われている両手剣スキルを取るしか無いのだ。
常時発動型のスキルであれば冒険者カードでオンオフできるので問題はないのだが、スキルが少し無駄になってしまう。
話は少し戻るが、そもそも片手剣で敵わなかった以上両手剣スキルを取ったとこれで勝てないことに変わりは無い。
太刀というキーとなるピースは見つかったが、それの縁取るピースがまだ補完されていない状況にある。
「それで、この後どうするつもり?街には帰れないと思うし…近くの街にでも応援を呼びにいく?」
「いや、ここから他の街だと時間が結構かかるだろ。確か受付の人が王都に連絡をしてくれている筈だからこのまま待っていたほうが賢明かな」
「でもそれだと、あのいけすかない仮面に憑かれているゆんゆんはどうなっちゃう訳?」
「最悪ゆんゆんもろとも討伐されるかもな…」
「そう…あんたはそれで良い訳?」
「良い訳ないだろう、だからこうして考えを巡らせているんだよ」
「そう…なら良いんだけど」
考えに考えを重ねる。無いものは他から補えばいい話だ。
「取り敢えず、めぐみん達に合流しよう」
考えるのは後にして今は取り敢えず指針を決めることにする。でなければこのまま森の中で全てが終わるのを待つだけになってしまう。
森で待つ事数時間。
リーンと交代でアクセルの街の前を見張りながら睡眠を取り彼女らの帰還を待つ。
もし、めぐみんらの到着が夜までに確認できなければ二人でバニルに対して行動を起こさなくていけなくなるので、事は状況を見ながら慎重に行って行かなくてはいけない。
「カズマ何寝てんのよ‼︎待っていた馬車が来たわよ‼︎今ちょうどめぐみんが馬車の窓に顔を出してるわ‼︎」
朝日が上がり昼の少し前に差し掛かる時にリーンが声を荒らげて俺を叩き起こしながらそう言った。
「マジか⁉︎よくやったリーン‼︎」
千里眼を使い遠くの馬車を覗くと、リーンの言っていた通り馬車の小窓からアクセルの様子を見る為かめぐみんが顔を出していた。表情に若干の焦燥感があるので虫の知らせでも感じたのだろうか?
「よし、それじゃめぐみんに合図を送ってくれ、なるべくアクセルの街から気付かれにくい奴で頼む」
「いきなりそんな事言われてもどうすれば良いのよ。私、発煙とか合図を出す魔法を私は習得していないわよ」
「マジか‼︎」
リーンにはリーンのいい所がある事前提に置いて貰いたいのだが、やはりどうしてもいつも一緒にいたゆんゆんを前提に指示をしてしまう。
「それじゃ何か風の魔法を頼む、一瞬でいいから周囲に目を配る様な感じで」
「オーケーそれなら大丈夫、良い魔法があるわよ」
リーンが詠唱している間に、取り敢えず剣を取り出し太陽光をめぐみんに向ける。これが日本なら訴訟問題なのだが、ここは異世界だから大丈夫だろう。
そして詠唱を終えたリーンは風魔法をそのまま馬車に向けて解き放った。
放たれた風の魔法はリーンから一直線で馬車に向かい小屋の屋根にに激突する。中にいた人達と後続の馬車に乗っていた人達もゾロゾロと降りてきて周囲を確認する。
「おい、あれは流石にやりすぎじゃないのか?思いっきり屋根が吹き飛んで行ったけど」
「しょうがないじゃない‼︎私でもたまには加減を間違える事ぐらいあるわよ」
「本当かよ、ストレス溜まってて憂さ晴らしにしたとかじゃ無いだろうな」
「そんな事ある訳ないじゃ無い‼︎」
ジトーと疑いの目をリーンに向けながらも反射光をめぐみんに向ける。流石のめぐみんでもここまでお膳立てをすればここに気付いてくれるだろう。
「ん?」
しかし、俺の考えとは裏腹に馬に乗っていた連中は暫し話合いをした後に各々いに武器を手に取り此方に向かってきた。
「どういう事だよ‼︎何でみんなこっちに向かって攻めてきてんだよ⁉︎俺だって気付けよ‼︎」
「いや、あんたがめぐみんに光を当てて目を眩ませているからでしょ…」
「あっ」
疲れが溜まっていたのだろう、きっとそうに違いない。
急いで剣を鞘にしまい両手を上げ降参の意思を提示する。
近づいて来る分にはめぐみんが居るだろうから話せば分かってくれるのだが、遠距離から魔法を放たれたら流石にどうしようもない。
「はぁ…全くカズマはアホなことしかしませんね…」
あれから何とか無傷で合流し、前戦に居た人を何とか説得して何とかめぐみんに取り次いで貰った後、今現在こうして場所を変えて新たにセナを交えての話し合いとなった。
場所は流石に森の前を使うわけにはいかないので、町より少し離れた場所にテントを張りそこを仮の拠点という事にする。
「それはともかくだ、取り敢えず現状どうなっているかを説明するぞ」
テントを張ったりしたのもあるがあれから結局食事を取れなかった事もあり、お腹が空いていたので備蓄食を分けて貰い、お腹が膨れたところで話が始まった。
まずは簡単に俺がアクセルの街についてからのギルドの動き、そしてバニルによって洗脳を受け今のアクセルの街はどこぞのパンデミック映画の様な状態になっている旨を伝える。
そして、今度はめぐみんサイドの俺が居なくなってからの話を聞く。
あの後、俺が思っていた様にバニルに捕らえられてた方々を何とか発見救出し、各自応急手当をした後に麓の村に送り返す事などをしていたらしい。なので戻るのに時間は掛かったが戦力としては来た時よりも先遣部隊などを含めて増えているとの事だ。
「成る程…皆ゆんゆんの友達にされたという訳ですか…まるで阿鼻叫喚の地獄絵図ですね…私のお気に入りだったアクセルの街がデットアイランドになってしまうとは流石はゆんゆんに取り憑いているだけはありますね」
「俺もまさかゆんゆんにあそこまでの執着心があったとは思ってなかったよ」
一通りの状況報告が終わると、めぐみんは徐デカイ溜息を吐きながらそう言った。
それにつられ俺も溜息が出る。
「それでサトウさんはこの後どうなさるつもりでしょうか?」
恐る恐るセナが俺に意見を求める。状況が思っていたよりも最悪な事態に陥っているので彼女自身余裕がない様だ。
「このまま俺がバニルを叩くよ。魔法はゆんゆんの体を傷付けかねないしそれ以外に方法は無いみたいだ」
「そうですか…済みません結局何もかも任せてしまって」
「良いんですよ。これは俺達のパーティの問題でもありますから」
結局は身内の犯した揉め事なのだ。クリスがキールを狩った事で始まり、ゆんゆんがバニルによって乗っ取られた事で事態が悪化した。ならば俺によって事態を収束させるのが道理だろう。
「それでカズマはどの様にあの仮面を倒すのですか?いつもの様に作戦を立てて惨敗した以上今回はそれ以上を求められますよ」
「そうだな…それなんだが…」
俺の考えている作戦をめぐみんに説明する。ついでに俺の感じているゆんゆんに対しての違和感も森で考え予測が付いたのでそれも含めて意見を求めた。
「やはり直接対峙したカズマがそう思うならそうなのかも知れませんね。正直話を聞いた限りでは…まあ私の長年の経験からくる勘ではそうとしか思えませんね」
俺の感じた違和感は話を聞いただけのめぐみんもそう感じたらしく、疑いは確信へと変化する。
「話は戻りますが、それですとやはりカズマのステータスの低さが目立ちますね。まだスキルポイントに余裕はありますか?」
「まあ結構あるけど」
ゆんゆんの作り出した希少なスキルポーションを手当たり次第に飲んで居た為、ポイントにはやや余裕がある。
「では、皆に頼んでスキルを教わってください。出来れば種類の違う別方向からステータスの上がる支援魔法を重点的にお願いします」
「成る程な…」
その後、めぐみんに言われるがまま集められた人員からスキルを聞き、それを紙に書いて集計、選別しスキルを厳選していく。
支援魔法にも種類があり、いつも俺が使っているのはプリーストの汎用的肉体強化魔法だが狂戦士の持つオーバドライブみたいなものやモンクの打撃強化など、それぞれの職業に対しての支援魔法を選んでは取得していく。
残りは作戦に必要な攻撃技のスキルを予備を含めて何通りか取得する。スキルレベルを上げるよりも別の支援スキルを使用した方が魔力消費量は増えるが、その分得られる効果が大きい。
「カズマ、首尾はどうですか?」
「ああ、めぐみんか…そうだな沢山ありすぎてどうしようか悩ましいところだよ」
「まあ多いにこした事はありませんからね」
仮設された椅子に座り考えていると、横からひょっこりめぐみんが現れる。
どうやら彼女なりにゆんゆんに対して考えるところがある様だ。
「だけど、欠けてた作戦のピースは決まったよ」
「そうですか、それでは聞かせてもらいましょうかカズマの考える作戦とやらを」
フフフと意味深げに笑いながら作戦の説明を催促する。
あまり作戦を説明し過ぎるとめぐみんが作戦中偶然バニルとコンタクトした際に作戦がバレてしまう危険性がある為、なるべく具体的な説明を避けながらもめぐみんの行う行動を指示説明する。
「そうですか。私は別に構いませんが、それですとカズマが危険な目に遭いますが大丈夫ですか?」
「ああ、それに関しては問題はない。俺も多少のリスクは負わないとな」
めぐみんを作戦に組み込む以上そこに爆裂魔法が入って来るのは必然だろう。あくまで脅しで使うくらいなので爆発させるつもりはないが、それでも今回の作戦でダメだった場合俺もろとも引き飛ばすつもりではいる。
「よし、スキルも決まったし、そろそろ行動に出るか」
パンっと拳を突き合わせ景気付けに音を鳴らし、そのまま立ち上がると仲間全員を呼び集める。
作戦の説明になるのだが、正直人数で攻めても結果は前と変わらないので今回は俺一人でバニルの前に相対する事にした旨を伝え、他の皆には俺がダメだった場合にに備えて俺が注意を引いている間に街の皆を回収してもらう様に指示する。
時間は既に夕暮れを超え夜の帳を迎えている。作戦の概要を伝え、皆配置についてもらう。
バニルの現れる座標は分からないが、そこはスクロールで派手に音の出るモンスターを集める類の魔法を打ち上げバニルに場所を教える。正直来るかどうか分からないが、奴の目的が街の人間を対象にしている以上俺もその獲物の一人含まれていると考えて良い。
自意識過剰かと言われればそうだが、それでも素体となっているゆんゆんとの過ごした日々に何かしらの影響を受けいると考えたい。
現在俺は太刀を背負い、前回敗走した街の広場に立っている。分かってはいたが俺が来たときにはダストもシスターも含め街の住人はすべてこの場所には居なかった。
「ほう、また貴様か…」
呆然と立ち尽くしていると、餌におびき出された様に後方からバニルが現れる。
「ああ、待っていたぜ。待ち遠しくて夢に出てきちまう位にな!!」
バニルが間合いに入ったことを確認すると、すぐさまもう一つのスクロールを発動させ打ち上げ花火の様な爆発球を打ち上げる。
この魔法は待機させている仲間をアクセルの街へと突入させる合図になっている。
「貴様な何を…」
「おっと、動くなよ」
事態を察知したのかバニルは街に戻ろうとするが、俺とバニルを中心に地面に魔法陣が一瞬にして描かれる。打ち上げた魔法にはめぐみんに爆裂魔法を発動させる手前で待機してもらう意味も込められているのだ。
「これは…この魔法陣は⁉︎」
「ああお前の知っている通り、あの忌々しいめぐみんの爆裂魔法だ‼︎悪いがお前を倒す方法がわからなかったんでなこのまま一緒に地獄へ行こうぜ‼︎」
「おのれ、小僧何を考えておるのだ⁉︎その頭を読ませ…何だその背中に背負っているものは?眩しくて敵わん」
「何?そうか。そういうことか」
反復練習を繰り返すことで何も考えずに言える様になったセリフを垂れ流す。
しかし、バニルの反応を見るに背中の太刀によって俺の思考を読み取ることができなくなっている様だ。バニルは悪魔でこの太刀の刃の部分は女神の祈りの結晶を鍛えた物を原料にしているので、相性が悪いのは分かっていたが思わぬ拾い物をした気分だ。
「ハッ‼︎どうした‼︎お得意の思考盗聴ができない気分はよぉ‼︎」
折角なので思いっきりバニルを煽る。考えを読まれないと言う事は周りくどい方法を取らずに直接バニルを攻めれる事になる。であれば俺の想定していた予定を大幅に早めることができる。
さて、バニルは果たしてこの切羽詰まった状態でどう行動に出るのか?逃げようにもゆんゆんの体ではめぐみんの爆裂魔法から逃げ延びる事はほぼ不可能と言っても良い。だとしたら俺の元に向かって来るしかないが、自爆を覚悟している以上この魔法が止まる事はない。
「何を考えているのよ⁉︎このままだとあなたも死ぬのよ‼︎」
考えを読めずかと言って逃げきれる状況でもない、切羽詰まった彼女はとうとう俺を説得に来た様だ。
「クックク…あはははははははははーっ‼︎」
予想通りの展開に思わず笑いが溢れる。俺の覚えた違和感はどうやら間違えでは無かった様だ。
「何がおかしいのよ‼︎私達死ぬのよ⁉︎」
俺がなぜ笑っていたのか気づかない様で彼女は俺の正気を疑ってくる。
「何故ってなあ?喋り方がいつもの女口調に戻っているからだよ、フハハハ笑いながらどこぞの貴族みたいにな口調で話してたんじゃないのかよ」
「…」
ハッと気づいた様で彼女は口元を隠しながら自分の失態に気づく。しかし今更戻そうとした所でそれは既に後の祭り、一度バレてしまったものはもう誤魔化せない。
「…いつから気づいてたんですか?私が私だと」
彼女は警戒を解かずに依然として俺との距離を保ちながらそう問い掛けた。バレた以上は隠すつもりはないらしい。
「アクセルでキースの状態を見た時から何となくそうじゃないのかと思ってたよ。バニルがなぜ友達を増やすかなんて意味不明だ、ならばゆんゆんが何かしらの暗示を受けたと思った方がまだしっくりと来る」
「そうですか…やぱっりバレちゃってましたか」
ああ残念私的にはうまく真似できていたと思ってたんですけど、と彼女は残念そうにそう言うと俺に再び向き直る。
「残念だったな。俺はこの街に来てからずっとお前と一緒にいたんだ動作仕草で大体の区別はつくさ…で結局お前の中で何があったんだよ」
「…そうですね。話せば長くはなりますが、簡単に言って仕舞えばキールのダンジョンで意識を失って気づいた時にはアクセルの街にいました。そこで私は気づいたんです、あのバニルさんの能力が使える様になっている事に」
「成る程な…バニル自身は何か言ってなかったのか?この力を使うが良いとか?」
「そんな事は一切、この仮面が離れない以外はあの人から何かされたと言う事はありません」
仮面を外す動作をするが彼女から仮面が剥がれる事はない。当然といえば当然だ、あの仮面には俺がセナからもらった札が貼り付けられている為、剥がすにはそれなりの手順が必要になる。
「それで、教会に行こうとか考えなかったのか?仮にもそれは悪魔だぞ」
いくらバニルが強いと言っても教会にいるプリーストの儀式を無意識の状態で受ければひとたまりもないだろう。
「ふふふ、そんなもったいないことする訳ないじゃないですか?この仮面が剥がれないのは嫌ですがそれでも何だかすごく気分がいいんですよ。今なら何でもできる様な気がします」
「成る程な…お前はそのままで良いと思っている訳だな」
「ええ、それで何かいけない事でもありますか?」
彼女は何も悪びれず今まで行ってきた行動に間違えなど無い当然の行いだったとそう口にした。
「いや、物事に正しいも間違いも無い。あるのはその人の都合だけだ」
「そうですよね、みんな自分の都合ばかりなんですよ。都合の良い時だけ友達と言って私が用があって近づけば友達じゃ無いとか正直その展開も飽きてきました」
そういえば前に酔っ払った時にそんな感じな事を言っていた事を思い出す。確かバイト代で散々おごらされた挙句、旅行とかではメンバーからハブられてそう言う友達じゃ無いとか言われたとか何とか。
彼女の行動は今までの人間関係の不和から来ているのだろう。
「そうだな、ゆんゆんお前はそう言う奴だったよな。だから街の住民をみんなキースの様な人形にしたって訳か?」
「ええ、その通りです。みんな私のことを友達と言って、それ以外のことは何もしない良い子達ですよ」
「しないと言うか何もできないの間違えだろ」
「いえいえ、カズマさんは何か勘違いをしていますよ。まあそうですね…私の友達を見たと言ってもキースさんくらいですもんね。あれはまだ初期段階ですよ、みんなこれからだんだん私の理想が染み込んでいって私の友達として生まれ変わるんですよ」
「あれの次が存在するのか」
「はいもちろんです。今度紹介致しますよ、昔と違って今の私には友達がたくさんいますから」
ふふふと不敵に笑みを浮かべるゆんゆん。しかし話しているとバニルがゆんゆんに何をしたのかおおよそ見当がついてくる。普段の彼女からは想像も付かない言動を見るにバニルは自身の記憶や思考を除いた能力の感覚を与え、彼女から羞恥心の感情を抜き取り代わりに傲慢さを増強させた様だ。
恐るべき凶行。引っ込み思案で恥ずかしがり屋な彼女から羞恥心を取り除けばこうなると予測していたのだろう。成る程、バニルが山を降りる時に言っていた面白い事とはそう言うことだったのか、物凄く悪趣味だ。
となれば俺がどうにかしてバニルの仮面をゆんゆんから引き剥がすことも想定していたことになる。
「ふざけやがって…あの仮面め…一度どついてやる」
「どつくですか?カズマさんは前の戦いで私に敵わなかったじゃ無いですか?そんな大太刀を携えても私に触れられない以上は無意味ですよ」
「確かにそうだな、少なくともあの時の俺じゃお前に触れることすら出来なかったさ」
「ならどうしてそんなに余裕な表情を浮かべているんでしょうか?確かに爆裂魔法を使えば私達もろとも吹き飛ばせますが、それですとカズマさんも死んでしまいますよ」
さあ、諦めて私と友達になりましょう、爆裂魔法もどうせハッタリでしょう?と彼女はそう甘言を言いながら俺の元へと歩み寄ってくる。
「それでお前は友達を増やしているつもりなのか?ゆんゆんの言う友達はそんな安っぽいものなのかよ」
「安っぽい?何を言っているんですか?」
「友達が出来たことが無いからって流石に捻くれすぎだろ?なあ、洗脳して簡単に友達なんてお手軽すぎだろ」
「…何が言いたいんですか?」
自身の考える友好関係の理想を否定された事により彼女の表情が曇る。
「友情っていうのは疑い疑われを重ねてやがて辿り着くものなんだよ。それを洗脳して作ろうなんておこがましいんだよ」
「何でよ‼︎カズマさんに私の何が分かるっていうのよ‼︎常に周りのみんなに取り囲まれてチヤホヤされて‼︎最初は私が居なかったら何も出来なかった癖に‼︎私の事なんか忘れたかの様に、いつの間にかクリスさんとかめぐみんとかと一緒に居る癖に‼︎」
後半は多分ゆんゆんの本音だろう。
やはりめぐみんの予想は当たっていた様だ。常々忠告を受けていたがすれ違いという奴だろうか、いつも一緒にいるから大丈夫だという慢心が彼女を傷つけてしまったのだろう。
だが、今はそんな事を気にしてはいけない。目的を忘れてはいけない。
「そんな事知るかよ‼︎いつも遠慮ばかりしてたら誘うコッチも気を使うんだよ‼︎ちっとはその引っ込み思案な性格をどうにかしたらどうだ‼︎」
もはや此処からは口喧嘩と言った方が良いだろう、より追い詰めた方が勝ちと言うシンプルなものだ。
「良い事を教えてやるよ、お前はこの後仮面を無理やり剥がされて次の日何事もなかった様にギルドに戻るんだ‼︎お前は良いかもしれないが、みんなはお前の事を軽蔑するだろうな‼︎だからと言って紅魔の里に帰ろうたってそうは行かないぜ、めぐみんに頼んで今回の件は里の皆んなに伝えておくからな‼︎友達欲しさに悪魔に魂売って街を乗っ取ろうとした卑しいボッチってな‼︎そうなればお前の居場所なんかどこにも無い‼︎どこにもいく宛がないお前はそのままこの街から出られず前みたいに受付のお姉さんくらいしか喋り相手がいない惨めな生活に戻るんだよ‼︎」
「…」
「現実はなにも変わらねぇよ‼︎例えそんなゆんゆんを受け入れてくれるコミュニティーがあったって無駄だからな、どんなに幸せな生活を過ごそうと今日まで行った悪行は消えはしない‼︎毎晩必ず夢に出る。お前は一生悪夢を見続けるんだよ‼︎俺が証明してやる」
「…るさい」
「何だよ?反論があるなら行ってみろよ?それともしばらく誰とも話さ過ぎて喋り方を忘れたのか?滑稽だな‼︎まあお前の友達はみんな人形だからそれでも大丈夫か‼︎本当に都合がいいな、お前の友達って奴はよ‼︎」
「うるさい…うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいーーっ‼︎」
ブツブツと呪詛の様な言葉を吐き出しながらゆんゆんは俺に向かって襲いかってくる。雷の魔法や炎の魔法、様々な魔法を緊急回避と幸運に任せた感で回避し距離を詰めると彼女は回避と攻撃を兼ねて跳躍する。
しかし、それが今回の計画の肝であり最も難しいとされるファクターだったが、何とか果たせた様だ。
「悪いなゆんゆん、この暴言の謝罪はまた後でな」
感覚…つまり体感時間をを引き伸ばす魔法を使いながらゆんゆんに謝罪する。
ゆんゆんが飛びかかり切る前に自身に支援魔法をありったけ掛ける。事前に魔法を唱えておき、いつでも発動できる様にするスキルを使用する。代償として肉体にかかる負担が増す諸刃の剣だがこの刹那的状況下でその様な事は言っていられないだろう。
背中の太刀を抜刀高速化で瞬時に抜き取り構える。
使うスキルは単純でシンプルな横切りだが、意図としてはカウンター技に相当し俺の会得できる技スキルの中ではこれが最も命中率補正が高い技になる。
故にこうしてゆんゆんを怒らせて飛び掛からせる必要があったのだ。
「あぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁあ‼︎」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ‼︎」
獣の様な咆哮と共にゆんゆんがこちらに飛びかかって来る。それに対して俺は限界まで彼女との距離を詰め込んで横切りを放った。
互いが交差しゆんゆんの手が俺の頬をかすめる。そして俺は手に持った太刀を何とかバニルの本体である仮面に合わせて切り抜けた。祈りを凝縮させた刃である以上手応えの様な感覚はないが、それでも視界では刃が通り抜けた事を確認できた。
「ぐはっ‼︎」
仮面を切り抜き勢いそのまま着地に失敗して地面に転がる。
強化の代償だろう、本来のプリーストの支援魔法に追加で狂戦士の痛覚切断に自身の筋リミッターを解除させる強化魔法など様々なスキルを使用した為、俺の体は負担に耐えきれず動かせば動かすほどに組織が破壊されていき、その結果腕や足に内出血の痣がすごいスピードで広がってくのが目視で分かる程にダメージを受けている。
「く…うっ」
ゆんゆんの方へ目を向けると、バニルとの統合に不具合が生じているのだろうか、地面の上で苦しみながらもがいている。
俺は自分の体に回復魔法をかけ何とか起き上がると、それと同時にゆんゆんも立ち上がった。
「く…何事かと思って目を覚まして見たらよもやこんな事になっていようとは…」
話し方がバニルの物に戻っている。どうやら仮面を太刀で切り抜けた事により統率者であるバニルの人格に戻った様だ。
しかし流石は魔王軍幹部と言った所だ、あの太刀を喰らって意識を保つどころかゆんゆんの体の主導権を未だに握っているなんて予想外だ。
「へぇ…まだ動けるのかよ。流石は魔王軍幹部だな。よくも俺の大事な仲間で遊びやがって‼︎一度その汚い仮面を切り裂いてやるよ!」
「遊んだ?失礼な事を言うでないぞ小僧。我輩はこの小娘から羞恥心を取り除き目的を果たすことに専念できる様に調整しただけであるぞ、それを遊ぶだなんて恥を知れ!」
「思いっきり遊んでんじゃねえか‼︎ぶっ殺そすぞコラ‼︎」
思考を読めない事をいいことにハッタリをかます。正直言って動けるのは残り一動作くらいだろ、それ以上は俺の回復魔法で補える範囲を超えてしまうので、例え命を犠牲にしても増える事はないだろう。
「ほう、いいのか?その様に強がってしまっても?その小賢しい太刀のお陰で見通せないが、それでも見たところ貴様も限界の様では無いか?」
「はっ‼︎笑わせるな、絶好調だこの野郎‼︎」
太刀を構え再び臨戦態勢に入る。
「ふむ、中々に強情であるな。このまま行けば貴様も死ぬぞ?」
「そんなの百も承知だ、人間を舐めんじゃねえぞ」
爆裂魔法がある以上バニルが逃げる事はないだろう。そもそも奴には破滅願望ある以上、余程無様では無い限り魔王軍幹部として最後まで逃げずに冒険者である俺に相手をすると思っている。
「では仕方あるまい…我輩は一応忠告はしたぞ」
「諄いぞ‼︎」
「フハハハハハハハハ‼︎そうであったな貴様とはそう言う奴であったな‼︎」
再び奴は構える、そのフォームはやはり本物である事を象徴する様に細部まで一つの無駄が無かった。どうやら人間に危害を加えない自身の掲げた制約の様なものを放棄して俺を倒しに来るらしい。そしてその後方法は分からないが爆裂魔法もどうにかして逃げるのだろうか?。
「あの小娘が支配している時に倒しておけばよかった物を、貴様にしては詰めがだいぶ甘かった様であるな‼︎」
掛け声と共に奴は跳躍しようと足に力を入れる。
が、しかし。
「くぅ…何なのだこれは⁉︎あ…脚が動かん‼︎」
バニルは跳躍しようと足を伸ばした所までは良かったのだが、そこから先に進む事はなく、ただその場で足を伸ばした体勢で硬直してしまい、動かそうにも脚が痙攣を起こしている為動き出せないようだ。
「ふっ…どうやらお前の足は言う事を聞かないみたいだな、と言う事は今のお前は差し詰め翼をもがれた鳥だな‼︎」
どうやら先程の攻撃の後、奴は取り繕い無傷を装っていた様だが、実際には制御関係が乱れたままで脚が動かない様だ。
「おのれ小賢しい真似を‼︎こうなってしまっては流石の我輩も形無しになってしまうな…。だが…それでも吾輩は魔王軍幹部‼︎地獄の公爵バニルである‼︎死に方にも意地と言うものがあるのだ‼︎」
自身の持つプライド故か、奴は痙攣する足を気力で無理やり動かしながら物凄い気迫で此方ににじり寄って来る。
ここで引く物なら相手に失礼という物だ。
「引かぬ‼︎媚びぬ‼︎省みぬ‼︎ 公爵である我輩に逃走はないのだ‼︎」
奴は最後の叫びを上げながら両手掌を地面に突いて肘を曲げ、再び伸ばす時に出る運動エネルギーを利用しながら再び跳躍して俺の上方へと舞い戻る。
「心して食らうが良い小僧‼︎」
「ああ、お前もな‼︎」
突き出されるバニルの両手刀を眼前に俺は構えた太刀で迎え撃つ。
多人数の戦いであれば勝敗の決着までに多大な時間がかかるが、この様な一対一での戦いであれば勝敗の行方などは呆気なく付いてしまうものだ。
奴に余裕はなく俺にも余裕がない、そうなれば小細工なしの実力勝負になると言う訳だ。一度弱点である浄属性である太刀によって斬られているバニル、そして肉体に途方もない負担を強いて力を得る俺。
両者が交わった故に訪れた結果は俺の勝利だった。
「クソ…このような小便臭い小僧にこの我輩が負けようとは…」
二度目の仮面への攻撃に流石に耐えきれなかったのか、ゆんゆんに張り付いた仮面はようやく剥がれ地面を転がりながらボロボロと粉々に崩れていった。
「流石に今回は危なかったぜ…」
最初に洗脳の光を浴びたらどうしようかと思ったが、爆裂魔法の脅しが予想以上に効いていた様で最後まで発動する事はなかった。
ゆんゆんの安否を確認したい所だが、体が全然言う事を聞いてくれず動けなくなってしまっている。太刀は重く無い筈なのに手からこぼれ落ち地面を転がる、不思議に思い両腕を見ると気持ち悪いくらいに紫色になっている。
どうやら無理をしすぎた様で、両腕ともだらんと脱力し動かせなくなってしまう。何故冷静でいられるというと痛覚遮断を使用している為、痛みは全くもって感じないのが最たる理由だろう。
これは後で痛い目を見るな…
魔法陣は今尚も出続けているので止めたいのだが、両腕が上がらないので合図が出せない。
腕も上がらないしどうしようかと思っていると、突然目眩が現れそのまま膝から崩れ落ちた。