「それで何か言い訳があるのでしたら聞きますよ?」
「…いや」
現在俺は屋敷に設置された新しい机に備え付けられた椅子に座りながら、正面に居るゆんゆんに向き合い責められている。
シスターに救出されてから俺は予定よりも早くアクセルに戻る事になった。
あの河からアクセルまでは馬車では直ぐの距離だが、歩いてみると存外に遠く気づけば夜が明け朝になってしまい、そのまま屋敷に直行する形となった。
久しぶりの帰省に内心ドキドキしながら扉を叩くと、俺の帰省に驚きながらもゆんゆんが出迎えてくれた。
流石に文句一つでも言われるかと思ったが、彼女は何も言わず笑顔で俺を出迎えそのまま新しく設置された家具に俺を座らせる。
めぐみんは何故かオロオロした状態で屋敷のラウンジの中をウロウロしながらもゆんゆんの死角から俺に向けて逃げろと唇の動きだけで伝えてくる。
なんだこの状況はと思いつつ、ゆんゆんとめぐみんのギャップに不気味さを感じながら彼女に促されるまま席に着席する。
「お久しぶりですね、カズマさん元気でしたか?」
「ああ、色々あったけど俺は元気だよ」
「…色々ですか?それは大変でしたね」
終始笑顔のゆんゆんに流石の俺もこの状況に違和感を覚えざるを得なくなる。
自分で言ってしまうのも何だが、彼女の笑顔は俺が五体満足から来るものかと先程まで思っていた。だがしかし、現実はそう甘くはなく今浮かべている彼女の笑顔は怒りからくる物だろう。
その証拠にいつもなら悠々自適にドッシリと構えているめぐみんが珍しく落ち着きが無く、この状況をどう突破しようか悩みながらワタワタしている。
「温泉のチケットはありがとうございます。おかげで里を治した疲れを取る事ができました」
「おう」
「それで帰ってきた所までは良かったのですが、そこにカズマさんの姿が見えなかったんですよ」
「だろうな…」
人の笑顔ってこんなにも怖かったんだなと彼女を向き合いながら感じた。
これでは世界中の人を笑顔にするなんて目標を掲げそれが叶った時この世界はこんなにも恐ろしい事になってしまうのだろうか?
…なんて、現実逃避をしている場合ではない。
物事には全てその現象が起きる因果というものが存在する。
何事も原因がなければ結果は起きない。つまり彼女が怒ったのであれば彼女を怒らせた原因が存在する。
「それでカズマさんの事だから何か危険な事に足を突っ込んでいるんじゃ無いかと思って心配しました」
「ああ、事情を説明しなくて悪かったよ。ちょっと色々と複雑な事情があって説明できなかったんだ」
つまり彼女は俺が何の事情も説明しないで彼女らを残し屋敷を空けた事に関して怒っているのだろう。
流石に王家に関するゴタゴタを下手に説明してそれを知った王家が彼女らに何か危害を加えないとは限らない。
「実は王族とちょっとゴタゴタがあってな、それを説明するとゆんゆん達に命の危険に晒されるリスクがあったから言えなかったんだ、このテーブルも貴族に破壊されてダクネスが送ってくれた物なんだ」
「そうだったんですか…」
「ああ、だから俺自身の口以外では説明出来なかったんだ…」
流石に王族の名前を出せば誰であろうとその事情に口を挟めば取り返しがつかない事は分かるだろう。心なしかゆんゆんの殺気の様な笑顔も少し弱まった気がする。
王家の事だから書面では残せなかったと伝え、このまま王家のネタで駆け抜けていけば彼女を勢いと理屈で押し切れると判断し顔を上げると、めぐみんがそうでは無いと言いたげにゆんゆんの死角から俺に向けてブンブンと腕を振りながら警告をした。
「成る程…カズマさんも大変だったんですね…」
「ああ、悪かったと思ってるよ…」
このまま王家のゴタゴタを細かく説明すれば、今日の彼女の頭は王家の話で一杯になり今回の怒りを一時的に忘れさせ次回に持ち越すことが出来る。
人間の怒りというものは時間がたてば経つ程に風化していき、1日もすればおおよそ半分以下まで下がると何処かの本で書いてあった気がする。
めぐみんの態度が引っ掛かるが、この作戦ならゆんゆんを出し抜ける‼︎
「それで何ですけど…」
「あ…」
彼女はついでにポテトはどうですかと某ファーストフード店のマニュアルの様な軽さでとんでも無い爆弾を取り出して机の上に置いた。
それを見た瞬間俺の作戦がいかに無意味な物だったかを思い知らされ、めぐみんが何故あそこまで落ち着きを失っていたのかを理解した。
「カズマさんの事ですのでまたトラブルに巻き込まれているのは分かりました。それで話は変わるのですがこれは何でしょうか?」
「こ…これは…」
そう、彼女が俺の前に出したのはアイリが俺の部屋で暮らしていた時に使用したであろう服と下着の類だった。
俺はアイリに戻ってこれるか分からないから衣服も含めて荷物は全てダクネスに預けておいてと伝え、最後に軽く部屋を確認し何も残っていないと思っていたがアイリも俺も見落としがあった様で、それをゆんゆんは掃除の際に見つけて不審に思って俺の前に出して来たのだ。
しかも、運が悪い事にいつも来ている様な少し背伸びした子供の様な服ではなく大人の女性が着るような様な一式が屋敷に残っていたようだ…
「ダクネスさんから送られたテーブルを入れるついでに部屋を掃除していたら誰も使用していない部屋から出て来た物なんですけど、これは一体何でしょうか?」
混乱している俺に追い討ちを掛ける様に彼女は質問で殴りつけてくる。
「これは…そうだな…」
流石に女の子と二人で泊まっていましただなんて言おうものなら俺の体は次の日に八つ裂きにされてしまうだろう。
何とか誤魔化すために言い訳を考えるために頭をフル回転するが、焦りが俺の思考を鈍らせているのか全く思いつかない。
助け舟を出そうとめぐみんの方へ視線をズラすが、彼女は既に終わりを予感しているのかこちらをジト目で見つめ溜息を吐きながら諦めて腹を括れと言いたげだった。
「これはアレだアレだよ、ダクネスの使者と打ち合わせする時に遅くなって危ないから泊まって貰う事になってその時に忘れた物じゃ無いのか?」
動揺が隠しきれなかったのか少し早口気味になってしまったが、このくらいなら大丈夫だろう。
このテーブルもダクネス名義で届けられただろうし辻褄は合うだろう。
「へーそうなんですか。それにしては服のサイズが小さいですね、めぐみんよりも一回り小さい気がしますけど本当にダクネスさんの使者なんですか?」
「あ、ああ…」
俺の発言は最善手に見えて悪手だった様で、場の雰囲気が一気に重くなった様な感じがした。
そしてめぐみんはアチャーと言いたげに頭を抑えて後ろに反った。
「まあ、ダクネスさんから手紙が来ていますからね、この屋敷の家具壊してすまないって」
「ああ、ダクネスは途中で要人との会議で先に居なくなったからな」
嘘に嘘をかさねる。
ダクネスの手紙がある事は失念していたが、よく考えれば壊したテーブルの代わりを送るなら一緒に謝罪の手紙を送るだろう。
と言うかテーブル送るならこのゴタゴタが終わったとに送って欲しかった。
「そう言えば妹さんが来ていたそうですね?商店街の人が言っていましたよ」
「あっ、そうそう妹も来たんだよ」
今の彼女の言葉で自分の思考が浅はかであったと思い知る。
偶然かそれとも彼女の考えなのか自身が言葉の柵で追い詰められている事に気づく。そう最初から変に誤魔化さずに妹が来ていたと言えばよかったのだ、そうすればここまで追い詰められる事は無かった。
何故そうしなかったと言われれば、最初にダクネスの話を持ってこられたから続く様にダクネス関係の言い訳を持って来てしまったのだ。
「そう言えばその妹さんも背が小さいみたいですね、ちょうどめぐみんを一回り小さくした位に」
「あっそうだ思い出した、その服は妹が着ていたやつだよ。通りで何か小さいと思った訳だ」
「へーそうだったんですね」
あまり使いたくは無かったが言い訳の方向を妹に方向転換する。
なんだか彼女の言葉巧みに誘導されている危険しか感じないが、このままダクネスの使者で貫き通すには無理がある。ならば多少のリスクを負ってでも真実味のある方向へ向かった方がいいだろう。
「それでその妹さんは今どちらにいらっしゃるんですか?カズマさんの妹さんなら私も挨拶したいと思ったのですが…」
「ああそれなら少し前に王都に帰ったよ…また来るかもしれないからその時にまた紹介するよ」
何とか彼女の追求から逃れそうだが、このままではアイリを救出する為に彼女らにどう説明したらいいか分からなくなってしまい新たな悩みが増える。
まあ、それはこの後考えれば大丈夫だろう。今はこの状況を打破するのが先決だ。
「そうなんですか。あっ‼︎そう言えばダクネスさんの手紙には王都は今危険な状況にあるから遠出している友人がいたら帰郷を止めて欲しいと書いてありましたね」
「あ…ああそうみたいだな」
「それだとおかしいんですよね…この手紙の通りですと王都は危険な場所なのにカズマさんは妹さんをその危険な場所に帰らせたんですか?」
「お…おう…」
ダクネスめ余計なことばかり書きやがってと怒りを彼女に向けるが、俺が居ない間ゆんゆん達に危害が加わらない様に配慮してくれただろう事は分かるので責めるに責められ無い。
だが、その気遣いのおかげで現在俺はピンチに陥っている。
時を戻せるのであれば今直ぐにでも巻き戻して完璧な言い訳を考えたいが、時を司る神具は今の所見た事が無い。
めぐみんに視線を向けると、彼女は何かの境地に達しているのか全てを諦めたような表情で腕を組み窓の外を眺めている。
「まあカズマさんの妹ですからそれなりに腕が立つのかもしれませんね、それはそうとカズマさんのベットも掃除したのですがこれも出て来たんですよ」
彼女は依然と笑顔を崩さぬままにテーブルの上に長い髪の毛を乗せた。
「最初は私の髪の毛かと思いました、まあめぐみんは短いので…ですけど私の髪の毛にしてはクセが無いのとこの髪をよく見ると生え際は金色になっているんですよ」
「あ…あ…」
「ねぇカズマさん?これはどう言う事でしょうか?何故カズマさんのベットに髪の毛があるんですか?カズマさんの髪の毛は黒ですよね?」
俺はゆんゆんを侮っていたのかもしれない…いや俺は彼女を侮っていた。
なんだかんだ言って屁理屈で丸め込めば上手くいくと思っていたし、今まで上手く行っていたので今回も上手くと思っていたのだが、いつの間にか彼女も成長し俺の屁理屈を上回る理屈で俺を追い詰めている。
相手を追い詰めるときは情報を小出しにして相手を泳がせて逃げ場を奪えとは言ったが、まさかここまで忠実に俺の教えを俺に使ってくるとは思わなかった。
どうしようか…
頭の中で話を整理する。
テーブルの件でダクネスから手紙が届き、書いてある内容は他に王都への注意喚起で残りは不明。
アイリは俺の妹とという事で通しているが、ベッドに髪の毛があり根元が元の金髪になっている。
ダクネスの件はシラを切り通した方がいいだろう、手紙の内容がわからない以上下手に言い訳をスレするほど墓穴を掘りかねない。
現時点の問題はアイリの事だ、妹として扱っている以上同じベッドで寝ている事は昔からそうしている習慣で通せるかもしれないが、そこで見つかった毛髪の金色は言い訳のしようが無い。
なら腹違いの妹にして髪の色は母親の色をそれぞれ受け継いだ事にすれば大丈夫だろう。それで行こ…
「あ、そうだ思い出したんですけどカズマさんの家族は昔から仲が良くて兄弟は弟さんが居たんですよね?」
「そうだったな…」
俺の企みは浅く、そんな逃げ道はありませんよと先手を取られ言い訳を封じ込められる。
妹の話をした時点でその事を追求して来なかったので覚えていないと思っていたが実際にはそんな事はなく、妹が来ていると俺に質問した時点で追求せずに質問を保留しこうなる事を読んで泳がせていたのだろう。
「あれ?カズマさんの兄弟は弟さんの筈なのに今回来たのは妹さんなんですか?」
「そ…それは」
不味い…この手の質問は即答しなくてはいけないもので、遅くなれば成る程答えの信用性が下がってしまう。
しかし、俺が彼女に話した弟の話は妹に置き換えるには無理がありすぎる内容で、仮に妹も居たと言う内容で進めるにも無理がある。
どちらにしても逃げ道が浮かばない。
本来であれば何か浮かんでくるものだが、この状況下では簡単な言い訳すら思い浮かばない。俺の頭は真っ白で全校集会で全生徒の前でスピーチをする際にカンペを忘れた時ぐらいに真っ白だ。
さてどうしたらいいの…
「何で答えられなんですか?同じベッドで寝る位に仲がいいんでしょ?」
「そ…それは……それはだな……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁーーっ⁉︎」
駄目だもう逃げ場がないと積んでいる事を自覚した瞬間言葉に詰まり、何も言えなくなった瞬間だった。
…そう彼女は俺が言葉に詰まった事に神経を逆撫でされたのか目の前にあったテーブルを思いっきり蹴り上げたのだ。
予想外の展開に俺はなすすべなくその衝撃に呑まれ椅子ごと後方へと飛ばされ尻餅をつきながらゆんゆんを見上げると、彼女はまるでゴミを見る様な目で俺のことを見つめながら
「………チッ」
と舌打ちした。
「すいませんでした‼︎」
最早勝ち筋は全て失われ、これ以上の言い訳は自身の首を絞める行為に他ならないので諦めて俺は彼女に土下座した。
「はぁ…そう言うことでしたら最初から隠さないで言えば良かったのに…」
「悪かったって」
土下座して今まで起きた事を包み隠さず全てゆんゆんに説明し謝罪すると呆れた顔で溜息を吐いて許して…くれたのかな?
「それで?カズマさんは結局その王女様を助けに行きたいんですか?」
「ああそうなるな、まあどう助けるかはまだ考えてないけどな…」
「それじゃどうすればいいか分からないじゃないですか…」
「そうなるな、まあ後で考えれば大丈夫だろう」
アイリを連れ去ろうとしたところでクレアに追い出されてしまったので、同じように連れ出そうにも俺の存在は警戒されているので迂闊に行動はできないだろう。
まああの世で学習しろ的な事を言っていたのであいつは俺の事を死んでいると思っているはずだ。
「時間はまだあるし、そこら辺はゆっくり考えよう。時間は長くは無いけど短くも無いからな、今はひとまず食事にしよう」
あの緊張感を味わったせいか、少しだけだった空腹感が限界に達している。
「そうですね、せっかくですから外食にしましょうか」
「ああ、そうだな」
彼女の提案に乗りアクセルの商店街の方へと繰り出す。
「カズマも災難でしたね、でも私は自業自得だと思いますよ」
「めぐみんも悪かったな」
ゆんゆんが席を外すと口をつぐんでいためぐみんがようやく口を開いた。
「アクセルに帰って部屋の掃除をしてからのゆんゆんと過ごす羽目になった私の気持ちを考えて下さい」
「そんなに酷かったのか?」
「ええ、私からしたら思い出したくはありませんがいいでしょう。カズマが帰って来るまでどれだけゆんゆんがヒリついていたのかを‼︎」
高らかに宣言した彼女の口から壮絶な体験が語られ、俺はゆんゆんに続いてめぐみんにも土下座をした。
1日に二人に土下座をしなくてはならないという最悪の日ではあったが、原因を考えてみると何処からどう見ても身からでたサビなので何も文句は言えない。
「…全く今度から暫く爆裂に付き合ってもらいますからね」
「…そうだな、考えておくよ」
取り敢えず話題を先送りにして有耶無耶にする。
「それで作戦なんだが…」
食事を終え昼を過ぎたあたりでラウンジに集まり会議を始める。
ゆんゆんに蹴り飛ばされたダクネスのテーブルはやはり貴族御用達なのか傷ひとつ付いていなかったのでそのまま利用続行となった。
「まずはダクネスに再び接触しようかと思う」
「ダクネスさんにですか?でもダクネスさんも様子がおかしいと先程まで言っていたじゃ無いですか?」
「ああ、それはそうなんだけどそれでもまずは状況を知りたいんだ」
戴冠式が行われアイリが王位を引き継いだわけだが、それにより内部での政治が変わりルールがダクネス寄りに変更されているのは考えるまではない。
王都のから発表される法の他にも一般人に報じられないものが存在するのでそれを把握しなければ、正攻法で俺を排除できてしまう。
「それは構いませんがダクネスさんは今王都にいらっしゃるんですよね?それでしたら結局王都に向かわなくてはいけないのでは無いでしょうか?」
「まあ、そうなるよな…」
結局の所アイリがまだ完全に自立していない以上ダクネスがお付きの人になる訳だが、そうなってしまえば簡単には会いに行けないわけになる。
シルフィーナの件もあるが彼女ならまあ大丈夫だろう。
「俺だけ単独で城に忍び込んでダクネスに接触する。そこで得た情報でその後を決めようかと思う」
「そんな、危険じゃないですか‼︎」
「まあそこら辺は大丈夫だ」
戴冠式では現状皆権力争いに取り憑かれ自分を見失っていただけで、戴冠式が終わり皆落ち着きを取り戻している可能性もある。
であれば問題は無く、何処かでアイリにあって軽く会話をして、たまに会いに行けば問題はないだろう。
「まあ何にせよアイリが幸せな状況にある事が確認できればそのまま帰るからそこまで危険は無いんだ」
「…ならいいですけど」
あれから考えたが、王族に生まれた以上ある程度の制約を受けるのは仕方がない事でその使命を全うするために彼女もまた我慢しなくてはいけないのだ。
ただ、その制約があまりにも酷いものであったならそこから抜け出す手助けはしてやりたい。
結局は俺の自己満足なのだ。
話は取り敢えず準備が整い次第王都に向かうという話に落ち着いた。
めぐみんは何か地味なのでもっと派手な事をしましょうと言ってきたりスニーキングミッションですか?私も忍びたいですとか言ってきたのでお前には潜伏スキルはないだろうとツッコミ事なきを得る。
久しぶりに騒ぎ、何だか元の日常に戻ったなと感じながら布団に潜ろうとする。
今までアイリやシルフィーナが潜り込んできた布団も今では俺一人となり少し寂しいような楽になった様なよく分からない感覚になるが、この状況もまたすぐに慣れるだろう。
「カズマさん…」
「うわっ…むぐ」
布団に潜ろうとすると何故かゆんゆんが潜んでおり、あまりの出来事に悲鳴を上げようとしたが彼女に口を押さえ付けられる。
普段から誰かと寝ていた癖でよく関わる人の気配を無意識にシャットアウトするクセがついていた様だった。
「どうしたんだよゆんゆん…」
目を真っ赤に光らせた彼女に向き合いながら布団の中に潜る。
「…いえ、それと言ってあるわけではありませんが…」
「そうか、それじゃ寝ようぜ」
「え?」
何かモジモジしていたのでそっけなく対応すると彼女は驚いた顔でそう言った。
「カズマさんの意地悪…そこまで言わなくちゃ駄目ですか?」
「そこまでって…むっ⁉︎」
何をと言いかけたところで口を柔らかい何かに塞がれキスされた事に気づく。
「あれからここまで我慢させられた私の気持ちにもなって下さい…」
「ああ、そうだったな、ごめんなゆんゆん」
若干前歯が当たって痛かったが、それをここで言ってしまったら折角の雰囲気が台無しになってしまう。
俺は彼女を抱き寄せ…
目が覚めると既に彼女の姿は無く、ベッドには俺一人が残されている。
あれは結局夢だったのかと思ったが周囲の状況がそうでは無い事を物語っていた。
着替えてラウンジに降りると、既に朝食の準備をしているのかゆんゆんがキッチンで動いているのが分かったのでそのまま後ろから抱きつく。
「ちょっとカズマさん‼︎今抱き付かないでください‼︎」
彼女は俺が急に現れた事に最初は驚いたが、犯人が俺だと分かるや否や少し嬉しそうにそう言った。
普通に接したら恥ずかしさで死んでしまいそうなのでふざけて誤魔化すことにしたが、流石に火を扱っている時にふざけるのは御法度だった様で怒られる。
「いいだろ少しくらい、それとも駄目か?」
「え…まあいいですけど」
はぁと彼女は溜息をつきながらコンロの火を消しこちらに向き直ろうとするが。
「朝っぱらから人前でイチャつかないでいただけないだろうか?」
既に起きていたのかテーブル席についためぐみんが呆れ顔でそう言った。
「全く、ようやくくっ付いたと思ったらいきなりイチャ付き出したのでビックリしましたよ」
「悪かったって…」
あの後ゆんゆんが食事を作りそれを食しているのだが、めぐみんは食事を口に運びながらグチグチと文句を言っている。
まあ3人で暮らして居て自分以外の二人がくっ付いてそれを見せつけられたら流石に嫌だろう。
食事を終えるとバニルの元に行き仮面の修理と何か情報があれば聞こうかと思ったが、昨日の晩に侵入者が入ったようで何か盗まれた様だった。
「成る程な…お前でも泥棒に入られるんだな」
「フハハハハハハ‼︎あまり言ってくれるな小僧、地獄の公爵である吾輩も流石にあれは防げなかったのだ」
「へぇーお前が負けたって事は相当な実力者だったんだな」
「そうであるな‼︎」
久しぶりに笑うバニルはただ笑うだけで侵入者がどんな奴だったか説明してくれなかった。
「それでこの仮面なんだけど」
「うむ、随分と派手にやってくれたな」
「治せるか?」
「出来なくは無いが良いのか?それはそれでまた対価を頂く事になるぞ?」
「何でだよ⁉︎」
「当たり前だろう、吾輩の気まぐれであんなチッポケな対価で契約してやったのだ、これ以上を求めるのであればそれ相応の対価を頂くのは当然であろう」
「まあそうなるか…」
あまりしつこく行けばこちらの暴かれたく無い秘密を晒されそうなのでここら辺で引く事にする。
人間成長すればする程に物事の引き際の見極めが大切だと誰かが言っていた気がする。
「うむ、素直でよろしいな」
それからアイリの事に関して質問したがどれもはぐらかされるばかりで、これ以上は情報が得られそうも無いので屋敷に戻る事にした。
そして屋敷に戻ると配達員が焦った顔をしながら屋敷に前で待っており、話を聞けばダスティネス家から緊急で手紙を届けて欲しいと依頼があったようで屋敷に俺達が居なかった事で焦って居たようだ。
手紙を受け取りサインを済ますと、内容を確認するとアイリが城を抜け出してどこかに行ってしまったので心当たりは無いかといった具合だった。
「どういう事でしょうか?」
「分からないな、アイリが全てを捨てて逃げるなんて考えられないし何かあったのかもしれないな」
「私はそうは思いませんね。まあ私から言わせて貰えればそれ程までに追い詰められていたんだと思いますよ」
「そう言うもんか…いやそうかもしれないな」
めぐみんの言葉でハッとする。
心の中でアイリを理想通りの人間だと決めつけていたが、実際はまだめぐみんよりも小さな子供なのだ。
思考による結論が2、3転するがそれ程までに彼女の性格はしっかりしていたので何処か自分よりも格上だと思っていた事は否定しない。
「それでカズマはどうするんですか?一度そのダクネスと会いますか?それともその王女様の行きそうな場所の心当たりを探りますか?」
「そうだな…」
ダクネスの元へいけば情報が得られるかも知れないが、ここから王都に向かおうものならかなり時間が掛かってしまいその間にアイリの手掛かりが遠ざかってしまう。
であればアイリを直接探しに行かなくてはいけないが、今の彼女が向かう場所に見当がつかない。
だが、それで良いわけでは無いので取り敢えず俺と過ごした場所を探して見るのがいいだろう。彼女のアイリスとしての思い出の地はダクネスが探し、アイリの思い出の地は俺達で探す事が現状で最も効率の良い捜索だ。
「よし、王都周辺はダクネスに任せて俺達はアイリを探そう」
アクセル周辺の地図を取り出し彼女と山籠りした山を彼女らに教える。
一応片付けをしてあるが、彼女がその気になれば自給自足くらい出来るだろう。
「取り敢えず行ってみる…何だ⁉︎」
一瞬感知スキルが反応し、何事かと思っている間に窓を突き破って何かが放たれ気づけば屋敷中を光度の高い光で照らされ視界を奪われる。
「誰だ⁉︎」
「カズマさん伏せてくだ…」
「ゆんゆん⁉︎」
閃光の後に瞬き一つしないうちにゆんゆんとめぐみんの意識を飛ばしたのか一瞬にして二人の反応が微弱になる。
「…は⁉︎」
俺の屋敷に飛び込んできた侵入者の気配をようやく掴みその存在が俺の知るものだと分かったが、何故ここにいるのかと言う疑問が俺の思考を停止させた。
「ようやく会えましたねお兄様…」
「あ…アイリ?」
気づけばアイリは目の前に位置し呆然としている俺の鳩尾を拳で撃ち抜き、痛みに悶絶して開いた口の中に薬品の入った瓶を突っ込みその溶液を俺の喉に流し込んだ。
「また二人だけで暮らしましょう」
薬品の効果なのかそれとも痛みが許容量を超えたのか分からないが、薄れていく意識の中彼女がそう言った事だけは分かった。
しばらく休む日があるかも知れません