彼女の割ったガラスの窓を突き破り中に侵入する。
中に入ると予想外な事に外の喧騒と比べ静まり返っている事に違和感を覚えたが、ここはあくまで別荘として建てられているので中に人が居なくても問題はないだろう。
「流石に中には入ってこれないみたいだね」
「そうだな、あんなのが中にまで発生してたら最悪だったぞ」
浄化魔法で浴びた返り血を浄化したのはいいが、液体そのものは消えはしないので少し服が湿ってしまい嫌な気分になる。
「気配は無いよな…」
念のため屋敷内を感知魔法で調べたが、外の気配に比べて異様なほどに反応がなく本当にこの屋敷内に人が居るのかと疑うほどだった。
「なあクリス、既に気づかれて逃げられてるとか無いよな?」
「それは無いよ、侵入したのが私と君の二人だけなら資材を持って逃げるよりも悪魔の力で消してしまった方が楽だからね」
「怖いこと言うなよ…」
どうやらクリスには何か俺には言えない根拠でもあるのだろう、少しも自分の考えに間違いがない事を疑っていない。
「それじゃあ行こうか、早くいかないと面倒な事になりそうだからね」
そう言いながら彼女は周囲のガラス片を蹴りながら先へと進んでいく。
「行くって何処に行くんだよ」
気配がない以上何処に進めばいいのか分からないので一応彼女の考えを聞く。もし罠か何かで分断されても目的の場所さえわかれば後で合流できる可能性があるのだ。
「向かうって…そうか君にはまだ悪魔の気配が分からないのか、そうだね簡単に言えば地下だねこの屋敷を囲む結界よりも認識阻害の強い結界が地下にも敷かれているんだよ」
「そうなのか、まったく気づかなかった」
「まあ、あれに気付けるのは高位のアークプリースト位だからね」
「へー」
彼女の言葉に理不尽さを感じながら後ろを着いていく。
彼女はもはや礼儀というかマナーを無視するかの様に扉を蹴り飛ばしたり壁を破壊して地下の入り口までショートカットする。
場所を特定されるから隠密に行動したほうがいいんじゃないのか?と問いかけたところ
いやいや、用意されている通路なんか使ったら一生目的地に着かないよ、との事だ。
どうやらゲームで言う迷いの森的な仕掛けがあるのか、この屋敷は大迷宮に並みの難易度を持っているらしい。
壁を破壊しドアを蹴破りようやく地下の入り口のような場所に辿り着く。
ぱっと見壁にしか見えないが、彼女に言われ感覚を研ぎ澄ましてみれば何と無くだがわかる様な気がする。
「凄いね…この地下室自体が一つの魔窟と化しているよ」
「どういう事だよ?」
「この地下室そのものが悪魔の領域になっている感じかな?だからこの太刀で切っても中の悪魔を叩かないと解除出来ないんだ」
「成る程な、相手の有利な条件下で戦わないといけないのか…」
「そう言う事だね、相手がどんな存在かは分からないけど苦戦する可能性があるってことだよ」
彼女は神妙な顔でそういうと背中に背負っていた大太刀を抜刀し、壁と思われる結界を細かく切り裂き一時的に外壁に穴を空ける。
「外のヤツよりも強力だから先に入って‼︎」
「ああ、分かった‼︎」
彼女が壁を切り裂いたことでSF映画のような空間の穴が出現したので勢いそのまま穴の中に入り、彼女も続くように中に入っていく。
「ここが結界の中か…」
正直悪魔の結界というものに触れるのは初めてだったのでどういうものかと思っていたが、名前の通り悪魔のなので息苦しく嫌いな奴と同じ部屋になった修学旅行くらいに居心地が悪く、許しが出るのならそのまま家に帰ってしまいたい程だった。
「覚えておいてねこれが悪魔の…うっ‼︎」
大太刀を背中の鞘にしまいいつもの様に説明を始めるところでクリスの様子がおかしくなった。
どう表現したらいいのか分からないが何時ぞやめぐみんが死の宣告を受けた時のように姿がブレて膝から体勢を崩したのだ。
「大丈夫かクリス⁉︎」
「だ、大丈夫…外との連絡が切られただけだから…」
「外からの連絡?何かの通信魔法か?」
まるで半身をもがれた様に弱々しく震えている彼女を見ていると少し不安になる。
もしかして外との連絡魔法で周囲の状況を把握していたのだろうか?であれば状況分析の精度が高いのも頷ける。
「それみたいな感じかな…まあ正確には違うけど。君からしたら何時もの私だから安心して」
「だったらいいんだけどさ…」
よっこいせと何事もなかった様に立ち上がると彼女は大太刀を引き抜き構えながら奥へと進み始める。
「先に進むよ。ここからは注意深くね。油断すれば呪われると思った方がいいよ」
「ああ」
彼女に合わせ剣を引き抜き構えながら続いていく。
華やかな上の屋敷とは違い、地下に潜れば潜るほど無骨なコンクリートの様な石板で覆われ不気味な地下研究所にいる様な気分になる。
「…悪趣味な部屋だね」
長い下り坂を降りると数分ようやく目当ての部屋に辿り着いた様で、先に部屋に入ったクリスが開口一番にそう言った。
俺も何が悪趣味なのかと思い彼女に続いて部屋の中に入ると彼女の言葉の真意に気づく。
その部屋は先程俺が表現したように何かの実験室でさまざまな機材が所狭しと並べられている。
ただそれだけでったのならただの実験場であったのだが、目の前に置かれたいた物が異質な空間であることを物語っていた。
そう、目の前には筒の中に人の入った機材が部屋一面に並べられていたのである。
感知スキルで分かる程度だが部屋の規模は上の屋敷とは比べられないほど広く、全ての機材に人が入っているとすれば三桁の人数がこの機械の中に収容されている事になる。
一体何の機械なのかは分からないが、中に人が入っているかつこの世界の治療は魔法をメインに発達していることから治療の機械ではなく、中に入っている人の気配は弱々しく中には亡くなっている個体も複数存在した。
「これは何の機械なんだ?」
「説明は後でいくらでもするから、今は周りを警戒して私についてきて」
「ああ、悪い」
部屋の中に張り巡らされている機械に気を取られて自身が立っている場所が、敵陣のど真ん中であった事を忘れていた。
感知スキルにメモリーを回し感度を高める。結界の中に入ってしまうと隠匿の効果が薄れるのかこの部屋の中の夥しい気配に混ざるように一つ禍々しい何かが感じられる。
多分それがクリスの言う悪魔なのだろう。
外で感じだ根拠のないあの歪んだ気配の主がこの機材の先に待ち構えているのだろう。
周囲の機械に納められている人達を見ながらクリスの後を追っていく。
機械は漫画でよく見るシリンダーの中に人が入り、栄養供給の為なのか透明な溶液で満たされており、まるで死なない様に無理やり生命活動を維持している様だった。
「ようやく来よったかコソ泥どもが…」
機材の隙間を進んでいくと全ての機能を統治する場所に来たのか色々な機材の集まっている部屋にたどり着く。
そして、その部屋には醜く声太った中年の男が檻に入っている歪な形をした何かと一緒に俺達を待っていたようだ。
「ようやく見つけたよクレクセイ・バーネス・アルダープ」
クリスはアルダープの名前を宣言しながら大太刀の切先を向ける。
「事を荒げる前に話をしようじゃないか」
「あんたと話すことは何もないよ」
「まあまあ、ここまで何もせずに来れる様に図ったんだ少しくらいいいだろう?」
「少しだけならね、その代わり私の質問にも答えてもらうよ」
「交渉成立だな、それでは私から失礼しようか」
アルダープは大太刀を構えるクリスに臆することもなく交渉という名の話を求め、見事殺気の凄いクリスから話し合いの場を設けた。
まあ互いに知りたい事があったのでいきなり殺し合いたい訳ではなかった様だった気がしなくもないが。
「それで?私から何が聞きたいの?」
「そんなもの一つの決まっているだろう?何故ここにワシの工場があると知った?ここはを知るものは身内しかおらん、それにこいつの呪いによってわしと息子以外の人間が近寄れる筈は無いのだ」
「そんな事?そんなの簡単だよ、君の親戚に聞いたらサクッと教えてくれたよ。もう少し流通経路を考えた方がいいんじゃ無いのかな?退廃区を使えば逃れられると思ったら大間違いだよ」
「何?アウリープが喋ったのか、あの使えんポンコツが‼︎」
どうやら身内が喋ったことが信じられないらしく、悔しそうに悪魔の入っているであろうゲージを蹴り飛ばす。
すると中から半分頭の欠けた悪魔が痛いから止めてくれと子供の様に訴える声が聞こえる。
「それじゃあ次は私の番だね。君は人工マナタイトの作り方を何処で知ったのかな?普通に生きていればまず思い付かない方法だよね」
「ふん、あんなもんは…もんは…何だったか…」
クリスに質問されるとアルダープは鬱陶しそうに答えようとするが、まるで前日に酔っ払ったサラリーマンの如く部分的に思い出せないようで困惑し始める。
どうやら何かの認識阻害に遭っているのか、それともそこの悪魔が主人の記憶を阻害しているのか色々予想が立つがどれも信憑性が無い。
「ワシはどうやってこの方法を知ったのだ?」
「そんなの私が知るわけないでしょ、あまりふざけるならこのまま殺すよ?」
どっちにしろ殺すだろと言いたくなったが、それを言うとこちらまで被害が出てくるのでここは黙っておこうかと思う。
「おいこのクソ悪魔‼︎何故ワシは思いだせないんだ‼︎」
「…ヒューヒュそんなの僕が知るわけないだろ…」
まるで答えを求めるため癇癪を起こす子供のように悪魔に八つ当たりして答えを得ようとするが悪魔から帰ってきたのは無関心だった。
「クソッ何でワシがこんな事でイライラしないといけないんだ‼︎」
「知らないよ、私だけいい損になったけど答えられないならもういいよ」
「マクス‼︎コイツらを殺せ、どうせアウリープも死んでおるから問題ないだろ」
「ヒュー無理だよアルダープ」
「何故だ‼︎お前は人一人も殺せなほど低俗ではないだろ‼︎」
困った時の悪魔頼みと言った所だろうか、いざ自分が追い詰められると先程まで邪険にしていた悪魔に縋り付いている。
こんな大人にはなりたくないもんだ。
まあ俺も困った時はクリス頼みなんだが…。
「その女の持っているものから強い…光が放たれてる…ヒューヒューあの光が邪魔して僕は力が上手く使えないよ…」
「クソ‼︎何処までワシを馬鹿にすれば気が済むんだ‼︎」
再び檻を蹴り飛ばすアルダープ、悪魔の方は響く音が嫌なのか耳の部分を覆うように手を当てて耐えている。
「何故知ったのかはいいや、だったらどうやって人工マナタイトを作っていたか教えてよ、その方法で特定するから」
どうやらアルダープのショートコントに痺れを切らしたのか少しでも情報を得ようと趣旨を変えて奴に問い返す。
「方法かそんなもん見ればわかるだろう、遺跡から引っ張ってきた機械に適当に捕まえた人間を放り込んでスイッチを押せば完了だ」
「そんな雑な…」
「そこの小僧‼︎少しは口を慎め‼︎ワシがいちいち知るわけないだろう‼︎この作業は全部…全部…誰に任せておったんだ…」
「また忘れたの?」
はあ、とため息を吐きながらクリスは呆れた様に大太刀を構える。
その大太刀は悪しきものしか切れないと聞いているし、ゆんゆんを切った際にはバニルだけ切れたのでアルダープを切った所で切れはしないのではないだろか?
まあ存在が邪悪なので斬れはしそうなんだが…
「それに関しては吾輩が説明しよう」
「お前は⁉︎」
クリスが構えたことでこのゴタゴタも終わりかと思った所で、突如後ろからバニルが現れる。
まさかの登場に頭が混乱する。一体奴はこのタイミングで何をしに来たのだろうか?
「……っ⁉︎」
クリスはバニルの存在を視認すると、もの凄い速度でアルダープとバニルの間を取る位置に移動し間合いをとる。
俺からすれば味方が来た的な頼もしい展開だったが、クリスからすれば目の敵である悪魔が増えたと言う悍ましい展開でしかいのだ。
それに味方かどうかも現状は分からない、アルダープサイドにはマクスという悪魔がいるのでバニルはそのマクスを助けにきた可能性も否定できない。
「何しに来たんだよ⁉︎お前を呼んだ覚えは無いぞ‼︎」
どうせ思考が読まれるので口だけは悪い方向で言っておく事にする。
「フハハハハハハハハ‼︎当然だ、何せ吾輩も呼ばれた覚えが無いものでな‼︎」
「貴様のその嫌な感じからしてマクスと同じ悪魔か‼︎一体何しにきたのだ‼︎」
「出会って早々随分な挨拶であるな、まあいいだろう。いかにも吾輩は見通す悪魔地獄の公爵バニルである‼︎」
新たな悪魔の登場にキャパシティの限界が来たのか声を荒らげながらバニルに詰問するように詰め寄る。
「それで説明するって何を説明すんだよ。そこのオッサンがどうやって方法を知ったのか知っているってことか?」
見通す悪魔であれば本人が覚えていなくても本人の記録を読み取れば物事の答えが分かるのだろう。
「分かると言いたい所ではあるが、どうやら本の切れ端が机の上に置かれているのを見つけた事しかわからんな」
「駄目じゃねえか‼︎」
ふむ、と顎に手を当てながらバニルは少し納得がいかないような様子でアルダープを見つめる。
「どうやらこの件に黒幕がいる様だな、しかもそいつはなかなかに頭が切れると見た」
「マジか…」
黒幕、この事件の大元はアルダープだと思っていたが、奴もまた利用されていた駒の一つでしか無いようだ。
「へぇ、作り方の情報源が切れ端って事は、この人工マナタイトの原料はそこの機械に閉じ込められている人たちって事なんだ」
「ヒィッ⁉︎」
俺がバニルと会話していると聞き逃せない単語が聞こえてきたのか沈黙を貫いていたクリスが口を開き大太刀の刀身をアルダープへと向ける。
彼女自身二人の悪魔を警戒しながらアルダープが何かしでかさないように見張らないといけない為、話を聞くに徹していたのだろう。
「そ、そうだ。この人工マナタイトは人間の魂を抽出して凝固させた物だ」
「やっぱり…そうなんだ」
クリスは大太刀の切先をアルダープの顎下に当てながら尋問を開始する。
その表情は焦りなのかそれともこの空間に入った影響なのかいつもの彼女からは想像できない程に余裕が無く息も切れ掛けてきている。
「何だって?それじゃあ俺達が今まで追ってきた物の正体はここにいる人達の命の結晶ってことか?」
「…そうだよ。人工マナタイトは人の魂を抽出したもので作られるもの、だから人工マナタイトにされた人は死んでも魂が天にも昇る事が無いんだ」
魂が天に昇る事が無い、それは死んだ後に続くであろう事柄が存在しない事になる。
俺が死んだ後俺の魂は天のアホ女神の元に行き、そこから色々な手続きを踏んでからこの世界にやって来たという経歴を持っているが、人工マナタイトにされた人間はそのまま無に帰してしまい全ての存在が消えてしまうのだろう。
魂の質量化なんて御伽噺だと思っていたが、この異世界では実行可能だった様だ。
「君はそれがどういう事だか分かってやっているのかな?」
「くッ…それは」
「分かってはおらぬ様だな、そこの男は頭はあまり良くは無い様だな今回の切れ端を読んでただ儲けられそうだから行ったに過ぎない」
クリスが問い詰め、アルダープが言葉に詰まった所で助け舟を出すようにバニルが読み取った記録を説明する。
悪魔は詰まらなそうに説明し、彼女はそれを嫌そうな顔で聞き、奴はその言葉を聞き安心したのか苦悶の表情が緩んだように見えた。
「それで今やただの小娘はこの後どうするつもりだ?」
「そんなの決まっているでしょ、コイツを殺した後そこの悪魔と君を殺して彼を連れて帰るだけだよ」
「クソ‼︎マクス‼︎何とかならないのか?ワシを大元の屋敷に飛ばしたり出来ないのか?」
「ヒューヒュー無理だよアルダープ、そんな事しようとしたらそこの女の人に殺されちゃうよ」
「あの小娘はそんなに手練れなのか?」
「そうだね…僕の領域に来て大分弱っているけど、あの大きな剣が強い光を放ってる」
バニルとクリスが火花を散らしている間、アルダープとマクスはここから抜け出す算段を立てている様だ。
「ふむ、マクスを殺すのか…お主であれば悪魔殺しも出来なくは無いがそれは困るな、ああ見えてあやつは吾輩と同じ地獄の公爵であるぞ?我が同胞をこんな豚の道連れにされては敵わぬからな」
「え?アイツそんなに強いのか?言っちゃ悪いけどそこまで強そうに見えないけど…」
「ふん、確かに頭が半分かけているから記憶力は無いが、力だけなら貴様と比べれれば天と地の差があるわ‼︎」
「マジか⁉︎」
人は見かけによらないとはよく言うがそれは悪魔の世界でも同じ様で、見た目と能力が必ずしも比例しているとは限らないのだ。
「助手君、私の目の前で悪魔と仲良くするなんていい度胸だね?君も一緒に斬り倒そうかな?」
バニルが現れた事で緊張感が無くなってしまい、いつもの様な雑談している感じの空気感になってしまった所をクリスに突かれる。
相手が小物すぎて緊張感が無くなってしまったが、相手は何百何千もの人間を魂規模で殺してしまったサイコパス野郎なので油断すれば何かしらの抵抗をしてくる危険性がある為、本来は彼女並みの警戒をしなければいけないのだ。
「先にそこの男を殺してから君達悪魔を祓おうと思っていたけど、どうやら君から始末しないといけないみたいだね‼︎」
大太刀の切先をアルダープから逸らし、その一瞬の間に奴の鳩尾に拳を喰らわせ一時的だが悪魔に命令を出したり余計な事を出来ない様にした後、先程逸らした大太刀の切先をバニルに向け切り掛かる。
その一瞬の鮮やかな動きに惚れ惚れするが、マクスという悪魔はご主人が襲われても守ろうとせずにただボーとしていて何を考えているか分からなかった。
「フハハハ‼︎気が早いにも程があるだろう‼︎」
いきなり斬りかかるクリスに若干引きながらもバニルは丁寧に応戦する。
地獄の公爵なので大技を使いそうな気がしていたが、意外にもバニルはコンパクトに丁寧な戦術でクリスの攻撃を躱し、いなしながら応戦する。
「随分と余裕がないではないか、一度休んだ方がいいのではいか?」
「はぁはぁ…うるさいな」
戦闘が始まり数分が経ちそろそろ状況が変わってもおかしくはない時間になってきたあたりでクリスの様子が少しずつ変化していることに気づく。
いつもならどんなに激しい戦闘をしても息が切れることのなかったクリスの息が切れている。
その光景は単に戦闘の疲労から来ているものではなく、何処か病的なものを感じさせるものでバニルはそれに気がついているのか帰る様に忠告している。
やはり悪魔の本陣と化している領域で人間が全力を出すとコンディションが悪化していくのだろうか。
頼りの大太刀は叩き下ろされ地面に転がっており、拾いに行けばその隙をバニルにつかれてしまう。
「ふん、今の小娘を倒すなど赤子の手を捻る様なものであるな」
「くっ…」
「本調子ならいざ知らず、そんな状況で吾輩に勝てると思って追ったのか?考えが甘すぎて笑ってしまうわフハハハハハハハハハハハ‼︎」
幾たびの超人超えの戦闘を目の前で繰り広げ、俺が応戦しようにも速すぎてついていけないと判断し、アルダープを逃げ出さないように拘束して観戦していると勝負は途中で力尽きたクリスの負けになった。
クリスは力尽きたというかはまるで電波が悪くなって上手くチューニングの取れなくなったラジコンの様な感じで、上手く体が動かせなくエネルギーが無くなっていく携帯の様にも見える。
「悪く思うなよ小娘、吾輩は貴様に恨みがある訳ではないが同志を祓われる訳にはいかないのでな。感謝はしておこう、貴様がマクスの結界を一時的だが破壊してくれたおかげで吾輩も侵入する事が出来たのだ」
「何それ…嫌味?」
一応紳士的な行動だと思っているのかカッコつけた様にクリスにそう言うと、懐から一つのスクロールを取り出した。
「これは我が店に余っていたランダムテレポートと言うスクロールでな、いつでも何処でも好きな時に知らない場所に飛んで新鮮な気持ちで旅行を楽しめる言わば旅行ガチャの様な物でな」
「くっ…まさか」
「させるか‼︎」
縛り抑えていたアルダープを放り投げバニルに斬りかかる。
アイテムの名前からしてバニルはクリスを何処かに飛ばしてこの場から彼女を排除するつもりだろう。
「フン、甘いわ小僧‼︎」
「なっ‼︎」
どうやらこの領域は別の悪魔にも優位に働くようで、前回戦ったよりも体感かなり速い速度で俺の攻撃を躱され腹に蹴りが飛び俺の体はそのまま後方へと吹っ飛んでいった。
「…全く、これが吾輩がここまで無料でサービスするなど中々無いというのに何故邪魔をするのか理解に苦しむぞ」
俺が吹き飛び機材に衝突し痛みで身動きが取れない事を確認すると再びスクロールを取り出し発動し始める。
「…覚えておきなよ…君達悪魔は必ず滅ぼ…」
「フハハハハハ、怖い怖いであるな、まあ楽しみ待っておるぞ」
魔法陣に囲まれながらクリスはまるで死に際に怨念を吐き出す般若の如く、バニルに恨み言を言いながら光に包まれて消えていった。
「…ったく何が起きておるのだ今日は‼︎えぇいマクス‼︎何とかしろもはや手段は問わぬ‼︎あの小娘が居ない今なら出来るのだろう⁉︎」
クリスが転送されどうしようかと思っていたところで縛っていたアルダープが目を覚まし、彼女が居なくなった事を確認し次は自分の番だと判断したのか先程まで足蹴にしていた悪魔に縋り付く。
意外と頑丈だなと思いながらも剣を向けて警戒するが、当のマクスはやる気が無いのか上の空でアルダープの話を聞き流していた。
「頼む‼︎対価でも何でも払うからこの場を切り抜けてくれ‼︎」
一体何処まで生き恥を晒せば気が済むのか分からないが、奴は奴なりの美学があるのだろう。取り敢えずマクスをバニルに任せこいつをダクネスの元に引き渡して何処かに行ったクリスを回収すれば今回の件は終了だろう。
「ほう、今貴様対価を払うと言ったな?」
「ああそうだ、お前はこのマクスを地獄に引き戻しにきたのだろう?こいつはこれでも役に立つからなこいつさえ手元におればまた一からやり直せるわ!」
奴が対価を払うと言った所で場の空気が変わる。
悪魔にとって対価を払うと言うのは契約を行う上で必要な通過儀礼の様な話を聞いた事があったが、それが何を指すのかを追求した事がなかった。
「本当に?ヒュー‼︎アルダープ本当にヒュー対価を払ってくれるのかい‼︎」
「ああ、だから頼む‼︎」
先程の発言を聞いた事により、上の空だったマクスも手のひらを返す様に急に態度を変えまるで新しいオモチャを貰った子供の様にはしゃぎ出す。
「バニル‼︎手を出さないで‼︎アルダープが対価をくれるって‼︎ヒューヒュー‼︎」
「だそうだ小僧、貴様も命が惜しくば手を出さないことだな」
「…ああ」
その悍ましい奴の笑顔に恐怖しているのか体が動くに動かない。
「ヒューヒューこれであの人達は君に手出し出来ないよ‼︎よかったねアルダープ‼︎」
「あ、ああ…そうだな」
本人も思っていなかったであろう予期せぬ異質な光景にたじろぎながら自身の安全が保証された現状に表面上喜び、俺たちはその光景をただ黙って見ている
そしてアルダープは逃げるためにマクスを回収しようと手を伸ばした瞬間に事は起こった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ⁉︎」
なんと伸ばされたアルダープの手を、マクスが掴んだと思った瞬間にへし折ったのだ。
一瞬何が起こったのか分からないが、その光景を見てある事を思い出し気づく。
バニルは羞恥の悪感情を好むと聞いていたが、それはバニルだけでマクスはまた別の感情を好むのでは無いだろうか?だとすれば奴が好むのは何かは分からないが、対価というのは願いを叶えた分その対価を悪感情で支払わなくては行けないのでは無いだろうか?
「ほう小僧、この一瞬でそこまで考えつくとは成長したではないのか?悪魔の契約は基本的に悪魔自身が条件を提示しなければ、その悪魔が好む悪感情で対価を支払う事になるのだ」
「恐ろしいな…」
「特にマクスの好きな悪感情は絶望。あやつは寿命を超えてまでマクスに絶望の悪感情を支払わなくては行けないのだ」
奴が対価を払うと言った事で一度契約の精算を行わなければいけないらしく、奴は今まで押し付けてきた仕事の対価を身を持って支払わなくてはいけないのだ。
「誰か⁉︎誰でもいい‼︎助けてくれ‼︎」
腕を圧し折られ、眼球を潰され、皮を剥がされても直ぐにそれらは癒えてしまい再び同じ苦しみが再現される。
その苦しみはまさしく絶望の感情しか湧かないだろう。
「良いのか?吾輩と契約すればまた別の対価が発生するぞ?」
「あっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
バニルの放った今の言葉で心が折れたのか今までに無い程の大声で叫び出した。
「全く見苦しい事この上無いな…マクス続きは地獄で……うむ?」
苦しむ光景を見てバニルはヤレヤレと両手を挙げ呆れる表現し、これからどうするかを俺に言おうとしたタイミングで事態はまた急変する。
「がはっ⁉︎お前何故ここに…」
何処からかアルダープに向けて剣が飛ばされ、その剣は見事に奴の心臓に突き刺さった。
「誰だ⁉︎」
「僕だよ」
咄嗟に剣を先程剣が飛んできた方向に向け警戒すると、機材を上から俯瞰できる様に作られた場所…体育館の観客席と言った方が分かりやすいだろうか…その場所に前に見た因縁の相手が姿を表す。
「バルター…お前が黒幕だったのか」
「ほう、あ奴が黒幕かどれどれ…フム光で見通せぬな…」
裏で誰かが糸を引いていると思っていたが、やはりその黒幕はバルターだったようだ。
驚く事は無く、アイツもまたアレクセイなので休暇と言いながら何か悪巧みしているのだろうと心の片隅で思っていた。
「ふっ、本来であれば傍観で終わらそうと思っていたが…あまりにも見苦しくてね、つい手を出してしまったよ」
「貴様⁉︎ここまで誰が育ててやったと思っているのだ‼︎恩を仇で返しおって‼︎貴様など拾うのでは無かった‼︎」
「はぁ…これはここまで尽くしてくれた君への恩返しなんだけど、君は何にも分からないんだね。まあいいさ」
息子にトドメを刺された事に不満を感じ親とは思えない程酷い言葉を浴びせる。
…まあ殺されかけたのなら仕方がないが…
「ヒューヒューアルダープ‼︎死なないでアルダープ‼︎」
心臓を貫かれたアルダープの生命反応は小さくなっており、先程まで回復した傷の様に治る様子は無かった。
一体どう言う事だろうか?先程の様子であればその程度の傷直ぐに治せるだろう。まさか自身の与えた傷のみ治せて他人の与えた傷は治せないのだろうか?
「ヒューヒューどうしようバニル、この剣が光ってるせいでアルダープを治せない、このままだと死んじゃうよ」
「フム…これはどうしようもないな…」
どうやらバルターが奴に刺した剣はクリスの大太刀のように退魔の力を持った剣だったらしく、このままではマクスといえども手が出せないようだ。
「バルターお前がこの事件の黒幕だな?」
「ああ、そうとも。あの義父に人工マナタイトの資料を与え記憶を弄ったのは僕さ」
マクスがあたふたしている間にバルターに問うと、奴は何も悪びれる事なくそう言ってのける。
「何でそんな事をしたのか聞きたいかい?」
「なっ⁉︎」
「全てを教える事は出来ないが僕にも目的があってね、その為に巨大なエネルギーが必要なのさ」
「それがこの人工マナタイトか?」
「そうとも、だがやはり一般人ではまだ目標まで足りなくてね」
「これ程の人を犠牲にしてもか?」
「ああ、そうだ。ちまちまと一般人をマナタイトにしても個々のエネルギーが小さ過ぎるから効率が悪い。だからどのみちこの工場は破棄する予定だったし、ついでに邪魔な悪魔に振り回される義父も処分できて君には感謝しているよ」
「そうかよ、おっとそのまま帰すと思うのかよ‼︎……な⁉︎」
バルターはいきなり姿を表すと言いたい事だけ言ってそのまま去ろうとしたので動きを止める為に雷の魔法を放つが、それが奴に当たる事なくまるで魔術師殺しに阻まれるかの様に無効化された。
「ふっ、君の魔法が当たらないとなるとこっちの計画は順調のようだ」
「おい待て⁉︎」
「止めておけ小僧」
奴を追い掛けようと動き出した所をバニルに止められる。
奴からすればこの場から俺を排除できるので願ったり叶ったりでは無いのかと思い、その思考と行動の不和により言われるがまま止まってしまう。
「どうしてだ?」
「今のあやつを追った所で死ぬだけであるぞ、まあ死にたいと言うならこれ以上は止めぬが」
「…そうかよ」
見通す悪魔バニルがそう言うのであるならそうなのだろう。
いつもなら啖呵を切ってバルターを追い掛けるが、もう既に奴の気配は消えているのでここは奴に従う形になるしかないだろう。
「あぁ…アルダープ‼︎ヒューヒューアルダープ…死んじゃった」
「残念であったなマクス」
退魔の剣で刺し殺されてしまった以上、地獄の公爵であるマクスとて何もできないのだろう。
あっけからんにアルダープの死を見送った二人はそのまま固まっている。
「辞めておけ小僧、それ以上は流石の吾輩もサービス出来ないぞ」
この隙を逃すまいと彼女が落とした大太刀を拾い上げ、それをマクスのいるゲージに突き立てる。
「悪いけど一応命の保険という事で」
「フム、そう来たか。だが良いのか?悪魔を殺したとしても貴様に得は無いぞ」
「ああ、そうだろうな」
「ふっフハハハハハハ‼︎成る程‼︎貴様あの醜く肥え太った豚よりも悪辣な事を考えるのであるな」
バニルは俺が退魔の大太刀を持っているのにも関わらず俺が条件を言う前にそれを読み取り、その発想が今まで見た人間の中で一番強欲だったのか笑っているようだ。
「我が同胞を見逃す事を対価に吾輩と契約したいと言うのだな」
「ああ、そうだ」
「だが気を付けておくと良い、対価が今回の件だけではマクスの様な現実を歪める程の力は貸せぬぞ」
「別に構わないさ、俺の腹は痛まないからな」
イレギュラーなバルターと相対する以上こちらもイレギュラーな力を手に入れないといけない。
これ以上身を削らずに悪魔の力が借りられるのであれば、多少の制限は仕方がないだろう。
後でクリスに何を言われるか分からないが、その時はこの大太刀で何とかして貰おうとおもう。
「それじゃあよろしくな」
こうして俺はバニルと契約した。
得られる力はほんの微量だが、それでも戦力が増えた事は今後の展開に役に立つだろう。
中弛みしてきたので詰めて書いたら少し展開が急になってしまいまして…