その後俺は旅行券片手に屋敷へと戻る。
めぐみんに朝教会を出る前に屋敷に戻ると伝えているので、中に入るとラウンジで既にソファーに横になって寛いでいた。
「おや、ようやく二人ともお戻りですか、待っていましたよ。この時を」
出迎えてくれためぐみんは、何故か死んだ様な目でこちらを見ながらわざわざ倒置法を用いて俺たちの帰りを迎えてくれた。
「どうしたのめぐみん?」
後ろから心配そうに何があったか聞き出そうとするゆんゆん。
しかし、めぐみんはそんなゆんゆんにお構いなしにのそのそと近づいて来る。そしてジーと俺らを眺めた後にその口を開いた。
「や…屋敷の…掃除が…追い付きません‼︎」
「「な…何だって⁉︎」」
驚愕の声が屋敷中に響き渡る。
それもその筈、この屋敷の掃除当番は3人休みなしでローテンションをしてようやく何とか回っていた所だったのだが、今回の騒動で二人が当番から外れてしまったので、それを彼女一人で負担しなくてはいけなくなってしまい、掃除に手を回す暇などなく今に至る様だ。
確かに、言われて気づいたがこの広い屋敷を一人で掃除し切るなら殆ど一日を使い切らないと無理に近い。かと言ってめぐみんは俺達の見舞いや各種手続きを任せていた以上掃除に時間を掛けられるほど暇ではなかっただろう。
旅行券が当たり調子に乗っていたツケが返ってきたのだろうか。少しでも負担を減らそうと先程まで掃除をしてくれていためぐみんの表情を改めてみると疲れ切っている。
「よし、仕方ない‼︎今日中に終わらせて話の続きをするぞ‼︎」
パンと両手を合わせ鼓舞する。
めぐみんは旅行券の話を知らないので頭に?マークが浮かんでいるが詳しくはまた後に話をする事にして早めに掃除を終わらせなくてはいけないのだ。
「ふー何とかなったな!」
「そうですね…正直に言えば明日になってしまうかと思いました」
疲れためぐみんに回復魔法をかけ、その後俺を含めた3人に支援魔法をかけようやく屋敷の掃除が終わった。
正直に言えばめぐみんが先に少しやっていてくれなかったら危なかったかもしれない。屋敷にはたくさんの部屋が配置され誰も使用していないため埃が大量に積もっている分大変なのだ。
「それで、何か話したいことがあるような事を言っていましたけど何かあったのですか?」
「そうだった掃除に夢中ですっかり忘れていたよ」
3人ともラウンジでグッタリとしながらも掃除を終えた達成感に酔いしれているとめぐみんが思い出したように聞いてきた。
危うく忘れるところだったとポケットから大事にしまっていた旅行券を引っ張り出す。
「見て驚けよ‼︎さっきクジ引きを引いたら当たったんだよ‼︎アルカンレティア2組様の旅行券が‼︎」
思わず俺も倒置法を使い説明する。その姿はまるで言葉を覚えて使いたがる小学生のようだった。
「え?あのアルカンレティアですか?」
喜びの余り狂乱すると思っていたが、どうやらそうでは無くむしろ何処か嫌な表情を浮かべる。色々な所を回ってきた彼女の事だ、もしかしたら一度アルカンレティアで過ごしたことがあるのかもしれない。
なので一緒に喜べない事に後ろめたさを感じているのかもしれない。
「まあ、取り敢えず2組様案内だから後一人誘えるからな。誰か仲の良い奴とかいるか?」
「「…」」
俺の何気ない言葉で先程まで賑やかだった場の空気が凍りつく。
「あっ…」
自分で言って、言った事に後悔する。
そう、このパーティーメンバーは内輪の結束が強すぎるが故に外の方達とは若干疎遠なのだ。特にゆんゆんに至っては俺に会うまでは言葉を発さない日もあったらしいし、前回の事件があってからまだ日が浅い。めぐみんも仲間になったパーティーから迷惑がられている節がある。それに俺も代替の聞く冒険者で中々関わる機会もない。
そうなってしまってはもうお手上げなので仕方なしに3人で行く事にする。
「…仕方ない3人で行く事にするか」
頭を掻きながら仕方ない雰囲気を出しながらそう言い取り敢えず話を進める。この議論を続けると朝までそもそも友達とは?などとよくわからない定義を決めるだけで朝まで時間をかけてしまいそうだ。
大体急に温泉に行くだなんて決まって、メンバー以外の人員が早急に見つかるなんてそうそうないのだ。そもそも急に誘って決まるなんて小学生までだろう、皆それぞれに事情というものがある以上それを慮る事が大人というものだ。
…まあ、予定を期限ギリギリまでずらせばどうにかなりそうだが、それはそれで面倒なのでそういう事にしておく。
「まあ、そうですね。折角のパーティーなのですから、無理して貧乏臭く他の人を誘わないでたまには3人で行こうじゃないじゃないですか」
俺の放った適当な発言に納得するかの様に腕を組み頷きながらめぐみんはそう言った。なんだかんだ言って3人で遠くの方へ行った事はなかったなと思い出す、俺も思った通り今回は3人で行った方がいいだろう。
「わ、私も3人で行った方がいいと思ったわよ‼︎」
それに便乗してか、ゆんゆんも食い気味にそう言った。彼女の事だ、多分になるけど他のメンバーを誘ってワイワイ行きたかったみたいだがこの世界にも多数決の理論がある為、みんなの意見に反対は出来なかったのだろう。
それに誘うと言ってもおおよその予測はつく、おおかたリーン辺りを前回のお詫びと言う大義名分で誘うのだろう。それも別に構わないのだが、そうなればほぼ確定でダストらが付いてくるだろう。しかも金銭は俺ら持ちで、そうなれば折角の湯治も台無しになってしまうので、やはり今回は3人で行った方が良いだろう。
「と、言うわけで明後日の朝には出発するから明日まで準備よろしく‼︎あ、言っとくけどおやつの金額に制限は無いからな」
適当に決めたルールを説明し、準備を促す。
何故明後日になったかは二人には説明しなかったが、その理由は単純なもので単に何か事件があったら嫌だからだ。ここ最近ベルディアといいバニルといいたて続きに事件が起こりすぎている、今現在はバニルの後で落ち着いているが、油断すればまた直ぐに事件だなんだ起きそうなので、安全な今の内にさっさと行って楽しんでおかなければまた何か事件が起きてしまいそうな嫌な予感が拭いきれないのだ。
本当であれば明日にしたいのだが流石に明日は掃除の疲れがある為それでは酷になるので、丁度疲れが取れる明後日にする事にしたのだ。
「分かりました」
二人の返事を受けてから部屋を後にする。
自分に当てられた部屋に戻ると、掃除した筈の部屋の窓が曇っている。どうやら拭き残した洗剤だろうか?と思いながら近づくとそこにはお礼の文字が書かれていた。
手で拭うとその文字は呆気なく消えてしまう。どうやら誰かが息を吹きかけて曇らせた所に指か何かで文字を書いたようだ。
犯人はおおよそ見当がついているが、だからと言って俺から何かできると言うわけでは無いのだ。相手は幽霊である以上退治することは出来るがそれ以外のことをこちらから出来ることはないのだ。
「…はぁ」
まあ、特に害は無いしアンデットモンスターと対峙した経験が短く無いので耐性も出来てきた気がしなくも無い。それに干渉してきた内容がお礼を言うだけならこちらとしても動く必要はないだろう。
部屋の電気を消し布団に潜るとそのまま目を瞑り眠りに落ちる。
朝目覚めた俺は、普段なら二度寝をする所を素直に起きてそのまま街へと繰り出した。
まだまだ冷え込む中、俺は事前に買っておいた予備のコートを羽織りながら重い足取りでウィズの店に向かう。
内容は単純に旅行に必要な物資の購入と、アルカンレティアまでの往復の時間や名物などの情報を聞きに行こうかと思っている。そして何故足取りが重いかと言えば単純に店でバニルが働いている為、殆ど間違えなく思考を読まれて辱めを受けるであろう事が予想できるのでそれが憂鬱だ。
「邪魔するぞー」
朝早いと言っても、俺の生活サイクルと比べて普段より早いだけなので店が開店前で開いていないと言う事は無く、扉を開ければそこには店の従業員が俺の予想通り働いていた。
「何?邪魔するだと?普段から真面目に働きながらあまつさえ余計な事しかしないポンコツ店主に代わり店を切り盛りしている我輩の仕事を邪魔しようと言うのか‼︎」
「そんな‼︎酷い‼︎私の事そんな風に思っていたんですね!」
扉を開けて早々酷い言われようだった。ついでにウィズも巻き込まれ彼女は涙目でポンコツ店長の名前を撤回するように訴えていた。
はーやれやれと困った人間どもだ、とバニルはそう言いながら一人勝手に呆れ返っていた。いつかお灸を据えてやりたいがそれはまた夢の夢だろう。
「ほう、珍しい客人かと思えば小僧だったか。何々…成る程な、アルカンレティアに行くからその準備というわけか、それで物資を我が店で揃えようと言うのだな。小僧にしては中々に殊勝な心がけだな、貴様のその行いの褒美にこのバニル人形をくれてやろう。なに遠慮するな、昔に作ったのを忘れて埃をかぶった物であるが中々のものであるぞ」
「わーそうなんですか⁉︎と言うことは福引を当てられたんですね!おめでとうございます‼︎」
天国と地獄が同時に襲いかかってくる。バニルに至ってはそもそも何がしたいのか行動の意図が読めない。だが、だからと言って帰る訳にはいかないので陳列されている商品を眺め品定めする。
「そうだ小僧、貴様時間は空いているか?少し話したい事があるのだが」
「あん?」
旅行に役立ちそうな商品を眺めているとバニルから声がかかる。おおよその事なら一人でこなせる悪魔が一体俺に何の用なのだろうか?
「貴様、何やらよく無い事を詮索しようとしているな」
「いや別にいいだろ?一々人の心を読むなよ面倒くさい」
「ほう、我輩にそんな事言ってもいいのか?あまり失礼な態度を取るのであればあの…」
「はいはい分かったからお前は黙っていろ‼︎」
何かを言いかけるバニルの口を塞ぐ。コイツに喋らせると本当にロクな事が起きない、やはりあの時復活しないように手心を加えて封印しておけばよかったぜと思わずにはいられない。
「それ何か用でもあったのか?この後も用事があるから早めにしておいてくれよ」
「…まあ、この後本当は用事はない事は分かってはいるが我輩も無意に時間を潰したくは無いのでな出来るだけ早めに話を済ませてやろう。うむ、そんなに心から感謝しなくても良いぞ」
「心を読める事をいい事に人の考えをでっち上げるんじゃねえぞ」
「まあ、そんなどうでもいい事はさておき、さっさと話を済ませてしまおうでは無いか」
そう言いながらバニルは店の奥の部屋に俺を案内する。前にウィズにスキルを教わりに行った部屋とはまた違い、新設したのか豪華な客間のような部屋に若干の戸惑いを感じる。
「何が目的か?と考えているようだな。その辺は安心するがよい、別に取って食ったりする様な野蛮な事はせん」
「逆に食われたら怖えよ」
部屋に設置されたソファーに腰を降す。座り心地は客間に設置されているだけあって中々に腰にフィットする様で悪くは無い。
俺が座った事を確認すると奴は俺の正面の席に座り何やら封筒に仕舞われていた資料を俺に向けて渡す。
「何だこれ?」
「まあ、簡単に言えば契約書のようなものだ。貴様が何処から来たのかは貴様自身が一番よく知っているであろう。そこでだ、小僧、貴様のいた世界の道具をこちらで作って売買する気はないか?」
「あ?」
いきなり突飛押しない話に唖然とする。
そんな俺を見かねたのかバニルは話を続ける。
数十分に及ぶバニルの長い講演に近い話を聞きまとめると、俺の世界について見通した結果、この世界にはないアイディア商品がが俺の元いた世界には多く存在するらしく、俺と協力してそれらをこの世界で再現して商品化しようと言う話だ。
まあ、悪い話ではないが、この案件を持ってきたのはバニルである以上どうも胡散臭さが拭い切れない。相手は悪魔である以上俺の意にそぐわない形で契約が履行されてしまう可能性があるので後々何かあった時に怖いのだ。
「まあ、貴様の事だ、どうせ我輩の事を信じられないと思っているだろう事は予想済みである。なのでこうして契約書を持ってきた次第なので早々に読んで欲しい」
思考が筒抜けなので感情をいちいち誤魔化したりはせずに奴の差し出した資料を奪うように引っ張り内容を確認する。書かれている内容はソーシャルゲームの規約のような内容がメインで、特に問題がないように見えるがバニルのことだ、きっと何処かに俺の不利な内容が書かれているのではないのか?と疑心暗鬼になり書類の隅々まで舐め回すように眺め確認し任侠映画に出てくるエリート皮肉営業マンがいいそうな文言がない事を確認するが、特に書いてある事は一般的なもので問題がないように見える。
「それで暫くその物を再現した物を俺に作れって事だな」
物を売るにもまずその現物が必要になってくる、それを最初に俺に作らせてそれを奴自身が評価してそれが良ければ量産して販売し、その売り上げから幾らかを俺に報酬として渡すという形式になっている。それとは別に商品の利権を売るという形もあり、それになれば一度に大金が手に入るという形になる。
目減りする貯金を気にして毎月の配当のようにするか、売れ続けるかは運になるので最初に大金を受け取るという物も悪くはない。
「そうであるな、まあまだ急ぐような時でないのでゆっくりと温泉にでも浸かってくるが良い」
どうしようか悩んでいるとバニルが気を使ったのか決断までに猶予をくれるらしい。他の冒険者にも誘いを掛ける予定でもあるだろうか、もしそうならは早い段階で決めなければいけない気がしなくもない。
タイムイズマネー、時は金なのだ。
「分かったよ。取り敢えず前向きに検討して暇があったら考えておくよ」
社会人が断る際に使う常套文句をかましこの場を切り抜ける。別に断るつもりは無いが、念のためと言う逃げ道を作っておかなければ後々何かあった時に困る事になる。
「ふむ、何だか腑には落ちないが貴様が前向きに考えている事は分かった。であれば此方から強く言う必要はあるまい」
ではそのまま買い物を続けて帰るが良い、と奴はそう言いながら部屋のドアを開けて俺の退出を促す。
「あーはいはい、用が済んだら出て行けって事だな」
適当に嫌味をかまし部屋を後にする。まあそれ以外に何かあったらそれはそれで嫌だが…
豪華な部屋を後にして元の商品棚のある部屋に戻るとウィズが何だったのでしょうか?と不思議そうに此方を覗いているが、この事を説明するとまた空回りして良からぬ事をしでかしそうなので止めておく。
適当に品を選び会計を済ませる。
荷物を纏めて屋敷に戻ると二人とも外出しているのか姿が見えない。二人で何処かに買い物にでも行っているのだろうか?
取り敢えず纏めた荷物を崩してそれぞれ用意した鞄に詰めていく。食事関係は足が速いので明日買うとして他に何か必要かと考えると特に思い当たらないので適当に武器防具でも見に行こうかと思う。
「やあ、奇遇だね。もしかして探してた?」
「いや別に」
「えぇ…人が陽気に話しかけたのに君は随分と冷たい事言うんだね」
どうしようかなと漠然とした気持ちできながら武器屋に向かう途中偶然クリスにバッタリと遭遇する、凛とした普段の表情は朗らかに緩んでおり何かいい事でもあったのか随分とご機嫌だった。
「冗談だよ。それで?クリスこそわざわざ俺に話しかけるくらい何だから何か用でもあったのか?」
「いや別に無いよ」
「無いのかよ…」
これが俗に言う呼んだだけと言う奴か…いや違うな。
「だったらここで稽古でもするのか?俺は別に暇だから構わないけど」
「…あーまあ普通ならそうなるよね…うん、分かったよやろう」
クリスは何かがっかりしたような表情を浮かべながら公園へと俺を案内する。この短い間に一体何かしたのだろうか?
何にせよ何も言われない以上改善のしようがないので此処は何も考えないようにして彼女の示すがままについていく。まあ仮に指摘されてとしても従うつもりは無いのだが。
「それじゃあ始めようか。えっと何処まで教えたっけ?」
公園に着いて早々質問が来る。
「此の間は攻撃の方法を教えてくれるって言ってなかったけか?」
「そうだったね、ごめんすっかり忘れていたよ」
恥ずかしそうに頭を掻きながら彼女はそう言うと、何処からか持って来たのか分からないがいつの間に腰に帯刀していた木刀に手を掛ける。しかも鞘の付いているあまり見かけないタイプのそれに若干の違和感を感じる。
「それじゃあ今の君の実力を見たいから掛かってきなよ」
そう言いながら彼女は俺に同じ様な、と言うかほぼ同じ規格の木刀を投げながら俺に渡す。今回はこれを使えと言う事だろうか?
彼女はそう言いながら木刀を鞘から引き抜き前に構えると、不適に笑いながら俺を挑発する。
「随分といきなりなんだな…まあ別に俺は構わないし手っ取り早いから良いんだけどさ」
満更でもなさそうな態度で腰に掛剣を鞘から引き抜く。ちゃっちそうな作りに反して物は良い様で、柄の摑んだ感覚はそこら辺の木刀とは一線引かれた様な気さえ感じる程芯の通った物だった。
木刀を握り前に教わった構えでクリスと相対する。残酷な事にこうして実力をつければ付けるほど彼女と俺の実力の差が明確に分かる様になってくる。
「どうしたのさ?いつもみたく掛かって来ないの?」
どの様に行こうか攻めあぐねていると不思議そうに彼女が尋ねてくる。
単純に言って今の彼女に隙が全然見えないのだ。まあ無いと言っても全然無いと言うわけでは無いが、それでも目に見える形で存在する隙はどう見ても罠である可能性が高い。
「分かったよ」
来いと言われて行くのも何だが、それでも行かなければそもそもの修行にならないのだ。
返事と共に木刀を構えてクリスに向かう。
基本的にクリスとの戦闘訓練に関して攻撃系の技スキルは禁止となっている。スキルによる技はかつての使い手の技を再現出来る代わりに動きが型となって読まれ易くなってしまうのだ。
ならばどうすれば良いのかと言えば単純に自分で考えた技で応戦するしか無いのだ。スキルによる技の再現の途中の体は絶対的に動きの制限が出てしまうが、自身で考えた動きに制限は掛からないので応用が効くとの事で、暇な時があったら考えておいてと言われていた事を思い出す。
なのでこうして適当に考えついた型でクリスに斬りかかるが、彼女はそれをいとも簡単に弾き、俺の腕が上に挙がった隙に俺の懐に潜り込むと木刀を持っていない方の腕で俺の鳩尾に掌底を食い込ませる。
「ーーっ‼︎」
内臓がひっくり返る様な痛みに思わず声なき声で叫びながら悶える。
本来は地面に転がりながら痛みが引くまで待つ所だが、それを今してしまえばクリスの追撃を招く事になってしまうので全身に力を入れ気合で痛みを誤魔化し耐える。
「これを耐えるなんて、意外にやるね。日々の鍛錬を欠かさなかったからかな?」
「それは…どうだったかな‼︎」
再び木刀握り直し、再び構え直して彼女に相対する。
相変わらずこちらの攻撃はクリスに当たることは無く、反対に彼女の攻撃は俺に外れる事なく的中する。
「クソッ‼︎これじゃ修行にならないだろう‼︎」
悪態を吐きながらも反撃の応酬に対応する。クリスは一見攻撃している様に見えるが、何回もボコボコにされている内にただ俺の攻撃に対して反撃しているだけでしか無い事に気づく。
成る程な、と心の中で思う。実戦では攻撃をした際それが中途半端であったなら反撃を必ず受ける。考えている事は当たり前だが、実際は反撃を予想して攻撃を詰めていき隙を作り大振りの攻撃をとどめに持って行くのがセオリーなのだろう。
まあ、だからと言ってここまでやる必要はあるのかと言われればどうなのだろうかと疑問は残るが。
考えを改め直しクリスの反撃を予想しながら攻撃を放ちながら彼女を追い詰めて行く。
重心と足運びに細心の注意を払いながら木刀を横に薙ぐと、彼女は上体をそらして躱し体勢を立て直す際の力を利用しながら反撃の一閃を放つ。無駄のないその横一線の振りを跳躍を用いてギリギリで躱すと、その落下エネルギーを木刀に乗せながらクリス目掛けて縦に振り下ろす。
彼女はそれを体を横に半回転させる事で避け重心移動を変える際に彼女は自身の後方へ片足を地面に着き体勢を変えると、そのまま構えを突きへと流転させ俺の頸部目掛けて放つ。
「マジか⁉︎」
あまりの身のこなしに驚愕しつつ、極限状態の為か視界の映像が動画のコマ送りの様にスローになり、それによってズレる意識と体の動きの感覚を上手く合わせながらもその突きを体を逸らして躱す。
「そう言う君もやるね」
クリスの口から称賛の言葉が放たれたと思うと突然足元感じた浮遊感と共に視界が一転して一面青空へと変わる。
「うわっ⁉︎マジかよ、いつの間に‼︎」
浮遊感は背中の衝撃に切り替わり痛みへと変わる。どうやら俺の突きを交わす事を一応視野に入れて予防線を張っていた様だ。
彼女は突きをした瞬間に反対の足を自身の後方対側へと滑らせバランスを安定させ、フリーになった踏み込みに使用した方の足で俺の隙だらけの足を刈り取ったと言うわけだ。
「うんうん、まさかここまで来るとは思わなかったよ」
「思いっきり反撃して来たくせに何言ってんだよ、いじめか?」
地面に寝そべりながら呼吸が安定しないので肩で息をする。あれからバニル等々色々相手立って来て自身の実力も上がって来ていると感じたのだが、どうやらそんな事はなくこうしてクリスにボコボコにされているわけである。
「これなら最低限の基準は大丈夫そうだね。よし、それじゃあ今日から攻撃に関しての訓練をして行こうか」
ポンと手を叩きながら何かに納得した様に頷く。どうやら今までの組み手はテストの様な物で本当の練習はこれかららしい。
「いやもうさっきの短時間のやり取りで大分疲れたからまた今度にしないか?」
「何言ってるの?疲れさせるのも作戦のうちだから大丈夫だよ。大体最初は余計な力が入っちゃうからね。こうして疲れれば余計な力が入らなくなるって訳さ」
「何そのスパルタ理論、この後何させられるのか怖ぇよ‼︎」
よく漫画で修行中に技を練習して疲れ切った際にようやく成功すると言う話があるが、まさか自分自身がそれを体験するとは思わなかった。
肉体的と言うか精神的に疲労した体を立ち上がらせる。幸いにも怪我はないので動く分には問題はない。
「それで、結局何からやるんだ?」
「そうだね、まずは動きについて説明しようか」
そう言いながら彼女は落ちていた木の棒を拾うとそれを筆に見立て地面に絵を描き始めると、描かれた絵に合わせて説明を始めた。
「まずは構えだね。大体は聞いた事があると思うけど上段・中段・下段の三段階に分けられるんだ別の言い方になると天・地・人にも分けられるんだよ」
上段は大きき振りかぶった状態で、攻撃の隙が大きい分その威力は絶大になっている。中段は大体の人が使う構えでバランスに特化している分決め手にかける。下段は足元を掬う様に斬撃を繰り出すもので、スピードが速い分威力は低く頭がガラ空きになる。
「それでこの構えを時と場合に分けて繰り出していく訳になるんだけど、それを流転と言うんだよ。文字通り流れに転じる訳でぎこちなければ大きな隙になる訳だから気をつけてね」
時と場合に応じて構えを変える、一見簡単そうに聞こえるが、常に変化を続ける戦闘において状況を読みながらそれに適応した構えに合わせると言うのは中々に至難の技と言えよう。
「後、重心の移動で流れる様に動いていたのは流水って名前だよ」
「へぇーそうなのか、色々あるみたいだけどいきなり言われてもなあ?」
「…まあ君ならそう言うと思って、こっちも色々考えて来たから任せておいて」
呆れた様にため息を吐くと、彼女は徐に装備を最低限に外して木刀一本の装備になる。木刀だけと言っても服は着ているので安心して欲しい。
「いいかな?これから上段中段下段の構えと動きを合わせた舞を見せるから君はそれを真似して見て」
彼女はそう言いながら目を瞑り精神を安定させる。これを不動心と言い何事にも動じない不変的な心を指すらしい。
「はっ‼︎」
呼吸を整え精神統一を済ませた彼女は自身の掛け声と共に、文字通り流水が如くまるで流れる川の様に一切の無駄のない動きで上段中段下段の動きを組み合わせながら演武を行なっている。
この動き全てがクリスの意思によるもので、スキルによるアシストが無い状態で行えている状況に言葉を失う。踊り子ですらスキルを取ってから練習すると言うので、今まで彼女が行って来た努力を考えるととこれから自分が真似できるのか思わず不安になる。
一通りの動きを眺める。動きの練習と言う名目だが、彼女の動きを見るだけで金銭の請求が発生しそうな程にその動きは洗礼され優雅で美しかった。