「ふー終わった。午後まで行くのかと思ったけど案外早かったな」
畑仕事を終え一息ついたタイミングで時間を確認すると丁度昼時になっていた。
こんな事を断続的に行っている農家には頭が上がらない。あの方々はこれに虫や伝染病対策を行わなくてはいけないと考えると体がいくらあっても足りないだろう。
この世界には虫除けの魔法があるので農薬は必要ないと言われているが、流石にそんな所にまでスキルを割けないので今回は小型魔道具で代用することにする。
これによりこの野菜達は無農薬野菜になるわけだが、そもそもこの世界に農薬が無いので無農薬という付加価値が意味をなさない。
…まあこれで商売しようなんて考えは無いのだが。
「お疲れ様ですお兄様。午後からお客様がお見えになられるんですよね?」
「ああ、そうだったな」
出来上がった畑を呆然と眺めていると、何かを思い出した様にアイリが問いかけてくる。
これで忘れていたら何の為に畑仕事をしていたか分からなくなってしまうので忘れてはいなかったが、準備するにはこの時間帯が頃合いだろう。
「片付けは私が行いますので、お兄様はそろそろ準備をされたらどうでしょうか?」
「それは助かるけどいいのか?結構な量があるぞ」
「それでしたら大丈夫です。記憶がないので分かりませんがこれでも力には自信があります」
ふんすと細い腕で自慢げに力瘤を作る彼女によく出来すぎて困っちまうな、と感動しながら一番面倒と言われている片付けを任せる。
流石に来客の訪問時に汗に塗れた姿で会うのは失礼に当たるので、軽くシャワーを浴びて身を清めたのち少し上品めの服に着替える。
ダクネスを呼ぶ場所であるラウンジはアイリの手により既に片付けられているので、今更何かする必要は無いだろう。
ラウンジに設置された向かいあわせのソファーに腰を掛けながら両手を合わせて思考を巡らせていく。
準備はおおよそ出来ている、後は話し合いをどのような方向へもっていけばいいのかだ。
ダクネスはドMのアホであるが馬鹿では無い。
単刀直入にアイリの事を聞き出そうとすれば勘づかれ人を使われ探りを入れられるだろう。かと言って遠回し遠回しに聞いていくと話が逸れて本題にもっていけない可能性が出てくる。
まずはアイリに関わる人間関係に属しているかを確認しなくてはいけなく、その上俺の考えに協力的かどうかも確認しなくてはいけない必要性もある。
最悪アイリを連れて逃げる事も視野に入れておかなければいけない。
俺を誘き出すために弱点を突こうにも、ゆんゆんとめぐみんは紅魔の里にいるので人質に取られる事は無いだろうし、仮になった所であの2人ならうまく逃げ出してくれるだろう。
…そう言えば俺に会いたいとか言っていたな?
あれは一体どの様な意味なのだろうか?
俺がアイリを保護している事を知っており、それに関して確認しにきたのだろうか?
それだったら仲間になる可能性が高く、俺の想像する上での良条件の展開になる。
しかし、逆のパターンも存在し仲間のふりをしながらアイリを人質にしたり暗殺をする可能性も出てくる。
…まああのダクネスがそれをする事は考えられないので却下したいが、何も知らずに上部組織に真実と異なった指示を出されている可能性があるので何とも言えない。
…いや、この件に関してそもそもアイリは関係なく俺の自意識過剰だったケースも十分あり得る。
世の中は広い様で狭いみたいな考えはこの世界でも浸透しているので、似た様な事に共通点を見つけて二つの事象は同じ物だと勘違いしてしまっているのかもしれない。
何にせよダクネスが来なければ全てが始まらないので出たとこ勝負になるのだが…
そもそもシスターが昼頃に向かわせる的な事を言っていただけでまだ眠っている可能性もなきにしもあらず…俺はアイリに仕事を押し付け来ない人を待っているという最悪のシナリオになってしまう事もあり得なくは無いのだ。
そんなこんなでどうしようか考えているとチャイムの音が屋敷に響く。
アイリにはいちいちチャイムは鳴らさずに堂々と入ってこいと言ってあるので、タイミング的にダクネスだろう。
「すまない、シスターに聞いたのだが私を教会に運んでくれたのはお前だった様だな」
「ああ、そういう事だから感謝してくれよ」
玄関のドアを開けると俺の予想通りダクネスが申し訳なさそうに手土産を持ちながら立っていた。
罪悪感か何かは分からないが少し緊張していたので手土産をその場で食うなどのおふざけを全力で行っていたら流石のダクネスも堪忍袋の尾が切れ、気づけばいつもの様なテンションに戻っていた。
「はぁ…お前は全く変わらないな…また魔王軍幹部を倒したと聞いたから幾分か自覚が出ていると思ったのだが…」
「何言ってんだよ?人間がそんな簡単に変わってたまるかよ」
ダクネスが持ってきた手土産の謎のスティックを口に運びながら悪態をつく。しばらくアイリの前で生活していたので久しぶりに自分らしさを出せた様な気がした。
「それで?俺に何か用があったんじゃ無いのか」
「ああ、そうだったな」
緊張も解けてきた様なので、ふざけるのも止めて姿勢を正してダクネスに向き直る。
ここから心理戦を始めなくてはいけないのだ。
「説明するよりもこれを見てくれた方が早い」
「これは…」
ダクネスが俺に向けて差し出したのは一つのペンダントだった。
見せられたペンダントは前にバルターなる者から貰った身分を証明するもので、ダクネスが差し出したものはそれと同じだがそのデザインには見覚えがあった。
これは俺がバルターから貰ったペンダントがどのくらい高い地位の保証が得られるのか調べていた時に、王族以外で一番高いものはどの一族なのだろうかと思い見たのが丁度この紋章だった。
つまりダクネスの正体は…
「ダスティネス家だったのか…」
「ああ、そうだ隠していて悪かったな…っておい‼︎それを懐に収めようとするな‼︎」
折角なので頂こうとしたが、流石に一族の信用をのせたペンダントをそう易々と譲る気はないらしく今までに見た事のない速度で取り返される。
「クソ…流石に公爵のペンダントは手に入らなかったか…」
「はぁ…はぁ…普通はここでびっくりして恐縮する所だろ、油断も隙もないやつだな」
ダクネスは俺が水戸黄門に紋所を出された悪代官の如く平伏するものだと思っていたらしいが、生憎この場では俺の方が優位なので彼女に頭を下げるつもりは1ミリもないのだ。
「何言ってんだよ?俺とダクネスの仲だろ?と言うかその金髪碧眼を隠さないで庶民だと言い張る方が無理だろ?」
「…まあ確かにそうだが、そんなに私は目立つのか?」
「ああ、大体そうじゃ無いかとは噂されていたな」
ただその変態的なドM性癖の所為で確証に至らなかった、とはこの場では言わない方がいいだろう。それが彼女の為であり今後の俺の為でもある。
「コホン…お前が貴族に関して詳しいので説明が省けて助かる」
「おうよ、それで?そのペンダントで身分を明かして俺に何を頼みたいんだ?」
いつまでもくだらないやりとりを続けても話が進まないので、早々に切り上げて本題に移る様に話の流れを戻す。
「ダスティネス家は王族の盾と言われるほど王家と密接に関わる家でな、何かある度によく王都に呼ばれるのだ」
「成る程な、だから姿が見えない時は街の何処を探しても居ないわけか」
「まあ、そうなるな」
「と言うことはクリスもそうなのか?」
姿が見えないという共通点を持つクリスも実は公爵家の人間で、ダクネスの様に王都に呼ばれているから姿を偶にしか見ないという事も考えられる。
それなら王家の命令で何処からか現れた日本人の持つ神具が所有者を失った後に悪用されないように管理するという命令を秘密裏に受けていると考えれば多少の矛盾は生じるが今までのおおよその事に説明がつく。
「クリスか?アイツは貴族では無いはずだ、社交界でも見たことがないし先程お前も言っていた様に基本的に貴族は私の様な金色の髪に碧眼の特徴を持っているから銀髪を見掛けようものなら忘れることは無い」
「そうか、てっきりそうだと思ったんだけどな…」
どうやら俺の勘は外れているらしい。
だがダクネスが嘘を付いていればその限りではないが、彼女の様子を見る限りその可能性は低いだろう。
それだと一体彼女の正体と行動原理は何なのだろうかと思ったが、今回の話し合いの趣旨からズレるので追求はしない方が良いだろう。
「確かにアイツの行動は私でも読めないというか…そうだな私でも分からない。突然現れて何かしたかと思い気づけば姿を見なくなっているなんてこては結構ザラだからな」
「へー、やっぱり仲が良くても分からないもんか」
「そうだな、それでもこの街に来たてで冒険者との距離が掴めない時期に私が1人で街に居れば必ず声をかけてくれる優しいやつだよ。まあ今でもそうだがな」
フッ…と昔を懐かしむ様な含み笑みを浮かべながら過去の余韻に彼女は浸っている。
やはり身分を隠すゆえに皆から距離を置かざるを得ない状況下で出来た友というのは貴重で大切なのだろう。
空気を壊すのはあれなのであえて言わないが、距離を取られる理由は本人が思っている事では無いのは火を見るよりも明らかなのだ。
「…アイツの話は置いといてだな」
「ああ、話を逸らして悪かったな」
早く本題に入ろうと思っていたが、その事を意識をすればするほど他の事が気になり出してしまい話が逸れてしまう。
企業の企画会議ではその与太話から何かのアイディアが生まれ革新的な企画が生まれる事があるが、今回の話し合いの目的は零から一を作るものではなく一を別の一にする作業なのだ。
…まあ殆どは雑談が盛り上がるだけで意味は無いとは聞くが…
「これはまだ公表されてはいない話だが、お前は口が硬いほうか?」
「そうだな…言うなと言われれば言わないくらいだな」
「フッお前らしい言葉だな、だが今はそれを信じよう」
「おう」
「簡単に説明する。この国の実権を握っている国王とその第一王子が殺された」
「マジか」
重たい話が来るかと思ってはいたが、まさかここまで重たい話が飛んで来るとは思っていなかったので、思わず軽い若者言葉が口から漏れてしまう。
「魔王軍がついに王都まで手を出してきたのか?」
なんだかんだ言って魔王軍幹部の半分程を討ち取ってしまったので、それの報復かそれともこれ以上不利にならないうちに魔王軍が戦力を総動員して大将の首を取りに来てそれを果たしたと言う事だろうか?
そうなればダクネスがボロボロになる理由もわかる、
流石のダクネスもベルディアばりの戦闘力を持つモンスターと戦ったならあのくらいの負傷を負っても問題は無い。
「いや、今回の件に関して魔王軍や魔物とは一切関係はない」
「何だよ‼︎…いや悪い」
「構わない、私も今になっても信じられず夢か何かだと言われれば頷いてしまうほどだ」
自身の予想が外れた事で思わず叫んでしまい、それに対して謝罪する。
人の生き死に関わっている話の中で流石の俺もふざけ倒すわけにはいかないのだ。
「原因はそう難しくはなくむしろ良くあることだ……有り体にいって身内のクーデターだ」
「成る程な…魔王軍と戦争していると言っても貴族独特の地位争いは変わらずと言うことか…」
漫画や映画でよくある展開で現実ではない話だが、異世界では日常茶飯事なのだろうか?
身内同士での継承者争いや足の引っ張り合いはよくテーマにされるだけあって、この世界の貴族間でもあるのだろう。
「実行犯は多分国王の兄に当たる人物でな」
「兄で弟が国王になったという事はその性格に難があったって事か?」
「流石だな、そういう事になる。アイツは元々貴族以外は奴隷にしろや市民にも階級をつけて使えない人間は階級を落としていって処刑しろなどと言う優性思想があって、国王にするには危険すぎると前国王が判断して弟である現国王…今となってはこっちの方が前国王だが、それは置いておいて今の国王が選ばれたと言う話になっているんだ」
「へぇ、そんな裏話があったって訳か。でもそれならクーデターを起こす事を事前に予想できたんじゃ無いか?」
人間の嫉妬という感情は己を高める方向に向けばかなりのアドバンテージとなるが、ほとんどの人間はその感情を原因となった人間の足を引っ張る方向へと向けてしまう事が多いと聞く。
これは動物でも起こるというので、生物の本性といっても過言ではなく、感情である程度は抑えられたとしてもここまでの規模は耐えられるものではないだろう。
話はもしもになるが、弟が国を引き継いだという国内に居れば何処にいっても突きつけられる現実に耐えられる人間性を持っていれば、こんな回りくどい真似はぜず皆喜んでそいつを国王にしただろう。
「そうだ、だからそいつには必要以上の生活レベルと地位を保証する代わりに、使用人の人選や行動にかなりの制限を掛けていてクーデターなどは起こせない様になっていたはずなんだ」
「成る程、それなのにクーデターを起こしたと言う事は王都の人間に内通者が居たと言うことか」
「信じたくはないがそういう話になるな…」
組織の爪弾き者に手を差し出す者はそう珍しくは無い。
自身の地位が脅かされそれを回避しようにもしがらみがあって出来ない事を、それが無くそれなりに力がある人間に頼み頂点に立たせる代わりに甘い汁を吸わせろという約束をさせ革命を手伝うと言う話も考えられなくもない。
何せ上手くいけば自身の地位をNo.2にまで上げる大躍進を遂げれる可能性があるのだ、何もしなくても消えていく地位に怯えながら過ごすのであれば賭ける価値は大いにある。
「それで王都の現状はどうなっているんだ?」
「それは私も詳しくは分からない…これは私の予想だがそいつが王座に着いて国民の皆に政権交代をした事を自分に都合よく説明する準備をしているのでは無いだろうか?」
「それもあるな、ボロボロになったって事はその現場にいて防衛をしていたんだろ?その時の状況を教えてくれないか?」
ダクネスが俺に何を頼みたいのかある程度予想がつくが、その時の状況が分からなければ頷くに頷けないのだ。
「…そうだな、これは私自身の無能さが露見するからあまり話したくは無かったが仕方あるまい」
やはり自身が失敗を犯した話はなるべくしたく無いという気持ちは分からなくはないが、話してもらわなくてはその時の状況が分からないので対策の立てようがない。
「キッカケは些細な事だったんだ。あれは確か魔王軍幹部のシルビアが紅魔の里に伝わる魔術師殺しを手に入れたという報告が来た時だったな」
確か紅魔の里は昔から自分たちの弱点である魔術師殺しが解放された時は王都から応援をよこすと里の誰かが言っていた気がする。
実際にバルター率いる騎士団がシルビア討伐に精を出していた事は俺が立ち会っているので間違ってはいないだろう。
「それにより騎士団の実力者の殆どが紅魔の里へと派遣されてしまい、王都の警備は一時的に私達ダクネス家とシンフォニア家へと委託される形になったのだ」
魔王軍幹部となると並大抵の騎士でなければ太刀打ちすることが出来ない筈なので、選ばれるのは王都でも屈指の実力を持っつ者達だろう。
故にその減った戦力を補うためにダクネスなどの親身にしている貴族の私兵に警備を任せるのは当然の流れだろう。
「そのタイミングを突かれたわけか」
「不甲斐ないがそうなるな、話を進めるがその日の夜に事は起きたんだ。警備に私兵を当てていたというが、私も冒険者の端くれなのでその警備に参加し指揮を取らせてもらっていたんだが、正直国王と王子の死の瞬間には立ち会えなかったんだ」
「つまり気づいたら死んでいたと言うことか?」
「悔しいがそう言うことになる。言い訳になるかもしれないが、その時に私が任されていたのは王子の妹である王女様の護衛でな」
「国王はシンフォニア家が担当していたと言うわけか」
「そうだな、普段の王家との交流はシンフォニア家の方が時間が長い為、城の仕掛けや隠し通路の便宜が測りやすいので、今回は役割を分けたのだ」
適材適所、いくら信用が高いからといっても普段から城に住み込んでいるものと比べればいざと言う時の対応に差が出てしまうのだろう。
王国制をとっているこの国の仕組みを考えれば王の命一つで国が傾くので、最悪の事態は何としても避けなければいけないのだ。
「それに王女もまだ若く12歳程度の少女なのだ、いくら王族でレベルが高いとはいえ子供に自分の命を守れなどとは酷な話だろう?そこで歳の近い私が選ばれたわけだ」
「成る程な、国王と王子が討たれたと言っていたけどその王女は無事だったってわけか?」
「いや、それがまだ分からないんだ…その経緯もこれから説明する」
「そうか、話を遮って悪い」
「それで、最初はクレアの悲鳴だったんだ…ああクレアっていうのはシンフォニア家の当主だな。その悲鳴を合図に国王の兄側についている貴族の連中らが差し向けたと思われる私兵が城に攻めてきたんだ」
「そこで戦争になったわけか」
「そうだ、まあ私兵といっても所詮はここの貴族が所有している兵士なので騎士と比べれば劣るので、対処するのにそこまで苦労することは無いはずだったのだが」
貴族の所有する私兵は、訓練されているとはいえ実力がある人間は騎士団に引き抜かれるので城に残った騎士団とダスティネス家やシンフォニア家の合同の兵には敵わないという理屈だろう。
「いくら兵の質がこっちが有利だとしても、数で攻められてはどうしようもないと思い、私は王女様を連れて状況確認を兼ねて隠し通路のある玉座へと向かったのだ」
任されたのなら国王など気にせずに王女様だけ連れてあるであろう他の通路で脱出すればいいものだろうが、その時の状況的に出来なかったのだろう。
「下の階では激戦が繰り広げられていたが、兵の侵攻は下で止められていたので上に行く分には問題はなかったので一直線に玉座の間に向かったのだが、扉を開けて目に入ったのが兄の腕に王子の頭部が握られ国王の体に宝刀の刃が刺さっていた状態だったのだ」
中々にショッキングな光景だ。
「クレアはその横で満身創痍な状態で壁に打ち付けられていたよ、幸いにも衣服だけだから命に別状は無かったのだがその時は流石に死んでいたと思ったよ」
「その状況を2人で対処しなくちゃいけなかったわけか」
「そうなるな、私兵も居た様なんだが、皆気を失っているか事切れているのか分からないが皆そこら中に転がっていたんだ」
「酷い表現だな…」
「流石にこのままでは不味いと思いその王兄を捕縛しようと思い立ち向かったのだ」
「まあダクネスならそのシンフォニア家の騎士よりかは硬いからな」
「あまりその表現をされるのは好きではないのだが…そうだな私であれば王兄くらいなら簡単にとり抑えられるうだろう、しかしそうはいかなかったんだ」
「仲間が居たのか?」
「そうだ、深いフードにローブを羽織っていたから詳しくは分からないが息遣いや動きからして若い男性だろうことは分かったが、そいつの実力が私の予想を超えて高く私1人では対処できなかったのだ」
「あの怪我はそいつにやられた傷というわけか、てっきり大人数にリンチされたのかと思ったけど」
「そうだどんな仕掛けを使っているかは分からないが、アイツの攻撃は私の高い防御力などまるで意に返さないかの様に切り刻んでくれたよ」
「それを見た王女も不味いと思ってくれたのか、私兵の持っていた剣を拾い上げて私の戦いに加わってくれたのだが2人がかりでもそいつの歯が立たなかったのだ」
「マジか…一体そいつは何者なんだ?見当とかついてたりするのか?」
「いや、それが全く分からないんだ。あそこまでの実力を持っている者であれば私の耳にも入るし一度くらい手合わせはしている筈なのだが…」
つまり内通者の1人が俺みたいな日本人を雇って護衛として側に置いていたのだろうか?
それならいきなり現れた無名だけど最強の傭兵という事にも納得がいくが、俺たちの使命は魔王を討伐する事なので王族の内ゲバに関与するとは思えない。
だが、所詮俺たちも人間なので使命を放って王族に加わりたいという気持ちもわからなくもない。
結局の所、この件も当人と会ってみなければ分からないだろう。
「その後はどうなったんだ?それで終わりならお前はここに居ない筈だろ?」
「そうだ、王女様と2人がかりでも太刀打ちができずに2人ともほぼ満身創痍になり、このままでは不味い。何としても王女様だけは護らなくてはいけないと思い、奴と距離を取りつつ隙を見て王女様を城外の川へ投げ飛ばしたんだ」
「いきなり話がぶっ飛んだな」
「そうだ、何とか王女様が川に着水した事を確認した後私は奴に切り刻まれたよ」
いくら子供とはいえ1人の人間を城外にある川に投げるなんて可能なのだろうかと思ったが、脳まで筋肉なダクネスなので不可能では無かったのだろう。
正気の人間のやる沙汰では無いので相手も予想できずにその暴虐を許してしまったのだろう。多分俺が同じ立場でも見逃す自信はある。
「その後は呆気なく私達が拘束された事を知った私兵達は降伏し、何故か殺されずに拘束され違反者を懲らしめる懲罰房の牢屋に閉じ込められていたのだが、牢屋の数が少なかった事も幸いしてかクレアとは同じ牢に閉じ込められていたんだ」
「そこから色々彼女の協力もあって何とか私だけ城から脱出してここまで歩いてきたんだ」
「マジか、そのクレアは…」
「安心しろ牢を出る時に思いっきり頭突きしてきたから被害者として扱われているだろう」
「クレアェ…」
どうやらダクネスを逃すために犠牲になったわけでは無かった様だが、シンフォニア家当主も大変だなと思わずにはいられない。
「これが今回起こった事の経緯と顛末だ。目が覚めた時に王都の情報を調べたが、特に問題が起こったとは書かれていない以上まだ奴らは行動に移していない状況にあるのは確かだ」
「成る程な…叩くには準備している今のうちという訳か…」
「そうだ、それに王家の実権を全て握るのであれば聖剣の現継承者である王女様を討たなくてはいけない筈だ」
「まずはその王女様を確保して奴につけいる隙を作るわけか」
「それもあるが、純粋に心配なところもある」
「だろうな、それが俺に頼みたい事か?」
「そうだ、申し訳ないのだが、私達が準備している間におまえたちには王女様の捜索を頼みたいんだ…」
「成る程な」
占拠された城を奪還するにはそれ相応の兵と準備が必要になる。
ダクネスはこれから交流のあった他の貴族達に協力を要請して兵や物資を集めなくてはいけないのだ。
それにはまずシンボルである王女の姿が必要になる。
王都側が沈黙を貫けばダクネスが反旗を翻そうとしている様に邪推する人が出てくるので、分かりやすい王女の姿がなければクーデターが起きた事の証明が難しくなる。
それに血筋だけ見れば王兄の方が相応しいと考えられなくもなく、王女不在の状況下では王家の血筋を持つ王兄が正当な継承者になり得てしまい仮に王兄を討ったとしても王家の血筋を引くものが居なくなってしまい、この国の根幹が傾いてしまう危険性がある。
何にせよ、最終的にはその王女を王座に据えて国政を担ってもらわなければ、この国は混乱の時代に突入するだろう。
「探すのは構わないが何かあてがあるのか?あと顔が分かるものがあればいいんだけど」
結局俺はその王女の事に関して何も知らないのだ。
王族という事なので金髪碧眼だという事は分かるのだが、その特徴は王族以外の貴族にも当てはまるので一体誰がその王女様なのか見分けがつかないのだ。
「顔については王都の出している広報に肖像画みたいなものが描かれているからそれを見てほしいのだが、問題の居場所だが全くもって見当がつかないんだ」
「それじゃその川の場所を教えてくれないか?それしか手掛かりが無いならそこを辿るけど」
王女様のご尊顔は広報を拝見するとして、手掛かりにあるその川を辿り近くにある村や街を片っ端から当たっていけば何とかなるかもしれない。
「それに関してはこの街の近くを流れている川だな。私もその川を辿りながらこの街にきたので間違いは無い」
「成る程な…」
何だか俺の頭の中にある色々なピースが合わさっていく音が聞こえてくる。
しかし、俺の頭は何故だか知らないがその整ったパズルの完成図から目を逸らしている、これは一体どういう事だろうか?
「移動費とかは出してくれるんだろうな?」
「ああ、そんなケチな事はしない。見事無事に保護してくれたなら莫大な報酬を出そう、何せ王女様だからな」
「いいだろう。その話請け負ったよ」
「ああ助かる、3人でやってくれればすぐ見つかると期待している」
瞬間空気が凍りつく。
「そう言えば2人を見ないな?上の階で休んでいるのか?」
その空気の違和感に気づいたのか辺りをキョロキョロと見渡す。
「ああ…それなんだが2人は今里帰り中で居ないんだ」
「成る程、通りで最近爆裂魔法の苦情が無かった訳か…まあよろしく頼む。お前なら1人でも彼女を見つけ出してくれると期待してるぞ」
やはりめぐみんの爆裂魔法のクレームは来ているようだが、彼女が里にいるため今は鳴りを潜めていると言ったところだろうか。
「そう言えば玄関に靴がもう一つあったがあれは一体誰のなんだ?もしかしてパーティーのメンバーが増えたのか?」
話がひと段落したので気が抜けたのか先程迄の緊張感は消え、いつものようなおっとりと少し抜けた様なダクネスに戻る。
「ああ、今は妹が来ているんだよ」
流石にこの状況下でアイリの事を話すのは気が引けるので、事が安定するまで彼女の事は俺だけで内密に調べようかと思う。
「お兄様、お客様、お茶が入りました」
話がひと段落したのを狙ってきたのだろうか?
出るな…とは言っていなかったがラウンジの扉から何故かエプロンドレスを着用したアイリがお盆にお茶を乗せながらこちらに向かってやってくる。
「お兄様どうぞ、お客様もどうぞ」
「おお助かる、話していて喉が渇いてきたところだったよ」
「ありがとう」
互いに礼をいい、互いにカップに口をつけてお茶を飲む。
アイリは自分が入れたお茶の感想を聞きたいのか黙ってテーブルの端で待機している。
「中々美味いな、流石俺の妹だ」
「えへへ…」
取り敢えずカップを置いてアイリの頭を撫でてやる。
「ああ、中々の味だ。これほどの腕があるなら是非うちの家で働いて貰い…たい…もの…え?」
アイリの入れたお茶が口にあったのか、それとも子供に対してのお世辞なのか上品にお茶を飲んだ彼女はティーカップをテーブルに置きアイリの方を向き賛辞の言葉を言おうとしたが、その途中でまるで鳩が豆鉄砲を食らったような何ともいえない表情で硬直した。