この女神の居ない世界に祝福を   作:名代

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誤字脱字の訂正ありがとうございます。


六花の少女15

喉を貫かれ、回復魔法を唱える事ができずに激痛に喘いでいたのだが、気づけば何処かの川辺だろうか?草木の生い茂る地面を踏みつけながら俺は立っていた。

 

「何だ…ここは?」

 

思わず言葉が漏れる。

 

「あれ?何だこれ?喋れるぞ」

 

先程まで必死に出そうとしていた声が難なく発声できている事に気づき思わず喉を押さえ確認すると、先程まで抉れていた喉仏等々の器官がまるで何事も無かったかの様に再生されていた。

 

この世界は日本と比べればファンタジーそのものだが、それでも死ぬ時は死ぬ非情な世界でもあるのだ。

そんな世界で喉を抉られたのであれば不思議な力が発生して回復なんて夢物語的な力が発動するなんて事は無く、ただ死ぬだけなのだ。

 

そうなるとここは死後の世界なのだろうか?

先程までいた世界に来る前に一度死後の世界というものを味わっていたが、その世界と今いる環境は考えるまでも無いほどにかけ離れている。

 

何と説明したらいいのだろうか?どうせなら有名な著書を例に出して説明したいが、生憎俺なんかの知識ではこの世界の説明を賄える内容の著書を知らないし読んだりもしなかった。

 

そう、簡単に言えば何処か生臭いのだ。

勘違いしないで欲しいのは臭いが生臭いのではなく、世界が生臭いのだ。

イメージしやすくするなら風の当たり方や周囲の空気の澱み、植物の色や霧がかった視界等々挙げられるが、一番はこの世界の光源である月の夕日である。

夕焼けなどと言われる現象が起きる日没前の現象だが、よく太陽の径が光の屈折等々で昼の時の大きさと比べて大きくなるのだが、この現象を月で代替され夕焼けの赤みが昼行灯の様なぼやけに入れ替わった様な感じだ。

 

抽象的で申し訳ないのだが、何処にも無い現象を現実にある例えを使って説明するとなると抽象的に成らざるを得ないのだ。

 

 

 

川の上流を辿る様に薄暗い霧の中を歩いていく。

上流に行けば誰かに会えるだろうという安直な考えだが、何もしないよりかはいいのかもしれないと思い行動してみたが、某霧に包まれる映画の事を思うと動かないで誰かが来るのを待っていた方がいいのでは無いだろうかと不安に駆られる。

 

まあでも今は一人だし失う物は何もないし大丈夫だろうと思い先に進む。

何故か分からないがあれだけ仕込んだ道具や武器などが何処にもなく、ただ服を着ているだけの無防備な状態になっている現状なので敵が出てきたらと思うとかなり危険な状態だなと客観的に現状を分析する。

 

 

 

 

…そういえば何で俺はここに居るのだろうか?

 

 

歩きながら現状を分析し次の一手をどうするか考えていたが、そう言えばと思った途端そもそも何故自分がこうなっているのかという疑問が湧いてくる。

記憶が正しく夢で無ければ、俺は関所で治療を受けているか土葬か何かの方法で処理されている筈でこんな所に居る事はまず無いだろう。それに死んだのであればいつかの女神のいる部屋に飛ばされている筈だ。

 

であればここは一体何処なんだろうか?

 

川辺には小石が積み上げられた小さな塔みたいな物が沢山点在して居る。

これは子供が親よりも先に亡くなってしまった時にその贖罪として石を積み上げるという話があるが、この周辺に子供の姿は見えない。

それに積み上げられた石を崩しに来る鬼が居る筈なので、この贖罪に終わりは無いと言われているがその鬼すらこの周辺には見当たらない。

 

薄暗い川辺の向こう岸を見ると誰かがこっちに向かって手を振っているのか、影が動いているのを確認できる。

 

「誰かいるのだろうか?」

 

遠近法なのかそれとも目の錯覚なのか、ここから向こう岸までの距離を計算するとその影は大きく俺の身長をゆうに越している巨大な存在だった。

千里眼スキルを使おうにも、何故かスキルを使用することが出来ず実戦で得たスキルもどきも使えないので魔力そのものを封じ込められているのだろう。

 

なので周囲から起こる水の音を無視しながら耳を澄ませ、その影が何か言っていないかを確認する。

 

「おーい‼︎こっち来いよ‼︎」

 

どうやらあの影は俺をこっち側に呼んでいる様だった。

 

俺が誰かに呼ばれる様な存在かはともかくあんな大きな友人は…いや聞いたことがある様な声だったな。

 

もう一度耳を澄まし奴の声を確認する。

 

「おーい‼︎こっち来いよ‼︎」

 

やはりどこかで聞いた事がある。ただそれが何処かは全く思い出せないのだ。

うーんと唸りながら影を眺めていると大きな影の隣に小さな、まあ小さなとは言っても俺より少しだけ大きいのだが新しい影が現れて居る事に気づく。

 

折角なのでそちらの方にも耳を向け奴が何を言って居るのか確認する。

 

「石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤石鹸洗剤‼︎」

 

「怖えーよ⁉︎」

 

そいつの声を聞いて声の主がハンスであると確信する。

という事は隣にいる影はベルディアのものだろう、そう思い影を確認すると大きすぎて気づかなかったが首の部分の辺りが切り取られた様に抜けていた。

 

…しかし死んでも尚アルカンレティアのアクシズ教に囚われておるとはアイツも難儀な死後を送っているなと同情する。

 

いや待て、何で死んだアイツらがここに居るんだ?

確かにあの二人は俺が殺した筈。

その証拠に冒険者カードの討伐欄に二人の名前が記載されて居ることを確認して居る。

 

つまりその二人がここに居るという事はここはあの世で俺はもう死んでいるのか?

いや、ここがあの世なら一度あの胡散臭い女神と出会って居るはずだ。

 

ならばこの川は…

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁーーーっ‼︎」

 

全力で川から離れようと体をバタつかせる。

状況だけ見るとこの川は三途の川で、川の向こう側はあの世という事になる。間違えて足を踏み外そうものならそのままあの世に流されて居るところだった。

 

川から離れ一旦心を落ち着かせる。

未だ死んでいなかった事に安堵するが、それでも自分の死が目前にある状況は中々にストレスフルな現状だ。

 

しかし…これからどうしようか。

基本的に魔法・スキルが使えないのは先程のやり取りで分かったが、知識や技術で取得した一種の技も使えないことから多分魔力そのものを制御されているか封印されているのだろう。

ならば今の俺は丸腰の人間に成り下がってしまって居るわけで、もし妖怪みたいなものが出てきたら何も出来ずに食われる自信がある。

 

本来ならじっとして居るのが安全なのかもしれないが、何もしないというのは今の俺の流儀に反するし、越えたら死ぬと言われている川を目の前にと言うのも中々に心苦しい。

ならば川から離れるように進むと言うのはどうだろうか?

黄泉冒険記とまでは行かないかもしれないが、この世界で俺みたいに半端な状態で戻れない人達が居るかもしれないので情報を集めに捜索に出向くのがいいのかもしれない。

 

「よし‼︎行くか‼︎」

 

後ろの方で手を振っているであろうベルディア達に背中を向け俺は新たな冒険に足を踏み出す。

アイリやダクネスの事が気になるが、今はあの場所に戻る事を第一に考えて進むのが先決だろう。

 

ただ、戻っても俺の体が死んでアンデットになりました的な展開は嫌なので急がないといけない。

出来れば向こうの本体の治療が終わって峠を越えたら無理矢理引き戻される展開がいいのだが、そんなご都合展開が存在してくれるだろうか?

 

まあ、御託みたいな考えは止めて行動に移そう。このままだと口だけ人間だとあのクソ女神に笑われてしまいそうだ。幸いお腹が空く事は無さそうなので食料問題に直面する様な事は無さそうだ。

 

頬を叩き、気合を入れると俺は歩みを始めた。

 

 

 

 

 

「何でそんなに思いきりがいいのですか貴方は…」

「うわぁ⁉︎」

 

気づけば隣に女性が立っていた

髪はクリスの様に銀髪の長髪で後ろで編み込んでおり、青色をベースにしたローブ等々で身を包んでいた。

一体いつから居たのだろうか?探知スキルが人並みに落ちて居るのでずっと居たのに気付かなかったのだろうか?それとも急に現れたのだろうか?どちらにしろ彼女という存在が謎という事に変わりはないだろう。

 

「はぁ…普通あそこから動きますか?探すのに苦労しましたよ」

「え?ああそうでしたか…」

 

少し疲れたような雰囲気から察するに俺を探していてくれたようだ。

 

「それであんた何もんだ?只者じゃないだろ?」

 

この薄暗い世界に相反する様に神々しいオーラを放っているのもそうだが、急に現れた彼女の重心は疲れて居るのにも関わらず全くブレていなかったのだ。

一体どう言う事なのだろうか?

 

「そうですね…ここで私の名前を言うのは考えていませんでしたが良いでしょう。私の名前はエリスです」

「エリス?あのパッド入りのエリ…痛ててててててーーっ‼︎」

「何でそう言うくだらないことばかり覚えて居るのですか貴方は⁉︎」

 

エリスと聞いてアルカンレティアのアクシズ教の連中らが言っていた呪文を思い出し不覚にも口に出してしまった。

しかし、エリスと言えばこの世界で最もシェアが高い宗教だと聞いており、ダクネスもその一員だ。

 

「…はぁ…はぁはぁ…危うく死ぬところだった」

「半分死んでるのにまだ死ぬおつもりですか?」

「鬼かよあんたは⁉︎」

 

エリスと名乗る女性のアイアンクローを何とか解き距離を空ける。いくらスキルが使えないからといっても彼女の実力は恐ろしいものだ。

 

「鬼ではありません。私はエリス、貴方が先程までいた世界を担当する女神です」

 

エヘンとお淑やかに振る舞おうとして居るが、何処ととなく少女感が出ている彼女は無い胸を張りながらそう言った。

 

「それじゃあ、あの水色の髪色をしたアホみたいな女神は何処に行ったんだ?」

 

俺をあの世界に案内した女神はこんな落ち着いた女性ではなく、年甲斐なくはしゃいでいる何と言うかアホみたいな女の子だった気がする。

やはり女神の世界でも左遷などの神内政治でもあるのだろうか?

 

「アクア先輩ですか?あの方は日本を担当していますから、貴方が会うことはもう無いでしょう。まあ魔王を倒して日本に転生するなら話は別ですが」

「成る程、いや良かったよ」

「良かったですか?」

「あんなのが担当してなくて。アイツはアレだろ?あんたがエリス教の女神ならアイツはアクシズ教の女神だろ?そんなのが統率してたらこの世界は地獄そのものだったよ」

「ははは…まあ先輩もあんなですが色々と良いところもありますよ」

 

アクシズの女神の事を蔑むと彼女は愛想笑いをしながら頬を掻いた。

やはり公の場で先輩を非難するわけには行かないのだろう。

 

「それでわざわざこんな所に来たと言う事は俺を迎えに来たのか?」

「そうですね、正確には送り返しにきたと言いますか」

「俺をあの世界に返しに行くってことか?」

「そうなります」

 

あの世界の名称を俺は知らないので、名称で指定するとこができない為曖昧な表現になってしまうので何度も連呼して考えを擦り合わせる。

 

「それでは私の後について来てください、ここだと余計なものまでが憑いてきてしまいますから」

「ああ、分かったよ」

 

彼女はそう言いながら川から離れるように歩き始める。

やはり女神なのだろうか彼女が歩き踏み潰している草木が一時的に色を取り戻し、成長を始めては限界を迎えて枯れていった。

 

「この世界は貴方が仰っている通り三途の川と言うものです、正確には違う名前ですがまあそんな事は良いでしょう。本来貴方はここで死ぬか生きるかの選択を迫られ面倒な試練を受ける筈でした」

「マジか…」

「なので今回は特別扱いです。良いですか?本来貴方は一度死んでいますので蘇生魔法でも蘇ることが出来ません、なので油断はしないでください」

「あ、ああ分かってるよ」

 

彼女について行ってはいるが、音が殆どない為気まずいので質問してみようと思ったが説教が始まってしまった。

 

「そう言えばエリス教とかって何から始まったんだ?」

 

元々疑問に思っていたのだが、宗教の始まりは一体何なのだろうかという考えだ。

元来宗教というものは神という偶像を使った思想の共有だと思っていたのだが、この世界には目の前にもいるように実際の神が存在するのだ。

 

「そうですね…まあこの世界というものは貴方にとっては半ば夢みたいなものですからね」

「つまり何なんだ?」

「まあある程度は話しても大丈夫かなという話です」

 

どうやらこの世界の出来事は夢の様なもので元の世界に戻れば日常の記憶に混ざって消えてしまうらしい。

 

「まあ忘れるんだったら今だけ暇潰しみたいな感じで頼むよ」

「この世界の真理に近い事を暇潰しとは…まあ良いでしょう」

 

コホンと彼女は咳払いをしながら話を始めた。

 

「女神というものは二つの種類があります。一つは人々の意思や思想によって生まれたものです、アクア先輩は多分その部類でしょう。貴方のいた世界で流行っていた宗教の神々が命を得たと言った方が分かりやすいですか?」

「成る程な、要するに俺たちがそういう存在がいると仮定して設定を盛り込んで崇拝すれば完成するってわけか」

「そうです。人々の本心から居ると思われ信仰され続けると、周囲の信仰の力が集まり女神が生まれるというわけです」

 

成る程な、あの駄女神は駄目な人間が自身の駄目さを肯定して欲しいがために生み出された女神というわけになる。破天荒なあの性格は彼女がそうしたいのではなく周囲の人間がそうあって欲しいと願った結果という事になる。

エリスが彼女を批判しないのは単に先輩だからではなく、ただ皆の望まれるように振る舞っている事を知っていたからなのだろう。

 

「それでもう一つは何なんだ?神が…あんた達の親玉みたいなものが作るのか?」

「いえ、そうではありませんね。もう一つの女神は人間が周囲から望まれて成るものですね」

「何だそれ?現人神って事か?」

「そうですね、今では殆どありませんが昔にはよくありましたね」

「へーどれくらい昔なんだ?」

「そうですね…貴方の知っている知識で辿るならデストロイヤーが作られた時期ですね…正確には少し前ですが…」

「へーあのおかしな兵器が作られた頃は女神も作られていたのか」

「一緒にしないで貰えますか?」

「痛ててててて⁉︎」

 

どうやら失言するとアイアンクローが飛んでくるシステムらしい。

 

「話は戻るけどその理屈なら最初に説明していた女神はみんなから忘れられたら死んじまうのか?それとも歴史として名が伝われば存在は残るのか?」

「いえ、忘れ去られればその女神は居なくなってしまいます、他の先輩の話ですがつい最近信者が二人になってそろそろ危ないと言っていた記憶があります」

「へぇ、それだと後者はどうなるんだ?元々人なら人間に戻るのか?それとも消えるのか?」

「そうですね、貴方の言う通り人間に戻るでしょう。ただ人間に堕とされた女神は生きていた分の負担が一度に押し寄せると言われています」

「マジか…」

 

結局の所忘れ去られた女神はロクな死に方をしないと言うのが答えだろう。人々に勝手に生み出され勝手に忘れられて居なかったことにされるのだ。

 

「それでエリス様はどっちなんだ?」

「私ですか…そうですね、それは秘密でお願いします」

 

彼女は俺の顔を見た後少し悲しそうな表情を浮かべながらそう言った。

 

「まあ心配してくださるのは嬉しいですが、私を信仰するエリス教の方はこの世界の過半数を占めているので安心してください」

「そうだよな」

 

アルカンレティアに居るとひっそりと暮らして居る感じだったが、よくよく考えてみるとアクセルの殆どはエリス教だった事を思い出した。

 

「さあ着きましたよ、ここが貴方の帰り道になります」

 

そう言いながら彼女が示したのは何の変哲もない池だった。

 

「何これ?何かの罰ゲームなの?」

「いえ、まあ確かに見た目はアレですが、これも立派な通過門です」

 

試しに片足を突っ込んでみるとドロッとした感触が靴を通して感じられる。

こんな所を潜ろうものなら窒息して三途の川を経由しないであの世に行ってしまいそうだ。

 

「そうですね、これならどうですか?アクア先輩に教わった技なのであまり凄いって程ではありませんが」

 

そう言いながら彼女は泥沼に手を当て呪文を唱える。

魔法自体は大したことのない浄化魔法だが、それでも使用者が違うだけでここまで違うのかと沼の水が全て澄んだ綺麗な水へと浄化されていった。

その様はまるでモノクロアニメの湖の色だけがウユニ塩湖の様な色彩を放っている感じだ。

 

「すげー何だよこれ⁉︎」

 

思わず叫んでしまう。

流石にここまでのイリュージョンを見て驚かないやつは居ないだろう。

 

「そこまでおっしゃらなくても…」

 

彼女は少し照ればがら頬を掻いて感情を誤魔化す。

 

「それではサトウカズマさん、ここを潜れば貴方は元の世界に戻れるでしょう。おおよその治療も完了していますので後遺症も残ることはありません」

「おお、そうかそれは良かった」

 

治療が間に合わなくて喉に後遺症でも残ったらどうするかと思っていたが、その心配は杞憂で済んで良かった。

 

「それから、この後王都で起こる事は最後まで気を抜かないでください。良いですか?ゆんゆんさんの元に帰るまでが貴方の修羅場ですよ」

「何それ怖…おぼぼぼぼぼぼぼぼ⁉︎」

 

彼女は言いたい事を言い終えると俺の後頭部を掴んで無理やり池の中に沈めていった。

 

「では健闘を祈りますよ、弟子1号く…いえカズマさん」

 

最後の方は何を言っているのか分からなかったが、やはり女神という長い年月生き続けると性格が歪んでしまうのだろうか?

 

 

 

 

 

「ごはっ⁉︎殺す気か⁉︎」

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーっ⁉︎」

 

水の中でもがき苦しみながら手を押し出したつもりだったが、いつの間にか戻ってきた様で俺に掛かっていた布団を思いっきり捲り上げていた様だ。

 

「いきなり起き上がるな、ビックリしたぞ⁉︎」

「何だダクネスか…」

「何だとはなんだ」

 

どうやらダクネスはベットの横に椅子を置きその上に座っていた様で俺の警護でもしていてくれた様だ。

 

「何にせよ無事で良かった。お前が血を噴き出して倒れた時は流石の私もどうなるかと思ったぞ」

「ああ、悪かったな。でもこの通り後遺症も無く五体満足だ」

「それは良かった、シスター程ではないが腕の立つヒーラーをスカウトしていたんだ」

「そこら辺は流石だな」

「ああ、これでも今作戦の最高責任者だからな」

「それで、ここは何処なんだ?それと俺は何日間寝込んでいたんだ?」

 

結局の所気になるのはその辺りだ。

俺がもし一週間眠って居たのなら作戦は俺抜きで行われダクネスと記憶を取り戻した仮定のアイリの二人が先導して完了した形となるだろう。

そうであったなら目の前のダクネスが無事な所を見るに作戦は成功した感じになる。まあ例えなんだが。

 

「ああ、そこは心配しなくてもいい。今は昼の3時頃を回った辺りでここは貴様が攻略した関所の救護室だよ」

「よかった…アレから一週間経ってたらどうしようかと思ったよ」

「心配性だな、傷は完治して居るんだもし時間が来て起きなかったら無理矢理にでも起こしていたぞ」

「それは怖いな」

 

ムンっと力瘤を作る彼女を見て、ああダクネスならやりかねないと、あながち冗談では無い事を感じ恐怖に慄く。本当に先に目が覚めた良かった。

 

「それでお前に危害を加えたやつはこちらで取り押さえている」

 

一通りのやりとりをして完全に俺が本調子に戻って居ることを確認したのか、彼女は急に表情を戻し話を真面目な方向へと切り替えた。

 

「ああ、それでやつは何で俺を狙ったんだ?騎士団に昇格出来る的な話は聞いたけど」

「そうだな、確かに奴はそんな事をほざいていたな、まあ百件は一見にしかず。これを見てくれ、これは私たちが取り押さえた兵士が持って居たものだ」

 

彼女はそう言いながら俺のベッドに設置されているテーブルにその用紙を載せる。

その用紙には前に関所の見張り番をしていた兵士が持っていたものと同じ事が書かれていた。

 

「やっぱり俺は王都で指名手配されて居るのか」

「みたいだな、何故だかは他の貴族の連中らも分からないそうだ。だからお前に聞こうと思ったんだが謎が増えたな、やはりアイリス様を匿って居たことがバレて居たのか?」

「いや、その可能性は低いな、言う必要は無いと思って黙って居たけどここに来る前に王都の連中に襲われたんだが、その時相手はアイリスの事は知らなかった様子だったな」

 

山籠り最後の日に暗殺部隊の隊長っぽい爺さんに襲われた事を改めてダクネスに説明する。

そういえばアルカンレティアの教会のど真ん中に放置してきたけど、あの爺さんは逞しくアクシズ教ライフを満喫して居るだろうか?

 

「そうか…というか何故黙っていた‼︎」

 

軽く説明したが、事態は軽くなかったようでダクネスが物凄く表情で怒りを露わにした。

 

「いや言わなくても大丈夫かと思って…」

「全くお前と言う奴は…暗殺に長けた連中が貴様を追っているなら今回の作戦に割り込まれて邪魔された可能性もあったんだぞ?」

「まあ何とかなったから良しとしようじゃ無いか…」

「…はぁ全くお前と言うやつは…」

 

何とか相手を呆れさせる事で誤魔化せたが、あまり隠し事をしない方がいいだろう。

 

「それでその兵士は他に何かおかしな事を言っていたのか?」

「ああ、それなんだがその兵士は正気を失っていてな何をするにも石を寄越せと言っているんだ」

「石?賢者の石か?」

「ん?何だそれは?」

「いや何でもない。それにしても石か…ダクネスは心当たりあるのか?」

「無いな…」

「だよな…」

「だが何かに取り憑かれて居る様だったのでプリーストに退魔魔法を掛けてもらったんだが効果がなくてな…」

「一種の中毒か依存症状だな」

 

この世界にも麻薬の様なものが存在するのだろうか?まあ無くは無いだろうが、それだったらダクネスが知らないことは無いだろう。

 

「遥か昔に似た様な病気があったと聞くな」

「へーそれはどんな病気なんだ?」

「分からないな、詳しくは王都の図書室に古書として資料が残って居ると思うが、古代文字で学者にも殆ど読めないと言われているな」

「じゃあ何で知っているんだ?古書は読めないんじゃ無いのか?」

「いや確かに資料としては古書だが、ダスティネス家や位の高い貴族でこの話が言い伝えられて居るのだ。まあ殆ど伝承の段階で抜けていったが退魔魔法でも祓えない病気が存在するとな」

「へーそうなのか…」

 

話としては面白いが、そんな事よりも今は気にしないといけない事がある。

 

「それでアイリスはどこに居るんだ?」

 

身の回りの状況は理解したので後は気になるアイリの事を探さなくてはいけない。

 

「ああ、アイリス様だがようやく記憶を取り戻してな、貴様の状況が状況なだけに手放しでは喜べなかったが、いつもの凛々しいくも儚いお嬢様に…」

「それはいいから、何処に居るんだ?」

 

やはり記憶は戻って居たようだ。ならばここに留まって居る時間は無いのだ。

 

「アイリス様はお前が目覚める前に外の空気を吸ってくると言って屋上に出て居るぞ、何せアレからずっとお前の元に居たんだからな…後でちゃんとお礼を言っておけよ」

「分かった、ありがとうな」

「おいちょっと待て、気になるのは分かるがお前も病み上が…」

「悪いな‼︎」

 

支援魔法を掛け静止するダクネスから抜け出し屋上に駆け抜ける。

やはり支援魔法は最高だ。こればっかりは止められない。

 

 

 

 

「アイリ‼︎」

 

屋上の広間に出ると金髪碧眼に戻ったアイリが一人立っており、突然現れた俺の事を不安そうな目で見たいた。

 

「お兄様?お兄様…」

 

まるで最後に追い縋るものを見つけたようにフラつきながら近づいて俺に抱きついてくる。

彼女の両手が震えて居るのが病服を伝わってくるのが分かる、やはりダクネスの前では強がって居たのだろう。

 

「よかった…本当に…よかったです…」

「ああ、心配かけたな」

「はい、お兄様は本当に馬鹿野郎です…」

 

抱きついてきたアイリを抱きしめ返し、俺からは何も言わずにただ彼女の頭を撫でた。

 

「お父様も兄様もみんな居なくなってしまいました…」

「ああ、そうだな」

 

嗚咽と共に服に熱と湿り気が伝わってくる。俺が戻った事で緊張の糸が切れたのだろう。

俺が目覚める間の短い時間だったが、気になり家族を殺された所を背負い込んだのだ、その重圧は俺には到底理解出来ないほどの物だろう。

 

「お兄様は…居なくなりませんよね?」

「ああ、そう簡単に死んでたまるかよ」

 

まあ死に掛けたのは確かんだけど、それは黙っておこう。

あまり戻って欲しくはなかったが、アイリの記憶が戻ってしまった以上はこれから彼女が進む道は茨の道だろう。もし彼女の兄弟が生きて居たならそいつに全てを押し付けて彼女は普通の暮らしをさせてやりたかったが、そんな選択肢は家族が居ない以上出来無いだろうし、他の貴族で代替したとしてもその罪悪感を彼女は背負い続けなくてはいけないのだ。

 

「お兄様は…私を…置いては行かないで下さいね…私を一人にしないで下さい…もうこんな思いはしたくありません…」

「当たり前だろ?何んだって俺はお前のお兄様なんだからな」

「…お兄様…うぅ…」

 

そのまま泣き崩れるアイリを落ち着くまで抱きしめ続けた。




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