「まずったな…」
時刻表を眺めながらどうしようかと頭を掻く。
日本と違ってこの世界にタクシーなどはなく、馬車の時刻を過ぎてしまえば諦めなくてもそれで試合終了なのだ。
「急に立ち止まってどうかされましたか?」
作業が終わったタイミングで急に立ち止まったので何かあったのではないかと心配になったのか彼女は心配そうに訪ねてくる。
「いや、何でもな…くはないな」
「え?」
何か起きてしまったのだろうかと驚きの感情を含めながら彼女はそう言ったが、内心少し何かに期待しているように見えるのは気のせいだろうか?
「悪いんだけど帰りの便逃しちまった…」
「えぇ⁉︎」
「と、言う訳で‼︎ドキドキ山の中でのキャンピングを行います‼︎」
「おおーっ‼︎」
小屋の前にアイリを案内し、転がっていた木材を簡易的に加工して作った椅子に座らせると小屋の壁にチョークで計画を書き込む。
内容は至って簡単で、これから枝や薪などを集めてくることや食料をどうするかなどなど様々な事を偉そうに書き綴るが、要するに野宿する準備だ。
「それで、私はどれからすれば良いのでしょうか?」
「アイリは小屋の中の掃除をしていてくれ」
これからやる作業は二手に分かれなくては効率が悪くなってしまうので、非戦闘員である彼女をゴブリンが出るかもしれない森の中へ1人で行かせる事なんで出来る訳ががないので、彼女には安全な場所での作業をすすめる。
「それでもし何かあったらこれで逃げてくれ、飛ばされた場所で俺の名前を言えば何とかしてくれると思うから」
適当な理由をつけながら紅魔の里でねりまきから再び貰った転移魔法のスクロールを彼女に渡す。
向こうからしたら正直何のこっちゃと思われるが、そこは仕方がないという事で諦めて貰おう。
「はい、でもその場合はお兄様が1人になってしまうのではないでしょうか?」
「その時はその時だから気にすんなよ。俺は最悪明日の馬車で街まで帰るからさ」
「…分かりました。もし何かありましたらこれを使いますね」
そう言いながら俺の渡したスクロールをしまいながら彼女は敬礼する。ふざけて教えたのだが、彼女の中でブームになっているようだ。
「それじゃ、任せたぞ。今夜の部屋での快適さはお前にかかってるんだからな‼︎」
「はい!お任せください‼︎」
元気よく返事をしながら彼女は口元に布を巻き、ローブを纏いながら小屋の中へと入っていった。
パッと外から見た感じ、かなり汚れているのは分かるが果たして備え付けの道具で何処までやれるのかは帰ってきてからのお楽しみだ。
…まあ記憶を失っているからどう掃除したら良いかわからないってなるかもしれないが、屋敷での俺の掃除を見ているのでそこは大丈夫だろう。
アイリを見送りながら小屋の裏にある森へと進んでいく。
小屋の物置に斧が入っていたがだいぶ切れ味が悪くなっていたのでそれを研いで使える様にしたものがあるのでそれを片手に切り込む。
なるべく木を切り倒す事は避けておきたかったので乾燥している枝木などを拾っているが、やはり季節がらなのかそこまで落っこちていなかったので仕方なく先程の斧で切り倒す事にした。
「木を切り倒すのは初めてかな?」
自問自答しながら斧の刃を木の幹の当てがいそのままゴルフのようなイメージのスイングで木にぶち当てる。
素人考えのイメージで行って見たのだが、存外うまくいったのか木の4分の1程の斬り込みが入りもしかしたら何かしらのスキルが入ってしまっているんじゃないのかと邪推してしまう程だ。
しかし、一撃目が上手くいったからっと言っても、それが正しくないフォームであるなら複数回続ければ腰をいわしてしまうので注意が必要だ。
「やっぱり体力の消費が激しいな…」
木を引っこ抜く奴は何人…何体も遭遇しているので案外楽に行くと思っていたが、細木を数本倒したところで息が上がってしまう。
ここまでかと思ったが、あくまで調理と寝るまで暖をとる程度なのでそこまで必要ないなと思い、これくらいあれば足りるんじゃないかと思い、少し休憩を挟んでそれらを小屋の前に持ってく。
「あーマジか…これは運がいいのか悪いのか」
筋力を支援魔法で強化しながら引き摺っていると、感知スキルが反応を示した。一応潜伏スキルを使用していたのだが、細分化したとはいえ大きな木を引き摺りながら運んでいるのでほとんど機能はしないだろう。
まあ木を運んでいるので出来れば無視しておきたいが、完全に相手は俺に敵意を持っているようでゲームなら赤いアイコンが付いているようなイメージだ。
仕方がないか…
相手はスピードが速いのか、ものすごい速度でこちらに迫ってきており、距離からしてそう時間はかからないだろう。
持っていた木を降ろして、腰に差していた剣の柄に手を掛ける。
待っていると相手の姿が確認できる。
相手は猪型の魔物で、初心者の冒険者は単身で挑まないで欲しいと言われているモンスターだ。
ゆんゆんが居れば魔法で一発なのだが、生憎彼女達は紅魔の里の復興の最中でここには居ない。
「へいへい‼︎どうしたよピグレットちゃん」
直径は俺の身長の倍を超えるであろうビックサイズな姿に若干ドン引きながらも腰を落としいつでも迎え撃てるように構える。
猪の性質上動きは単純に前進しかできないので、それを初手居合斬りで迎え撃とうかと思う。
猪は互いの間合いに入った瞬間何かを感じたのか動きを止め、こちらの動きを伺っている。獣とは言え流石に警戒心と言うものはあるのだろう。
場はこう着状態になったが、何時迄もそうしている場合ではなく最初に痺れを切らしたのは猪の方だった。
奴は俺を完全に捕捉し荒い鼻息を立てながら周りの木々を破壊しこちらに向かって突撃してくる。
あんなものを正面から迎え撃とう物なら俺の剣ごと弾かれ何処ぞの漫画の如く空の彼方へ吹き飛ばされてしまうだろう。
なので、俺は正面から迎え撃とうなどとは思わず奴に側面に体を逸らしながら踏み込み、奴の前足を目掛けて剣を振り抜く。
こちらに向かって来る轟音に威圧感、それら全てから逸れるように放った俺の剣は見事奴の左脚を捉え厚い毛皮と皮膚に切れ込みをいれる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ‼︎」
大声を出しながらもう一歩を踏み出し、奴の前脚を完全に切り抜く。
抜き切った瞬間にガクンと先程までに掛かっていた反発がなくなり、そのまま倒れそうになるがそこを何とか踏ん張り耐える。
そして、何とか耐え切ったところで後方から木に激突したのか轟音が鳴り響いた。
やったなと思いながら剣に着いた血を払い、後方に向き直りやつと対面する。
目に写る猪の姿は先程の威圧感は無くなり、片足がもげた事により立てなくなり必死にもがいている様子だった。
本来四足動物は四足あるからこそ歩行ができるので、今回のように脚を斬り落とされてしまうとバランスを保てずに横に倒れてしまうのだ。
可哀想だからこのまま逃そうよなんて思う奴がいたらそれは大きな誤解だ。
こうなってしまったらもう一匹で生きる事はできず、何もできずに地面に触れている面は褥瘡し激痛に悶え苦しみながら餓死するというわけだ。
俺がここまでしておいて何言ってるんだと言われればそうなんだが、まあこれは食物連鎖ということで何とか済ませて欲しいところではある。
「という訳だ、悪いなこれが自然の摂理ってやつさ」
正当防衛と言えばそうなので文句を言われたり恨まれたりする筋合いもないのだが、言っておかなければいけない様な気がしたので言っておく。
剣を逆手に持ち替え奴の元へとゆっくりと近づいていく。
もがき苦しむ猪と目が合うと何かを言いたげだったが、そんな事は気にせずと脳天目掛けて剣を振り下ろす。
最初に皮の切れる感触があり次に頭蓋骨を破る感触、そして最後に脳を破壊する柔らかい感触だった。
流石に脳を破壊されて生きているほど世界は優しくなく、一度の痙攣の後そのまま息を引き取ったのだった。
「おーい」
「あっお帰りなさいお兄様」
枝を全て落とし適当な長さに切った数本の丸太の上に猪を縛りつけそれを小屋の前まで運んでいく。
流石に支援魔法を使わなければできない所業だが、常に使っている俺からしたらそこまで厳しい物ではなく明日は筋肉痛に苦しむ程度には抑えられているだろう。
「今日はこいつのバーベキューだな」
「ほんとですか‼︎まさかこんな大きな猪を狩ってくるなんて流石お兄様です‼︎」
「おいおいそんなに褒めるなよ、照れるだろ」
何故か持ち上げてくるアイリに気を良くしながら次の作業の説明をする。
流石に猪の解体なんてものをやらせるものなら彼女にトラウマを背負わせることになるので、これは俺が引き受けることにしてアイリには薪割りをやってもらう事にする。
「よし、それじゃあアイリには火を起す為の材料を作って貰おうかな」
「了解です‼︎」
ピッと敬礼しながら彼女を切り株の前に案内する。
「それでこれをどうすればいいのでしょうか?」
「これをこのノコギリで適当なサイズに切ってだな」
そう言いながら彼女の前で実演し始める。
森の中では支援魔法で強化した状態で斧で無理やり切り揃えたが、流石にアイリにそんな芸当は出来る筈は無いのでここは地道にノコギリで切って貰おうかと思う。
「成る程、それで長さを整えたらそこからまた斧で切るのですね」
「そうそう」
実演で切った短い丸太を切り株の上に縦に乗せ、小さな斧で一度切り込みをいれ斧を食い込ませ今度はその状態のまま丸太事斧を切り株に叩きつける。
漫画みたいに一度で綺麗に切れる事はそうそうなく、真似してみると大体逸れるか斜めに切れてしまい形が悪くなってしまうのだ。
「大丈夫そうか?」
「はい大丈夫です。問題ありません」
そう言いながら彼女は俺の説明したことをそつなくこなしていった。
もしかして記憶を失う前は木こりで成り上がった貴族なのかもしれないと、多分違うが変な推測で戦慄する。
その後、無事猪を解体した俺は彼女の元に向かう。
日本では動物の解体は免許か許可が必要なのだが、この世界ではそんなものは必要ないのでバンバン解体できるそうだ。
ちなみに丸呑みは違法ではないので安心して欲しい。
「あ、お兄様‼︎こちらはもう全て終わりました。後は何をすれば良いでしょうか?」
「えーマジか」
小柄なのでそこまで力がないと思っていたので俺の半分くらいのスピードかと思っていたが、現実は俺の倍以上のスピードで木を処理していたのだった。
「まあいっか、薪作りも終わったことだし調理するからこっちに来いよ」
「はい‼︎」
流石に猪の解体の場面も見せられないと思ったので場所を移動してもらっていたので、小屋の前まで移動してもらう。
「中々にすごい光景ですね…」
「ん?あーこれは流石に隠せなかったな、アイリはこういうのは苦手か?」
「いえ、特に苦手とかそういう事はないです」
そういえば猪の皮を剥いで布団のように干していたことをすっかり忘れていた。
血抜きをして、その血は地面に掘った穴に流し込んで見えないようにして、皮や内臓は一応水の魔法で洗っていたのでそこまで血生臭さは無いとは思ったが、やはり違和感は感じるようだった。
「取り敢えず火を起こそう」
何にせよ、まずは火を起こさなくては話にならない。
この世界に食品衛生の概念があるのかどうかは分からないが、基本的に野生の生物を生で食べようだなんて事を考えてはいけない。
問題は色々あるが特に面倒なのは寄生虫だろう。
豚なら有鉤条虫牛なら無鉤条虫、猪は忘れたがそれぞれ寄生虫が居るリスクがあるのだ。
異世界であるこの世界に寄生虫が居るかは分からないが、気をつけておくに越した事はないだろう。
着火の魔法で適当な葉に火を灯しそれを薪に移していく。
基本的な調理道具は小屋の倉庫に入っていることが前のクエストで分かっているのでそれらを有効活用し、鑑定スキルで選び抜かれた硬度の高い石で焚かれた火を囲む。
調味料は持ってきていなかったのでそこら辺の木の実をすりつぶして代わりにする。塩気が若干足りなくなるがそこはご愛嬌だろう。
「お兄様は料理も出来るのですね」
「ああ、一応調理のスキルも取ってるからな。これくらいなら朝飯前だよ」
我ながら手際よく進んでいることに感心しながら調理スキルを取っておいてよかったと過去の自分を褒め称える。
まあ日本の料理を活かした料理屋を開いて儲けようと思ったのは内緒だが。
鍋などの道具はどれも劣化が激しく、酷いものは穴が空いているものなどもありとても調理に仕えたものでは無いので、今回は木の枝をささがいて作った串に猪の肉を刺したものを焚き火で焼こうかと思う。
バーベーキューにおいて塩胡椒がないのは個人的に残念だが、その味付けなら街に行けば何処でもできる事を考えれば今回の味付けは珍しさと新鮮さがあって良いのかもしれない。
「今日は焼き鳥ならず焼き猪だ。少し生臭い感は否めないけど、そこは自然由来のテイストとして楽しんでくれ」
「いえいえ、ここまでして頂いてお兄様の作られた食事にケチをつけるなんて事は致しません」
本来なら下拵えで匂いを消す為にワインや日本酒に漬け込む所だが、生憎ここにそんな物は無いというかこの世界にその様な物があるとは思えないが…まあ、そんなこんな言い訳が沢山あるが結局のところ物品が不足しているので出来なかったという訳である。
そんなこんなで肉の第一陣が焼き終わり、次の肉を焼き始めている状況にある。
味はまあ何だかんだ言って料理スキルが有るので悪くはなく食べられ無いことは無く、むしろ外で食べるからこそ味わえる味…つまり祭りで食べる食事の様な感じで美味しいと言えば美味しいのだ。
「それで、アイリは何か思い出せたのか?」
「いえ…色々して下さって頂いているのですが、申し訳ないのですが一向に何も思い出せません…」
昨日今日なので記憶が戻るとは思っていなかったが、もしかしたら少し引っ掛かりというか断片的な物がフラッシュバックしていないかとは思っていたがそんな事はなかったようだ。
「別に気にして無いから謝らなくてもいいぞ、ただ少しでも思い出せればそこから辿れるからな。それよりもほら次のやつを食えよ、味付けは何通りも用意してあるからな」
「はい、ありがとうございます…あっ、この味私好きです」
どうやら少しピリ辛の方が良かった様で先程とは比べ物にならない程早いスピードで串焼き肉を頬張った、
「記憶は戻りませんでしたけど、一つ分かったことがございます」
肉を頬張り硬かった肉を噛み切ると、彼女は串を地面に刺しながら炎を囲っていた石を一つ抜き取った。
「あまり自信はありませんが見ていてくださいね」
彼女は自信なさそうにそう言うが、一体これから何が始まるのだろうか?
まさかその石を俺に向かって投げるとか、そんなオチは勘弁して欲しいのだが…
まあそんな適当な事を考えながら見ていると彼女は力んだ表情を浮かべながら自身の手に力を込め始める。
「おい…まさか」
「そのまさかです、えい‼︎」
そして数秒の後、その握られた石は彼女の握力に根負けし徐々にヒビが入ったかと思った瞬間に粉々に砕け散ったのだ。
一瞬何か細工をしているのかと思ったが、彼女に強化が行われた痕跡もないしその石自体にも何か細工がされているわけでもない様だ。つまりこの石を彼女自身の力で砕いたと言う事になり…
「どうやら記憶を失う前の私はとてもつよつよな女の子だった様です」
「マジか、知恵の輪の時点で嫌な予感と言うか予感はあったけどまさかそこまでとはな」
前にクリスから貴族は経験値の高い食事を取るから何もしなくてもアクセルの街に居る冒険者よりもレベルが高いみたいな話を聞いたことがあるけど、まさかここまで強いとは流石の俺でも想像できただろうか?いや出来るわけがない、明らかに見た目と筋力が比例していないのだこれはもう詐欺に等しいのではないだろうか?
まあ、ステータスが高いからイコール俺より強いとかそんな単純な式はないだろう。
結局基礎ステータスが高いだけだとミツルギのようなゴリ押し剣士みたいになってしまい、駆け引きに弱くなってしまうのだ。
負け惜しみはここまでにしておいて、アイリのステータスはそこらの冒険者よりも数段上ということが分かった。
だからといって何かが分かるわけでは無く、ただそれだけと言うことだ。
「まあ石くらいなら俺でも砕けるけど、それが砕けるとなるとひょっとしたら武力の高い家の出身なのかもな」
「と、言うとお兄様の様な冒険者の様な方々ってことでしょうか?」
「いや、多分そうじゃないと思うけど…」
多分騎士の家系かも知れないと心の中で思う。
何故かと言われれば、紅魔の里の一件に現れたバルターと言う騎士の青年の一件がいまだに衝撃となって俺の脳裏に焼き付いているのが大きいだろう。
奴は仲間を使い消耗させ、その上神具を使っているとはいえあの魔王軍幹部のシルビアを一撃で上下に切り裂いている。
奴自身血の滲むような努力をしたのかどうかは定かではないが、王都の騎士になるには貴族か何かしらの結果を残した者などがあるが、髪の色的に前者なのはほぼ確定だろう。騎士に家庭に生まれたのなら幼少期から何かしらの訓練を受けていてもおかしくは無い。
それに何かしらの血統で何かのステータスやスキルが付与されている可能もないわけではない。
もしかしたら後継者争いとかの内輪揉めで生まれ持ったステータスの高さを嫉妬したか、またはそれを危惧した身内にやられた可能性もなくはないかも知れない。
「まあ、力が強いってことは悪いことじゃないからな。それはそれで良かったじゃないか」
話自体は結局それがどうしたみたいな感じで流れたが、やはり本格的に彼女の正体を探らなければいけないような気がしてきた。
「それでなんですけど、次のクエストは狩猟系のものにして私も一緒に行う事は可能でしょうか?」
「え?」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、どうやら自分のステータスが高いので次のクエストはモンスターを狩りたいと言うことだろう。
確かに筋力だけのステータスだけが高いなんて事は聞いた事がないので防御力も高いと思うのだが…まあ蛙くらいなら大丈夫だろう。
調子乗って粘液でデロデロになったアイリの姿が想像できなくは無いが、これもいい経験だろう。
「…やはり駄目でしょうか…」
「いや、いいかもしれない。簡単なやつからだけど次は討伐に行こうか」
「本当ですか‼︎流石お兄様です‼︎」
まあどうにでもなるだろうと思いながら話を進めていく。
「いやー結構食ったな」
「ご馳走様でした」
巨大猪は結構な量だったので結局完食できないと思ってはいたので、あらかじめ殆どの肉を下処理をして外に干して置いたのだが、それでも量が多くアイリが満腹になって残った肉を全て平らげるにには苦労した。
「後は俺がやっておくからアイリは布団の準備を頼む」
後片付けは俺がするとして次は就寝なので、俺が外で作業している間に布団などの準備をしてもらうように頼む。
俺が猪と戦っていた時におおよそは終わっていると聞いていたのでそこまで時間が掛からないと思い手短に掃除をして、石はその辺に撒き散らした。
前回みたいにゴブリンのすごいデカイのが来ないか心配だったが、今の所周囲に大きな気配が感じられる事は無く比較的穏やかで平和だ。
「終わったぞ…やっぱり片付けが一番面倒だよな」
「あ、お帰りなさいお兄様…」
器具を全て倉庫にしまい少し疲れたので肩を回しながら小屋に入ると、最初来た時よりも綺麗になっているんじゃないかと思うほどに綺麗な部屋に唖然としたが、それよりも申し訳なさそうな彼女に違和感を覚える、
「どうしたんだよ?」
「それがですね…申し訳ないのですが布団が一人分しかありません。食事の時に言おうかと思ったのですが美味しい料理を前にしてすっかり忘れていました」
「成る程な…」
彼女の言うように部屋に置かれていたのは一人分の布団一式だけだった。
そういえば前来た時は2人分用意されてたんだっけ?と思ったがそう言われるとゆんゆんが寝落ちしたので一式しか使っていないなと改めて気づく。
「じゃあ俺が床で寝るからアイリは布団で寝てくれ」
まあ床で寝るなんてことは俺にとっては日常茶飯事なので、ここは彼女に譲っておくことにする。
と言うか年頃の女の子に床で寝ろと言うほど俺も鬼ではない。
「そんな私が床で寝ますのでお兄様が布団で寝てください」
「え?」
おっとこれはどう言うことだろうか?
普通は俺が床で寝るのが主流ではないのだろうか?
…いやこれは社交辞令というやつなのだろうか?目上の人間に何かを勧められたら2回は断れ的な話を聞いた事があるが、礼儀正しい彼女の事だそれをしているのかも知れない。
「安心しろって、別に床で寝たって問題ないからさアイリが布団で寝なよ。それとも布団に何かあるのか?」
「いえ、特にそういう事はありませんが私はお兄様に安眠して欲しいだけです‼︎」
どうやら社交辞令ではないようで、彼女の本心からの言葉の様だがそれはそれなので譲るわけにはいかないのだ。
「よしそれじゃあ今日は一緒に寝るか‼︎」
あの後も長期にかけて水掛け論の如く布団の押し付け合いが続いたので、もうどうにでもなれと一緒に寝ることを提案する。
「そうですね‼︎一緒に寝ましょう‼︎」
売り言葉に買い言葉なのだろうか、ムキになった彼女も俺の意見に乗っかり見事このイカれた案は採用されたのだ。
「えぇ…」
まあそうなってしまってはしょうがないので、2人大人しく布団に入ることになった。
何だかんだ女性と一緒に布団に入りかけた事はあったがこうして純粋に寝るのは初めてかも知れない。内心ワクワクだが所詮小さな女の子なのでそこまでのアレはないのだ。
「あの…勢いで一緒に寝る流れになりましたけど大丈夫だったのでしょうか?」
「まあ、別に問題はないだろ?何かあった時に近くに居ればそれだけ危険の管理がしやすいからな。むしろこれが理想形態かも知れない」
「ふふ、なんですかそれ」
歳の離れた兄妹が居る兄の気持ちとはこういう感じなのだろうか?
眠る時に隣に人がいると言うだけでここまで安心すると言うものは中々に面白かったが、彼女と過ごせるのはあくまで彼女の安全が確保された状態で家に帰すところまでなので、深入りは互いの為によくはないのだ。
「あのですね…離れると隙間から冷えた空気が入ってきますのでもっと近づいてもいいでしょうか?」
「ん?ああ別に構わないけど」
「えへへ、ありがとうございます」
なんかよくわからないけどOKを出したら彼女が距離を詰めてきて腕に絡みついてきた。
「お兄様は他に仲間がいるとおしゃっていましたけど、それはどの様な方なのですか?」
「あーそうだな、中々言葉にしづらいけどいい奴だよ。時間が経てば帰ってくると思うからその時になったら紹介しないといけないな」
そういえばここまで長引くとは思っていなかったので手紙に詳しく書いていなかったが、このまま生活を続ける以上紹介しないといけない事は避けては通れないだろう。
「その方々はその男の方ですかそれとも女性の方でしょうか…」
「そこら辺は安心していいぞ、2人とも女だからな。アイリならきっと仲良くできるぞ」
「えぇ…」
アイリも女の子なので同性がいた方がいいと思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。
まあ女性同士の関係というものは中々に過酷と聞くが、アイリも女の子なのでその辺の事情を危惧しているのだろう。
これは俺の偏見かも知れないが、ゆんゆんもめぐみんも普通の女の子とは一線を引くくらいには違って個性が強いのでそう言う女子女子した事にはならないだろう。
「まあ2人とも個性がぶっ飛んでるけど性格いい奴だから安心してくれ」
「…そういう事を言っている訳では無いのですが…まあでもお兄様のお仲間でしたらきっと素敵な方々なのですね」
「おうよ、なんて言ったって今まで色々な死線を潜り抜けてきたからな」
「へー色々あったのですね。詳しく聞かせて頂けませんか?」
「ん?まあ時間もそう遅くは無いから少しだけな」
寝る前に物語を求めるのはまだ1日に満足できていないとは言うが、折角なのでベルディアの手前くらいまでならそう時間が掛からないだろうと、この世界に来る前の話をうまく省きながらこの世界に来た時の話をなるべく俺の内容をメインにして少し面白く説明した。
「ふぁーあ、だいぶ話し込んじまったな、続きはまたおいおい説明するから今日はもう寝ようぜ、なんだか眠くなってきた」
「分かりました、話して頂いてありがとうございます、続きはまた明日お願いしますね、それではお休みなさいお兄様」
思い返しながら喋っていたら意外と色々あったなと思い、色々と感傷に浸っていたら結構遅くまで話し込んでしまっていた。
流石にこれ以上は明日の起床時間に響くので、惜しむ彼女を説得し今日はこれまでと話を打ち切る。
まだ続けて欲しいとせがみそうな彼女にまた今度と言い残し俺は目を閉じて意識から手を離した。
次は休むかも知れません