剣を構えバルターに斬りかかる。
「どうした、君の実力はその程度かい?」
「うるせぇ‼︎黙って切られやがれ」
剣を構え直しては何度も奴に斬りかかるが、奴はそれを受け止めるまでもなく体を逸らすことで回避する。
その様子はまるで子供の悪戯に対応する大人の様で。
「クソ‼︎」
完全にペースを握られている事を自覚しつつ、それを崩せない自分自身に焦燥感に似た苛つきを感じる。
奴は体を逸らしているだけで攻撃をしないどころか装備しているであろう神具の類を一切使用していない。
「そろそろいいタイミングかな?」
「何?」
俺の攻撃を躱している事はや数十分、終わりの見えない追いかけっこの様な戦いは突如城中に響き渡った轟音により中断された。
近くに奴がいるにも関わらず、感知スキルにより城の状況を確認するとアイリ達の気配が城の玉座だろうか俺が現在いる所よりも高い座標の一つに集まっていることが確認できる。
どうやら作戦は無事成功し、無事に王兄の元に辿り着いたようだ。
「君達が目標にしている王兄がいるだろ?今回は趣向を凝らしてみてね」
地響きが徐々に強くなりながらアイリ達が囲んでいたであろう気配が肥大化を始めているのが感じ取れる。
その大きさは正確には測れないが魔王軍幹部に匹敵するほどのものだった。
「お前一体何しやがった、まさか魔王軍の幹部と結託したのか?」
王座を手に入れるために敵と手を組んで内部に紛れ込ませるなんてことはよくある事だろう。雇用を促進し味方を増やしていたつもりがいつの間にかスパイを増やしていた展開は映画で王道と言われるが、まさか現実で起こるなんて事は夢にまで思わなかった。
であるなら王兄は既に死んでおり、魔王軍幹部の変装に特化したした奴が今まで代わりを務め今回の一件を起こしたという形だろうか?
それならこの大きな気配も納得できる。
「それは違うな。君も薄々分かってはいるのだろう?魔王軍と結託するのであるなら紅魔の里で幹部と対峙した時に討伐ではなく撃退を選んでいた筈だと」
確かに。
我ながら予想外な事態に動揺していたのかもしれない事に気づき反省する。
奴の言う通り魔王軍と関与があるのであれば魔物なり魔族の気配が散在している筈だが、この城に内包されているであろう気配は殆どが人間のものばかりだ。
流石に奴を信用すると言っても人間の本拠地である王都に部下を連れずに潜伏するなんて事は普通しないだろう。
「ならあの気配は一体何なんだ?あれは人間が放つ気配にしては異質すぎるだろ?」
「へぇ、そこまで分かるのか君は…そうだね確かに今の彼は人間と呼ぶには些か形が異なりすぎているかな」
まるで自分がした悪戯を恥ずかしそうに親に説明する子供の様に無邪気に笑いながらそういった。
「そのお得意の神具とやらでやったのか?」
剣を再び奴に向け問いかける。
「ああ、そうとも。最も本来の性能でああなったのでは無いみたいだけどね」
奴は奴になりに神具を使いこなしている様だった。
本来神具は日本人の転生者がこの世界に入る特典として持ち込まれる事が多く、そのどれも持ち主以外の人間が使用すれば性能が制限されると聞く。
俺みたいな能力なら離れる事は無いだろうし、ミツルギが持つような武器であるならただの切れ味のいい武器になるだけなので大した影響はないが、それ以外の特異的な能力を備えた神具であるなら性能が落ちたとしても場合によっては異質的効力を発揮する事がある。
そして稀に制限された効力の方が能力を悪化させている場合もあると言っていた事も思い出す。
それを防ぐためにクリスは日々持ち主が居なくなった神具を探してはせっせと泉の中に沈めては封印しているのだ。
「神具を最近集めている奴が居ると聞いていたけどそれはお前だった様だったな」
「成る程、僕に辿り着く事は無くても尻尾は掴まれていた様だ、最近僕の周囲を嗅ぎ回っている気配があったからそんな気がしていたが…そうとも貴族の間でコレクションされている神具を集めていたのはこの僕さ」
「気色の悪い趣味だな」
「そうでもないさ」
前にクリスとベルディアの城の跡地で神具を発掘していた時にポツリと言っていた事を思い出す。
クリスは悪用を防ぐために集め封印し、ベルディアは使い道が無いから集めて保管し、バルターは悪用するために集め乱用すると言う事だろう。
「君が僕達を調べていた様に僕も君達を調べさせてもらったよ」
「何?わざわざ御苦労なこった、それで何かわかったのか?」
どうやらというか憶測の域を出ないが、バルターを嗅ぎ回っていたのはクリスの事だろう。その情報を持っていることから仲間として扱われているが彼女を師として仰いでいる以上仕方ないだろう。
それに調べたと言っても日本の知識を手に入れたところで何の役に立つのだろうか?アレクセイ家は領主であって商家では無いので俺の真似事も出来ない。
「簡単な事さ、君たちニホン人という珍しい特徴を持つ人間がこうした神具なり何かしらのイレギュラーを持ち込んでいるとね」
「へぇ、調べているんだな」
確かに俺たち日本人が何かしらの特殊な何かを持っているのは見れば分かるが、めぐみん達を筆頭とした現地人から見ればあくまで物珍しい位のものだったので特に警戒はしなかった。今回改めて敵対している人間に言語化されることで自身が日本人丸出しでいる事の危険性を認識する。
俺達日本人はその特異性によりこの世界で優位に立ち回れるというアドバンテージを得られるので警戒する必要がないと思っていたが、日本人と言えども本質は同じ人間でミツルギの様に剣を奪われたりするなどでその特異性を奪われれば、そいつはただの人間に成り下がってしまうのだ。
神具が制限下で使用できる事を知り、尚且日本人がその特異性を持っている事に気づきそれを奪おうとする組織が居るというのは俺たち日本人からすれば天敵以外の何者でもない。
しかもその実力は俺を赤子の様に扱える程に高く、頭もキレる。
ミツルギが狙われればひとたまりも無いだろう。まあ、あいつの剣は大剣に分類され制限を受ければそこら辺の剣に成り下がるので狙われはしないと思うが…
「そうさ、この剣も君と同じ日本人から譲り受けたものなんだよ」
「へぇ、そいつは随分と気前がいいな」
譲り受けたと言ってもどうせ殺したか命を奪わない代わりにとかろくなものではないだろうと思うが…
「残念だったな、俺はそういう道具を一切持っていないんでな」
両手を挙げやれやれといったポーズを取る。
俺の特異的能力は魔法の類なのでこの世界において質量がない為奪い取ることができない。
「そうでもないさ、例え道具がなかったとしても君には能力がある筈だろ?まだ技術が確立している訳では無いけど直にそれも克服する」
「だからそれまで俺を殺さないってか?」
「それも理由のひとつである事は否定しないよ」
成る程な、どういう技術なのかは分からないがそのうち魔法系の能力も奪い取れる様になるのだろう、その場合俺の能力はどの様な形で制限がかかるのか気になるが、その奪う手段がまともなもので無いことは火を見るよりも明らかなので遠慮したいところだ。
「それで話を戻すけど、折角だから情報交換しないかい?」
上の階で何が起きているか分からない状態で奴は笑いながらそう言った。
奴の目的が時間稼ぎであるのならこの行動に問題が無いと思うのだが、圧倒的に向こうに有利がある状況で俺に得のある条件を差し出してくるのだろうか?
それとも今回俺に顔をわざわざ見せたのは言葉通りに俺の情報が欲しいからなのだろうか?
「へぇ一体何の情報が欲しいんだよ?」
「そうだね…」
自分から言い出したクセに自分に振られるとまるで予想外だったようで俺の攻撃を避けながらも考え始める。
「…そうだ、君達は何故この世界に来たんだい?」
どうやら完全に俺たちの事情を知られているらしい。
日本の世界の話を細かく伝えられないように言語に制限をかけられているのかと思ったが、そんな事はなかった様できっと拷問か何かをして聞き出したのだろう。
なら知っている筈であろう内容を伺ってくるこの質問は俺が正しい情報を吐き出すかの確認だろう。
「そんなの決まっているだろ、魔王を倒す為だよ‼︎」
「へぇ、それは君自身の願望かい?それとも女神に頼まれたからかい?」
「それは…」
「そう君達は女神に頼まれその力を押し付けられてこの世界に来ている」
「そうだな、それがどうしたんだよ?どちらにしろ結果は変わらないだろ、何せ冒険者の大体の目的は魔王討伐なんだからよ」
「それだよ。君たち冒険者は何故魔王討伐を目的にしているか、君には分かるかい?」
「知らないな‼︎仮に知っていても俺の目的は変わら…ごはっ⁉︎」
今まで躱す事に徹していた奴が俺の剣技を弾き拳を突き出し遂に反撃を繰り出してきた。
「君は頭は回るのに勘は鈍いんだな。確かに魔王は魔物を操っているがそれだけでしか無い」
「それが問題なんだろ?」
「確かに魔王の領地との境界では紛争により死者が出ていると聞く、だがそれは反対側の国との国境でも同じ事が起きている事もまた事実。君達は知る由は無かっただろうがエルロードの様な同盟国ばかりでは無く敵対国も存在する…まあ今は魔王軍という大きな敵がいるから紛争は最小限になってはいるけどね」
「それがなんだって言うんだよ」
確かにこの国に名前がある以上他の国が存在することは分かっており、外交上イザコザがあるのはどうしようも無いと思っている。
「おかしいとは思わないかい?脅威という物は魔王以外にも沢山あるというのに、それに目を瞑って君達は魔王討伐のみに主をおいている」
「それは…」
「貴族の連中は仕方がない、奴らは自身の立場を守る事に必死で外に目を向ける事がないのだからね。だが君達は違う、自由に世界を見て見聞を得られるというのに皆魔王だのモンスターなど口を開けば同じ様な事ばかりだ」
「結局何が言いたいんだ?相手は魔王軍ではなくて他の国って言いたいのか?」
「惜しいね、だが答えを君に伝えるわけにはいかない、まあでもそうだね…一つ言えるのは裏でこの世界の流れを操っている者がいるって事だね」
「何?」
「君も今回の一件が終わったらこの世界の歴史を調べてみるといい。まるで誰かが作った脚本を読んでいる気分だったよ」
奴が俺を洗脳するかの様に説明をし始める。
前にも説明したかもしれないが、人間を操る時はそれを悟られず相手を解った気にさせる事が重要と聞いている。奴はあたかも先程の話が世界の真理だと俺に説明し、その情報を得た事によりこの内容こそが真実で今まで騙されていたんだと俺に錯覚させ思考を支配する気なのだろう。
「…それでその話が今の俺と何の関係があるって言うんだよ」
相手のペースに乗せられたら全てが台無しになる。奴の話はあくまで参考程度にして考えるのは後回しにする。
「強情だな、まあ君の事だ上の様子が気になって考えを後回しにしたんだろう。それはそれで悲しいが仕方ない」
「それじゃあ俺の質問に答えてもらおうか?」
「何を聞くんだい?答えられる内容は限定させてもらうけどなるべく答えを言うように努めるよ」
先程の質問というか誘導尋問のような話を解答した事にし、その対価として俺に質問権がある様にして話を進める。
「上の階で今何が起こっているんだ?」
よく分からない心理戦になっている状況下で上層の肥大化した気配は安定化し始めている。これ以上これを放置するわけにはいかないので情報を聞き出し方法は未定だが上の二人に伝えられれば僥倖だろう。
「そうきたか…そろそろ安定してきた頃だしいいだろう。君の求める通り説明しようか」
奴なりに構えていたであろう刀を降ろすと軽いジェスチャーを交えて上で何をしているかを説明し始める。
「人には魂がある事は君は既に知っているだろう?」
「ああ、そうだな」
ハッキリとそう決まった訳ではないが、日本からこの世界に来る際に魂の転移などと水の女神が言っていた事を思い出す。
「僕が彼に渡した神具はそれを入れる器を一時的に破壊してしまう物さ」
「魂の容器を破壊するという事か?」
「御名答、他の人間なら肉体を表現するけど、君はそこをぼかす辺り薄々僕の言いたい事が分かるんじゃないかな?」
全くもって奴が何をいっているのかは分からないが、それでも何が言いたいのかは何となく分からなくもない。
つまりよく分からないが感覚では分かるみたいな感じだ。
「君からしたら予想外かもしれないけど人の魂はね生モノなんだよ。こんな複雑な思念渦巻く城のど真ん中で魂を露出させればどうなるかは君も分かるだろ?」
「周囲の悪霊を取り込むのか?」
「間違えではないね、でも正解じゃない。答えは簡単、腐るんだよ」
「腐る、性根が腐っているお前と一緒じゃないか?」
「随分と酷い事を言うね…詳しく言うと周囲の負の思念を誘致しそれらに感応しながらその魂の人間性を腐敗させると言った方が正しいね」
「細かい説明はいいから簡単に結果を説明しろ‼︎それで何が起きるって言うんだ」
時間がない以上よく分からない説明よりも、今は結果どうなっているかが知りたい。
「そうだね…だったらその目で確かめてみるといい」
「何?」
「けれどこのまま無傷で行けば君が仲間から疑われてしまうし僕もサボったと思われるからね、その辺りは失礼するよ」
奴はそう言いいながら一瞬の内に刀を鞘にしまうと、その自慢の掌底で俺の鳩尾を撃ち抜き怯んだ隙に何発もの拳を俺の顔面や腕に叩き込んでくる。
「ごふっ…て…てめえ…何しやがる…」
「はははっ、あっという間にボロ雑巾の出来上がりさ、次会う時には少しはマシになっていてくれよ」
一瞬のうちに多数の攻撃を喰らいなす術なく蹂躙される。悔しいが今の俺では奴の足元にすら立てていないのが現実だ。
悔しいが世の中は弱肉強食で上には上がおり、今回たまたま奴が俺より上というだけで客観的に見ればなんの問題もないという事になる。
奴はそんな満身創痍になった俺の姿をみると満足そうに笑いながら一言残すと俺の出てきた床の蓋を再び開き地下へと潜って行った。
「クソが…」
ボロボロになった体は回復魔法で癒せるが、精神的苦痛は魔法では癒せないのがこの世界の常識である。
最初から最後まで殺さない様に優しく加減されていたという事実が俺の心に突き刺さり傷を作った。
職業が最低職の冒険者だが、それでも魔王軍幹部を屠りクリスの扱きに耐えながら成長し人間相手には遅れをとっても一方的に嬲られる事は無いと思っていた。
しかし現実は非常で…いや今はこんな事を考えている場合じゃない。
反省会は後にして今は出来る事を考える。バルターはもう追い掛けても追いつく事は出来ないだろうし追いついたところで捕まえる手段が存在しない。
ならば癪だが奴の言う通り上の肥大化した王兄の元に向かうのがベストだろう。
ダメージで重くなった体を引きずりながら隠し扉を開く。
扉の外は戦闘が既に終わった事を示しているのか、向こうの兵士の死体や先程まで集まっていた仲間の兵隊の死体が混在しながら廊下に点在していた。
解っていたが、いざ人間の死体がこうも目の前に乱雑に放置されている現状は心にくる。
なんだかんだ言って今まで死人を出さずにここまで来てきた事が奇跡の産物であったと今更ながらに実感し、これこそが本来の命を賭けた殺し合いである事を痛感する。
これは魔王軍幹部との存在を賭けた戦いではなく、人間同士が互いの立場を賭けた醜い争いだと思いながらも感知スキルで反応しなくなった物を時には踏みながら玉座の元へ向かう。
幸いにも怪我はしていないのでそこまで進むのに苦労する事は無いが、全身に無理な強化を施し、その反動や疲労はダメージとなり体に蓄積しているためどうも本調子ではなくなっている。
余計な戦闘を避けるために地下牢を通りショートカットする。
牢屋にいた兵士は既に事切れている死体が多かったが、その中で拷問でもされたのか酷く痛めつけられた状態だが生命反応のある女性が居る事に気づく。
「あんた大丈夫か⁉︎」
すぐさま牢屋を破壊し回復魔法を掛ける。
傷は塞がったが、傷をすぐに修復した事による疲労で直ぐには動けないだろう。
「すまない…感謝する」
「とりあえず死体の集まりに隠すから動けるようになるまで息を殺して隠れてくれ」
拷問をして亡くなった死体の集められている貝塚の側にある影に違和感がないように彼女を隠す。これなら動かない限り見つからないだろう。
その後反応があった味方の兵士に応急手当てをしながらも何とか玉座の扉へとたどり着く。
ここまで近づいてしまうと感知スキルでは大き過ぎて周囲ごと気配を飲み込んでいるので詳しくわから無いため門を叩き開き中を観察する。
「なっ…」
その光景は地獄だった。
玉座の間は臣下を侍らせ指令をなりを下す場所であるので装飾が豪華で広いと言っていたが、その全てが破壊されその場は地獄と化していた。
周囲には敵味方を含め廊下よりも夥しい数の死体が辺りに転がり、壁は血飛沫で赤黒くなっていた。
そして玉座の中央にはどす黒い人であった物が存在していた。
奴は肉体では無く魂の器を破壊したと言っていたが、それが結局何を意味するのは分からないが目の前の光景を文章にすると人間の上半身が光を反射しない黒い化け物と混じっている様な光景だった。
その黒い澱みは巨大で、ハンスのスライム形態よりは小さいがベルディアの大きさを超えており姿は巨大な王兄の顔だったり無数の思念の元となった顔だったり、蛇だったり巨腕だったりと安定せずにガスを発生させる底無し沼のように何かが湧き上がっている。
「お兄様‼︎無事だったのですね‼︎」
「カズマか‼︎すまないが助かる‼︎」
王兄の澱みから作られた巨隻腕から繰り出される薙ぎ払いを躱しながら、後に現れた俺の存在に気づいたのか俺の身を案じていた言葉が飛んでくる。
無理な支援魔法の反動でまだ動くと痛みが出てしまうが、それでも動けないと言う訳では無い。
剣を鞘から抜き構える。バルターには手も足も出なかったが、その汚名は王兄討伐する成果で洗い流すことにする。
王兄の澱みの組成は刻々変化し同じ形態である事が無いと考えていいだろう。ならばここで考えるのではなくその場での変化にどれだけ対応出来るかが肝となる。
二人の立ち回りをみると基本的に回避に念を置きダクネスが防げる攻撃が来ればそれを防ぎ、それにより出来た隙をアイリが突くというスタンスでいる。
その作戦は悪くないし基本そうなるのが必然だろうが、形の定まっていない敵をいくら斬っても意味が無い事はハンスと戦った時に嫌というほどに思い知っている。
それを踏まえて考えれば、この作業を繰り返してもジリ貧で二人の体力が尽きればそこで終了となってしまう。
こういった敵には基本的に魔法攻撃が有効で特にめぐみんの爆裂魔法やゆんゆんの氷雪魔法があれば円滑に進むのだが、今回二人の増援は無い。
本来なら俺がその役を申し出ればいいのだが、俺のステータスでは放たれる魔法は二人に比べればあまりにも劣る。
魔法中心のパーティーに長時間在籍して物理攻撃主体のパーティーに憧れを抱いていたが、いざその立場になると今度は前に居たパーティーを求めてしまっている。
結局無い物ねだりなのだ。
ならばこの黒炎ならば奴を焼き尽くせるのだろうか?
答えは可能だろう、だが王兄を焼き尽くした後火の手は確実に周囲を飲み込むだろう。それでも奴を倒すために必要であれば行うが、炎が広がっている間に怪我を負った兵士は逃げられずに巻き添えを喰らうのは火を見るより明らかだ。
「ダクネス‼︎少し時間を稼げるか?」
王兄の攻撃に割って入り黒槍の横払いを弾きながら彼女に問いかける。
「出来なくは無いが、そこまで長く持たないぞ‼︎」
「大丈夫だ頼む‼︎アイリ少し話がある‼︎」
「わ、わかりました‼︎」
王兄の何とも言えない叫び声の様な唸り声の様な慟哭が響く中、奴の攻撃のヘイトを全てダクネスに背負わせアイリを後方へと引き戻す。
「何でしょうかお兄様、早くして頂かないとララティーナが」
「大丈夫だ、それよりも前にダクネスが言っていた国宝の剣があるって言ってたよな、アレがあれば奴を何とか出来るか?」
ダクネスが初めて記憶を無くしたアイリにあった際に王族の血がなければ使えない国宝の武器があると言っていた事を思い出す。
武器は基本的に制限があればある程その条件を満たした時に強い力を発揮すると相場が決まっている。であればこの城のどこかに隠されているその国宝をアイリに渡せば何とかなるかもしれない。
「確かにあの剣には邪を払う力もありますが、その剣は叔父様が持っていましたが黒い何かが吹き出した時に一緒に飲み込まれてしまいました」
「つまり結局アイツを倒さなくちゃ駄目って事か…」
「そうですね…何処かに飛ばされていれば良かったのですが、黒い塊を切った際に剣の装飾が見えましたので間違いないかと」
仮説が振り出しに戻る。
しかし、だからといって現状他の考えが浮かばない以上それをベースにして考え方を変えなくてはいけない。
「ならやる事は一つだ」
「何でしょうか?」
「あの剣を王兄から取り戻すんだよ」
「え?」
ガッツポーズをしながらアイリに宣言すると、アイリには珍しく大丈夫かコイツと言いたげな表情をしながら俺の事を見つめた。
「駄目です‼︎そんな事をしたら仮に成功したとしてもお兄様が死んでしまいます‼︎」
「仕方ないだろ、これしか他に方法がないんだからよ‼︎」
嫌がるアイリを強引に説得し、作戦を始める事にする。
内容は至って簡単で…
「ダクネス待たせたな、防げそうな攻撃がきたら一度でいいから防いで時間を作ってくれ‼︎」
「分かった‼︎」
「アイリは隙が出来た瞬間に方法は問わないから奴の黒い奴をできる限り広い範囲で切ってくれ‼︎」
「分かりました‼︎」
簡単な指示を出しながら王兄との距離を詰める。
まるで宙に浮いた水球を沸騰させた様に蠢く王兄澱みから突起が現れ鋭利な刃物へと変化しそれを横に薙ぐ。
ダクネスはそれを剣では無く自身の鎧で受け止め峰の部分を掴み固定する。正直そこまでやるとは思わなかったがその分安定はするので結果としては良い判断なのだろう。
それにより動きを一瞬止めた王兄に対してアイリが光を纏った斬撃を放ち澱みの球体が裂け王兄の上半身が露出する。
「今だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」
そこを狙って脚力を強化した跳躍を駆使してその裂け目へと体を飛び込ませる。
露出した体のパーツは肩だったのでおそらくその下に宝剣が握られているだろう事が推測出来るので、そこに斬りかかるように体を捻り剣を振るった。
振り切った剣は見事に王兄の腕に当たる部分を切り裂き、それにより宝剣であろう装飾の施された剣が露出しそれを奇跡的に掴み取る。
宝剣を掴んだ事による達成感と、その後の事を考えていなかった自身の愚かさを噛み締めながら裂けていた澱みが埋まり俺の肉体は奴に喰われる流れとなった。
「しまっ…」
飲み込まれ今まで取り込まれた残骸と一緒も掻き混ぜられながら消化されるかと思ったが、澱みの中に埋まった感覚は意外にも澄んだ水の様だった。
しかしそれが神秘的な泉の様かと言われれば違うだろう、やはり奴が腐っていると表現したように、かつてこの城に関与したのであろう人間たちの負の思念が頭の中に流れ込んでくる。
魂が腐ると言うのであればこれは人間の膿といっても過言ではない。
殺せ・殺さないで・裏切ったな・馬鹿め・どうして…・これが人間のやる事かよ・アイツを殺したのはお前だな、等々様々な恨み・憎しみ・悲しみ・怨嗟・悲鳴・慟哭色々な負の感情が流れ込んでくる。
そしてこれは…
古い悲しみの思念が映像となったのだろう、目線は当然一人称なので誰の記憶なのかは分からないがサトウと呼ばれアイリを成長させたような女性と何かを話しているそんな記憶だった。
これは…多分勇者サトウの記憶だ。
壁画の内容と照らし合わせて考えれば彼もまた彼女を女王にするのに葛藤したのだろうか?
申し訳なさそうに視線をズラそうとしているが、性格的に出来ないのか結局中途半端に視線逸らす視界には嬉しそうに何かを言う女性が映る。
「はっ…これは⁉︎」
気付けば涙を流していた、いや正確には流していたと錯覚していた。
この記憶の探索を続ければ何か知れそうな気がするが、その前に俺の精神がおかしくなってしまいそうだ。
今尚、無限に沸き起こる怨嗟の声が俺の耳元で鳴り響く。これ程の地獄があるだろうか?
身動きは取れず、右手には魔法剣・左手には宝剣が握られている。
この宝剣が神具であれば制限付きではあるが使用出来ない事はない。ミツルギのように膂力を強化する能力でなければアイリの言う対魔の力を発揮するかもしれない。
左手に魔力を込める。
やはり宝剣は神具と同じ類だった様で俺の魔力に反応して真価を発揮し輝きを纏い始める。
本来であればその纏った輝きを斬撃に乗せ解き放つのだが、生憎身動きは取れないので対魔の輝きを貯めれるだけ貯め限界が近づいたタイミングで留めている感覚を一気に緩める。
それにより、行き場を失った輝きは解き放たれ周囲の澱みを全て吹き飛ばした。
「お兄様⁉︎」
やはり宝剣の威力は俺の予想よりも強力で、王兄に巣食っていた澱みを全て吹き飛ばしてしまい足場を失った俺はそのまま地面へと落下するだけだったが、そこはアイリが滑り込み寸での所で受け止めた。
「なんて無茶を⁉︎死んだらそどうするんですか‼︎」
「悪かったって…」
小さな女の子にお姫様抱っこをされたまま説教されると言うのも、中々にキツいなと思いながら彼女の言葉を甘んじて受ける。
「王兄はどうなった⁉︎」
大部分の魔力は消費してしまったが、それでも動けないほどではなかったので彼女の拘束を解きながら王兄の方へと振り向く。
「何故だ…何故私ばかりがこんな目に…」
対魔の輝きにより奇跡的な生還を果たしたのか王兄は疲労や怪我により体力を消耗し、動けずに這いつくばりながらこちらを睨んでいる。
「あの小僧め…こんな物を寄越しおって…」
怨嗟の声に当てられたのか王兄はブツブツと何かを言いながら宝石の様な石の埋め込まれたブローチを地面に叩きつけ破壊した。
「叔父様…」
「そんな目で私を見るな‼︎」
アイリはそんな王兄の元に駆け寄り何かの言葉を掛けようとしたが、王兄にも意地があるのか声がけ無用と彼女の言葉を拒否する。
「それでコイツはこの後どうなるんだ?また座敷牢にでも閉じ込めるのか?」
「ザシキロウ?お兄様が言っている事はよく分かりませんが…そうですねこう言った場合は…」
アイリが言葉に詰まり、その行為で全てを察した。
王兄の起こしたことは国家転覆罪で、それはどの国でも死罪として扱われる。
つまり王兄はこの後どう足掻いても殺されるしかないのだ。まあここまでしたのだから当然と言えば当然なのだが、アイリからすればこんなやつでも血の繋がった最後の親族なのだ。
「とりあえず今は拘束で…」
「いけません‼︎」
「誰だ‼︎」
流石に彼女の前で人を殺すのはよくないと思い、今は拘束するのがいいだろうと声をかけようとしたが俺の提案は突如現れた女性によって却下される。
「クレア‼︎生きていたのですね‼︎」
ここに来る前に助けた女性だったが、アイリが名前を言ったことで彼女の正体が判明する。
クレア、前にダクネスが名前を出したダスティネス家に並ぶシンフォニア家の当主。確かダクネスを逃す際に色々あったと聞いていたが、まさかあの女性がそうだとは流石に思わなかった。
「はい、アイリス様ご無事で何よりです。幽閉されている間アイリス様が心配で眠れない程でした」
「それで、コイツを拘束することになんで反対なんだ?」
「ふん、口を慎めよ小僧。貴様は誰に口を聞いていると思っている。本来ならその口を聞いた時点で首を斬っているが、貴様には貸があるからな今回は多めに見てやろう」
先程とは打って変わってぶっきらぼうな発言をする彼女に若干イラッときたが、ここでキレれば面倒なことになりかねない。
「王族に逆らったものは当主…つまり王がその手で執行するのが決まりとなっているのです」
「つまりアイリスにここでそいつを殺させるって事かよ」
「そうとも、ここでそのゴミを殺す事がアイリス様が時期国王である事の証明になるのです」
クレアはまるで宗教に心酔しているイカれた教徒の様にアイリを崇拝しながら、何の迷いも躊躇いもなくそういった。
「済まない、クレアは昔からそうなんだ…これもアイリス様を思っての事なんだ許してやってくれ」
「マジかよ…てっきり拷問受けておかしくなったかと思ったぞ」
王兄に磔にされていたとダクネスが言っていたのでその恨みがあるのかと心の何処かで思ってはいたが、だからといって親戚殺しを幼いアイリにさせるなんて、どうしてやろうかと思っている間にダクネスが小声で俺に耳打ちしてくる。
どうやらクレアは昔からアイリを心酔しているようで、昔から何かと時期国王をアイリにしようと、よく問題発言をしていたとのことだ。
つまりクレアは俗にいうアイリス過激派という事だろう。
思想を持った人間が集まると必ず発生すると言っているがNo.2・3に居るとは流石の俺も予想できなかった。
「さあアイリス様、その剣でそこのゴミを討ち取ってください‼︎」
「そんな…クレア私にその様なことは…」
「そうだ、今はとりあえず拘束でいいだろ?」
王兄を殺す事を彼女は拒み、それをクレアが拒む。
それにより場が膠着状態になり話が進まなくなってしまう。
「チッ…そうなれば致し方ありません、囲め‼︎」
クレアはそう言いながら手を挙げるとどこに隠していたのかシンフォニア家の兵士がゾロゾロと玉座の間の中に集まってくる。
肥大化した王兄の前には無力だったが、それでもその人員を使えば救えた命もあっただろう。
「クレア‼︎お前アイリス様になんて事を‼︎」
「黙れダスティネス卿‼︎」
ダクネスの言葉を被せる形で掻き消し自身の意見を通し、ダクネスは先程の戦いで力を使い果たしたこともあってか呆気なく拘束された。
「悪く思わないでくれ、これでも国法で決まっていることをただ執行するだけだ」
ドスっとダクネスの首に刀の峰を当て彼女を気絶させる。
そして兵士の一人が俺の首元に剣を当て動かないでくださいと忠告する。
「さあアイリス様…ご英断を」
ダクネスが気絶し、命を失っていない事を確認するとアイリの方に向き直り優しい笑顔を浮かべながらそう言った。
「わ…わわわ私は…」
アイリはクレアの促すまま剣を持ちながら王兄の前へと歩み寄り、剣を振り上げるがそのまま固まってしまう。
いくら王女だからといっても所詮はまだ子供で、人なんか殺したこともなく、ましては初めての人殺しが叔父を殺す事なんてそんな酷い事があってたまるのだろうか?
だんだん彼女の呼吸が荒くなり、剣を掴んでいる手が震え出す。
「さあアイリス様‼︎ご英断を‼︎」
まるで合コンで成立したカップルにキスを迫る感じの如く囃し立てるクレアに狂気を感じながら、アイリの顔を見ると彼女と出会った頃にバニルに言われた事を思い出す。
…いつかその手を汚す事になるだろうと。
あの時は何の事言っているのか分からなかったし、心の中ではゆんゆんたちを置いて話を勝手に進めた罰が下ると思っていたがそうでは無いらしい。
それは…その時はもしかしたらこの事なのだろうか…
「ふん…気にするな小娘、お前如きが私を殺したところで何もならないだろうよ」
王兄の方は意外にも冷静なのかそれとも自身の死が逃れられない事を悟ったのか、目を瞑りながらアイリを諭しながらその時を待っているようだ。
どのみちどう足掻いたところで王兄の命が助かる事は無いのだ。
「私は…私にはこの手で叔父を殺すだなんて出来ません…こんな酷い事をして沢山の人を殺してしまいましたが…それでも昔は…昔は…」
アイリはそのまま泣き崩れて動けなくなってしまう。
昔は色々と世話になったのだろう。
腐っても王兄はアイリの叔父なのだ…結果としてクーデターをしたとしても、幽閉される前に遊んで貰った掛け替えのない記憶が彼女にはあるのだろう。
「どけ‼︎」
兵士に向けられた剣を掴みドレインタッチで体力を一瞬のうちにギリギリまで吸い取り無力化し体力を回復する。
「貴様何をする‼︎」
「黙ってろ‼︎」
クレアを怒号で黙らせアイリの元へと向かう。
最早全てを諦めたまま地面に横たわる王兄を尻目にアイリに声をかける事はせず、持っていていた宝剣を振り上げる。
「お兄様…一体何を?」
そんな俺を不思議な表情で眺める彼女に俺はようやく声をかける。
「悪いなアイリ…俺はこれでもお前のお兄様だからな、妹が困っていたら助けるのは当然だろ?」
「そんな、お兄様‼︎」
俺は振り上げた剣を王兄の首元へと振り下ろす。
「アイリス様を頼んだぞ小僧…」
俺の剣が首に触れるその刹那王兄の唇がそう言っているのを確認し、それを問い正す前に宝剣は彼の首を叩き斬り、手には柔らかい肉を切る感覚と後に骨を断った硬い感覚だけが残った。
今回で六花の少女の前半が終わりです。