前回中途半端だったのと時間があったので二日連続で投稿します。
ダクネスの貴族との交渉が長引いているのかあれから結構な時間が経った。
最初は右も左も分からなかった彼女も今ではしたたかな少女に成長を遂げている。まあ手段を覚えたと言うだけで中身の成長はほとんどないが…
「それでAさんがアイリの邪魔をして来たとして、それを撃退するためにはAさんに敵対するBさんを焚き付けなくちゃいけないんだよ。だけどアイリの言葉で協力してくれない場合どうしたらいい?」
「そうですね…お金を払うでしょうか?」
「いや、違うな。それも間違いじゃないんだがその場合Aさんがそれ以上の金額を出してアイリの事を追い詰める可能性がある。まあ状況によるが」
昼飯を終えた後、胃の消化が落ち着くまでの間に人間関係のゴタゴタについて説明する。
こんな事をしても付け焼き刃だと分かってはいるが、それでも何もしないよりかはいいのだろう。
「でしたらどうすればいいのでしょうか?」
「それを知るにはまずはBさんの立場になってみようか、敵対しているとはいえ下手に動けば周囲の人間に弱みを見せる事になるんだ」
「弱みとはどう言う事でしょうか?嫌いな人間に行動を起こすのは当然では?」
「いや、それがそうはいかないんだ。一応敵対しているように見えて表面では仲良しごっこをしないと人間社会では協調性がないと思われて干されてしまうんだ」
「成る程…」
「だからこそ人が動くには建前と言うものが必要になるんだ」
「建前ですか?」
「まあこの場合は大義名分かな、これから起こす行動は正義が伴った行動で、行動を起こされる方は行動を起こされるだけの理由があると周囲の人を納得させる必要があると言うわけだ」
「つまり行動を起こしても周囲の人間におかしく思われない理由が必要というわけですね」
「そう言う感じだな。要するにAさんを排除したいけど兵を出して排斥すると周囲から自分勝手の野蛮な奴という評価を受けてしまうんだ。まあその時はそれでいいんだが人間社会は永遠に…例え死んでも続いて行くものだからな、何かあった時にその行いを引き合いに出され糾弾を受け立場を無くすなどよくある事なんだ」
「…それは恐ろしい事ですね」
「だからその行いを正当なものにする為の大義名分が必要になると言うわけさ。これがあれば後で糾弾されても理由を説明して、こうしなければいけなかったという言い訳ができるから結果として自分の立場を守る事ができるんだ」
「中々難しい話ですね…」
「だから行動を起こすには極端な例になるけど抹殺したいという本音とこうしなければ行けなかったみんなもそう思うでしょう?という建前が必要になるんだ」
「成る程…」
「それで話は戻るけどAさんを排斥するためにBさんを焚き付けなくてはいけなくなった時、まずBさんがAさんを排斥する大義名分を用意しなくちゃいけないんだ」
「ちょっと待ってくださいお兄様」
「どうした?」
話していると質問をしたいのかアイリが手を挙げる。
「そもそも私が裏からAさんを排斥するというのはないのでしょうか?」
「まあ、無くはないがそれは最終手段だな。その方法は作業量が最も少ないかもしれないがリスクが大きいんだ」
「そうでしょうか?死人に口無しと前にお兄様がそう仰ったじゃないですか?」
アイリは可愛い顔して恐ろしい事を言い出だした。最近相手を如何に無力化するかを説いていたのが仇になったのだろうか?中々にヴァイオレンスな子に成長してしまった様だ。
「確かにそうかもしれないが、Aさんが急に居なくなったらAさんの関係者が騒ぎ出して犯人探しをするだろ?仮に誰にもバレずに排斥…まあ殺ったとしても今表立って対立しているアイリが疑われるのが至極当然になりアイリの立場が下がってしまうんだ」
「人間関係というものは難しいですね…」
「だからこそ表の舞台で正当な理由をつけて堂々と排斥するのが一番穏便…言い方がアレだけど丸く収まる方法かな」
「私の手を汚さず他の人にやらせるという事ですね?」
「言い方がアレだけど間違っちゃいないな、最悪の場合はBさんをトカゲの尻尾切りにしてアイリは逃げればいいんだ」
「それだとBさんに恨まれないでしょうか?」
「その時はその時だな。例え切ったとしてもアイリの立場が残っていれば何かの功績とセットでまた同じ土俵に戻してやればいいんだ」
「成る程…」
「また話がズレたな…それでBさんを行動に移させるにはまずBさんを説得しないといけないんだ。それでお願いしますと言ってアイリがBさんだったらはいそうですかって言うか?」
「言わないですね…いくら私がAさんが嫌いでもリスクを冒してでも協力する理由がありません…」
「だろ?だからBさんにメリットを提供しないといけないんだ」
「メリットですか?」
「要するに利益を与えるということだな。例えばBさんの家が金に困っていればBさんの土地の名産品を高値で買い取るという建前で資金援助をするとか」
「大義名分と報酬を与えればいいのですね?」
「まあそうなるかな。そこまで用意できれば流石にBさんも動いてくれるだろう。その大義名分はアイリが考えるかBさんが用意するかはその時に考えるとしてな」
「けどBさんに与えられる利益がなかった場合はどうすればいいのでしょうか?
「その場合は例外としてCさんを使うんだ」
「Cさんですか?」
「この場合Cさんは誰でもいい、ただそのCさんはBさんが欲しいものを持っていなくちゃいけないんだ」
「Bさんよりも先にCさんを攻略しろという事ですね」
「ああ、そうなるな。Cと先に内密に交渉してそれを手に入れて、それを手土産にBさんの元に向かうんだ」
「遠回りに遠回りを重ねるんですね」
「面倒かもしれないが、それで秘密を共有することで共犯者となり、共に何かをしたという実績を作り信用が上がるというわけだ」
「成る程…前に言っていた秘密の共有というやつですね」
「そうだ、その一緒に悪いことをしたという罪悪感を人は友情と勘違いするんだ」
ふむふむとメモを取っているアイリを眺めていると、将来絶対ろくな大人にならないなという罪悪感が俺の良心の呵責を生む。
しかし、これくらいの事をしなければこの先アイリが進んでいくであろう茨の道は渡れないのだ。
「次は美人局…まあ後はスパイだな」
「スパイ?あの調味料という奴ですか?」
「それはスパイスだな…」
まだまだ世間知らずのところが抜けていないのが可愛いところであるが、このボケを民衆の前で晒すとなるとそれはそれでまずい事になる。
これからアイリを見る目は街の小娘から一国の王女になるのだ。こんな感じではまたクーデターを起こされても不思議では無くなってしまう。
「スパイは味方の中に居る敵だな」
「え?そのような方がいればすぐ排除されるのではないでしょうか?」
「それが無いんだよ。奴らは子供の頃からそういう教育をされて子供のうちに組織の中に入るから見分けがつかないんだ」
「成る程…」
「例えるなら騎士団がわかりやすいな。あの組織は基本的家柄保証された貴族の人間が優遇されるようになっているんだ。何せ昔から王都に仕えている連中らだからな、まあ他所から志願した連中らと比べれば家に泥を塗らないよう清廉に務めるし裏切ったところで自分の身分を保証している王国が無くなったら困るのは自分の家だからな」
「だから騎士団の幹部は貴族が多いと言われているのですね」
「そうなるな、けどそれに甘えると酷い目に遭うこともあるんだ。例えば貴族Aが他の国に今以上の地位を保証するという契約を吹っかけられれば馬鹿な貴族がたまに引っ掛かって国の内情を吐いてしまうこともある」
「成る程…油断も隙もないですね」
「だから内情も出来る限り秘密にした方がいいんだ」
「それで話を戻すけど、組織の2割くらいはスパイが居ると思った方がいいな」
「そんなに居るのですか?」
「ああ、最悪のケースはもっと居る事もある。これは組織の規模によるな、少人数なら良いけど自分が関与していない人間が出て来始めたら注意したほうがいい」
「そんな…」
「だとしてもそいつらは事を起こすまでは一応は味方だからな、役目を果たす為に必要な自身の地位を守るために結果を残さないといけないから、上手く使えばそこら辺の仲間よりも使えるかもしれないが、深入りは禁物だな。あとスパイを警戒するがあまり周囲から距離を取るのも駄目だ。周囲を頼らないことは周囲から信用されないと反感を買う可能性もある」
「難しい事を言いますね…つまりどうすればいいのですか?」
「味方を含めて上手く飼い慣らす事だな。周囲とは付かず離れずで平等に接しながら本当の味方を探り、そのスパイを見つけ出して泳がせておくのが一番だ」
「そのスパイを泳がせておいて大丈夫なのでしょうか?いつか裏切るならその場で捕まえた方が…」
「それも良いかもしれないが、下手に捕まえれば相手の組織に気付かれて行動を起こされるかもしれないという可能性があるからだ。なるべく相手の組織に自身の組織が優位な立場にいると錯覚させて置かなくてはいけないんだ」
「つまり程度の低いけど重要な仕事を割り振りながら、その組織の人が信用されていると思い込ませればいいんですね」
「そう言うことだ、大きな組織ほど内側から脆くなっていくものなんだ。一番の裏切り者は一番近くにいるケースもあるから気をつけろ」
「世間の皆さんは大変ですね…」
「まあそうなるな」
あまり人間の汚さを話すとアイリの目が死んでくるので話はこの辺りにしようかと思う。
変に知識を入れ過ぎればアイリの他人に関しての態度が斜に構えたようなものになるので、あまり細かく教えすぎるのは禁物だろう。
…まあ今更言うのもなんだが…
要するになんか考える時の材料になればいい位の知識を教えればいいのだろう。それ以上の行動はアイリの人間性を歪めかねない。
「食後の休憩も取ったし次の作業に移るか」
「夕食の準備ですね‼︎今日は久しぶりに鶏肉が食べたいです‼︎」
ずっと座っていた為か体が固まっていたのでストレッチをしながら体を伸ばしていると夕食の献立の提案をしてくる。
そして慣れた手つきで鞄から罠と弓矢を取り出し森の中に入っていった。
この数日でアイリは俺の教えた殆どの知識を吸収して立派なサバイバーへと成長を遂げている。
しかし、どれもアイリは苦労などせず簡単に習得し全てを自分のものにしていった。
これは恐ろしい程の才能だ。
これが王族の血筋と言うものだろう、普通の人間が簡単に習得出来るほど山の生活は甘くはない。
俺と比べてなんて失礼な事を言いたくはないが、スキルを無しにあそこまで領域に達するのにどれほどの挫折と血反吐を吐く度の苦労をしたのかは言うまでもない。
彼女はそれを苦労しなかったとは言わないが何の挫折もなくこなしてしまったのだ。
人の心は壊れてしまえば戻らないが、かと言って一度も傷付かなければ傷を負った際に守る事も治す事も出来ずに壊れてしまうのだ。
例えアイリが記憶を戻そうと戻るまいとダクネスに気づかれてしまった以上は必ず現実から逃げられなくなる時が来る。
その時になってこの山での辛い経験が心の糧になればいいかと思い企画したが、今の分では結果としては精々悪知恵が付いた程度のものだろう。
家族の死を受け天涯孤独となった彼女を支える人間は沢山居るだろうが、それはアイリが王女様という地位に立っているからであって、彼女がアイリというただの少女になった時の味方はどれほど居るのだろうか。
ダクネスは多分従うだろう。そしてあのシンフォニア家のクレアもその内の1人だろう。
しかし、他の貴族はアイリの王位継承を良しとするのか?
このままアイリを死んだ事にして王兄を王にして他の貴族らが反旗を翻すのを待ったほうが賢明ではないだろうか?
そうすればその貴族の連中を束ねて指揮した連中らの1人が王位を継いで上手くやってくれるだろう。それがダスティネス家かシンフォニア家かは分からないが。
王家の血筋は途絶え国宝の意味は無くなってしまうが、それは亡くなった前国王の責任にしてしまえば大丈夫だろう。死人に口無しとはこの事だ。
王都に何があろうとも最悪俺の住んでいるアクセルの街に被害が来る事はないだろう。わざわざ初心者の集まる街に何かするメリットなど何も無いはずだ。
………いや…何を考えているのだろうか俺は……
例えそれが叶ったとしてアイリが記憶を戻したらどうするかなんて、記憶を失う前のアイリを見れば考えるまでも無いじゃないか。
そもそもアイリを王女に戻す前に王兄に奪われた王都を取り戻さなくてはいけないんだ。
それが叶わなかったらその考えを実行すればいいのだ。
「お兄様‼︎大量に取れました‼︎今夜はご馳走です‼︎」
「おーこれはまたすごい量を取ったな」
考え事をしていると体感時間が加速するのか気付けばアイリが夕食の材料を狩りとってきたようだ。
予想外の時間の速さにビックリしながら彼女の手元を見ると、その言葉通りなんて名前か分からないが鶏くらいのサイズ感の鳥が数羽握られていた。
「どれも全部脳天を貫いているのかよ…」
「はい‼︎お兄様に言われた通り何処に向かうかと意識と現実がどの位ズレるかを予想して放ったら見事に当たりました‼︎」
「もう自分の物にしたかのかよしよし」
「えへへ…」
まるで投げたボールを取ってきた犬の如く頭を差し出すアイリの頭部を撫でる。もはやこれは一種のパブロフ犬の実験なのでは無いだろうか?
「…ふぅ、これ一通りは捌けたかな」
鳥を捌くのは意外に難しく、日本では費用対効果が悪いので人件費の安い国で大量に人を雇って行うと聞いたが、自身が行うと納得のやりづらさだ。
全自動で動物を捌く魔法が欲しいが、そんなニッチな魔法果たして存在するのだろうか?
「こっちも準備終わりました、後は焼くだけです」
「おう、今持っていくからな」
捌いた鶏肉を鷲掴みにしてアイリの用意した中華鍋の様な物に突っ込んでいく。
その後夕焼けを背にしながら焼かれた肉を突っついていく。
屋敷で暮らしていた時と比べるとかなり質素な食事になるが、これはこれで慣れればいい物だ。ただたまに米を食べたくなってしまうのが悪いところだが。
「今日はこの後またボードゲームですか?」
「ああ、そうなるな。今度は趣旨を凝らして別のルールにしよう、ずっと同じルールにしていると頭が凝り固まって柔軟な考えが出来なくなるからな」
「了解です‼︎」
陽が落ち周囲が暗くなり、意外と話が弾んでしまい気付けば夜遅くになってしまったので今日は無しで明日またやろうという流れになった。
まあ、基本的にボードゲームなどは何度も繰り返し行なっていくと勝ち方が複数のパターンに絞られて、そのパターンにどう当て嵌めるかのある意味ワンパターンになってしまうきらいがある。
であればここはシンプルにルールを変えて別の考え方を挟んで思考をリセットしようという趣向だ。
ルールに関してはこのゆんゆんメモがある限りネタが尽きる事はないだろう。まさか本人がいない所で役立つなど本人からしたら不本意だろうがその辺りは許して欲しい。
「それじゃ食器を片付け…危ない⁉︎」
眠気が強かったがそれでも今までの癖は抜けていなかった様で、さむけとともに危険を感じ咄嗟に剣を突き出しアイリの前に突き出すと、突然ナイフが姿を現し弾かれた。どうやら王兄の手先が刺客を寄越した様だ。
「誰だ‼︎出てこい‼︎」
最初はふとした違和感だった。
俺の感知スキルはこの山全体に行き渡らせるほどに強化してあり、そもそもスキルに頼らずともある程度は分かる様になっていたが、それでも俺以上の人間なのどこの世界にゴロゴロ居るとクリスが前に言っていたので、スキルによる反応だけではなく自身の勘も研ぎ澄ましていたが、今回はそれが功を奏したようだ。
「ほぉう…この私の攻撃を見抜くとは流石は王女の守りを1人で任される事はあるな」
感知スキルで生体反応を必死に探るが、奴の方が上なのか全く反応が出なかった。
本来潜伏スキルが機能するのはその対象が認知の外側に居る場合に効果を発するとされている。なので初撃を防ぎ奴の存在に気付いたのでスキルの効果は緩まり姿を隠すのは不可能とされているが、奴の姿どころか気配すら掴むことが出来なかった。
「誰だ‼︎コソコソしてないで姿を現したらどうだ?」
「何を仰るのやら…お主が私の立場であったら姿を表すか?」
「確かに‼︎」
「お兄様‼︎勝手に納得しないでください‼︎」
「わ、悪い…つい」
圧倒的正論に思わず納得してしまった事をアイリに咎められる。
しかし、姿どころか気配すら辿れないとは奴は高レベルだが全てのスキルを潜伏に振った極振りやろうだろうか?
「姿が捉えられない以上この私を止める事は不可能なのは理解しておるか?」
「…くっ⁉︎」
投げられたナイフを既のところで弾く。
奴の姿は捉えられないが、奴から離れたナイフであればなんとか捉えられるようだ。
「では先に王女様のお命を頂こうか‼︎」
「させるかよ‼︎」
「お兄様‼︎」
初めて命を狙われる恐怖に腰が抜けたのか、その場から動こうとしないアイリに向かって仕掛けを発動させる。
ここに来た初日から念の為にと用意していたトラップがまさか役に立つなんて思わなかったが、今回は過去の自分に感謝するしかない。
「こ、これは‼︎」
バチンと何かが弾かれる様な音と共にアイリの周囲に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。
「アイリ、そこを動くなよ」
「分かりました…ですがお兄様‼︎」
「安心しろ、そう簡単に殺されてたまるか」
剣を再び構えながら何処から来るのか分からない刺客の攻撃に備える。
奴の攻撃は俺の作ったトラップで防げる程度のものなので一撃の重さは大した事はないだろう。
人間の視界は必ずしも全てを映しているわけではない。
眼球の構造上視神経の出入り口である黄斑という部分の視界は見えないとされている。これをマリオットの盲点という何処ぞのゲームの様な名前だが人間はその部分を認識できない。
では何故視界に欠損が無いのかは単純で脳幹を構成する中脳が勝手に補正するからである。実際中脳障害を起こすと部分的に視野が欠損して視界に穴が空いてしまうのだ。
まあそんな話はさておき、奴の能力はその盲点をうまく利用した物かもしれ無いという可能性があるという話である。
そうなれば視覚で捉えるのはほぼ不可能だろう。この場で頭の一部を破壊して盲点を作りその場に攻撃する事ができるが、そんな器用な事は出来ない。
仮にその理論で行くなら俺の視界は奴の能力で支配されていることになるので前提として間違っている可能性もある。
「ふむ中々小癪な真似をしよるのう。だが、これもお主あってこその絡繰、お主を殺してしまえばそれも解けるじゃろう」
その言葉と共に先程までアイリに向いていた殺気が俺に向かう。
恐ろしい程の殺気を受け、奴がどれ程人を殺めて来たのか肌で感じる。
だが、ここで逃げようものならアイリは永遠に幸せになる事は無いだろう。
「舐めんじゃねーぞ‼︎」
土の初級魔法で砂を作り、それを周囲にばら撒く。
「く、小癪‼︎だが私も感知スキルを使える事を忘れるで無いぞ‼︎」
巻き立てられた砂埃でこの場一面が砂埃の茶色一色に染まる。
こんな古典的な目眩し感知スキル持ちには効かないが、俺の狙いはそんなものではなく。
「貰った‼︎」
砂埃の動きを感知スキルで捉え、動きに違和感があった場所を思いっきり叩き切る。
しかし、奴も一流の殺し屋なのだろう、例え動きが見えなくても当たるかもしれないという意識が俺の振り下ろしを予測し寸での所で躱される。
「まだまだ‼︎」
しかし、その程度で諦めていたらクリスの扱きには耐え切れないだろう。
避けられるのが当たり前だったクリスの戦闘経験の教訓を活かし次の一手である回し蹴りを放つ。
「ぐっ‼︎」
左足に確かな感触と奴の息を殺した悲鳴が聞こえる。
潜伏スキルは俺みたいな冒険者を除き扱える職業は限られどれも攻防力のステータスは低めなので俺でもダメージを容易く通せるのだ。
「どうだ‼︎これがカズマ流姑息戦術だ‼︎アイリもその目に焼き付けておけ」
「分かりました‼︎」
奴を蹴り飛ばし、それによって出来た隙にアイリが生存しているかどうかの確認をふざけを装いながら伺う。
「全く同じスキルを使用する者とは聞いていたが、ここまで乱暴だとは…」
「はっ、ヨボヨボのジジイがイキがりやがって‼︎引導を渡してやるよ‼︎」
「若造が‼︎抜かしよるわ」
先程の作戦で潜伏スキルに関してある事を気づく。
そもそもスキルに関しては冒険者カードに乗せられる程度の簡易的な説明しか載ってないので、そのスキルの全体像は把握できず与えられら力のみで上手く使いこなさなくてはいけない。
故にスキルの捉え方によっては、また別の使い方に応用して使うこともできるのだ。
砂埃により奴の動きを捉えられたなら周辺の空気を対象にして感知スキルを使えば空間ごと奴を捉える事ができるのでは無いだろうか。
下手に同じ作戦を取るよりかは十分な価値があると判断し、その思い付きに身を投じる。
「やっぱりな‼︎爺さんあんたの弱点分かったぞ」
奴の振り下ろした刃を弾き返し再びその腹に蹴りを入れる。
「ごふっ⁉︎」
再び聞こえる鈍い悲鳴と足に感じる確かな手応え。
「成る程…原理は良く分からんが、ここは一旦退いたほうがよさそうじゃな」
「何⁉︎」
感情の抑えられた低い声が周囲に響いた後、奴の気配が俺から遠退く。
「逃げる気か‼︎」
気配を完全に見失う前に腰にぶら下げていた弓矢に切り替え、矢を数本同時に解き放ちそのまま奴の方へ走って行く。
「アイリいざという時のために構えとけ‼︎」
「はい‼︎分かりました」
アイリに指示を出し俺は急いで奴の潜った森の中へと潜入する。
気配は未だに掴んでは居るが、俺みたいな紛い物ではなく本職なのでかなり手際の良さで森を駆け抜けていく。
「くそ‼︎」
心の中で悪態を吐きながら矢を放つ。
このまま奴を逃せば機を見計らって再び攻めてくるだろう。今回は何とか捉えられたが、次また捉えられるかはまた別なのだ。
俺の新しい感知性能も、今は相手がそこに居ると分かるから出来るのであって、突然現れた奴に対応できるほど使いこなせてはいない。
最早視界などに頼らず全身で周囲の気配を辿りながら木々を躱し、枝を渡り逃走する奴を追跡しながら隙を見て矢を放つ。
矢が尽きる心配もあるが、その時は氷の矢を精製して放てばいいだけだ。
「ぬおっ⁉︎」
そしてそんなやり取りをしながらようやく俺の放った矢が奴の着地する枝を先んじて撃ち抜き、奴は体勢を崩しながら地面に落下する。
「貰った‼︎」
最早周囲の山など燃えてしまっても構わない覚悟で黒炎を奴に向かって放つ。
最悪山一つ無くなるかもしれないが、その時はその時だ。
「こ、この炎は‼︎」
俺の炎は奴に見事命中し、奴の体は丸焦げになる筈だったがそんな事はなく。
何やらマントを被っていた様で、奴はそれを即座に脱ぎ捨てることによって俺の黒炎を回避した。
「王国随一の暗殺部隊隊長である私の顔を見るとはな、貴様は生かしては返さんぞ」
「はっ‼︎何処かで聞いた様な名乗り方だな‼︎」
どうやら奴の恐ろしい程の潜伏性能は先程のマントの性能だった様で、そのマントが焼かれた事によりようやく奴の尊顔を眺めることに成功する。
「ヨボヨボのジジイが、早く引退させてやるよ」
剣を構え奴に向き直る。
「ほう、ガキが吠えよるわ…このマントの貸し高くつくぞ‼︎」
奴がそう叫ぶと手元には先程飛ばしたであろうナイフが数本握られており、気付けばそれら全てを投擲し俺に向かって飛来していた。
あまりに速い動きにたじろぎそうになるが、この速度の投げナイフなら俺の敵では無い。
「オラオラ‼︎」
掛け声で自分を鼓舞し、投げられたナイフを全て丁寧に掴み取りそのまま奴に投げ返す。
「何と⁉︎これまた奇想天外な‼︎」
俺の投げ返したナイフは奴の元へと戻ったが、既に奴はそこには居らず、何かに引っ張られるような動きをしながら素早く隣の木に乗り移っていた。
「グラップルか…」
「御名答、小僧にはちと早かったかのう?」
マジックハンドの先端をワイヤーの先端につけ、それを高速で射出して遠くの物に引っ掛け自身の体を引き寄せたりそのまた逆をする技の様なものだ。
ゲームの世界だけと思っていたが、まさかこの世界で再現できているとは思わなかった。
「これは色々と応用が出来てな」
「なっ⁉︎」
気付けば俺の左腕にそのグラップルが巻き付いていることに気付く、どうやら装備に潜伏スキルを応用したようだ。
しかし、そんな悠長なことを考えている暇はなく、俺の体はすぐさま奴の元へ引き寄せられる。
「ほれ‼︎」
「ごはっ‼︎」
引き寄せられた先には奴の拳が待っており、そのままサンドバックの様に顔面を撃ち抜かれる。
「もう一発いこ…」
「させるかよ‼︎」
もう一発目のタイミングで体を起こし奴のワイヤーを掴んでいる手首を肘と膝で挟む様にして潰し拘束を緩め解放し地面に落下する。
「バインド‼︎」
落下するタイミングでバインドを放つ。
「甘いわ‼︎」
しかし、流石は隊長クラス、俺のバインドがかかる前にその拘束をナイフで切り裂いた。
「ぐはっ‼︎」
受け身を取ったとは言え無理な体勢で着地をすれば必ずダメージが入る。
痛みに耐えながら体を転がし、追撃を避けながら体勢を立て直す。
「末恐ろしい小僧じゃのう。しぶとさなら過去一じゃわ」
「それはそれはお褒めに預かり光栄です」
手首を包帯で応急処置しながら俺に賛辞を送る。
「悪いけどあまりアイリを1人にしたく無いんでな、これで決めさせてもらう」
「私相手にこれで決めるだと?思い上がったな小僧‼︎」
俺の挑発にあえて乗ったのか分からなかったが、奴は感情を剥き出しにしながら俺の元の向かってくる。
俺はそこで迎え撃つなんて事はせず。懐に仕込んでいた仕込みナイフを出来るだけ奴に向かって投擲した。
「数打てば豆鉄砲でも当たるか‼︎私も舐められたものだな‼︎」
奴は持っていたナイフを一つ増やし両手持ちにした後俺の放ったナイフを全て弾き返し、それなのナイフは全て周囲の木に突き刺さった。
こうなってしまえばそのナイフを使うには一度ナイフを木から引き抜かなくては行かず、一手間増えてしまうことになる。
「貰ったぞ小僧‼︎」
「いや貰ったのはこっちのセリフだ‼︎」
「なぬ⁉︎…これは‼︎」
奴の姿が俺の目の前に現れた瞬間俺は手に持っていたワイヤーを全て後ろに引き仕掛けを発動する。
「ワイヤーはあんただけの専売特許じゃ無いんだよ‼︎」
引かれたワイヤーは全て奴に弾かれたナイフの柄に付けられており俺とナイフの間に入って仕舞えば、後は手の動きの工夫で獲物を捉える事ができるのだ。
「遠糸縛殺…何ちゃって」
「この小癪な‼︎糸に潜伏スキルを使いよって、私の技を奪いよったな‼︎」
「ハン‼︎このボケジジイがこれは学習って言うんだよ‼︎いい加減目的を吐きやがれ」
「ぬ‼︎力が抜けていく…」
周囲の木に括り付けられた状態で奴を固定し、念のためドレインタッチで奴の体力を吸収する。
「…これまでか、殺すが良い」
ドレインタッチにより魔力等々を吸い取られ観念したのか、今度は自身を殺すように要求してきた。
「いや、あんたの目的が聞きたい。アイリスを殺すってことはあんた王兄派の人間だな」
「ふん、そんなものは私に関係ない。私は言われたがままに行動するのみだ」
「なら命は助けてやる。だから城の状況を教えてくれ」
「そんなものわしはしら…ごふ‼︎」
しらばくれるので思いっきり顔面を殴る。
「本当に知らんのだ、私はいつもの様に命令されて貴様を殺す様に言われただけだ」
「俺を?アイリスじゃ無いのか?」
「そうだ、アイリス様を殺そうとしたのは私の慈悲だ。あの子はこのまま生きていたとしても碌な目に合わん。ならばせめてこの場で殺してやったほうがあの子の為だ」
「待て、アイリスを狙わないで俺を殺す理由は何だ?」
「そこまでは知らん、私ら暗殺部隊は命令を遂行するだけで主人の真意など聞いてはいけない決まりだ」
どう言うことだ?
アイリを狙うなら全てに辻褄が通るが、俺を狙うだと?
「あの子がここに居た事は流石の私も驚いたわ」
「だから先にアイリスを狙ったってか?お前の雇い主は誰だ?質問の答えからして王兄じゃないだろ‼︎」
「はん、勘のいい小僧だ。だが私にも掟がある、故にこれ以上お前に話すことはない。殺せ」
奴はそう言いながら目を閉じ口を閉ざした。
本当に自身を殺すように言っているのだろう。
覚悟が決まった人間はどんな嫌がらせをしようともその口を割ることはない。
「なら話を変えよう。あのマントどこで手に入れた」
「ほう、あのマントに目をつけたか…小僧存外食えぬ奴よのう。あれは貰い物でな、何でも神具と言われる物だそうだ」
「あれは持ち主以外使えないはずだが?」
「ああ、やはりそうであったか。本来であれば周囲の気配まで隠すと言っておったが、私が装備してもそれだけは隠せなかった、だから潜伏スキルと併用しておったんだがその弱点を見事小僧に見抜かれたわけだ」
「あれは誰から貰ったんだ?」
神具を他人に渡す依頼主となると日本人の可能性が高くなるが、そうやすやつと自身の唯一のチートを相手に渡すのだろうか?
「それは言えん」
「このジジイ‼︎」
どうやらこれ以上は何も言わないらしく完全に精神を閉ざしてやがる。
「そうだ、最後に一言いいか?」
「何だ?」
何かの未練があるのか最後に俺に何か言いたいようだ、まあ爺さんの事だ尊敬する武将か何かの辞世の句でも読むのだろうか…いやこの世界に辞世の句とか無いだろ。
「こうなってしまった以上アイリス様を頼んだぞ…」
「クソジジイあんた…」
その問いかけの言葉の答えは返ってくることは無かった。
多分このジジイは死んでもその意味を言う事は無いだろう。
…何だろう、どいつもこいつも自己満足に浸りやがって、流石の俺も腹が立ってきた…
「ああいいよ‼︎それだったらこっちにも考えがあんぞ‼︎」
「おお何だ?この私に拷問でもする気か?やめておいた方がいいぞ、暗殺部隊は日常訓練に拷問に耐える訓練があってのう、小僧なんかが考えつかんものまで受けておるのだ」
「甘いな、世の中には死よりも恐ろしいものがある事を教えてやるよ」
「何だと?」
俺は面白い企みを思いつくと不敵な笑みを浮かべながら懐からあるものを取り出す。
「それは…何かのスクロールか?」
「そうだ、これ自体は単純なスクロールだ」
夜の帷は既に降ろされ、そこから朝の雲雀が鳴き始めている。
向こうでは既に朝の祈りの時間だろう。
「それで私を何処に飛ばすつもりだ?」
「そんなの決まっているだろ?アルカンレティアの教会のど真ん中だよ‼︎」
「こ、小僧⁉︎貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ‼︎」
奴の叫びと共にテレポートのスクロールを発動すると、淡い光に包まれながらその体は例のあの場所へと運ばれたのだった。
ああ、ドレインタッチで弱らされた体であいつらの勧誘から逃げられるか心配だな(笑)
「アイリ戻ったぞ、無事か⁉︎」
「ええ、私は大丈夫です‼︎」
「今解放するからな‼︎」
アイリを護っていた防護壁を解除し、アイリを解放するとアイリはすぐさま失礼しますと言いながら何処かへ消えていってしまった。
何事かと思ったが、感知スキルでは近くの池に居るので多分そういう事だろう。まあ危険がなくて良かった。
「まあ、何とかなったな…ん?」
安心しているとふと胸元で何かが爆ぜる音がした。
何だと思いながら胸元を見ると、屋敷に仕掛けた仕組み通りペンダントが砕けたのだった。
…つまり。
「カウントダウン開始か…」
ダクネスが他貴族との交渉を終えた合図だった。