後少し過激な描写があります…
「よろしくなシルフィーナ」
ダクネスを小さく儚くした様な少女に警戒心を与えない様に挨拶を返す。
「それでは次に刻印をつけますね、何か統一している紋様などはありますか?」
「紋様?」
「この娘がお前さんのものだと言う証じゃよ、これがないとまた連れ去られてしまうからのう」
「そう言うんもんですか?出来れば綺麗なままで連れて行きたいのですが…」
どうやら買い取ったり契約した奴隷に自身のものである証明として刻印をする文化があるらしい。
スタッフ曰くこのオークション会場で購入した以上刻印を刻むのは義務というか必須との事で、それをしないのであれば今回の取引は中止となり料金のみ回収されるとのことだ。
原則あれば例外ありの原則に従い抜け道が無いかと問い掛けたが、このオークションの信用問題に関わるとの事で出来ないらしい。
あまり人間を物扱いするのはよく無いと思ったのだが、これが無いと作業させている間に他の組織に連れ去られてしまうそうだ。
「そうですか、ですが特に刻印は考えていないですね…」
自身のサイン等々証明するものを持ち合わせていないので此処は素直に持ち合わせていない事を伝える。
するとスタッフの一人が追加で料金を払えばデザインを買えるとの事だったので一番俺の感性に沿っているものを選び選択する。
「今回購入した刻印を覚えておくのじゃ、これは今後お主のものである証明になるからのう」
「そういうもんですかねぇ…」
この業界というか界隈では個人が刻印というか家紋の様なものを付けることによって個人の物である証明となり、その刻印の記されたものに手を出すと言う行為は原則してはいけないらしい。
「それでは刻印をコレに記しますので血の提供をお願いします」
「どう言う事ですか?」
あまりの唐突な指示に驚いてしまうがそこはすかさずボスが説明してくれる。
話によると刻印はその持ち主の血液をインクに使用しその者の肉体に直接刻み込むものらしく、その為刻む際に一定量の血液を提供しないといけないとの事だがこの世界に注射器のような採血道具が存在するのだろうか?
「では採血しますので腕をお出しください」
「あ、はい」
よくわからないまま支持されるがまま腕を差し出すと巨大なヒルを改造した様な道具が取り出され、それに付属する牙の様な物を俺の腕に突き刺した。
吸血する仕様の牙とはいえ麻酔の工程がないので若干の痛みが腕に走る。
この世界の考え方に成る程なと思いながらその光景を眺めていると、ヒルの頭だけを切り取り本来の体の部分はタンクに挿げ替えられている様でそのタンク部分にえげつない程の血液が溜まっているなと思っていると採血が終わったようでその頭部を腕から引き抜かれる。
引き抜かれた後は止血剤なのか謎の粉を掛けられゴムの様なバンドで腕を締め付けられる。
「それでは刻印が終わるまで暫くお待ちください、何か用事がありましたら明日までに迎えに来てください」
「あ、はい」
通常であれば複数購入するため、それぞれの品を安全に運搬する都合上一度に沢山運ぶ事が出来ない人用に暫く会場で保管してくれるらしい。
その期間はものによるらしいが、生き物は食事など生活させないといけないので一日だけらしいとの事だ。
「さて暇になったのう、何かやり残した事は無いかのう?」
「特に無いですね…」
まるでゲームの進行役のようなセリフを吐いてくるボスに答えると、何かあったのか部下の一人が現れてボスに耳打ちをする。
「嬢ちゃんから連絡が来た、どうやら作戦は成功の様じゃな」
「そうですか」
子供の事ですっかり忘れていたが、一応名目上はクリスが人工マナタイトの出品者を突き止めその出所を掴みという作戦だった事を思い出した。
バレれば命を失いかもしれない行為を彼女にさせながら自分は女の子漁りに夢中だったなんて事は口が裂けても言えないだろう。
「嬢ちゃんはゆっくり来てくれと言っておったが、先にそちらを済ませてから戻って来るのが丁度ええ」
「そうですね、俺はそこに向かいますのでボスはここで待っていてください」
「流石に小僧を一人で向かわせるには危険じゃから、ワシも近くまで送ろうかのう」
「ありがとうございます」
折角の行為を無碍にする事はその人を否定することに繋がるのでここは言葉に甘えて送って貰うことにする。
「そうと決まれば向かうかのう」
そう言うボスに着いて行くと外には馬車の小型版の様なものが停まっており、部下に案内されるがままに乗り込む。
簡単に説明するのであるなら人力車の人の部分に変わった生物が繋がれている様な感じだ。
「小型ながらによく走るじゃろう」
「そうですね」
流石に退廃区といえどもスピードを出して良いわけではなかったようで速度は走るよりかは少し早いくらいだった。
「そういえばボスは昔からクリスと知り合いだったように見えましたが、どんな関係だったんですか?」
「嬢ちゃんとわしの関係か?そうじゃのう…」
気まずさから出た簡単な質問だったが、ボスからしたら答えに難しいらしく答えるのに言い淀む。
「ワシらからすれば嬢ちゃんは光みたいなもんでのう、若い頃はよく世話になったものじゃ」
「そうだったんですか…?」
ボスの言葉に違和感を覚える。
爺さんの見た目からして年齢はゆう60は超えているだろう。そのボスが若い頃はと言うとクリスは一体幾つなのだろうか?
先程までは神具で誤魔化していたと思っていたが、ここまで来るとなると最早それだけでは無い何かを感じる。
「昔は皆色々今の皆の行為が善行に見えるほど悪いことばかりしておってのう、その時によく成敗されたものじゃ…」
「外で言う警察みたいなものですか?こうルールを無視したら捕まえる的な?」
「近いが違うのう、外なら捕まえて色々してから罰が決まるがお嬢ちゃんのそれはそんな生易しいものじゃ無かったわい…」
ボスは昔に色々と酷い目にあったのだろうか、話をしながら遠い目をして何処かを見ていた。
「すいません間違っていたら申し訳ないんですけど、その話通りだとクリスは昔からあのままという事になってしまうんですけど?」
「そうじゃよ、昔は皆から姉さん姉さんと呼ばれていたが今じゃ皆歳をとってのう…気づけば嬢ちゃんと呼ぶようになっていたわい」
ボスの言う事に驚きを隠せないというか、何故その事を指摘しないのかが分からなかった。
「ほほほっ何故嬢ちゃんの姿が変わっていないか不思議そうな顔をしておるのう」
「やっぱり何かあるんですか?」
どうやら何かしらのカラクリがあるようで、今まで説明しなかったのは俺の反応を面白がる為だったようだ。
「嬢ちゃんの姿が変わらないのはのう…ワシも分からん‼︎」
「知らないのかよ⁉︎」
「ほほほっ」
どうやら本当に知らなかったようで、さらに突っ込もうとボスの顔を見たが、ボス自身も昔必死にその術を証明しようとしていた様なそんな疲れた眼をしていたので止めた。
クリス…どうやら彼女の謎は何処に行っても明かされないようだ。
「ただ昔本当に酔っ払った事があってのう、その時に待っている人が私を私と認識できるようにとか言っておったな」
「何ですかそれは…」
「ワシにも分からん、次に日に問い詰めてもはぐらかされるばかりで要領を得んかったわい」
待ち人を待っているとの事だが、あの時代から今の時代まで生きているとなるとウィズの様なリッチーなどのアンデット系になるだろう。
彼女もあまり表に出さないが、アンデットを狩る事に対して執念深かったのでもしかしたら昔にリッチーか何かに因縁があってその決着を待っているのかもしれない。
それであれば普段のアンデットに対する彼女の執念深さも頷ける。
「僕が言うのも何ですがクリスは謎が多いですね…」
「そうじゃのう…ワシも親よりも長い付き合いじゃったが全く分からんかったのう…じゃが一つ言える事はお主を連れてきた時の嬢ちゃんはどこか楽しげだったのう」
「そうなんですか?」
「ああ…ワシらの知っている嬢ちゃんはいつもムスッとしておってのう、キレたナイフの様じゃったわい」
「へぇ、そうなんですか」
そんなこんなで会話をしていると近くに着いたのか部下が運転席から知らせが入る。
「着いた様じゃな、ワシは歩くのに時間がかかるから小僧は一人で行くと良い。時期に追いつく」
「分かりました」
ボスに礼を言いながらクリスの伝言場所である建物に入る。
彼女の指定した場所は退廃区の中でも高級な部類に入るのだろう、内装は豪華でいかにも貴族御用達と言いたげだった。
そう言えば階数と部屋を聞いてなかったと思い、無警戒ではあるが受付で聞いてみようとすると部下の一人が俺を見つけ、すれ違いざまに階数と部屋の番号を耳打ちする。
その行為に流石は裏世界の住民と思い、感心しながら階段を使用してその部屋と向かう。
指定された階数はこの建物の最上階だったらしく階段を登るだけでかなりの体力を消費してしまう。
最上階に着くとフロア全てが一つの部屋になっている事に気づき、流石高級志向の建物だと感心する。
俗にいうスイートルームという事だろう。
最上階に辿り着き入り口の前に立つ、流石にここでチャイムを鳴らすのはどうだろうと思ったので潜伏スキルを使用しながら部屋の中に入る。
感知スキルでは部屋に沢山の反応がありその中でも二人程目立つ反応があり、一つはかなり弱っているのか反応が希薄になっている。
二つのうち大きい方がクリスの気配になる。となると相対的に小さい方は貴族の方になるわけだが果たして誰なのだろうか。
まあ基本的に知っている貴族と言えば数が知れているが、もし知っている貴族だった場合の事は考えておいても損はないだろう。
「クリス入るぞ…うっこれは…」
部屋に入って早々部屋に充満している匂いに気づく。
匂い自体はよく嗅ぐが、ここまで強いのは感じた事がない。
…そう部屋は血に匂いで充満していたのだ。
「あれ?もう来たの?ゆっくり来てって言ったのにな」
「…」
部屋の大広間のような退廃区を展望できる部屋で、その景色を背にしてクリスはまるで悪戯の途中で見つかったバツの悪い顔をしながら俺の存在を認識した。
「…何してんだよ?」
「何って聞き出しているだけだけど?」
そのクリスの奥には椅子太った中年男性が縛り付けられた状態で座っており、周囲にはボディーガードなのか黒服に身を包んだ警備員が血を流しながら倒れていた。
そして部屋の端にはその者の貴族の証のついた奴隷が隅で震えていた。
警備員の方はクリスがやったのだろうが奴隷の方はその貴族がやったのだろう、明らかに傷つけることを意図した悪意を受けた後が散見される。
「流石にやりすぎじゃないのか?」
「そうかな?もっと周囲を見てごらんよ」
「周囲…うっ」
クリスに促され周囲をみるとそこには生きたまま皮を剥がされ、それでも死なない様に魔術的処置のされたものや、色々な人間の四肢などのパーツをつなぎ合わされて作られた等の生体オブジェクトが飾られていた。
「この人はねこうして買い取った奴隷を芸術と称して生きたまま加工するんだよ…そしてわざわざホテルの部屋を買い取って美術館とか言っている始末…君はこれを見ても私のした事がやり過ぎと言えるの?」
「いや…それは…」
「言えないよね、こういう人間はね例え死んでも変わらないんだよ」
初めてみる殺意のこもった彼女の表情に何も意見を言えなくなる。
それを見て俺が納得したと彼女は感じたようで、先程まで行ってきた行為を再開する。
「さて余計な横槍が入ったけど再び質問を再開しようかな?ねぇ君達は人工マナタイトを何処で作っているのかな?」
「んーんーーーっ‼︎」
「何?聞こえないな?」
彼女の相対している人物の姿を確認すると、何度も殴られたのが顔面は腫れ上がり全身には焼かれていたのか火傷の後が見られた、そして既に両手の指が切断されており地面に落ちている指には鉄の串が無数に刺されている。
彼女は事情を聞くことよりも尋問をする事が楽しいのか、猿轡をさせながら質問に答えられない様にしており奴は彼女の質問に答えたくても答えられない状態だった。
「もう強情だな、そんなに痛められるのが好きなのかな?」
「ん…んーーーーっ⁉︎」
質問し、答えられないとその度に制裁と言う名の拷問が開始されると言う恐ろしい光景が広げられている。
貴族本人は答えたくても答えられないと言う絶望に身を堕としながら自身の命が尽きるのを待たなくてはいけない。
「クリス、そろそろいいだろ?早く聞く事を聞き出さないと死んじまうぞ?」
「ええ?別に死んだら死んだで、死んだ後に聞けば大丈夫だよ」
最初にこの部屋に忍び込んでこの光景を見て、彼女は怒りに取り憑かれているのだろうか、よく分からないことを言い始める。
確かに俺もこの光景を見てしまったら我を忘れてしまうだろう。ここに存在するオブジェクトや奴隷たちは全て今尚生き続けているのだから。
「それでもだ、今は時間が惜しいんじゃないのか?こいつが帰らなくなれば大本が勘付いて逃げるかもしれないぞ?」
「へぇ、私に意見するんだ…」
「…」
彼女の視線と脅しに対して沈黙と目線を返す。
「……………」
「…………はぁ…分かったよ」
そして時間からすれば数秒だが俺からしたら10年ぐらいに思える程の沈黙の後、正気に戻ったのか観念して持っていた得物を腰にしまった。
「それで話を戻すけど君は誰から人工マナタイトを仕入れているのかな?今答えるなら私の助手に免じて拷問するのは辞めてあげるよ」
彼女は以前の様な目では無く普通の目をしながら猿ぐつわを外しその貴族に質問する。
「小僧…感謝する…人工マナ…タイト…は我が一族の本家にあたるアレクセイ家だ…」
奴はボロボロになった喉と唇を振るわせ自身の大本である貴族の名を口にした。
「へぇ…やっぱりそうなんだ、まあ君を見た時からそんなもんじゃ無いかと思ってたよ」
「最初から分かってたのか?」
「違うよ…そういえば君は知らなかったね。この人はアウリープ、アクセルの領主であるアレクセイ家の分家に当たる貴族だよ」
「そうなのか?」
「そうだよ、彼の代になってからアレクセイ家は急速に力を付け始めてね。そろそろ何かしら手を打とうと思っていたんだよ」
アレクセイと聞いてバルターの事を思い出す。
もしかして今回の件も辿っていけば奴の元に辿り着ける可能性がある。
仮に奴と遭遇しても今回はクリスが居るのでもしかしたら奴との因縁に終止符を打てるかもしれない。
「でもその真偽はどうなんだ?苦し紛れを装って目の上のたん瘤の本家の当主を引きずり落とそうとしている可能性も考えられないか?」
「ふふっこの人を助ける様に私に言ったのは君なのに恐ろしい事を言うんだね‼︎」
可能性の話をしたのだが、それを聞いてその答えがツボに入ったのか彼女は柄にもなく大笑いした。
「おいおい笑うなよ…」
アウリープはこれ以上余計な事を言わないでくれと全身全霊の表情でこちらに懇願するかの様な目で俺を見つめてくる。
「そこは大丈夫だよ、彼の人望は殆ど無いからね。頼るなら小物の親戚くらいなものさ」
どうやら彼女の頭の中では全ての辻褄があっているのかわざわざ聞き直す様なことはしなかった。
「それじゃあ君の言う通りアレクセイ家に向かおうか…いや屋敷には何も無いね…」
「どうした?」
これからと言う所でクリスが何やらブツブツ呟き始める。
「そうだ‼︎ねぇ工場の場所教えてくれないかな?」
彼女は情緒不安定なのか笑顔で奴の首を掴みながら質問をした。
そして質問を受けた奴は恐怖が限界に達したのか失禁しながら工場の場所と思わしき場所を彼女に伝えたのだった。
「それで?この人達はどうすんだ?」
失血死しない様に応急処置を施し、アウリープをの残った部分を縛り身動きを取れない様に拘束する。
そして周囲を見渡せば奴の資産である生命たちがどうすればいいのか分からず俺たちに答えを懇願するかの様に視線を送っている。
「そうだね…取り敢えず彼達は楽にしてあげないとね」
彼女は腰から大きめのダガーを取り出すと、部屋に固定されている生体オブジェクトの頭の部分を出来るだけ痛みを与えない様に素早く破壊していった。
「勘違いしないでね、君はシスターの元へ連れていけば彼らを元に戻せると思っているかもしれないけどそれは無理だよ」
「そう…なのか?」
「そうだよ、この状態で人を生かすにはその状態に生命を固定しないといけないんだ。本当はそんな事通常は出来ないけどそれを無理矢理したから何をしてもその姿でしか回復できないんだ」
「…」
彼女は聴覚が残っているのかすら怪しい生体オブジェクト一体一体に労いの言葉を掛けながらその生命を狩っていく。
そして全てのオブジェクトを破壊し彼女は残骸に手を合わせる。
「…残るは彼女達だね」
破壊された生体オブジェクトの処理を済ませた後彼女は隅で震える奴隷達に向き直り、それに気づいた奴隷達は自分達も殺されるのでは無いかと恐怖に震える。
「…なあ彼女らは殺さなくてもいいんじゃ無いか?」
流石に彼女らは全身ボロボロで欠損がある個体もあるが、オブジェクトの様に不可逆的損傷では無いので殺さなくてもいいのでは無いかと思う。
「へぇ、君は彼女達を救ってどうするのかな?奴隷はねその刻印がある限りどう足掻いても主人の命令には逆らえないんだよ?そんな状態で自由を与えれば後は言わなくても分かるよね?」
「ああ…」
彼女らはアウリープの奴隷の刻印に縛られるので、自由を手に入れその先で幸せを掴んだとしても奴の命令一つでその楽園が地獄に変わってしまう可能性を持つと言う話だ。
結局、こいつが改心した所で魔が差して仕舞えばそれで崩れてしまうのだ。
「…冗談だよそんな顔をしないで。この刻印から逃れる方法が無いわけじゃ無いんだ」
「本当か?」
どうやら刻印から逃れる方法がある様だ。
ただ、あれ程のものから解放されるにはかなり苦労しそうだ。
「それはあれか?こいつに契約を破棄して貰えばいいのか?」
契約とは両者の合意の元に行なわれるものと聞く。
まあ今回は一方的なものだったが、主人であるアウリープが主従契約を解除すればこの刻印も効果が切れるのだろうか?
「残念だけど、そんな簡単にこの刻印は消えないよ」
「え?」
どうやら違うらしい。
だが、そうなると契約を解除する方法が思いつかない。
刻印を消す解呪師みたいな者がこの世界に存在して、その人にお金を払って解呪してもらわなくてはいけないのだろうか?
「まあ簡単では無いと言うのは嘘かもね…」
「どう言う事だよ?」
「方法はね主人であるこのアウリープを殺す事だよ」
「殺…す?」
「正確には刻印を持つ人間が主人を殺せば全ての契約が破棄され刻印はただの刺青になるんだ」
彼女から発せられた言葉に言葉を失う。
折角彼女から助けたのにこいつは改心する間も無く殺されないといけない事になる。しかも自身が買ったであろう奴隷から。
「折角助けたのにか?」
「そうだよ、だから判断は彼女達に任せるよ。例えどの選択肢を選んだとしても結末の責任を取るのは彼女達だからね」
そう言いながら彼女は周囲の黒服達が持っていた刃物を全て彼女達の元へと拾っては投げていった。
その刃物らを一人一つ程取れる本数を配置したことを確認すると彼女は彼女らに言葉を伝える。
「さあ、選びなよ。このままこの男に縛られる人生を送るかそれともその男から解放される人生を。安心してどの選択肢を選んでも私は君達を殺したりしない、どれを選ぼうとも君達の処遇はこの後来る私の知り合いのグループに任せるよ」
まるで何処かのデスゲームの最終戦の様な光景に言葉を失うが、俺がこの光景に口を出す権利は無いし、例え出したとしてその責任を取る術ない。
「…」
幾分かの沈黙の後、奴隷の一人が床に刺さっている刃物を引き抜き転がっているアウリープの元に向かった。
奴は命令を出せない様に猿ぐつわをしており、さらに抵抗しないように拘束は解かないままの状態だった。
この状態でも奴はクリスから取り戻した命を逃すまいと猿ぐつわ越しで殺さないように奴隷に対して涙を流しなら懇願する。
だが、その光景が逆に奴隷の逆鱗に触れたのか、彼女は躊躇する事なくそのまま刃物を奴の喉元に思いっきり突き刺し見事奴の命を奪い去った。
きっと彼女が泣きながら懇願しても奴は暴力を止めなかったのだろう。
「おめでとう、これで君達は自由だ…」
「わ、私は…」
ポンとアウリープの喉元に刃物を突き刺した彼女の肩に手を乗せながらクリスは労いの言葉をかける。
それを聞いた彼女は達成感なのかそれとも罪悪感か分からないが涙を流しながらクリスに泣きつき、クリスはそれを拒まずただ無言で彼女を抱き締めて背中を撫でるのだった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
そして気付けば奴隷の少女は疲れたのか眠ってしまい、クリスはその少女を優しく地面に寝かせると入り口に向かって叫ぶ。
「居るんでしょ?私の用は済んだから後は任せてもいいよね?」
「え?」
感知スキルでは何も感じなかったが、クリスが言葉を掛けた瞬間にボスの気配が一瞬にして存在を明かした。
この退廃区の住民は皆潜伏スキルを履行しているのだろうか?
「ほほほっやはり嬢ちゃんには敵いませんのう」
「当たり前でしょ?」
「それで?このレディ達をワシにどうしろと?」
「それは君に任せるよ、そこまでの責任は私には無いからね」
彼女はそう言うと服の埃を払って部屋の外へと向かい、部屋の外にはいつから居たのか部下達が色々道具を持ちながらいつでも動けるように待機していた。
「行くよ助手君。色々ショッキングだろうけど今君が抱いた感情を大切にして失ったらいけないよ、君の居場所はここじゃ無いんだからね」
彼女は悲しそうな顔をしながら俺にそう言って肩を叩くと、先に建物から出ると階段を降りていった。
「え⁉︎奴隷を買ったの⁉︎」
アレクセイ家の別荘になっている場所に向かう事になったのだが、その前にシルフィーナを回収しないといけない事を思い出し、それを彼女に伝えると先程のセンチメンタルな雰囲気を何処かに置いていったかのように大袈裟に驚いた。
「何か買えっていったから…つい」
「ついって何それ⁉︎」
「まあクリスもみれば分かってくれるよ」
「えー」
先程まで奴隷の解放だの幸せだの何だの言っていたので言い出し辛かったが、このまま黙ったままでは彼女がどうなってしまうか分かったものではないのでここは正直に伝えることにしたのだ。
「私がアウリープまで辿り着くのに死に物狂いだったのに、その間君は女の子鑑賞していたの⁉︎」
「言い方が悪いぞ‼︎俺はクリスに言われるままボスの機嫌を冷や汗をかきつつもとりながら場を繋いで、友好的であるとアピールしてたんだぞ‼︎」
そこからギャーギャー討論という名の言い訳合戦が始まり、最終的に仕方ないと迎えに行く事となった。
そしてオークション会場に着くと既に作業は終わっていたようで、先程のスタッフの元に行くと契約書と説明書きに用紙を渡される。
「まず刻印の説明ですね。これは提供されたあなたの血液を使用して描かれておりまして表面上は刻印部分しか認識できませんが、実際は全身に刻まれておりますので刻印部分を剥ぎ取っても残りますので安心してください」
初めての奴隷購入者の印象をもたれたのでスタッフが契約に関しての内容を細かく説明してくれるようだ。
その配慮は嬉しいが、後ろでクリスの視線が突き刺さるので出来ればここは早く済ませてほしかった。
「この刻印を付けられた奴隷は基本的に貴方の命令形の言葉に従いますが、他の方の命令には自由意志を持ちますのでご家族等々は事前に命令しておくなど対策をして下ださい」
「はい、分かりました」
「そしてこの刻印は基本的には消えませんが、奴隷が貴方に手を下した場合は当然の事ながら効果が無くなりますので気をつけて下さい。まあ他人の刻印のついた奴隷が他で生きて行ける術はないので大丈夫だと思いますが…」
結局他人の唾のついた奴隷を飼うくらいだったら新しい奴隷を買ったほうがいいという事だろう。
「また貴方なら大丈夫だと思いますが、奴隷も人間ですので食事を与えなかったり暴力を加えると死んでしまいますので気をつけて下さい」
「分かりました、その辺りは大丈夫です」
「ではこの契約書にサインをして頂いてお願いします」
説明の後、渡された書類の内容を読み問題がない事を確認した後下の欄に自身の名前を記入する。
「では奴隷のお渡しですね」
書類に不備が無い事を確認し、奥に居る別のスタッフを呼ぶと奥から先程と同じ様に鎖に繋がれたシルフィーナを連れてこちらに来る。
そしてそれを見たクリスは驚愕の表情をした後俺の顔を見る。
「言っただろ顔をみれば何で俺が購入したのか分かるって」
鎖を受け取った後、首輪の鍵を受け取るとスタッフは次の対応がありますのでとそそくさと裏に戻っていった。
「…そうだね。これは流石の私も予想できなかった…ありがとうね」
クリスは鎖に繋がれた彼女を見ると自分を責めるような悲しそうな表情をしながら俺にお礼を言い、これから自身がどうなるか分からない彼女はただ震えるだけだった。
クリスの性格が…
次回休みます…