今回は少し汚い表現がありますので注意です。
六花の少女1
「マジかよ⁉︎」
「はい…大変申し訳無いのですが何も思い出せないです」
金髪碧眼の少女は申し訳なさそうにそう言うと、自身の着ていた服を掴む。
格好をよくよく見て見れば、冒険者がよく着るような革などの防御性能が高い服ではなく、どちらかと言えばシルクなどの着心地を追求した質の良い素材で出きているような気品を感じる。
状況からして何かしらの事件に巻き込まれ色々とダメージを負った事により記憶を一時的に失ったようだ。
それか誰かしらに記憶を消された可能性もあるが、そんなありきたりの漫画のような展開があるとは考えづらい。
まあそもそも異世界転移自体が漫画の物語そのものなんだが…
「成る程な…名前も思い出せない感じか?」
「名前ですか?」
多分覚えてはいないとは思うが一応ダメ元で聞いてみる。名前さえ分かればそこからこの少女の所在やらを探ることができるので、今尚心配しているであろう彼女の保護者達に連絡を取ることができるかもしれない。
「そうそう、ファーストでもミドルでも良いからさ」
「そうですね…頑張って思い出してみますね」
うーんと可愛く唸りながら彼女は考えるように立てた指を口元に当てポーズをとる。
「名前…なまえ…あ、あい…アイリ…何か足りない気がしますが私の名前はアイリでしょうか?」
「いや俺に聞かれても分からないんだけど」
ピコンと頭上に電球が浮かび上がったような雰囲気を醸し出したかと思うと、思い出したのか彼女は自身のことをアイリだと言い出した。
多分それが彼女の名前なのだろうが、それはフルネームでは無くファーストネームの方だろう。できれば本名全て思い出してほしかったが、そこまで上手くいくほどこの世界は甘くは無く現実は残酷だ。
「…成る程な、家柄の名前までは分からないけどよろしくなアイリ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
やはり金髪で碧眼なだけあってか何処かの貴族の令嬢なのだろうか?
少ないやり取りだが、彼女の仕草言葉遣いに俺達とは違う気品のようなものが不完全だが見え隠れしているのが窺える。上等な教育を幼い頃から受けており社交性という名のマナーが行き届いていてもはや癖というか人格となっているのだろう。
「名前を思い出すときに一緒に他の何か思い出せなかったか?家族の名前とか」
「いえ、申し訳無いのですがアイリという名前以外一切思い出せません…しばらく時間を開ければ思い出すかもしれませんが」
「いや、無理に思い出さなくて良いからな。下手に思い出そうとしてトラウマ的何かがフラッシュバックしてきても大変だからな」
彼女の風貌からして何かしらの事件に巻き込まれている可能性がかなり高い。
これも漫画の受け売りだが、一家惨殺事件に巻き込まれ傷を負ったアイリの家族が命からがら河に投げ捨てて一命を取り留めた可能性がないわけでは無い。もしかしたら目の前で家族が殺されてその時のショックで記憶の門が閉ざされている可能性もある。
そんなトラウマを超えてPTSD級の記憶を呼び起こそうものなら、このくらいの少女の精神力では今度は耐えきれず記憶喪失ではなく精神崩壊を起こしてしまうだろう。
それだけは何としてでも防いであげたいのだ。
「それで…私はこれからどうなるんですか?」
「ん?ああそうだな」
そう言いば彼女をどうしようか考えていなかった事に気づく。
取り敢えずは傷だらけだったので助けることを考えていたので、それからの事を考える余裕がなかったのだ。
「取り敢えず俺の用事が終わるまで付き合ってもらってそれから街の住人に君のことを聞きまわるか」
「そうですね。これから何をされるのかはわかりませんが私一人では何もできないのでお願いします」
ペコリと彼女は頭を下げると俺の隣にちょこんと座った。
ここからアクセルはそこまで遠くはないのでもしかしたら関係者が住んでいるかもしれない。
世間も意外と狭く、もしかしたら俺が知らないだけで他の住民が彼女の事を知っている可能性もなくはないのだ。
と言うかダクネスの姉妹か親戚の可能性はないのだろうか?
あいつも金髪碧眼と同じような特徴をしているし、何かしらの接点があっても良いだろう。
…いや、流石にそれはないだろう。
その理論が当てはまるなら、黒髪黒目の日本人は全員親戚となってしまい日本人皆兄弟的な感じになってしまう。
「それでアクセルっていう街に向かうんだけど、それまで暇だから取り敢えず持っているものだを出してくれ」
「持ち物ですか?申し訳ないのですが生憎お金になるようなものは持っていません、お礼なら記憶が戻ったときに必ずお返ししますので…」
「ちげーよ⁉︎俺を何だと思ってやがる!持ち物から何か手がかりがあるかと思って聞いただけだよ」
「そうだったんでしたか…私としたことがつい結論に急ぎすぎました。持ち物でしたらポケットに何かとこの指輪ですね…」
そう言いながら彼女はポケットから何かを取り出し地面に広げると続いて指から指輪を抜き取り俺に渡す。
鑑定スキルを使用しそれらを確認すると、ポケットに入っていたものは基本的に小道具のようなもので特に価値はなかったが、元々腰に下げていた細剣とその指輪からはとてつも無い価値があるのか、俺レベルの鑑定スキルでは価値のつけられないほどの特殊な何かが付加がされている事がわかる。
「取り敢えず指輪はしとけよ、無くすと大変だからな」
「わかりました」
指輪を彼女に返しすぐはめる様に指示を出す。こういう小さい装飾品は基本的になくなりやすいので装備できるのであれば身につけておいた方が後々無くすリスクがなくなり安心なのだ。
それとこの細剣か、これは何やら刻印がされているようだけど河を下降している時に彼女の代わりに岩にぶつかったりしたのかすれたり削れたりして良く読み取れないな。
「残念だけどこれだけじゃ分からないな」
「やっぱり駄目でしたか…」
「まあでも気にすんなよ。これから行く所は色々な胡散臭い物が売ってる所で、もしかしたら記憶を元に戻す薬とか売ってるかもしれないから何とかなるかもしれない」
「そ、そうなんですか…それは信用して良いものかわかりませんが、なんだか面白そうな気がして興味があります」
意外と好奇心が強いのか、その店について詳しく聞かれウィズとの出会いから説明してやる事にした。
アクセルに着き、馬車を降りるとちょうど良い時間帯だったので、彼女には悪いがボロい格好のままウィズの店にいるバニルの元へと向かう。
時間帯的にあまり外に人が居なく彼女が人の目に晒されることはあまりなかったが、それでも人目についてしまいコソコソとダウンしためぐみんを引きずりながら運ぶ時と同じような目線に晒される。
やはり一度彼女を着替えさせたほうが良かったなと思ったが、今反対側にある洋服屋に向かうとどんなに早く服を見繕ったとしても遅刻は免れないだろう。
「悪いな、汗臭いかも知れないけどこれを羽織ってくれ」
「そんなとんでもありません、ありがとうございます」
やはり彼女も女の子なのか周りの目線に思う事があったのか俺のマントを受け取るとそのまま羽織るように肩にかけた。
一応衛生魔法を使ったのだが、昨日から着替えていないのでとんでも無いくらいに失礼をかましているかも知れないが下手な噂を立てられるよりかはマシだろう。
「成る程‼︎貴様が紅魔の里から帰ってきたときに起こり得る未来が三つほど見えていたが、よりにもよってこの未来を選択してくるとは‼︎」
「ーーっ⁉︎」
奴のいる店に入るとそうしないといけない決まりなのか、大声で待っていましたと言わんばかりにバニルが何かを言いながら出迎えてくれ、それに対して耐性がないのかアイリはびっくりしながら腰にかけた細剣の柄に手を掛ける。
「驚かせてごめんな、こいつはそう言う奴だから」
「…はい。ごめんなさい」
バニルに警戒する彼女を宥め剣から手を離すように伝える。
わかっているなら先に行って欲しい物だが…そういえばこいつなら彼女の記憶を思い出させることはできなくてもその周辺の情報を洗い出すことができるんじゃないのだろうか?
「あら、可愛いですね。剣を下げてますのでサトウさんの新しいお仲間ですか?」
「…まあそんなもんかな?」
「アイリって言います、よろしくお願いします」
子供の客が来るのが珍しいのか少し楽しそうにウィズが相手をし始めた。
ここで変に奴に頼るよりかはそのままウィズに任せてみてもいいだろう。奴に頼って後々めんどくさい事を押し付けられても大変だし。
「その子記憶が曖昧なんだけど何か元に戻す薬とかないか?ほらいつも出てくる胡散臭い薬シリーズにそんな感じなものがあったろ?」
「ああ、それでしたらちょうどいいのが幾つかありますよ。ちょうどシュワシュワを飲みすぎて飛んだ記憶を元に戻す薬とかありますし、それ以外にも幾つか」
そう言いながら在庫が捌けることが嬉しいのかカウンターの下で埃をかぶっていた薬の入った段ボール群を持ち上げると、それを来客用のテーブルへと運んでいくとアイリを呼び案内する。
「取り敢えずシャワー貸してあげてもらえないか?傷は回復させれたけど泥がまだ落とせてないんだよ」
「ああ、そうでした。私とした事がつい…。シャワーでしたら奥の部屋にありますのでどうぞ、それと服はありますか?」
「いえ…生憎衣服はこれ一着のみでして」
「それでしたら私の服をお貸ししますよ。昔来ていた服になるのでデザインは少し古臭いですが…」
「いえそんなとんでもありません。お気遣いありがとうございます」
後ろで色々なやりとりが繰り広げられていることを確認しながら再びバニルに向き直ると、奴はアイリの持っていた細剣に目を光らせていた。
「どうしたんだ?この剣はあいつの持っている数少ない手掛かりだからな、売ってくれって言っても売らないぞ?」
「いや、そう言う訳ではなくてな。あの小娘のことであるが…」
「ああ、そうだった。お前の事だから既にアイツの正体わかっているんだろう?」
頼もうと思っていたが、対価が怖いのでウィズに任せていたがバニル自身何か思う事があるのか思慮深そうに何かを言おうとしている。
「取り敢えず先に商談の話を進めもらっていいか?」
「ああそうであったな、吾輩はそっちが先でも一向に構わぬぞ」
先に彼女の話になり商談に対して不利な条件を入れられたら厄介なので、まず金銭的な話を済ませてしまおうと思い後に回す。
「小僧、先ほどから失礼な事を考えているではないか?流石の我輩も些か傷つくではないか。全く少し手数料を増やすことはあってもそこまでふんだくろうだなんて考えてはおらんぞ‼︎」
「うるせぇ‼︎思いっきりふんだくる気満々じゃねえか‼︎」
そう言いながら奴は俺をいつもの奥の部屋へと案内する。
部屋には既に準備万端なのか、既に書類群が並べられそれぞれに俺の作った物品のスケッチが描かれている。多分この絵に書かれている商品に関しての著作権的な物について書かれているのだろう。
流石にないだろうと思うが、一応念の為と俺に対して損になるような内容がないか確認する。
もしかしたら財産を全てバニルに譲る的な内容が書かれていないか全ての書類に目を通すとかなり時間がかかったが、特に問題は見られなかった。
中々に骨折り損ではあったが、何処かのアプリの利用規約にどこかのボランティアに参加をしなくてはいけない内容が記載され、その事を指摘すると何かしらのプレゼントが渡される的な話があるので結果としては損だが、もしもの事を考えれば悪くはなかったのかと思う。
まあ額が額なのでそれくらいしなければいけないだろう。
「ふむ、気が済んだか小僧。我輩は一応悪魔であるからなこう言う契約には従順ではあるので信用しても良いとは思うが」
「その言い方が信用できないんだよ‼︎」
まあまあと話を落ち着かせ、契約書にサインする。
生まれた初めての商談に緊張したが、役所の人間や商会や企業的な場所との取引はほとんどバニルがやってくれたので俺はこの書類にサインをするだけと言うわけなのだが…
まあそれはそれとして、俺のサインで3億という巨額の金が動くという事は中々に感慨深いが俺の持ち込んできた知識の著作権が使えないとなる事を考えると中々に寂しさも感じる。
まあ、今回以外にも色々とあるので早めに奴に頼んで登録しないといけない気もあるのだが。
取り敢えず奴に促されるままに書類にサインをする。
「ふむ、これで契約完了であるな。金の受け渡しはどうする?貴様に直接渡すかそれとも銀行に振り込むか?」
「それだったら銀行に頼むよ」
流石に現金で3億となると持ち運びや保管に苦労するので銀行に振り込んでもらうことにする。
幸い魔王軍幹部の討伐報酬で大金を貰った時に作った口座があるので、その番号を奴に伝え振り込んでもらうことにする。
そういえばシルビアを倒したので、その報酬をもらいにいかなくてはいけないなと思うがアイリの件があるので少しあとにしようと思う。
「それでは我輩はこの書類をまとめるので小僧は下の階で小娘の面倒を見ているが良い」
「あーはいはい。色々ありがとうな次も考えてあるからまたよろしくなってもう読んでるか」
「そうであるな。だが貴様の考えている次の商品も売れそうなのでよろしく頼むぞ」
憎まれ口を叩かれながらも一応は礼を言い部屋を後にする。
下の階では既にウィズがアイリに対して薬を飲ませて記憶が戻っているかも知れないので、一応覚悟しながら下の階に降りる。
果たして俺は記憶が戻った彼女に対してどう声をかけたら良いだろうか?
まあ出会って1日も経ってないんだから特に問題はないだろう。
「うーん、どれも駄目ですね…」
「やっぱり駄目でしたか…期待に添えず申し訳ありません」
「いえ、アイリさんが気にする事ではありません‼︎」
どうやら記憶を戻す作業は順調ではなかったようで、周囲には薬が入っていたであろう瓶が散乱しており、それぞれの瓶は着色されているので周囲は色鮮やかになり一種のアートのような状況になっている。
「やっぱり駄目だったか…うまくいきそうな気がしたんだけどな」
ウィズの店にあるものの大体は使いたい効果とは少し趣旨がずれているので、心の奥底で多分駄目だろうと思っていたがどうやらその通りになってしまったようだ。
「ごめんなさい、お役に立てませんでした‼︎」
「いや、別に謝らなくたっていいよ。いきなり頼み込んだのはこっちだったし、無理に治さないで自然に戻るのを待つよ」
「すいません…」
ペコペコと謝るウィズを宥め、アイリの元へ向かう。
「調子はどうだ?あれだけの薬を飲んだんだ気分とか悪くないか?」
シャワーを浴び着替えを済ませた彼女の姿を見ると、やはりどこか高貴な出なのか整った顔立ちに綺麗な肌をしており人間というか人形のような印象を受けた。
まあ、それはそれとして彼女の体調を気遣わなくてはいけない。
いきなり記憶を失いただでさえ不安なところで変な薬を飲まされ続けたのだ、体が大丈夫でも精神に異常をきたしてしまえばそれはもう体調不良なのだ。
「心配ありがとうございます…私はこの通り大丈…あの…トイレはどこでしょうか?」
「トイレでしたら店の奥のところを曲がった所に」
「すいません‼︎」
少し顔が真っ青になっていた状態で俺に向かって大丈夫と言いそうになった所で更に顔が真っ青になったかと思うと物凄いスピードで店の奥へと消えていった。
やはり彼女は限界だったのだろう、奥の部屋から吐き戻した時に出る嗚咽が聞こえてくる。
「流石にやり過ぎじゃないのか?この瓶に入っていた溶液全て飲ませたんだろ?」
「すいません…久しぶりに誰かの役に立てると思ってはしゃぎ過ぎました…」
「はぁ…全くしょうがねぇな」
ため息を吐きながら地面に散らばった瓶を片付け始める。
キオクナオールとかキオクモドールとか似たようなものばっかりだなと思いながら製作者の語彙の悪さを嘆く。
…いや、この名付けセンスが共通ってことは、もしかしたらこれは古い奴なのかも知れない。
「なあ、これってこれのやつの改良前とかそういう感じなのか?」
徐に瓶を拾い上げ、ウィズに向かって同じようなフォントで描かれた瓶のラベルを見せる。
「それはそうですね、最初に発売されたのが右手のもので左手の物は最近開発された奴ですね」
「同じじゃねぇかよ⁉︎」
「きゃぁぁぁぁぁぁーっ⁉︎」
しれっととんでもない事を言い出す彼女の足元に向かって瓶を投擲し、見事瓶は彼女の足元で爆ぜ粉々に砕け散った。
「ち、違うんです‼︎新しくなったて事は成分が変わったという事なので、試してみる価値はあるかと思ったんです」
「確かにそうかも知れないけど、成分が重複して副作用が発生したらどうすんだよ‼︎」
魔法でなんでも治るこの世界の概念はわからないが、薬には必ず同じような成分が入っているのでそれらを多量に摂取してはいけないのだ。
漢方薬を例に言うとカンゾウという成分がよく例に挙がる。栄養学の授業でたくさんのビタミンや栄養素を持つレバーでの回答が禁止になるように、あれも良い成分を含んでおり結果としてどの漢方にも大体入っているので多種多様に多量に飲むと必ずひっかかってしまう程だ。
「それでしたらこの解毒薬を飲んでいただければ大丈夫です…」
俺が理由もなくただキレ散らかしているとウィズがおずおずと解毒薬と書かれたラベルのついた瓶を取り出して俺に見せてくる。
「だったらさっき飲ませてやれよ‼︎」
「そ、そうでした⁉︎」
はぁ…とため息を吐きながらウィズからその瓶を受け取ると奥のトイレに行き彼女にそれを渡す。
「アイリ、これを飲めよ。少しは楽になるからさ…」
「あ、ありがとうございます…」
文字通り虹色の吐瀉物を吐き出していた彼女は俺から薬を受け取ると恥ずかしそうにそれを一気に飲み干した。
やはり女の子なだけあってか、嘔吐するところを見られるのは恥ずかしいのだろう。
「すいません、見苦しいところを見せてしまいました」
「こっちこそごめんな、デリカシーが足りなかったよ」
周囲の掃除を済ませ、すっかり顔色が戻った様子の彼女は申し訳なさそうにそう言った。
確かに自分が嘔吐している時に人に入って来られたと考えるとあまりいい気分ではない気がする。
「それで記憶はやっぱり駄目だったのか?」
「はい、せっかくここまでしていただいたのに思い出せなくてごめんなさい」
先ほどからずっと謝られている気がする。
なんかデジャブを感じるなと思っていたのだが、ようやくわかったような気がする。
なんだか出会いたてのゆんゆんに近しいものを感じるのだ。確かゆんゆんも最初はボッチになり過ぎるがあまり人間不信を拗らせて事ある毎に謝っていた記憶がある。
…今はすっかり逞しくなってきたので、この光景がなんだか懐かしいような気がしなくもない。
「フハハハハハハ!何をしているかと思えばまだ燻っておったか‼︎」
これからどうしようかと思っていたら書類作業が終わったのか、上の階からバニルが降りてきた。
「空気くらい読めよこのクソ悪魔‼︎」
「ほうこの我輩に剣を向けるか?それはよしたほうが良いのではないのか?我輩はまだ貴様の口座に金を振り込んではいなのだからな‼︎」
「クソ‼︎こいつ俺への報酬を人質に取りやがった」
剣を向けてみたが、やはりこいつには勝てないと思い剣を下げる。
「それで、お前は既に見えているんだろ?この子の過去が」
「それについては申し訳ないがさっぱりでな、流石の我輩でも記憶喪失の者の記憶は読みづらいのだ」
「へーお前でも見通せない事があるんだな」
「フハハハハハハ‼︎残念であったな‼︎」
「なんで笑ってるんだよ‼︎」
言葉では申し訳なさそうだが、あいつ自身は何かとても楽しそうなものを見つけたようにいつもよりも1.5倍増で高く笑っているような気がする。
「あ、アイリさんこの二人のやりとりは長いからこっちで風景の写真を見ましょう。もしかしたら何か思い出すかも知れませんよ」
「あ、はい‼︎お願いします」
そんな俺のやりとりを見たのかウィズはアイリを呼び出し奥の部屋へと連れて行ってしまった。
バニルが何か目配せをしていたようだが、何か関係があるのだろうか?
「それで?アイリを退かせて何を始めるつもりだ?」
「ほう気付いておったか、内容は貴様の想像している通りだ。詳しくはおも…いや、小娘のために黙っておくが」
「今面白そうとか言わなかったか?」
「そのような事は言っておらん。それでだ、貴様に忠告しておこうと思ってな」
「へぇ珍しいな、お前が俺に助言なんて。明日は戦争でも起きるのか?」
「なに、単なる悪魔の気まぐれというやつだ」
バニルにしては珍しく神妙な表情で…まあ顔は仮面でみれないんだけど。
そんな趣で俺に向かって何かを伝えようとしてくる。
「貴様はあの小娘と関わる事で自身の手を汚す事になるだろう。故にここで我輩に預けるというのはどうだ?」
「へぇ、お前に渡すとどうなるってんだ?あの子を売り飛ばすんじゃないのか?」
「ふむ、それは詳しくは言えぬな。ただどちらにしろあの小娘の行く末は良いものではない、それは貴様が関わったところで変えられるわけではない。ならばここで小僧が手を離せば小僧の安全だけは確約されるであろう話だ」
どうやら今回はガチの話のようだ。
しかし、アイリが苦難の道を進むのは確定しているようだが、俺はその道から脱せるという可能性があると言うわけだ。
やはり金髪碧眼で貴族の出身という可能性が高い。
貴族であるならそれを狙って強盗や変な組織が彼女の一族を狙っている可能性があって、今尚彼女はそれから逃げているという事なのだろうか?
それとも政略結婚で知らない男と結婚させられそうになってしまい、それを命かながら逃げてきた可能性もある。
確かにどちらの可能性があっても行き着く先は地獄だろう。貴族というものはその裕福な生活ゆえに行動が縛られ自分の意見など無きに等しいという。
「ほう、この情報でここまで考えるとは、ここに来て頭の回転が速くなったのではないのか?まあどれも小僧にお似合いな結末であるがな‼︎フハハハハハハハハハ‼︎」
「勝手に思考読んで品評会してんじゃねーぞ‼︎」
他にもかなりの事を考えていたが結局正解なのかハズレなのかは教えてはくれなかった。
まあしかしだ、仮に彼女に何か重大な使命があったのなら、記憶を失っている今だけはただの少女として楽しい思い出を残こそうとしても悪くはないのだろうか?
それで記憶を取り戻して彼女が俺達を必要としてくれたのなら例え手を汚してでも救ってあげるのも悪くはない。
「だから俺はあの子を手放さないことにするよ」
「ほう、覚悟を決めたようだな、あの小娘とあの少女を重ねるとは中々に業が深いであるが…まあ良いだろう‼︎」
俺の答えを聞いて何故かバニルのテンションは少し上がっている。どうやら試されていたようで俺はそれを合格したらしい。
「思い上がるでないぞ小僧‼︎貴様が吾輩に見そめられようだなんて100年はやい‼︎」
「ナチュラルに人の思考読んでんじゃねーよ‼︎」
「それでこれから何が始まるのでしょうか…」
床にビニールが引かれその上に置かれた椅子に座らされた彼女は何かに怯えたようにそう言った。
まあ、写真をたくさんみた後で何も思いませんと謝罪した後にこの状況に追い込まれたら流石の俺でもびっくりするだろうけど。
「ああ、説明してなかったけ?」
「はい‼︎」
「いい返事だ…」
何も説明していなかったので、それを改めて確認すると彼女は自分の意思を堂々と表明した。
「…あの説明はしていただけないのですか?」
「ん?ああ悪い」
こいつも短い間に自分の意見が言えるようになったなと感動して答えるのを忘れていた。
「アイリは自分の特徴は把握してるか?」
「…いえ、記憶がないのでよくわかりません」
「そうだな、それとは別に外見が特徴的なんだよ」
「そうなんですか⁉︎」
「そうなんだよ、その髪色と目の色が結構厄介で、アイリの姿で聞き回るとそのまま騙されて連れていかれる可能性があってな」
バニルは多くは語らなかったが、推察するに貴族の娘の可能性がある以上姿を外に晒せば敵対する貴族が身内だと表明して連れ去られる可能性がある。
俺はもちろん抵抗するつもりだが、貴族の力ではもしかしたら権力合戦になって勝てない可能性が出てくる。
「だから、その髪色を変えてしばらく俺の家族として過ごしながら、貴族の情報を漁って君の両親を探ることにした」
「な、何ですってーーっ⁉︎」
「というわけでだ」
驚いている彼女の首から下にビニールを被せる。これにより衣服が汚れることを防ぐ事ができる。
「もちろんアイリが嫌だったら止めるけど…」
「いえ、せっかく考えていただいたので是非お願いします‼︎」
「おっおう…」
何故かノリノリになり出した彼女に対して戸惑ってしまい、先ほどまでと立場が逆転したような気がしなくもない。
多分記憶を失う前はかなり制限された生活を送っていたのだろうか?
「それじゃあ液体かけるから目と念のため口も閉じてくれ」
「はい」
はけを使いながら彼女の髪に染料をかけていく。この世界にも髪を変える染料は存在するらしく、それと同じように金髪は色が入りやすいとの事だ。
それとお薬を彼女に渡して服用させる。
意外にも目の色は薬で変えられるらしく、子供用の悪戯に使えるもので身体の影響はほとんどないとのことだ。
しばらく染料が染み込むまで待ち、時間が経つとウィズが水の魔法で薬剤を取り払い乾燥させると、そこには見事に俺と同じ髪色と目の色をした少女に変化していた
「これが私ですか?短い間でしたがここまで変わるとなると不思議な感じですね」
「まあな、髪を染めた時は大抵そんなもんだよ」
鏡を見ながら不思議そうに語る彼女に対して、世間でよく聞くあるあるを自分事のように彼女に伝える。
「それで、今日から一応家族として振る舞うことになるんだけど大丈夫か?生活費は払うからここで暮らすのでも構わないぞ?」
記憶を失っていきなり知らない男の家族と言われれば流石の俺でも遠慮しておきたいところだ。ならば同性のウィズのいるこの店で手伝いをしながら過ごすのもいいのかも知れない。
ウィズは賛成してくれるし、バニルは金払えば何とかなるだろう。
「いえ、ここまでして頂いたのでついて行きます。何だかよく分からなくて説明できないのですが、こういう非日常的な日々を過ごしたいと記憶を失う前は思っていた様な気がするんです‼︎」
「…そ、そうか、それはよかった」
何故か嬉しそうに賛成する彼女に若干戸惑いながらも、話を進めようと頭を回転させる。
「それじゃ立場はどうしようか?見た目からして俺の妹ということになるけど。呼び方はどうしようか…兄貴?お兄さん?」
そういえば昔かなりの数の妹を攻略するゲームがあってそれぞれに呼称が違うというバリエーションに富んだ物があると聞いたが、それを聞いておけば良かったと後悔する。
「お兄様でいいでしょうか?何だかその方がしっくりします」
成る程、お兄様か…
アイリも多分癖で敬語が染み付いているようだしその方が違和感がないだろう
「あの…出過ぎた真似をしてしまったのでしょうか?ごめんなさい少しはしゃぎ過ぎたみたいですね…」
「ん?」
どうやら俺の脳内会議をして黙っている事を怒っていると勘違いしたようだ。
彼女も同じように引っ込み思案なところがあるようなのでこの機に更生するのもいいだろう。
「そのいちいち謝るのを止めようぜ、記憶が戻るまでとは言ってもこれから兄妹なんだからさ」
ポンっと彼女の頭に手を乗せながら彼女に言い聞かせる。
こう何度も謝罪をされると、こっちが悪いことしたみたいで気が引けるのだ。
「はい、お兄様‼︎」
彼女はどこか嬉しそうに返事をするのだった。